2017年02月 / 01月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728≫03月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2011.12.04 (Sun)

小劇場イコール笑劇場とはかぎらないですよね……?

http://www.tobunken.com/news/news20111202103216.html

イベント
2011年12月2日投稿
三ケ条
〈略〉
私が私なりに、これまで小劇場の芝居を面白い物つまらなかったもの
とりまぜて観て、基本と思っている要素は三つ。これを私は小劇場
芝居三ケ条と呼んでいます。

一に笑い。これは観客の情動を最も快くつかみ、芝居の中に誘導する
働きを持ちます。芝居を見馴れていない、つまりなかなか話の中に
入って
こられない観客でも、笑いの中にならスッと入っていけます。
笑いの要素が(ことに冒頭に)たくさんある芝居が、一般観客に優しい
芝居と言えるわけです。

二に感心。仮にも3000いくらの代価を支払ってくるお客に、それ
だけの金を支払わないと見られないものを見た、と思わせる、鍛練を
重ねた技術を見せることです。長ゼリをすらすら言う、複雑な動作を
ミスなくやってのける、さらには歌や殺陣など。あくまで観客の目から見て、
「ああ、稽古を重ねたんだな、努力したんだな」
とわかるものを見せないといけない。お客はそこで芝居に満足するのです。

三にメッセージ。笑いだけの芝居も結構、アクションだけ見せても
面白いものにはなるでしょう。だが、それだけでは見終ったあと、一抹
のもの足りなさが残るのです。なぜかというと、人間は得た感動を、
言葉にしないと明確に記憶できず、人に伝えられないからなのです。
一ユニットの公演はせいぜい一年に二、三回。次の公演にも足を運んで
もらうためには、この芝居のポイントを言葉にしてお客に伝えること。
そうすると、お客はその言葉を反復することで、芝居の記憶を次の公演まで
つなげることが出来ます。いわばメッセージは、お客様にお持ち帰り
いただくお土産と言えるでしょう。
〈略〉
台本を読み、稽古場に臨み、この三つがうまく混淆して作用しているか
をチェックする。私の作劇・演出法はこれしかない、と言ってもいい
かもしれません。そして、それ以上の満足感を得られたら、それは役者
さんたちの力、キャスティングがもたらした組み合わせの妙、ということ
になるでしょう。

http://megalodon.jp/2011-1204-1017-07/www.tobunken.com/news/news20111202103216.html

時間修正作戦以前に、いろいろ修正した方がよいことがあるのでは
キャスティング 8 割なら脚本は何割? の『タイム・リビジョン 時間修正作戦』
当て書き、ただし、主役以外
の続き。

「入って」のみが、なぜか独立した行になっているのは原文ママ。
ついでに、唐沢俊一は以前、普通に「小劇場演劇」とか書いていた (こことか) んだけど、
それが今回「小劇場芝居」としている理由は不明。


「二に感心」のその内容が、「ああ、稽古を重ねたんだな、努力したんだな」で、その内容
の具体的な例が「長ゼリをすらすら言う、複雑な動作をミスなくやってのける、さらには
歌や殺陣など」って、なあ……。ここコメント欄に書き込まれた「そんなモノは見えない、
漂わせないのがプロじゃないのか」というのには、ひたすら同意。

そりゃ確かに、「ああ、稽古をサボったんだな、努力していないんだな」と観客に思わせて
しまったら問題だろうと思う。長い台詞をつっかえたり、複雑な動作をミスしたり、音痴だっ
たり、リズム感が全然なかったりしたら、おいおい金をもらってこれかよ、といわれてしまう
のも容易に想像できる。

しかし、逆は必ずしも真ならずというか、「ああ、稽古を重ねたんだな、努力したんだな」
などと「感心」したくて劇場に足を運ぶ状況というのは、ちょっと想像しにくい (若手の
勉強会みたいなのは別)。むしろ、客に「感心」してもらいたいのがミエミエな「長ゼリを
すらすら」や「複雑な動作」には、客が白けてしまう危険すらあると思う。唐沢俊一の
文章は、それをあらかじめ読んでいた客に、はいはいここで感心してもらいたいのかな
とか、あれっ「鍛練を重ねた技術」は結局どこで見せてくれたのとか、冷ややかな反応を
引き出す可能性を高めかねない。


で、この「二に感心」に、「一に笑い」と「三にメッセージ」を加えれば、唐沢俊一のいう
「小劇場芝居三ケ条」となるのだけど……そもそも、「小劇場芝居」とは何なんだろうと、
マジで悩むハメになった。

「一に笑い」って、ではギャグがないシリアスなものは成立しにくいものなのかと思ったし、
「三にメッセージ」の方は、唐沢俊一のいう「メッセージ」というのが、いったいどういうもの
なのか、自分にはよくわからなかったし。キャッチーなコピーでも連発するんだろうか。

まあ、これは、自分が無知なせいだろうと思ってググってみたりもした。

http://fringe.jp/blog/archives/2010/09/18122417.html
>小劇場演劇(小劇場)はなにか言えば、fringeでは「このサイトについて」で次のように
>説明している。

>>小劇場演劇(小劇場)は、小さな劇場を意味する言葉ではありません。俳優中心に
>>結成された新劇に対し、演出家中心に組織された集団であること。団体客に依存す
>>る商業演劇や、演劇鑑賞団体と不可分の新劇と異なり、個人客をベースにした手打
>>ち興行であること。つまり劇場の大小ではなく、カンパニーという小さな組織で、演劇
>>を個人で楽しむライフスタイルを体現したものが小劇場だと私は考えています。小劇
>>場という言葉は決してマイナーを意味するのではなく、夢の詰まった演劇本来の姿だ
>>と感じます。小劇場からスタートしたカンパニーは、大劇場で公演するようになっても
>>小劇場演劇なのです。

>芸術面では演出家の存在、興行面では個人客中心であること――これが守られている
>限り、劇場が大きくなっても小劇場演劇(小劇場)だと私は思う。この定義は私自身が
>長年かけて熟成させてきたもので、共感していただける方は多いと信じている。マイ
>ナー感が漂うので、小劇場演劇(小劇場)という言葉を使いたくないという若い演劇人も
>いるようだが、それは全くの誤りである。


http://ja.wikipedia.org/wiki/小劇場
>小劇場(しょうげきじょう)とは小さな劇場のことであるが、小劇場を拠点とした演劇集団
>(劇団)及びその活動(小劇場運動)を指すこともある。小劇場運動は日本で1960年代
>から現代演劇の中心であった新劇に対抗する形で始まり、アングラ演劇とも呼ばれた。
>1970年代以降、つかこうへい、野田秀樹、鴻上尚史、三谷幸喜らが活躍した。


- http://performingarts.jp/J/overview_art/1005_06/1.html
- http://smokerscafe.jp/guide/about_theater/

まあ結局、唐沢俊一のいう「一に笑い」は適切か (小劇場演劇はコメディーばかりか)、
「三にメッセージ」のメッセージとはどういうものかはわからなかったんだけど、「小劇場」
の定義を個人的に考え直すきっかけにはなった。

『タイム・リビジョン』の上演される「小劇場 楽園」は「約70~90席」。自分は、小劇場とは
小さい劇場という認識くらいしかなくて、100 席未満、せいぜい 200 席くらいまでの劇場
でやる芝居を小劇場演劇というのかと漠然と思っていた。ちなみに、唐沢俊一が以前、
「実はこの駅前劇場は、下北沢の小劇場の中でもちょっと公演のハードルが高い小屋な
のです」と書いていた (ここを参照) 「駅前劇場」は、「約160席」。

でも、http://ja.wikipedia.org/wiki/小劇場http://showgeki.info/theater/ に載って
いる小劇場のリストをチェックしてみると、代表格みたいに名前のあがる「本多劇場」が
「客席数386席」で、「紀伊國屋ホール」は「座席数 418」、「青山劇場」になると 1 階と
2 階の席の「合計 1,200席」――と、多いところは多い。

http://www.honda-geki.com/gekijo.shoukai.html
>本多劇場
>1982年11月3日開場 客席数386席

>ザ・スズナリ
>1981年3月開場 収容数230名

>駅前劇場
>1984年10月開場 客席数=約160席

>「劇」 小劇場
>1997年9月開場  客席数=130席

>小劇場 楽園
>2007年2月開場 客席数=約70~90席


http://www.pocketsquare.jp/the_pocket/
>【ザ・ポケット】1998年5月にオープン。ポケットスクエアの中心となる劇場で、客席数は
>ポケットスクエア内で最大を誇ります。約180の座席数と使い勝手のよい舞台スペース
>で、オープン以来様々な劇団によって利用されています。


http://www.kinokuniya.co.jp/store/hall.html
>紀伊國屋ホール
〈略〉
>つかこうへい、野田秀樹、鴻上尚史、三谷幸喜ほかを送り出し、「新劇の甲子園」とも
>呼ばれています。
〈略〉
>座席数  418


http://www.aoyama.org/theatre.html
>青山劇場 劇場案内
〈略〉
>1階 1,010席/2階 190席 合計 1,200席 (オーケストラピット使用時 1,078席)


もっとも、唐沢俊一の「小劇場」の定義では、「約180の座席数」の「ザ・ポケット」 (ここ
参照) は含まれても、「紀伊國屋ホール」は対象外となる様子が、下記の裏モノ日記から
うかがえる。

裏モノ日記 2003年 12月 21日(日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20031221000000.html

 まあ、上でいろいろリクツも言ったが、一番、今回が大いに笑えた理由
のひとつがお客さんがギッシリだったことだろう。私のよく言うゲッベルス
効果。なにしろ立ち見どころか入れずに帰ったお客さんもいるとのことで、
私も二回ほど席をずらし、さらには客席にしつらえられた壇の下に椅子を
移してみた。客の少ないところで笑うほど心理的抵抗の大きいものはない。
それにしてもよく入った。紀伊國屋でもこれくらい入ってくれることを切に
望む。小劇場を根城にしていた劇団が紀伊國屋ホールに出る場合、演出
から演じ方から、勝手がだいぶ違ってくる。若い座員の多い劇団を率いて、
村木さんもこれからいろいろ大変だろうが頑張ってください。


先に引用させてもらった「劇場が大きくなっても小劇場演劇」というのとは対象的な定義
であるが、「演出から演じ方から、勝手がだいぶ違ってくる」というのは実際あるのだろう
と思える (←素人考えだけど) から、それはそれでよいとして。

気になるのは「私のよく言うゲッベルス効果」の方。これって、以前、「ラポール、ラポート、
レポート、レポールをレポる (?)
」のエントリーに引用したやつだと思う。

http://homepage3.nifty.com/katuraheiji/rakugo/lib/akebono9808.html
>密閉空間に人をぎっしり詰めると,人は自我が侵される不安に慄き,個々の感覚が遠
>のき,何より大衆心理が先行するという。つまり,ちょっとした操作で其処に居る全員の
>心理をコントロールする事が可能なのである。かつてナチスが悪用した手法でもあり,
>古くは寄席や歌舞伎で今は音楽やお笑いのライブで知ってか知らずか取られている手
>法である。曰く,密閉空間に鮨詰めになったひとを笑わかすのは意外に容易い(たとえ
>ば客席に配置されたサクラは伊達ではない)。これを業界用語では「客を転がす」,心
>理学用語で「レポールをかける」 と云う。と,唐沢(俊一)さんに教わった(笑)。
>舞台でひとを笑わすにはコツが必要だが,全員を笑わせようとする必要はないのだ。ま
>してや笑おうと構えている邪気の無い客ばかりの時,雰囲気づくりのお膳立てとしては
>準備万端整ったと云っていい。
>何人かだけのツボを突付く事が出来たら,笑いは伝染する。これが立ちどころに伝染す
>る。


先に述べたように、小劇場演劇は「一に笑い」かどうかは自分には判断がつきかねる。
しかし唐沢俊一が、「小劇場芝居三ケ条」に「一に笑い」をもってきた理由は、何となく
見当がついたような気が。……ゲッベルスといえば、「密閉空間に人をぎっしり詰め」て
心理操作というのは、ちょっと古臭い蘊蓄のような気もしてたまらないけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ヨーゼフ・ゲッベルス
>ゲッベルス自身は、前述の政治イベント等とは違い「気楽に楽しめる娯楽の中に宣伝を
>刷り込ませ、相手に宣伝と気づかれないように宣伝を行う」「宣伝したい内容を直接
>キャッチフレーズ化して強調・連呼せず、心の中で思っているであろう不満・疑問・欲望
>を遠まわしに刺激し暴発させる」「もっとも速度の遅い船に船団全体の速度を合わせる
>護送船団の如く、知識レベルの低い階層に合わせた宣伝を心掛ける」を政治宣伝のあ
>るべき姿と心掛けていた。これらの手法・考えは、当時のドイツやソ連、そして後年幾つ
>か登場する全体主義国家(他、カルト団体など)よりも、むしろ民主主義国家(政治だけ
>でなく商業でも)で本領を発揮し易いもので、アメリカ大統領選挙(特に1964年以降)で
>のネガティブキャンペーンや大企業のCMなどが顕著な例である。マインドコントロール#
>洗脳との相違も参照の事。
>壮大な規模の大パレードやマスゲームで優越感をくすぐり、攻撃対象を痛烈に罵倒し
>罵る宣伝は支持者への即効性が望める反面、ある程度以上の知性を持つ大衆、或は
>外国から畏怖や違和感を抱かせる逆宣伝効果が多大にある(敵対勢力に簡単に逆用
>されてしまう)事をゲッベルスは理解し始めていた。



んで、以下はチラ裏みたいなもんだけど、「小劇場からスタートしたカンパニーは、大劇場
で公演するようになっても小劇場演劇」となると、劇団☆新感線も小劇場演劇ということに
なりそうで、それだったら自分も『阿修羅城の瞳』とか見に行ったことがあるな、と。

http://www.vi-shinkansen.co.jp/about/
>84年『つかこうへいサヨナラ3本立』と銘打ち、つか作品と決別。同年『宇宙防衛軍ヒデ
>マロ』より、新生・新感線として活動開始。ハードロック・ヘヴィメタルにのせた独自の
>オリジナル作品を中心とする体制に転換する。
〈略〉
>そのマンガ的な世界をコンサートばりの照明・音響を駆使して彩るド派手な舞台は小劇
>場界では他に類がなく、演劇という枠を越えて広く話題を集める。


個人的には「コンサートばりの照明・音響を駆使」がたまらなかったんだけど、唐沢俊一
って、そういうことにはあまり興味がなさそうで、裏モノ日記で小劇場演劇の照明・音響
に言及することもほとんどないようだった。

裏モノ日記 2003年 04月 27日(日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20030427000000.html

 新感線の芝居については、以前の日記に(2001年3月28日)『野獣郎
見参』で、その根本的な魅力と、それに伴う問題点を呈示しておいた。その
後、いくつか観る機会を得た舞台でも、その印象は変わらないでいた。
……要は、二転三転四転五転のドンデン返しと錯綜するストーリィが、劇団
名を彷彿とさせるスピード感覚で観客をアレヨアレヨと驚かせっぱなしのまま、
ラストまで引っ張っていく。その複雑怪奇なエネルギッシュさが魅力でありな
がら、しかしそれ故に、演技する役者たちまで、内容や自分のキャラクターが
完全に把握できず、ただ流れに乗って舞台を進行させているだけという印象
を観客に与えてしまう、ということである。当該の舞台は誰よりも目立つ役で
あった(でなくてはならなかった)主役の野獣郎までが、ストーリィにのみこ
まれてしまった感があって、観ていて歯がゆい気分になったものだった。
商業演劇は払った代金分、楽しませてくれてアタリマエ。それを越えたナニカ
が、こちらとしては欲しいのだ。


感想は人それぞれとはいえ、「演技する役者たちまで、内容や自分のキャラクターが完全
に把握できず、ただ流れに乗って舞台を進行させているだけという印象」は、どうにも納得
しにくいんだけど……。

もう少し古い日記には、唐沢俊一が珍しく音響に言及しているものもあり。

裏モノ日記 1999年 12月 08日(水曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary19991208000000.html

6時半、天王洲アイルアートスフィアで劇団新☆感線公演『ロスト・セブン』。
開田夫妻、安達OBさんたちと。
〈略〉
ハネ後、楽屋訪問して、逆木圭一郎氏、粟根まこと氏にラクおめでとう
ございますと挨拶。粟根氏は私の著作のファンだそうで、恐縮。“定説”
などとセリフで言っていた逆木氏に“あれ、アドリブなんですか”と聞いた
ら、セリフレベルではまず、即興はないのだそうだ。完璧に音響効果と
動きをシンクロさせているから、下手なアドリブは不可能だろう。ただ、
これは私のようなブタカン経験者にとってきわめて心臓に悪い。今回の
公演、特に小道具が多く、階段を使ってのアクションが多い。どこか一箇所
でもミスがあったり、転んだりのアクシデントがあるだけで、全体に影響が
出る(そこを出さないのがプロ、という見方もあるだろうが)。十年ほど前、
横浜そごう劇場でミニミュージカルのブタカンやって、奈落を走り回り、
足の裏をパンパンに腫らしたことがあったが、今回も裏方さんはさぞ足の
裏が腫れたことであろう。どこかに一景、息抜きでアドリブ会話だけで成り
立っているインプロビゼーション的な場を作れば、かなり演る方も観る方
もリラックスできると思うのだが、ここらへんは演劇に求めるものの違い
なんだろうな。


……うーん。もしかしたら、唐沢俊一は、のんびりとアドリブを入れられるくらいでないと、
「内容や自分のキャラクターが完全に把握」しているように思えない人なのかも。


スポンサーサイト

テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

20:27  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(20)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>NNT さん
搬入とか音響とか照明とか、どれか一つでもかじったことがあるなら、足の裏が
痛くなったこと以外に語ることがありそうなのになあ……と思いました.

名目はどうあれ、実質は舞台監督助手の仕事 (の中でも主にパシリ) をしていたと
するなら、辻褄が合いそうです。


前回のコメント欄には、中途半端に URL 羅列だけしてしまいましたが (_ _);

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%F1%C2%E6%B4%C6%C6%C4
>監督 ぶたいかんとく (アート)
>演劇等で、演技・舞台装置・照明・効果・衣装等の上演中の進行などを指導・監
>督する人。
>演出家とイコールの場合もあれば、演出家の下に舞台監督が置かれる場合もある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/舞台監督
>限られた時間内で舞台・照明・音響などの仕込みを済ませなければならない
>ため、作業中はさまざまな危険が伴う。仕込み中の安全管理は舞台監督の責務
>である。上に述べたようなさまざまな能力が求められる舞台監督は、仕込み作業
>を実際に行うことにも長けている場合が多いが、全体の進行管理に専念するため
>に、通常は実際の作業は行わない。
〈略〉
>開場後、開演までの時間を舞台監督助手などに10分刻みで楽屋の出演者へ知ら
>せて回らせるが、出演者のメイクなどの準備の状況などを観察させ、舞台監督に
>報告させる。
トンデモない一行知識 |  2011年12月11日(日) 11:02 |  URL |  【コメント編集】

>やまださん
>実際のところ、この辺りの劇場に進出しないと、名のある劇団として認められません。

となると、うわの空・藤志郎一座の方は、名のある劇団として認められていると
考えられるけど、その次に唐沢俊一が接近した、あぁルナは……まあ唐沢俊一は、
確実にステップダウンしているというだけのことのかもしれません。それも、盗作発覚
よりも前から……。

http://logsoku.com/thread/love6.2ch.net/books/1257841140/
>162 : 無名草子さん : 2009/11/13(金) 01:39:53
>唐沢俊一舞台出演リスト
>2005 5/3?5/5 うわの空・藤志郎一座 第20回公演「ただいま!」
> 紀伊国屋ホール     医師の純一役(翌年の再演時おろされる)
>10/30 うわの空・藤志郎一座 「うわの空ライブlight」  白夜書房BSホール   
>辻講談師役

>2006 2/19 WAHAHA本舗「清水ひとみの大女優宣言 VOL.3」 新宿ゴールデン
>街劇場    教授役
>7/13?7/16 あぁルナティックシアター 「コムテツ」 池袋東劇場       配役不明

>2007 3/9?3/11  あぁルナティックシアター 「アストロ劇団」 下北沢楽園         
>イギリス人役
>    8/27?9/2  あぁルナティックシアター 「地獄の楽園」 下北沢楽園         
>配役不明
>   11/27?12/2 あぁルナティックシアター 「アストロ劇団2」 ラゾーナ川崎プラザ
>ソル イギリス人役


http://ja.wikipedia.org/wiki/舞台監督
http://www.geocities.jp/event_go/page079.html
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%F1%C2%E6%B4%C6%C6%C4


>とおりすがりさん
>でも別のところで横浜でミュージカルの演出うんぬんと書いてるし・・・。

うわあ、気がつきませんでした。これ↓ですね。

http://www.tobunken.com/diary/diary20090522124341.html
>まあ、20年前、横浜そごうでミニ・ミュージカルの演出を
>やったとき、アクシデントの連続で、奈落を駆け回って足を
>腫らしたほどだったが、後でバンドの控室に“ご迷惑かけまして”
>と謝りにいったところ、そこのバンマスから
>「このアクシデントが今にクセになりますよ」
>と言われたもので、プロとしての指針にしてきた言葉ではあるが、
>とはいえ、アクシデントなんぞは無いにこしたことはない。
トンデモない一行知識 |  2011年12月10日(土) 01:58 |  URL |  【コメント編集】

●舞台監督は専門職

だと思うんですけど。
即席で出来る人はそんなにいないと。
舞台経験、しかも裏方全般を把握できるほどの経験が無いと無理だと思ってます。
そして、比喩としても奈落走り回るなんて、「ええ?」って感じです。
奈落は機械が色々あって、何が何だか分からないので比喩だとしても走るのは無理。
自分も趣味の日舞で奈落を使う出しものをやった事がありますが、
もちろんプロの舞台屋さんが裏方全部仕切っていて、
「ゆっくり歩かないと危険だから」
と手を引いてもらって移動しました。
なので、唐沢氏のかさばる移動姿を実際に目にしていると、どうなんだか?と思ってます。
NNT |  2011年12月09日(金) 22:53 |  URL |  【コメント編集】

ひょっとしてまさかとは思いますが、舞台監督を映画監督と同じく演出家と混同している? それって、警察の巡査部長を課長の上位だと勘違いするのと同じく、典型的な「部外者だけがやる間違い」ですよね。でも別のところで横浜でミュージカルの演出うんぬんと書いてるし・・・。
とおりすがり |  2011年12月09日(金) 20:29 |  URL |  【コメント編集】

>NNT さん
>劇場は横浜スカイビルの方にかつてあって、そごうには無かったようですね。

あ、ここっぽいですね。ありがとうございます。(_ _)

で、Wikipedia 等の記述によると、横浜スカイビルでは寄席もよくやっていた、と。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-753.html
>寄席のプロデュースしか経験がなく、色物の芸人さんなど、どんな大看板でも一人
>で荷物かついで“おはようございます”と楽屋入りしてくる姿に慣れている私として
>は、

1992 年の時点で「寄席のプロデュースしか経験がなく」の唐沢俊一だから、もしかして
寄席の舞台監督 (あるのかしら) だったりして? いえ、「寄席のプロデュースしか
経験がなく」ても、プロデュース以外は寄席以外の経験もあるかもしれないだろうと
いわれればそれまでなのですが。

# 演出補のおねいさんは、揉めれば揉めるほど、頑張っているワタシにうっとりできる
# 体質って可能性もあると思います。何か充実感を感じてしまうとか。


>SY1698 さん
>「アドリブでギャグ」「いろいろアドリブあって」 とは何???

これ読んでて、あれっと思いました。特に「いろいろアドリブあって」。何か人任せ
みたいに思えてしまいました。


ところで、SY1698 さんは脚本集の実物も手元にあるのですよね? いえ、たまたま
こういうの↓を見つけたので。

>175 :無名草子さん[sage]:2010/08/24(火) 11:55:49
http://www.tobunken.com/news/news20100821162105.html
>9月舞台/作・演出第二弾『ブロークン・ドイッチェ』

>さて、早いもので今年も恒例のあぁルナティック・シアター
>一ヶ月公演が始まります。
>今年は『博覧狂喜博覧会』と題して、3本の芝居と14本の
>イベントが目白押しの一ヶ月となります。
>順次ご紹介していきたいと思いますが、まずは私の作・演出
>第二弾となる芝居『ブロークン・ドイッチェ』。

>第二次大戦末期のドイツを舞台に、ナチス将校、日本人少年、
>謎の女幽霊(?)が入り乱れるお話です。多少SFっぽく、
>ホラーっぽく、そして、生きている限り二面性を持たざるを
>得ない、哀しい人間たちのさがを描いたドラマです。単にナ
>チスを悪者として単純化するのでなく、その哀しさも盛り込
>みたい、と欲張っていろんなものを詰め込みました。

>もちろん、コメディ劇団のルナを借りて公演するお芝居です
>からギャグ中心。とはいえ、いつものルナとはひと味もふた
>味も異った雰囲気になっている筈です。テーマのひとつに、
>“色模様”をほんのちょっと入れたのもその現われ。いつも
>のルナの芝居よりいくぶん、オトナの雰囲気ただよう芝居に
>なっているはずですと思います。果たしてうまくそれが表現
>されているかどうか……それは劇場でお確かめを。

立ち読み分だけでも、「生きている限り二面性を持たざるを 得ない、哀しい人間たち
のさがを描いたドラマ」や「単にナチスを悪者として単純化するのでなく、その哀しさ
も盛り込みたい」には、え?ええっ!? という感じです。@_@
トンデモない一行知識 |  2011年12月09日(金) 00:52 |  URL |  【コメント編集】

舞台監督というのは、芝居の小屋入り以降の全ての進行に責任を持つのが仕事です。

 例えば、劇場に持って行く大道具・小道具・衣装類などの搬入……物品のチェックや梱包、さらにトラックの手配なんかも舞台監督の仕事です。(人によっては、トラックの運転まで)
 劇場入りしてからのタイム・スケジュールも舞台監督が作ります。
 まず、劇場への荷物の搬入指示。
 次に、大道具の立込みは舞台監督を中心にして行います。
 大道具のセットが終わったら、照明の明かり合わせ。
 舞台転換などでセットが変わったり、劇中で置き道具(椅子など)の移動などがある場合もあるので、そういう物に個別の明かりを当てるケースもありますから、舞台監督も立ち会います。
 小道具や早替えなどの衣装を置く場所を定め、毎回チェックするのも(助手に任せることもありますが)仕事です。
 舞台稽古の最中には、舞台袖に居て、セットの転換なども行います。(事前に稽古で、どの場面で何が出るかは全てチェックし、表にまとめるのも仕事です)
 舞台の本番になると、お客さんを会場に入れる指示は舞台監督が行います。(舞台監督のオーケイが出ないということは、劇場内の準備が終わっていないということです)
 本番のスタートのキュー出しをするのも舞台監督です。(お客さんの入りに合わせて、本番のスタートを何分遅らせるか決めます)

 一般的に、演出家以外の稽古場の責任者が演出助手で、
 劇場での演出家以外の責任者が舞台監督です。

 つまり……唐沢氏にミュージカルの舞台監督なんて大変な仕事ができるわけないじゃないですか。
 ミュージカルの舞台監督って、私もやったことありますけど、出演者も多いし、舞台の転換も多いです。
 多分、唐沢氏は舞台監督の助手くらいの立場だったのではないでしょうか。それなら足が痛くなるのも判ります。
 そうでなければ名義だけ舞台監督とか……。
やまだ |  2011年12月08日(木) 02:06 |  URL |  【コメント編集】

 つかさんの『口立て』については、演劇界の中でも誤解されている人が多いです。

 私は、演劇スタッフの現役時代に、実際につかさんの全盛期(つかさんは一度演劇を止めていた時期があります)に、何度も主演をした経験のある女優さんが「つかさんの演出」についてお話するの聞いたことがあります。

 まず、つかさんの芝居は、あらかじめ数パターンの演出が用意され、稽古されているそうです。
 そして、本番の前につかさんが観客席の様子を見て、
「今日は女性客が多いから、スタートはAパターンでいく、その後はBに続けろ。**のセリフは今日はお前が言え。**の出番はカット」と、その日の指示をするのだそうです。
 そして、芝居の流れと観客の反応を見て、本番中にどんどん演出を組み替えてしまう……セリフも変更する。大事なセリフを言う人物が他の俳優に変わってしまったり、出番そのものがなくなることもあったそうです。
 にもかかわらず……どんな風に物語が展開しても、きちんと面白い舞台として作品が成立するのだそうです。
 つまり、つかさんは自分が何を変更し、どういう流れにしているかきちんと把握している。整合性を持っている。
 その結果、同じ作品を何度観ても演出が違う。でも、毎回面白い。
 そういう評判で、どの公演にもリピーターがいたのだそうです。

 つかさんの稽古は、そういう演劇をやれる下地を作るためのもので、つかさんがその場で思いついたセリフを俳優は一瞬で覚えて演じないといけない。一語一句間違わずに。
 ただし……つかさんの方も、一度自分が変更したセリフを一語一句間違わずに覚えている……という緊張感に溢れた壮絶なものだったそうです。
 ちょっとでも体調を悪くして稽古に行って、セリフがすぐに覚えられなかったり、指示された演技に戸惑ってしまったりしたら、「もういい!」と言われて、出番がカットされる。セリフが削られる。
 例え、主役クラスの予定の俳優だったとしても、切り捨てられますし、つかさんの方は自由にどうにでもその俳優抜きの芝居を再構築できますから、全然問題にならないのだそうです。
 ものすごい緊張感の中で、天才的な演出家と闘志むき出しで稽古に食いついていく才能溢れる俳優……つかさんの作品は、そんなハイレベルな人たちの真剣な稽古の上に成り立っていたそうです。

 ただ……こんな恐ろしい稽古を続けるのは、つかさんの方が体力的に苦しいですから、演劇復帰後のつかさんはもう昔のような稽古はなされなかったと聞いています)。

 八十年代の後半から九十年代にかけて、小劇場にはつかさんの真似をした亜流の劇団がたくさんありました。
 そして、それらの劇団の多くは「口立て」を勘違いして、ただ思いつきを適当に組めばいいのだろうという浅い芝居を繰り広げました。
 演出家も俳優も、「こんなもんじゃない?」という程度のなぁなぁの関係で行われる、ぬるーい稽古で組んだぬるーい芝居です。
 唐沢氏は……まあ、そっちの亜流の芝居作りしか知らないのだと思います。
やまだ |  2011年12月08日(木) 01:49 |  URL |  【コメント編集】

 中劇場というと東京で代表的なのは、紀伊國屋劇場・本多劇場・東京芸術劇場・三百人劇場・シアターカイ・シアター・サンモールなどです。
 実際のところ、この辺りの劇場に進出しないと、名のある劇団として認められません。
 ただし中劇場に進出しても、70年代以降の(新劇でなく、アングラでも無いグループ)、現代演劇をやっている劇団は全て『小劇場』と称します。
 『小劇場』は演劇のジャンル名だからです。
 これは、アングラの時代に『早稲田小劇場』とか『俳優小劇場』とか、『小劇場』という名前を付けた劇団が多かったからだと思います。その辺から命名されたのでしょう。

やまだ |  2011年12月08日(木) 01:26 |  URL |  【コメント編集】

●今日が初日のようですが。。。

管理人様

>引用してくださった分に、以下のようなレスがついていましたですね。

>>素晴らしいこと言った。100%同意
>>アドリブを入れていいのは、
>>あらかじめ決められた入れてもいい箇所とアクシデントの時だけでいい
>>ただし全員がわかるアドリブ限定。内輪受けは禁止

アドリブは「予め入れていい場所」のみにしないと収拾がつかない上に滑りまくるはずです。宝塚の場合、ファンが固定化しているので、そこで入れるアドリブ自体がもはや内輪受けの世界になりつつあるという問題もあるのかもしれません。

>ただ唐沢俊一の脚本は、立ち読みで見れる分だけでも三ヵ所はありましたが。

もう一度「立ち読み」を見なおしたらたしかに存在しました。
「アドリブでギャグ」「いろいろアドリブあって」 とは何???
きちんとした基本があって それを崩すからこそ アドリブが受けるのであって、初手からこれって 投げ過ぎだろうと。(いや前に一回読んで 頭がクラクラしたので そのままほたっておいたのですが、もう一度見て 唖然)

>好き勝手に出来不出来を論じるのも、観客の特権みたいなものとは思うのです。

管理人様のご意見、たしかにそのとおりだと思います。

ただし、唐沢俊一は 自ら 「稽古」とか「努力」 とか言ってはいけないでしょう。その言葉を使う時点で、一種の逃げ。曲がりなりにも「脚本家」なら、内容で勝負して、客が来なければ 所詮自分の作品はその程度の評価なんだ、と割りきってみろよ! と言いたいのですが、 さすがにそんなことが理解できていたら ここまでの凋落はなかったわけです。
SY1698 |  2011年12月08日(木) 00:07 |  URL |  【コメント編集】

●舞台監督

舞台の進行管理をするのがお仕事ですよね。
あんまり動く仕事じゃないと思ってますけど…。
劇場は横浜スカイビルの方にかつてあって、そごうには無かったようですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%AB

追記

演出補のお姉さんは揉めるような事をして場の力を握ろうとするタイプなのかもしれないですね。
嫌がる人もいると思うけど。
NNT |  2011年12月07日(水) 11:05 |  URL |  【コメント編集】

>やまださん
>演出補のお姉さん

12 月 1 日のツイートを見る限りでは、去年も「台本でもめた」そうです。
「幕を開けるためには座組全員で議論する必要もあったってことよ♪」とのことです。
そういう揉め事が好きな人なのでしょう。

http://twitter.com/#!/akibayumiko/status/141911514050334720
>もめたって(笑)あはは!あの時は思い切った決断したよね~ホント。
> RT @ac_kento19: 去年同じ時期に何してたかって?秋葉 由美子女氏と一緒に
>稽古していたのさぁー!台本でもめた^^;
>12月1日 ついっぷる/twippleから

http://twitter.com/#!/akibayumiko/status/141916023413673984
>私と憲人がもめた訳じゃないから誤解しないように(笑)幕を開けるためには座組
>全員で議論する必要もあったってことよ♪ RT @YURIKOHOSHINA: @akibayumiko
> @ac_kento19 私にはお二人とも温和な方のイメージがある。
>12月1日 ついっぷる/twippleから

http://twitter.com/#!/akibayumiko/status/142017752352292864
>寒い~!今日から12月だよ~。リーディング本番まであと1日、リビジョン小屋
>入りまであと5日、2012年まであと1ヶ月…あらびっくり!
>12月1日 ついっぷる/twippleから
トンデモない一行知識 |  2011年12月07日(水) 02:23 |  URL |  【コメント編集】

●うわの空を唐沢俊一の古巣といったら怒られそうですが

>やまださん
>本多劇場くらいの大きさなの劇場を「中劇場」と言います。

以前、こちらのコメント欄↓に書いてくださったときの「2.中劇場の演劇。」でしょうか。
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-441.html#commenttop

で、来年の GW に紀伊國屋ホールで公演する、うわの空・藤志郎一座の方は……
平日昼の稽古ですけど、2 ヵ月間かけていますね。

http://www.uwanosora.com/info/boshu_35thstage.html
>■応募条件
>・3月上旬(予定)から始まる稽古に参加できて、
>5月3日~6日の公演期間はすべてスケジュールが空く方。
>(稽古について・・・平日は夜、土日祝は昼~夜)

そして、もしかしたら唐沢俊一は、これ↓のせいで、つかこうへいのことを、「この人
の舞台は基本的に“口立て”である。台本には単に流れが書いてあるだけ」などと
書いた ( http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-505.html ) のかも
しれません。

http://www.uwanosora.com/
>台本がない『口立て』によって作品を作っていくのが大きな特徴。
トンデモない一行知識 |  2011年12月07日(水) 02:06 |  URL |  【コメント編集】

>NNT さん
>>そして、それ以上の満足感を得られたら、それは役者
>>さんたちの力、キャスティングがもたらした組み合わせの妙、ということ
>>になるでしょう。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-756.html
で引用した「キャスティングで8割」発言と、つじつまがあっているんだか、いないんだか、
ですね。@_@

>舞台の幕が上がれば、劇場は脚本家や演出家やプロデューサーのモノではなくて
>役者のモノです。

つかこうへい氏もそれで、役者さんに嫉妬するとかエッセイに書いていたような。

>体力が無い、経験が浅いからこそ足の裏が腫れたのではないでしょうか。

これについては、「"横浜そごう劇場"」でググっても、うちのブログと他 1 件しかヒットしない
件が気になってきました。後 1 件というのも:

http://honeyldays.exblog.jp/10664598/
>横浜そごう「劇場版 カンナさん大成功です!」連動イベント出演決定!!

というもので。いや何がいいたいかというと、「横浜そごう劇場でミニミュージカルのブタカン
やって」というのは本当なのか……と。舞台監督って、何か偉い人みたいなので、劇場の
規模とか雰囲気とかが気になってググっただけだったんですが。

http://www.watanabe-stage.jp/words/index.html
>ブタカン [ 意味 ]舞台監督さんの意味。舞台上の中央司令塔、統括責任者の呼び名
トンデモない一行知識 |  2011年12月07日(水) 00:57 |  URL |  【コメント編集】

>SY1698 さん
>アドリブ

引用してくださった分に、以下のようなレスがついていましたですね。

http://toki.2ch.net/test/read.cgi/siki/1316615504/
>869 :名無しさん@花束いっぱい。:2011/12/01(木) 07:02:10.05 ID:vdXBHXXU
>>>866
>素晴らしいこと言った。100%同意
>アドリブを入れていいのは、
>あらかじめ決められた入れてもいい箇所とアクシデントの時だけでいい
>ただし全員がわかるアドリブ限定。内輪受けは禁止

時事ネタいれたアドリブっぽい場面って、一、二ヵ所もあれば充分かなと思います。
ただ唐沢俊一の脚本は、立ち読みで見れる分だけでも三ヵ所はありましたが。

>3,000~5,000円代ならヅカ四季見れますので。

あ、そのようですね。(←今回知った)  歌舞伎も三階席ならいけますし。
http://homepage3.nifty.com/canard/kFAQ.html

>おこがましい

うーん、きっと稽古と努力の裏付けが――と想像して感動するのも、好き勝手に出来
不出来を論じるのも、観客の特権みたいなものとは思うのです。ただ、唐沢俊一の
ように、「ああ、稽古を重ねたんだな、努力したんだな」と上から目線の批評家モード
で「感心」したくてどうこうというのは、本文に書いた通り、ちょっとわからないというか
「一般観客」っぽくはないなぁ……と。特に「長ゼリ」とか、どうでもよいと思ってしまう
もので……。すごい技術が努力の結果なのか天才が努力なしでやっているのかは、
さらにどうでもよいです。むしろ後者の方が「感心」の度合いが高いかも。
トンデモない一行知識 |  2011年12月07日(水) 00:08 |  URL |  【コメント編集】

●やまださんのコメントを読んで

どえらく納得してしまいました。
>「私は無知で、馬鹿で、恥知らずです」
唐沢氏って結構本音ダダ漏れですからね。ど素人ってカミングアウトしてるも同然ですね>稽古場日誌。
お稽古事の発表会なら、それでいいと思います。
学芸会でも文化祭でも良いです。市民劇団でも。
でも、「プロでござい」みたいな唐沢氏の態度と、出演者といった他人にばかり『プロ意識』を求めるのが、
居た堪れないです。
NNT |  2011年12月06日(火) 23:48 |  URL |  【コメント編集】

連チャンですみません……。
元演劇スタッフとしては、どうしても見過ごせないので…。

 演出補のお姉さん…やっぱり変な人です。
 普通のスタッフは、本番の十日前に急に、
>「何かラストがまとまりすぎのような気がします」
 なんて言い出しません!
 そんなの、最初に台本を読んだ時に判っていることです。
 というか…判らないといけません!
 どんな動きになるかだって、荒立ちの段階で判っているわけですから、通し稽古を見るまで判らなかったのなら、この人は演出部のスタッフ失格です。
 だいたい稽古日数が十八日しかない芝居の、本番まで後十日切ったところで言い出す話じゃ無いし……。
 といか、何でこのお姉さん、演出補のくせにこんなに偉そうなんですかね。
 唐沢氏、完全に小馬鹿にされていること気付いていませんね。

 その上、最新の稽古日誌によると、
>稽古末の五日間、頼りにしている演出補の秋葉由美子さんが別の現場に
入ってしまい、稽古に来られないという状況だったのですが、

 ……ありえねぇぇぇ!!!
 というか、演出補のお姉さんにとって、この芝居は二の次ってことじゃないですか。
 つーか、これ、まとも仕事じゃないんだと思います。(ギャラが出ないとか)

 こんな、いい加減な仕事をする演出補を、崇め奉っている唐沢氏って、ホント…まともな演劇経験が無いんでしょうねぇ……。

 はっきり言って、ここ数回の唐沢氏の稽古場日誌は、演劇の世界に身を置いたことのある人間からすれば、
「私は無知で、馬鹿で、恥知らずです」と叫んでいるようなものなんですが……。
(あ、三箇条とか可哀想すぎて、コメントできません…)

 長文で失礼しました。
やまだ |  2011年12月06日(火) 01:53 |  URL |  【コメント編集】

また、唐沢の稽古日不足について、意味が判りました。
「脚本改訂」のところで、
>今週末からは全日稽古に突入です。
という文言がありました。

 ……本当に、アマチュア演劇なんですね。
 何か、学生演劇の頃を思い出しました。
 これはつまり、唐沢氏の演劇集団は、稽古初日からずっと夜にしか稽古していなかったわけです。
 稽古の写真がずっと夜ですから。
 しかも、演劇用の稽古場でなく、公民館なんかの集会室を使っています。
 そういう公的な施設は、だいたい、18時~21時45分みたいな時間貸しになっているはずです。
 これだと、読み稽古だろうが、通し稽古だろうが、芝居を頭から終わりまで演じたら、ちょっとダメ出しするだけで、もう時間が来てしまいます。
 で、全日稽古というのは……稽古場を朝の9時から夜の21時45分まで、丸っきり借り切って稽古するという意味です。
 ここで一気に稽古時間の不足を取り戻そうというのでしょう。
 総合的な稽古時間は、三十日くらいの稽古をしたのと同じになるという考え方なんだと思います。
 学生劇団とかアマチュア劇団の組むスケジュールですね。

 ちなみに、プロのちゃんとした劇団は、昼間の稽古の方が多いです。
 当たり前ですけど…主役級の人は、芝居だけで生活しているわけで、芝居が生活の中心ですから、昼間に稽古します。
 そして、そういう公演に出演している、若くてまだ売れていない俳優さんたちは、みんな夜にアルバイトしています。
 もちろん例外はありますけど、基本的に昼に稽古して夜にバイトしてるのがプロ(の卵)です。
 昼働いて、夜に演劇するのは、アマチュアです。

 つまり…唐沢氏はアマチュア演劇の人です。

 また全日稽古ったって、
>今週末からは全日稽古に突入です。
>初日が明後日に迫った5日、『タイム・リビジョン/時間修正作戦』
稽古場での最終稽古が行われました。
 って話ですから、3日~5日の三日間だけですし。
 こんなんで、
>今回は18日(しかなかった)稽古で
ほぼ全ての場面、キャラクターのチェックを行うことが出来ました。
 とか言ってます。

 はっきり言って、稽古日数不足です。
 これで、
>あくまで観客の目から見て、
「ああ、稽古を重ねたんだな、努力したんだな」
とわかるものを見せないといけない。

 と書くのは、狂気の沙汰としか言いようがありません。
やまだ |  2011年12月06日(火) 01:39 |  URL |  【コメント編集】

>ちなみに、唐沢俊一が以前、
「実はこの駅前劇場は、下北沢の小劇場の中でもちょっと公演のハードルが高い小屋なのです」と書いていた

80年代演劇ブームの頃には、本多劇場グループの劇場を使った「出世コース」みたいな物がありました。

まず「駅前劇場」で評判を取り、ある程度の観客動員数を超えた段階で→「スズナリ」へ。スズナリでもコンスタントに観客を動員できるようになって→「本多劇場」へ、という流れです。
(当時はまだ、「劇小劇場」や「楽園」はありませんでした)
とにかく、小さな劇場で評判を取って、観客動員を達成しないと、格上の劇場は借りられないというルールになっていたのです。
 こういう流れは、90年代半ば以降、世田谷パプリックシアターや、池袋の芸術劇場など本多劇場規模の中劇場(本多劇場くらいの大きさなの劇場を「中劇場」と言います。確か、東京の中劇場は組合を設けているはずです)が増えたために、わざわざ「本多劇場」で上演するメリットが減ったために消えてしまいました。
 反対に「スズナリ」という劇場の面白さにハマって、「スズナリ」から「本多劇場」へアップしない劇団もいましたし……。

 さて、「楽園」は本多劇場グループの劇場の中で一番小さい劇場です。はっきり言って、スケジュールが空いていれば、高校生でも借りられます。
 観客席が少ないので、一週間公演したって、他の劇場の何分の一かの観客しか入りません。
 つまり……まともな劇団は、初めから借りない劇場なんです。
(確か、劇場スタッフも、向かいの「劇小劇場」と兼用というか、「劇小劇場」の人に鍵を開けてもらって、中に入るシステムのはず)

 つまり……唐沢氏のこの公演は、おお金を出せば誰でも出られる、格の低いライブハウスでアマチュア・バンドのお遊びライブをやっているようなレベルのものです。
やまだ |  2011年12月06日(火) 01:19 |  URL |  【コメント編集】

●ごっこ

ごっこならごっこでそれで皆が幸せでいればいいと思います。
ですが、
>そして、それ以上の満足感を得られたら、それは役者
>さんたちの力、キャスティングがもたらした組み合わせの妙、ということ
>になるでしょう。
って酷い話だと思うのです。
舞台の幕が上がれば、劇場は脚本家や演出家やプロデューサーのモノではなくて役者のモノです。
>キャスティングがもたらした組み合わせの妙
だなんてぶっちゃけどうでもいい事なんです。
幸せなのは唐沢氏のオツムだけなのかと悲しく虚しくなります。

追記

>横浜そごう劇場でミニミュージカルのブタカンやって、奈落を走り回り、
>足の裏をパンパンに腫らしたことがあったが、今回も裏方さんはさぞ足の
>裏が腫れたことであろう。
って、裏方だって役者と同じ位体力のいる仕事ですけど?って思います。
体力が無い、経験が浅いからこそ足の裏が腫れたのではないでしょうか。

>どこかに一景、息抜きでアドリブ会話だけで成り
>立っているインプロビゼーション的な場を作れば、かなり演る方も観る方
>もリラックスできると思うのだが、ここらへんは演劇に求めるものの違い
>なんだろうな。
アドリブはやる方も観る方も面白いと思える事はわずかです。
唐沢氏の『リラックス』って『手抜き』とどう違うのか良く分からないです。
そんなのを挟む芝居は『しょっぱい』です。
『しょっぱい』は相撲界の隠語から発生した格闘技界の隠語ですが、
唐沢氏にドンピシャ(死語だな)です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%81%84
NNT |  2011年12月04日(日) 21:48 |  URL |  【コメント編集】

●「笑い」も「感心」もないのに「メッセージ」?

「笑い」を取ろうとして、寒い雰囲気に劇場を変え
「感心」させようとして、チケットを買ったことを後悔させ(*1)
そこで「メッセージ」ってどんなメッセージ?さらに寒くなりそう。

この段階でコロコロ台本を変えている時点でどんなものになるのかと。
でもって下手にアドリブを交えたら凄まじいことになるのは必定(*2)。

あと 例の「戯曲集」ですが、これが非常に読みづらかったのは当然で、まえがきにはなんと「最初の形に一番近い(初稿ではないが)形の台本を採録することにした」 という文章があります。つまり「台本」ですらなかったというオチです。C79で売って、余ったのを「とらのあな」でも売り、C80でも売り、またC81でも売るのでしょうか?

(*1) 言っちゃ悪いが 3,000~5,000円代ならヅカ四季見れますので。そのレベルなら「ああ、稽古を重ねたんだな、努力したんだな」とは思いますけど。→ いやむしろ 「簡単に出来不出来を論じるなんておこがましい」です。そういうことを言っちゃいけないですね(表現が足りなかったので追記)

(*2) 下記スレのこのセリフを贈ってあげたい気分。
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/siki/1316615504/866/
>アドリブというのは本来理性が効いてる人間がするものだからな。
>笑えればいいというものではない。
SY1698 |  2011年12月04日(日) 21:09 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://tondemonai2.blog114.fc2.com/tb.php/765-114b22b1

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。