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2011.08.27 (Sat)

「無我の境地」というのは「テニスの王子様」にもあったけど

http://www.tobunken.com/news/news20110825111905.html

イベント
2011年8月25日投稿
重荷を背負っていた男 【訃報 竹脇無我】
〈略〉
その“無我”が芸名でなく本名である、と知ったときはちょっと驚いた。
父親の竹脇昌作は戦前から戦後にかけ独特の節回しのナレーションで人気の
あった人で、立川談志や私の伯父などの世代の芸人なら、この人の口調の
物真似がスラスラできるほどだった。あまりの人気と忙しさで神経をすり減らし、
鬱病になって昭和34年、自殺している。竹脇無我は、この父親の享年(49歳)を
自分が越えられないのではないか、という強迫神経症にさいなまれていたという。

あるとき、快楽亭ブラックの飲み会で会った人(お医者さんだったか)と
雑談していたら竹脇無我の鬱病の話が出て、その人は
「あれは親父の昌作の気質の遺伝ですよ、子供の名前を見ればわかる、無我
ってのは本名ですよ、正常な神経で実の子に無我なんてつけやしません」
と言っていた。ま、聖書から取った名前ではあるようだが。
〈略〉
やはり、この人には『だいこんの花』(70年~)のように、子供のような父親を
脇から優しく見守る役とか、『大岡越前』(70年~)の榊原伊織のように、医術という
専門分野から主人公を補佐するとか、そういう役が似合っていたように思う。
〈略〉
『関ヶ原』では、越前こと加藤剛とも共演。竹脇の演じた細川忠興は、
文武に優れた名将ながら貴種出身のどこか病的なエキセントリックな
性格で、妻のガラシャ(栗原小巻)を決して男性の目に触れさせず、
庭師の老人であっても会話した者は即座に斬り捨てる、という
異常性格者であった。さらには、石田三成(加藤)が決起するにあたり
他の大名たちが夫人を人質にとられぬためひそかに伏見を脱出させて
いるのに、それによって
「美しい玉子(ガラシャ)を人目にさらしとうない!」
と、惑乱し、腹心の家来に 「そのときは、殺せ」
と命じる(当然、その家来も死ぬことになるのだが)。
そして、その後で、悲しげに
「弔いはキリシタンで出してやろう。それだけは、何があろうと……」
と、いかにも優しい夫の決心のようにつぶやくのである。
自分の異常性格がなければ死ななくてもすむはずなのに。そして、
ドラマもそのことに関しては、一切忠興を責めたりしていない。
合理的解釈を持ち味とする原作者・司馬遼太郎も、この行動には
サジを投げたということか。別に忠興は人格破綻者ではなく、
この一点においてのみ、常軌を逸してマニアックなのである。

こういう人格の人物を演じて、竹脇無我の、クールな外見にどこか
精神的もろさを伺わせるようなキャラクターはどんぴしゃりであった。
本人自身、実生活では40歳近くなって年齢差のある女性に大恋愛をして妻も
子も投げ捨てて出奔するようなそんな性格であったわけで、『だいこんの
花』で定着した、善良な孝行息子の役はかなり重荷になっていたに
違いない。ダークな部分も演じられる性格俳優として、もっと活躍して
ほしかったのだけれども、そんな役柄をやっていたら、もっと早くに
鬱が発症してしまっただろうか。


「父親の竹脇昌作は〈略〉人気のあった人」、(父親は) 「鬱病になって昭和34年、自殺」、
「竹脇無我は、この父親の享年(49歳)を自分が越えられないのではないか、という強迫
神経症にさいなまれていたという」、そして『だいこんの花』に『大岡越前』というあたりは、
普通に訃報記事からとったとして。

http://www.news-postseven.com/archives/20110826_29321.html
> 竹脇さんは、戦時中の1944年、疎開先の千葉・我孫子で生まれた。父親は“マダム
>キラー”といわれた名アナウンサーの竹脇昌作さん。竹脇さんは、1960年に俳優デ
>ビュー後、『岸辺のアルバム』(TBS系)や『だいこんの花』(テレビ朝日系)といったホー
>ムドラマに出演。森繁久彌さんの息子役を好演するなど、さわやかな二枚目俳優として
>一世を風靡した。『大岡越前』(TBS系)では、天下の名医・榊原伊織役を演じ、彼に憧
>れ医者になる人もいたという。
> しかし、プライベートでは決して幸せとはいえなかった。高校1年生のときに、父親の
>昌作さんが49才の若さで自殺。原因はノイローゼとみられている。あまりのショックに、
>竹脇さんは「自分も49才で死ぬのでは」と強迫観念にとらわれるようになってしまったと
>いう。


そして、竹脇昌作が「あまりの人気と忙しさで神経をすり減らし、鬱病になって昭和34
年、自殺」というのは、Wikipedia にも書かれていることだとして。

http://ja.wikipedia.org/wiki/竹脇昌作
>竹脇 昌作(たけわき しょうさく、1910年9月5日 - 1959年11月9日 )はNHKの元アナウ
>ンサー。
〈略〉
>しかし、多忙の毎日と生放送という重圧が彼の精神を蝕み、年をとってからの自分の仕
>事への不安や家族の将来などで神経衰弱的な状態に陥り、1959年3月の皇太子ご成
>婚放送を最後に東京ダイヤルを降板するが、それが終わった時には一切の気力が失
>せていたという。精神科医の斎藤茂太の病院へ入院し、ノイローゼ及び不眠症と高血
>圧症の治療を始めた(実際は重度のうつ病だと言われる)。


わからないのは、飲み会であった人間のいったという「あれは親父の昌作の気質の遺伝
ですよ、子供の名前を見ればわかる、無我ってのは本名ですよ、正常な神経で実の子に
無我なんてつけやしません」に「聖書から取った名前ではあるようだが」が、どこからどう
でてきたのか……ということである。

他人の言葉の紹介というかたちとはいえ、「正常な神経で実の子に無我なんてつけやし
ません」なんて、正常な神経の持ち主はなかなか書けないような気がしてたまらないの
だけれど。下の Wikipedia の「母の反対で『無我』という名前になった」のが正しいとした
ら、何の医者だか、そもそも医者かどうかもわからない者は、父母ともに「正常な神経」
でなかったと非難していることに……。

今回唐沢俊一は、Wikipedia の竹脇無我の項目のチェックさえもサボっていたのかとも
思う。ついでにいえば、プロレスネタの方も思い切りスルーだし。

http://ja.wikipedia.org/wiki/竹脇無我
>元NHKアナウンサー・ニュース映画解説者の竹脇昌作の三男として生まれる。最初は
>「宇宙」という名前を父からつけられる予定であったが母の反対で「無我」という名前に
>なった。青山学院大学法学部卒業。
〈略〉
>・1995年、当時新日本プロレス(現・ドラディション)所属の藤波辰爾は「プロレスの原点
> 回帰」の理想を掲げ、「無我」という興行を立ち上げた。翌年、みちのくプロレスのザ・
> グレート・サスケはこれに対抗し、10月、両国国技館で「竹脇」なる興行を行った。当
> 時のサスケはそれらしい説明をしていたが、当然、竹脇無我に由来する興行名であ
> る[10]。


いや、それより何より、どうして「無我」というのは、「正常な神経で実の子に〈略〉つけや
しません」の名前なのかが、さっぱりわからない。まあ、以前名前ネタをやったとき (ここ
を参照)、名前に対する許容の幅が狭い人も世の中には多いものだとは思ったけれど、
今回の唐沢俊一のように「無我」を貶しているのは、以下に引用する2ちゃんねるのスレ
での約一名くらいのものだった (それでも唐沢俊一ほど酷い書き方はしていない)。

http://blog.livedoor.jp/namepower/archives/2991816.html
>146 :名無しさん@12周年[sage]:2011/08/22(月) 16:30:42.84 ID:nm76fEyb0
>竹脇無我ってどういう意味だっけ?

>148 :名無しさん@12周年:2011/08/22(月) 16:32:17.30 ID:WCEYqNyz0
> >>146
>ニュース映画解説者の竹脇昌作の三男として生まれる。
>最初は「宇宙」という名前を父からつけられる予定であったが母の反対で「無我」という
>名前になった。

>192 :名無しさん@12周年[sage]:2011/08/22(月) 16:52:18.55 ID:B/YfR3yZ0
>無我って本名だったんだ、、、
>亡くなった方に失礼かもしれないが、こんな名前を付けられたら
>鬱になってもおかしくない気がする

>200 :名無しさん@12周年[sage]:2011/08/22(月) 16:58:11.76 ID:+rwO1DZr0
>>>192
>そうかな、良い名前だと思うけど
>無我の境地からつけられたと思うが
>子供がいたら付けたかった


個人的には、「良い名前だと思うけど」に、「無我の境地からつけられたと思う」に同意。
というか、特に他の説明とかがなければ、「無我の境地」を連想するのが普通と思われる
のに、唐沢俊一のいう「聖書から取った名前」という説は、いったいどこからきたものか。
竹脇昌作が青山学院大卒だからか、長男同様彼もクリスチャンという話でもあったのか。

http://www.ntv.co.jp/shitteru/next_oa/020210.html
>失明し、光を失った義果氏は失意の日々を経て、クリスチャンとなり、50歳を過ぎてブ
>ラインドセーリング(視覚障害者のヨット操船)を開始。「視覚障害者セーリング協会」を
>創設することに。



それから、唐沢俊一のいう「40歳近くなって年齢差のある女性に大恋愛をして妻も子も
投げ捨てて出奔するようなそんな性格であったわけで、『だいこんの花』で定着した、善良
な孝行息子の役はかなり重荷になっていたに違いない」というのも、わけがわからない。

竹脇無我といえば、『岸辺のアルバム』で生真面目な主婦の不倫相手をやった人という
印象だって強いんだけど……。で、『岸辺のアルバム』は、訃報記事に必ずといってよい
くらいにあげられているんだけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/岸辺のアルバム
>主演の八千草薫は家族に隠れて竹脇無我と不倫する主婦を演じ、それまでの良妻賢
>母的なイメージを打ち破り、新たな役どころを開拓。テレビ大賞主演女優賞を受賞。


それがなかったとしても、「善良な孝行息子」というキャラを押しつけられていた人では
到底なかったと思えるし。

http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20110826/Gendai_000153065.html
> だが、70年代から80年代の竹脇の全盛期は名うてのプレーボーイで、別名“火宅の
>人”として有名だった。結婚したのは70年。相手は青山学院大のヨット部の後輩の雅
>美さん。子供は長女と次女の2人。浮気相手は銀座のクラブママ、スッチーに始まり、
>不倫スキャンダルとして騒がれたのが80年代半ばからの十朱幸代と、元宝塚スターの
>安奈淳との関係だ。正式な離婚は97年1月で、世田谷の豪邸は雅美夫人に明け渡し
>た。この頃はうつ病を患って、心身ともに疲弊していた時期でもある。
> そんな竹脇だが、最近は東京・大田区内の30坪ほどの中古住宅に“内縁の女性”と
>同居していた。


重荷だったとしたら、善良とか孝行とかの方ではなく、クールな二枚目、金持ちでインテリ
のエリートといったイメージの方だろう。

http://www.utu-net.com/conquest/takewaki.html
> 甘いマスクと知的でやさしい眼差し…。そんなルックスからかお金持ちの医者やエ
>リート弁護士という役が多かったという竹脇さん。「別にいやではなかったけど、そういう
>イメージばかりだと困るって当時のプロデューサーには言ってたんだ。でも、あえてそう
>いう役ばっかりやらされた(笑)。それに若いころの写真を見ると不思議とそういう役が
>似合ってて、画面に映るとそういうイメージに見える。でも、本当の僕は違ってたんだけ
>どね。」


で、今回の唐沢俊一の文章を読み返してみると、「クール」 (ただし「沈鬱」とセット) とか
「インテリ」の文字はあっても、「二枚目」とか「ハンサム」とかいう記述がないのにも少し
驚いた。二枚目俳優に対する敵愾心みたいなものがほの見えるのは、池部良の“追討”
のとき (ここを参照) とパターンが似ているかもしれない。


ええと、それから、これは単に自分が無知なだけかもしれないけど、竹脇無我が「出奔」
したことってあったっけ。唐沢俊一のいう「年齢差のある女性に大恋愛をして妻も子も投げ
捨てて出奔」って、失踪して行方不明になったという話のように思えるのだけど。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=出奔&stype=0&dtype=0
>しゅっ‐ぽん【出奔】
>[名](スル)
>1 逃げだして行方をくらますこと。逐電(ちくでん)。「親に逆らって郷里を―する」
>2 江戸時代、徒士(かち)以上の武士の失踪(しっそう)をいう。


その他参考 URL:
- http://2chtopic.livedoor.biz/archives/1373121.html

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Comment

なるほど、お父様の意向が強く反映された命名かもしれないのですね<無我。

うーん、しかし、名前の由来それ自体については、今後もはっきりした話はなかなか
出てこないかも……とも思いました。興味をもって質問した人も多いと思われるのに
ズバリという答が本人から語られていないようなのは。

それにしても、もしも無我が宇宙だったら、ご本人の俳優生活が変わってきていたか
なあ……ともちょっと思いました。無我だと時代劇にもあう感じですが、宇宙だったら
もっと SF や特撮のお仕事が増えたかもと妄想したり。^^;
トンデモない一行知識 |  2011年08月30日(火) 08:48 |  URL |  【コメント編集】

本日発売の『週刊現代』九月十日号(講談社)に“「当時は女が3人いました」死の1ヵ月前 竹脇無我 大いに語る”と題し、本人の最後の講演(長野県箕輪町で行われたトークショー)での発言が掲載されています。
「無我」という名の直接の由来について語っているわけではないのですが、ウィキペディアに書かれているのと微妙に違っているので、参考までに同号54ページから以下に引用してみます。

よく「本名ですか?」ときかれるんだけど、生まれた時から「無我」です。生まれる前、父(NHKのアナウンサーだった竹脇昌作氏)が「名は宇宙にしとけ」と言い残して出征し、生まれた直後に帰ってきて、「やっぱり無我だ」って。親友の松山英太郎には「お前は逆だ。有我(自分のことばっかり)だ」とからかわれてた。
WOO |  2011年08月29日(月) 23:28 |  URL |  【コメント編集】

聖書それ自体の言葉やエピソードに「無我」というのはないと思います。
「聖書から取った」といわれても、ではどこにどう書かれているというのだろうと、
首をひねって書いたのが、このエントリーの本文でした。

仏教用語がかっているとはいえ、クリスチャンが「無我」とつけても、日本の場合は
そう不自然でもないかなと思っています。伊藤証信の無我愛、無我苑のように
仏教と融合しつつ、キリスト教の教えや西洋哲学が浸透したのが明治以降の
日本ではないかと思いますため。まあ日本以外でも、仏教は異教というより哲学
だから OK という受け入れ方をするクリスチャンな外人さんもいるようですし。

http://kotobank.jp/word/河上肇
http://www.city.hekinan.aichi.jp/MUGAEN/itosyosintop.htm
http://www.geocities.co.jp/noboish/case/hutuh-1/kawakami.htm

弟さんの「真理」というのも、聖書にも出てきますが、聖書やキリスト教に限定され
ない西洋哲学一般で頻出する言葉でもありますし、キリスト教の信仰はベースに
もちつつ、哲学っぽい名前をつけた……とか。
トンデモない一行知識 |  2011年08月28日(日) 10:22 |  URL |  【コメント編集】

こんなの見つけました。
ttp://blog.chiisana.org/?eid=1407982
WOO |  2011年08月28日(日) 01:48 |  URL |  【コメント編集】

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