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2012.01.02 (Mon)

“枯れない老人”は彼じゃない老人

身長に身長を重ねて語る試み」では、石堂淑郎とは関係のない身長ネタしかやらなかっ
たが、今回はちゃんと (?)、著書の『偏屈老人の銀幕茫々』について。

http://www.tobunken.com/news/news20111230150540.html

2011年12月30日投稿
苦悶していた男 【追悼 石堂淑郎】

11月1日に膵臓癌により死去していたことが、一ヶ月ほどして
公表された。79歳。

ウィキペディアでは2008年に上梓された『偏屈老人の銀幕茫々』の、
「私の文筆の仕事は本書で終わりました。後は冥界で実相寺昭雄や
今村昌平と会うだけです」
と言う文章を引用していて、これだけ読むと何やら石堂氏は枯れて
もう生命に固執がなかったかのように思われるが、とんでもない、
当の『偏屈老人~』を読んでみると、彼ら亡友への追慕にからめ
て、若い日々の悶々とした性欲との戦いの、露悪的なまで饒舌な
記録となっていて、読んでいていささかヘキエキするほどである。

もう四十数年も前に関係した女性との関係を克明に描写する
その記憶力に驚嘆すると共に、石堂という人の、“人間”という存在
への熱烈な執着に圧倒される思いがする。しかも、この連載原稿を
書いていたのが、70歳を越えて心筋梗塞と脳卒中に見舞われ、
半身不随になって入院したベッドの上、なのである。その連載の
最終回は、入院した病院の若い看護師の女性との交合を夢に見る
話である。まさにバイタリティというか、生命への執着は並大抵
のものではない。


内容的には、2008 年の朝日書評欄の使い回しといってよいだろう。「若い日々の悶々と
した性欲との戦いの、露悪的なまで饒舌な記録」とかいうあたりは、そのまんまである。

一方、「もう四十数年も前に関係した女性との関係」みたいな馬から落馬的な記述とか、
「読んでいていささかヘキエキするほどである」という貶しの入れ方とかは、朝日の書評に
はない。「もう四十数年も前」という、何かの間違いと思われるが (後述)、どう直せばよい
のかわからない記述も、以下に引用する文章には存在しない。

http://book.asahi.com/review/TKY200805270122.html

偏屈老人の銀幕茫々 [著]石堂淑朗
[掲載]2008年5月25日[評者]唐沢俊一(作家)
■なんとお元気な、圧倒されました
 “枯れない老人”という一群の人々がいる。齢(よわい)70半ばを超え、
脳梗塞(こうそく)と心筋梗塞という二つの大病に襲われ、普通なら生への
欲求も尽き果てるところを、まだくたばらんぞとギラギラした執着を見せな
がら周囲を睥睨(へいげい)している老人といったおもむきが、本書の著者、
石堂淑朗にはある。

 一応表向きには、「私の文筆の仕事は本書で終わりました。後は冥界で
実相寺昭雄や今村昌平と会うだけです」と生への未練のなさを表明して
いるものの、書かれている内容は、亡友への追慕にからめて、若い日々の
悶々(もんもん)とした性欲との闘いを、露悪的なまで饒舌(じょうぜつ)に
語る“性”春記だ。

 その記憶力に驚嘆すると共に、ここまで過去の性体験にこだわるのは、
いまだこの著者の体内に、その欲望が尽きていない証拠ではないかと
読み進みながら思っていたのだが、案の定、本書の元となった雑誌連載
の最終回は、心筋梗塞で入院した病院の若い看護師嬢との交合を夢に
見る話なのである。本書や、前後して出た団鬼六の『我、老いてなお快楽
を求めん』(講談社)などを読んで思うのはこの世代の人々が、性を仲介
にして人生の晩期までなお、社会にコミットし続けようとする、その執着力の
凄(すさ)まじさだ。それに圧倒され、自分などまだまだ小僧っ子だな、と
再認識してしまうのである。


「2011年12月30日投稿 苦悶していた男 【追悼 石堂淑郎】」の方はもちろん、上に
引用の朝日の書評でも、「若い日々の悶々(もんもん)とした性欲との闘いを、露悪的な
まで饒舌(じょうぜつ)に語る“性”春記」、「その記憶力に驚嘆すると共に、ここまで過去
の性体験にこだわるのは」といった記述から、「齢(よわい)70半ばを超え、脳梗塞(こう
そく)と心筋梗塞という二つの大病に襲われ」た老人が、病床で過去の性体験を赤裸裸
に綴った本であるかのように読める。

少なくとも自分は、そうとしか読めなかった。

しかし、『偏屈老人の銀幕茫々』という本の前書き (唐沢俊一のいう「表向き」) には、以下
のように書かれている。

『偏屈老人の銀幕茫々』 P.2
> 本書は一読されると、お分かりになると思うが、前半と後半の筆致が截然と分かれて
>いる。前半(第一部)は脳梗塞と心筋梗塞と二つの重大な発作に襲われた跡、古希を
>越えてからの執筆(月刊「ちくま」に連載)によるものである。後半は古い雑誌のシミと
>化していた拙文を編集者が発掘の努力をしたたまもので、後々単行本に収録されると
>は夢想だにしないで、書き飛ばした威勢の良さだけが取り柄である。前半が何処と無く
>沈んでいるのは発作後の後遺症との闘いに疲労困憊気味のせいである。
> しかし連載中、目に留めてくれた論客亀和田武氏の「偏屈老人」なる言辞を使っての
>筆者への叱咤激励には救われた。もしかしたら誰も読んでいないのでは、という不安が
>あったからだ。本書書名の「偏屈老人」は亀和田氏からのパクリである。亀和田氏への
>感謝をここで改めて述べさせていただく。
> 私の文筆の仕事は本書で終わりました。後は冥界で実相寺昭雄や今村昌平と会うだ
>けです。


で、唐沢俊一のいう「若い日々の悶々(もんもん)とした性欲との闘いを、露悪的なまで
饒舌(じょうぜつ)に語る“性”春記」というのは、「第一部 往時茫々」、「第二部 青春
放浪記」、「第三部 そして誰もいなくなった」のうち、主に第二部に書かれている内容
なのだ。

この「第二部 青春放浪記」は「青春放浪記」と「滑稽なる色情家」からなり、前者は
「『青春遊泳ノート』所収・一九七三年八月・双葉社『週刊漫画アクション」連載」、後者は
「『好色的生活』所収・一九七〇年九月・講談社 『別冊小説現代』一九六九年新秋特別
号掲載」とある。

石堂淑郎は 1932 年 (昭和 7 年生まれ) で、「青春放浪記」の文章を書いたのは 41 歳
の頃、「滑稽なる色情家」の方は 38 歳の頃という計算になる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/石堂淑朗
>石堂 淑朗(いしどう としろう、1932年7月17日 - 2011年11月1日)は、日本の脚本家、
>評論家。


そして唐沢俊一のいう「“性”春記」は 1951 年 (昭和 26 年) あたりからの思い出を綴った
もので――要するに、40 歳くらいの著者が 20 歳頃の出来事を書いたものである。

これが唐沢俊一の朝日の書評では、「その記憶力に驚嘆すると共に、ここまで過去の性
体験にこだわるのは、いまだこの著者の体内に、その欲望が尽きていない証拠ではない
かと読み進みながら思っていた」――本が出た 2008 年 3 月の時点では、石堂淑郎は
75 歳である――となるのだからたまらないというか、朝日新聞はどうしてこれをそのまま
載せたんだろというか。

さらに、今回の“追討”では、「もう四十数年も前に関係した女性との関係を克明に描写
するその記憶力に驚嘆する」となるのだから、まったくわけがわからない。40 歳の頃に
20 歳前後のことを書いているのだから、石堂淑朗の描写の対象は 20 年前の出来事で
ある。「古希を越えてからの執筆」と誤解していたのなら、50 年以上前とか書くはずなの
に、なぜか「四十数年も前」……。


それから、今回は「“人間”という存在への熱烈な執着に圧倒される思い」に「生命への
執着は並大抵のものではない」 (執着執着と少しクドい)、朝日の書評では「性を仲介に
して人生の晩期までなお、社会にコミットし続けようとする、その執着力の凄(すさ)まじさ」
を示すものとして唐沢俊一があげているのが、「心筋梗塞で入院した病院の若い看護師
嬢との交合を夢に見る話」。

この話は、確かに「第一部 往時茫々」の方に出てくるのだが、「交合を夢に見る話」と
いうよりも、交合できるかなと思ったらダメだったという夢を見る話、という感じ。

『偏屈老人の銀幕茫々』 P.94 ~ P.95
> 担架に乗せられたまでは記憶にあった。病院では人工心肺を付けられ丸三日意識
>不明、四日目に意識を取り戻した。目の前に女の顔があった。「バルタンセイジン! 
>バルタンセイジン!」女の声が二つ聞こえて私の体を引っ張っている。私はベッドの
>下に落ちて、看護婦二人が掛け声を掛けながら私をベッドに引き揚げていたのだ。
>彼女らは私がウルトラマンの脚本家と知って、ならばバルタン星人に違いなしとあって
>の掛け声だったのである。とにかく、生き返ったのである。目の前で笑っている若い女
>二人の印象は強烈だった。顔も笑い声も命のシンボルに思えた。
> 去年の夏、定期検診で引っかかり、造影剤を注入して血管の具合を検査して貰った。
>異常無しで無罪放免になったが、その時面倒を見てくれたのが、この時のバルタン
>セイジンの看護婦さん。冬の間白かった顔が今度は真っ黒。聞くとサーフィン。どこで。
>伊豆の雲見海岸。私はググッときてしまった。
> 伊豆の海は私にとって言わば不滅の海である。三十代、四月二十九日は個人的に
>伊豆の入間で海開きだった。明けても暮れても潮騒とともに暮らしていた。雲見の海も
>私の庭である。その雲見に休みごとに行ってサーフィン。彼女は若い娘にして命その
>ものである。
> ついに夢に見た。
> 時は昭和らしい。場所は世田谷の等々力渓谷と思しい。ベンチの上で彼女と私は
>戯れる。股間何やら膨張している。しめた。今度は交合可能らしいぞ。と時間は瞬時に
>して流れて平成だと教えられる。股間はたちまち萎縮して、高揚感は瞬時に消えた。
>嗚呼死ぬまでこんなことを繰り返すのだ。
> 昭和ファルスの瞬時に平成ペニスになれるかや。


唐沢俊一のいう「“枯れない老人”」に分類するとしても、「普通なら生への欲求も尽き果て
るところを、まだくたばらんぞとギラギラした執着を見せながら周囲を睥睨(へいげい)して
いる老人といったおもむき」とまで書かれると、感じ方は人それぞれとはわかっていても、
どうにも首をひねってしまう。

まあ石堂淑朗本人も、「お分かりのように古希老人の生臭さはまだ相当なもので、いま
だに惚れる相手を見合い写真よろしく懸命に探しているのである」 (P.93) なんて書いて
いたりするのだが。ちなみに、この相手は、雑誌「ランティエ」に肖像写真が掲載されて
いた「翠姐さん」 (石橋翠?) で、「歩行困難では万障繰り合わせてストーカーというわけ
にはいかない。悔しい。」とか書いていたりもする。

で、「“枯れない老人”という一群の人々」で思い出すのが、唐沢俊一が『愛のトンデモ本』
に書いた「少しは年寄りらしく枯れろッ、と、ちとキツく言ってやらないと土留めが効かない
くらい、実は老人たちは元気で、ヤツらの精力は有り余っているンである」 (「土留め」は
原文ママ、ここを参照)。

ここで唐沢俊一に取りあげられていた『性生活報告』では、70 代、80 代のお年寄りが、
何というか、日々元気に「交合」を実践している。それを唐沢俊一が、ややテンション高め
に報告している。

そのノリを『偏屈老人の銀幕茫々』の紹介の方に持ち込んだために、「まさにバイタリティ
というか、生命への執着は並大抵のものではない」とか、「まだくたばらんぞとギラギラし
た執着」とか、どうにもテンション高めの描写となり、「交合を夢に見る話」となったのでは
ないか。冷静に考えれば、病院のベッドの中の石堂淑朗の場合、「夢」の話にとどまる
ものでしかなかったわけだが。



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