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2009.04.22 (Wed)

「洪水スカム・ライン」へのトンデモツッコミには、「と学会」ファンも納得?

『トンデモ一行知識の世界』 P.144

 秋田昌美著『スカム・カルチャー』(水声社)という本に書いてあった話で
ある。
〈略〉
 ズカルスキーは古代インカ、イースター島の原住民、エスキモー、古代
日本人、インディアン等の文化に、目の下、あるいは鼻梁を横切る形での
横縞のタトゥーもしくは彩色文様が認められることに着目し、これを大洪水
の人類的記憶とした。
 つまり、大洪水の後の泥の海から目だけ出してあたりをオソルオソル見
渡していた現人類たちの子孫の状態が、顔面の模様として定着した、と
考えたのだ。彼はこれを「洪水スカム・ライン(この場合のスカムは“泥”
の意)」と名づけた。
 ……まるで『地獄の黙示録』だが、どう考えても奇妙な理論である。
大体、目だけ出してあたりをうかがっていたら窒息して死んでしまうじゃ
ないか。もしそうなら鼻と口のあいだのタトゥーとして残るはずだと思うん
だがねえ?


「現人類たちの子孫」というのは、「現人類たちの祖先」の間違いではないかと思うの
だが。『地獄の黙示録』についても、よくわからない。

「顔面の模様として定着した」や、「目だけ出してあたりをうかがっていたら窒息して
死んでしまう」、「鼻と口のあいだのタトゥーとして残るはず」のあたりは、唐沢俊一は
自分がそのすぐ前に書いた「タトゥーもしくは彩色文様」とか「人類的記憶」とかの
意味を本当に理解しているのか、少し心配になったりする。

そもそも、唐沢俊一は「目だけ出して」と 2 度も繰り返して書いているが、秋田昌美著
『スカム・カルチャー』という本には、「目だけ出して」なんて書かれていないのだ。

『スカム・カルチャー』 P.81~ P.82
>ズカルスキーは世界各地の大洪水伝説を精査したが、彼によると大洪水は二つある
>が天文学的なスピードでその二つは起こった為、人類はその内の一つしか記憶してい
>ないという。彼は「旧約聖書」にノアの洪水として記される大洪水が汎世界的なもので
>あった証拠として、「洪水スカム・ライン」なるものを発見する。彼によると、古代インカ
>人、イースター島人、エスキモー、古代日本人、エクアドルのチャコ・インディアンを始
>め、世界各地の古代人、部族に共通して見られる横縞の顔面タトゥーこそ太古の大洪
>水の証拠である。「洪水スカム・ライン」、つまり、大洪水の泥(スカム)中から顔を半
>分だけ出した人類の子孫達たちの顔の痕跡がタトゥーとして留められたのである。


タトゥーの線の位置も、「目の下、あるいは鼻梁を横切る形」に限定されていない。
実は、この本の P.69 には、ズカルスキーの描いた「洪水スカム・ライン」の絵がいくつか
引用されているのだが、そこには「目の下、あるいは鼻梁を横切る形での横縞」の絵が
ある一方、「鼻と口のあいだのタトゥー」または彩色文様もあれば、口の下を横切る線の
ものもある。

http://unurthed.com/2007/12/23/szukalskis-science-of-zermatism/ の中の図、
http://images.unurthed.com/Szukalski-Chiaco-flood-scumline-21.jpg はそのひとつ。

追記: http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1239920365/611

>一行さん、カラサワは「地獄の黙示録」の有名なワンシーンの事を言ってるのだと思うよ。
ttp://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/0940/09402566.jpg

を受けて (ご指摘感謝)、「『地獄の黙示録』についても、よくわからない。」には抹消線。


『トンデモ一行知識の世界』 P.146

 この『スカム・カルチャー』の著者、秋田昌美氏はこういう疑似科学の
専門家ではないため、ズカルスキーの学説を(奇怪な学説、とは言って
いるものの)正面きって批判はしていない。
「真理はその解読を将来に延期されている」
 として判断を保留している。前記の洪水スカム・ラインにすら突っ込みを
入れていない。本来トンデモ系の本ではないとはいえ、「と学会」ファン
にはそこが読んでいてじれったさを感じるところだ。
 だが、カウンター・カルチャー専門家としての秋田氏は、ザーマティズム
をバックグラウンドにしたズカルスキーの作品の不吉な迫力には、あきら
かに今日性があると言っている。日本における終末論やユダヤ陰謀論、
超科学論のブームにも同じ意味での今日性があるということだろうか。


×奇怪な学説、とは言っているものの ○奇妙な学説、とは言っているものの
×その解読を将来に延期されている ○その解読を将来へと延期されている
×ザーマティズムをバックグラウンドにしたズカルスキーの作品の不吉な迫力
○ズカルスキーの作品の持つ強烈さ

『トンデモ一行知識の世界』の唐沢俊一のプロフィールには「あの『と学会』(トンデモ
ない本に鋭いツッコミを入れる団体)の運営委員」とあるのだが、上に引用した文章を
読むと、「『と学会』ファン」も兼ねていたようである。

洪水スカム・ラインについての唐沢俊一のそれは、「鋭いツッコミ」というよりトンデモな
ツッコミだと思うが、そういうのがないと、「読んでいてじれったさを感じる」ような人たち
が「『と学会』ファン」だったとは知らなかった。

閑話休題。『スカム・カルチャー』の本の中には「奇妙な学説」と書いてある箇所はあっ
ても、「奇怪な学説」とは書かれてない。

『スカム・カルチャー』 P.82
> さらに奇妙な学説は、太古に人類と猿人が交接して生まれた種族が「イェティ」と
>名づけられた「悪」の種族となり、その子孫(イェティンシニー)が世界に諸悪をもた
>らしており、その代表がロシア人とドイツ人だというのだ。


で、まあ、秋田昌美は、「真理はその解読を将来へと延期されている」 (「将来に延期」
というのは唐沢俊一の引用ミス) とは書いてはいるし、「ズカルスキーの作品」には
「今日性がある」とも書いてはいるが、その文章は以下のようなものであって。

『スカム・カルチャー』 P.86
> ズカルスキーを真に評価したのは冒頭に述べたように米国の若いアンダーグラウン
>ド・アーティストや批評家たちだった。ズカルスキーの描いたマヤ美術を彷彿とさせる
>大胆に抽象化された様々な古代の神、人間、悪魔、獣、奇形者、シンボル、タイポグ
>ラフィ等に魅せられたのは先端的なコミック・アーティスト達やタトゥーイスト達だった。
>ズカルスキーの作品はアンダーグラウンドなSM雑誌の裏表紙を飾り、パンクスのT
>シャツの意匠に盗用されて街に氾濫する。ズカルスキーの精査したザーマティズムの
>真理はその解読を将来へと延期されている。だが、ズカルスキーの作品の持つ強烈さ
>は確かに今日性を獲得して受容されようとしている。


上に引用した文章から、どこをどうすれば、「日本における終末論やユダヤ陰謀論、
超科学論のブームにも同じ意味での今日性があるということだろうか」などという言葉
が飛び出してくるものなのか、ひたすら理解に苦しむのみである。

秋田昌美は、前のページに、このようにも書いている。

『スカム・カルチャー』 P.85
> ズカルスキーははばかりなく自分の理論を説き、レクチャーを行い、ピカソ(ビッグ・
>アス・オーと彼は発音した)やカンディンスキー、マチスをこきおろし、ロシア人やプロ・
>スポーツ、ホモを徹底的に非難した。人々はズカルスキーの天才は認めたが、まとも
>な人間の相手になるような器ではない超越した個性の持ち主だという事もしっかり理
>解した。


ここでの「人々」は芸術作品を生み出すズカルスキーの天才を認めていて、彼の作品の
方は今日性を獲得したといってよいだろうが、ズカルスキーの奇妙な理論、まして「終末
論やユダヤ陰謀論、超科学論」に「同じ意味での今日性がある」などとは書かれていな
い。むしろ、その逆。


今さら追記: 2ちゃんねるのスレで、

http://www.23ch.info/test/read.cgi/books/1239920365/
>613 :無名草子さん:2009/04/22(水) 09:25:18
>>だが、カウンター・カルチャー専門家としての秋田氏は、

>俺の中では秋田昌美のイメージはミュージシャンだけどな。
>唐沢は、メルツバウなんか知らないだろう。


という書き込みがあったけど、まあ唐沢俊一が『スカム・カルチャー』の著者紹介を
読んでいれば、一応は知っていたはず。

>著者について 秋田昌美(あきた まさみ) 一九五六年東京に生まれる。玉川大学文
>学部芸術学科卒業。ノイズ、カウンター・カルチャー、セクシャル・カルチャー等をモチ
>ーフに批評活動を続ける一方、ノイズ音楽プロジェクトMERZBOWを主催し、内外の
>ノイズ・シーンを牽引する斯界の第一人者でもある。


これを読んで、(サブカルチャーとかではなく) 「カウンター・カルチャー専門家」と書いた
のではないかと推測。
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01:16  |  『トンデモ一行知識の世界』間違い探し編 (215) +  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

「イロイロ大統領」の件、「せっかく参照元を書いたのに(2009/04/21)」につきましても興味深く拝見しました。その前日に書いていらっしゃる「ガセとパクリ定期便(2009/04/20)」を読んで、以前から気になっていた星新一氏の件をアップしてみたり。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-84.html

> 原典に書かれた肝心のことは読み落とし、周辺部を読んで見当違いな解釈をし、
>そこに自己の稚拙な理論を当てはめて、元とは全く違った形で発表する。これは
>もはや、引用元を明らかにするか否かというレベルではありません。彼にとって
>最善のやり方は、コピペして、それには一切手を加えず、自分の文章ということに
>して発表することでしょう。唐沢が手を触れたとたんに、刺身は腐り、金は錆びる
>という有様ですからね。

これ↑につきましてはもう、一から十まで同意です。唐沢俊一が参考文献の明記をサボる理由のひとつに、元ネタを参照されると自分のミスがバレるというのがあるのではないかと思っています。

ただまあ、唐沢俊一には、「コピペして、それには一切手を加えず」というのもなかなかできないんだろうなとも思います。これができるなら、通常の引用の作法にのっとった引用ができていたはず。「自分の文章ということにして」というのも当然あるでしょうが、どこかをちょこちょこいじることによって、自分が「仕事」をしたという実感も欲しいのではないかと想像しています。
トンデモない一行知識 |  2009年04月23日(木) 00:59 |  URL |  【コメント編集】

●読解力皆無

 わたしもサイトで「イロイロ大統領」の件に関して書きましたが、唐沢俊一という人は読解力が全くないようです。
 原典に書かれた肝心のことは読み落とし、周辺部を読んで見当違いな解釈をし、そこに自己の稚拙な理論を当てはめて、元とは全く違った形で発表する。これはもはや、引用元を明らかにするか否かというレベルではありません。彼にとって最善のやり方は、コピペして、それには一切手を加えず、自分の文章ということにして発表することでしょう。唐沢が手を触れたとたんに、刺身は腐り、金は錆びるという有様ですからね。
藤岡真 |  2009年04月22日(水) 09:28 |  URL |  【コメント編集】

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