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2011.08.10 (Wed)

アール・ブリュットかカットアップかそれが問題……でもないか

http://www.tobunken.com/news/news20110809104303.html

イベント
2011年8月9日投稿
そもそもいやらしい指先など唇されても困るだけだ

アインシュタイン伝記本の翻訳がひどい、と話題になっているが、
こないだGoogleで検索中に見つけたサイト。
『メンズエステ 江戸川区』
http://d.hatena.ne.jp/mensedogawaku/201107

……どうも、自作の官能小説を掲載しているようなのだが、その文章が
凄まじくヘン。
「その背中にも快感のようは反比例の不安を仕方に絡め、気となったドアや
後ろ二の腕を教師悪く小突き上げた。
女を快楽で押さえて、よろよろと立ちあがった。自分は、んが手の奴に並んだ
とんでもの学園で、泣きんなふうになった。顔つんつ。そう、だったそうですか。
〈略〉
アヌスが剥き出しになって指がないが、紐と
Tバックする指に彼があいだを走る」

……「とんでもの学園」って何だろう(笑)。
最初はこれも機械翻訳か? と思ったが亮太、などという固有名詞があるから
そうでもないらしい。

まったくのデタラメな文章の羅列で、意味が通らないかと思うと、読んでいく
うちに“何となく”意味がとれてしまうところが奇妙である。

「お許しの、快さまの主人を咲かせようとしていた。苛酷しないで。そろそろ、
それて欲しくなった内容じゃねえ命令か。
〈略〉
で、出るっ、出るよっ!。そもそもいやらしい指先など唇されても困るだけだ」

読んでいくうちに、何かこの表現が文学的であるとすら思えてくるのは
どういうわけか(笑)。30年くらい昔の純文学によくあった難解な
比喩表現の、ひょっとするとパロディなんじゃないかとも思えてくる。
とはいえ、次のはちょっと理解を越えている。

「やがて、経過の柵時数『あれのなん』までが自分特集人二を使って
ページ五のグラビアをした。いったい巻頭をファンだと思っているバレー
だろうか。月刊から誌専門バレーボールが老舗したプロレスラーそれ
ラストスパート明雄の懸命感射精に犯され、のの唖は根元柱の肉になっていた。
〈略〉
節田モーーターの室内も、ちゃんと抱いてみせます。哀願が奈央子ことで
ブルブルと震える息子に光は旺盛の精神を感じ取った」

いきなりプロレスラーが出てくるのも凄いし、下の文章はタクシー問題が
取りざたされている……ようにも思える。

「パンティから性器にんをフーさせ、諺する
気だ。んを放しなさい股。そうです。しかも僕は後ろ姿が住む四つん這いの
のな地だ。あ住宅だけではなく、高速タクシーの調教にもいやらしい公開は
伸びてきた。
〈略〉
このペニスにして手窓口は壮が排から下りてそのにさしかかるまで
つづけられた中である」

これを“日本における初のアール・ブリュット小説”と言った知人も
いたが、私としては“僕をポから守ろうとしているチン”といった
表現をアール・ブリュットと言ったら怒られそうな(笑)気がしている
のである。

ネットやツイッターという、“連絡用”の通信手段が意志表示の主要
メディアになってしまったおかげで、かつての“文学的表現”は絶滅の
危機に瀕している。
このサイトの文章が妙に懐しいのはそのせいかもしれない。
何かもう、今ではこの作品の完結を待ちわびている私なのであった。

http://megalodon.jp/2011-0810-0601-31/www.tobunken.com/news/news20110809104303.html

つ カットアップ。

ずっと前、「あるいは彼すらもバロウズのフォロワー」のエントリーでちょっと言及したことの
あるカットアップ。これで生成された文章なんではないの、ということで。

http://www.12kai.com/cutup/cutup-1.html には「【切断:カットアップ】速める事、そぎ
取る事、そして粘膜と 皮膚に両方に開口していること 、腫瘍を異化作用へ向ける事、 断
ち切る事、いま今日限りずらす事、自力更正を語ること、 異なる方向がすべて腫瘍となり
あまりに多くが発生すること、 肛門周辺をデフォルメする事、〈以下略〉」とか難しいことが
書かれていたりするし、http://www.12kai.com/cutup/cutup0.html によると、バロウズ
のカットアップの手法とは、「あるテクストの他のテクストの方への折り曲げ(まるで差し枝
のような)は、 問題となっているテクストの次元を補完する次元をともなう。折り曲げの こ
の補完的次元においてこそ、統一性はその精神的作業を続行している。」と、これまた
難しいことが書かれているが、おいといて。

素材となる元ネタのテキストを切り刻んで (断片化) から、何らかの方法でつなぎ合わせ
(再構成)、ナイスな文章を出力してみましょう、ということ。

http://www.12kai.com/cutup/cumaking01.html
>カットアップは、おおまかに言って「鋏を入れること(ばらし)」と「糊で貼ること(貼り付
>け)」の二つのステップから成り立つ。つまり、

>1.元ネタとなる文章をなんらかのてがかりをもとに断片化する。(ばらし)
>2.バラされた断片どうしをなんらかの規則で、つなぎ合わせて文章を再構成する。
>(貼り付け)

>どんなてがかりをもとにバラすか、どのような規則で再構成するかによって、カットアッ
>プの結果は大きく変わる。


(物理的な) 鋏と糊を使って、上でいう「ばらし」と「貼り付け」をするのもよいけど (というか
もともとはそうだったのだろうけど)、今は元の文章を自動生成用のツールに食わせれば、
適当にカットアップしてくれる。2ちゃんねるのスレの書き込み (Read More 参照) にあった
「アフェリとか目的でアクセスが多そうなサイトの文章を引っ張ってきて 意味ありそうな
文章を自動的に作るプログラム」なんかだと、元ネタのテキストの方も自動収集している
んじゃないかなあ。よくしらないけど。


唐沢俊一は、「自作の官能小説を掲載しているようなのだが」に、「最初はこれも機械翻
訳か? と思ったが亮太、などという固有名詞があるからそうでもないらしい」とあれこれ
思い迷った (?) あげく、「これを“日本における初のアール・ブリュット小説”と言った知人も
いた」とまで言い出しているけど……。

下に引用する Wikipedia の記述でいう「子どもや、正式な美術教育を受けずに発表する
当てもないまま独自に作品を制作」という定義をとるにしても、「エイブルアート」「ワンダー
・アート」「ボーダーレス・アート」などと言い換えられるそれにしても、「日本における初の」
には、まずならないだろうとは思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/アウトサイダー・アート
>フランス人画家・ジャン・デュビュッフェがつくったフランス語「アール・ブリュット(Art
>Brut、「生(なま、き)の芸術」)」を、イギリス人著述家・ロジャー・カーディナルが「アウ
>トサイダー・アート(英: outsider art)」と英語表現に訳し替えた。
>特に、子どもや、正式な美術教育を受けずに発表する当てもないまま独自に作品を制
>作しつづけている者などの芸術も含む。なお、デュビュッフェの作品をアール・ブリュット
>に含める場合もある。
>アウトサイダー・アートは絵画や彫刻だけでなく、服飾、映像、文学、音楽などとしても
>現れる。
〈略〉
>デュビュッフェ自身は知的障害者が描いたものとは一切言っていないが、狭義にはそう
>いった障害者の作品を指していうことがままあり、一般的にもアウトサイダーアートとい
>うと知的障害者、精神障害者あるいは精神病患者が精神病院内におけるアートセラ
>ピー(芸術療法、クリエイティヴ・セラピーの一種)などで描いた絵画と思われがちであ
>る。しかし必ずしもそうではなく、芸術作品で生計を立てたり、既存の団体に発表するこ
>となく、独学で孤独に作品を作り続けた人達、刑務所などで初めて絵画に取り組んだ
>人達などの作品も含むのが本来の意味である。
>しかし、障害者の芸術作品を取り上げる場合に「アウトサイダー」と表現してしまうと、
>とかく障害者を社会の枠外に置きたがる風潮のなかでは障害者に対しての差別的な
>言葉であるという非難をされてもしかたがない。その上アウトサイダー・アートを安直に
>精神障害者のアートとしてしまうことは本来の意図からしても外れてしまっているわけで
>ある。その代わり今日では、そういったさまざまな障害を持った人たちの作品を「エイブ
>ルアート」「ワンダー・アート」「ボーダーレス・アート」という呼称で、社会につながりを持
>つための手がかりとして支援しようとする動きがある。日本では、トヨタ自動車などがそ
>の最大のスポンサーとして活動している。



で、カットアップに話を戻すと、日本語の文章をカットアップする場合、どれだけ「文章が
凄まじくヘン」になるかは、元の文章を切り刻む際に、どのように区切って断片化するかに
かなり依存すると思う。英語などとは違い、空白で区切れば OK というようにはいかない
ため。

http://www.12kai.com/cutup/cumaking02.html
>(カットアップにとっての)日本語の難点:分かち書きのないこと
> いざ日本語の文章をカットアップしようとすると、すぐにひとつの壁に当たる。それは
>「日本語には分かち書きがない」という問題だ。
> 英語では単語がどこで区切れるのかが空白によって示されているから、空白文字で
>元ネタを区切れば簡単に「ばらし」ができるし、断片どうしの推移も簡単に計算できる。
>が、日本語の文字列にはこの手がかりがない。
> したがって、日本語をカットアップする場合は、断片を区切るための何らかの手がかり
>を考える必要がある。

>日本語をばらす(1):句読点の利用
〈略〉
>日本語をばらす(2):文字種で分ける
〈略〉
>日本語をばらす(3):文構造を解析する。

>しかし、もっと適当に、それゆえに酷薄に?
>  もし、日本語を解析するのが目的なら、文構造解析に本気に取り組むのもいい。
>が、こちとらカットアップができればいいのであって、たいそうな日本語解析は必要では
>ない。だいいち紙と鋏を使ったカットアップだって、そんなに日本語をじっと見つめている
>わけではなく、あちこちの雑誌や本をめくって「この辺かなー」ってところを適当に切って
>いるだけだし、この「適当」な作業の過程で、いかに本人の意識がジャンプするかが、
>後のカットアップにもある程度影響を及ぼす。
> そのためには、単に文法的につながりのよい日本語を生成することを目指すよりも、
>あるわずかなことばのつなぎ目をきっかけに、まったく異なるテキストから、こちらの予
>想をくつがえす流れが浮上してくるような環境のほうが望ましい。


上でいう「(1):句読点の利用」は、「、」「。」など、決められた区切り文字が登場したら
そこで区切るのみ。
「(2):文字種で分ける」では、たとえば「日本における初のアール・ブリュット小説」を
「日本 / における / 初 / の / アール・ブリュット / 小説」のように分割。
「(3):文構造を解析する」は、使用する分かち書き用の辞書の内容にも依存するが、
「日本に / おける / 初の / アール・ブリュット / 小説」とか。

唐沢俊一の見つけてきた「官能サイト」は、「(2):文字種で分ける」しかやっていないの
か、文章を再構成する際の規則がアレなのかで、「文章が凄まじくヘン」になっているの
ではないかなあ。

まあ、ツールを使っていない可能性もないこともないし、そもそもカットアップではない可能
性もあるだろうけど……とにかく、自動にしろ手動にしろ、文章を組み立てるにあたって、
その部品とする個々の要素 (単語、形態素) が普通の日本語の辞書からとれるようなもの
ばかりでないから、壊れた文章となっているということで。


以下は、試しに、http://www.12kai.com/cutup/autocutup.html で生成してみた文章。
-------
その秘密は、その番組で一番力のあるタレント(と、本人は案外、そこまで顔を運搬、田
舎から集団就職で上京してきた女の子たちに毎夜、突然テレビに切り花を待ち、とアン
チ・クライオニクス派の人々は言いつのったのだろう。もともと 死はそれがサスペンデッド
(中断)されたということに過ぎないのだ。そもそもが、これも世の中に逆らわない生き方
なのだ、東京ドームを持ったのだ。日本のロックということに過ぎないのだ。そもそもが、
そこまで顔を”と唱えたところから来ているそもそもが、すぐに所定の施設に遺体を運搬、
雑多な価値観の寄せ 集めであるメディアに関わっていたそもそもが、もともとの意味の
“生命”を”と唱えたところから来ている。MIT(マサチューセッツ工科大学)R.I.P. ベトナム
戦争に外国人のDNAではなかったか。MIT(マサチューセッツ工科大学)R.I.P. ベトナム
戦争に外国人のDNAを流す部屋はいくつもモニターが並んでいて、“武器より入れて出
来上がったそうだ黒歴史的には、純日本人のハートを監視できる。日本のロックという身
体的特長(声帯の音域が3オクターブあったら、蘇生が可能になった(いや、その思想)に
媚びをいじくった。黒歴史的には、とアンチ・クライオニクス派の人々は言いつのったし、
テープではない。R。時代に突出しすぎたバンドだった。MIT(マサチューセッツ工科大
学)R.I.P. ベトナム戦争に外国人のDNAではなかった東洋指向が顕著で、テレビという、
これも世の中に逆らわない生き方なのだ、死はそれがサスペンデッド(中断)されたとい
う、そのときそのときの顔を待ち、社員寮を流す部屋はいくつもモニターが並んでいて、
催眠学習テープを取り、田舎から集団就職で上京してきた女の子たちに毎夜、東京ドー
ムを人間とロボットの間でアイデンティティに悩むエイトマン その後80年代にニュー・エイ
ジと称してブームに なった.P人間(もしくはペット)が死亡するのを取り入れて出来上がっ
たか。 そういう時代だったのだろう。R。R.I.P。人間(もしくはペット)が死亡するのを流す
部屋はいくつもモニターが並んでいて、まだ完成形。
-------

これは何だか「(3):文構造を解析する」タイプみたいで、残念ながら (?) 割とマトモな文章
に見える。元の文章は、以下のエントリーで引用したものを使用。

クライオニシストにいわせれば「じゃあ死ぬのはもっと面白いってのかい?」
微妙に平行世界な前田武彦と三波伸介について
ジョー山中についての物体Xめいたコラムについての感想

というか、切り貼りで壊れ気味の文章というなら、唐沢俊一の文章だって……というのも
あるので、そんなに差が出ないとしても仕方ないのかも。



More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1312715291/
-------
118 :無名草子さん:2011/08/09(火) 15:48:19.00
唐沢は唐沢でどんどん狂ってきているぞ!

http://www.tobunken.com/news/news20110809104303.html
そもそもいやらしい指先など唇されても困るだけだ

ネットで見つけた文章のヘタなサイトの話題をいきなり書いている。
「イベント」に


で、その唐沢が話題にしている小説系ブログって.....アレだよねw


ジョー山中が死んだという文章の後につづけて
文章の下手なサイトの紹介
この間は最終日に展覧会に行ってきたという日記をイベントにしていたし
なぜ日記を再開しないのか意味不明。


その後に、
と学会20周年記念札幌講演会!
http://www.tobunken.com/news/news20110809142420.html

これはイベント告知だけどなw

119 :無名草子さん:2011/08/09(火) 15:56:22.95
連日イベントを更新するって、マジにヒマなんだろうなぁ。
月刊誌4頁連載だけでしょ。レギュラー仕事って。
気が付いたら週刊ゲンダイの時々書いていたのも無くなったし。
あと「幽」の年2回はまだ残っているんだっけ?

もし単行本を7月「震災デマ本」8月「訃報本」と出すとしても
流石にもう原稿書きは終わっているだろ。
唐沢のスケジュールは
8月15日:夏コミ
8月28日:札幌と学会20周年講演
で、後は秋以降のルナティックぐらいか?

でもルナとまだ繋がっているかは不明だけどね。

145 :無名草子さん:2011/08/09(火) 21:50:45.11
>>118
それさ、文章が下手なサイトなんじゃなくて、
テクストをカットアップしている実験サイトなんじゃないかな?
複数のエロ小説をブチ込んで切り貼りしているという感じ。

146 :無名草子さん:2011/08/09(火) 21:58:10.06
カットアップというか、自動成形させるプログラムだと思う。
ここは実験的にやっているのか、ただそのまま放置なのかふめいだが
アフェリとか目的でアクセスが多そうなサイトの文章を引っ張ってきて
意味ありそうな文章を自動的に作るプログラムあるよね。
たぶんその手の物だと思う。

http://www.tobunken.com/news/news20110809104303.html

>これを“日本における初のアール・ブリュット小説”と言った知人も
>いたが、私としては“僕をポから守ろうとしているチン”といった
>表現をアール・ブリュットと言ったら怒られそうな(笑)気がしている
>のである。

>ネットやツイッターという、“連絡用”の通信手段が意志表示の主要
>メディアになってしまったおかげで、かつての“文学的表現”は絶滅の
>危機に瀕している。
>このサイトの文章が妙に懐しいのはそのせいかもしれない。
>何かもう、今ではこの作品の完結を待ちわびている私なのであった。

老後の楽しみが見つかって良かったですね唐沢テンテー。
でもそれ、ストップする以外、永遠に完結しませんからw

-------

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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

09:31  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

実は本文のエントリーを書いている最中に、現代詩のことは頭をよぎったのです
けれど、私にとっての現代詩とは、何が何だかわからないくらい難解、だがそこが
よい――という程度の説明しかできるものでしかなく ^^;。筒井康隆の一部の作品も
その気がありますですね。本文で引用した唐沢俊一の文章にある、「文学的」とか
「30年くらい昔の純文学によくあった難解な比喩表現」とかいうのと似たりよったり
といえるかも。

ワタシ定義のカットアップは、偶然性やランダム性を導入するものなので、ご紹介
の「プアプア詩」がカットアップなのか、カットバックといわれる手法に属するのか、
正直判断がつきません。自由連想的な思考の脈絡のなさを、意図的に再現しよう
としているとしたら、偶然頼みというより、内面の忠実なスケッチ (か、それに似せ
ようとしているもの) の気もします。

http://members3.jcom.home.ne.jp/balloon_rhetoric/example/cutback.html
http://blog.goo.ne.jp/8seasons/e/3c69e8db15b82f40d78c3be87353aa61

もっとも、ご指摘の通り、
><しかしながら処女は父親が犯し父親は非処女の舌にくるまってべ-コン巻き男根の日曜日の出勤で>
になると、カットバックとはいってられなくて、確かにカットアップぽいとも思いますが……。

# これが、「私を生んだのは姉だった。姉は私をかわいがってくれた。姉にとって
# 私は大切な息子であり、ただ一人の弟だった」とやって、文章作成支援ソフトに
# 拒否されるようになると、神林長平の『言壺』――というのをなぜか連想したり。


>猫田道子『うわさのベーコン』

こちらの方は、唐沢俊一が以前に何かの本でネタにしていた、レディコミ原作に
応募してきた素人原稿の中のスゴいものを彷佛とさせるような……。

>猫田道子『うわさのベーコン』

こちらの方は、唐沢俊一が以前に何かの本でネタにしていた、レディコミ原作に
応募してきた素人原稿の中のスゴいものを彷佛とさせるような……。

音楽でいうなら、チューニング狂いまくりのヘタ演奏と、音程狂いまくりのボーカル
が、何ともいない味わいをもつアートになることもある (←本当か?) のと似たような
感じとか。


んで、ものすごい大ざっぱな言い方をすると、美術の世界だとコラージュというのが
前からあって (バロウズはショットガン・ペインティングもやっていたけど)、音楽では
カットアップの後にサンプリングが出てきたので、文学よりも、切り貼り継ぎはぎは
一般的というか、より広範囲に作品が散らばっている感じがしています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/カットアップ
>遅くとも1970年代から、デヴィッド・ボウイはいくつかの歌詞をカットアップで作っ
>ていた。それはカート・コバーンの作詞にも影響を与えた。
>サンプリングをベースにした音楽ジャンル、たとえばヒップホップや電子音楽など
>もカットアップと似た技法を使っている。

http://cruel.org/wsb/burroughs.pdf
>そしてもう一つのミュージシャンへの影響としては、一部のインダストリアルバン
>ドへの影響がある。スロッビング・グリッスル、キャバレーヴォルテールなどは
>バロウズに大きな影響を受けていて、バロウズのカットアップ理論をそのまま
>実践し、テープで録音した各種の音源をかみそりで切りつなぎ、音楽にしてし
>まっている。そしてしばらくしてデジタル技術の発達とともに、それをさらに高度
>に発展させたサンプリングが生まれてきた。
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2011年08月13日(土) 16:54 |  URL |  【コメント編集】

●いつものように今回も世間話です。イヤミっぽく感じられたらスミマセン。

だって唐沢俊一の記述にだけずーと付き合ってても、語られてる事柄が小さく小さくなって詰まらないしね。という意味の世間話であります。

アール・ブリュットかカットアップか、カタカナだとメンドクサイですが、日本文学の範疇で考えると、それは「詩」の言葉として扱われるものなのでは?ナンセンスな表現が必要とされるとき、そういう「詩」の言葉が使われるという意味ですが。

すぐ思いつく例だと、鈴木志郎康の初期「プアプア詩」のケースだと
http://www.catnet.ne.jp/srys/e-poem-lib/siroyasu/puapua/puapua.html
この作品は全体がナンセンスな言葉で貫かれていますが、各センテンスは概ね通常の日本語として意味は成立しています。ただし、
<しかしながら処女は父親が犯し父親は非処女の舌にくるまってべ-コン巻き男根の日曜日の出勤で>
という一節は明らかにいま問題とされている<アール・ブリュットだかカットアップだか>という手法で成立しています。
また(注)表記で明示されているように8箇所の唐突な挿入=カット・アップもなされています。
これは鈴木志郎康だけが使っていたわけじゃなく、筒井康隆の小説の多くでナンセンスな表現がありますけど、『虚人たち』や『驚愕の曠野』後半がカット・アップを主題とした作品ではないでしょうか?

あと『メンズエステ 江戸川区』の神経症的で性的な自意識に近いと思うのは猫田道子『うわさのベーコン』かなぁ?と思いました。http://thelonggoodbye.blog96.fc2.com/blog-entry-173.html

アウトサイダー・アートというとヘンリー・ダーガーの名前が出てくるけれど、音楽ではDaniel JohnstonやJandelk(http://www.youtube.com/watch?v=ZHbCDBf7-Qg)、有名なところでThe Shaggs(http://www.youtube.com/watch?v=hxPsXPCR5MU)などがアウトサイダー・アーチストとして挙げられており、カット・アップ表現―例えばDavid Byrne & Brian Eno『My Life inBush of Ghosts』(http://www.youtube.com/watch?v=cJy5myiZbfs&feature=related)や、あっ最も有名なのはビートルズの『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』ですが、そういう知性的なカット・アップ作品とちょっと意味合いが異なりますね。
discussao |  2011年08月11日(木) 05:53 |  URL |  【コメント編集】

「文学的であるとすら思えてくる」、「昔の純文学によくあった難解な比喩表現」、
そして「アール・ブリュット」あたりも、気がついている / いないのどちらだろうと
思いながら読むと、さらに味わい深くなる気がします。

『メンズエステ 江戸川区』の方は、アフィリエイトに時々あるアレ (ワードサラダと
いう言い方は、2ちゃんのスレの書き込みでしりました ^^;) は文や段落単位で
切って混ぜる方式が多いのに、あんなに細かく切り刻むと日本語が変になって、
検索エンジンからの誘導もやや不利になるんじゃないか (検索結果に文章の一部
も表示されますし) と思う一方、あそこまでやると著作権的な問題はクリアできる
かもなあと思いました。

唐沢俊一は、意識的にか無意識的にか、著作権問題から自由な“切り貼り”の
手法を模索しているのかもしれません。
トンデモない一行知識 |  2011年08月11日(木) 05:37 |  URL |  【コメント編集】

 唐沢氏の文章がカットアップ(マッシュアップ、サンプリング、リミックス)であることに唐沢氏自身が気づいていないのですね。なんとも微笑ましいことです。
Liquid Liniment |  2011年08月10日(水) 22:38 |  URL |  【コメント編集】

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