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2011.08.11 (Thu)

明るい光のなかにいた人だと思います<和田慎二

http://www.tobunken.com/news/news20110720132206.html

イベント
2011年7月20日投稿
暗いところにいた男 【訃報 和田慎二】

あれは今から三十数年前、1974年の春休みのある日。
〈略〉
注文品が運ばれてくる間の時間、その雑誌をパラパラめくっていた
私は、そこに載っていた、少女漫画とは思えないハードなアクション
もの作品に、魅入られてしまった。シャープな描線、後のアニメで
よく使われるような、スマートな(ちょっとだけ気障な)セリフ回し、
さらにはレイプや殺人のショッキングな描写。いずれも、それまでの
少女漫画には、求めても得られないものだった。
……それが和田慎二の作品『大逃亡』だった。

男のくせに少女漫画なんかを読んでいたのか、と言われそうだが、
この時期、萩尾望都の『ポーの一族』が評判を呼び、SF・ホラー
ファン中心に、男性が少女マンガを読むのが一種の流行のようになって
おり、私も友人たちに『ベルサイユのばら』の面白さを講釈したり
して悦に入っていたものであった。

とはいえ、それはその当時の私たちにとって“異文化”を面白がる
という一種のエキゾチズム、スノビズムの要素が多分にあったと
思えるものだった。あくまでも少女漫画はわれわれにとり、本来、
全く異る常識、感覚で描かれたキッチュな世界であったのだ。

……しかし、その作品は違った。あきらかに自分たちと同じ嗜好、
同じ感覚を持った者が、少女漫画という異分野の中で、堂々と存在感
を示しながら、しかも王道を行っていた。作品のあちこちに仕掛け
られていた楽屋オチが、自分たちと同じオタク(そんな言葉はまだ
なかったが)たちに向けてサインをビシビシ飛ばしていた。
『アラビアン狂騒曲』で空飛ぶカメが出てきて、
「お前、ガメラの親戚か?」
「へえ、オイでんねん」
なんてギャグには絶倒したものである。当時は少女マンガのおしゃれ
な世界に怪獣の名前が出てくるなど、ありえないことだった。
それはあきらかに、少女マンガの本道の読者たちでない、われわれ、
スノビズムで少女マンガを読んでいる者たちに向けての発信だった。
異邦人の街をさまよっているところで同国人が店を開いているのに
偶然出会った、というような感じだった。しかも、異邦人たちに
その店は評判で繁盛しているのだ。

やがて70年代後半。私も含め、それまで地方でオタク的活動を
続けていた者たちが続々と東京に集結しはじめ、当時の東京はオタク
文化の黎明状態となりつつあった。それまで仁侠映画などが中心
だった名画座のオールナイト上映も、客が集るというので、アニメや
特撮特集を多くかけるようになっていった。それまでは少ない情報を
頼りに、各地域の公民館などで五月雨的に上映されていた東映アニメ
の名作がまとめて上映され、池袋文芸坐、上板東映、吉祥寺東映
などに『ぴあ』を参照して回れば、二ヶ月に一度あてくらいで
『ホルスの大冒険』を見ることが出来るようになっていった。
そうしているうちに、『ピグマリオ』の連載が開始された。
……たぶん、私と和田氏はあの時期、名画座の暗い空間をかなりの
確率で同時体験していたと思う。

マンガの世界でもかなり早く、まして少女マンガの世界ではほぼ
初めて、オタク的な趣味を持ち込んだ先駆者であった。
第一次オタク世代の情熱と凝り性がいい具合に作品に作用していた
が、しかしまた、第一次オタク世代の欠点である、作品世界に
愛着があるあまりにスッキリ終らせられず、話が延々と膨らんで
しまう、という特長も持ちすぎるくらい持っていた。
それが元での出版社との決別など、トラブルを起したこともあった
ようだ。アニメ化、実写化された人気シリーズを持って、悠々自適
に作品を描ければどんなによかったか。
〈略〉
7月5日、虚血性心不全で死去、享年61歳。
早すぎる死であったと思うが、手塚、石森、藤子Fとならぶ、
これはマンガ業界という戦場における戦死者名簿の平均年齢なの
かもしれない。業界自体が考えるべき問題と言えるだろう。
いずれにしても、かつて同じ暗い空間にいた同志に、心からの
ご冥福をお祈りするものである。


藤岡真blog」の「田舎者のスノビズム」、「唐沢俊一検証blog」の「回向院(PART2)」に
特につけ加えることもないと思って自分のブログにはエントリーをあげなかった和田慎二
の訃報について。

何で今あげるかというと、数日前に買った『ミステリーボニータ』の特集、「和田慎二先生
メモリアルページ」の内容をメモとして残しておきたいかなと思ったため。

(そもそもそのために買ったのではなく、たまたま前の号を買っていて、和田慎二の訃報を
聞いて、では『傀儡師リン』の続きは読めないのか、いや最後の回が載っているかもしれ
ないと思ったためだったけど……載っていたのは追悼のメモリアルページと、「巨匠・和田
慎二の絶筆。」「CP (クレイジーピエロ) の愛と哀しみ、そして和田先生が魂をこめて描い
た最後のメッセージをあなたに…。」「『傀儡師リン』最新 14 巻、9/16 (金) 発売!!」との
コミックスの予告ページだった……。)

以下、『ミステリーボニータ』 9 月号の「和田慎二先生メモリアルページ」にはページ番号
がふられていないため、記述中のページ番号が間違っていたらゴメン……ということで。

竹宮惠子は『ミステリーボニータ』 P.166 に「カッコイイ麻宮サキ!」という描き文字つきで
麻宮サキの似顔絵を描いて、「和田さんのキャラを描いてみたのは初めてですけどやっぱ
り……マンガ家としてとっても近い……『同志』なんだな、と思いました」、「ペンのタッチ
や略しかた、髪のライン、ハイライトのつけ方…」、「マンガってこーゆーものだという基本
が同じなんです!」とコメントをつけている。

つまり、唐沢俊一のいう「シャープな描線、後のアニメでよく使われるような、スマートな
(ちょっとだけ気障な)セリフ回し、さらにはレイプや殺人のショッキングな描写。いずれも、
それまでの少女漫画には、求めても得られないものだった。」というのは、少なくとも、
「シャープな描線」についてはガセ、ということで。「スマートな(ちょっとだけ気障な)セリフ
回し」というのも、むしろ少女漫画の方が得意としていたのだし。

『ミステリーボニータ』 P.148 には、いまいかおるが、「同人誌時代 絵のかわいさとうまさ
にビックリ!」、「本人に会ってビックリ!! どこをどーやったらこのクマからあのかわいい
絵が……」、「――サギだ」と、四コマ漫画風に描いてもいる。絵、特に描線については、
「それまでの少女漫画には、求めても得られないもの」どころか、主流派だったといえる
のではないかと。

高階良子は、「ひらひら まったり ゆったり の少女漫画の中で 和田先生のスピード
感のあるあの作品は 全くたまらない魅力がありました。それでいて 華やかで繊細な
少女漫画の王道は はずしていませんでしたから、誰も真似のできない、和田製少女漫
画の世界を確立させておりました。今では 女性漫画家の中でも アクションシーンなどを
魅力的に描ける人も大勢出て来ておりますが、和田先生は 間違いなくこうした少女漫画
の作品世界を牽引してきた方だと思われます。」と書いている (『ミステリーボニータ』
P.161)。

少女漫画離れしていた点としてアクションシーンをあげている人は他にもいて、『スケバン
刑事』について、「少女漫画なのにアクションシーンが迫力あってワクワクしながら読んだ
のをおぼえています」 (秋乃茉莉、『ミステリーボニータ』 P.144) とか、「私にとって『セー
ラー服でバトル』の元祖は和田先生です! 強くしなやかで可愛いヒロイン達、少女漫画
でありながら スケールの大きなアクション… どの作品も大好きです」 (竹内未来、P.165)
とか。少女漫画なのにどうこうとは書いていないが、あろひろしの「読者を引きつけて離さ
ぬストーリー 骨太なアクションと魅力的なアイデア 小ワザの効いたくすぐり…」 (P.147)
とか。

それと、興味深いと思ったのは、永久保貴一 (ひとつかふたつ前の号で和田慎二とコラボ
企画をやっていた) や、美樹本晴彦のように、少年の頃、和田慎二の作品が掲載されて
いる雑誌を購入していた人たちの証言。

永久保貴一 (『ミステリーボニータ』 P.171)
>1975年ぐらいでしょうか…私が15歳あたりです.少年マンガ誌からエスパーやサイボーグ
>や二枚目の正義の味方が消えて,さみしく思っていたとき 本屋さんで「超少女明日香」
>のコミックを手に取りました。立ち読みで全部読んでから買いました。なんだ ぼくの
>好きな世界は少女マンガに引っ越したのかと… 友人の妹さんから借りた雑誌で面白
>かった「銀色の髪の亜里沙」や「わが友フランケンシュタインが同じ作家さんのものだと
>知り,作品を買いあさりました。後年 鈴木光明先生のマンガ教室のフォーラムでお会
>いしたとき「少女マンガの世界で男は少ないんだから仲良くしよう」と声を掛けていた
>だき,どれほどうれしかったことか… おいくつになられても,ゆるぎない和田作品を
>まだまだ描きつづけられると思っておりました。残念です。


美樹本晴彦 (『ミステリーボニータ』 P.182)
> 和田先生の作品に夢中になったのはまだ中学生だった頃、当時珍しく感じられた
>少女漫画でのミステリータッチに魅了された「銀色の髪の亜里沙」がきっかけだったと
>懐かしく思います。そして改めて和田先生のお歳を知って、なんと早熟であられたこと
>かと驚くばかりです。
> その後本屋さんで少々恥ずかしい思いをしながらも毎号「花とゆめ」を買ったり、4~
>5メートルのひもをつけたヨーヨーの戻って来る勢いにビビったのはもちろん「スケバン
>刑事」に惹かれてのことでした。


まあ少女雑誌を買うにあたって多少の気恥ずかしさはあったかもしれないが、唐沢俊一
のように、「男のくせに少女漫画なんかを読んでいたのか、と言われそうだが」に、「われ
われ、スノビズムで少女マンガを読んでいる者たちに向けての発信だった」とは、だいぶ
違うような気がする。

で、美樹本晴彦が「なんと早熟であられたこと」といった和田慎二は 1950 年生まれで、
21 歳の東海大学在学時にプロの少女雑誌家としてデビュー。

http://ja.wikipedia.org/wiki/和田慎二
>和田 慎二(わだ しんじ、本名:岩本 良文(いわもと よしふみ)、1950年4月19日 -
>2011年7月5日[1])は、日本の漫画家。広島県呉市出身[1]。漫画原作者・挿絵画家と
>しての仕事も手がけていた。
〈略〉
>代表作に『超少女明日香』シリーズ、『忍者飛翔』、『怪盗アマリリス』、『ピグマリオ』、
>『スケバン刑事』、『少女鮫』など。
>1971年、東海大学在学時に「パパ!」(『別冊マーガレット』9月号)でデビュー[1]。 ジャ
>ンルは少女漫画に分類されるが、作風としては壮大なファンタジーに加えて大胆なアク
>ションを取り入れたものが多い。


まあ当時の少女雑誌家は 10代デビューという人も結構いたと記憶しているので、格別に
早いデビューとはいえないかもしれないけど、デビューして 2、3 年で目立つ人気作家に
なっていったのは「早熟」といえそう。『大逃亡』のような 2 ヵ月連続での前後編掲載は、
当時の『別冊マーガレット』では人気作家のみが対象だったと思う (←違っていたらごめん
なさい)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/大逃亡
>『大逃亡』(だいとうぼう)は1974年集英社『別冊マーガレット』1・2月号に掲載された
>和田慎二の漫画。


その『大逃亡』を「1974年の春休みのある日」に唐沢俊一は読んだと書いているが、
雑誌が発売されたのは、1973 年の 12 月と 1974 年の 1 月のはず。いや最初の出会い
が数ヵ月遅れの漫画を置いてある食べ物屋だったのはしかたないとして――「男性が少女
マンガを読むのが一種の流行のようになっており」とふいている割にはショボい印象は
あるが――『銀色の髪の亜里沙』 (1973 年)、『超少女明日香』 (1975 年から)、『スケバン
刑事』 (1976 年から) を、どれもスルーするのは、ある意味すごいかも。

そのくせ、「『ポーの一族』が評判を呼び、SF・ホラーファン中心に、男性が少女マンガを
読むのが一種の流行のようになっており、私も友人たちに『ベルサイユのばら』の面白さ
を講釈したりして悦に入っていた」と少女漫画通の中学生だった自分 (1974 年以前の話
とすればそうなる) を自慢するのだから、たまらないというか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ポーの一族
>『ポーの一族』(ポーのいちぞく) は、萩尾望都による日本の漫画作品。漫画雑誌『別冊
>少女コミック』1972年3月号から1976年6月号に断続的に連載された。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ベルサイユのばら
>1972年21号から1973年まで『週刊マーガレット』(集英社)にて連載。
〈略〉
>1979年10月10日から1980年9月3日まで、日本テレビ系列およびクロスネット局の青森
>放送、山形放送、山口放送(いずれもテレビ朝日系列、山形放送は1980年4月以降)、
>テレビ大分、鹿児島テレビ放送(いずれもフジテレビ系列)で放送されたテレビアニメ。
>全40話。
〈略〉
>宝塚歌劇団で公演された演劇作品。1974年初演。


1974 年より前の時点で「SF・ホラーファン」として『ポーの一族』に目をつけ、漫画連載時
(宝塚やアニメの前)の『ベルサイユのばら』を友人に講釈できるくらい読んでいたとしたら、
かなり先見性があったともいえると思う。1970 年代も後半になれば、男性の少女漫画好
きが『りぼん』あたりにも手を出していたし、萩尾望都や竹宮惠子が少年誌に SF 漫画を
連載したりしているので、割と普通の話になる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/百億の昼と千億の夜
>萩尾望都によって『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて、1977年34号から1978年
>2号まで漫画版の作品が連載された[1][2]。


http://ja.wikipedia.org/wiki/地球へ…
>『地球へ…』(テラへ…)は、竹宮惠子による日本のSF漫画作品、および派生作品の
>タイトルの総称。『月刊マンガ少年』(朝日ソノラマ)に1977年1月号から1980年5月号に
>かけて連載された。全4部構成。


でも、まあ、「“もも色のぴらぴら”は“もも色のびらびら”に変更」のエントリーに引用した
ことがあるが、「73年当時の私(中学三年)がこれを読んだら、大興奮したことだろう。男の
子の性情報量の少なさは女の子の比ではなかったからねえ。」の唐沢俊一だから、多分
「私も友人たちに『ベルサイユのばら』の面白さを講釈したり」とか、少女漫画に詳しそうな
フリをしているだけかと。


そして、唐沢俊一のいう「やがて70年代後半。私も含め、それまで地方でオタク的活動を
続けていた者たちが続々と東京に集結しはじめ、当時の東京はオタク文化の黎明状態と
なりつつあった。」とかいうのと、和田慎二とどういう関係があるのかという問題があって。
前述の通り、和田慎二は 1950 年生まれで、1970 年代はじめからプロの漫画家として
活躍していたわけであって。

「それまでは少ない情報を頼りに、各地域の公民館などで五月雨的に上映されていた
東映アニメの名作がまとめて上映され、池袋文芸坐、上板東映、吉祥寺東映などに
『ぴあ』を参照して回れば、二ヶ月に一度あてくらいで『ホルスの大冒険』を見ることが
出来るようになっていった」なんていうのは、カットアップかワードサラダかといいたくなる
くらい (ここを参照) 日本語が壊れているし……。

多分、いいたかったのは、「それまでは少ない情報を頼りに、各地域の公民館などで五月
雨的に上映されているのを見るしかなかった東映アニメの名作が、池袋文芸坐、上板東
映、吉祥寺東映などでまとめて上映されるようになり、『ぴあ』を参照して回れば、二ヶ月
に一度くらいの割で『ホルスの大冒険』を見ることが出来るようになっていった」ということ
なんだろう。

それはともかく、『ホルスの大冒険』。

『ミステリーボニータ』 9 月号の「和田慎二先生メモリアルページ」には、高橋留美子も
追悼の言葉 (とイラスト) をよせている。

高橋留美子 (『ミステリーボニータ』 P.164)
>初めてお姿を拝見したのは,私が大学一年の時,東映アニメ「ホルスの大冒険」の
>上映会 会場でした。私はデビュー前で,遠巻きに見ていただけでしたが…


そこに高橋留美子が「スター…」とつぶやき、周囲の人たちが「さわさわ」「さわ」として
いるイラストがはいっている。「名画座の暗い空間」とかではなく、明るい光の下,教室か
会議室のように、二、三人用の長机と椅子が並んでいる光景である。

1957 年生まれの高橋留美子が大学一年ということは 1975 年のことか。1958 年生まれ
の唐沢俊一も、浪人しなければ、アニドウの上映会などで会うことができたのだろうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ピグマリオ
>『ピグマリオ』は1978年花とゆめ(白泉社)7号から1990年同誌20号に連載された和田
>慎二のファンタジー漫画、およびそれを原作としたアニメ。ギリシャ神話のピュグマリオ
>ン伝説がモチーフになっている。


その他参考
漫画家の高橋留美子さんが先輩の唐沢俊一氏からアドバイスを受けた時に言った名言!?


だいたい、唐沢俊一のいう「第一次オタク世代の情熱と凝り性」というのも、頭がクラクラ
する言い草であって……。和田慎二の「情熱と凝り性」については、以下に引用する通り
追悼でふれている人もいるが、1958 年生まれで 30 歳過ぎてから (弟のおかげで?)
デビューした唐沢俊一が「第一次オタク世代」を自称する一方、1950 年生まれで 1970
年代初頭からプロとして第一線で活躍していた和田慎二を同じ「第一次オタク世代」に
分類するとはどういうことかと。唐沢俊一のどこに「情熱と凝り性」があるというのかと。
いくら何でも図々し過ぎる。

柴田昌弘 (『ミステリーボニータ』 P.160)
> 彼がその雑誌から出た後、編集部は私をポスト和田慎二みたいな扱いでプッシュしよ
>うとしたらしいが、彼と私とは似ているようで左回りに150°くらい位相が違っていた。
>性格も感性も。大雑把でいい加減、ドライな性分の私に対して彼は作品のクオリティに
>関して小さなことにまでにこだわり、実に頑固だった。〈略〉
> 合作をやったときのことだ。〈略〉 こんなに俺のキャラ出しやがってとぶつくさいうので
>(分身して一度に5人も出て来るから当然なのだが)キャラの主線を入れてやろうかと
>提案したら、絶対にそれはするなとそりゃえらい剣幕で拒絶された。自分のキャラを大
>事にするやつだったな。おかげで押せ押せとなり背景やら仕上げやらうちのスタッフは
>大迷惑を被ったのだが。


中山星香 (『ミステリーボニータ』 P.173)
>漫画ファンとしても道を極めてました…
>水野英子先生の すてきなコーラの H12年発行の時に一部紛失した頁を雑誌のコピー
>から拡大鏡とホワイトで修正したとかで… 「線のブレや汚れを消すのです(はてしなく)」


和田慎二の言として「今なら真っ黒な紙に黒い線を残してホワイトを入れて水野先生の
キャラクターを描けるぞ」というのを紹介してもいる。


さらに、唐沢俊一は、「しかしまた、第一次オタク世代の欠点である、作品世界に愛着が
あるあまりにスッキリ終らせられず、話が延々と膨らんでしまう、という特長も持ちすぎる
くらい持っていた」とか、ロクに読んでもいないのに (←決めつけ) 勝手なことを書いても
いる。

「それが元での出版社との決別など、トラブルを起したこともあったようだ」というのは、
『少女鮫』の衝撃のラストのことかなあ……。見開きに海が描かれて、ブルーハーツの
『リンダリンダ』の歌詞が――というアレは、確かにすごかったけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/少女鮫
>過酷な環境に育ち、様々なサバイバル・戦闘技術を身につけた少女アル(R)こと涼子の
>物語。
>1999年に最後の巻が出るが、ブルーハーツの『リンダリンダ』という曲で唐突に終わっ
>てしまうという異様なラストだった。これは著者と出版社との見解の相違などで無理や
>りに終わったことなど、後に漫画家野間美由紀のサイトの日記で詳細が記され、ネット
>上で論議を呼ぶ。実際、著者はこの連載以降、白泉社と決裂して「花とゆめ」で執筆を
>しておらず、のちに白泉社から作品の版権を引き上げているため、この作品を含めて
>白泉社レーベルのコミックスは全てが絶版となっている。


そういえば『ピグマリオ』も打ち切りみたいなもので、主人公も死亡だっけ。途中で成長薬
か何かの作用で大人になった姿で登場したけど、とうとう大人になれなかったというオチ
だったような。

それはともかく、『少女鮫』が念頭にあったとしても、「スッキリ終らせられず、話が延々と
膨らんでしまう、という特長も持ちすぎるくらい持っていた」というのは、単なる事実誤認の
ような……。『スケバン刑事』だってちゃんと完結しているのだし。

『ミステリーボニータ』 9 月号には、別冊の『和田慎二メモリアルBOOK』というのがついて
いて、『Lady Midnight』と、新谷かおる、竹本泉、いがらしゆみこ、美内すずえによる追悼
が収録されている。最後のページで美内すずえが書いていることは、以下のようなこと。

>「スケバン刑事」と同時に連載が始まった「ガラスの仮面」。35年経った今も、こちらは
>まだ継続中です。新人時代からともに同じ雑誌で描き、読者アンケートでトップ争いを
>し、同じように作品が遅れ、たびたびホテルに缶詰めになり…。


『ガラスの仮面』のようなものは、和田慎二の作品にはないんじゃないかなあ。というか、
「スッキリ終らせられず」の原因は「話が延々と膨らんでしまう」からという問題でもない
ような気が少々……なぜか『7つの黄金郷』という文字が頭に浮かんだり……ええと、
『ガラスの仮面』は近々連載再開とのことで期待しています、ということで。

ちなみに、美内すずえの追悼には、以下のようにも描かれている (漫画形式)。

『和田慎二メモリアルBOOK』 P.66
>「わっはっはっ」
>「こっちはいいぞお~! なんでもあるし なんでもできるぞぉ」
>「こっちは天国だぞ」
>またガンさんの夢…
>「あんたが“天国”にいるのは わかってるって」
>「それより締め切り直前 一時間半の仮眠中に出てくるのはやめてくれる?
> 寝た気がしない…」
>「しかも連続5日間」
>フキンシンかもしれませんが…(実話です…)


不謹慎とは思いませんが、何かシャレにならない感じがして怖いです…… (泣)。

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