2017年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2009.04.20 (Mon)

「世界最長の曲」の作曲者でもあるジョン・ケージ

『トンデモ一行知識の世界』 P.26

『4分33秒』がヒットしたジョン・ケージは、その十年後『0分00秒』という曲を
“作曲”した。これはひとりの演奏者がどれだけの時間でも何をしてもよいと
いう“音楽”である。

×ひとりの演奏者が ○独奏として

Wikipedia の記述によると以下の通り。

http://ja.wikipedia.org/wiki/0分00秒
>標題の下には「独奏として誰が何をしてもよい」という旨の記載がある。しかしこの点に
>ついては誤解が生じやすいので注意を要する。演奏者は「ある習熟した行為」を行う
>が、それは例えば字を書く、歯を磨く、タバコを吸う、というような日常的な行為を指して
>いる。またこの作品を次に演奏する際は、すでに行ったことのある行為を採用してはな
>らない。音楽的あるいは演劇的身振りを避け、聴衆を電子的な状況に注目させるよう
>な小細工もしてはならない。


そんな禁止事項があるなら、本当に「何をしてもよい」ということにはならないのではない
かという件は、短文の紹介では必ずしもそこまで言及しなくともよいだろうということで、
おいといて。

気になったのは、「誰が何をしてもよい」の「誰が」。唐沢俊一は「ひとりの演奏者が」と
書いているのだが……。ふと思いついて、上記 Wikipedia の「独奏」のリンクをクリック
したら、独奏とは「一人の演奏者だけで演奏する作品」とは限らないとの説明があった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ソロ_(音楽)
>一人とは限らない“solo”
>〈略〉それは、一人の演奏者だけで演奏する作品だけでなく、例えば、ピアノ伴奏付き
>の歌唱も、主旋律を一人で担当するという意味で“solo”であり、協奏曲における独奏
>楽器も、それが例えば三重協奏曲のように複数人いたとしても、独奏楽器を各一人で
>担当するという意味で“solo”であり、オーケストラ曲中におけるアンサンブル的な楽句
>においても、例えばそこにフガートがあった場合、それが仮に30声部にも及ぶものだと
>しても、人数にかかわらず各声部を一人ずつで担当する部分は“solo”と呼べる。すな
>わち、 “solo”とは必ずしもたった一人で演奏するわけではなく、一つの役目(声部)を
>複数人で担当せずに、それをたった一人で担う形態を呼び示し、その対象は、主旋律
>であったり、楽曲そのものであったり、実態は様々である。


では、ジョン・ケージの『0分00秒』は実際どうなんだろうとググってみたら、以下のような
資料も見つかった。「ケージ自身による指定」の説明は、こちらの方がわかりやすい。

http://depo.main.jp/775
> 「4分33秒」には続編の曲があって「0分00秒」という。こんどはまったくなにもしない
>で終わりか?と思いそうだが、そういうわけではなく、ケージ自身による指定として以下
>の文章が記述されている。
>・最大限に音が増幅される状況の中で(ただしフィードバックは避けること)、非音楽的な
> 修練を伴うアクションを1回か複数回演じること
> ・同じアクションの中で2つのパフォーマンスはしないこと。音楽を作曲するパフォーマ
> ンスはしないこと。電子的・音楽的・演劇的なシチュエーションそれ自体に注目を集め
> ないようにすること
> ちなみに初演時には、この文章をそのままピアノの上でカリカリと紙に書いて終わっ
>たそうです。時間がはっきり決められないことからこういうタイトルになっているんだろう
>なあ…1968年に演奏されたときには、マルセル・デュシャンと5時間にわたってずー
>ーーっとチェスをし続けたそうですが…どうなんだそれは…


2 人でチェスをして、その音を聴衆にきかせたのならば、唐沢俊一のいう「ひとりの演奏
者が」ということにはならない。

また、Wikipedia に、以下のような記述もある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/0分00秒
>「0′00″ No.2 [4′33″ No.3]」(1968) は、楽譜出版社C.F.Petersのカタログに記載
>されていないことから未出版と誤解されるがSong Booksに含まれるかたちで出版され
>ている。少なくとも2人以上のゲーム・プレーヤー(チェス、ドミノ、スクラブル、ブリッジ
>等)とコンタクトマイク、アンプ、スピーカーのための作品で、ゲーム中のカードや駒が
>立てる音を会場内に増幅させ響かせるというものである。


この楽譜では、ひとりどころか「2人以上のゲーム・プレーヤー」が、演奏者として参加する
ことを前提としているということになる。

追記: ……と、上記のように考えて書いたのだけど、「2人以上のゲーム・プレーヤー」
の演奏する「0分00秒」は、0分00秒 No.2 で 4分33秒の No.3 (Wikipedia の表記では
「0′00″ No.2 [4′33″ No.3]」)。これは、唐沢俊一のいう、4分33秒の「十年後」
の「『0分00秒』という曲」つまり 0分00秒 No.1 (4分33秒 No.2) とは別の曲で、これは
「ひとりで演奏」するものとの指摘がコメント欄にあり。

整理する (できてないかも) と、こういう感じ?

4分33秒 No.1: 1952 年に初演。演奏者は 1 人または複数。無音。
・0分00秒 No.1 (4分33秒 No.2): 1962 年の発表。演奏者は 1 人。何をやってもよい。
 (いくつかの禁止事項はあるが、具体的に何をやれという指定はない)。
・0分00秒 No.2 (4分33秒 No.3): 1968 年の作品。演奏者は 2 人以上。アンプによって
 増幅された状況でチェスなどのゲームをする。

嘘を書いてしまったことをお詫びし訂正するとともに、詳細はコメント欄を参照していた
だくことをお願いします。すみません。

おまけ:
『4分33秒』は 273 秒で、絶対零度は摂氏 273度。でも、これは多分、偶然の一致。

http://ww2.ctt.ne.jp/%7Ea-k/disc/cage_433.html
>From: Brian Raiter
>Date: Mon, 4 Nov 1996 07:40:31 -0800 (PST)
>Subject: Re: *4'33"* and 0 K
>私の持っている唯一の資料は、マーティン・ガーディナーによるものだ。彼は『サイエン
>ティフィック・アメリカン』誌の「数学ゲーム」のコラム(無題)でこの問題について言及し
>ている。このコラムはKnopf社から1977年に出版された『数学によるマジック・ショー』
>に掲載されている(最近アメリカ数学協会によって1989年にリプリントされたが、良質の
>大学図書館ならオリジナルの本を持っているだろう)。問題の箇所は次の通り:
>「沈黙の時間は273秒だ。これは、ケージが説明してくれたように、摂氏-273度または
>絶対零度である。これはあらゆる分子運動が静かに止まる温度である。」
>この資料から得られることは、ケージがこのことを当初から考えていたとか、気付いて
>いたとか言うことを明かすものでは全くない。ケージは多くの機会で<4分33秒>の長
>さは易によって決定したと言っているので、私は、ケージの関連づけは事後発見された
>(あるいは誰かによって指摘されたと言う方がもっともらしい)偶然の出来事であったと
>思う。


その他参考 URL:
- http://homepage3.nifty.com/musicircus/cage/paths/3.htm
- http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・ケージ
- http://unkar.jp/read/music8.2ch.net/contemporary/1123189874
- http://fusionanomaly.net/johncage.html

スポンサーサイト

テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

23:54  |  『トンデモ一行知識の世界』派生トリビア編 (58) +  |  TB(0)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

丁寧な説明、ありがとうございます&お手数かけてすみません。(_ _) (_ _)

追記を加えて、カテゴリを変更しました。

>「複数人で」(合奏?として)演じられても良いのか

前回のコメントを書いたときに想定していたのは、合奏というより、ある action を特定の個人が、別の action を別の人間がおこなうという感じのものでした。ただし、引用していただいた、

>「最初の作品『四分三三秒』は、音を出さない一人もしくは数人の音楽家に
>係わる作品です。二番目の『0分00秒』は、たった一人の人が部分的もし
>くは全面的なやり方で、他人に対する義務を果たさなければならないことを
>示しています。三番目の作品は、アンプによって増幅された状況でゲームを
>する数人の――二人以上いるはずですが――人達の集まりです。どんなゲーム
>であろうと――たとえばブリッジとか、チェスとか――本質的に音のないもう
>一つの音楽作品になるのです。」

を見ると、ハズしていたようです。(_ _);

実は、「部分的もしくは全面的なやり方」(in whole or part) あたりとか理解していない部分もある―― whole のみだったらわかりやすかったのに――のですが、それはそれ (私の基礎体力のなさ) として。
トンデモない一行知識 |  2009年05月04日(月) 06:37 |  URL |  【コメント編集】

>4'33" No.3 (Wikipedia でいう「0′00″ No.2 [4′33″ No.3]」) ということでよいのでしょうか。@_@
はい。おっしゃる通りです。

>action も、action で構成される performance も、1 つだけではないのではないか
ここで問題になっているのは、この作品が「複数人で」(合奏?として)演じられても良いのか、「ひとりだけで」演奏されなければならないのか、です。
前掲書から、前後の部分を含めて、もう一度引用してみます。

「最初の作品『四分三三秒』は、音を出さない一人もしくは数人の音楽家に係わる作品です。二番目の『0分00秒』は、たった一人の人が部分的もしくは全面的なやり方で、他人に対する義務を果たさなければならないことを示しています。三番目の作品は、アンプによって増幅された状況でゲームをする数人の――二人以上いるはずですが――人達の集まりです。どんなゲームであろうと――たとえばブリッジとか、チェスとか――本質的に音のないもう一つの音楽作品になるのです。」

関連する3つの作品を並べた文脈で、ケージ自身が演奏者の人数などをそれぞれ定義していることから、「0'00''(第1番)」(「4'33''(第2番)」)に関しては、「ひとりの演奏家」のみのために書かれた作品だと解釈して問題なさそうです。

この作品の副題は、「Solo to be performed in any way by anyone」となっていますが、仮に「複数のソロ」が同時に存在してもよい作品なら、「Solo」という言葉を、単数形と複数形とで併記したのではないでしょうか。

しかし私見では、唐沢氏のような曖昧な紹介の仕方は、百害あって一利なしと考えます。
葦 |  2009年05月03日(日) 15:19 |  URL |  【コメント編集】

(前のコメントからの続き)

ご紹介いただいた「たった一人の人が部分的もしくは全面的なやり方で、他人に対する義務を果たさなければならないことを示しています」というのは、「the action should fulfill an obligation to others,」か、以下の「fulfilling in whole or part an obligation to others.」からきているのではないかと思います。

http://list.mail.virginia.edu/pipermail/silence/2003-September/000553.html
> “[…] Cage’s 0’00’’ (1962) […] specifies that in a situation provided
> with maximum amplification (no feedback) one has to perform a
> disciplined action ? without any interruptions and fulfilling in whole or
> part an obligation to others. No two performances are to be of the same
> action, nor may that action be the performance of a ‘musical’
> composition. No attention is to be given to the situation (electronic,
> musical, theatrical).”

「a disciplined action」 (ひとつの規律のある動き?) を、割り込みなしで、「部分的もしくは全面的なやり方で、他人に対する義務を果たさなければならない」として、action も、action で構成される performance も、1 つだけではないのではないかと思ったりもするのですが……何か誤解しまくりだったらすみません。

おまけ:
http://homepage2.nifty.com/tatsutoshi_kawamura/Cage/19940927.html

http://www.youtube.com/watch?v=hUJagb7hL0E
( http://thishereboogie.com/433-john-cage-1948/ 経由)

http://www.youtube.com/watch?v=HypmW4Yd7SY
( 楽章の区切りはピアノの蓋の開け閉めで )

それにしても、0'00" も 4'33" のように iTunes store で売っていてくれれば聞いてみれるのにとは思います。 4'33" の方は購入して (300 円) 聞いてみました。感想: ノート PC の出している音って結構うるさいもんだったんだなあ。
トンデモない一行知識 |  2009年05月02日(土) 11:20 |  URL |  【コメント編集】

こんにちは。(_ _) コメントありがとうございます。ええと、4'33" の No.2 ともよばれる 0'00" No.1 とは別物の 0'00" No.2 があり、これは 4'33" No.3 (Wikipedia でいう「0′00″ No.2 [4′33″ No.3]」) ということでよいのでしょうか。@_@

んで、あらら間違っちゃった、訂正しようかなと思ったのですが、正直ちょっと迷っています。何かこれ↓とかを見ると、「ひとりで」とかオリジナルの指示書 (?) に書いてあるのかと思えてきたので……まあ the performer は単数だからと思えばよいのかしら。

http://en.wikipedia.org/wiki/4%E2%80%B233%E2%80%B3
> 4′33″ No. 2
> In 1962, Cage wrote 0'00", which is also referred to as 4'33" No. 2.
> The directions originally consisted of one sentence: "In a situation
> provided with maximum amplification, perform a disciplined action.
>" The first performance had Cage write that sentence.
>The second performance added four new qualifications to the directions:
> "the performer should allow any interruptions of the action, the action
> should fulfill an obligation to others, the same action should not be used
> in more than one performance, and should not be the performance of a
> musical composition."[10]

「solo for any player」だから、独奏 (solo) なのは間違いないとして。
http://www.hup.harvard.edu/features/ranhab/cage.html
> Thus the performance instruction in 4' 33" no. 2 (solo for any player,
> 1962) is `In a situation provided with maximum amplification (no
> feedback), perform a disciplined action.'

(続く)
トンデモない一行知識 |  2009年05月02日(土) 11:19 |  URL |  【コメント編集】

●0'00''について

>唐沢俊一のいう「ひとりの演奏者が」ということにはならない。
ケージの「0'00''」には、第1番と第2番があります。
チェスなどのゲームの音を増幅して聞かせるのは第2番です。
「4'33''」の10年後と限定しているところから見て、唐沢氏が言及している作品が「第1番」のみを指すのだとしたら、「ひとりの演奏者が」という記述に限っては正しいです。

「(第1番の)『0分00秒』は、たった一人の人が部分的もしくは全面的なやり方で、他人に対する義務を果たさなければならないことを示しています。」(ケージ「小鳥たちのために」215ページより)。

ケージ自身が書いたインストラクションにおける「誰が何をしても」の「誰が」とは、この作品を「演奏」するのは、訓練を積んだ音楽家である必要はなく、(非音楽家など)誰でもよい、という意味かも知れません。

なお、私が実際に聴いたことのある「0'00''」第1番の「演奏」は、小杉武久氏によるものでしたが、それは、彼ひとりだけによって行われたパフォーマンス(エンピツで手紙を書く音を、大音量に増幅する)であったことを付け加えておきます。
葦 |  2009年05月01日(金) 15:25 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://tondemonai2.blog114.fc2.com/tb.php/82-9695cf9e

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。