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2011.11.27 (Sun)

唐沢俊一にとってのキーパーソンは立川談志か桂文治か

http://www.tobunken.com/news/news20111124132804.html

イベント
2011年11月24日投稿
「可愛げ」の男 【訃報 立川談志】
〈略〉
談志というファクターのない私の人生は考えられない。
初めて談志を聞いたのは、私がまだ4つか5つのときだった。
母方の祖母の葬儀の席で、母の兄(小野栄一)が芸人だったため
集った仲間が、
「芸人の家の葬式が湿っぽくなってはいけませんので」
というので、棺の前の座布団に若い噺家が座って、落語をやった。
はるか昔のことで記憶も茫漠とはしているが、確か『子ほめ』だったと
思う。そして、これだけは確かなのは、まだヨチヨチの子供であった
私にとっても、その落語が凄まじく面白かった、ということで
ある。談志、いや、まだその時はぎりぎりで小ゑんであった筈だが、
そんな小さな子供が自分の落語にキャッキャと言って喜んでいる
のが物珍しく映ったのだろう。

http://megalodon.jp/2011-1126-2329-28/www.tobunken.com/news/news20111124132804.html

上に引用した文章によると、唐沢俊一が「まだ4つか5つのとき」には、「まだヨチヨチの
子供」だったということになる。「ヨチヨチ歩きの子供」とは書かないで「ヨチヨチの子供」と
書くのも唐沢俊一のユニークなところだと思うし、もう 4 歳か 5 歳になっていたかつての
自分を「ヨチヨチ」と、まるで 1 ~ 2 歳の子どものように表現するのも唐沢俊一ならでは、
だと思う。

時間修正作戦以前に、いろいろ修正した方がよいことがあるのでは」に書いたばかり
だけど、「年端もいかない高校生カップル」と書いたり、20 歳前後は子ども (ここを参照)、
25 歳は青春時代 (ここを参照) と書いたりするのが唐沢俊一なのだから……。さらに、
唐沢俊一の場合は、「人生でもっとも初期」とは 16 歳の頃をさすという話も (ここを参照)。

さて、「母方の祖母の葬儀の席」ならば、「4つか5つのとき」ではなくて、4 歳だったか
5 歳だったか特定できてもよさそうなんだけど……というのは、おいといて。「談志、いや、
まだその時はぎりぎりで小ゑんであった筈」だというのが確かならば、唐沢俊一は 4 歳
だったという計算になる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/唐沢俊一
>唐沢 俊一(からさわ しゅんいち、1958年5月22日 - )は、日本のカルト物件評論家、
>コラムニスト、ラジオパーソナリティ。


http://ja.wikipedia.org/wiki/立川談志
>・1963年 - 4月に立川談志を襲名し、真打に昇進。同時に小さん門下から真打に昇進
> したのが5代目柳家つばめ。


……これで困ってしまうのが、かつて唐沢俊一は、「そこで僕は生まれて初めて落語と
いうものを聞き、目の前で落語家がしゃべるのを聞いた」のが、「昭和三八年五月三十一
日、於東宝名人会」、「このとき、僕は五歳になったばかりだった」と書いていることだ。

『とても変なまんが』 早川書房 P.155 ~ P.156

先日、ある必要があって、桂文治(先代)の落語のCDを聞いた。この人、
生前は飄々とした雰囲気で好きな落語家の一人だったが、いわゆる古典
の正統派ではなかったもので、レコードやテープの類はこれまで聞いた
ことがなかった。ところが、聞いてみて仰天した。そこに収録されていた
『好きと恐い』という落語は、僕が子供のころ、生まれて初めてきいた落語
だったのだ。あわててライナーで確認してみると、収録年月日が昭和三八
年五月三十一日、於東宝名人会。愕然とした、というのは大げさではない。
これは母親の里帰りについて東京に行ったとき、祖母に連れられて出かけた
会だ。そこで僕は生まれて初めて落語というものを聞き、目の前で落語家
がしゃべるのを聞いた。まさにそのときの口演が、録音されていたのである。
 このとき、僕は五歳になったばかりだったが、その面白さに狂喜し、帰って
からそっくり再演(?)してみせて、母や祖母を驚かせたという。後に中学
時代のキャンプでも披露した。一回聞いただけでこれなのだから、若い頃の
記憶力というのはすごい。
〈略〉
 しかも、噺のマクラでも文治が言っているが、本来、この日は十八番の
『ふたなり』という落語を演じるはずが、どういう都合か、この『好きと恐い』
に切り替えたという。もし切り替わらずにブラック・ユーモア的色合いの強い
『ふたなり』を演じていたとすれば、果たしてその面白さが五歳の子供に
わかったかどうかは、疑わしい。ナンセンス度の高いこの『好きと恐い』だった
からこそ、子供にも大ウケで、それが後の僕を落語マニアにし、人前での
おしゃべりが大好きな性格にしていったわけである。思えば、そのとき落語
にハマらねば、『ぞろぞろ』などという落語マンガを書きはしなかったろうし、
それを書かなければ後年SF大会(i-con)で、企画担当者に、
「落語をやってくれ」
 と依頼などされなかったろう。で、その落語のマクラで変てこな本の紹介を
やったのを聞いていた藤倉珊氏たちが、と学会創設の際に、僕に声をかけ
てくれたのである。と学会に参加しなければ、僕のものかき人生はかなり
変わったものになっていたと思う。偶然の積み重ねが人の人生を形作って
いく。このCDを聞くまで、そのキーパーソンが桂文治という落語家である
ことなど、思いもしなかったのである。


唐沢俊一と SF 大会 ―― 大事だったのはメロンとステーキ」のエントリーの方で引用した
『トンデモ創世記2000』の記述を信用するならば、「後年SF大会(i-con)で、企画担当者
に、『落語をやってくれ』と依頼」されたのは、『ぞろぞろ』ではなくて『近未来馬鹿』 (「星雲
賞」候補) のおかげという話になっているのではないかと思うが、おいといて。

すぐ上に引用したような文章が、どうして『とても変なまんが』に収録されているのか、首を
ひねる人もいそうだが、なぜ「アイデンティティ確認マンガ――『なつ漫探偵団』」を紹介する
前置きとして、こうも長々と唐沢俊一の自分語りがくるのか、手元に本をもって読み返して
いるこっちにもわからない。

とにかく、唐沢俊一は以前、「生まれて初めて落語というものを聞き、目の前で落語家が
しゃべるのを聞いた」のが「昭和三八年五月三十一日」と書いているのみにとどまらない。
そのとき演目が『好きと恐い』ではなく『ふたなり』だったら「落語マニア」になっていたか
どうかわからないし、そうしたらSF大会(i-con)に呼ばれなかったかもしれない、と学会に
も参加しなかったかもしれないとまで書いているのだ (ここここも参照)。

しかも、2ちゃんねるの過去スレによると (Read More 参照)、このネタはお気に入りらしく、
複数の書籍で、ほぼ同じ文章を使い回したりしているという (←真偽未確認)。

これで今さら、「まだ4つか5つのとき」、「棺の前の座布団に若い噺家が座って、落語を
やった」、その「若い噺家」が「談志、いや、まだその時はぎりぎりで小ゑんであった筈」
であり、「その落語が凄まじく面白かった」といわれても、なあ……。

「母方の祖母の葬儀の席」のことは物心つく前の出来事で、後から家族に聞いたことに
すればまだ整合性はとれたかもしれないけど、「はるか昔のことで記憶も茫漠とはしてい
るが、確か『子ほめ』だったと思う」に、「これだけは確かなのは、まだヨチヨチの子供で
あった私にとっても、その落語が凄まじく面白かった、ということである」とやってしまって
いるので、それも無理。

で、そのおかげで、「談志というファクターのない私の人生は考えられない」に、「偶然の
積み重ねが人の人生を形作っていく。〈略〉そのキーパーソンが桂文治という落語家で
ある」が、少なくとも片方は嘘、ということになってしまっている。書きようによっては、両方
とも自分の人生には外せない人――みたいな結論に、いくらでもいかせられただろうに。



ついでに。「母方の祖母の葬儀の席」の件は、裏モノ日記で過去にやっていたりはしな
かったのだろうかと、「site:www.tobunken.com 談志」で検索してみると、200 件以上が
ヒットしてしまったあげく、「母方の祖母の葬儀」の話は見つけられなかった代わりに (?)、
まるで同じ内容の日記が、別々の日付けでアップされているのを何個か見つけてしまっ
たり……。


重複 その 1:

裏モノ日記 2000年 01月 31日(月曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20000131000000.html
>ふげし、というと落語の『阿武松』に出てくる、能登の国鳳至郡鵜川村、父っつぁんの
>名前は長兵衛、そのせがれで長吉と申します、というあの鳳至である。談志のクスグリ
>で“教わった通りしゃべってるんで、どこだかさっぱりわからない”というのがあるが、
>こんなところにあったか。


裏モノ日記 2000年 02月 20日(日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20000220182635.html
>ふげし、というと落語の『阿武松』に出てくる、能登の国鳳至郡鵜川村、父っつぁんの
>名前は長兵衛、そのせがれで長吉と申します、というあの鳳至である。談志のクスグリ
>で“教わった通りしゃべってるんで、どこだかさっぱりわからない”というのがあるが、
>こんなところにあったか。



重複 その 2:

裏モノ日記 2001年 07月 31日(火曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20010731000000.html
> タイトルに意味はない。朝7時半起床。談志家元がわが家に上がり込んで来て到来も
>ののお菓子を片端からムシャムシャ食べ、しまっておいた睡眠薬までのんで帰っていく、
>という夢を見た。昨日、談之助さんからコミケ申込みの書き込みが官能倶楽部パティオ
>にあったからだろう。朝食、クレソンのスープとイチジク。


裏モノ日記 2001年 08月 15日(水曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20010815184459.html
> タイトルに意味はない。朝7時半起床。談志家元がわが家に上がり込んで来て到来も
>ののお菓子を片端からムシャムシャ食べ、しまっておいた睡眠薬までのんで帰っていく、
>という夢を見た。昨日、談之助さんからコミケ申込みの書き込みが官能倶楽部パティオ
>にあったからだろう。朝食、クレソンのスープとイチジク。



重複 その 3:

裏モノ日記 2003年 04月 09日(水曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20030409000000.html
>それにしても最近独演会にはちょっと行ってないのだが、手の動き、顎などなでる仕草、
>“うぅー”というような発声、どんどん談志をコピーした高座になっている。変なところの
>コピーだが。


裏モノ日記 2002年 09月 09日(月曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20020909223425.html
>それにしても最近独演会にはちょっと行ってないのだが、手の動き、顎などなでる仕草、
>“うぅー”というような発声、どんどん談志をコピーした高座になっている。変なところの
>コピーだが。



重複 その 4:

裏モノ日記 2002年 09月 13日(金曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20020913223136.html
>家に帰り、晩飯の用意。九代目桂文治のCDを聞きながら。談志がこの人の芸を
>「世の中にアナクロニズムって言葉がありますがね、どこにあるか、って言ったら、ここ
>にあり、という、まアこういう芸でしたな」
> と評し、そして、
>「ところが、そのね、アナクロがね、たまらない魅力なんですねエ。なんなンでしょう。
>やっぱり当人の……人柄というのかな、センスでしょうなア。なンだかわからない。ま、
>聴いてごらんなさい、不思議な芸ですからネエ」
> と、さしもの談志も分析を放り投げてしまっているのが可笑しい。


裏モノ日記 2003年 04月 13日(日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20030413000000.html
>家に帰り、晩飯の用意。九代目桂文治のCDを聞きながら。談志がこの人の芸を
>「世の中にアナクロニズムって言葉がありますがね、どこにあるか、って言ったら、ここ
>にあり、という、まアこういう芸でしたな」
> と評し、そして、
>「ところが、そのね、アナクロがね、たまらない魅力なんですねエ。なんなンでしょう。
>やっぱり当人の……人柄というのかな、センスでしょうなア。なンだかわからない。ま、
>聴いてごらんなさい、不思議な芸ですからネエ」
> と、さしもの談志も分析を放り投げてしまっているのが可笑しい。



「重複 その 3:」の分だけは、「新聞に山内雅人氏死去の報」という言葉があったので、
「2002年 09月 09日(月曜日)」は何かの間違い (梶田達二のときと同様な未来追討?)
で、「2003年 04月 09日(水曜日)」が正しいということは推測できた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/山内雅人
>山内 雅人(やまのうち まさと、1929年4月3日 - 2003年4月7日)は、日本の男性俳
>優、声優、ナレーター。


それにしても裏モノ日記は予想以上にカオスな構造 (ここを参照) というか、「同じ文章
のコピペ転載を複数日でダブらせてしまったもの」があったり (ここを参照)、「古い映画を
みませんか・16」が複数存在したり (ここを参照) 程度のことでは済まなかったのだなあ
と、今回はしみじみ思った。来年、このサイトが消滅してしまう可能性がある (ここここ
参照) のは、少し残念なことかもしれない。


ええと、それから、今回少し不思議に思ったのは、「『芸人の家の葬式が湿っぽくなっては
いけませんので』というので、棺の前の座布団に若い噺家が座って、落語をやった」との
記述。落語家とかお笑い芸人本人の葬儀ならともかく、「母方の祖母の葬儀の席で、母の
兄(小野栄一)が芸人だったため」というのは、よくあることなんだろうか。

以下の裏モノ日記の記述でいう「落語家の葬式とは、湿っぽくなってはいけない」という
しきたりが、「芸人の家の葬式が湿っぽくなってはいけません」にまで当然のように適用
されるのが普通なのかと疑問に思うし、落語家の葬式であっても (?)、同じ落語家から、
「師匠の通夜の晩くらい悲しめ」という意見が出ることもあると、唐沢俊一本人が書いて
いたりする。

http://www.tobunken.com/diary/diary20080602131258.html
>三遊亭円丈の『御乱心』の中で、悪役にされている円楽に、
>唯一同情したのは、師匠の円生の通夜の晩に大笑いし、円生の
>名跡の行方などを話題にしているている円楽を円丈が憎々しげに
>見て、師匠の通夜の晩くらい悲しめ、と言っているところである。
>あれは円楽にとっては落語の世界のしきたりを守っているに
>過ぎない(円生自身、噺のマクラで落語家の葬式とは、湿っぽく
>なってはいけないものだと言っている)のだと思う。


http://www.tobunken.com/diary/2005_10_21.html
>圓生の『くやみ』に曰く、噺家というのは通夜の席でも
> 「なンです、今日の通夜は湿っぽくッていけません」
>というくらいな商売なのである。


これについては、落語家だ芸人だというより、家風みたいなものがあって、唐沢俊一いう
ところの「わが家というのはテンから湿っぽくなれない家であるらしい」ため、なのかも。

http://www.tobunken.com/diary/diary20010313000000.html
>モーニングワイド、高橋尚子の祖母の死去、久和ひとみの母の談話、と湿っぽい話ば
>かり。実の弟が死んで笑っている女房や、親父が倒れた日の日記にもダジャレを書き
>つけるような私のところには、例えわれわれが有名人になってもこういう取材は永久に
>こないであろう。


http://www.tobunken.com/diary/diary20010614000000.html
>「まあ、飲んで楽しく話すのが供養だから」
> というお決まりの文句で、みんな勝手に飲んで雑談。ちか子さん(豪貴の実の母)は
>例によって心霊のオハナシ。K子が相手をしてやっている。母もいろいろ話して陽気に
>笑う。どうも、わが家というのはテンから湿っぽくなれない家であるらしい。


http://www.tobunken.com/diary/diary20011231000000.html
>まあ、親父が死んだ年の正月でも湿っぽくないのがよし。


More...


http://mimizun.com/log/2ch/books/1239920365/
-------
312 :無名草子さん:2009/04/20(月) 13:47:46
唐沢商会名義のぞろぞろの後書きを読み返したら、唐沢はまた自慢していた。

普段から落語に馴染んでいる私は、落語の言い回しが自然に口から出ちゃうんだよね…
みたいな内容だった。

唐沢変わって無いな、と思ったよ。

321 :無名草子さん:2009/04/20(月) 15:15:13
>>312


「落語かぶれ」ですね。わかります。



322 :無名草子さん:2009/04/20(月) 15:22:21
>312
>普段から落語に馴染んでいる私は、落語の言い回しが自然に口から出ちゃうんだよね…

誰か唐沢に酢豆腐食わせとけw


323 :無名草子さん:2009/04/20(月) 15:34:47
コント:落語を聞いただけで落語家きどりの男

324 :無名草子さん:2009/04/20(月) 15:46:01
唐沢の自分語りで、幼稚園だかの頃に東京で1回寄席に連れて行って貰い
そこで聞いた落語を帰ってきてからそっくりそのまま再演してみせて
驚かれたという話がなかったっけ?

361 :無名草子さん:2009/04/20(月) 20:18:13
>>324
ガラスの仮面?

366 :無名草子さん:2009/04/20(月) 20:53:31
>>324
『とても変なまんが』早川書房 P155

先日、ある必要があって、桂文治(先代)の落語のCDを聞いた。この人、生前は
飄々とした雰囲気で好きな落語家の一人だったが、いわゆる古典の正統派ではなか
ったもので、レコードやテープの類はこれまで聞いたことがなかった。
ところが、聞いてみて仰天した。そこに収録されていた『好きと恐い』という落語
は、僕が子供のころ、生まれて初めてきいた落語だったのだ。あわててライナーで
確認してみると、収録年月日が昭和三八年五月三十一日、於東宝名人会。愕然とし
た、というのは大げさではない。これは母親の里帰りについて東京に行ったとき、
祖母に連れられて出かけた会だ。そこで僕は生まれて初めて落語というものを聞き、
目の前で落語家がしゃべるのを聞いた。まさにそのときの口演が、録音されていた
のである。
このとき、僕は五歳になったばかりだったが、その面白さに狂喜し、帰ってからそ
っくり再演(?)してみせて、母や祖母を驚かせたという。後に中学時代のキャン
プでも披露した。一回聞いただけでこれなのだから、若い頃の記憶力というのはす
ごい。

368 :無名草子さん:2009/04/20(月) 21:01:17
>>366
そのエピソードは他の本でも披露してるね
と学会年鑑でも触れてたし


369 :無名草子さん:2009/04/20(月) 21:01:58
>>366
それ、別の著書でもほぼそのままの文で書かれてたなあ
引き出しが少ないだけか、ボケてるのかわからないが、ほんと使い回しが激しい人だ

370 :無名草子さん:2009/04/20(月) 21:06:43
この桂文治の『好きと恐い』という落語を聞いて、五歳のときにすぐ再演して見せたという
栴檀は双葉より芳しいという、とても素敵な誰も確認できない過去の自慢話。
この本では、この後

>しかし、そんなに因縁深い落語でありながら、それが何という落語で、何という落
>語家が演じたか、僕はかなり落語の演目には通じているつもりなのだが、これまで
>まったくわからなかった。わからないワケで、解説を読んだら、この話は『九郎蔵
>狐』という上方ばなしの一部分を文治がオリジナルでふくらませて作ったものいわ
>ば文治専売の珍品だった。どの落語前週を見ても入っていないわけである。

という話が書かれているのだけれど、この文治の『好きと恐い』は
「新編古典落語名人全集」では28分あまりある作品。
ベースは「まんじゅう恐い」の前半部を流用したような話なので、
そこまで記憶していたのならその共通点に気付いてもいいと思うんだけどなぁ

371 :無名草子さん:2009/04/20(月) 21:09:08
>>369
大人になってからの記憶力が壊滅的にダメになったんでしょう。
神童が大人になったらただの人以下になったという例。

379 :無名草子さん:2009/04/20(月) 21:59:10
だんのすけとか、ブラックとか、岡田とか、皆で酢豆腐な唐沢をヨイショし続けるから、こんなに
なっちゃったのに、ちょっとは責任とか感じないの?

唐沢は、どの作品のファンでもありません。詳しくもありません。

380 :無名草子さん:2009/04/20(月) 22:13:32
唐沢の唯一の作品は
『唐沢俊一』という架空の人物の架空の人生です。

417 :無名草子さん:2009/04/21(火) 01:13:11
>>366
こういう個人的な体験を一大事のように語るよね。
どの本か忘れたけど、フラッシュゴードンが「ゴードンくん」と訳されていた、
恐らくマンガというだけで幼児向けに「~くん」と付けたんだろう、という推測を
さも大発見したかのように書いてるけど、少し考えれば誰でも思いつく話だろうに。
自分の発見に舞い上がるのはいいけど、読者には知ったこっちゃないし
共感もできませんよ。

436 :無名草子さん:2009/04/21(火) 08:52:09
パクリなしのときのマトモな翻訳はたぶん三割未満の唐沢くん
http://tondemonai2.web.fc2.com/748.html

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