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2011.09.22 (Thu)

白山雅一さんの「扱いが極めて低い」のはあなたではないですか唐沢俊一先生

http://www.tobunken.com/news/news20110921155020.html

2011年9月21日投稿
孤高を保った男 【訃報 白山雅一】

「カラサワくん!」 と、よく電話がかかってきた。
私の名前はからさわ、と無アクセントで発音するのだが、
先生はカとサにアクセントを置いて「カらサわくん!」と発音した。
最後に「!」がつくのは、電話口から響く声が、毎回、80代の声とは
思えないくらい溌剌としていたからである。

元気な上に長かった。
2時間以上かかることはザラだった。
〈略〉
その芸人は白山先生を本当に慕っていて、父のない自分には先生が実の
親父のように思えてなりません、親父になってください、と頼んでいた
そうだ。で、ある日、先生にうまい中華料理をご馳走するから、と言って
誘い、そこで借金を申込んだという。先生は
「貸すのにやぶさかではない。しかしお前はわしを親父と思うと言ったな。
親父に金を借りるなら、どうして素直に頭を下げて父さん、金を貸してくれ
と言わない。おごっていい気分にさせたスキをねらって金をせびるような
態度は息子のとるものでない!」
と言って断わったそうだ。先生はスジを通す人だったのである。

白山雅一。戦後に売れた芸人の第一号と言われている。
声帯模写と言っても、いま流行りのディフォルメをきかせた模写とは
全く違う、オリジナルに限りなく近い模写である。
今のように、いつでもどこでも、オリジナルの声を耳にできる時代
ではない。レコードすら高級品であった時代には、灰田勝彦、東海林太郎、
藤山一郎とヒット歌手を次から次に聞かせてくれる、そっくりそのままの
物真似にニーズがあったのだ。そして、それが現代では、
「昭和を眼前にリアルに再現してくれる」
技術として貴重な芸となった。

洒脱な芸風で一世を風靡した柳家三亀松の弟子。音曲漫談の弟子がなぜ
声帯模写を、と思う人もいるだろうが、三亀松も高座で大河内傳次郎や
坂東妻三郎ら映画スターの声帯模写をやっていたのだ。その点では確かに
弟子だったのだが、エロ松とまで言われた艶っぽさは全く受けついで
いなかった。三亀松が草書の芸なら、白山雅一は一画をだにおろそかに
しない楷書の芸、だった。
〈略〉
生涯、独身を通した人だった。
なので、いろいろとよからぬ噂も立てられ、非常にそれを気にしておられた。
一度、中野の路上を一緒に歩いていたとき、何の脈絡もなく、
「ちょっと見てなさい」
と言って、鉄製の街灯を、いきなり正拳突きで思い切り打ったことがある。
周囲に響きわたるような、ギイーン、という金属音が鳴った。
呆れ驚くわれわれに、先生は自慢気な笑顔を見せたが、その後、かなり
手が痛そうだった。なぜいきなりあんなことをしたのか、さっぱり
わからない。軟弱の徒ではないんだ、と見せたかったのかもしれない。
そこらへん、実に芸人らしからぬ先生だった。
〈略〉
ここ数年、身体を悪くされて透析もやっておられた。
介護センターに姿を見せず、気にした介護員が自宅を訪れてみると、
部屋で亡くなっていたという。この残暑で熱中症になって倒れたらしい。
20日頃死去、の“頃”が悲しい。享年87だが、2月29日生まれなので
4年に一度しか歳をとらない、とおっしゃっていて、来年が22歳の
はずだった。そんな若くして亡くなってどうするというのですか、先生。

私を含め、多くの白山ファンは、芸の質に比して、その扱いが極めて
低いことを口惜しく思っていた。しかし、これも先生独自のダンディズム
であり、例えば、エントリーすれば絶対大賞がとれる筈の芸術祭にも
参加していなかったという。孤高を保つ、という言葉が最も適した晩年で
あったと思う。その死の状況は悲しいが、白山先生のダンディズムは
それをよしとされるのではあるまいか。

http://megalodon.jp/2011-0921-2209-42/www.tobunken.com/news/news20110921155020.html

最初、「この残暑で熱中症になって倒れたらしい」というのがどこからきたのか、マジで
わからなかったのだが……。

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/09/2011092101000341.htm
>歌謡声帯模写の白山雅一さん死去
> 東海林太郎さんらで人気死去した白山雅一さん 歌謡声帯模写で知られた演芸家の
>白山雅一(本名山白雅一)さん(87)が21日までに、東京都江東区の自宅で亡くなっ
>ているのが見つかった。
> 警視庁城東署によると、20日朝、通院してこないことを不審に思った介護医療セン
>ター職員が自宅を訪れ、消防に通報。同署員が遺体を発見した。
> 1942年、初代柳家三亀松に弟子入り。戦後、東海林太郎さん、藤山一郎さん、田端
>義夫さんらのヒット曲を歌まねする歌謡声帯模写を手掛け、一躍演芸界の人気者と
>なった。六代目三遊亭円生さんら落語家や喜劇人、映画スターのまねも得意とした。
>2011年09月21日水曜日


探してみたら、以下に引用する記事を発見。「事件性はないと判断。死因は不明だが、
熱中症の可能性があるという」のが、「この残暑で熱中症になって倒れたらしい」になって
しまうのは、まあ唐沢俊一だからしょうがないとして。

http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/sponichi-kfuln20110921006023/1.htm
> 藤山一郎さんや田端義夫さんら往年の流行歌手の歌まねを披露してきた歌謡声帯
>模写の草分け的存在の演芸家、白山雅一(しろやま・まさいち、本名山白雅一=やま
>しろ・まさかず)さん(87)が20日、東京都江東区の自宅アパートで死亡しているのが
>見つかった。
> 布団の上に倒れており、死後数日が経過していた。警視庁城東署は事件性はないと
>判断。死因は不明だが、熱中症の可能性があるという。
> 同署などによると、20日午前10時ごろ、白山さんと連絡が取れないことを心配した
>介護医療センター職員が自宅を訪問。新聞受けに15日付以降の新聞がたまっている
>のを見つけ、警察に通報。署員が浴室のガラスを割って中に入り、居間で布団の上に
>倒れている白山さんを発見した。
> 白山さんは42年に漫談家・初代柳家三亀松に弟子入りし、終戦直後の46年から舞
>台やラジオなどで活躍。歌謡声帯模写の「最後の名人」といわれていた。



熱中症の方はまだしも、「戦後に売れた芸人の第一号と言われている」というのは、ガセ
といっていいんじゃないかなあ。以下、Wikipedia からの引用。

http://ja.wikipedia.org/wiki/白山雅一
>1942年(昭和17年)9月、大阪花月劇場での公演を終えた三亀松に弟子入りを直訴
>し、入門を認められる。9月11日に上京し、上野・池之端にある三亀松宅に内弟子とし
>て住み込む。入門間もないある日、白山の芸の腕を試すため物真似をやらせた三亀松
>は、思いのほか芸達者であったため早めにデビューさせることを決めた。同年11月の
>上席、横浜花月劇場の「風流三味線しぐれ」という喜劇にて「柳家亀松」の名で初舞台
>を踏む。「亀松」の名は、三亀松の実弟・隆啓の進言により、三亀松の寄席芸人になっ
>た時に名乗った名前が付けられた。
>1943年(昭和18年)12月、中国香港へ出征。福岡から上海に渡り、そこから香港に
>行って入隊する予定が、香港行きの船が手配できず上海で足止めされている内に終
>戦を迎えた。上海では、三亀松の弟子ということが知られていたため慰問で芸を披露し
>ていた。
>1946年(昭和21年)3月に復員。6月には大阪の実家に寄ってから上京し、戦火で焼け
>出され根津の伴淳三郎宅に居候をしていた三亀松のもとへ。同年8月、三亀松の鞄持
>ちとして同行したNHKにて、たまたま三亀松が出演するラジオ番組の担当プロデュー
>サー坂本朝一に芸を見てもらうことになり、これが認められ9月9日にNHKラジオに初出
>演。この放送が好評であったため、即座に次回の出演が決定。二度目は番組表に「歌
>謡声帯模写」と記載されたため、以来、それが看板となる。これをきっかけに自信をつ
>け、芸の腕を上げたことが三亀松に認められ、籍は入れないものの実子扱いとする「子
>供分」としての扱いを受けることとなる。


デビューは「1942年(昭和17年)」で終戦の 3 年前だし、「1943年(昭和18年)」に上海に
いた時点で「三亀松の弟子ということが知られていたため慰問で芸を披露」ということは、
終戦をむかえる前に既に名が売れていたことを示しているんじゃないかと思うけど。

いやまあ唐沢俊一は、上の記述でいう「1946年(昭和21年)」の「NHKラジオに初出演。
この放送が好評」、「二度目は番組表に『歌謡声帯模写』と記載されたため、以来、それ
が看板となる」などの事柄をもって、終戦直後にいち早く大ブレイクした芸人だったとか
いう意味のことをいいたかったのだろうとは思う。それにしたって、「戦後に売れた芸人」
で止めずに「戦後に売れた芸人の第一号」みたいな定義がややこしくなりそうなものを
言い出すなんてことは、やめておいた方がよかったのでは。「言われている」も何も、そも
そも「戦後に売れた芸人の第一号」は誰かと論じているもの自体、自分が探したかぎりで
は見つからなかった。

ついでに、「音曲漫談の弟子がなぜ声帯模写を、と思う人もいるだろうが」と唐沢俊一は
書いているが、「音曲漫談の弟子」が「歌謡声帯模写」をやるのは、「なぜ」と思うような
不思議なことではないような気が。


で、今回一番気になったのは,「生涯、独身を通した人だった」ではじまる段落の記述の
気持ち悪さだ。

2ちゃんねるのスレ (Read More 参照) に「もしかするとテンテーは、『白山雅一はホモと
かオカマ呼ばわりされた』と 言いたいのかと思って調べたけど、ネット上にその手の噂は
見つからなかった」、 「『故人が生前気にしていたこと』を、死人に口無しで蒸し返してバラ
していいのかね」と書き込んでいた人がいるが、その意見には自分も同意する。

それだけではなくて、まず「生涯、独身を通した人だった。なので、いろいろとよからぬ
噂も立てられ」と、「独身を通した」ら「よからぬ噂も立てられ」るのは当然といわんばかり
の書きぶりにも少し引っかかるものを感じるし、そのすぐ後に「鉄製の街灯を、いきなり
正拳突きで思い切り打ったことがある」というエピソードを、それこそ「何の脈絡もなく」、
「いきなり」紹介する意味不明さにはクラクラさせられた。

さらに、「軟弱の徒ではないんだ、と見せたかったのかもしれない」で、「そこらへん、実に
芸人らしからぬ先生だった」も、わけがわからないし。「軟弱の徒ではないんだ、と見せた
かった」というのも、どこから出てきたのかという感じだが、たとえ「軟弱の徒」ではないと
示したくて街灯を正拳突きしたのだとしても、それを「実に芸人らしからぬ」と断ずる理由も
よくわからない。唐沢俊一の思う芸人らしさってどういうの、というか。

で、まあ、唐沢俊一は、「生涯、独身を通した」、「よからぬ噂も立てられ」、「軟弱の徒で
はないんだ、と見せたかった」と、「ホモとかオカマ」方面への疑惑をほのめかしているか
のようにみえてしまうのだけど、先に引用した Wikipedia の記述の続きは以下の通り。

http://ja.wikipedia.org/wiki/白山雅一
>しかし、三亀松の浮気に嫉妬した妻・高子が反対に焼き餅を焼かせようと白山を必要
>以上に可愛がったため、三亀松は高子が白山と浮気をしていると勘違いし、三亀松と
>白山は仲違いすることとなる。これは三亀松の贔屓客のヤクザの親分が間に入り誤解
>を解いたため、破門にならずには済んだが、この時、親分の進言によって「子供分」は
>解消し、三亀松から一本立ちすることとなる。しかし、後年は和解することとなるものの、
>この時に三亀松の疑念が晴れることは無く確執は残ったままとなった。一本立ちの後
>は、多くの歌手の巡業にも参加し売れっ子となった。


こういうエピソードがあるのに、同性愛疑惑が噂されるというのは、ありなのかなあ……。

いや唐沢俊一は同性愛とはいってはいない。唐沢俊一といえば同性愛ネタが大好きだと
いう、こちらの先入観がいけないのかもしれない。とはいえ、存在したかどうかも疑わしい
「よからぬ噂」について、これ以上あれこれ考えるのも、唐沢俊一の思わせぶりな“追討”に
のせられ過ぎるのも程があるということになるので、やめにする。

しかし本当に三島由紀夫が好きなんですね唐沢先生
「もっと男色絵を!」という魂の叫びですね、わかります
ほんとうは SF 作家になりたかった唐沢俊一?
「男と女」はダバダバダ、11PM はシャバダバダ
唐沢俊一は栗本薫の夢をみるか
唐沢俊一にとっては『血と薔薇』>>>『少年期ハードスペシャル』か
病み上がりの夜空に
ヤマト×沖田艦長=崖っぷちのリアリティ
せっかく猿から進化したんだからマウンティングへの固執もほどほどにね
サイコさんまたはエキセントリック中年ミドルエイジからの手紙
スモールサークルまたは破壊的カルトからの生還
非モテ中年は時を歪める
悪い妻を持たなくても哲学者になれる
あ、唐沢俊一は市橋容疑者に惚れたな、と読んでいてもわかった。(←ヤケ)
緑のカーネーションがワイルドに愛してやるぜと叫ぶ
男色>> SM >>シュールリアリズム
それとも唐沢俊一にとってはムーアもブロンソンも大スターではない……?
洋服は青山、カッコマンなら六本木
××の数だけ水割りをください
東京で弟と半年間だけいっしょに住んでいたという唐沢俊一


それから、タイトルが「孤高を保った男」なのに、冒頭では唐沢俊一によく電話をかけて
きて、それもいつも長電話になっていたというのにも違和感があった。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/06448000/
>こ‐こう〔‐カウ〕【孤高】
>[名・形動]俗世間から離れて、ひとり自分の志を守ること。また、そのさま。「―を持(じ)
>する」「―な(の)人」


「孤高を保つ、という言葉が最も適した晩年」と唐沢俊一はいうが、昨年 2010 年も客の
前で「意気軒昂」に熱演したりで、「俗世間から離れて」はいなかったのではないか。

http://www16.ocn.ne.jp/~tek/k_poro/shiroyama/shiroyama_.html
> 今尚、意気軒昂! 
> 2010年(平成22年)5月14日、いきいきプラザ(協会後援ホールイベント)で
>「白山雅一健在なり!」
> 25分の出演予定を40分の大熱演!
>「白山さんから元気をもらった」 演芸オールドファン、感激のステージをつとめる。
>若人に告ぐ。
> 人は白山雅一を名人芸と呼び、白山伝説と言う。
> 伝説ではない。平成の御代も22年となったが、名人・白山雅一は今尚、歩み続けて
>いる。
>白山雅一を必見たれ!


唐沢俊一は、「エントリーすれば絶対大賞がとれる筈の芸術祭にも参加していなかったと
いう」から、「孤高を保つ、という言葉が最も適した晩年であったと思う」と書いているのみ。

多分、以下に引用するような話があるから、「孤高を保つ」とか「ダンディズム」とかいうこと
を書いたのではないかと思うが、唐沢俊一の説明のみを読んでいると、そのようなことは
まったくわからない……。

http://blog.goo.ne.jp/osan3/e/364e1f49f99c9a6460941d268871862c
> 『あれっ!? 白山 雅一は、最近見ねえなあ。一体、アイツ、どうしてるんだ?』と
>言われるような形で、世間から消えて行きたいとも言っていた。


http://www.theatrum-mundi.net/geinin/shiroyama.shtml
>■高座がハネる(=終わる)と、馴染みの飲み屋で好物の焼魚を食べるのがお決まり
>のコースだ。そしてわび住まいの家路に就く。その先は取材を断った。「芸人は芸が勝
>負。やたらに私生活を見せるのは野暮」。どんな暮らしをしているのか、謎である。だが
>われわれは知る必要はない。彼の芸を堪能すればいいのだ。「お客さんに『もう年なん
>だからやめなよ』と言われればやめる。まだ聴いてくれるお客さんがいる限り、やる」。



More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1316406818/
-------
330 :無名草子さん:2011/09/21(水) 19:56:24.67
孤高を保った男 【訃報 白山雅一】
http://www.tobunken.com/news/news20110921155020.html

331 :無名草子さん:2011/09/21(水) 20:10:25.83
>>325
2007年当時はまだ、オタク的な知が日本の文化を牽引する、みたいな言い方が
まだ流通していたんだっけか。
(唐沢俊一もまたその一人みたいな感じで)
最近あんまりそういうのも聞かないなあ。

332 :無名草子さん:2011/09/21(水) 20:20:57.16
>>330
わりかしマトモだったので少しびっくり。
不幸な晩年扱いしちゃうと、テンテーが不幸にさせたの周囲の一人になっちゃうもんね。
お世話になったとか書いてあればあるほど、実はそんなに縁は無かったんじゃないの?
と返って思われてしまうから
>その死の状況は悲しいが、白山先生のダンディズムは
>それをよしとされるのではあるまいか。
って書いたんだよね。

テンテー、こざかしいです、やっぱり。


339 :無名草子さん:2011/09/21(水) 21:15:14.02
>洒脱な芸風で一世を風靡した柳家三亀松の弟子。……
>その点では確かに弟子だったのだが、エロ松とまで言われた艶っぽさは全く受けついで
>いなかった。三亀松が草書の芸なら、白山雅一は一画をだにおろそかにしない楷書の芸、
>だった。

何となく比喩が違っているような。
「草書の芸」って、「自由闊達な境地の芸」「自由奔放な味の芸」という意味で、
「崩れた芸」「エロティックな芸」って意味じゃないと思う。

340 :無名草子さん:2011/09/21(水) 21:19:43.27
> 声帯模写と言っても、いま流行りのディフォルメをきかせた模写とは
> 全く違う、オリジナルに限りなく近い模写である。

テンテーの頭の中の物まね芸人って、コロッケや清水アキラより後が存在してないんだろうね。


342 :無名草子さん:2011/09/21(水) 21:23:06.53
>あいつに貸したら
>帰ってこんからな。

貸したお金が自分で出かけて、自分で帰って来るみたいだね。

343 :無名草子さん:2011/09/21(水) 21:26:16.05
>先生はスジを通す人だったのである。

この結論だと、借金の頼み方さえ理にかなっていれば、筋を通して貸してくれる、
みたいに聞こえるんだけど。

ただ借金の断わり方が巧かったというだけの話でしょうに。


345 :無名草子さん:2011/09/21(水) 21:52:36.46
「裏モノ日記」2002年05月16日(木曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20020516000000.html
> 人間国宝・柳家小さん死去。87歳。芸としては好みではなかったものの、
(中略)
>それはそうとその死去を報じたスポニチアネックスの記事の“人情ばなしを
>得意とした”ってのは何だ、と首をひねる。大物落語家が死ねば必ず“人情
>ばなしを得意とした”と書くもの、と思いこんでいたのではないか? すぐ
>その後に“長屋ものや職人ものを得意とした”とも書いてある。落語に対して
>あんまり知識がない記者が書いたのか、それともよほど混乱して書いたのか。
>まあ、他の誰かの訃報記事からのコピペをもとにしたものであろう。

346 :無名草子さん:2011/09/21(水) 21:54:10.66
>生涯、独身を通した人だった。
>なので、いろいろとよからぬ噂も立てられ、非常にそれを気にしておられた。

白山雅一と言われてもおれ知らない。
もしかするとテンテーは、「白山雅一はホモとかオカマ呼ばわりされた」と
言いたいのかと思って調べたけど、ネット上にその手の噂は見つからなかった。

ていうか、「故人が生前気にしていたこと」を、死人に口無しで蒸し返してバラしていいのかね?
生前の御厚誼にそむくことになると思わないんだろうか?
鬼畜らしいと言えば言えなくないけど。

正直、白山雅一と言われても分からない世代の方が多いと思うんだよね。
こういう曰く有り気な「情報」をネット上に書き残してしまうと、
そういう良く分からない人たちがネタ見つけたと思ったら、ろくに確かめもせず、
面白おかしく尾鰭を付けて広げてしまう危険があるのに。

てか、先日も、「京本政樹に関する良くない噂の出どころは唐沢だ」と知ったファンが怒ってる、
という話が出てきた矢先でこれ。
きっとテンテーは唐沢スレもチェックしなくなったんだろうな。
荒らしはこんなに頑張ってるのに。

347 :無名草子さん:2011/09/21(水) 21:57:20.59
>>345
w
>他の誰かの訃報記事からのコピペをもとにしたものであろう。
って、ええええええええ?
何でそう思うのさ~?ってのは、自分がそうだからとカミングアウトしたわけですね。

348 :無名草子さん:2011/09/21(水) 22:05:04.84
>>345,>>347
唖然とした。

テンテーがまだ追討(本人曰く「訃報」)にこだわってるのは、おそらく、
「雑学だったら安易なコピペは著作権に引っ掛かるけど、
 訃報だったらコピペしまくりでもノープロブレム、みんなやってるんだし」
とか考えての事なんだな、と読んで分かった。

-------

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Comment

>とりとりさん
>「大切」にしているはずの本もベランダにブルーシートで平気

ああ、でも、メフィストの帽子だったら大切にしていたと思います。

私もいい加減、妄想電波体質なので、メフィストの帽子をかぶった自分の写真を
自分の本に載せまくりの唐沢俊一の姿、イベントで得意げにメフィストの帽子を
かぶって登場する唐沢俊一の姿が、走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えて
いきますです。

そんな夢をみていたのに、あっさりもっていかれて悔しがる姿の方も……。


>WOO さん
>(あるいはフランク・ザッパ)の食糞伝説

そういうのも、ありましたねえ↓
http://tondemonai2.web.fc2.com/532.html

岡田斗司夫の方は、「遺族からブツ取ってっちゃった奴っていうのは、特撮ファン
ならご存知の京本政樹氏のことである。さすがにこれはヒドいと思うぞ」なのに、
なべやかんの方は「岡田斗司夫が、彼こそはオタクの中のオタクだって喜んで」
ですませているようなのが、わけわかりません。@_@
トンデモない一行知識 |  2011年09月27日(火) 08:40 |  URL |  【コメント編集】

>NNT さん
>美形というのも、男の嫉妬を買ってしまったのかも。

1 ヵ月前の記者会見の画像が、こんな↓だったりしますからねえ。
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20110824/Real_Live_6583.html

これで、1959年 1月 21日生まれで、唐沢俊一の 1958年 5月 22日と 1 年も
違わない――というか学年いっしょです。^^;

http://www.mitsukoshi.co.jp/pc/store/1010/culture/images/09-10/31.jpg
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/54/e2f9aa3bc16c84646598bd19ca89426f.jpg

俳優さんだし別世界の人と思っていれば嫉妬の対象にはなりにくいものだった
のが、特撮オタクというので自分達と同じ or 似た世界の住人と思ったとたん、
嫉妬の対象になってしまったという話かもしれません。

あ、唐沢俊一本人はまた別と思います。もともと森羅万象あらゆるものに嫉妬
する人で、手塚や三島もライバルw ですから。芸能プロとかやっていたせいか、
二枚目俳優は文句なしに激しい嫉妬の対象なのかなと思ったりしています。

>京本コレクションのウルトラマン

これ↓でしょうか。
http://speak.la-cetzna.main.jp/?eid=1172575

そもそも京本コレクションというのが単語的に頭に残っていたせいで、京本政樹は
コレクターという思い込みが強化されたかも (←バカ?)
トンデモない一行知識 |  2011年09月27日(火) 03:16 |  URL |  【コメント編集】

>ミナミさん
うちのブログの記事や、私のコメントについては、引用はもちろん転載も改変しての
仕様もご自由に、です。元記事にリンクをはっていただければ、とてもうれしいです
が、必須ではありません。

# って、Twitter での2ちゃんのスレでも直リン歓迎という方針とあわせて、本当は
# サイトの目立つところに書いておくべきかしらと思う今日この頃。

特撮ファンの人の中には、頑なに悪意をぶつける人も、残念ながら一部存在する
かもしれませんが、軽い気持ちでネタとして話しているだけの人も多いのではない
かと思います。この次にアップするエントリーで言及しようかと思っているのです
が、美形の俳優で、コレクションに行き過ぎたまでの情熱を燃やす特撮オタクという
キャラ設定を面白がるあまりにネタにするけど、京本政樹さんへの悪意はもともと
あまり or ほとんどない人たちとか。そのようなタイプの人は、さらっと指摘すれば
すんなりわかってくれるのではないかと思います。

http://tondemonai2.web.fc2.com/782.html
>92 名前: 名無しより愛をこめて 投稿日: 2001/07/06(金) 12:32
>京本が潮健児の葬式に行って、地獄大使の面を奪って帰ったのは事実だ。

>107 名前: 92 投稿日: 2001/07/06(金) 23:17 色々と賛否両論させてスマソ。
>地獄大使云々の情報ソースは、「サイキック青年団」です。
>北野誠と竹内義和が言ってた事です。

>正直、ガセっぽい話だなぁって思ってたけど、書いた事で
>色々と討論させて本当にスマソ。 撃つだ詩嚢・・・

それと、http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-736.html に引用した
これ↓のように、きちんと訂正のレスをしていた人も少なくないというか、私が見た
過去ログで、「良からぬ噂」を吹聴する側が言いっぱなしというのはあまりないの
ですよね。私も、もし見かけたら、訂正をする側に回りたいと思っています。

>974 : 無名草子さん[] : 2008/12/06(土) 00:16:53
>京本の話は、かなり早い段階で「どうやら唐沢が...」という事を小耳に挟んでいたので
>その話題が知人関係で出る時には否定していたんだが

>105 名前: 94 投稿日: 2001/07/06(金) 21:22
>>>102
>「帽子を渡した遺族」の問題に関してはこれ以上のコメントはやめよう。
>私もあの葬儀には出席した人間で、事情もある程度知ってるので、
>このような表現にしただけ。
>これ以上は潮さんの個人の問題にもなっちゃうから…。
>あなたも潮さんに親しかった人なら、そんなことを全く
>潮さんが言ってなかったとは言い切れないってことは分かるでしょ。
>かなり京本氏とつきあい深かったことは事実だし、
>潮さんは昔の役者さんなんで、自分より売れてる人の前じゃ
>ヘコヘコしちゃうとこもあったしね。
>ちなみに私はこの件で京本氏を弁護する気はないんで、お間違えなく。
>ただ事実の裏付けのとれないことを書いて、
>誹謗中傷と変わらない事態になることはよそう、と言っているだけです。

ファンの方々のご心痛はさぞや……と思いますが、味方も多いと思っていただけ
ましたら……。
トンデモない一行知識 |  2011年09月27日(火) 02:39 |  URL |  【コメント編集】

メフィストの帽子の件、アリス・クーパー(あるいはフランク・ザッパ)の食糞伝説に近いところがあるかもしれません。
ですが京本氏のケースは武勇伝ではなく不名誉な噂でしかありません。
そもそも帽子を貰った話自体、事実かどうかわからない。
噂の大元が唐沢だと断言はできませんが、少なくとも岡田斗司夫は京本氏に直接事実確認をし、事実と違っていたなら謝罪する責任があるでしょう。
噂の出所も明らかにしてほしいものです。
WOO |  2011年09月27日(火) 00:04 |  URL |  【コメント編集】

>少なくとも唐沢氏の所では大事にされなかっただろうというのは断言できますね。
 「大切」にしているはずの本もベランダにブルーシートで平気ですからね
 で、「本を捨てる」でしたっけ。
 荒俣さんの爪のあかでも煎じて飲んで猛省しなさい、と思います、 もう、いらないヒトなんだから。
とりとり |  2011年09月26日(月) 22:26 |  URL |  【コメント編集】

●芸能界の映画関連コレクター

というと、なべやかんさんもそうですが、大村昆の息子さんもブルース・リーコレクターだったりしますね。
そういった芸能関係の人と一般人と比べたら、コネもカネもあってうらやましいという妬みが、
噂を一人歩きさせたのだろうとは思いますが、それにしても、京本さんはお気の毒です。
美形というのも、男の嫉妬を買ってしまったのかも。
まさに、美しさは罪、というか災難。
クリエイター気質といえば、わが家にも京本コレクションのウルトラマンがあったりして(汗、
京本さんに対しては本当にリスペクトしてますんで、コレクター話は何でだろう?と思っていました。

>「死んだらあげるよ」
っていうのは
「そんなに価値があるものじゃないけど、自分が死んだら価値が上がるかもしれないからさ」
って謙遜の言葉だと思うんですけど…、婉曲を言葉通りに捕える唐沢氏っぽい感じがします…。

死者を本当に弔う気持ちがあるなら、それなりの品はそれなりの所に納めるべきで、
少なくとも唐沢氏の所では大事にされなかっただろうというのは断言できますね。
NNT |  2011年09月26日(月) 21:40 |  URL |  【コメント編集】

●ありがとうございます

皆様の書き込みを拝見して、一連の流れがなんとなくわかりました。
とはいえ、管理人さんが仰るように、なぜ京本さんがここまで非難されなければならないか、よく考えれば本当に理不尽な書き込み内容です・・・
色々なマニアの方のお名前が挙がっていますが、「なべやかんさん」もご自身のトークショーで京様を窃盗犯扱いしていたというお話を、特撮ファンの方の日記で見かけました・・・やかんさんも唐沢さん発信の噂をどこかから聞いてお話されたのでしょうね。
これらのお話が皆、唐沢俊一さんの発言が元であれば本当に悲しく、許しがたい行為です・・・もちろん、話を面白がって広める著名人やマニアの方々も許せませんが。
こちらを拝見しまして、潮健児さんについて書き込みをしているのが唐沢さん側の関係者であれば納得です・・・(まさかご本人ではないでしょうが)そう考えると、まるで一方的に京本さんを悪者にして故意に陥れようとしているような内容に見えます。
そういうことがあって以来、京本さんがテレビで特撮を語ることはほとんどなくなってしまいましたし、特撮番組に出ること自体がほとんどなくなってしまいました。ご本人が特撮に拒絶反応を示されているのもわかりますが、もしかしたらこうなることを望んでいたのでしょうか、唐沢先生側の方々は・・・。
今でもことあるごとに京本さんの名前を見つけては、「葬式泥棒」と罵る方がいらっしゃいます。京本さんは芸能人として以前に一人の人間として、無実の罪を着せられて罵られ続けているということになりますよね。本当に悲しくて、悔しくてなりません・・・
また何か情報があったら教えてください・・・他にも唐沢さんの嘘発言の犠牲になられた著名人の方々がいらっしゃる様子?(まとめサイトを拝見しました)悪事を働いた方はそれ相応の報いを受けてほしいと願ってしまいます・・・

最後にお願いになりますが、私は京本さんファンサイドとして、ブログか何かの形でこのことを検証したいと考えています。もしよろしければ、こちらの記事やコメントで教えていただいた内容を、引用させていただくことはできないでしょうか??皆様の冷静な判断を用いて検証すれば、私たちとしては京本さんの名誉を守る最大の手助けとなるのでは、と考えているのです<(_ _)>
ミナミ |  2011年09月26日(月) 05:05 |  URL |  【コメント編集】

まったくおっしゃる通りと思います。形見分けで京本政樹氏が潮健児氏の帽子を
もらったとして――そもそも本当にもらったのかどうかも考えてみればはっきりしない
のですが、まあここはもらったものとして話を進めるとして――それのどこが悪いの
か、さっぱりわからないのですよね。

これを非難する唐沢俊一風味の書き込みは、その無理を通そうとして (?)、まるで
ガキがダダをこねているかのような、しょうもないものになっています。

http://mimizun.com/log/2ch/sfx/959152806/
>23 名前: 21に補足。 投稿日: 2000/05/27(土) 19:45
>特撮系俳優とは、潮 健児氏。超レアもの衣装はメフィストの帽子ですね。

>スカルソルジャーで共演したときにねだり、「死んだらあげるよ」みたいな
>ことをいわれたらしいが、要はあげたくないという意味だったのでしょう。
>恐らく関係者がご遺族から聞いたのだろうから信憑性は高いと思う。
>岡田氏が活字にする以前から聞いています。

>死ぬの待ってたんだね、彼は。

(これ↑はhttp://logsoku.com/thread/live23.2ch.net/livecx/1261888168/1-100
に、2009 年 12 月の時点でのコピペもあり、その執念深さがキモいとしか……)

http://tondemonai2.web.fc2.com/782.html にしか残っていない分には:

>102 名前: 名無しより愛をこめて 投稿日: 2001/07/06(金) 20:16
>形見分けなんかじゃなく、メフィストの帽子を持っていったのは事実。
>もっとも本人は「形見わけだ」と主張するだろうが、生前帽子を頂戴する
>約束なんかしていなかったぞ! 潮さんの遺体が安置されてる場所で
>帽子を持ち去ったという、卑劣極まりない火事場泥棒です。
>>>94のいう、「帽子を渡した遺族」って誰のこっちゃ!?
>潮さんにお弟子さんは大勢いても、親族はほとんどいなかった。

>106 名前: 102 投稿日: 2001/07/06(金) 22:08
>>>102
>まぁね、潮さんは晩年滑舌が悪くなって言語は不明瞭だったから
>ハッキリNO!とは言っていないだろう。ただ俺が無性に腹が立つのは
>京本がそれをいいことに「譲ってもらった」と公言している点だ。
>まさに死人にくちなし。
>「地獄大使の衣装や被り物を持っていった」というのは、確かに根も葉もない
>噂話が独り歩きした事だが、潮さんが何十年も大事にしたメフィストの帽子を、
>他界した直後に何食わぬ顔で持っていった件は本当に許せんよ!

他のこの手の書き込みを見ても、奇妙なことに、遺族に返すべきとかいう視点は
すっぽり抜け落ちているので、何を怒っているのかわかりません。唐沢俊一 -
岡田斗司夫の語る盗みも辞さないオタク系コレクターが、出し抜かれたと理不尽な
怒りを燃やしているようにしか私にはみえません。

http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20110529/1306641849 より
>唐沢 昔そんな話ばっかりだったもん。セルだの、ぬいぐるみだの、コレクターの
>持っているものって、みんな盗品ばかり。それで、あらぬ非難を受けたことがあり
>ましてね。某なべやかんさんの家に岡田斗司夫が行ったとき、「これはどこそこ
>から取ってきたんです。これはどこそこから取ってきたんです」っていうのを聞い
>て岡田斗司夫が、彼こそはオタクの中のオタクだって喜んで書いた文章がある
>んですが、今のオタクの人たちは潔癖症な人が多いらしくて、それを読んだある
>人が、「某なべやかんさんの行為は窃盗である」と。

>志水 ま、そうだわな。

>唐沢 それを「糾弾するならともかく、すごいと褒めるとは何事だ」と(笑)。こいつ
>らは『ルパン三世』見て、ドロボウを称賛する話を作るとは何事だ、と怒るのかな
>と思った。確かにその通り、窃盗は悪い行為なんだけど、あそこにあるもののほ
>とんどは、彼が盗んでおかなければ、捨てられてこの世に残らなかったものなん
>ですよね。

気の毒な京本政樹氏は、アクター兼オタクコレクターと見なされたことにより、
一部のタチの悪いオタクコレクターにある意味仲間と思われ、うまくやりやがって
ズルいと非難され続けてきたように思われます。ご本人は、そもそもコレクター
ではないとおっしゃっていますし (これは今回調べるまでしりませんでした)、
根っから、クリエーター側に属する人のようですのに。

http://speak.la-cetzna.main.jp/?eid=1147088
>そうなのだっ!!ボクは今でこそ時に、元祖オタク的な代表と言われたり。。。
>フィギュア集めをしている芸能人代表と言われたり。
>ウルトラマン、仮面ライダー好きの典型の芸能人の様に、一部で言われるが。。
>実は。。。殆ど、、、当時は。。観ていない。 ←かなりの爆弾発言だがっ??
>ホントだから仕方がないっ(爆)
〈略〉
>仮面ライダーに関しては、放送が始まった当時。。ボクは中学生であったは。。
>(汗)開始当時は視聴率(当初、ひと桁前後??)は悪い、かなり暗い作風で
>あったはで。。
>ボクはと言えば。。森田健作さん、青春スター←(あれ?これって死語?)に夢中
>になっており。。
>寝ても覚めても剣道一筋であったのだっ。
>よって。。
>観ていないっ(爆)←ついでに言っておくが。。フィギュア収集やコレクターの趣味
>もないっ。
>美大出身のボクの事、制作プロデュース活動や監修活動には精力的に力も注ぐ
>し。。アイデアも出す。。。そう言った意味では生み出す事が大好き?と言える
>が。。(微笑)。。。(正味、デザインや造型。特撮、CGそのものに大変興味があ
>るのだっ。それらを考え付いた人、生み出した人、作り出した人の発想そのもの
>を大変尊敬している)←ホントにスゴイと思う。それらの発想や技術、アイデア
>は。。今や。。特撮ものに限らず。。時代劇、現代劇問わず大事な技術となって
>いるではないかっ。。。
トンデモない一行知識 |  2011年09月25日(日) 21:00 |  URL |  【コメント編集】

●形見分け

子供や配偶者などの直近の遺族がいても、亡くなった方の遺品整理は、
価値が有る物でも無い物でも処分に困るというのに、
潮さんは奥様もお子さんもいらっしゃられなかったわけですし、
もらってくれる人がいたら
「大切にして下さいね」
で良いと思うのに。
訃報追討に夢中な方だけあると思いました。
NNT |  2011年09月24日(土) 21:50 |  URL |  【コメント編集】

●この件って血管ちぎれそうになったりする

>discussao さん

情報ありがとうございます。(_ _)

以下の過去スレのやり取りにも出てきて、2000 年の時点では、こんなことを
言い出す人もいたということがわかりますね。

http://unkar.org/r/books/1229176354/931-1001
>936 :無名草子さん:2008/12/21(日) 12:05:03
>>>935 続き

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1229176354/l50
>-------
>25 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/05/28(日) 02:58
>潮健司氏の所属していたプロダクションの代表が
>唐沢俊一氏で、葬儀も唐沢氏が仕切ったそうだから
>(唐沢氏のホームページより)
>たぶん岡田氏は唐沢氏から聞いたのではないでしょうか。
>とすればほとんど当事者の証言だからこれは事実である可能性
>はすごく高いと思う。
>マニア、とか特撮、とかいう要素を抜きにしても
>故人のかたみを他人が強奪していくなんてちょっと
>酷すぎる話です。

今の目で見ると、
×これは事実である可能性はすごく高いと思う
○これは事実である可能性はあまりないと思う

ですが。

故人 (潮健児さん) が書いた著作を唐沢俊一編著として出すのは「酷すぎる話」
ではなくて、生前約束していたものを形見分けしてもらうことは「強奪していくなんて
ちょっと酷すぎる話」とする、唐沢俊一風味の書き込みには、あきれるばかりです。
トンデモない一行知識 |  2011年09月24日(土) 16:41 |  URL |  【コメント編集】

>ハヤタ隊員さん

>「戦後に売れた芸人の第一号」

そうですね……「目くじら」をたてたくなった理由をつらつら考えてみるに、
「戦後に売れた」って、戦前には売れていない芸人だったといいたいのか――という
気持ちもありました。これは、書き手が“追討”の唐沢俊一だという先入観をもって
読んでしまったしかもしれません。

http://www.radio-cafe.co.jp/voice/cat49/
>志ん生は戦前極貧生活を送った。貧乏だったのは売れていなかったからだ。
>その志ん生が戦後売れに売れた。

それをおいておいても、「第一号」というには特に、戦前はどうだったかの定義が
からんでくると思います。戦前には売れていなかったという条件を一切なしとする
ならば、白山の大ブレイクより前の時期に、大人気を博していた芸人さんは何人も
いたわけですから。

http://n.xxad.net/watch/sm7942326
>「戦争・戦後を少しだけ知る」シリーズ第四弾は、敗戦直後の昭和20年の秋に
>作られた日本映画です。作品のほとんどが、焦土と化した直後の東京・渋谷で
>のロケで、当時の風景・生活がよく分かります。また、エンタツ・アチャコ、石田
>一松、古川ロッパ、高瀬実乗と言った人たちの伝説的な芸も見られる貴重な作
>品です。

庶民が娯楽に飢えていた一方、演じる場所も不足し、少なからぬ芸人さんが
戦死して帰らぬ人になったり、混沌とした状況ではあったでしょうから、「第一号」
というからには、そのへんの詳細をおさえたうえでの考察であってほしいという
気持ちもあります。ないものねだりかもしれませんが。

http://www.senjujuku.com/jouhou/eigakan.html
>明治の頃雑劇の劇場だった大川亭は後に改築され対象の初め頃千住会館と
>改名されました。長いこと寄席として知られ各種の演劇も行われ、終戦直後には
>都心部の寄席が焼失したため一流の芸人がここで興行したこともありました。

だから、もしも立川談志の言葉なら、まだ「ははーっ」と平伏して素直にうなずくと
いうのはアリと思いますが、唐沢俊一の、出典抜きでの「と言われています」だと、
やっぱり、ちょっと……です……。

それに立川談志の方は「戦後、最初に売れた大スター。雲の上の人でした」 だ
そうなので、誰の言葉かを抜きにしても、そもそもの印象からして少し違いますし。
こちらなら、「終戦直後にいち早く大ブレイクした芸人」といいたいのだなとわかり
ます。

>声帯模写は(やる人もいるでしょうが)あんまり一般的ではないと思います。

うーん、こちらについては、正直いって、何をおっしゃりたいのかちょっとわかりかね
ます。

コロッケとか出る物真似歌番組が流行る前、声帯模写の芸人さんが活躍する
主要な場所のひとつが寄席ではなかったのでしょうか。テレビの寄席番組でも
よくみかけた覚えがあります。いや、ここらへん、私が寄席の色物 (落語以外) を
すべていっしょくたにしているからかもしれませんが……。時代はぐんと下がり
ますが、私にとってはウクレレ漫談の牧伸二のイメージも強いですし。


以下、ごめんなさい我慢できなかったので (_ _); あまり関係ない話。

余談 1:
コロッケが物真似歌番組に出始めの頃、口パクでやっていて、司会が「音声は
声帯模写でやっています」と説明していたのには、子ども心に、「違うだろ」と
テレビの前で突っ込みをいれた覚えが。

余談 2:
http://8130.teacup.com/tact/bbs/?
パンダ猫「みーこ」が、可愛い、さわりたい。

トンデモない一行知識 |  2011年09月24日(土) 16:21 |  URL |  【コメント編集】

●岡田斗司夫流れの「噂」の伝播

岡田斗司夫『オタクの迷い道』<44.禁断のコレクター道>(’99)

>特撮系俳優のお通夜に乗り込んで、「生前、譲ると約束した」と言い張って、超レアもの衣裳を遺族の前から持っていく、という猛者までいるらしい。

同書文庫化時追記(’03)

>文中でボカしたけど、遺族からブツ取ってっちゃった奴っていうのは、特撮ファンならご存知の京本政樹氏のことである。さすがにこれはヒドいと思うぞ。
discussao |  2011年09月23日(金) 23:09 |  URL |  【コメント編集】

「戦後に売れた芸人の第一号」というのは、
「たけしの誰でもピカソ!」に出演したときの立川談志の言葉のようです。
http://8130.teacup.com/tact/bbs/1080

戦前にデビューしてるといっても、初舞台から1年で出征してますし、
復員してから半年でNHKラジオに出演して人気を得るというのは、
師匠が人気芸人といっても、なかなか難しいことだと思いますので、
「戦後に売れた芸人の第一号と言われている。」というのは、
「第一号」が事実かどうかは分からないにせよ、
目くじらを立てるほどではないかなと思います。

Wikiの「三亀松の弟子ということが知られていた」というのは、
芸人であることと、三亀松の弟子であることが知られていただけで、
芸人として人気があったということではないでしょう。

あと、寄席の音曲という芸ですが、
三味線を弾きながら、都都逸や小唄を歌ったりする芸なんで、
声帯模写は(やる人もいるでしょうが)あんまり一般的ではないと思います。

唐沢を擁護するわけではありませんが、ちょっと気になったもので。

追悼の文章は、白山氏の芸についての記述が浅いのが不満です。
たぶん唐沢は、芸人としての白山氏にはほとんど興味がなかったんじゃないかな。
そもそも、灰田勝彦、東海林太郎、藤山一郎といった歌手への興味が無いでしょうし。
ハヤタ隊員 |  2011年09月23日(金) 16:20 |  URL |  【コメント編集】

(続き)
コメント欄では URL 数に限りがあるので前コメントにはいれられませんでしたが、
http://tondemonai2.web.fc2.com/843.html
というのもあります。
「良からぬ噂」については、『噂の眞層』に何か書かれていたのではないか、
書かれていたとしたら唐沢俊一が関係しているのではないかと思って、当時
探してみたのですが、『噂の眞層』の記事検索からは見つけることはできません
でした。

なお、京本さんが唐沢俊一と直接交流があったのは、1992 年から、せいぜい
1993 年くらいまでのことと思われます。
( http://tondemonai2.web.fc2.com/813.html も、あわせて参照してみていただ
ければ、と)。


で、ネット上では、最近は好意的に語られるようになったのではないでしょうか。

http://cgi.2chan.net/g/res/584150.htm
>無題 Name 名無し 11/09/20(火)18:56:57 IP:118.22.*(ocn.ne.jp) No.584253 del
>おいら
>円谷のぼるさんから「京本君は円谷プロの社員みたいなものだから、社員旅行
>も一緒に行ったんだよ」って
>聞いた事ありますw
>京本さんの悪評の少なくとも一部は唐沢の兄さんが流したんじゃないかって
>おいらは今でも疑ってます

>無題 Name 名無し 11/09/20(火)21:34:03 IP:*(255ba98e.docomo.ne.jp) No.584311 del
>>いろんな意味で公私混同が酷かった
>>プロップや衣装を保管を理由にほぼ私物化しちゃったりとか
>>悪い噂はそういった行動や天狗になった態度に原因があると思う
>>役者として好きなんですけどね
>山田まりやさんがSF大会か何かのスピーチでダイナ出演時の制服は着て来な
>いのかと問われて
>「制服は京本さんが僕が保管する事になってるからと言って持って行きました」
>と言って笑いを取っていましたが
>たぶん業界の中では京本さんの行為は愛されている部分もあるのだと思う …

>無題 Name 名無し 11/09/20(火)21:38:53 IP:210.232.*(cilas.net) No.584313 del
>>京本さんの悪評の少なくとも一部は唐沢の兄さんが流したんじゃないかって
>>おいらは今でも疑ってます 僕もそう思ってます
>唐沢(兄)と京本さんって、ヲタクとしての方向性が真逆なんだと思う
>>たぶん業界の中では京本さんの行為は愛されている部分もあるのだと思う
>なんとなくわかる気がする

ただ、上の引用で語られているようなレベルでも、京本さんご本人としては、
不本意かもしれません……。

http://speak.la-cetzna.main.jp/?eid=1147088
>だがっ。。ボクの本当の趣味と言えば。。クルマやバイク。そして音楽だっ(爆)と
>言う訳で。。
>ボクは、世の中の一部の人にだが?かなり!間違った認識をされている。(汗)

>撮影所から小道具を勝手に京本は持って帰るだの?
>どこそこから。。盗んだだの?そんなくだらない話は。。
>一部の、たちの悪い人たちが勝手に作り上げた幻想だっ。ヨタ話だっ←ホントに
>そんな事実があったらとっくの昔にボクは逮捕されている。(爆)
>←ああっ!ちょっとスッキリしたっ(爆だっ)←世の中の特撮ファンの方々を否定
>している訳ではない。好きなものは好き!いいじゃないかっ!素晴らしい事だと
>思う。
>が、好きが故。。一部の行き過ぎた心ない人たち。。。
>ホント、この手の話を耳にする度に、ボクは、うんざりし続けて来たのだっ!
>よって。。ボクはこの手の話を。。ここ数年の間、自ら封印し、避けて来たのが、、、
>今日までの事実なのだっ。←言いたいヤツは勝手に何でも言ってろっ!
>(ホントにくだらないっ!それこそ爆だっ!)
トンデモない一行知識 |  2011年09月23日(金) 00:28 |  URL |  【コメント編集】

>ミナミさん
はじめまして (_ _)

唐沢俊一という人はライターで、2007 年 6 月に『新・UFO入門 日本人は、なぜ
UFOを見なくなったのか』という本を出し、その本の中に一般人のブログからの
ほぼ丸ごとコピペが 8 ページ分含まれていたことから、一部で有名な人となりま
した。

その盗作騒動開始から、2 ヵ月経たない頃に、2ちゃんねるに以下のような書き
込みがあることから、「良からぬ噂」の発信源は唐沢俊一ではないかと思っていた
人は、前々からいたと思われます。

http://www13.atwiki.jp/tondemo/pages/26.html
>509 名前: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 投稿日: 2007/07/29(日) 08:09:59
〈略〉
>京本正樹
>唐沢は潮健児(仮面ライダーの地獄大使などを演じた名優)の代理人的な仕事
>をしていた時期がある
>潮氏の葬儀に京本が来た際に故人との約束として形見の品を貰って行った
>その事をエッセイやトークショーなどで大きく誇張して語るうちに「京本は葬式泥
>棒」という都市伝説が出来上がる
>もちろん京本は作家や文化人の類ではないので反論は出来ず

それから 1 年ちょっと後に、当時 AOL にあったうちのブログにコメントを書いて
くださった方がいて、私などはそのときはじめて、あ、「2ちゃんではかなり広まって
いる話」なのかと認識しました。
http://tondemonai2.web.fc2.com/776.html

それを切っ掛けに、2ちゃんねるのスレなどネット上の書き込みを拾ったり、潮健児
著『星を喰った男』という本などからの記述を照合したりはしました。自分のできる
ことは、それくらいなので……。

http://tondemonai2.web.fc2.com/782.html
http://tondemonai2.web.fc2.com/799.html

うーん、しかし、何かごちゃごちゃして読みにくいかも、ですね。すみません。
京本正樹さんを主にして、関連情報をまとめ直した方がよさそうな気がしてきました。
トンデモない一行知識 |  2011年09月23日(金) 00:00 |  URL |  【コメント編集】

●はじめまして

私は京本政樹さんの長年のファンをやっている者です。
検索していて偶然こちらのサイトにたどり着いたのですが、「唐沢俊一さん」?という方は一体何者なのですか?
京本さんが良からぬ噂(特撮番組関係の話でしょうか?)を立てられているというのは、もう10年くらい前から耳にしたり、2ちゃんねるなどに必ずそのような書き込みがあるので、存じておりましたが、情弱なのでファンの方が今も怒っているという話は初めて知りました…
京本さんの噂を耳にするとともに、いつしかご本人からも「あらぬことを言う人間には言わせておけばいい」とか「色々言われるので特撮番組に出ることは控えていた」とかそういう発言が出るようになったのは目の当たりにしておりました。でもどなたに言われたとは仰ったことがないので、唐沢俊一さんという方の存在は初めて知りました。
ファンの方が怒っているということは、唐沢さんという方の何かそのような矛盾した発言の経緯があるのでしょうか?
もし詳しくご存知でしたら簡単にでも結構なので教えていただけないでしょうか?突然お願いをしてしまい申し訳ありません…。京本さんがそのような関係の中傷を大勢の特撮ファンの方々から受け、非常にお辛い目に遭い続けているのは長年に渡り見聞きしておりますので、唐沢俊一さんと京本さんの間で何があったのかもし何かご存知であれば教えていただきたいのです…
ミナミ |  2011年09月22日(木) 07:54 |  URL |  【コメント編集】

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