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2009.04.30 (Thu)

本当はサークルの代表者ではなかった唐沢俊一

『トンデモ美少年の世界』 P.175 ~

 そして、実はこのブームを起こすきっかけとなったのは、その一年ほど前
から、各地方において、この作品の再放送を望む(もはや当時の状況など
忘れてしまっている方が大半だろうから説明しておくと『宇宙戦艦ヤマト』と
いう番組はその前年にテレビ放映されて、低視聴率のため打ち切りになっ
た)ファンたちが、草の根的に作り上げていたアニソン(アニメ番組の主題
歌)のファンクラブ・研究会の類であった。このファンたちの活動に目をつけ
た制作者によってやがてヤマトの再放送、そして編集版の映画、さらに新作
の上映へとつながっていく。
 当時僕は札幌を中心としたアニメソング研究会のサークルをまとめており、
北海道ネットのラジオ局にそういったコーナーを造らせたり、古いレコードの
コレクターたちに連絡をとってその音源を提供させたりしていた。札幌地区
だけのアニメ映画上映会などで、常時百人以上の参加者があったろうか。
ちょっと驚いたのは、そのほとんどが大学の一年生と予備校生であったこと
だ(僕自身予備校生だった)。
 ふつう、こういった子供向けのテレビマンガ──今では古臭い呼び方だ
が、当時アニメなんて言葉はめったに使われていなかった──を当然、
卒業する年代と思われていた十九、二十の人間が、かくまで熱意をもって
アニメとアニメソングのことを語り合えるのかと、火をつけたほうとしてもいさ
さか呆れる思いだったことを覚えている。



『トンデモ創世記2000』 P.32 ~ P.33

●唐沢 〈略〉それは札幌にアニメ、SFオタクのメッカとなった「リーブル
なにわ」という書店がありまして、この書店の店長だったHさんという人が
元々は詩のファンだったり、同時にファンタジー文学のファンでもあったん
です。国書刊行会の本とか月刊ペン社の「妖精文庫」だとか、他の本屋
さんには置いてないような本も売ってましたね。専門のコーナーまであって
札幌では一番売れている書店だったんだけど、我々はそこを溜まり場に
していた。〈略〉で、ドアの部分には物が置けないので、空いたスペースに
模造紙の「伝言板」を貼って、お客さんの意見交換の場にしてた。それこそ
最初はデートの約束だとか読書感想が書き込まれていたけど、徐々にアニ
メ・マニアのものになりはじめて、自分で選定した「手塚治虫ベストテン」
とか、「星新一作品ベストテン」とかを書く奴が出てきた。
その中に「『宇宙戦艦ヤマト』のファンクラブを作りませんか?」って、わずか
一行、目立たなくあったんですよ。すぐに連絡して参加しましたよ。
〈略〉
 あの頃、我々が喫茶店とか入ると、「じゃあ、今日は一日ヤマトのセリフ
だけで会話しましょう」とかね、そんな遊びをよくやってたな。とにかく、そう
いう世界に浸ることで自分のアイデンティティーを形成していた。今思うと
暗いように聞こえるけど、SFの草創期も似たようなもんなんですね。ある種
の文化的共同体を作るときには、まず独自性、それこそ他者との差違を
強調しないといけない。「アニソン以外絶対歌わない」と誓いを立てたりし
てね(笑)。僕はやらなかったけど。
 とにかく再放送率が一番高かったのは『宇宙戦艦ヤマト』で、「何でこんな
に北海道で再放送が多いんだ?」っていうことになるわけですよ。ヤマト関
連のレコードもずっと注文が続いたり。さっきの「リーブルなにわ」の上が、
レコード屋なんですよ。アニメのレコード注文がかなりあるんで、レコード会社
のコロムビアの営業マンや、出版の営業マンとかが、札幌の地方営業で
「リーブルなにわ」詣でをするようにまでなったんですよね。


まあ、何かと嘘の多い、唐沢俊一が語る彼自身の『宇宙戦艦ヤマト』ファン活動だが。

宇宙戦艦ヤマトのビッグネームファンになりたかった唐沢俊一?
本当はヤマトのファンでも何でもなかった唐沢俊一
角川歴彦さんにも感心してもらったんだぞという夢または妄想

2ちゃんねるのスレで発掘された (Read More 参照)、本当にリーブルなにわを本拠地 (?)
にした「アニメサークルの主催者」だった人のページの書きぶりから判断して、唐沢俊一
が『トンデモ美少年の世界』に書いている「アニメソング研究会のサークルをまとめてお
り」というのは、やはり嘘だったと判断してよいだろう。

http://www.clavis.ne.jp/%7Elistcam/profile/profile3.html
>アニメというジャンルを意識した事は無かったが、中学三年のある日の夜、何気なく
>TVをつけていると、「さらば~~地球よ~~~・・・」とオーケストラの無い合唱だけの
>テーマソングが流れ始めた。「なんやえらい渋い漫画やな」と思って注目すると、「ジャ
>ジャジャ~ン!宇宙の彼方、イスカンダルへ~~」と勇ましい音楽と共に、戦艦大和が
>宇宙を飛んでるではないか。あの時の衝撃は私の人生を大きく変えたのかもしれな
>い。25年前の話である。
〈略〉
>高校2年の当時、丁度私は札幌東区の玉ねぎ畑の真っ只中にある市立高校に転校
>して来た。学校では特に理由が有った訳ではないが、隠れアニメ・漫画アニアだった。
>放課後、そういった連中のたむろする中心街のリーブルナニワ書店に行って、その種
>の人種と交流する事が多かった。学校では軽音楽部でギターのケースを抱えて登校
>する長髪ジーパンの反戦スタイルだった事を考えると、かなり二重生活だったと言える
>かもしれない。3年のある時期に、特に理由も無く、たぶん私が男で、そのグループの
>ほとんどが女性で占められていた事から、アニメサークルの主催者に抜擢されてし
>まった。連日、大通周辺に集まり、喫茶店でアニメ談義で長時間を過ごした。当時の
>サークルメンバーには、今はそっち方面でも有名な、北星高校の唐沢直樹・俊一兄弟
>や、時には「炎の転校生」で有名な月寒高校の島本和彦なども顔を出していたようだ。
>サークル会報にも彼らのイラストが掲載されていた。もっとも、主幹事交代などを経て、
>そのサークルも数年後には休眠状態となり、いくつかの人脈を残して今に至っている。


「唐沢直樹・俊一兄」という書き方が、いかにも弟 (唐沢なをき) が主で兄の唐沢俊一は
従という感じで興味をひくが、もしも唐沢俊一が当時中心メンバーだったり「主幹事交代」
でとりまとめ役になったりということがあったとすれば、いくら何でもこのような書き方には
ならないはず。

特に唐沢俊一に対して悪気があるわけではなく、「サークル会報にも彼らのイラストが
掲載されていた」唐沢なをきや島本和彦に比べて、印象が薄かったから仕方がないと
いうことだろうけど。

http://www.clavis.ne.jp/%7Elistcam/profile.ssi (2009 年 4 月更新) と、ヤマトの放送が
1974 年開始ということから判断するに、おそらくこの人は 1959 年の 1 月生まれで唐沢
俊一と同学年ではないかと。浪人もしているから、唐沢俊一に後を引き継がせるというの
も時系列的には考えにくい。

2ちゃんねるのスレ (Read More 参照) には、「75年に高校時代を過ごして『長髪ジー
パン』で『反戦スタイル』とか言うの、ありなのかね?」という疑問の声も書き込まれて
いたが、他の人が答えているように、当時 (特に地方) では充分アリだったと思う。
ピークは過ぎているのは承知しつつ学生運動の熱気に何となく憧れる空気が残って
いたりとか。まあこれを書いた人は、「長髪ジーパン」といっても、ビジュアル系な感じと
はちょっと違って――ということを表現したかっただけという可能性もあるけど。

それより、「軽音楽部でギターのケースを抱えて登校」のあたりで、それでアニメソング
なのかと、今までのモヤモヤが晴れたような気分になった。いくら「『リーブルなにわ』
の上が、レコード屋」 (『トンデモ創世記2000』) といっても、音楽にはさほど強くない、
君の瞳は 1000 ボルト」の唐沢俊一が、なぜアニメソングのサークルをとりまとめること
になったのかという違和感があったので。

『トンデモ美少年の世界』にある「古いレコードのコレクターたちに連絡をとってその音源
を提供させたり」という唐沢俊一らしくない行動も、軽音楽部 (兼アニメやマンガのマニア)
だった人の活動だとすれば、ものすごく納得できる。

上に引用したページがもっと新しいものならば、唐沢俊一ウォッチャーを喜ばせる (?)
ためのツクリという可能性も考慮しなければいけないかもしれないけど、このページは
2001 年に WebArchive に収集されていて、今と同様の内容が確認できるし。

で、この時点で、「北星高校の唐沢直樹・俊一兄弟」「月寒高校の島本和彦」という
書き方をして、身元をあきらかにし、自分の会社へのリンクを貼っているページで嘘を
つくなんてことができる人は、あまりいないよなあ。蓋然性がとても低いというか。

ページには自慢めいた内容が含まれていないし。唐沢なをきや島本和彦にパシリをやら
せたことがある程度のことは、本人は忘れているかもしれないけどというエクスキューズ
つきでいくらでも書けるのに。

いやまあ「たぶん私が男で、そのグループのほとんどが女性で占められていた事から、
アニメサークルの主催者に抜擢」というのが、一種のモテ自慢ととれないこともないけど
(失礼)。唐沢俊一が、この人と人生代わりたいと思っても不思議ではないと想像させる
程度には。


More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1240709076/116-
-------
116 :無名草子さん:2009/04/27(月) 13:06:40
バスター吉田の知ったかぶり雑筆38
『年が明けて 2006年』
http://homepage3.nifty.com/jabberwock/review/book-review7.html
>個人的には小西康陽と唐沢俊一が札幌にいた際、通っていた書店
>「リーブルなにわ」の話題が興味深かった。坪内祐三や小西康陽が
>渋谷の大盛堂書店に同時期通っていたように、リーブルなにわに
>唐沢や小西康陽も同時期通っていたらしいので。リーブルなにわは
>塚本邦雄や、荒俣宏の本、詩集や小出版の本が並んでいるかなり
>マニアックな書店でここの仕入れの担当だった方の詳細が知りたい
>方は坪内祐三の『極私的東京案内』や荒川洋治の『忘れられる過去』に
>目を通して欲しい。気になったのは筆者自身が中学2年から高校3年まで
>札幌にいたためでもあるのだが。

117 :無名草子さん:2009/04/27(月) 13:10:44
島本和彦のアオイホノオに唐沢先生が出てくる可能性はないかな?

118 :無名草子さん:2009/04/27(月) 13:20:15
2002.3.3 http://www.tobunken.com/diary/diary20020303000000.html
>母から電話。『笑うクスリ指』を、いろんな書店でチェックしているそうである。
>リーブルなにわでは奥のサブカルの棚の前に数冊、平積みになっていただけだっ
>たが弘栄堂では店頭に堂々と大量に積まれていた、と報告してくれる。してくれ
>てもどうということではないが、親というものは息子がいくつになっても赤ん坊
>のように心配なのだろう。


119 :無名草子さん:2009/04/27(月) 13:23:13
http://blueberries.diarynote.jp/200904110139361121/

>ところで、あの不二家の隣に「リーブルなにわ」という本屋がある。
>ペコちゃんで待ち合わせをした時に、待ち合わせ相手が遅れて来る場合、
>私はその本屋で立ち読みして時間をつぶす事が多い。
>その本屋の事は、札幌出身の唐沢俊一氏も実名をあげて自身の著書の中で書いている。
>彼が中高生だった時のその本屋での出来事だ。
>その事実を「リーブルなにわ」の経営者は知っていてなのか、知らないのか、
>唐沢氏のその著書どころか、彼の著書は一冊も店舗には陳列されていないのである。

121 :無名草子さん:2009/04/27(月) 13:28:02
>>117
なをきがモデルになった人物が出てくる可能性はあるが
もし出てきたとしたら、なをきには知ったかぶりの口だけ男の困った兄貴がいる
という設定だと思う。

122 :無名草子さん:2009/04/27(月) 13:29:49
>>119
そのblogって今年の4月11日のモノなんだね。
ということは、リーブルなにわ的には唐沢俊一の著書を意図的に置かないという方針なのでは?

123 :無名草子さん:2009/04/27(月) 13:35:05
>>121
レス?です

どんな風貌で登場するか楽しみだw

127 :無名草子さん:2009/04/27(月) 14:06:51
ヲタク系に関するわたしの履歴
http://www.clavis.ne.jp/~listcam/profile/profile3.html

>高校2年の当時、丁度私は札幌東区の玉ねぎ畑の真っ只中にある市立高校に
>転校して来た。学校では特に理由が有った訳ではないが、隠れアニメ・漫画
>アニアだった。放課後、そういった連中のたむろする中心街のリーブルナニワ
>書店に行って、その種の人種と交流する事が多かった。学校では軽音楽部で
>ギターのケースを抱えて登校する長髪ジーパンの反戦スタイルだった事を
>考えると、かなり二重生活だったと言えるかもしれない。3年のある時期に、
>特に理由も無く、たぶん私が男で、そのグループのほとんどが女性で占められて
>いた事から、アニメサークルの主催者に抜擢されてしまった。連日、大通周辺に
>集まり、喫茶店でアニメ談義で長時間を過ごした。当時のサークルメンバーには、
>今はそっち方面でも有名な、北星高校の唐沢直樹・俊一兄弟や、時には「炎の
>転校生」で有名な月寒高校の島本和彦なども顔を出していたようだ。サークル
>会報にも彼らのイラストが掲載されていた。もっとも、主幹事交代などを経て、
>そのサークルも数年後には休眠状態となり、いくつかの人脈を残して今に
>至っている。

128 :無名草子さん:2009/04/27(月) 14:13:01
この人が、唐沢も参加してたアニメサークルの主催者だったってこと?
http://www.clavis.ne.jp/~listcam/profile.ssi

129 :無名草子さん:2009/04/27(月) 14:20:38
>当時のサークルメンバーには、
>今はそっち方面でも有名な、北星高校の唐沢直樹・俊一兄弟や、時には「炎の
>転校生」で有名な月寒高校の島本和彦なども顔を出していたようだ。

全然メインで活動していたような書き方じゃないw
しかも「北星高校の唐沢直樹・俊一兄弟や」
なをきの方が先に名前出ているし。

130 :無名草子さん:2009/04/27(月) 14:25:43
>3年のある時期に、
>特に理由も無く、たぶん私が男で、そのグループのほとんどが女性で占められて
>いた事から、アニメサークルの主催者に抜擢されてしまった。

それを遠くからジットリと見ていた唐沢俊一は
「とっかえひっかえ女性メンバーとデートをして」
と妄想を膨らませたワケですね。

卒業間近に、同じ映画を毎日のように別の女性と見に行った
なんて話もあったねぇ

131 :無名草子さん:2009/04/27(月) 14:36:04
なんか、唐沢はそのサークルに顔を出していたけれど、
リーダーからは「そう言えばそういう奴もいた」レベルでしか
認識されていなくて、男子校出身の唐沢は女子とも接点を持てずに、
チヤホヤされていたリーダーの姿に自分を反映させて語っていた、
という事なのかね?

132 :無名草子さん:2009/04/27(月) 14:47:28
>>128
そのリーブルなにわで発足したアニメサークルのリーダーをやっていた人
1958年1月生まれ(唐沢は1958年5月生まれ)
ヤマトには
>アニメというジャンルを意識した事は無かったが、中学三年のある日の夜、
>何気なくTVをつけていると、「さらば~~地球よ~~~・・・」とオーケ
>ストラの無い合唱だけのテーマソングが流れ始めた。「なんやえらい渋い漫
>画やな」と思って注目すると、「ジャジャジャ~ン!宇宙の彼方、イスカン
>ダルへ~~」と勇ましい音楽と共に、戦艦大和が宇宙を飛んでるではないか。
>あの時の衝撃は私の人生を大きく変えたのかもしれない。
唐沢は俊一は高校3年の時に遭遇(別の自分語りでは高校2年)
ヤマトの放送開始が1974年10月からなのでリーダーは16才の時に本放送を見ていたらしい。
そして高校3年の時にリーダーとなっている。
唐沢俊一が高校2年の時、つまりまだ宇宙戦艦ヤマトには触れていない時期。

http://www.clavis.ne.jp/~listcam/profile/profile3.html

つまり、唐沢がリーブルなにわのサークルに参加していたとしても
唐沢がヤマトを知る高校3年の時より前からサークルは存在していたし
唐沢が高校2年の時に上記サイトの人物がリーダーになっている。
しかもその人にとっては唐沢俊一はなんとなくいたらしい人物の一人。


134 :無名草子さん:2009/04/27(月) 14:58:05
すごい!こりゃ、唐沢の謎の北海道時代を埋める重要な証言が得られそうですね。

唐沢涙目…

135 :無名草子さん:2009/04/27(月) 16:03:56
>>127

>今はそっち方面でも有名な、北星高校の唐沢直樹・俊一兄弟や、時には「炎の
>転校生」で有名な月寒高校の島本和彦なども顔を出していたようだ。


『ようだ。』ってことは、当時は知らなくて、後から
後々知ったということか。
唐沢、その他大勢扱いじゃん。

136 :無名草子さん:2009/04/27(月) 16:43:12
>>132
「1958年1月生まれ」だと1973年1月で15歳だよね。
ヤマトの放送開始時に中学三年というのはおかしかねえか?

138 :無名草子さん:2009/04/27(月) 17:31:02
>>132
この人がサークルを卒業した後、
カラサワが乗っ取ったのかもしれないね

142 :無名草子さん:2009/04/27(月) 20:08:27
>>122

売れないから置かないだけ



143 :無名草子さん:2009/04/27(月) 20:12:45
リーブルなにわの店長は売れそうに無い本は置かないって平凡社のインタビューで答えてたじゃん

144 :無名草子さん:2009/04/27(月) 20:19:46
リーブルなにわから存在が無かったことにされている唐沢俊一

その程度の常連だったのかそれとも名物店長が怖くて通ってなかたのか

145 :無名草子さん:2009/04/27(月) 20:38:15
2000年08月03日(木曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20000803000000.html
>7時、西荻窪で元・ユリイカ編集者のSくん、元・札幌の古書店主Hさんと待合せて、
>K子と一緒に食事。炭火焼肉。Hさんは『古本マニア雑学ノート』に出てくる、
>札幌・リーブルなにわの元店長さんである。こっちに単身で出てきて、いまは西荻で
>ブックオフ店の店長さんをやっている。古本ばなし、書店経営ばなしいろいろ聞く。

2001年07月12日(木曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20010712000000.html
>1時、時間割にて編集者Sくんにインタビュー受ける。彼とは以前、ブックオフの店長に
>なっていた元リーブルなにわの店長・Hさんを囲んで一緒に飲んだが、その後また、
>Hさん音信不通になってしまったらしい。居所定まらぬ人というのはいるものである。

2003年01月22日(水曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20030122000000.html
>4時、また時間割。河出書房新社Sくん。以前は青土社のSくんだった。(略)
>いろいろとテーマに関して話す。(略)
>あと、もとリーブルなにわ店長のHさんの今の状況などについて。

146 :無名草子さん:2009/04/27(月) 20:48:21
http://heibonshatoday.blogspot.com/2009/02/1.html
長島:リーブルなにわさんは、設立何年ぐらいなんですか。

新居:店舗ができて38年ですね。
最初は店舗がなくて外商だけだったんですよ。


149 :無名草子さん:2009/04/27(月) 20:56:46
2007.11.18 Sun「古本屋2軒行く」
http://ishiyamado.blog106.fc2.com/blog-date-200711.html#no84
>帰途、伊藤書房上野幌店も久しぶりに覗く。桧佐さんの顔も見たかったが、
>休みだった。この店に桧佐さんが来て以来、棚が大きく変わった。
(略)
>桧佐さんは新刊書店「リーブルなにわ」の元カリスマ店長で、「宝島」という
>古本屋に転業した札幌の本好きの間では有名な人。

153 :無名草子さん:2009/04/27(月) 21:29:41
>>138

本当にサークル活動をしていたのなら、
サークルの正式な名前ぐらい出てきてもよさそうなものだが

154 :無名草子さん:2009/04/27(月) 21:38:53
この人「リーブルなにわ」の表記も間違えているし
1958年生まれで、高校時代(1975年前後)に
>学校では軽音楽部でギターのケースを抱えて登校する
>長髪ジーパンの反戦スタイルだった事を考えると、
>かなり二重生活だったと言えるかもしれない。
ってのも、随分とアナクロな時代錯誤っぽいけど。

75年に高校時代を過ごして「長髪ジーパン」で「反戦スタイル」
とか言うの、ありなのかね?

155 :無名草子さん:2009/04/27(月) 21:41:29
ヒント『北海道』

160 :無名草子さん:2009/04/27(月) 21:52:59
>>154
>>長髪ジーパンの反戦スタイルだった事を考えると、

ベトナム反戦の空気が遅れて入ってきたとか?
中高生ぐらいだと大学生のアニキの真似をしたりして、
流行からちょっと遅れてハマったりすることもあり得るのではないかと。


162 :無名草子さん:2009/04/27(月) 21:58:57
小学校の高学年~中学にかけて、反戦的な物が情報として入ってきたので
なんとなく「カッコイイ」と思って「ギター&長髪」というセットだけで
なんちゃって反戦ごっこだったんじゃないの?
別にギター抱えて長髪だから反戦って時代ではなかったと思うけどね。

163 :無名草子さん:2009/04/27(月) 21:59:56
ギター弾けるのか
見直したッ

164 :無名草子さん:2009/04/27(月) 22:08:28
ギター抱えていたのは、リーブルなにわサークルで本当にリーダーをやっていた人の話
唐沢は何も出来ない子

165 :無名草子さん:2009/04/27(月) 22:10:10
なんだギター弾けないのか
失望したッ

166 :無名草子さん:2009/04/27(月) 22:13:02
でも、唐沢はホラを吹くのは名人級だよ。

167 :無名草子さん:2009/04/27(月) 22:24:30
ホラ吹きじゃなくてフカシこいてる

168 :無名草子さん:2009/04/27(月) 22:30:50
70年代なかばから後半くらいなら、まだまだ長髪+反戦フォークは「アリ」だった。
特に地方ではね。北海道は革新道政だったし、余計にそうだったのかもしれない。

169 :無名草子さん:2009/04/27(月) 22:50:10
唐沢少年はスルーだったと

173 :無名草子さん:2009/04/27(月) 23:38:46
>>168
唐沢のウソって、今の視点からみた印象で美化してるから、ウソくさいんだけど。反戦フォークとか
全然そうじゃなくて、逆にリアリティがあるよ。当時の若者っぽいし。

180 :無名草子さん:2009/04/28(火) 01:33:36
70年代後半の某都立高校、長髪でエレキギターの男子ならいたよ。
サーファー全盛だったけど。

181 :無名草子さん:2009/04/28(火) 01:34:42
桧佐さんって今は埼玉で古書店やってるよね、親しいのにカラサーは知らないのか。

183 :無名草子さん:2009/04/28(火) 01:58:05
>>181

桧佐さんが唐沢から逃げて音信不通。
周囲もそのあたりの事情を知っているので、
唐沢には知らせていない。



184 :無名草子さん:2009/04/28(火) 02:00:22
そうなんだ、じゃあ詳細は書かないでおこうね。

185 :無名草子さん:2009/04/28(火) 02:04:40
そもそもリーブルなにわの前身である、なにわ書店についてなにも語らないところが怪しい。

186 :無名草子さん:2009/04/28(火) 02:34:41
上京後、なをきから札幌にそんな本屋があることを聞かされたんだよ、きっと。
病気のせいで家に籠もりがちだった兄のために、
なをき少年はいつもリーブルなにわで本を買って帰ってあげてた。
ろくにありがとうの一言も言わない無愛想な兄・俊一。
そんな兄でもママンの作ったスキヤキを肉から食べるときは
ほんの少しだけ笑顔を見せることを、なをき少年は見逃さなかった。

187 :無名草子さん:2009/04/28(火) 03:12:44
( ;∀;) イイハナシダナー

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Comment

どうもです。(_ _)

>今では自分でも偽の経歴を信じてるんじゃないでしょうか?

微妙なところですねー。自分のついた嘘と本当にあったこととの区別がロクにつかなくなってきているのではないかと思うこともあるし、自分でも偽の経歴を信じ切れていないものだから、浪人時代→高校三年→高校二年といったように、ちょこちょこ微調整を加えないではいられないのかもしれないし。

あと、今回思ったのは、この手の記述↓は唐沢俊一のパクリの対象外なんだなあということ。

>中学三年のある日の夜、何気なくTVをつけていると、「さらば~~地球よ~~~
>・・・」とオーケストラの無い合唱だけのテーマソングが流れ始めた。「なんやえらい
>渋い漫画やな」と思って注目すると、「ジャジャジャ~ン!宇宙の彼方、イスカンダル
>へ~~」と勇ましい音楽と共に、戦艦大和が宇宙を飛んでるではないか。

『トンデモ創世記2000』でも、何だか「こういう活動をした」という話ばかりで、作品それ自体についての感想は見あたらないんですよ。本当にヤマトが好きだったのか?というのを通り越して、本当に見ていたのか?と疑いたくなってきたり。
トンデモない一行知識 |  2009年05月02日(土) 10:18 |  URL |  【コメント編集】

ううーん、過去の詐称履歴を見ても、もう病的なものを感じますね。
固有名詞を出してるんですから、いつか関係者の誰かが気付くかもし
れないし、そうなったら、故郷でぼろくそに言われるのが目に見えてい
るのに自分を大きく見せずにはいられない。
今では自分でも偽の経歴を信じてるんじゃないでしょうか?
ぺいね |  2009年05月01日(金) 10:43 |  URL |  【コメント編集】

どうもです。(_ _)

うーん、そうでしょうか? <他愛もない嘘
単に見栄やハッタリでの嘘というだけなら、それで済むかなとも思うのですが、この件でちょっとイヤな感じなのは、特定個人の業績を横取り (フィクションの中のステレオタイプでケチな悪役みたい) というのと、他人の経験、他人の人生を自分のそれのように語って、本人は気持ち悪くないのだろうかってことです。
後者のようなことは、昔の田口ランディのスレでも話題になった記憶があります。他の人の書いたエッセイをパクった文章をエッセイとして発表した件について。

>コピペパクリで出版?

コピペですらない、丸ごといただきの、『星を喰った男』というのもありますよ。
トンデモない一行知識 |  2009年05月01日(金) 01:21 |  URL |  【コメント編集】

ホント、他愛もない嘘なんですけどね。
誰にだって身に覚えのあるような。自分がちょっと噛んでいたとか、直ぐ傍で見ていたものを、「アレやったのは、実は俺なんだよ」とかね。しかし、総てがソレというのは問題でしょう。
この人にはなにか「アレやったのは、俺なんだよ」と言えるものがあるんでしょうか。え? コピペパクリで出版? ああ、確かにw
藤岡真 |  2009年04月30日(木) 07:53 |  URL |  【コメント編集】

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