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2011.12.23 (Fri)

「われわれの世代の映画監督」森田芳光についての時空歪みの平行世界

http://www.tobunken.com/news/news20111221160901.html

イベント
2011年12月21日投稿
きらめいていた男 【訃報 森田芳光】

20日死去、61歳。
ショックである。
この監督の華々しい登場のとき、映画界が若返り生まれ変わった、
というイメージでわれわれの心は満たされた。
「ようやく、われわれの世代の映画監督が生れた!」
ということで彼の存在はこちらの胸に刻み込まれた。
その監督が、若死にとはいえ、もう61歳。
こちらも歳をとるわけだ。

『の・ようなもの』(1981)からもちろん注目はしていたが、
何と言っても森田芳光と言えば『家族ゲーム』(1983)。
これを初めてみたときの衝撃は忘れられない。
日本においての、家族というタテのつながりを、癖のある人間と人間の
ヨコのつながりとして再編成して、それをあの横つながりの食卓で見事に
具象化してみせた手並み。
当時“奇妙な女の子”キャラで売っていた戸川純だけがその並びに違和感を
感じ、きちんと正面向きに椅子を置きなおす、というあたりに、“平凡な家庭”
というものへの監督の横溢した批判精神が現れていた。

この作品で父親役を演じたのが伊丹十三で、翌年の彼の映画『お葬式』
の演出のケレンは、ほとんどがこの森田芳光の演出のコピーだった。
伊丹十三は最初、『お葬式』の葬儀屋の役を松田優作で考えていたそうで、
そうなるとますます『家族ゲーム』のリメイク感が強くなっただろう。

しかし、伊丹十三が最後までその演出スタイルを保持し、自分のトレード
マークにまでしてしまったのに比べ、森田芳光は次作『メイン・テーマ』
(1982)で早くも自己模倣のマンネリ化に落ち込み、評価の高かった
『それから』(1985)も、まっとうな演出スタイルと『家族ゲーム』調の
スタイルとが混在する、奇妙な感じの映画であった。いや、相変わらず
面白いとは思っていたし大好きだったのだが、その後の数本の作品に不入り、
不評が続いたことで数年の沈黙を余儀なくされ、そして『失楽園』(1997)
で、ベストセラー小説をスクリーン上に見事に再現してみせる大衆映画作家と
変貌して(これは私見であるが)復活。向田邦子の『阿修羅のごとく』(2003)
や黒澤明の『椿三十郎』(2007)のような先行作品のリメイクを職人的演出で
コンスタントに撮りあげる監督となった。鬼才と言われた若い時期から、
安定したヒットメーカーである老年期へという移行は、かつての市川崑の
歩いた道とシンクロする。
〈略〉
とはいえ、『失楽園』で、死を迎える二人が食べる人生最後の食事を、
クレソンと鴨肉のみのシンプルな鍋物に設定した、というあたり、まだ、
初期の感性(の、ようなもの)がときおり画面の端々にチラ、と感じられ、
あふれかえっていた時期よりむしろ才気は感じられたものだ。才気は
それを囲むワクがあってようやく落ち着く、という好例だろう。

http://megalodon.jp/2011-1223-0941-08/www.tobunken.com/news/news20111221160901.html

×『メイン・テーマ』(1982) ○『メイン・テーマ』(1984)

「われわれの世代の映画監督」って、1950 年生まれの森田芳光は、1958 年生まれの
唐沢俊一の 8 歳も上なんだけど……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/森田芳光
>森田 芳光(もりた よしみつ、1950年1月25日 - 2011年12月20日)は、日本の映画監
>督、脚本家である。


http://ja.wikipedia.org/wiki/唐沢俊一
>唐沢 俊一(からさわ しゅんいち、1958年5月22日 - )は、日本のカルト物件評論家、
>コラムニスト、ラジオパーソナリティ。元朝日新聞書評委員。


5 歳 (学年では 6 年) 上の栗本薫のことを、「いよいよそういう奴が同世代から出てきた
か、と、実は背中に冷汗がつたうような思い」と書いたこともある (ここを参照)。唐沢俊一
のいう「同世代」というのは幅が広過ぎ。確かに皆 1950 年代生まれだけど、森田芳光も
栗本薫も昭和 20 年代生まれで、昭和 30 年代生まれの唐沢俊一と同世代というのは
あまりに強引な気が。

http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/91136/
> ◆森田芳光(もりた・よしみつ)1950年(昭25)1月25日、東京都渋谷区生まれ。
>日大芸術学部在学中から自主映画を撮り、28歳で製作した78年の「ライブイン茅ケ
>崎」が、第2回ぴあフィルムフェスティバル一般公募部門に入選し注目される。81年に
>落語家の若者を描いた「の・ようなもの」で監督デビュー。主な作品は「家族ゲーム」
>(83年)「それから」(85年)「失楽園」(97年)など。03年の「阿修羅のごとく」では、
>日本アカデミー賞監督賞と日刊スポーツ映画大賞作品賞を受賞。


それに、「『の・ようなもの』(1981)からもちろん注目」で、「ようやく、われわれの世代の
映画監督が生れた!」って、当時 22 歳か 23 歳の唐沢俊一の感想としては、「ようやく」
というのは少々不自然な気が。で、どうでもよいけど、「落語家の若者を描いた」どうこうは
今回スルーなのね、と。今回は自称落語好きのモードに入らなかったらしい。時空歪みの
モードには、いつも通りにしっかり入っているけど。


で、「当時“奇妙な女の子”キャラで売っていた戸川純だけがその並びに違和感を感じ、
きちんと正面向きに椅子を置きなおす、というあたりに、“平凡な家庭”というものへの
監督の横溢した批判精神」には、あれっと思った。まあ「違和感を感じた」とは重複表現
ではないかという話は、辞書の用例にも入っているからしょうがない (?) として。

http://d.hatena.ne.jp/iris6462/20060519/1148048068
>正しくは「違和感を覚えた」や「違和感を抱いた」じゃないだろうか。

>「違和感を感じた」ってよく見かけるけど、「馬から落馬」と同じ重複表現な気がする。
>けど、gooの国語辞書の用例だと、違和感を「~~感じた」になっている。


――と思ったら、今の goo 辞書に「違和感を感じた」はない。違和感を覚えた人たちから
意見がよせられ、削除されたんだろうか。(←単なる想像)

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/15918/m0u/違和感/
>「初めて会う人なのに―もなくうちとける」

それはさておき、「戸川純だけがその並びに違和感を」って、戸川純も家族の一員の役
だっけと錯覚しそうになったけど、実際は近所の奥さん役。「その並びに違和感を感じ、
きちんと正面向きに椅子を置きなおす」のは、作品世界内においても横ならびの食卓は、
家族以外の者の目から見ると奇妙な風習だという設定を示すものでは。まあ「“平凡な
家庭”というものへの監督の横溢した批判精神」とかに特に異を唱えるつもりはないけど。

http://www.kanshin.com/keyword/227663
>そういや同じマンションに住む奥さん役で戸川純が出演してましたね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/家族ゲーム
>映画版では横ならびの食卓に家族が一列にならぶシーンが新たな映像表現として
>評価された。 (ただし、黒澤明の赤ひげに同様の構図の食事シーンがあり、これへの
>オマージュの可能性あり。)
〈略〉
>近所の奥さん:戸川純


その他参考 (なぜか長文の感想が多い):
- http://www.jtnews.jp/cgi-bin/rv_2632.html%3FSELECT=26005


さて、今回の唐沢俊一の“追討”には、うわっ早いなと少し驚いた。URL から推測される
投稿時刻は 12月 21日の 16時頃。その頃自分は、たまたま会社で、ニュースサイトの
訃報記事を目にして驚いていた。テレビのワイドショーで報じられたのは、翌 22 日。
21 日の夜より前に報じていた媒体は、そんなに多くない。

http://www.cinematoday.jp/page/N0038028
>森田芳光監督が急性肝不全で死去 享年61歳
>2011年12月21日 10時58分
>[シネマトゥデイ映画ニュース] 映画『家族ゲーム』(1983年)で脚光を浴びた森田芳光
>監督が、20日の22時15分に急性肝不全のため都内の病院で亡くなった。61歳だった。


http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2011122100341&j4
>映画監督の森田芳光さん死去=61歳、「家族ゲーム」「失楽園」
> 「家族ゲーム」「失楽園」などの作品で知られる映画監督の森田芳光(もりた・よしみ
>つ)さんが20日午後10時15分、急性肝不全のため東京都内の病院で死去した。61
>歳だった。東京都出身。葬儀は24日午前11時から東京都港区南青山2の33の20の
>青山葬儀所で。喪主は妻和子(かずこ)さん。
> 1981年に若い落語家を主人公とした「の・ようなもの」で長編監督デビュー。83年に
>松田優作主演のブラックコメディー「家族ゲーム」で、ブルーリボン賞やキネマ旬報賞な
>ど映画監督賞を総なめにした。
> 84年「メイン・テーマ」が大ヒット。85年には松田優作と再び組んで、夏目漱石の「そ
>れから」を映画化し、監督賞をいくつも獲得。コメディー、恋愛、ホラーなど扱うジャンル
>も多彩で、80年代の日本映画低迷期に邦画を支え続け、「そろばんずく」(86年)、
>「キッチン」(89年)を発表した。
> 90年代以降は、「失楽園」(97年)、「39 刑法第三十九条」(99年)、「阿修羅の
>ごとく」(2003年)、「海猫」(04年)などを発表。子供時代から好きだった鉄道を題材
>にした「僕達急行 A列車で行こう」が12年3月に公開される予定。
>(2011/12/21-15:45)


2ちゃんねるのスレで批判されている通り (Read More 参照)、「『メイン・テーマ』(1982)
で早くも自己模倣のマンネリ化」というのは、追悼ではなく“追討”というにふさわしいし、
1984 年を 1982 年と間違えていたりする。

これ、「『家族ゲーム』(1983)」の方は間違えていなくて、それでいて「次作『メイン・テー
マ』(1982)で早くも自己模倣のマンネリ化」とやらかしているので、ちょっと恥ずかしい。

ついでに、「この作品で父親役を演じたのが伊丹十三で、翌年の彼の映画『お葬式』の
演出のケレンは、ほとんどがこの森田芳光の演出のコピー」というのは、自分には意味が
よくわからなかった。そもそも唐沢俊一語の「ケレン」というのがよくわからないので……
「所詮、作り物であるのなら、その“作り物性”を徹底してつきつめるべき」というラッセル
独自のケレンなのであろう。」 (ここを参照) とか。

だいたい、「ケレン」と片仮名表記でググると、塗装用語の意味で使われる「ケレン」の
方が上位に何個もきたりするんだよなあ……というのは、おいといて。

http://www.mktosou.com/yougo/p12.html
>ケレンとは
>主に鉄部(トタン・屋根・鉄階段)などの汚れや塗装をする前に錆びを落したり、錆びて
>いなくても塗料の密着を良くするため傷をつけることを言います。専用のケレン用具
>(マジックロンやヤスリなど)や電動工具を使い錆を落とします。


まあ、唐沢俊一のいいたかったことは多分、下記のようなことなんだろうけど。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1320115408
>映画やアニメなどの批評で「この作品はケレン味があって良い」とか「ケレン味があって
>好きだ」というのを見かけますが、辞書を見ると「はったりやごまかし」と書いてありまし
>た。
>これだと「はったりやごまかしがあって好きだ」ということになり文章的におかしいです。
〈略〉
>作品作りにおいて、「ごまかし」や「はったり」は大いに素晴らしい 要素です。
〈略〉
>映像作品では、こういった「はったり」の「でたらめ」が素晴らしい 劇的な効果となりうる
>のです。演出で盛り上げるのに、「ウソ」は 強力な武器になります。


ただ、上で話されていることについては、その内容自体よりも、外連味のことを「ケレン味」
という表記が割と一般的になっているのかというのが個人的には意外だった。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/05679200/
>けれん‐み【▽外連味】
>はったりを利かせたりごまかしたりするようなところ。「―たっぷりの芝居」「―のない
>文章」


「けれん」単独で引くと、ごまかしやはったりという意味の他に、「早替わり・宙乗り・仕掛
け物など」の意味が表示されるようになる。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=ケレン&dtype=0&dname=0na&stype=0
>け‐れん【▽外連】
>1 歌舞伎や人形浄瑠璃で、見た目本位の奇抜さをねらった演出。また、その演目。
>早替わり・宙乗り・仕掛け物など。
>2 ごまかし。はったり。「言うことに―がない」


http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=ケレン&dtype=0&dname=0ss&stype=0
>【▽外連】
>[1] 演劇で、軽業的な手法を用いた演出。大道具・小道具の仕掛け物や、宙乗り・早
>替りなど。
>[2] 他人の気を引いたり、自分を正当化したりするための、おおげさで不自然な言動。
>ごまかし。はったり。


自分が「けれん」と聞いてぱっと頭に浮かぶのは主に [1] の意味。「ケレン」の場合は、
込められたニュアンスがまた異なるのかな……やっぱりよくわからない。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=ケレン&dtype=0&dname=0na&stype=0&index=05679300
>ケレン《(ドイツ)Kernsttzeから》鋳造に際し、鋳型の中子(なかご)を支える副え木を補強
>する金具。


http://thesaurus.weblio.jp/content/けれん
>マイナスの意味を含むけれん
>大仰な ・ 見えを切る ・ オーバーな(しぐさ) ・ 奇をてらう ・ 向こう受けをねらう ・ 鬼面
>人をおどす ・ はったり(十分の)

>プラスの意味を含むけれん
>派手な ・ 大袈裟な(演技) ・ カッコいい ・ (ぴしっと)きまる ・ 目立つ ・ 男性的な ・
>スケールの大きい(演技)



それから、これもまた、あれっと思った「その後の数本の作品に不入り、不評が続いたこと
で数年の沈黙を余儀なくされ、そして『失楽園』(1997)で、ベストセラー小説をスクリー
ン上に見事に再現してみせる大衆映画作家と変貌して(これは私見であるが)復活」との
くだり。Wikipedia の記述は、以下のような感じ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/森田芳光
>1981年、若い落語家を主人公とした『の・ようなもの』でデビュー。題名は、三遊亭金馬
>(3代目)の落語『居酒屋』に出て来る、「のようなもの」というフレーズから採られた。
>1983年、松田優作主演の『家族ゲーム』を発表する。家庭をシニカルに、暴力的に描
>いた、出色のブラックコメディーである。家族全員が長い食卓に、画面に向かって横一
>列に並んで座る何とも奇妙な食事場面等、何気無い日常の風景を非日常的に描写し
>た、人を食った演出が評判となった。これが出世作となり、新世代の鬼才として広く注
>目を集める。
>1984年、丸山健二原作、沢田研二主演の『ときめきに死す』を経て薬師丸ひろ子主演
>の『メイン・テーマ』が大ヒット。
>1985年に、松田優作主演で、夏目漱石『それから』を映画化。キネマ旬報ベストワンを
>はじめ、各賞を受賞。
>1986年、『それから』から一転、とんねるず主演で広告代理店を描いたコメディーの怪
>作『そろばんずく』を発表した。バブル時代を色濃く描いた作品となった。
>1989年に、吉本ばなな原作の『キッチン』を映画化。大ベストセラー小説を原作とした
>にも関わらず、興行的に大敗する。しかしビデオの売り上げは好調で、隠れた名作とし
>て愛されている[1]。
>1996年に、数年の沈黙を破って、パソコン通信による男女の出会いを描いた『(ハル)』
>を発表する。興行的には不入りだったが、評価は高かった。
>1997年5月に、渡辺淳一『失楽園』を、役所広司、黒木瞳の主演で映画化。人生に疲
>れた中年男女が不倫の果てに心中するというストーリーで、R-15指定を受ける。結果
>的に観客動員数が200万人を超える大ヒットとなり、「失楽園」という言葉はこの年の
>流行語ともなった。


唐沢俊一の書いていることは間違いだというつもりはないけど、「数年の沈黙を余儀なく
され、そして『失楽園』(1997)」って、「数年の沈黙を破って、パソコン通信による男女の
出会いを描いた『(ハル)』を発表」したことを完全になかったことにしなくとも……そりゃ
「興行的には不入り」だったのかもしれないけど、ネット上でそれなりに話のネタにされて
いたのは、唐沢俊一も記憶していると思うのに。

http://www.rbbtoday.com/article/2011/12/21/84409.html
> またTwitterでは、まだインターネット以前、パソコン通信による男女の出会いを描い
>た「(ハル)」についての書き込みが多いのも印象的だ。80年代以降、若者に支持を受
>けていたカリスマ監督だっただけに、若くしてこの世を去ったことを惜しむ声が多く見ら
>れた。



それから、2007 年の日記についても、2ちゃんねるのスレで「唐沢史の中では1984年は
バブルか....」と突っ込みを入れられていたりした (Read More 参照)。

http://www.tobunken.com/diary/diary20071027132559.html

森田芳光監督『メインテーマ』(1984)見る。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005S793/karasawashyun-22
薬師丸ひろ子と野村宏伸のロードムービー。
大家になる前の森田演出、前作の『家族ゲーム』では
テーマにぴたりハマっていたが、今回はアイドル映画であって、
テーマも何もなく、ひたすらポップで奇妙な演出のみを突出させている。
ラジオスタジオ前で、録音マイクをやたら褒めている通行人、とか。
ラスト近くのキスシーンでの大花火とパレードも奇妙。
バブル時代でなくては出来なかったノーテンキ演出だろう。


×『メインテーマ』 ○『メイン・テーマ』

今回の“追討”では『メインテーマ』が『メイン・テーマ』に訂正されている一方、2007 年
の日記では 1984 年と正しく書いていた発表年が、今回は 1982 年になっているのだから
何だか間違いのモグラ叩き状態――というのは、いつもの話か。

1984 年だと、まだまだ新卒の就職状況も小雨混じりといわれていた時期のはずだが、
まあ唐沢俊一語の「バブル」とは、1980 年代とイコールっぽいのでしょうがないとして
(ここを参照)。

スレでも話題になっていたが、薬師丸ひろ子をアイドルと定義するべきかどうかはおいて
おくとしても、「アイドル映画であって、テーマも何もなく」というポジションにいた女優では
なかったと思うけど。

結局、唐沢俊一の生きてきたのは、どういう平行世界だろう――という、いつものオチに
なるのかも。


More...

http://toro.2ch.net/test/read.cgi/books/1324453913/
-------
21 :無名草子さん:2011/12/21(水) 23:59:57.80
http://www.tobunken.com/diary/diary20071027132559.html
日記 :: 2007年 :: 10月 :: 27日(土曜日)

>森田芳光監督『メインテーマ』(1984)見る。
>薬師丸ひろ子と野村宏伸のロードムービー。
>大家になる前の森田演出、前作の『家族ゲーム』では
>テーマにぴたりハマっていたが、今回はアイドル映画であって、
>テーマも何もなく、ひたすらポップで奇妙な演出のみを突出させている。
>ラジオスタジオ前で、録音マイクをやたら褒めている通行人、とか。
>ラスト近くのキスシーンでの大花火とパレードも奇妙。
>バブル時代でなくては出来なかったノーテンキ演出だろう。

唐沢史の中では1984年はバブルか....


30 :無名草子さん:2011/12/22(木) 00:27:32.89
>>21
唐沢(偽)よ。まず

×『メインテーマ』
○『メイン・テーマ』

だ。あと
>森田芳光は次作『メイン・テーマ』
>(1982)で早くも自己模倣のマンネリ化に落ち込み、
>『それから』(1985)も、まっとうな演出スタイルと『家族ゲーム』調の
>スタイルとが混在する、奇妙な感じの映画であった。

と言うが『それから』は、黒澤明の『乱』を抜いて、1985年キネマ旬報ベストテンの一位となったわけだ。
あと『メイン・テーマ』は、『愛情物語』との2本立てで、配給収入18億5千万円のヒットを
出した。
わかるか?「アイドル映画」でこんだけヒットしたら御の字だろ。
お前、まさか「アイドルの薬師丸だからヒットした」とか
「角川商法だからヒットした」とか言いたいのか?「追悼」で?

ヒットしたことを押さえろよ、お前。
お前、要するに嫌いなんだろ?初期の森田芳光さんが。

32 :30:2011/12/22(木) 00:46:27.95
あ!今気づいたが、唐沢、今回の追討で、『メイン・テーマ』の
つくられた年を間違ってやがる。

37 :無名草子さん:2011/12/22(木) 01:17:51.54
『メイン・テーマ』は『スローなブギにしてくれ』に続く片岡義男原作(?)の
角川映画第二弾という印象が強かった。
テーマ曲は共に南佳孝だし。
当時アイドル映画と看做されてたっけ?
片岡義男の作品イメージのほうを強調してたような・・・
薬師丸ひろ子は角川の看板女優で、アイドル的人気で歌も歌ったけど、最初から女優だしなあ。

65 :無名草子さん:2011/12/22(木) 13:41:18.97
なぜ一番こだわりがありそうな市川森一を書かないんだ?
やっぱし色々怖いから?

これまで書きそうで書かなかった人は谷啓とサリンジャーってのがあったね。


66 :無名草子さん:2011/12/22(木) 13:50:31.07
書かないに越したことない。
ヤツは超チキンハートだから、書かない方がいいでしょう。

67 :無名草子さん:2011/12/22(木) 14:28:47.94
>>37
当時角川の雑誌「バラエティ」を読んでいたけど、片岡義男、薬師丸ひろ子の両面でプッシュしてた。
言うとおり薬師丸は「女優」として売り出してたので、アイドルっぽい扱いではなかった。
その前年の「里見八犬伝」「探偵物語」あたりから、完全に女優としての扱いに移行したっぽい。
アイドルならすでに原田知世が人気絶頂だったしね。

72 :無名草子さん:2011/12/22(木) 15:21:28.93
>>67
「映画女優」、「映画スター」だよね、角川の扱いとしては。
映画スターの高倉健だって、レコードだすわけだし
で、テレビには、音楽番組や映画の宣伝を除き、極力出ない…と(当時は)

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Comment

>カレン

だれうま……私は、バレンとか、そういうのしか思いつきませんでした。^^;

http://tencarat-plume.jp/models/details/michibatakaren.shtml
http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/n/e/a/nearfuture8/201104101641404dc.jpg
http://www.comshop.co.jp/g-haku/index.php?adult_check_flag=on&jan=4989061100323

唐沢俊一語の「ケレン」は、マジで難しいです。

http://www.tobunken.com/diary/diary20010821000000.html
>既存の原稿を並べ替え、つなぎあわせるとがらりと違った様相の本が顔を見せ
>る。映画の編集に似た作業だろう。伊丹十三の『お葬式日記』で、撮ったフィルム
>は素材であり、映画は編集によって作られる、とあったが、本でもそれは言えるか
>もしれない。
〈略〉
>ジョンストンの演出手腕は手堅いし、例によっての伏線の張り方(ヴェロキラプトル
>の共鳴骨や、ハンググライダー、衛星通信機、それを受けるローラ・ダーンの子供
>の使い方など)はシナリオ学校のテキストみたいだが、やはり冒頭の、サム・ニー
>ルが再び島を訪れることになるダンドリや、殺され役の見せ場作り、ラストの救出
>劇などはスピ親分には及ばない。ハッタリが効いてないのである。第一作のティラ
>ノザウルスの、歌舞伎の大看板なみに画面中央で見栄を切ってみせる(ホントに)
>ようなケレンが欲しいところだった。……とはいえ、何にも考えずに一時間半(この
>上映時間の快いこと! 女の子がゾウキンがけするアニメに二時間以上使うなよ)
>を過ごせるというのは、黄金時代の娯楽映画の基本だったと思う。内容なんかどう
>でもいい。確か『12人の怒れる男』の中で、記憶の確かさを自慢する男(E・G・
>マーシャル)が、週末のことを訊ねられて、女房と映画館へ行ったと答え、その映
>画の内容を訊ねられて、“まあ、よくある娯楽ものですよ”と答えたとき、誰もその
>不確かさをとがめなかった。ありゃ、内容を覚えておくものではないのである。映
>画館へ行くのが特 別なイベントになっちゃいかんのですね。


その他参考
http://togetter.com/li/230475
トンデモない一行知識 |  2011年12月28日(水) 00:03 |  URL |  【コメント編集】

道端三姉妹の長女は「カレン」。おっと失敬(『きんいろモザイク』の九条とか『Stay With...』のアンドロイドとかやっても松鶴家千とせになるしなぁ)。

今回の唐沢はいつにもましてやる気がなさすぎる(哀惜の念が一切感じられないのは今更)。
やる気がないのに故人を腐すことだけは一丁前。
自分は森田芳光の映画は一本も見たことがないけど、それでも腹ァ立ちますぜ、これは。
相変わらずこのバカは他人を舐めてるとしか。ひどいもんです、へえ。

「人の死を悼むとは『俺、あいつのこと知ってるんだぜ』と自慢することではない」(kensyouhan)。
Sawahara |  2011年12月25日(日) 15:21 |  URL |  【コメント編集】

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-367.html#commenttop
に書いたことがあるのですが、唐沢俊一は伊丹十三が好きらしく、何度もネタ元に
しています。裏モノ日記でも、『お葬式』などをネタに何度か言及しています。

市川崑監督の名前も登場頻度は結構なもので、「市川崑監督死去」の際の裏モノ日記
http://www.tobunken.com/diary/diary20080213142052.html
「晩年の作品には首をかしげざるを得ないものもあるが」というのもあれば、翌々日に

http://www.tobunken.com/diary/diary20080215141534.html
>安達Oさんに市川崑の本を書くようハッパかける。
>日本人全員が名前を知っている最後の映画監督ではないか。
>最近の若者は日本人でないから除外するが。

と書いていたり。

彼らに比べて、森田芳光の登場する回数はずっと少なく、『失楽園』ネタ (これは
唐沢俊一はよほど好きなのか本でも何度か使い回し) と、伊丹十三に影響を与えて
どうのこうのと……考えてみれば今回の“追討”は、その少ないネタの使い回し
だったと気がつきました。

http://www.tobunken.com/diary/diary19991205000000.html
>・今日のお料理「不倫心中鍋」
> 鍋にコブだしを張り、鴨の薄切りとクレソンを皿に盛り、さっと煮てポン酢で食べ
>るシンプルな鍋。これがなぜ不倫心中鍋かというと、映画『失楽園』で主人公二人
>が心中する直前、この世の最後にする食事がこの鍋なのである。原作にはなく、
>監督の森田芳光のアイデアだそうだが、そのシンプルさが、二人のこの世への未
>練のなさを見事に表していた。

http://www.tobunken.com/diary/diary20070616132844.html
>初期の森田芳光の伏線の周到な張り方、スクリーンの中の人物やものの配置
>そのものに意味を持たせていく画の作り方は明らかに後に監督になる伊丹十三に
>影響を与えているのだが、伊丹の方が年長でしかも森田以上の人気監督になっ
>てしまったため、それが語りにくい現状になっているような気がする。
トンデモない一行知識 |  2011年12月25日(日) 10:42 |  URL |  【コメント編集】

●NoTitle

ここまで粗雑にまとめられまるというのも、ある意味超人的ですね。伊丹十三がむしろ市川崑直系(本人も影響を認めているし、崑さんは伊丹万作の門下)なのはともかく、“安定したヒットメーカーである老年期“という括り方はあまりに酷い。「そろばんずく」が端緒だと思いますが、商業企画に迎合しているように見せかけてディテールで暴走しているという作がかなり多数を占めています。
崑さんでは「新選組」が企画からして常識外でしたし。「火の鳥」は結果的に晩年作とはいえなくなりましたが、当時すでに黒澤世代の老巨匠というイメージだったので(まさかそれから30年近く撮り続けるとは)、好き放題の滅茶苦茶さに仰天して逆に清々しい気分になったものです。
唐沢氏より若干年少世代です |  2011年12月24日(土) 13:03 |  URL |  【コメント編集】

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