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2009.04.25 (Sat)

SHOGUN の BAD CITY、ゴダイゴの Monkey Magic、ともに 1979 年。

「裏モノ日記」 2009年 04月 22日(月曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20090422121451.html

好田タクトさんの日記で知って驚いたが、ミュージシャンの
ケーシー・ランキン氏が1月2日に死去していたとのこと。
食道癌。62歳。
『探偵物語』の作曲、歌を担当。
われわれの世代には忘れられない印象を残した人。
http://www.youtube.com/watch?v=wryaDKEqoCQ

80年代には『超時空世紀オーガス』などアニメの仕事もいろいろしていた。
http://tinyurl.com/c6hblg
1946年、カンザス生まれでベトナム従軍経験を持つ生粋の
アメリカ人ながら、日本を愛し、日本人の妻を持ち、
71年から死ぬまで日本で暮らしていた。
食道癌の発見のきっかけも、正月に家族で初詣に行って、
立ち寄った馴染みのそば屋でそばを飲み込めなくなったことというから
まったく、日本人より日本人らしい生活をしていた人だった。
ベトナムで死線をくぐった経験から熱心な仏教徒になったというが、
でも神社に初詣に行くあたりがいかにも日本人的である。
しかし、その日本贔屓の”変なガイジン“の曲は70年代のわれわれに、
”本場のロックサウンド“を教えてくれていたのである。

平河町のあたりを、『BAD CITY』をウォークマンで
聞きながら、工藤俊作をきどって歩き回ったりしていたことを
しみじみ思い出す。
合掌。

http://s01.megalodon.jp/2009-0425-1509-44/www.tobunken.com/diary/diary20090422121451.html

「好田タクトさんの日記で知って驚いた」と書きつつ、URL を明記したりしないのは、
出典を書くのを嫌う唐沢俊一らしいなあと思うのだが、「好田タクトさんの日記」という
のは多分これ↓のこと
。(関係ない人の日記でした、すみません。「追記:」を参照のこと)

http://d.hatena.ne.jp/Murata_M/comment?date=20080117
><追記>
>ケーシーランキンという名前、なんかどっかで聞いたような気がしてひっかかっていて
>ちょっと調べた。そしたら70年代後半に活躍したロックバンド「SHOGUN」のメンバー
>だった人でした。ちょっと映像探してみたらあったよ。「男たちのメロディ」。リードボーカ
>ルではないけど、右の奥のほうでギター弾いてるのがたぶん・・。

>この他にも有名なところでは「探偵物語」など70年代ドラマのテーマ曲なんかもやって
>いる。ロックバンドって言っても、フュージョンぽいテイストだね。ゴダイゴなんかにも通
>じるような気がする。


これより前に、2ちゃんねるのスレに書き込まれていた、「ラリー・カールトンのRoom 335
が下敷きになっていると噂されていた」 (Read More 参照) というのを目にしていたことも
あり、「フュージョン」というのに「でしょでしょでしょ」と思ったり。

個人的な思い出では、SHOGUN といえばクロスオーバーまたはフュージョンという言葉
とセットなので、「”本場のロックサウンド“を教えてくれていた」と唐沢俊一にいわれても
実は違和感バリバリなのである。んで、SHOGUN はフュージョンというのは、割と多くの
人に共有されてもいて。

http://plaza.rakuten.co.jp/jazzfusion/diary/200812170000/
>ローテーションショーグン SHOGUN 「フュージョン(1041)」
>日本のバンドですが結構いけてます
>テレビの主題歌で有名です(俺たちは天使だ・探偵物語)
>演奏はやはりスタジオミュージシャン達なのでつぼを心得ています


http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/tantei/other/more.html
>COMPLETE SHOGUN 解説
> 70年代中盤、洋楽シーンではフュージョン~クロスオーヴァー・ミュージックが台頭
>し、それと連携してスタジオ・ミュージシャンの存在が注目された。スタッフ、リー・リト
>ナー&ジェントル・ソウツ、クルセイダーズ、ラリー・カールトンなどが人気を得て、ベス
>ト・セラーを記録。来日公演も頻繁に行われた。1978年になると、ボズ・スキャッグス
>のバックなどで演奏していたプレイヤー達がTOTOを結成。全米ヒット・チャートを荒ら
>し始める。それまでのスタジオ・ミュージシャンがインストゥルメンタル中心だったのに
>対し、TOTOはバンド内にシンガーを抱え、ポップ・ロックをプレイ。日本でも幅広い支
>持を受けて、一躍トップ・グループに踊り出た。
> 日本に於けるスタジオ・ミュージシャン・グループといえば、はっぴいえんどの流れを
>汲むティン・パン・アレイ(細野晴臣・鈴木茂・松任谷正隆・林立夫、後に佐藤博も)が
>先駆者だろう。〈略〉ほかにもクロスオーバー系グループは幾つか存在したが、いわゆ
>るポップ・ロック的な指向性を持ち、スタジオ・ミュージシャン集団であることとグループ
>の成功を同時に成し遂げたのは、このSHOGUNだけである。
> SHOGUNのデビューは1979年4月のこと。


唐沢俊一は「70年代のわれわれに、”本場のロックサウンド“を」などと書いているが、
上の引用にある通り、「SHOGUNのデビューは1979年4月のこと」だという問題もある。
ちなみにウォークマンの発売も 1979 年。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ウォークマン
>ウォークマン(WALKMAN)は、ソニーが1979年7月1日に発売した携帯型ステレオカ
>セットプレーヤーの名称であり、現在ではソニー製ポータブルオーディオプレーヤーの
>総称となっている。


……そりゃ、ギリギリ 70 年代に入るかもしれないけど、こういう 80 年前後のできごとを
語りながら「70年代のわれわれ」とまとめられても、ちょっと困る。

だいたい、「70年代のわれわれに、”本場のロックサウンド“を教えてくれていた」もの
には、ウォークマンや SHOGUN のデビューよりも何年も前、『ぎんざNOW!』という番組
があったではないか――と声を大にしていいたいし。

http://goinkyo.blog2.fc2.com/blog-entry-180.html
>『素人コメディアン道場』と共に忘れられないコーナーが、
>オリコン創業者の小池聰行社長をレギュラーに招いてやっていた洋楽ヒットチャート。
>アバの『ダンシング・クイーン』とか、サンタ・エスメラルダの『悲しき願い』とか、
>アース・ウインド&ファイヤーの『宇宙のファンタジー』、
>ビー・ジーズの『ステイン・アライブ』などが上位を賑わしていた頃で、
>それらがクリップと共に紹介された、元祖MTVみたいなコーナーでしたね。


Queen の「手をとりあって」 (1976 年) や、KISS の「ハードラックウーマン」 (1977 年)
は、ほぼリアルでこの番組を通してふれていた記憶がある。Queen の「キラークィーン」
(1974 年)もこの番組で最初に観た気がするのだけど、そちらは今ひとつ自信がない。
その他、Cheap Trick のように日本から人気に火がついたとかいわれていたバンドも
あった。

その他参考 URL:
- http://o-keisuke.blog.so-net.ne.jp/2009-03-12-1
- http://plaza.rakuten.co.jp/mindgames/diary/200512240000/

いやまあ、北海道出身の唐沢俊一に、『ぎんざNOW!』がどうこうというのは酷なことなの
かもしれないけど……。北海道では放送されていなかったという話もあるので。

それにしたって、前述の Kiss や Queen などを知るのに『ぎんざNOW!』は必須でもなく、
第二次ビートルズブームとか、Bay City Rollers (1976 年初来日) とかもあったし、
特に深い洋楽ファンともかぎらない「70年代のわれわれ」が、「本場のロックサウンド」を
教えてもらった最初については、年代をもっとさかのぼれるだろうとしかいえないのだが。

まあ、唐沢俊一が「”本場のロックサウンド“を教えてくれていた」と日記に書いたのは、
2ちゃんねるのスレでの指摘通り (Read More 参照)、Wikipedia の記述――それ自体は
別に誤りとはいえない――を、ガセ方向に変形させてしまったというだけの話だろう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ケーシー・ランキン
>先述のようにSHOGUNはスタジオミュージシャンの集まりが母体である事からメンバー
>の演奏力が非常に高く、当時のドラマ主題歌としてはまだ少なかった本格的なロック
>サウンドはマニアにも高く評価された。



ついでに、「工藤俊作をきどって」というのも、唐沢俊一の年齢を考えると少々違和感が。
弟の唐沢なをき (1961 年生まれ) の発言なら、もっとしっくりくるんだけど。

本当に唐沢俊一本人が工藤俊作にハマっていたのなら、「ライターの火力は常に最大」
(http://ja.wikipedia.org/wiki/探偵物語) あたりを、見事にスルーしてしまっているのが
残念。100 円ライターでこれ真似している奴は多かった。……いや必ずしもライターの
火力について語らなくともよいけど、『探偵物語』って、いろいろと語れる懐かしネタが
多そうなのに、記述が淡白過ぎ。


ええと、そしてこれも2ちゃんねるのスレに指摘があった (Read More 参照) けど、別に
ケーシー・ランキンは「”変なガイジン“」といわれてはいなかったと思うぞ。唐沢俊一の
日記での説明を読んでも、「日本人より日本人らしい生活をしていた人」とは思えても、
別に「”変なガイジン“」とは思えないし。


追記: 上で大ポカをやってしまっていて (_ _);、タクトさんの日記 (?) は、多分こっち↓

http://8130.teacup.com/tact/bbs
>ケーシー・ランキンさんの死、「第12回爆笑あまにゃま寄席」出演記 投稿者:タクト
>投稿日:2009年 4月22日(水)11時59分12秒
〈略〉
>家に帰って、ネットサーフィンしていたら、ケーシーランキンさんが今年1月2日に亡く
>なっていたことを知った。
>ぜんぜん知らなかった。
>昨年、横浜関内ホールの「お気楽シアター」でご一緒になり、すごく楽屋でよくしてくだ
>さり、ずっと話をした。日本のメディア中心の飽きっぽさに嘆き、それでも根強いファン
>に励まされて、持病の食道がんと闘いながらライブ活動を続けていた。
>体調は確かに悪かったみたい。
>ひょっとしたら、あれが最後の舞台だったのかも。
>お客さんもかなり少なく、寂しいライブだった。
>ケーシー・ランキン…ミュージシャン。「俺たちは天使だ!」の主題歌「男達のメロディー」
>は50万枚のヒット。バンド「SHOGUN」を結成。松田優作主演の「探偵物語」テーマ曲
>「BAD CITY」(ケーシーが作詞、作曲)や「WONDA」のCM曲などおなじみの曲は多
>かった。孤独を愛する人。



More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1239920365/781-

781 :無名草子さん:2009/04/24(金) 15:21:34
http://www.tobunken.com/diary/diary20090422121451.html
>しかし、その日本贔屓の”変なガイジン“の曲は70年代のわれわれに、
>”本場のロックサウンド“を教えてくれていたのである。


お前がロックとか言うな!

782 :無名草子さん:2009/04/24(金) 15:33:08
表徴の帝国の人(たち)乙でした。面白かったよ。
伊藤氏の言う「抽象的な話が理解できない」てのの典型例だね。

783 :無名草子さん:2009/04/24(金) 15:43:56
>>781

カラサーは洋楽まったく聴かないのに
なぜ”本場のロックサウンド“と判断できるんだ?

784 :無名草子さん:2009/04/24(金) 16:16:15
>>781

>しかし、その日本贔屓の”変なガイジン“の曲は70年代のわれわれに、
>”本場のロックサウンド“を教えてくれていたのである。

70年代はGSの残党が一気にロック指向になっていった時期。
海外からもグランド・ファンク、KISS、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、デビッド・ボウイなどが入って来たし、
ストーンズの来日中止事件もあった。
別にケーシー・ランキンが「教えてくれていた」わけでもないだろう。
それに、そういう音楽が流行っていたからテレビでもSHOGUNが受け入れられたんだろうし。
外タレがぞくぞく来日している時代に、日本に住んでる外国人の音楽を「本場の」とするのもやや無理がある。


Wikipediaにこんな記述
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3
>ケーシーが作曲を担当した「俺たちは天使だ!」の主題歌「男達のメロディー」は50万枚を超えるヒットとなる。
>先述のようにSHOGUNはスタジオミュージシャンの集まりが母体である事からメンバーの演奏力が非常に高く、
>当時のドラマ主題歌としてはまだ少なかった本格的なロックサウンドはマニアにも高く評価された。


唐沢脳内変換
「当時のドラマ主題歌としてはまだ少なかった本格的なロックサウンド」→「日本ではまだ少なかった本場のロックサウンド」

785 :無名草子さん:2009/04/24(金) 16:21:38
むしろこれw

>平河町のあたりを、『BAD CITY』をウォークマンで
>聞きながら、工藤俊作をきどって歩き回ったりしていたことを
>しみじみ思い出す。

786 :無名草子さん:2009/04/24(金) 16:31:04
>>785

びっこ引いてて気取んなよ


787 :無名草子さん:2009/04/24(金) 16:32:23
工藤ちゃんにハマるような年代じゃないと思うんだが。

788 :無名草子さん:2009/04/24(金) 16:37:41
>>785

気取るなら丸いサングラスとベスパだろ

789 :無名草子さん:2009/04/24(金) 16:46:19
オタク的には、オーガスの曲だと思うが。唐沢は見て無かったんだろうね。

オタク第一世代って何?マジでわからん。

791 :無名草子さん:2009/04/24(金) 16:56:30
>>789
ちょっとだけ触れてる。

>好田タクトさんの日記で知って驚いたが、ミュージシャンの
ケーシー・ランキン氏が1月2日に死去していたとのこと。
食道癌。62歳。
『探偵物語』の作曲、歌を担当。
われわれの世代には忘れられない印象を残した人。
http://www.youtube.com/watch?v=wryaDKEqoCQ

80年代には『超時空世紀オーガス』などアニメの仕事もいろいろしていた。
http://tinyurl.com/c6hblg

792 :無名草子さん:2009/04/24(金) 16:57:38
>ベトナムで死線をくぐった経験から熱心な仏教徒になったというが、
>でも神社に初詣に行くあたりがいかにも日本人的である。
>しかし、その日本贔屓の”変なガイジン“の曲は70年代のわれわれに、
>”本場のロックサウンド“を教えてくれていたのである。
>平河町のあたりを、『BAD CITY』をウォークマンで
>聞きながら、工藤俊作をきどって歩き回ったりしていたことを
>しみじみ思い出す。

ケーシー・ランキンは確かにSHOGUNとしての活動は大きいし
1979年に『探偵物語』の主題歌「BAD CITY」のヒットもあったよ。
だから1979年7月発売のウォークマンでこの曲を聞いていたのも
間違いじゃないけど....

唐沢の年代だと、日本びいきの外国人は全部「変なガイジン」なのかね?
1979年以前の活動を唐沢が知っているとは思えないけど
とても70年代のわれわれにという記述は、ちょちょいと調べて書きましたという印象。
無理して興味ないジャンルの事を書かなくてもいいのに。

ケーシー・ランキンに本場のロックサウンドを教えて貰ったってw
じゃ当然、ランキン作曲の「男達のメロディ」が
ラリー・カールトンのRoom 335が下敷きになっていると噂されていたのも知っていますよね。
http://www.youtube.com/watch?v=47ysdThtXgw&feature=related

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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

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Comment

どうもです。(_ _)

>「ベトナム帰り」であることや「ヘンなガイジンだけど、凄くイイ奴なんだ」といったあたり、
>かなり強調してた

唐沢俊一も、このような感じで「ヘンなガイジン」で使っていてくれていたなら、受ける感じも違っていたものを……ですね。身内ともいえるバンドのメンバーが、お客様相手にいう言葉と、親しくもない他人がいうのとはいっしょにしにくいものの、ケーシー・ランキンさんを皆よろしくという気持ちが伝わる文章の中で使われていた「ヘンなガイジン」だったら、引っかかりを覚えずにすんだかと。

……それとも唐沢俊一は、もしかして、MC からの引用のつもりで「”変なガイジン“」と二重引用符でくくったとか? 日記を読んで、てっきり「日本贔屓」で、「熱心な仏教徒になったというが、でも神社に初詣に行く」からという理由で、「”変なガイジン“」と書いたのだなと思ったのですけど。うーん。
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2009年04月28日(火) 23:46 |  URL |  【コメント編集】

私は初期のSHOGUNのコンサートを2度ほど見ているのですが(1回は舞台袖から)、曲間のMC(芳野藤丸さん)でメンバー紹介のコーナーがあり、そこでは特にケーシー・ランキンに時間を割いていて、「ベトナム帰り」であることや「ヘンなガイジンだけど、凄くイイ奴なんだ」といったあたり、かなり強調してたので印象に残っています。
唐沢云々に文句があるわけではありませんが、いちおうご報告しておきます。
discussao |  2009年04月26日(日) 13:41 |  URL |  【コメント編集】

自己フォロー

>SHORT HOPE 時代の曲も、せっかくだから聞いてみたいかなとは思うのですが。;

今、聞いています。このジャケット↓のこれでよかったのですね。同名の別バンドとばかり。

http://cdbaby.com/cd/shorthope
> Casey Rankin is an American Singer/Songwriter living in Tokyo Japan
> since 1971. In 1974 he started a band called Short Hope with Freeman
> McLarty, a Canadian piano player, Mike Dunn, a Bass player from New
> Zealand, Carlos DeCouto and Rob Brill.
トンデモない一行知識 |  2009年04月26日(日) 02:01 |  URL |  【コメント編集】

>唐茄子さん
>実は「ラリー・カールトンのRoom 335が下敷きになっていると噂されていた」

をを、そうだったのですか。しかし、正直、似ているかなあ、よくわからないやと思うのですが……。で、確認しようと改めて聴いてみて↓

http://www.youtube.com/watch?v=47ysdThtXgw

……えええ、ラリー・カールトンってこんな感じの人だったっけと、そちらの方にばかり気をとられてしまったり。曲はまぎれもなく Room 335 だというのはよーくわかるのですが、昔はこの曲にビジュアル込みで接していなかったため、何かむちゃくちゃ新鮮な気分を味わえました。ついでにキーボード萌え。

その後で、こちらはめでたく iTunes store でゲット。1 年にちょっと前くらいに探したときは、どうにも見つからなくて、いったんあきらめていたんですが。

>初代ウォークマンの値段は3万3000円。

よく覚えていないのですが、そのくらいでしたっけ。3万円台だったのは覚えています。親に金だしてもらって、初代ウォークマンは、あっさり買って入手していました。(←ちょっと嫌な奴?)

歩きながら、外の風景をプロモーションビデオ代わりに音楽を聴くというのは、当時は新鮮な体験でした。Room 335 も、Feel the Night (これも今回改めてゲット) も、もっぱらこれで聴いていました。中に入れていたのはカセットテープというのも、当時はアルバムとか普通にテープで売っていたというのも、今思うとちょっと信じられないような気が。
トンデモない一行知識 |  2009年04月25日(土) 23:38 |  URL |  【コメント編集】

>金平糖さん

うーむ、そばとガン発見のきっかけの件については、唐沢俊一が日記に書いたことを鵜呑みにしてスルーした自分も、金平糖さんを悲しませる片棒をかついだようで、申し訳なく思います。

http://www.gsic.jp/survivor/sv_01/24/
>「そばを飲み込めなくてトイレで吐いたんですが、家族に心配かけたくなかった
>から黙っていた。それに、体を少し傾けるようにして食べると飲み込むことが
>できたから、忙しさにかまけてそのうちあまり気にならなくなった。
>ミュージシャンをやっていれば、年がら年中、調子が悪いところがあり、我慢する
>ことには慣れているんです」
>食道がんだとわかったきっかけは、その年の6月、食道がんで入院している
>友人を見舞った際に、具体的にどのような症状が出るか聞く機会があった
>からだ。それを聞いたケーシーさんは自分が食道がんに冒されていると直感
>した。すぐにホームドクターの診療所に行って「食道がんではないかと思うので、
>調べる一番いい方法は何か?」と尋ねている。

唐沢俊一が、どこでどんなガセを混じらして書くかわかったもんじゃないってことは、わかっていたはずなのに……。すみません。


>死んだと知ってから調べたとしか思えない内容だ。

いや、本文で言及しなかった自分もいえる立場ではないのですが、「死んだと知ってから調べた」としても、「俺たちのメロディー」をなんでハズすかなという問題もあると思うのですよ。

http://www.youtube.com/watch?v=nAD_WKdzgTI

↑42 ~ 46 秒あたりで、にこにこしながらギターをひいているのが、ケーシー・ランキンさんかしら。

# それにしても、BAD CITY も俺たちのメロディーもロンリーマンも好きだったのに、
# youtube 頼みってのが自分でもイヤ。iTunes store のばか……。

http://www.youtube.com/watch?v=J0KNP_fwRQI

SHORT HOPE 時代の曲も、せっかくだから聞いてみたいかなとは思うのですが。;
トンデモない一行知識 |  2009年04月25日(土) 23:16 |  URL |  【コメント編集】

実は「ラリー・カールトンのRoom 335が下敷きになっていると噂されていた」という書き込みをしたのは自分なのですが、70年代ウンヌンは酷すぎますね。
ウォークマンが発売されたのが1979年7月なんですが、確か唐沢は大学時代は映画ばかり見ていて食事に金を廻せずに栄養失調になったんですよね。
初代ウォークマンの値段は3万3000円。今の感覚でいったら倍以上の値段ですか。それほど音楽に興味があったと思えない唐沢が、そんな最先端の高級機を買ったとは思えません。しかも当時、出荷台数も少なく出荷待ちで、持っている人は羨望のまなざしで見られていましたよ。出荷が落ち着いたのは80年代に入ってだと思います。
さらに「BAD CITY」を聞いて70年代に...とありますが、この曲が使われた『探偵物語』が放送開始されたのは1979年9月18日(~1980年4月1日)なので、たった4ヶ月で70年代を語ってしまったなぁという印象です。
唐茄子 |  2009年04月25日(土) 21:48 |  URL |  【コメント編集】

ケーシー・ランキンが70年代のわれわれに本場のロックを教えてくれたのはうそではない
が、唐沢のは単なる勘違いだな。

ケーシー・ランキン自身は70年代に広く活動しているが
全国的にブレイクしたのは79年でそれ以前のケーシー・ランキンを
唐沢が知っているとは思えないのでうそは言ってないが間違ってる。

そばをのどに詰まらせたのが食道癌発見のきっかけというのもウソで
この時点でケーシーは癌などまったく疑わず家族を心配させないために
平気は振りをしている

実際の発見のきっかけは食道癌の友人を見舞った際に症状を聞いたこと
また唐沢の文章ではケーシーがソバが大好きに聞こえるが
実際は、麺類フリークで特にラーメンが大好きだった。
もちろんソバも好きだったわけだが、ちょっとイメージが違って聞こえる。

で、ブレイクするきっかけになった曲とアニメで一番有名なオーガスしか紹介してない時点で
こいつケーシーのことまったく知らんかったなとしか思えない。
死んだと知ってから調べたとしか思えない内容だ。
本当にケーシーを知ってたならどうしても紹介したい曲の1曲や2曲はあるはずだ

唐沢は人を悲しませる文章を書く天才だな、かなり心をえぐられましとよ
金平糖 |  2009年04月25日(土) 21:24 |  URL |  【コメント編集】

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