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2011.11.23 (Wed)

本当に紙芝居がお好きなんですか、唐沢俊一先生

http://www.tobunken.com/news/news20111119113248.html

イベント
2011年11月19日投稿
イメージを変えた人【訃報 右手和子】

梅田佳声先生より右手和子氏死去の報せがあった(年齢、享年等未確認)。

教育紙芝居の研究・実演の第一人者。
教育紙芝居とは、手書きによる絵を基本とした街頭紙芝居に対し、
印刷物になったもので、保育園、幼稚園、学校などで演じられるもの。
そのぬくもりのある温かい話術での実演を生前に聞いたのは一度きり
だったが、耳の底にいまもじんわりと心地よい感じが残っている。
父親が紙芝居の貸し元であったことが彼女をこの世界に入らせたことも
あり、父の世代の遺産である紙芝居を日本の文化として残し、
また若い世代に伝えていくことをライフワークとしていた。
〈略〉
右手氏はその著書『紙芝居のはじまりはじまり』の中で、自分のことを
“蛙の子”と言っている。氏の父親もまた、紙芝居師であり、その貸元(製作元)
であった。幼い頃の彼女の記憶は、家中の天井に張り巡らされていた
針金(この上に描き上がった紙芝居を置く)と、練炭火鉢(これで下から
熱して、厚紙に絵を描いた紙を貼ったノリと、その上に塗ったニスを乾かす)
の熱で家中に籠る強烈な匂いだったという。

彼女の父親は理想主義者であり、戦後、子供たちの人気を集めるためならと、
どんどん俗悪になってくる紙芝居の内容と街頭紙芝居師(売人)たちの語りに
我慢できなくなり、理想の紙芝居の確立を目指して自ら良心的紙芝居を製作
する貸元『さざなみ会』を設立、代表になった。しかし、理想は現実に合わず、
短期間でそのさざなみ会は倒産。また売人に逆戻り。幼かった右手氏も
辛酸を嘗めるが、やがて時代が落ち着くと『日本教育紙芝居協会』の設立
に加わり、日本中を教育紙芝居の普及に駆け回ることになる。娘時代、
父の演じる紙芝居の前座を勤めたことが、彼女をして、一生を紙芝居に
捧げるきっかけとなった。ちなみに、この父君の紙芝居師としての名が
“右手悟浄”という。悟浄の娘が悟空を演じる。これをして縁(えにし)と
いうのだろう。

街頭紙芝居は現在、そのストーリィや発想の融通無碍さが面白がられ、
また、昭和の風俗としてよくテレビや映画に登場する。だが、教育紙芝居
は地味な存在であり、情操教育にとり重要なものでありながら、注目される
ところ、語られるところが極めて少ない。その地味な教育紙芝居の普及と
伝承にかけた一生に悔いはなかったろうと思う。とはいえ、1960年代
のアニメとしてはおよぞ全ての面において異端児であった『悟空の大冒険』
のタイトルロールである悟空の声優として、もう少し、そちら方面での
活躍も残しておいてほしかった、つい、そう思ってしまう。
ご冥福をお祈りする。

http://megalodon.jp/2011-1119-2308-28/www.tobunken.com/news/news20111119113248.html

×戦後 ○戦前

「ニュートリノ並の速さで追討する男」の続き。

「戦後、子供たちの人気を集めるためならと、どんどん俗悪になってくる紙芝居の内容と
街頭紙芝居師(売人)たちの語りに我慢できなくなり」の「戦後」というのは、多分何かの
間違い。

右手和子著『紙芝居のはじまりはじまり』の記述でも、上に引用した唐沢俊一の文章で
も、さざなみ会の後に日本教育紙芝居協会の設立がくる。その日本教育紙芝居協会の
設立が昭和 13 年だという話なのだから、さざなみ会の設立が「戦後」のはずはない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/紙芝居
>教育紙芝居(印刷紙芝居)
>街頭紙芝居は手描きが主であったが、その成功を見て、宗教・教育・思想啓発のため
>の教材として印刷紙芝居が刊行されるようになった。 戦後は児童図書館にも備えられ
>るようになった。
〈略〉
>・日本教育紙芝居協会:大島長三郎(青江舜二郎)、松永健哉らが中心となり1938年
> (昭和13年)7月20日に設立。理事長大島正徳。朝日新聞社からの出資協力を得て
> 活動を続ける。主な作品に『うずら』『芭蕉』など。[3]。


『紙芝居のはじまりはじまり』 P.184
> 昭和十三年、日本教育紙芝居協会の設立に参加した父は、やっと理想の場を得た
>ようで、日本全国をかけまわって、教育紙芝居の普及活動に精力を傾けていました。


また、同書には、唐沢俊一の書いているような、「子供たちの人気を集めるためならと、
どんどん俗悪になってくる紙芝居の内容と街頭紙芝居師(売人)たちの語りに我慢でき
なくなり」といったような、「街頭紙芝居の演じ手である売人 (バイニン)」への非難めいた
記述は、いっさい存在しない。

『紙芝居のはじまりはじまり』 P.179
> 街頭紙芝居の演じ手である売人は、前職が無声映画の弁士、話芸に自信をもって
>いる人、職人だった人、学生、サラリーマンだった人と、さまざまな人が集まっていた
>ようです。


『紙芝居のはじまりはじまり』 P.183
> この時代、私の心の中に残ったのは紙芝居そのものよりも、貸元時代、父を中心に
>絵かきさんもふくめた売人さんたちの、まるで家族同様のあたたかなふんい気であり、
>森下さんのお宅でのみなさんの心のあたたかさであったように思われます。
> そしてそれは安心しておとなたちのかたわらで耳をかたむける、その後の私をつくっ
>てくれたように思います。


『紙芝居のはじまりはじまり』 P.177 ~ P.178
> 街角で紙芝居に見入る子どもたちの姿から、紙芝居に心躍らせているその表情から、
>より多くの可能性を求めて、私の父は、口演童話の世界から紙芝居の世界に足をふみ
>入れたらしいのです。
> “らしい”というのもおかしな話ですけれど、なにしろ私の生まれる前後のことなのです
>から……。そして父は、まったく自分のことを語らない人でしたので……。
> そして何年かののち、自分の理想の紙芝居を作るために、父は街頭紙芝居の制作
>元、つまり貸元にエスカレートしていきました。“らしい”話を私にしてくださった『紙芝居
>昭和史』の著者加太こうじ先生は、また、あたたかな口調でこうもおっしゃいます。
> 『あなたの親爺さんは馬鹿だよ。街頭の騒音の中で、そんなきれいごとじゃだめだよ、
>もっとアクを強くしなくちゃあと言ったのに、自分の意志を貫いて、つぶれちゃった』
>というわけで、それから四年ほどで借金を抱えて倒産。またまた一売人(飴やおせんべ
>いなどを売り紙芝居を演じる人)に逆戻りすることになります。


……想像するに、「自分の理想の紙芝居を作るため」、「そんなきれいごと」、「もっとアク
を強くしなくちゃあと言ったのに、自分の意志を貫いて」などの記述や、後に「日本教育紙
芝居協会の設立に参加」といったお堅いイメージ (?) から、唐沢俊一は脳内で、「どんどん
俗悪になってくる紙芝居の内容と街頭紙芝居師(売人)たちの語りに我慢できなくなり、
自ら良心的紙芝居を製作」というストーリーを勝手につくりだしてしまったのではないかと。
さらに「借金を抱えて倒産」となると、唐沢俊一的にはもう「幼かった右手氏も辛酸を嘗め」
たことにしなければいけない、とか。本にはそんな記述は見あたらなかったんだけど。

『紙芝居のはじまりはじまり』 P.181 ~ P.182
> 私の家にあった立絵の舞台は、両袖と上の方に“すかし”の入ったものでした。平絵
>の舞台や、舞台と組み合わせになった、飴などを入れる三つの引き出しの箱と、お揃い
>の材質の特注品で(売人の中にも道具に凝った人が何人かいたようです)なかなか、
>豪華なものでしたが、紙芝居の貸元をやめ、家が麻布から目黒に移ってからは、私が
>もらいうけ、人形ケースにしたり、本箱のかわりに使ったり、あげくのはては、押し入れ
>の中に入れておいたりといったぐあいで、いつのまにかわが家から姿を消してしまいま
>した。
>〈略〉いまになれば、なんともったいないことをしたものかと残念でなりませんが、当時
>は低俗なものとレッテルがはられ、学校の先生からも、見てはいけないときびしくいわ
>れていた紙芝居が、父の職業だったということで、なんとなく肩身のせまい思いを(もち
>ろん、父母には言いませんでしたけど)していた私は、家で紙芝居を扱わなくなったこと
>の方がうれしくて、舞台のひとつやふたつ見えなくなっても、なんということもなかったの
>です。


ついでに、唐沢俊一の書いている「幼い頃の彼女の記憶は」以下の文章は無駄にわかり
にくいのだが、元の文章は以下の通り。

『紙芝居のはじまりはじまり』 P.178
> いたみが少ないように、描かれた絵を厚いボール紙にはりつけ、よく乾かしてから、
>表面にニスを塗る、それをまた乾かしてまたニスを塗る。今、その頃のわが家を思い
>返してみますと、天井いっぱいに張りめぐらされた針金の列(この上に、一枚ずつ紙
>芝居を置いていき、下に練炭火鉢をおいて乾かすのです)と、家中に充満していた、
>のりとニスと練炭の混じりあった強烈なにおいが、印象的です。


唐沢俊一の劣化コピーぶりは相変わらずすごくて、原文ではすんなり理解可能な紙芝居
の制作過程が、唐沢俊一の文章では、のりではってからニスを塗るまでの乾かすという
行程がどっかいってしまい、同一行程における天井の針金と練炭火鉢の位置関係も判然
としなくなり、強烈なにおいの元もよくわからなくなっている。


……で、2ちゃんねるのスレ (Read More 参照) で、右手和子は本当に死亡しているのか
と疑問の声があがっている件について。

11 月 20 日の予定だった「右手和子さんのわくわく紙芝居公演は、中止になりました」と
のみ書かれていて、本人が亡くなったとは書かれていないし、本日 (2011年11月23日)
予定のイベントの出演者に右手和子の名前があったりする。

https://www.library.city.edogawa.tokyo.jp/toshow/event_guide/html/higashikasai.html
>※11月20日(日)に開催を予定しておりました右手和子さんのわくわく紙芝居公演
>は、中止になりました。


http://www.kamishibai.net/view/lecture/index
>第12回手づくり紙芝居コンクール
〈略〉
>入選作の実演審査会・表彰式
> ・ジュニア・一般計13点の実演・各賞決定
> ・おたのしみアトラクション 右手和子氏
>■日程: 2011年11月23日(祝)11:00-16:00
>■会場: 神奈川県立青少年センター2F多目的プラザ


しかし、残念ながら、以下のブログによると、「11月17日 右手和子先生が亡くなられま
した」とのこと。

http://blog.goo.ne.jp/nomarin_0302/e/6db4a2ee8472163961fd5f4f4c3b7c70
>残念なニュースです
>2011-11-20 20:52:32 | 日記
>11月17日 右手和子先生が亡くなられました。
>荒木文子さんから連絡があったのですが、しばらく声が出せませんでした。
>入院される10日ほど前に電話したときはいつもと変わらないお声だったので安心して
>いました。
>10月31日に入院されたとのこと。
>もうびっくりとしか言いようがありません。
>がっくり来ました。
>かけがえのない人を失ってしまいました。
>右手先生の代わりをできる人は誰もいません。
>これから、もっともっと紙芝居の演じ手を増やしていきたいと思っている私にとっては
>大打撃です。
>右手先生の紙芝居の演じ手へのアドバイスは本当に見事で、的確で、暖かでした。
〈略〉
>11月19日
>子どもの文化研究所で開かれた「紙芝居の可能性を考えるフォーラム」に参加しました。
>日帰りで行ってきました。
>予定ではスペシャルゲストとして右手和子先生の実演披露でした。
>でも、先生が入院されるときに「のまさんにお願いして」とおっしゃったそうです。
>それでこの日は右手先生の代役として実演させていただきました。


上でいっている「子どもの文化研究所」の「紙芝居の可能性を考えるフォーラム」だが、
国際こども図書館の「国内の研修・講座情報」ページには、今も「講師 右手和子」の
名前がある。

http://www.kodomo.go.jp/study/training/index.html
>子どもの文化研究所フォーラム 紙芝居の可能性を考える:第2回 メディアとしての
>文化性・教育性を考える
>開催日 2011年11月19日(土)
>開催地 東京都 ・ 財団法人文民教育協会ホール
>講師 右手和子、片岡輝(子どもの文化研究所所長)、石山幸弘(茨城大学講師)ほか
>連絡先 子どもの文化研究所


「子どもの文化研究所フォーラム 紙芝居の可能性を考える...」のリンクをクリックすると、
以下のページが表示される。

http://www.kodomonobunnka.or.jp/kamishibai/kamishibaiforam.htm
>第2回11月19日(土)
> テーマ メディアとしての文化性・教育性を考える
>★スペシャルゲスト 実演披露
> ◆スピーカー
> ・紙芝居は場の文化である。紙芝居の魅力を追う
>                       片岡輝(子どもの文化研究所々長)
> ・紙芝居史と紙芝居の多数の論文から考えられること
>                       石山幸弘(茨城大学講師)
> ・文化の視点から紙芝居の課題を考える
>                        堀田穣(京都学園大学教授)
> ・紙芝居が育てるもの        阿部明子(東京家政大学名誉教授)


>第3回1月21日(土)
> テーマ 街頭紙芝居を現代的視点から捉え直し、何を学ぶかる
>★スペシャルゲスト 梅田佳声さんの実演披露 


つまり、「2011年11月19日(土)」の「第2回」が右手和子出演予定で、来年の 1 月 21 日
の「第3回」に梅田佳声が出演予定ということで。それで、唐沢俊一のいう「梅田佳声先生
より右手和子氏死去の報せがあった」というのに納得がいったような気が。

なにしろ最初に唐沢俊一の文章を読んだ時点では、「彼女の父親は理想主義者であり、
戦後、子供たちの人気を集めるためならと、どんどん俗悪になってくる紙芝居の内容と街
頭紙芝居師(売人)たちの語りに我慢できなくなり」に、「街頭紙芝居は現在、そのストー
リィや発想の融通無碍さが面白がられ、また、昭和の風俗としてよくテレビや映画に登場
する。だが、教育紙芝居は地味な存在であり、情操教育にとり重要なものでありながら、
注目されるところ、語られるところが極めて少ない」をついつい真に受けて、街頭紙芝居を
俗悪と見下す教育紙芝居の関係者、注目されない語られない教育紙芝居を無視する
街頭紙芝居の関係者という対立構造を想像 (妄想) してしまったりしたのだ。

なのになぜ、街頭紙芝居の梅田佳声が――と意外に思ってしまうくらいだったのだが、
唐沢俊一の書いていることはデマみたいなものと受け流しさえすれば、別に不思議に思う
必要もない。街頭紙芝居の演じ手と教育紙芝居の演じ手は、敵対関係にあるわけでも、
まったく交流がないわけでもないようだ。

http://kamicomi.exblog.jp/7473827/
>本日は東京から来られた右手和子さんの公演がありました。
>私達の行なっている「街頭紙芝居」とは違い、「印刷紙芝居」と言われる紙芝居の公演
>です。街角にやってくる紙芝居のおっちゃんではなく、幼稚園などで先生が上演する紙
>芝居…と言えば、わかりやすいでしょうか?私達が普段使用する自転車に据え付けて
>いる舞台ではなく、マイ舞台を持参しての公演です。

>いつも、私達が目にするものとは違う紙芝居。それはもう私はウキウキでした。
>絵の力を最大限に活かし、静かで、時に声が体に心地よく染みる世界。
>何かと学ぶものも多くありました。

>本当は今日は私達一座の公演は無い予定だったのですが、海外からのお客様が
>来られ、急遽公演をしました。黄金バットでハハハと笑う。
>笑い声は万国共通と改めて感じたしだいです。


そうでなくても、唐沢俊一の、「だが、教育紙芝居は地味な存在であり、〈略〉注目される
ところ、語られるところが極めて少ない」は、なぜわざわざ右手和子の訃報に際してこんな
ことを……というのを抜きにしても、強引な過小評価ではないかと思う。

今回、少しググっただけでも、右手和子は月に何回かのペースで、イベントや講演に参加
していた印象で、本当に「注目されるところ、語られるところが極めて少ない」分野ならば、
そんなことが可能かと思う。

2ちゃんねるのスレでも話題になったけど (Read More 参照)、唐沢俊一の年代で既に
街頭紙芝居に直に接したことのある子どもの率がそう多かったとは思えない一方、教育
紙芝居の方は、小学校に印刷された紙芝居のある率は高かったのではないかと思うの
だけど……。いや、もちろん、街頭紙芝居の方を、比較して貶したいというわけでは決して
ないんだけど。

また、『紙芝居のはじまりはじまり』や『紙芝居をつくる』を見ると、「そのストーリィや発想
の融通無碍さ」は何も街頭紙芝居の専売特許ではなく、教育紙芝居をふくめた紙芝居
全般の特長ではないかと思える。双方向性の面白さや、ひとりでできるなどの利点と同じ
ような感じで。


More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1321017352/
-------
648 :無名草子さん:2011/11/20(日) 18:04:14.67
「注目されるところ、語られるところが極めて少ない」って微妙に喧嘩売っているような。

http://www.tobunken.com/news/news20111119113248.html
>街頭紙芝居は現在、そのストーリィや発想の融通無碍さが面白がられ、
>また、昭和の風俗としてよくテレビや映画に登場する。だが、教育紙芝居
>は地味な存在であり、情操教育にとり重要なものでありながら、注目される
>ところ、語られるところが極めて少ない。その地味な教育紙芝居の普及と
>伝承にかけた一生に悔いはなかったろうと思う。

649 :無名草子さん:2011/11/20(日) 18:31:02.42
>>648
>教育紙芝居 は地味な存在であり、情操教育にとり重要なものでありながら、注目される
>ところ、語られるところが極めて少ない。
って、はあ?
児童教育現場では人気ですが?
児童文学とかもテンテーには
>注目される ところ、語られるところが極めて少ない。
になってしまうんだろう。

650 :無名草子さん:2011/11/20(日) 18:45:30.91
児童文学的なものを嫌ってジャンクで育ったからね
もちろんそれ自体は問題ないんだが、
どうせシンパシーもないのに曖昧に「重要」と言ってお茶をにごすのが最低だ

651 :無名草子さん:2011/11/20(日) 19:11:08.81
街頭紙芝居って、1958年北海道生まれの唐沢俊一が、
子どもの頃、直に接したりしていたのかなあ?
唐沢俊一の幼少の頃の思い出話にも登場しないと思ったけど。

教育紙芝居の方が、まだ馴染みがありそうなもんで、
小学校の図書室に置いてあったりしてたよね。
印刷物の強みってやつで。

656 :無名草子さん:2011/11/20(日) 20:29:38.38
能天気教養図鑑では、なをきが
「紙芝居とか昔の子共の遊びには全然思い入れない」
と言ってたような。

658 :無名草子さん:2011/11/20(日) 20:32:10.81
なをきの場合は自分個人の感情を自分個人の感情として言っていただけだけど
その兄はそれを普遍的なものだとすり替えている

660 :無名草子さん:2011/11/20(日) 20:43:48.37
『能天気教養図鑑』文庫判 P73より「かつしかテクノプラザで紙芝居みる」

P74
〈かつしかテクノプラザ〉で「昔のおもちゃ展」みてノスタルジィに
ひたろうという企画である。
………

俊一:ほらこのように ベーゴマ・ヨーヨー ビー玉・ローセキ…
直樹:あのなあ」

直樹:子供のころから テレビッ子で 怪獣オタクだったんで
   こういう牧歌的な もんでノスタルジィ
   感じねえんだょ 俺
俊一:そりゃそーだ(書き文字)
   考えてみると それほどの年 でもないしな

P80(前ページまで紙芝居「黄金バット」の話
直樹:私らはといいますと 昭和40年代のTVアニメ「黄金バット」で
   初めてみたクチだ

665 :無名草子さん:2011/11/20(日) 23:43:56.48
親が唐沢よりちょっと上くらいだけど、既に「知った時点で軽いノスタルジーアイテム」
みたいな感じだったらしいけどな<街頭紙芝居
80年代生まれな自分にとってのゲームウォッチや松田聖子みたいな感じ

このへんは地域差も多少あるかもしれない

677 :無名草子さん:2011/11/21(月) 13:14:08.74
神奈川県在住の人で、あさってスケジュールの空いてる人いるかな?
右手和子さんが参加予定の行事を見付けた。

俺はあいにく県外なのと、当日出勤予定のため、現地入りが出来ない。

http://www.kamishibai.net/view/lecture/index
>第12回手づくり紙芝居コンクール

>入選作の実演審査会・表彰式
> ・ジュニア・一般計13点の実演・各賞決定
> ・おたのしみアトラクション 右手和子氏
>■日程: 2011年11月23日(祝)11:00-16:00
>■会場: 神奈川県立青少年センター2F多目的プラザ

>主催: 紙芝居文化推進協議会
>共催: 神奈川県立青少年センター
>後援: 神奈川県立図書館協会・神奈川県立図書館・子どもの文化研究所
>    川崎市教育委員会
>    横浜市教育委員会
>協賛: 京浜急行電鉄(株)
>    ぺんてる(株)
>問い合わせ先: 紙芝居文化推進協議会 080-5504-6168(10時-16時)

同協議会に電話で問い合わせようかと思ったが、
右手さんが御健在なら嫌がらせの電話と取られる可能性が高い。
だから電話は止すことにした。

そこで興味のある人にお願い。
出席したら報告してほしい。

678 :無名草子さん:2011/11/21(月) 13:17:06.37
ちなみに、「おくやみ 右手和子」「訃報 右手和子」「追悼 右手和子」で
ググっても、該当する死亡記事を載せてる報道機関のサイトが見つからない。
「訃報~」「追悼~」だと、テンテーのホムペや一行知識さんとこが出てくるだけ。

682 :無名草子さん:2011/11/21(月) 13:37:20.00
> 右 手 和 子(うて かずこ)=紙芝居
http://www13.plala.or.jp/nichiyohken/sub4.html

> プーク人形劇場誕生40周年のお祝い&いい顔・笑顔 人形劇の会
> 東日本大震災チャリティー公演
> 2011年4月10日(日)14:00~終演時間未定
> ●右手和子  紙芝居『ふうたのはなまつり』
> 紙芝居を演じ続けて○○年!大人にもこどもにも、元気と笑顔を届けます!
http://iikao.org/iikao-katudo.html

> 10/7 右手和子の紙芝居ワールドへのお誘い
> 入力日 2011/08/09
http://www.kodomofund.com/event/search.cgi?equal1=758

> 右手和子先生の紙芝居公演の報告
> Posted at 2011年10月17日 14時59分03秒
http://cplus.if-n.biz/5001049/article/0303421.html?sid=a9ccd4ff5835dbf9a1c3a708c43bc82e

> 江戸川図書館 行事案内 東葛西図書館
> 【11月】
> ※11月20日(日)に開催を予定しておりました右手和子さんのわくわく紙芝居公演は、中止になりました。
https://www.library.city.edogawa.tokyo.jp/toshow/event_guide/html/higashikasai.html

もしかすると、引用したうち最後の行事が急遽中止になったことが、死亡説のもとになったのかなと思われる。

692 :無名草子さん:2011/11/21(月) 18:27:51.20
>>651
僕は1963年熊本生まれですが、小学校三・四年頃まで街頭紙芝居を見ていました。
北海道はわかりませんが唐沢俊一が幼い頃、街頭紙芝居を見た可能性はあると思います。

693 :無名草子さん:2011/11/21(月) 19:01:11.47
>>692
50でにちゃんかよw
オッサン終わってんなぁ~

694 :無名草子さん:2011/11/21(月) 19:10:36.58
>>693
あんまり唐沢さんをいじめてやるなよ

695 :無名草子さん:2011/11/21(月) 20:25:20.27
まだエッセイ漫画だった頃のちびまる子ちゃんにはたまに紙芝居屋登場してたから
70年代なかばでも場所によっちゃあったんだろうね

-------

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