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2012.01.29 (Sun)

で、『株式会社カラサワ企画(オノプロ)』って何……?

裏モノ日記 2012年 01月 26日(木曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20120126223715.html

観劇日記・12『坂の下商店街再開発計画』劇団カンタービレ公演
『坂の下商店街再開発計画』
劇団カンタービレ
作・演出/渡辺勝巳
出演/加山到・森本縁・黒澤光義・斉藤こず恵・今村和代・俊依里・小林真実
   山岸恵美子・たにやん・大曽根徹・近藤ミキヲ・谷岡友和・中上友博
   梅岡寛正・野本由布子・伊藤和哉・嘉手納莉菜・木村エリカ 他
於/ウッディシアター中目黒
2012年1月25日 観劇
〈略〉
なぜ、今日初めて芝居を観た劇団をライバルなどと思うかというと、ここの
座長をつとめる作・演出の渡辺勝巳くんは、今から17年前、私の部下、
つまり『株式会社カラサワ企画(オノプロ)』のアルバイト社員だったので
ある。潮健児さんの付き人もやらせていたので、あの当時のことを最もよく
知る人物でもある。

彼は仮面ライダーショーの仕事などもやった経験があり、潮さんの付き人には
最適な人物だった。我が強いタイプではないので、いわゆる役者の子供ぽい
わがままにも神経を痛めず対応できる。すでに身体が弱っていた潮さんに
ついて、ロケやイベントにも同道し、世話をしていた。横浜でのSF大会の
ショーで、仮面ライダースーパー1に扮して潮さんとアクションをしたことも
あった。潮さん亡き後、そのお弟子さんの関係で舞台の仕事も始めたという
ことは知っていたが、それは役者としてであり、まさか自分が劇団を率いて、
作・演出までやるようになろうとは、想像もしていなかったのである。
数年前、小野栄一のショーの後で偶然再会し、結婚して劇団を作ったという
ことは聞いていたが、ドタバタしていて観に行きそこなっていたのである。
今回、案内をもらって、今度こそ“観てあげなくては”と、いささか上から
目線で出かけたというのが正直なところだったが、あげるどころか、これは
油断ならん、と瞠目した次第だった。

ナベちゃん(つい、昔の呼び方で呼んでしまうが)は当時から、若いに
似合わぬ老成したところがあったが、今回の芝居には、そういうナベちゃん
らしさが十二分に出て、まだ芝居を書き初めて四年目、公演は5回目という
頼りなさは微塵もない。逆に言うと安定感が強すぎて、いわゆる新しさ、
演劇界に切り込んでいこうという野心、客気のようなものは全く感じられない。
そこが物足りないと言えば物足りないと言えるかもしれない。しかし、これだけ
の完成度を保つということは、それだけで凄まじい価値を持つ。

このウッディシアターという劇場にも初めて行ったが、舞台シモテ(下手)に
http://www.woodytheatre.com/
出っ張った部分があり、ここを“第二の舞台”として使用できる。
『楽園』の大扉前の三角コーナーと同じであり、使いようによっては
面白い効果が出せると思った。もちろん、今回も徹底して使っていたのは
当然である。

役者では主人公の奥さん役の今村和代が演技にも安定感があり、美人で
元・看護婦という知性を感じさせて大変によかった。上記の斎藤こず恵、
さらには歌手の黒沢光義など、意外なキャスティングも、どういうつながり
で呼んできたのか、私の元を離れてからのナベちゃんが、無駄に人生を
歩んでいなかったという人脈を感じさせて、それだけでとてもうれしく
思った舞台なのでありました。


×今から17年前 ○今から20年前
×小野栄一のショーの後で偶然再会 ○浅草ダンナさん会で偶然再会
×芝居を書き初めて ○芝居を書き始めて

唐沢俊一と潮健児の過ごした平成の 2 年間と数ヶ月について
「今は『さらば』といわせてくれ」のコメント欄
下北沢で一番小さな劇場は……?

も、あわせて参照のこと、かなぁ……。

今年 2012 年から 17 を引くと 1995 年。「渡辺勝巳くん」が「横浜でのSF大会のショー
で、仮面ライダースーパー1に扮して潮さんとアクション」したのは、今から 20 年前の
1992 年のことだし、その翌年 1993 年 (潮健児の亡くなった年) に事務所を閉じたと、
唐沢俊一は 2002 年の裏モノ日記に書いている。なので、「今から17年前」というのは、
まずない。

唐沢俊一と潮健児の過ごした平成の 2 年間と数ヶ月について」のエントリーに書いた
ことの繰り返しになってしまうが、「横浜でのSF大会」というのは、唐沢俊一は文庫版の
『星を喰った男』に「一九九三年」とか勘違いしたことを書いていたりするけど、実際は
1992 年のことである。

『星を喰った男』 (文庫本) P.319
> ここに採録した対談は、一九九三年八月、横浜において開催された日本SF大会
>(HAMACON)会場で、唐沢俊一と唐沢なをきの司会のもと、行われたものである。


http://www.sf-fan.gr.jp/jsfcon/list.html
>1993年  32  DAICON 6  大阪
>1992年  31  HAMACON  横浜


そして、「奈落の年」であった 1994 年の「前年にオノプロを閉じて」と唐沢俊一が書いて
いる裏モノ日記はこちら↓

裏モノ日記 2002年 05月 05日(日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20020505000000.html
> 整理したフロッピー原稿で、94年の日記というのがあったので、ちょっと読んでみた
>が、イヤハヤ。ずーんと暗い気持になる。〈略〉
>前年にオノプロを閉じて、これで記憶ではライターに専念することが出来て、以降右肩
>上がりだと思っていたのだが、その前にこの奈落の年があったのですな。

http://megalodon.jp/2012-0129-1621-42/www.tobunken.com/diary/diary20020505000000.html

まあ時空歪ませが得意な唐沢俊一だから、上に引用の裏モノ日記の記述も、どれだけ
当てになるかわからないという問題もあるが、下に引用の裏モノ日記には「潮さん亡き
後、もう一度芝居をやりたい、と退社」と書いてあるし、1994 年ないし 1995 年まで社員
でいた可能性は低いと考えてよいだろう。

裏モノ日記 2001年 11月 17日(土曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20011117000000.html
>それから懐かしや、かつて私が社長をしていた時代のオノプロの社員のナベちゃん
>(潮健児の付き人もやってくれていて、ハマコンでの地獄大使ショーではXライダーを
>演じた)も来ている。潮さん亡き後、もう一度芝居をやりたい、と退社していったが、いま
>も演劇と映像関係で仕事しているそうで、まず、重畳である。

http://s03.megalodon.jp/2008-1220-1520-30/www.tobunken.com/diary/diary20011117000000.html

ちなみに、すぐ上の引用で「地獄大使ショーではXライダー」というのは多分間違いで、
今回唐沢俊一の「仮面ライダースーパー1に扮して潮さんとアクション」の方が正しい――
って、唐沢俊一の文章の間違いをモグラ叩きしていったらキリがない。

『星を喰った男』 P.322 ~ P.323
>今、所属しているプロダクションで僕の付き人みたいなことをやってくれているナベちゃ
>ん(渡辺克己くん)も、ショーで仮面ライダーを演じてました。横浜でやったSF大会の
>ショーで彼のスーパ-1と対決したんですが、なにしろ僕が主演のショーですからね。
>いくらスーパー1でも地獄大使にかなわない。最後に僕が勝ってしまうというとんでもな
>いショーでしてね。ファンたちも大喜びで、僕もあんなに気持ちのいいことはなかった
>な、アッハッハ。


それはさておき、微妙に気になったのが、2001 年の裏モノ日記では、「私が社長をして
いた時代のオノプロの社員のナベちゃん」に「潮健児の付き人もやってくれていて」という
書き方だったのが、今回の唐沢俊一の文章では、『株式会社カラサワ企画(オノプロ)』の
アルバイト社員」に「潮健児さんの付き人もやらせていた」と、「上から目線」が鼻につく
ような表現に変わっているような気がすること。

「社員」が「アルバイト」に――というだけなら、以前にコメント欄に引用した 2010 年の
裏モノ日記も「アルバイト」となっているのだが、こちらは「伯父の芸能プロダクション」、
「事務所のアルバイトとして働いてくれた人」という書き方で、今回の唐沢俊一の文章の
ような低好感度な代物にはなっていない。ついでに「今から20年前」というのも正しい。

「数年前、小野栄一のショーの後で偶然再会」というのは、「2 年前、浅草ダンナさん会」
が正しかったというのも、以下の日記からわかる。まあ、2 年前も「数年前」のうちだけど。

http://www.tobunken.com/diary/diary20100211135810.html
>※浅草ダンナさん会
〈略〉
>今から20年前、私が伯父の芸能プロダクションを引き継いでエンヤコラ
>やっていた時に、そこの事務所のアルバイトとして働いてくれた人だ。
>その頃はうちももう、事務所をたたむ末期で(もともと、伯父の作った
>借金の後始末をするために存続させていた事務所だった)、
>怪しげな人物は出入りするわ、伯父自身は鬱病をこじらせるわで、
>私も大変だったが、ナベちゃんも大変だったと思う。

>それでも、もともとヒーローショーで仮面ライダーの中に入ったり
>演芸が好きで寄席に通い詰めをしていたような人物。
>潮健児さんの付き人をして潮さんの地獄大使とSF大会で
>仮面ライダースーパー1のショーをやったり、あるいは伯父と
>一緒に地方の寄席に旅興行をしたり、という生活が気に入って
>いたのだろう、安月給に文句も言わず、よく勤めてくれていた。
〈略〉
>もう40代半ばのはずだが、ヒゲに白いものが混じっている他は、
>変わらぬ童顔。 「えーっ、ナベちゃんか? なんでここに?」
>と言いかけて気がついた。そうか、プロダクションを解散してから
>伯父が個人で芸術祭などに参加する際、まだブラ談次だった頃の
>談奈がよく手伝ってくれた。そこを、ナベちゃんも昔のよしみで
>仕切っていてくれたのだ。

>「今、何やってるの」
>と訊いたら、
>「自分の劇団やってます」
>とのこと。

http://megalodon.jp/2012-0129-1746-03/www.tobunken.com/diary/diary20100211135810.html

今回の唐沢俊一の文章は、「今度こそ“観てあげなくては”と、いささか上から目線で
出かけたというのが正直なところだったが、あげるどころか、これは油断ならん、と瞠目
した」だの、「私の元を離れてからのナベちゃんが、無駄に人生を歩んでいなかったという
人脈を感じさせて」だの、一応褒めている形はとっているものの、何だか無駄に「上から
目線」で喧嘩腰のように思う。「油断ならん」とか「無駄に人生を歩んでいなかったという」
とか、身内でなくなってずいぶん経っているのに、ひたすら目下扱いしてるし。

演劇自体についての評も、「安定感が強すぎて、いわゆる新しさ、演劇界に切り込んで
いこうという野心、客気のようなものは全く感じられない」などと、2ちゃんねるのスレへの
書き込みでいう「どうしても『他をくさす一文』を入れないと気が済まないんだな」 (Read
More
参照) という唐沢俊一の特性がいかんなく発揮されていて……。

この難癖のつけ方は、『クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の 逆襲』について、
「常識をくつがえす力を持っていないのは、まさにその出来のよすぎるところに原因が
ある。ダイナミクスというのは、偏頗なものに宿る」 (ここを参照) と書いたそれにカブる。
「『他をくさす一文』を入れないと気が済まない」唐沢俊一が、特に貶すところを見つけら
れない作品に言及するときの、ひとつのパターンなのかもしれない。

で、唐沢俊一から一方的に「ライバル」と呼ばれ難癖をつけられている劇団カンタービレ
だが、「ここを“第二の舞台”として使用できる」に興味をひかれて「ウッディシアターという
劇場」を見てみると:

http://www.woodytheatre.com/profile/index.html
>「客席数:76-108席」

これに対し、唐沢俊一の活動場所である『楽園』は、「客席数=約70~90席」であること
は、「下北沢で一番小さな劇場は……?」に書いた通り。

かつては社長の唐沢俊一 (といっても叔父からの引き継ぎだけど) の下で、アルバイト
社員として働いていた人間が、唐沢俊一より少し上をいっているという感じ。それは、
文章に敵意がにじんできても無理はない、というか。いや、少し上なんて書き方は多分
相手に失礼で、「まだ芝居を書き初めて四年目、公演は5回目という頼りなさ」なんて
唐沢俊一は書いているが、劇団を主宰している渡辺勝巳と、劇団を持っているわけでも
ない唐沢俊一 (「うちのうちの詐欺」ってのはあったけど) は同列に比較できるレベルに
達していないと考えるのが妥当だろう。

http://www.theatrical-cantabile.com/members.html
>劇団員渡辺 勝巳(ワタナベ カツミ)
> 生年月日:1965年12月16日
> 出身:新潟県
> 趣味:猫いじり
> 特技:猫を大人しくさせる
> ----------
> 芸歴: 1980アクションチーム所属。
> その後、小野栄一(ボードビリアン)、潮健児(俳優・故人)の付き人を経て役者となる。
> 以降、舞台・映画・Vシネマ・CM等、多数出演。
> 現在『劇団カンタービレ』『様様寄席』主宰



More...


http://toro.2ch.net/test/read.cgi/books/1326721519/
--------
317 :無名草子さん:2012/01/21(土) 22:20:06.47
唐沢俊一ホームページの日記のところで新しく始まった『観劇日記』と言うのを見て
もうこの人は面白そうなコンテンツは作れない人なんだなあと思ったよ。

もうあのサイトのコンテンツは
・訃報日記
・古い映画鑑賞日記
・観劇日記
の三本だけでしょ。

マジに過去に唐沢の読者だった人の興味からハズれたコンテンツばっかでしょ。
あれを見て「本にしたい」と思う編集者がいたら、そいつはクズ以下のバカ。
なんか残念な晩年だよな。

ってまだ53歳なので、本来は晩年じゃなく一番乗っている年齢だよね。

400 :無名草子さん:2012/01/24(火) 10:43:16.46
その内「昨日見たテレビ番組」の感想でも書き始めるんじゃないの?
演出がどうこう、出演者のアドリブがどうこう、編集がどうこう

って「映画見たけどさ」とか「有名人が死んだけどさ」とか
もう素人のブログとどこも変わらないじゃん。
訃報日記、時々直接逢った人の話題もあるけど、ほとんどが関係ない話題だし。

416 :無名草子さん:2012/01/24(火) 20:38:02.76
>>400
更新来たよ、「観劇日記」シリーズ

>24日
>火曜日
>観劇日記・6『地獄の楽園/ミレニアムパニック』

どうでもいいようなもんだが、あえて言えば

「こうやって『文筆家』ではなくなっていくのかなあ…」

とか

>演劇を見る、という快感を得たくて劇場に来た人は肩透かしをくうかも
>しれないが、こういう形の芝居をずっと続ける劇団というのも、一つ
>くらいあっていい。と、いうか、ずっとこのやり方で続けていけることを
>願いたい気持ちになるのである。

の「演劇」、「劇場」、「芝居」、「劇団」を

「雑学、情報」、「自サイト」、「更新」、「文筆家の公式サイト」に変えると
今のテンテーの気持ちをあらわしてるのかなあ?とか思ったり…

417 :416:2012/01/24(火) 20:43:19.76
URL張るの忘れてた。

http://www.tobunken.com/diary/diary20120124140645.html

ここ。(本当にどうでもいいような気もするのだけれども…)。


418 :無名草子さん:2012/01/24(火) 21:01:25.05
著名人の訃報や、映画や、特撮や、漫画などの批評に比べて
演劇ってのはそれを実際に見ないとどうこう言える物じゃないので
検証対象にしにくいので、よい逃げ道を見つけましたね。

というか、ここにいる人は、漫画や、映画や、アニメや、音楽や、プロレス
などに思い入れの多い人が多いみたいなのでデタラメが許せなかったんだと思う。
その点、演劇はもっと小さい絞り込んだ人を相手にしているメディアなので
ディープな人はあまりいないのかもしれない。

でも、唐沢は自分の活動拠点を狭い処に向かわせてしまい
メジャー感を失う結果になると思うけどね。
それがそのまま出版にも大きく影響を与えていくんだろう。

さようなら、ガセ帽子先生。

419 :無名草子さん:2012/01/24(火) 22:03:44.82
唐沢先生は自分が買った古本の話をチマチマ続けていた方がよかったと思うんだよね。
それが古本業界とか、アニメとか、特撮とか、トンデモとか、活動を広げたもんだから
知らないところをパクってコピペでさあ大変、ってのが現状。

420 :無名草子さん:2012/01/24(火) 22:12:27.48
実家の薬屋でデータ入力してるのが天職だったんだよ

422 :無名草子さん:2012/01/24(火) 23:02:41.69
>>419
でも、例の盗作事件も古本絡みだったような

424 :無名草子さん:2012/01/25(水) 00:20:25.88
>>420
はははは。
なかなか面白いな。

425 :無名草子さん:2012/01/25(水) 00:20:39.65
>>418
いよいよ唐沢テンテーは、怒りや嘆きの対象としてすら機能しなくなるのか…。

426 :無名草子さん:2012/01/25(水) 00:22:30.99
>>422
ああ、だから「自分の買った古本」の話にとどめて
持ってない本までいかにも持ってるように語らないようにということも含めて。

435 :無名草子さん:2012/01/25(水) 05:17:30.55
>>417
>小劇場演劇というのは決して
>「作・演出家の身勝手なテーマをおしいただくために観客が我慢して観なく
>てはいけないもの」
>ではない。

本当に今さらなんだけど、どうしても「他をくさす一文」を入れないと気が済まないんだな。

449 :無名草子さん:2012/01/25(水) 16:18:31.46
唐沢俊一くん ヒマみたいですね。
誰も興味ない観劇日記をどどっと更新

24日火曜日観劇日記・6『地獄の楽園/ミレニアムパニック』ルナティックシアター
http://www.tobunken.com/diary/diary20120124140645.html
※2011年10月30日(下北沢小劇場『楽園』)

25日水曜日観劇日記・7『僕の部屋は戦場になった』トツゲキ倶楽部
http://www.tobunken.com/diary/diary20120125134849.html
※2011年11月16日(シアターグリーン BASE THEATER)

25日水曜日観劇日記・8『黄金時代(仮)』劇団夢現舎
http://www.tobunken.com/diary/diary20120125141045.html
※2011年11月20日(新高円寺アトラクターズ・スタヂオ)

25日水曜日観劇日記・9『そして誰かいなくなった』ルナ若手公演
http://www.tobunken.com/diary/diary20120125143225.html
※2012年1月14日(下北沢小劇場『楽園』)

25日水曜日観劇日記・10『恩寵のエクスピアシオン』劇団Please Mr.Maverick
http://www.tobunken.com/diary/diary20120125144011.html
※2012年1月15日観劇(シリウスビー(大山))

25日水曜日観劇日記・番外『橋沢進一・佐藤ゆみ結婚式』於本多劇場
http://www.tobunken.com/diary/diary20120125151829.html
※本多劇場を使っての、空前絶後の結婚式。

25日水曜日観劇日記・11『モンティ・パイソンのスパマロット』
http://www.tobunken.com/diary/diary20120125152852.html
※2012年1月21日・観劇(赤坂ACTシアター)


539 :無名草子さん:2012/01/27(金) 22:22:17.92
観劇日記・12『坂の下商店街再開発計画』劇団カンタービレ公演
http://www.tobunken.com/diary/diary20120126223715.html

>ギャグはあれど、せりふ、動き等、かなり細かくつけているなということが
>わかり、初日にこれだけ役者たちに演技が入っているということは、だいぶ
>稽古をみっちりとやっているんだろうなということもうかがわれ、これは
>自分の芝居に強力なライバルが現れた、と思わないではいられなかった。
>
>なぜ、今日初めて芝居を観た劇団をライバルなどと思うかというと、ここの
>座長をつとめる作・演出の渡辺勝巳くんは、今から17年前、私の部下、
>つまり『株式会社カラサワ企画(オノプロ)』のアルバイト社員だったので
>ある。潮健児さんの付き人もやらせていたので、あの当時のことを最もよく
>知る人物でもある。

541 :無名草子さん:2012/01/27(金) 22:45:27.73
>>539
ルナから捨てられたらこっちに寄生しそう…

542 :無名草子さん:2012/01/27(金) 22:52:58.23
それを言うならルナルナだろ?()美

543 :無名草子さん:2012/01/27(金) 23:06:45.23
25日水曜日観劇日記・11『モンティ・パイソンのスパマロット』
http://www.tobunken.com/diary/diary20120125152852.html

>(ブロードウェイ版とかは単に『SPAMALОT』である)

唐沢(ニセモノ)よ、公式サイトには「Monty Python's Spamalot」と
書かれているんだが?


http://www.montypythonsspamalot.com/

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Comment

●エレクトーンを弾かなくても占えるけどさ、と確かおっしゃっていた

エレクトーン占いの人は懐かしいですねー。

http://bonkura-oyaji.blog.so-net.ne.jp/2009-09-05
>ところで、小林正岳さんという占い師を覚えているだろうか。1980年代にビート
>たけしの「スーパージョッキー」やテレビ東京の「もんもんドラエティ」なんかに出演
>していた『エレクトーン占い』の巨匠だ。無茶苦茶な演奏と外れた音程でご託宣を
>歌いあげる孤高のイメージがぼんくらオヤジには忘れられない。もう亡くなって
>久しいが、日本の技術の粋を集めた楽器と迷占い師のコラボを最後に堪能して
>もらいたいもんで、ひひひ。

http://tadpolizemedia.blog118.fc2.com/blog-entry-42.html
>このおじさん、大好きでした。小林正岳さん。今はもうこの世にいないでしょうね。。。

この人もオノプロという説が過去スレには出ているのですが、唐沢俊一の日記や
本には出てなかったようにも思います。(←ちゃんと確認はまだ)

【パクリ&ガセ】盗作屋 唐沢俊一49【P&G】
http://log2ch.net/read.php/books/1223714076/401-500
>458 : 無名草子さん[] : 2008/10/16(木) 18:56:16
>たけしの番組によく出ていたエレクトーン占いの爺さんも小野プロだったような・・・

【超ド級の盗作】盗作家 唐沢俊一57【弩盗編】
http://log2ch.net/read.php/books/1229176354/801-900
>>>818
>たけしの番組でネタになっていた
>エレクトーン占いのおじいさんも確かオノプロ。
トンデモない一行知識 |  2012年02月09日(木) 00:53 |  URL |  【コメント編集】

●エレクトーン占い

上記のおっさんはリアルタイムで見たことあります。単にしょうもない人で、あれで食えるとも思えませんでしたが。
藤岡真 |  2012年02月04日(土) 16:43 |  URL |  【コメント編集】

●確かトイレットペーパー占いとか

どうもです。(_ _)

Wikipedia の小野栄一の項によると:

http://ja.wikipedia.org/wiki/小野栄一
>1970年代には、芸能プロダクション(ONOプロダクション)の経営を務め、台湾に
>進出、酒巻輝男のプロモーションを行なった。
>1974年(昭和49年)2月、自宅が全焼した。同月、坂上二郎宅も半焼、芸能人宅
>の連続火災としてワイドショーに取り上げられた。 甥に評論家の唐沢俊一、漫画
>家の唐沢なをきがおり、1991年(平成3年)にはONOプロダクションの仕事を唐沢
>俊一が引き継いだ。

この "ONOプロダクション" という表記でググっても、Wikipedia とその引用らしいもの
しか引っかからないので、これが正式名称かどうかわからないですが。唐沢俊一の
裏モノ日記では、もっぱら「小野プロ」で、「株式会社カラサワ企画」というのは今回
はじめて目にしました。

まあ、少なくとも唐沢俊一が引き継ぐ前は「株式会社カラサワ企画」であったはずは
なく……もしも手間暇かけて「株式会社カラサワ企画」に社名変更したのだったと
すれば、どこかで唐沢俊一が書いていた残務整理のための引き継ぎではなく、
積極的に芸能プロの長となって活躍――という野心があったものと推測されます。
2000 年前後に唐沢俊一が書いた本には、面白いパフォーマンスをする占い師を
積極的にプロデュースとか、いろいろやって様子が書かれていますし。
トンデモない一行知識 |  2012年02月04日(土) 12:44 |  URL |  【コメント編集】

●非実在「オノプロ」の実在性検証

「株式会社カラサワ企画」でしたか、オノプロの正式名称は。

ということで、この名前で閉鎖登記簿を請求すれば出てくるのかと余計なことを思いつきましたが、平日日中に法務局に逝く時間的余裕が無いので、暫くこの調査は保留させてください、と書いて見ました。

→ 墓穴を掘るわたしw
SY1698 |  2012年01月29日(日) 21:22 |  URL |  【コメント編集】

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