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2011.08.20 (Sat)

『フランチェスカの鐘』を「原爆で亡くなった人たちへの鎮魂歌」と認めない理由?

http://www.tobunken.com/news/news20110818103337.html

2011年8月18日投稿
霊たちが聞きに来た声 【訃報 二葉あき子】

二葉あき子死去、96歳。
子供の頃、家に『フランチェスカの鐘』のレコードがあり、ジャケットも
とれた古いものだったが、聞いて
「なんてきれいな歌なんだろう」
と思っていた。

ところが後に別の場所で歌詞(菊田一夫)を見て、その言葉選びの通俗と
いうか格調の低いことに驚いた。
「さよならバイバイ 言っただけなのに」
はいくら時代が昭和23年でもないだろう、という感じだし、鐘の音の
表現が
「チンカラカン」
は安っぽすぎる。最初から歌詞を読みながら聞いていたら、アホらし、
と投げ捨てたかもしれない。レコードから流れる歌声だけで聞いたから、
感動できたのである。それほどパワーのある声だった。
http://www.youtube.com/watch?v=VCkuYZ76I0Y&feature=player_embedded

東京音楽学校(現・東京芸大音楽科)卒。
在学中からそのソプラノの声質には定評があり、後にその高音が
出せなくなったときは自殺をはかったほどだった。歌うことと自分の存在が
完全に一体化していたのだろう。服部良一らが、低音で彼女の魅力が出せる
歌を提供して、再びステージに立つ。われわれが知っているのはそれ以降
の二葉あき子であり、その歌にかける努力の凄まじさには感動せざるを得ない。

しかし、戦前の、高音部を自在に出している時期のレコードを聞くと、
まるで別人という感じであり、戦前の録音技術が大したことのないレコード
ですらそうなのだから、生でステージを聞いた者は、まずその声にとらわれて
しまったことだろう。高木東六などは死ぬまで、あの声が失われたことを
惜しんでいたという。
http://www.youtube.com/watch?v=vf-K5Qt1T-s&feature=player_embedded
昭和11年吹き込み、中野忠晴とデュエットの『二人のアルバム』。

http://www.youtube.com/watch?v=0QzDzKZXYO0&feature=player_embedded
昭和16年吹き込み、作詞サトウハチロー『青い星』

広島出身で、ちょうど原爆の投下のとき、帰省していた。
投下の瞬間に偶然にも乗っていた汽車がトンネルに入り、直接被曝を避け
ることが出来て一命をとりとめた。もちろん、大量の放射線を浴びて被曝は
したが、それでも96歳まで長寿を保った。

戦後、ステージで歌っていると、同郷の友人知人たちの姿が客席に見え、
「あ、聞きにきてくれたんだ、うれしいわ」
と思い、ショーが終ったあと探しても彼らの姿は見えず、そのときはじめて、
彼らは原爆で命を奪われたのだ、ショーに来られる筈はないのだ、と
思い当たったことが何度もあるという。惨害を受けた故郷を大事にし、
晩年はその故郷に戻って暮していた。

どうか、あちらで高音部も低音部も自在に歌い、同郷の仲間をうんと
楽しませてあげてほしい。
戦後史をまさに彩った声の持ち主に、ご冥福を祈る。

http://megalodon.jp/2011-0820-1836-51/www.tobunken.com/news/news20110818103337.html

×格調の低い ○格調高いとはいえない
×被曝 ○被爆
×何度もあるという ○昭和24年の夏にあったという


原爆の話をしているのだから、「被曝」ではなく「被爆」とするべきだろう。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/15622700/
>ひ‐ばく【被爆】[名](スル)
>1 爆撃を受けること。「空襲で―する」
>2 原水爆による攻撃を受けること。また、その放射能の害をこうむること。「核実験で―
>  する」「―者」


http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=被曝&dtype=0&dname=0na
>ひ‐ばく【被×曝】
>[名](スル)放射能にさらされること。「原子力発電所の事故で―する」



「『格調高い』という言葉はあるが、ギャグでもなければ『格調の低い』という言い方はしな
い」と2ちゃんねるのスレには書き込まれ (Read More 参照)、試しに検索してみようとする
と、Google では「もしかして: 格調高い」と表示されたりするのが、「格調の低い」である。

唐沢俊一に「いくら時代が昭和23年でもないだろう」と書かれてしまっている、「さよなら
バイバイ 言っただけなのに」は、そうかなあと思う (「バイバイ ありがとう さようなら」は?)
し、唐沢俊一が「安っぽすぎる」と文句をいっている「チンカラカン」については、「チンカラ
カンという擬音は関西地域の盆唄なんかでも使われる音」との指摘もある。

『フランチェスカの鐘』の歌詞の全文は、http://j-lyric.net/artist/a0009a2/l01d5af.html
http://takurou.co-site.jp/natumero/21-25/furanchesuka.html で見ることが可能。
仮に、「さよなら バイバイ」や「チンカラカン」に引っかかったとしても、「最初から歌詞を
読みながら聞いていたら、アホらし、と投げ捨てたかもしれない」――などと唐沢俊一に、
「言葉選びの通俗」を非難されるほどの歌詞とは思えないというのが全体を見ての印象。

(その他、唐沢俊一の感想の不自然さについては、「藤岡真blog」の「UWF」のエントリー
も、あわせて参照のこと)。


で、2ちゃんねるのスレでは、Wikipedia の記述と、「誰か昭和を想わざる」というサイトの
記述をパクって書いたようなものだとも指摘されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/二葉あき子
>広島県立広島高等女学校(現在の広島皆実高等学校)を経て、昭和10年(1935年)、
>東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)師範科卒業。
〈略〉
>昭和20年(1945年)8月6日、久しぶりに帰郷する為、広島から芸備線の汽車に乗り、ト
>ンネルをくぐっているときに原子爆弾が投下され、トンネルを出たら、きのこ雲と落下傘
>を見たという。しかし被爆はしたものの、トンネル内であったので原爆の直接の被害に
>遭わず、一命を取り留めた[2]。
〈略〉
>昭和30年(1955年)前後に高音が出なくなり、意気を喪失して帰郷。実家から刃物を
>持ち出し自殺を図るが未遂に終わる。その後、作曲家の服部良一に「高音だけが歌
>じゃない」と励まされ復帰する。自ら低音発声法を作った。
〈略〉
>2. ^ 1987年3月31日日本テレビ特別番組「さよなら大放送 -おもしろ国鉄スペシャル-」

>  より。

http://www.geocities.jp/showahistory/history02/20b.html
>二葉の乗っていた汽車は爆心地から5kmのところにいたのだが、トンネルの中を走って
>いたため被災を免れたのである。二葉が見たという落下傘は恐らくは米軍機が落とし
>た原爆効果測定装置であった。
>「私はねえ、生き残った事がむしろ罪悪感みたいにね。私が逃げちゃったみたいにね。
>もう…」

>昭和27年秋、二葉は声帯を壊して高音が出なくなった。歌手としてはこれは致命傷で
>ある。舞台に穴をあけてしばらく休養してから歌い、再び喉を壊しての繰り返し。

>それでも歌手としての意地で年末の紅白歌合戦だけは欠かさず出ていた。が、聞こえ
>てきたのは、
>「二葉あき子もすっかり落ち目だね」といったファンの声、
>「二葉あき子は臆病だから声が出ないのよ」という同業者たちの声だった。

>昭和31年夏、二葉は死を決意して郷里の広島へと向かった。しかし広島で降りたらそ
>の決意がくじけそうな気がして、持参したナイフを手にそのまま芸備線の汽車に乗って
>中山トンネルを抜けて双三郡布野村へと向かった。山の中でナイフで喉を突いて死のう
>としたのだった。

>その時だった。思い出したのである。
>あれは昭和24年の夏の事だった。二葉あき子は有楽町の日劇のステージに連日立っ
>ていた。ある日、「フランチェスカの鐘」を歌っていると、客席の最後部の壁際にぎっしり
>とどこかで見た事のある顔が並んでいるのが見えたという。

>あれは…アヤちゃん!?
>ああ、あの人も来ている。
>あの人も。
>懐かしい故郷の人たちだった。

>広島から東京まで列車でも1日がかりの行程である。それがみんなで日劇までやって
>来てくれた!嬉しさのあまり、いつもより歌にも力が入った。

>ステージを終えて二葉は楽屋で皆の訪問を心待ちにしていた。が、いつまで経っても誰
>もやって来ない。

>その時になってようやく気づいたという。三次高女で自分が音楽の教師をしていた時の
>教え子のアヤちゃんは、4年前の8月6日を最後に誰もその姿を見た人がいなかった
>事を。そして今日、劇場に「来てくれていた」故郷広島の人たちもアヤちゃんと同じ運命
>に遭った人たちだった事を。

>怖いとは思わなかった。ただ無性に懐かしかった。

>その時からである。二葉が「フランチェスカの鐘」を「ひとつ残らず消えうせてしまった」
>自分の大切な広島の思い出の中に生きる人々に向かって歌うようになったのは。

>死にたくなくて死んだ人がいる。
>声が潰れて高音が出なくなってしまったとて、それが何だろう。
>わがままを言わずに命ある限り歌を歌おう。
〈略〉
>参考
>朝日新聞東京版各記事など 1958~2007
><音楽>二葉あき子「フランチェスカの鐘」 1948


しかし、すぐ上に引用した「誰か昭和を想わざる」、または、それと出典を同じくする文章
が唐沢俊一のネタ元だとしたら、いくつか首をひねる点もある。

ステージから「懐かしい故郷の人たち」が見えた、楽屋への訪問を心待ちにしていたけど
誰もこない、そのときになってようやく、彼らはもうこの世の人ではないことに気がついた
――というのが、「誰か昭和を想わざる」では「あれは昭和24年の夏の事」となっている。
一方、唐沢俊一によると「彼らは原爆で命を奪われたのだ、ショーに来られる筈はないの
だ、と思い当たったことが何度もあるという」と、「何度もある」ということになる。

まあ、この手の不思議な話の場合は、ステージから姿を見てうれしく思い、楽屋で訪問を
待っている間は、なぜか相手が亡くなっていることに思い至れないということもあるから、
「何度もある」というのも絶対ありえないとはいいきれないが、それならそれで、何らかの
フォローが欲しかったと思う。

また、「後にその高音が出せなくなったときは自殺をはかったほどだった。歌うことと自分
の存在が完全に一体化していたのだろう」と、「歌うことと自分の存在が完全に一体化」
というのを、死ぬための理由にしかしていないようなのも気になった。

「死にたくなくて死んだ人がいる」、だから「命ある限り歌を歌おう」と決心したという話なの
だから、「歌うことと自分の存在が完全に一体化」というならば、それはむしろ死ぬことを
思いとどまった理由、生きる理由なのではないか。


さて、「高木東六などは死ぬまで、あの声が失われたことを惜しんでいたという」のネタ元
は、Wikipedia でも「誰か昭和を想わざる」でもないようだったので、これについても探して
みた。以下、少し長くなるけど2ちゃんねるの「二葉あき子について語ろう」スレから引用。

http://mimizun.com/log/2ch/natsumeloj/1087455410/
>24 :昔の名無しで出ています:04/07/27 02:21 ID:???
>原爆投下の直前(10分ぐらい前)に列車で広島を離れてて助かったんでしょ。

>25 :昔の名無しで出ています:04/07/27 14:44 ID:TyYXg+ty
>広島発の列車が数分遅れたそうです。
>それで列車が出発してトンネルに入ったときに原爆が投下されたらしい。
>トンネルから列車が出たときに、二葉さんは窓からキノコ雲を見られたそうです。
>列車が遅れなかったらトンネルを出たときに被爆していただろうし、もう少し遅れていた
>ら死んでいただろうていうことで、
>私は何故生き残ってしまったのかという罪悪感で一杯だったらしい。

>26 :昔の名無しで出ています:04/07/27 14:49 ID:???
>>>24-25
>その同じ列車に乗り合わせていたという人の話を読んだよ。
>オートバイの本で「別冊モーターサイクリスト」ってのだった。
>運命だね。

>27 :昔の名無しで出ています:04/07/27 16:57 ID:8iUZPf90
>神様が二葉先生の声を世の中に響き渡らせようとしたとしか思えない。

>28 :昔の名無しで出ています:04/07/27 18:43 ID:UnbDT7RP
>二葉先生は、戦後ずっと働きどおしだったとかで、
>疲労からか高音がちょっとかすれるというような
>違和感を持っていたらしいんだけど、
>どこかで「水色のワルツ」を歌っていたときに、
>高音部のところで喉に激痛が走ったらしい。
>で、それから高音が急にでなくなり、歌えないと失望し、
>実家に帰り、短刀で喉を切って自殺しようとされました。
>でも、その時に「私はあの原爆のときになぜ助かったんだろう」
>「多くの方々が亡くなって私が助かって、
> なのに今自分は自ら命を絶とうとしている」
>という思いがよぎり、自殺を思いとどまり、
>低い声でも歌えるように、自分でアルトの音域を作ったそうです。
>音域を変えたころは「パダムパダム」などのシャンソンを
>ステージで歌っていたそうです。
>それからは、1曲1曲歌うときに、命をかけて歌おうと
>決心されたといいます。

>29 :昔の名無しで出ています:04/07/28 17:00 ID:C40H3enz
>>>28
>服部先生が「二葉ちゃん、その声でいいんだよ。高い声だけが
>いい声じゃないんだから。キーはいくらでも低くしてあげるし
>低い音域でも人の心を打つ歌は歌えるんだよ」と言われ、
>古賀先生は「二葉ちゃんは心で歌う歌手なんだから、キーが
>下がったことぐらいは何の問題も無い。これまで通り心を
>こめて歌えばいいんだよ」と励まされたとのことです。

>30 :昔の名無しで出ています:04/07/28 22:08 ID:vqvJKu/o
>>>28、>>29 良いお話ですね。恐らく同じ方が書かれてると思うけど、色々エピソード
>聞かせて下さい。

>31 :28:04/07/30 00:05 ID:HU/ZFBIe
>>>30
>同じ人ではないですよ。
>>>29
>服部先生のエピソード、二葉さんが服部先生が亡くなられた時の追悼番組で
>「私の命の恩人です」って、お話になってました。

>高木東六先生は「もういちど二葉君が高い声で歌う『水色のワルツ』が聞きたい」
>と仰っていたようですが、私は高い声のときの歌も低くなってからの歌も
>好きです。
>特に声が低くなってからの方が、歌に厚みが出て、
>説得力というか聞き手の心にグッと入り込むものがあったような気がします。
>特に「パダム・パダム」は素晴らしいです。


「高木東六先生は「もういちど二葉君が高い声で歌う『水色のワルツ』が聞きたい」 と仰っ
ていたようですが」が、唐沢俊一にかかると、「高木東六などは死ぬまで、あの声が失わ
れたことを惜しんでいたという」になってしまうということか……。

服部良一に、「二葉ちゃん、その声でいいんだよ。高い声だけが いい声じゃないんだか
ら。キーはいくらでも低くしてあげるし 低い音域でも人の心を打つ歌は歌えるんだよ」と
励まされたという話は、「服部良一らが、低音で彼女の魅力が出せる歌を提供して、再び
ステージに立つ」と、あっさり片づけてしまう。

原爆投下時にたまたま列車がトンネルの中に入って命をとりとめたことについて、「私は
何故生き残ってしまったのかという罪悪感」をおぼえていたこと、高音がでなくなって自死
を考えたが、原爆で亡くなった人のことを思い出して死を思いとどまったことについても、
唐沢俊一は書かない。

先に引用した「誰か昭和を想わざる」にある、「二葉が『フランチェスカの鐘』を『ひとつ残ら
ず消えうせてしまった』自分の大切な広島の思い出の中に生きる人々に向かって歌うよう
になった」に、言及している記述も唐沢俊一の文章には、ない。

「誰か昭和を想わざる」や2ちゃんねるのスレにのみ書かれていることではない。「私は
何のために助かったのか? 罪悪感さえ覚えて悩んだ」、「『フランチェスカの鐘』(菊田
一夫作詞、古関裕而作曲)は『原爆で亡くなった人たちへの鎮魂歌として歌っていました』
と述懐」と、訃報記事にも書かれていることなのだ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2011081702000096.html 
> 甘く柔らかな美声で、戦中、戦後の昭和歌謡史に大きな足跡を記し、九十歳近くまで
>現役最年長歌手として活動を続けた二葉あき子さん(16日死去、享年96)の原点に
>は、慰問で訪れた故郷・広島での鮮烈な体験があった。
> 一九四五年八月六日、乗車していた列車がトンネルに入った途端、原爆がさく裂。一
>変した街の姿にぼうぜんとなった。私は何のために助かったのか? 罪悪感さえ覚え
>て悩んだ。自問自答した末にたどりついたのが「私の役目は一筋に歌い続けていくこ
>と」との固い決意だった。戦後まもない四八年にヒットした「フランチェスカの鐘」(菊田
>一夫作詞、古関裕而作曲)は「原爆で亡くなった人たちへの鎮魂歌として歌っていまし
>た」と述懐している。
〈略〉
> 長い歌手人生には大きな試練もあった。のどを痛めて高音が出せなくなり、死を考え
>た時もあったことを明かしている。失意の大歌手を救ったのが作曲家・服部良一さんの
>励ましだった。「高音で歌うだけが歌じゃない。低い声で心の歌を歌える。欠けた月も、
>また丸くなる」。二葉さんは「今でもそれが支えになっています」としみじみ語った。
>  年を重ねてからも、ステージでは、乙女のような童顔に笑みをたたえながら、艶のあ
>るアルトで往年のヒットナンバーを歌い、軽やかなステップを披露。「自分が楽しまなけ
>れば、人を楽しませることはできません。私にとって歌うことは生きている証し。命ある
>限り、歌い続けたい」と意気込みを明かしていた。二葉さんは、難聴で歌手活動に障り
>が出た二〇〇三年、ファンとのお別れ会を最後に公式の舞台から身を引き、広島に
>戻った。


代わりに (?)、唐沢俊一が強調するのは、「大量の放射線を浴びて被曝はしたが、それで
も96歳まで長寿を保った」ということだ。「身動きのとれない被災者たちの心の安定をこそ
考えて」という理由で、御用学者こそあるべき姿とする唐沢俊一らしいといえば、らしいの
だが (ここを参照)。

「原爆で亡くなった人たちへの鎮魂歌として歌っていました」については、『フランチェスカ
の鐘』のことを、「通俗というか格調の低いことに驚いた」、「いくら時代が昭和23年でも
ないだろう、という感じ」、「安っぽすぎる」、「最初から歌詞を読みながら聞いていたら、
アホらし、と投げ捨てたかもしれない」などと罵倒のかぎりをつくしているので、さすがに
書きにくかったのかもしれない。悪罵の方を優先させた、と考えることもできる。

「罪悪感」については……何しろ、「しかし、現実問題として、逃げたくとも逃げることの出
来ない人たちが、福島にも東京にも大勢いるのである。老人、病人、生活困窮者。そうい
う人々を置いて自分だけ安全圏に逃れようとしたとき、生命は助かったとしても、彼らは
人間として死んだも同然の存在になるだろう」といったことを書いたこともある唐沢俊一で
ある (ここを参照)。いわれのない罪悪感を他人に押しつける側の人間であるから、言及
できなかったのかなと思う。

このように、ないない尽くしで、でも亡くなった友人知人たちがステージから見えたという
エピソードだけは紹介して、「霊たちが聞きに来た声」とまとめたい――という考えが透けて
見えるのが、今回の唐沢俊一の“追討”の不自然な構成であると思う。


追記: 2ちゃんねるのスレへの書き込み部分が抜けていたので、今あわてて追加……。(_ _);



More...


http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1313468228/
------
169 :無名草子さん:2011/08/18(木) 12:59:26.48
イベント
http://www.tobunken.com/news/news20110818103337.html
2011年8月18日投稿.
霊たちが聞きに来た声 【訃報 二葉あき子】

藤岡先生に連続して批評・検証されたのがよほどこたえたのか、実にフツーの追悼文。しかも短い。
ただ、読んでいて胸にこみ上げるものがあるかと言われれば、相変わらずとしか。

で、ウィキペディアを見ると……ほとんど丸写しじゃん。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E8%91%89%E3%81%82%E3%81%8D%E5%AD%90

>昭和20年(1945年)8月6日、久しぶりに帰郷する為、広島から芸備線の汽車に乗り、
>トンネルをくぐっているときに原子爆弾が投下され、トンネルを出たら、きのこ雲と
>落下傘を見たという。しかし被爆はしたものの、トンネル内であったので原爆の直接
>の被害に遭わず、一命を取り留めた

>昭和30年(1955年)前後に高音が出なくなり、意気を喪失して帰郷。実家から刃物を
>持ち出し自殺を図るが未遂に終わる。その後、作曲家の服部良一に「高音だけが歌じゃ
>ない」と励まされ復帰する。自ら低音発声法を作った。

で、よく読むと肝心の、

>自ら低音発声法を作った。

という個所。これコピペしてない。
二葉さんの生きるための、そして歌手としての努力についてスルーしちゃってる。
ここがポイントなんじゃないのかなあ。

170 :無名草子さん:2011/08/18(木) 13:00:59.80
ちなみに更新したのは
>ニュース
>最新のニュースを2011年8月18日(10:33)にアップしました。
だそう。

171 :無名草子さん:2011/08/18(木) 13:55:58.24
>子供の頃、家に『フランチェスカの鐘』のレコードがあり、ジャケットも
>とれた古いものだったが、聞いて「なんてきれいな歌なんだろう」と思っていた。

>ところが後に別の場所で歌詞(菊田一夫)を見て、その言葉選びの通俗と
>いうか格調の低いことに驚いた。
>「さよならバイバイ 言っただけなのに」はいくら時代が昭和23年でもないだろう、
>という感じだし、鐘の音の表現が「チンカラカン」は安っぽすぎる。最初から歌詞を
>読みながら聞いていたら、アホらし、と投げ捨てたかもしれない。レコードから流れ
>る歌声だけで聞いたから、感動できたのである。それほどパワーのある声だった。

こういう書き方をするのだったら、「きれいな歌だと思ったがそうじゃなかった」ではなく、
「子供心にきれいな声だと思ったけれども、改めて考えてみると、ドラマティックで迫力
ある声と言うべきだった」などとまとめる方が、話の進め方としては自然なんじゃないのかな?

それに、「きれいな歌」と言ってるけど……
 ・テンテーが紹介してるテレビ音源。
 http://www.youtube.com/watch?v=VCkuYZ76I0Y&hd=1
 ・原盤起こし(または復刻CD)音源?
 http://www.youtube.com/watch?v=qAMdsvvuPjc&fmt=18
どうでしょう、皆さんは、きれいな、あるいは上品な曲調の音楽に感じますか?

別に「格調の低い歌詞」がなくても、少なくとも私には、低俗といえばそのような音楽にしか
聞こえないのだけれど(流行歌の宿命みたいなものかもしれない)。

テンテーって音楽の話をする時、どうして必ず歌詞の評価と楽曲の評価をまぜこぜにするのだろう?
自分でおかしいと思わないから毎度こうなんだろうね。

172 :無名草子さん:2011/08/18(木) 13:56:58.99
ちなみに、テンテーは歌詞に難癖つけてるわけだけれど。
>鐘の音の表現が「チンカラカン」は安っぽすぎる。

ここでレコード音源のほうを聴いて頂こう。
あわせてウィキペディアのこの部分も要注目。

>フランチェスカの鐘
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%81%AE%E9%90%98
>発売当初のレコードには、高杉妙子の台詞が入っていたが、のちに台詞を除いたレコードが発売された。

台詞に虚心に耳を傾けていれば気付くけど、この歌でヒロインは、惚れた相手が聖職者(修道士)
になる道を選んだので、不貞腐れているわけだ。だから教会に対する恨み辛みが、「チンカラカン」
という「安っぽすぎる」表現をとらせている、と考えるべきじゃないのでしょうか?

というより、語呂や韻律だけ合わせたナンセンス・ソングというわけではないのだから、
「教会の鐘の音が“チンカラカン”とはどういう意図だ?」とかを考えて聴くのが、
歌を聴く醍醐味の一つじゃないかと思ったりした。

176 :無名草子さん:2011/08/18(木) 14:44:26.96
アンチってヒマだなぁというか、唐沢俊一が無茶苦茶ヒマなんじゃないか?

追討へタイムラグ無くなっているし、なぜ日記を復活させないのかが謎。


177 :無名草子さん:2011/08/18(木) 15:13:11.71
唐沢俊一って凄い人だなぁ
たった数秒前まで微塵も二葉あき子の事なんて考えた事なかっただろうに
チョイとお題を出させると、チャチャっと文章を仕上げる。
もちろんWikipedia様のお陰でもあるんだろうけど。
プロでございと看板を出しておいて、そんな稚文を公式に晒す事が出来る
心臓の強さとかにも凄さを感じる。

そして、その作業が自らの無能さをアピールする材料になっているとも
理解出来ていない部分に凄まじさを感じさせてくれる。

178 :無名草子さん:2011/08/18(木) 15:21:12.94
>>177
荒らしちゃんもそれが分かっているから、「検証する時間のある奴はヒマ」
と筋違いの罵詈讒謗を言い続けるしかないんだろうね。




179 :無名草子さん:2011/08/18(木) 15:26:09.23

たぶんテンテーのそのレコード、脳内の実家にしかないのでは。
だって本当に自宅にあったレコードなら、繰り返し自分で再生して歌詞を覚えることが
出来たでしょうに。そしたら早晩「歌詞の低俗性」も分かった筈。

もし歌詞も満足に聴き取れないような雑音の多いプレイヤーだったのだとすれば、
あるいは、音盤のほうにヒスや音跳びなどのエラーが多かったのだとすれば、
楽曲が「きれい」で「格調」が高いと理解できたのかどうかが、そもそも怪しい話になって来る。



180 :無名草子さん:2011/08/18(木) 15:58:22.74
アンチってチャチャっと文章を仕上げることもできないプロ失格の売れないライターが多いのかな?


181 :無名草子さん:2011/08/18(木) 16:11:46.37
二葉あき子に関して、本当にWikipediaに書かれているような事しか書けないんだね。
で、それに唐沢風味として、歌詞がダメだったが彼女の歌で凄みのある曲になったと
『フランチェスカの鐘』を落として、二葉あき子を上げている。

それ以外の部分は本当にWikipediaだけ。

あの歌詞の中にある「チンカラカン」という乾いた鐘の音は
その内容をさらに哀しくさせる為に効果的だと思うけどなぁ。

そしてチンカラカンという擬音は関西地域の盆唄なんかでも使われる音。


182 :無名草子さん:2011/08/18(木) 16:17:30.50
>>180
内容が問題だと話をしているのに、本当に文章の読解力がない人だなw
チャチャッと文章を仕上げる事なんて自慢にもならないよ。
最終的に読む人にとって、作者の制作時間なんて関係ないから。
試行錯誤して、推敲して、本気で面白い文章を書いてくれるのならば
遅筆の方がマシだと思うよ。

あ、編集者の立場としては穴埋めをチャチャっと上げてくれる方がいいのか。


それより週末に開催するコミティアに出す同人誌を水曜日か木曜日の朝かに
入稿するとか平気で書いている馬香はどうしょうも無いと思うよ。


183 :無名草子さん:2011/08/18(木) 16:30:16.97
誰か昭和を想わざる フランチェスカの鐘
ttp://www.geocities.jp/showahistory/history02/20b.html

184 :無名草子さん:2011/08/18(木) 16:42:41.12
>格調の低いことに驚いた。

「格調高い」という言葉はあるが、ギャグでもなければ「格調の低い」という言い方はしない。

190 :無名草子さん:2011/08/18(木) 18:50:13.72
>>181
>あの歌詞の中にある「チンカラカン」という乾いた鐘の音は
>その内容をさらに哀しくさせる為に効果的だと思うけどなぁ。

なるほど、そういう演出あっての、修辞技巧なのですね。

>そしてチンカラカンという擬音は関西地域の盆唄なんかでも使われる音。

俺も東日本の人間なんで思いがそこまで至らなかったが、一種の方言なのですね。
「箱根以北」出身で西日本の文化を馬鹿にしてるらしい唐沢には、とうてい理解
できない世界だったというオチがついてしまったわけですな。

195 :無名草子さん:2011/08/18(木) 19:15:17.51
>>183
うわー、ウィキペからに加えて、そこからも完パクやってたんだ!
このくだりそっくりじゃないか!
テンテーって本当に空虚な人なんだね。
=============================================

あれは昭和24年の夏の事だった。二葉あき子は有楽町の日劇のステージに連日立っていた。ある日、
「フランチェスカの鐘」を歌っていると、客席の最後部の壁際にぎっしりとどこかで見た事のある顔が並
んでいるのが見えたという。
 
?あれは…アヤちゃん!?
?ああ、あの人も来ている。
?あの人も。
 
?懐かしい故郷の人たちだった。
 
?広島から東京まで列車でも1日がかりの行程である。それがみんなで日劇までやって来てくれた!嬉し
さのあまり、いつもより歌にも力が入った。
 
?ステージを終えて二葉は楽屋で皆の訪問を心待ちにしていた。が、いつまで経っても誰もやって来ない。
 
?その時になってようやく気づいたという。三次高女で自分が音楽の教師をしていた時の教え子のアヤちゃ
んは、4年前の8月6日を最後に誰もその姿を見た人がいなかった事を。そして今日、劇場に「来てくれて
いた」故郷広島の人たちもアヤちゃんと同じ運命に遭った人たちだった事を。
 
?怖いとは思わなかった。ただ無性に懐かしかった。
=============================================

196 :無名草子さん:2011/08/18(木) 19:18:01.55
195です。
行頭の「?」ですが、元来これは全角スペースです。
表示されたらこんなのが付いてきましたが、こうなるように加工したり編集したわけではありません
ので念のため。(見やすいように改行は加えました)

202 :無名草子さん:2011/08/18(木) 20:43:15.55
>「さよならバイバイ 言っただけなのに」
>はいくら時代が昭和23年でもないだろう、という感じだし

現代の曲でも、そのまま通用しそうに思うのだが・・・
アニソンで『さよならbyebye』ってあったよね。

203 :無名草子さん:2011/08/18(木) 20:50:46.89
菊田一夫っていったら、『イヨマンテの夜』の作詞家じゃないか。

205 :無名草子さん:2011/08/18(木) 21:31:26.01
>>202
唐沢はレコード音源ではなく、テレビ音源(歌謡曲番組)の方をサイトにアップしてるんだよ。
それもよく聴くと、水前寺清子の声で、「戦後になってカタカナ言葉も復活しました、カタカナ言葉が
モダンだった当時です」といったナレーションが冒頭にかぶさっているのに、それを無視してるんだよな。
その話だけじゃなくて、音源自体もろくすっぽ聞いて確かめてないんじゃないかと思うよ。

206 :無名草子さん:2011/08/18(木) 22:19:48.33
本気で唐沢、二葉あき子なんて興味なかっただろ。

211 :無名草子さん:2011/08/19(金) 00:26:54.66
>>203
昔、NHKでリメイクされた「君の名は」にでてきた歌「君の名は」の作詞家でもある。
唐沢…よくも戦後日本ミュージカルの草分けを…
お前、三流劇団の寄生…もといプロデューサーだろうが…

貴様…

212 :無名草子さん:2011/08/19(金) 01:00:42.23
演劇をやっている人なら菊田一夫賞という演劇のでかい賞ぐらい知っているんじゃないの?
ルナとかは永遠に受賞対象にならないようなメジャーな賞だけどさ。



213 :無名草子さん:2011/08/19(金) 01:37:09.04
なるほど。まあ…そうかもしれないな。血が頭にのぼって、論旨に乱れが生じたかも、ごめん。
ただ…唐沢、菊田先生の言語感覚をバカにしたわけで…

というわけで昭和23年の流行歌を調べてみた。

流行歌

君待てども/平野愛子
懐しのブルース/高峰三枝子
東京ブギウギ/笠置シヅ子
ブンガワン・ソロ/松田トシ
長崎のザボン売り/小畑実
フランチェスカの鐘/二葉あき子
流れの旅路/津村謙
三百六十五夜/霧島昇・松原操
湯の町エレジー/近江俊郎
異国の丘/竹山逸郎・中村耕造
憧れのハワイ航路/岡晴夫
さよならルンバ/二葉あき子

東京の屋根の下/灰田勝彦

こら唐沢!
この中に「フランチェスカの鐘」が入ってることに何の違和感がある?
モダンじゃないか?センスいいじゃないか?

なんだかなあ…

230 :無名草子さん:2011/08/19(金) 12:12:59.88
>子供の頃、家に『フランチェスカの鐘』のレコードがあり、ジャケットも
>とれた古いものだったが、聞いて
>「なんてきれいな歌なんだろう」
>と思っていた。


二葉あき子『フランチェスカの鐘』の昭和20年代に出た物は
そもそもジャケットなんて存在しませんよ。
レコード会社の袋だけです。
戦後すぐ昭和20年代のレコードでジャケットがある物は少ないと思いますよ。
古い曲でジャケットがあるものは、おそらく再発。

例えば『フランチェスカの鐘』と同年に出た
昭和24年の美空ひばりのデビュー曲もジャケットは無い。

251 :無名草子さん:2011/08/19(金) 18:07:20.96
キャンディーズのスーちゃんの追討はなかったのに、なぜ無理して二葉あき子を。
わからないひとだ。

253 :無名草子さん:2011/08/19(金) 18:28:06.51
>>251
スーちゃんを追討したらキャンディーズの熱心なファンに(またツイートとかで)
袋叩きにされるからでしょ。サリンジャーの二の舞は御免だと思ったんじゃない?

「二葉あき子のファンならどーせ怖くねーや」てところじゃないのかな?

------

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Comment

>discussao さん

>小柳ルミ子バージョン

こちら↓ですかしら。
http://www.youtube.com/watch?v=DO8XI6MI9T4

アップした人は「透き通った声」とコメントしていますが、当時ライバルみたくしてた
天地真理の方はハスキーがかった丸みのある声とか確かいわれていて、大衆的
人気は後者の方が勝ち、歌唱力がありとされるのが前者だったかなと思います。

歌唱力といえば、二葉あき子は森昌子をかなり気に入っていて、私の後継者とか
いっていたとか。彼女のバージョンは上品できれいなので、なるほどという感じ。
http://www.youtube.com/watch?v=tDSEQkrMncE

高音出すだけなら、一時期小室ファミリーが頑張っていたけど、華原あたりになると
金属音とか悪口いわれたり。^^;


http://www.youtube.com/watch?v=Yrro7dw74Yw

↑これは可愛らしい感じでよいですね。日吉ミミは若い頃、あまり可愛子チャン
路線では売り出していなかったようにも記憶していますけど、それでもちょっと
アイドルはいっていたのか、親しみやすさ重視のインパクトねらいだったような。


>とりとりさん

うちのコメント欄か2ちゃんねるのスレだかに書いた覚えがあるのですが、
唐沢俊一の声って、落研っぽいように思っています。
たまたま私の落研の知り合いが似た声質だったのかもしれないですが……
声そのものだけではなく、話し方も何かそれっぽい感じで。
プロの物真似をしているアマチュアの声といいますか……。
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2011年08月27日(土) 16:37 |  URL |  【コメント編集】

>最近、「でも声はいいんだよなあ」の書き込みは見かけないけど
 そう言われてみれば、そうですね。
 どんな声でしたっけ?特別「いい声」というわけでは無かったような
とりとり |  2011年08月25日(木) 19:42 |  URL |  【コメント編集】

●今回の雑談は私の中の中村とうようが言わせているので・・・

そうなると今度は、何をもって「いい声」とするか?という基本的な問題に立ち返ることになるわけですな。
淡谷のり子、平野愛子、渡辺はま子ら「音楽学校に通った歌手」の理想とする「いい声」というのは、具体例を挙げれば米良美一『水色のワルツ』が体現しているものだと思います。http://www.youtube.com/watch?v=7gxAQjRwaFAこの米良のパフォーマンスはたぶん誇張しているので、「高木東六がメロメロに惚れ込むような、もっと日本語の美しさを尊重した発声法(おそらく小柳ルミ子バージョンでの「ハンカチ」の「カチ」という強い発音を強調するような)」に調整可能でしょう。そうすると、貧乏な時代のバッタもんとしてレトロスペクティヴに、あるいは幻想の懐メロとしてこれら戦後すぐの音楽学校出歌手を享受しているのだろうか?という疑問も沸いてくるのですが、そういう面倒くさいことは美ち奴『ツーレロ節』でも聴いてウヤムヤにしましょう。http://www.youtube.com/watch?v=Yrro7dw74Yw菅原都々子や先に「追討」された日吉ミミと同系統の「泣きみそ姫のコジキ唄」なんですけど、ワールドワイドにみて「大衆音楽の歌姫」の典型ですよね。
discussao |  2011年08月25日(木) 05:25 |  URL |  【コメント編集】

●最近、「でも声はいいんだよなあ」の書き込みは見かけないけど

# 半分ひとりごとです。

ふと思いついて唐沢俊一の文章を読み返してみたら、これ、「声」が一番、
「声」が全てという主張のもとに書かれたものだと思えば、いろいろ説明が
つくような気が……。

歌詞のよさとか鎮魂歌だとかは今回の彼にとっては邪魔な要素で、むしろ
歌詞が駄目なのを声の素晴らしさが救っていることにしなければいけないし、
服部良一の「高音で歌うだけが歌じゃない」や「その声でいいんだよ」といった
慰めの言葉もスルーする方が都合がよい……とか。

さすが「お声の発声が素人じゃない」の人だけあると。

だからタイトルも「霊たちが聞きに来た歌」じゃなくて「霊たちが聞きに来た声」?
トンデモない一行知識 |  2011年08月23日(火) 21:40 |  URL |  【コメント編集】

●諸説ありますではなくて

唄の世界が人によって違うように見えるというのは、やっぱり優れた唄なのだと思います。

>チンカラカンという響きもそういう「安っぽい(?)」「乾いた」イメージじゃないのかしら?

これに関しては同意です。
哀しみに暮れている自分とそれを醒めた目で見つめる自分がいる、
という感じ方をしました。
NNT |  2011年08月21日(日) 23:41 |  URL |  【コメント編集】

>ここは「普遍的」なものを表現してるんじゃなくて、アプレゲールの刹那的な心情を作者は意図しているのでは?

2ちゃんねるのスレで紹介してくださった方のいるレコード音源↓
http://www.youtube.com/watch?v=qAMdsvvuPjc&fmt=18

この台詞と笑い声をあわせて考えると、作者の意図としては「アプレゲールの刹那
的な心情」の方がありそうに思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/フランチェスカの鐘
>発売当初のレコードには、高杉妙子の台詞が入っていたが、のちに台詞を除い
>たレコードが発売された。

ただ、この部分を削除したことにより、普遍性みたいなものを獲得したんじゃない
かとも思うのですよ。

削除前だったら、「広島市への原子爆弾投下の犠牲者への鎮魂歌として、二葉
自身、最も大切にしていた歌といわれる」というのも、ちょっと成立しにくいかなと。
トンデモない一行知識 |  2011年08月21日(日) 22:53 |  URL |  【コメント編集】

>「敗戦の影響」で’50年あたりまでは表現が穏当だったということじゃないでしょうか?

ああ、それはありそうに思います。

>「ああそれなのに」「うちの女房には髭がある」

うわ、これが昭和 10 年代の曲という意識は今までなかったです。
唐沢俊一の時空歪ませを笑っていられないといいますか……。
子どもの頃、家族がよく口ずさんでいたので、もっと新しい曲のように何となく
思っていました。

「ゲイシャ・ワルツ」くらいまでなら、テレビの懐メロや歌本、それから漫画の中での
引用などで目にする機会もありましたが、「百萬圓」はなかったですね。

でも、「こんなベッピン見たことない」は、家族の鼻歌レパートリーにしっかり入って
いたり……。
http://www.youtube.com/watch?v=rv7G7mkJurk (歌詞つき)


川田正子の『とんがり帽子』もよいですよね。これも大好きです。

「鐘」といえば藤山一郎になかったっけ? とも思いましたが、『ニコライの鐘』も
『長崎の鐘』も、そんなに聞き込んだ覚えはなく……。
http://www.youtube.com/watch?v=OwZbr4cUttw

藤山一郎といえば、個人的にはやはり『丘を越えて』と『東京ラプソディ』が。(←話
が完全に逸れています)
http://www.youtube.com/watch?v=CdzyLnBbf5g
あ、でも、『東京ラプソディ』の歌詞にも、「ニコライの鐘」が出てきたりしています。
http://www.utagoekissa.com/tokyorapusodhi.html
トンデモない一行知識 |  2011年08月21日(日) 22:34 |  URL |  【コメント編集】

●連投スミマセン

>ただなんとなく めんどうくさくて
>さようならバイバイ 言っただけなのに

NTTさんやbaudrateRAさんへの反論になってしまうけれど、ここは「普遍的」なものを表現してるんじゃなくて、アプレゲールの刹那的な心情を作者は意図しているのでは?チンカラカンという響きもそういう「安っぽい(?)」「乾いた」イメージじゃないのかしら?小津安二郎『東京暮色』の有馬稲子とかね。まぁ、「たかが歌謡曲の歌詞」なので、どんな解釈があってもいいのだけれど。
discussao |  2011年08月21日(日) 17:11 |  URL |  【コメント編集】

>昭和20年代よりも昭和30年代の曲の方が、古さや通俗さを感じる曲が多いくらいかなと思いました。

大雑把に「敗戦の影響」で’50年あたりまでは表現が穏当だったということじゃないでしょうか?戦前のエロっぽい低俗な歌曲だってかなりヒドイものだったということで、引用された『歌は世につれ 世は歌につれ』といったリスペクタブルなところではオミットされてしまうのでしょうし。
ワリと話題になったらしい二村定一の「百萬圓」(’32)<百万円拾ったら 女学校建ててボク先生 月謝は少しも取りません キレイな娘さん募集して 毎日恋愛エロ講義 裸ダンスを教えます 面白いですね>http://www.youtube.com/watch?v=EMQ-Wuy6F-0&feature=related
昭和10年頃の「ネエ小唄」ブーム:「ああそれなのに」「うちの女房には髭がある」「ゆるしてね」「ふんなのないわ」(参考動画:岸井明&能勢妙子「とんがらかっちゃ駄目よ」http://www.youtube.com/watch?v=96zNNqZjTHs

で昭和27年の「ゲイシャ・ワルツ」から始まる戦後の芸者歌手ブームで低俗さがぶり返すと。「こんなベッピン見たことない」における合いの手のすさまじい軽薄さとかね(http://www.youtube.com/watch?v=5-ZQqNZZHuM

ツイッターの繰り返しになるけれど、「フランチェスカの鐘」は菊田一夫にとっては「とんがり帽子」と同じ路線でしょう(外国での失恋の歌と孤児たちの希望の歌という違いはあれど)。http://www.youtube.com/watch?v=bjKG0e2vPBY&feature=relatedあ、ヤバイ、泣きそうだ。
discussao |  2011年08月21日(日) 16:40 |  URL |  【コメント編集】

●被ばく

>藤岡真さん
>原子力関係は「被爆」ではなく「被曝」というのだと勘違いする。

そうなのでしょうねえ……。

「直接被爆」、「関接被爆」ということはあっても、「直接被曝」とも「間接被曝」とも
いわないはずなのですが。唐沢俊一の脳内で、「直接被曝」、「間接被曝」とは
どのように定義されているのかも見当がつきにくいです。

「直接被爆」ならどうか、二葉あき子は「直接被爆」を避けられたといえるのか――
という問題については、何か難しいなと思ったので、私は本文では逃げています。

http://www.weblio.jp/wkpja/content/被爆_被爆の概要
>直接被爆は、原子爆弾が爆発した当時に爆心地付近にいて、原子爆弾による
>被害を受けた場合に使われる。建物の影などにいて直接光線や熱線を浴びて
>いなくても、放射線は建造物を通過するので、この場合も直接被爆という。一次
>被爆ともいう。

爆心地からの距離のみ考えれば文句なく直接被爆 (一次被爆) になると思います
が、トンネルの中ともなると、「放射線は建造物を通過するので」に該当しないかも
しれない (トンネル内の列車の中まではなかなか到達しない?) と思ったためです。
トンデモない一行知識 |  2011年08月21日(日) 16:30 |  URL |  【コメント編集】

●被爆

>広島出身で、ちょうど原爆の投下のとき、帰省していた。
>投下の瞬間に偶然にも乗っていた汽車がトンネルに入り、直接被曝を避け
>ることが出来て一命をとりとめた。もちろん、大量の放射線を浴びて被曝は
>したが、それでも96歳まで長寿を保った。

 ここで、唐沢は無知ぶりを発揮していますね。一連の原発事故問題で「被曝」という言葉を知り、原子力関係は「被爆」ではなく「被曝」というのだと勘違いする。そして、早速、今回の追討に使用したのですが、トンネル内にいたので「被曝」は避けられたとしたら、近くで核爆発があって「被曝」したでは矛盾してしまう。そこで苦し紛れに考えたのが「直接被曝」。「直接被曝」は避けられたのに「もちろん大量の放射線を浴びて被曝」と言い訳するおかしさ。本当に無知蒙昧ですね。
藤岡真 |  2011年08月21日(日) 13:52 |  URL |  【コメント編集】

まあ唐沢俊一は、コミックソングや猥歌の歌詞を長々と引用して笑いモノにしよう
というのを得意にしていた人でもありますから……。それと西条八十の作詞した
曲の歌詞を全文引用して、通俗的とか貶して終わりということもやっていた人です
ので、菊田一夫を足蹴にするのも平気なのでしょう多分。

ただ、時代がかった表現や、現代の目から見ると違和感のある語彙をあげつらい
笑おうとする意図さえ、今回はあまり感じられないのに、あれっと思いました。
読者に笑ってもらおうとして、やらかす失礼ですらなくて、単に悪口をいっている
だけ、みたいな。

しかも、『フランチェスカの鐘』の歌詞は、

>極々当たり前の日常で、その日はちょっと事情があってそっけなく帰ってしまったけど、
>それが別れの日となった。

と普遍性のある内容でもあるし、昔の時代風俗をしらないと理解しにくい歌なわけ
でもないし、時代錯誤感とかをつつきまわすのに向いている歌とも思えません。
昭和 23 年の歌なら古めかしくても無理はないと思いながら (むしろレトロな感じを
期待することも) 歌詞を読むものではないかと思いますし。

さらに、
http://takurou.co-site.jp/natumero/
から、いろいろな歌の歌詞をざっとながめてみると、昭和 20 年代よりも昭和 30
年代の曲の方が、古さや通俗さを感じる曲が多いくらいかなと思いました。
昭和 40 年代になって、口語的というか話し言葉に近い感じの歌詞が出てきて、
いわゆる演歌とそれ以外の歌詞の雰囲気がわかれてくるような (←自信なし)。

ええと何がいいたいのかというと、「最初から歌詞を読みながら聞いていたら、
アホらし、と投げ捨てたかもしれない」という唐沢俊一の「子供の頃」というのは、
昭和何年頃で、どういう歌が周りにあったのかと。

私は実家で、そこいらに転がっていた古い歌本で昭和 20 年代から昭和 30 年代
にかけてのヒット曲の歌詞を目にしたり、懐メロ番組の好きな年寄りもいたりだった
せいか、「さよならバイバイ 言っただけなのに」に「チンカラカン」とあっただけで、
「アホらし、と投げ捨てたかも」とか言い出す“潔癖さ”みたいなものが、感覚的に
わからないなあと首をひねっています。そもそも唐沢俊一って、そんなに「通俗と
いうか格調の低い」ものを嫌っていたっけ、むしろ裏モノとしてひいきにしていた
のでは、と思うと、さらにわけがわからなくなります。
トンデモない一行知識 |  2011年08月21日(日) 12:51 |  URL |  【コメント編集】

●唄の分からない人

自分は改めて『フランチェスカの鐘』の歌詞を読んで、ゾクッとしました。
最初の歌詞だけで情景が浮かび、深い人間ドラマが展開されているから。

極々当たり前の日常で、その日はちょっと事情があってそっけなく帰ってしまったけど、
それが別れの日となった。

何故最後の別れになったのかは語られない。
語る必要も無いのが昭和23年だったかもしれません。
そんな背景を知らなくても、
「まさかあの日が最後に会えた日だなんて」
という予期せぬ恋の終わりを嘆く、その心情は現代でも同じでしょう。
ましてや未曾有の災害によって愛しい人を亡くされた方も多い今、
この唄に心揺さぶられる方も少なくないと思います。

「安っぽすぎる」と書かれた『チンカラカン』ですが、自分は
「あっけらかん」
と掛けているいるのかしらんと、悪い頭で考えました。
愛しい人を失った哀しみの中にいても普通に日常は続くという、
その落差を描いていた深い洞察に基づく唄だと思います。

「格調の低い」だなんて日本語を綴る事でお商売している方がよくも(内容にしても菊田一夫に対しても)書けたものです。
NNT |  2011年08月20日(土) 22:44 |  URL |  【コメント編集】

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