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2011.08.27 (Sat)

ジミー・サングスターのフランケンシュタインは唐沢俊一の「ニーズに応えた」のか

http://www.tobunken.com/news/news20110826172442.html

イベント
2011年8月26日投稿
ニーズに応えた男 【訃報 ジミー・サングスター】
〈略〉
しかし、そんな批評は、制作者出身であるサングスターには
ラチもない雑音にしかすぎなかったろう。ホラー映画に足を運ぶ
一般大衆の大部分は、そんな正確さや原典への忠実度をはかりに
映画館に足を運ぶのではない。牙をむいたドラキュラのアップに
悲鳴をあげに来るのだ。美女の胸にヘルシング教授が杭を打ち込む
シーンに身をすくめに来るのだ。同様に、フランケンシュタインもの
ならば、見所はマッドサイエンティストがメスをふるって死体を切り刻む
ところにこそあるのだ。シェリー夫人の原作にある、“望まれずして生れ
出たものの悩み”など、どうでもいいのだ。

サングスターはそこをきちんと心得ていた。1930年代における
ユニバーサル・ホラーのヒットは、大恐慌に打ちひしがれた人々の
不安の具象化だった。恐怖のベクトルは内側に向っていた。
だが、50年代末から60年代にかけては好景気の波が世界の人々を
ハイにしていた。こういうとき、観客はムードなどでは怖がらない。
彼ら彼女らが求めるのは直接の血、暴力、そしてセックスである。
センジュアルな描写とアクションのたたみかけで、客に考える
スキを与えないことである。

「私はドラキュラを人間的にすることを心がけた」
と、『ハマー ホラー&SF大全』(94)の中でサングスターは
言っている。人知を超えたオカルティックな存在の恐怖を、より
身近な、想像の出来る範囲の恐怖に限定することで、リアリティを
生ぜしめたのである。『フランケンシュタイン』シリーズで、怪物
ではなく博士の方を主人公にしたのも、より感情移入させやすい
キャラクターを主体にした方が、恐怖を現実感覚で体感できるという
計算だった。そして、実際、クリストファー・リー演じるドラキュラも、
ピーター・カッシング演じるフランケンシュタイン博士も、抜群に
カッコいい、ダーク・ヒーローだった。


×センジュアルな ○センシュアルな

http://kotobank.jp/word/センシュアル
>デジタル大辞泉の解説
>センシュアル 【sensual】
> [形動]肉感的であるさま。官能的。


なぜ唐沢俊一が「センジュアル」と濁らせたのかは謎。日本酒の千寿が飲みたいなとでも
思いながら書いたのだろうか (嘘)。

それはともかく、『フランケンシュタイン 恐怖の生体実験』に無理矢理レイプシーンを挿入
させたという「製作側」は、「彼ら彼女らが求めるのは直接の血、暴力、そしてセックスで
ある」と主張する唐沢俊一と、似たような感性の持ち主だったのかなあ……と想像したり。

http://ja.wikipedia.org/wiki/フランケンシュタイン_恐怖の生体実験
>中盤にフランケンシュタイン男爵がアンナをレイプする場面がある。これは全体の撮影
>が大方終了した後、製作側からの要請でセクシーさを増す為に付け加えられたシーン
>である。監督のフィッシャーやカッシングは、このようなシーンは男爵のキャラクターに
>合わないと反対したが、受け入れられなかった。アンナを演じたカールソンは後に、この
>シーンが本作の魅力を損ねてしまったと述懐している。


ハマーの『フランケンシュタイン』シリーズは、「肉感的であるさま。官能的。」である描写
は、そんなに熱心に追及してはいなかったようにも思えるけど。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/worst/kaiki/frankenstein/woman.html
>フランケンシュタイン死美人の復讐
〈略〉
>↑こんなお色気シーンは本編には存在しない。

(写真: http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/worst/kaiki/frankenstein/woman.jpg)


さて、今回は最初に「ジミー・サングスター」でググった結果の上位にくる MovieWalker
や goo 映画のページからたどって、『フランケンシュタインの逆襲』や『フランケンシュタイ
ンの復讐』の紹介を見たせいもあって、唐沢俊一による『フランケンシュタイン』シリーズの
説明が何だかピンとこなかった。

- http://movie.walkerplus.com/person/20022/
- http://movie.goo.ne.jp/cast/c21386/index.html

http://movie.walkerplus.com/person/20022/2.html
>フランケンシュタインの逆襲(1957)
>1957公開 脚本
>フランケンシュタイン作るところの半人獣を主人公にした怪奇映画。メアリー・シェリイの
>原案からジミー・サングスターが脚本を書き「妖婦」のテレンス・フィッシャーが監督し
>た。撮影監督は「暴力の恐怖」のジャック・アシャー、音楽はジェームズ・バーナード。
>主演はピーター・カッシング、ヘイゼル・コート、クリストファー・リー。


http://movie.goo.ne.jp/movies/p12749/story.html
>ヴィクター・フランケンシュタイン男爵(ピーター・カッシング)は彼の城で起きた一連の殺
>人事件のために死刑を宣告されたがその殺人が自分の仕業ではなく、城の中にある
>秘密の実験室で彼が作った奇怪な半人獣の仕業であると主張していた。フランケン
>シュタインは誰もが自分を信じてくれないと知ると、昔彼の家庭教師であり、かつ助手
>でもあったポール・クレムプ(ロバート・アーカート)に来てもらって、この半人獣が強盗の
>死体と、死んだ彫刻家の手と、ある有能な科学者の脳髄との組合せから作って、それ
>に彼等が生命をふきこんだものであるという自分の話を証明してくれるように頼んだ。
>ポールは嘗つて実験の結果が、拙劣怪奇で気狂じみた半人獣であることを知って気味
>悪くなり、逃げだしていた。だがフランケンシュタインとその美しい従妹エリザベス(ヘイ
>ゼル・コート)との結婚式のために来たポールは、フランケンシュタインが未だに半人獣
>を、慣らす方法を見つけていない事を知って、エリザベスの危険を思い彼女にすぐ結婚
>を解消して、城から逃げ出す事を勧めた。エリザベスはその話の実体を自分で調べよ
>うとして、半人獣の犠牲となる所をフランケンシュタインに救われた。しかしいろいろな
>点に疑問を持ったポールは、自分の調査の結果と、半人獣を見たものは彼とフランケン
>シュタインの二人しかいない事などから、半人獣こそフランケンシュタインその人と見破
>り、今はエリザベスと恋仲になったポールは、ギロチンへと引かれて行くフランケンシュ
>タインの後姿をさびしく見送るのであった。


http://movie.goo.ne.jp/movies/p14380/comment.html
>フランケンシュタインの復讐

>解説「フランケンシュタインの逆襲」「吸血鬼ドラキュラ」につづいて、テレンス・フィッ
>シャー監督が作った怪奇映画。前篇で絞首刑を宣告されたフランケンシュタイン男爵
>が、牢獄を脱出、死体再生の実験をつづけるという物語。脚本はジミー・サングスター
>の書下しで、台詞をH・ハーフォード・ジェーンズが書き加えている。


しかし、以下に引用する allcinama の文章を見て、唐沢俊一のいう「見所はマッドサイエ
ンティストがメスをふるって死体を切り刻むところにこそあるのだ。シェリー夫人の原作に
ある、“望まれずして生れ出たものの悩み”など、どうでもいいのだ」は、もしかしてここ
からきているのかと、だいぶ腑に落ちた気分になった。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=20407
> フランケンシュタイン男爵は学問を修めるうち、生命の神秘にうたれ、自らの手で人造
>人間を造り出そうとする。だが完成した人造人間は、殺人を繰り返す狂った怪物だっ
>た……。原作のイメージを離れ、本作のフランケンシュタインはマッド・サイエンティスト
>そのもの。怪物と、それを創り出してしまった科学者の哀しみも、ここでは語られず、純
>粋のホラー映画としての作りになっている。


「マッドサイエンティスト」だけなら、以下に引用の Wikipedia の記述にもあるが、「シェリー
夫人の原作にある、“望まれずして生れ出たものの悩み”など、どうでもいい」というような
記述はこちらにはないので、やはり有力ネタ元候補は allcinema の方と考える。

http://ja.wikipedia.org/wiki/フランケンシュタインの逆襲_(1957年の映画)
>リーが演じた怪物(本作では「モンスター」ではなく「クリーチャー」と表記される)はユニ
>バーサル版とはイメージの異なる、死体を継ぎはぎしたようなグロテスクなデザインと
>なっている。これはユニバーサル版フランケンシュタイン・モンスターのデザインが著作
>権の問題で使用できなかったためとされる。しかし、監督のフィッシャーは新しいイメー
>ジの怪物を創造しようしていたので、敢えてユニバーサル版の踏襲に拘らなかったとも
>述べている。この怪物の造形についてはユニバーサル版の印象が強く、ハマー版の評
>価は良くはなかった。[2]
>しかし、生命の実験に万進するマッドサイエンティストとしてのフランケンシュタイン男爵
>による恐怖とその破滅を中心に描いた本作は世界的にヒット。これに続いて制作された
>『吸血鬼ドラキュラ』の更なるヒットにより、ハマーは以後20年近くにわたりホラーメー
>カーのトップとして君臨する事となり、カッシングとリーも怪奇映画の国際的スターとなっ
>た。翌年には早くも続編『フランケンシュタインの復讐』が企画されるが、イメージの固
>定化を嫌ったリーは出演を辞退。カッシング演じるフランケンシュタイン男爵が新たなる
>生命の実験を続ける内容でシリーズ化され、5本の後継作品が製作された。(後述)


で、唐沢俊一のいう「牙をむいたドラキュラのアップに悲鳴」や、「美女の胸にヘルシング
教授が杭を打ち込む」に相当するのは、フランケンシュタインの醜い怪物大暴れの方では
ないかと少し首をひねっていたのだが、上の Wikipedia の記述を読んで、なんだか納得
できたような気が。

『怪物くん』などでもおなじみの、「ユニバーサル版フランケンシュタイン・モンスターのデザ
イン」を使用できなかったのが痛かったというのが、まずあって。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/worst/kaiki/frankenstein/curse.html
>ハマーによる最初のフランケンシュタイン映画である。当初はボリス・カーロフを招き、
>あのメイクで撮るつもりだったが、ユニバーサルが許可しなかったためにオリジナルの
>メイクとなった。顔中傷だらけで、左右の眼の色が違う等、よりリアルな「造られっぷり」
>を表現している。ボリス・カーロフのイメージからの脱却を図ったという意味で画期的な
>作品である。


それでも「左右の眼の色が違う等」、それなりにインパクトもあったのだけど、次作では、
「イメージの固定化を嫌ったリーは出演を辞退」したりで、それでは、ということで、前作の
ラストでは死刑になったはずのフランケンシュタイン博士を、実は死んでいなかったことに
してメインにすえることにしたのではないか――とか推測したり。

その他参考 URL (ドラキュラでは拝み倒されのリー):
- http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/worst/kaiki/vampire/bride.html
- http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/worst/kaiki/vampire/72.html


で、「見所はマッドサイエンティストがメスをふるって死体を切り刻むところにこそあるの
だ。シェリー夫人の原作にある、“望まれずして生れ出たものの悩み”など、どうでもいい
のだ」に話を戻すと、これが allcinama の紹介文と似ていると書いたのは、あちらに失礼
な話かもしれない。allcinama の方は唐沢俊一とは違って、「ホラー映画に足を運ぶ一般
大衆の大部分」を主語にして、かつ彼らにとって「どうでもいいのだ」といっているわけでは
ないのだから。

ついこないだ唐沢俊一が“追討”した和田慎二 (ここここを参照) の作品には、『わが友
フランケンシュタイン』というのもあったりするのに。そりゃ映画と漫画の違いはあるけど、
このような作品も「一般大衆」向けなのは変わりはないし、和田慎二を追悼するにあたり、
好きな作品にこれをあげている人も少なくなく、広く支持された作品のひとつであることは
間違いない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/わが友フランケンシュタイン
>『わが友フランケンシュタイン』(わがともフランケンシュタイン)は、和田慎二の漫画作
>品。フランケンシュタイン博士が作り上げた、醜い姿と美しい心を併せ持つ怪物サイラ
>ス(フランケンシュタインの怪物)をめぐる人間たちの愛憎のドラマを描いた連作短編
>シリーズで、4作品発表されている。



それに、「見所はマッドサイエンティストがメスをふるって死体を切り刻むところにこそ
ある」の「メスをふるって死体を切り刻むところ」こそが「見所」だというのも、唐沢俊一
オリジナルである。

……それが「ドラキュラのアップ」や「ヘルシング教授が杭を打ち込む」シーンに匹敵する
ものかと思って、ざっと予告編をチェックしてみたが、そういう場面は見あたらない。

http://www.youtube.com/watch?v=_xIGil528gA
>The Curse of Frankenstein (1957) - Theatrical Trailer

http://www.youtube.com/watch?v=Z6aZ0dBXiKQ
>The Revenge Of Frankenstein (1958) Trailer

http://www.youtube.com/watch?v=gyKjEUrvlzM
>Frankenstein Created Woman Trailer

http://www.youtube.com/watch?v=TSbXvlKQXt8
>FRANKENSTEIN MUST BE DESTROYED - 1969 - TRAILER

http://www.youtube.com/watch?v=tCA2khyOatA
>The Horror of Frankenstein Trailer

http://www.veoh.com/watch/v19551900Pw7EARqE
>The Curse Of Frankenstein

メスが出てくることもあるけど、主役として扱われていないし、「死体を切り刻むところ」など
どこにあるんだ、という感じ。

実際にそんな場面が存在するかどうかより、「一般大衆」のもつイメージの問題だろうと
いわれるかもしれないけど、そういうイメージでいえば、この時代のマッドサイエンティスト
ものだったら、フラスコなどのガラス容器に液体がつまっていて (何かわからない色つき
だったりする) ゴボゴボ泡を立てていたりドライアイスのような煙がたなびいていたりする
のでは。それと、フランケンシュタインものらしく、何だかバチバチ放電していてミニ稲妻
が光るとか。そんな絵だったら、予告編にもよく出てくるのだ。

予告編だけではアレかと思って、http://www.veoh.com/watch/v19551900Pw7EARqE
(The Curse Of Frankenstein) を見ると、17:00 あたりでフランケンシュタイン博士が死体
の前でメスだかナイフだかを手にする――が、手元はいっさい映されない。「一般大衆」の
ひとりとしていわせてもらえれば、何で映さないんだと苦情をいいたくも別にならない。w 
しかし、あれで首を切り落とせるものなのだろうかと、余計なことが心配になったりする。

http://www.veoh.com/watch/v20561681pn3rha6r (The.Evil.Of.Frankenstein.1964.) の
5:00 前後にも、そういうチャンス (?) はあるが、やはり手元は映されない。「見所はマッド
サイエンティストがメスをふるって死体を切り刻むところにこそ」と考えている者はがっかり
したのではないか。そういう「一般大衆」が、唐沢俊一の脳内以外にどれだけ存在するか
は、しったことではないが。皆が皆、唐沢俊一のように医者になりたがりの羨ましがりと
いうわけではないのだから。


なお、最初の方で書いた「センジュアル」ネタは、「藤岡真blog」の「パトラッシュってば
で指摘済みだけど、気がついたのがそこを書いた後ということで、ご容赦を……。あちら
には、「旅客機が飛んでいるカットが10秒あれば、その次のカットで登場人物が異国の
エアポートに降り立っていようが、アナだらけの脚本だと騒ぐ馬鹿は一人しかいない」との
指摘もあるので、未読の人は一読をお勧め。


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