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2011.07.17 (Sun)

「原発に関する裏モノチックなネタならいくらもありますが」の唐沢俊一先生?

『怪体新書』 P.22

『The Horror of Party Beach』
という
米のZ級SFホラー映画がある
大学のビーチパーティに深海から現れた原子怪獣がまぎれ込む設定で、
あちらのSF映画の雑誌が、史上最低のオリガミをつけたそうだ。
〈略〉
こういうのにくらべるとわが国の『ゴジラ』(’54)は評価が高いが
あくまでもこういうのとくらべての話である。いばっちゃいけない
(2作目ができたとき作られた「ゴジラさん」という小唄はケッ作であります.
CDできけます.
ゴジラさん ゴジラさん♪)
「アレはその年の3月に起きた第五福竜丸事件の騒ぎをアテコんで
わずか8ヵ月後に封切られた、いわば王道キワモノ映画、としてとらえるべき
ものだろう」
このビキニ環礁の水爆実験による放射能の恐怖は、世界に大ショックを
与えた。同じころ仏のジャック・エームによってデザインされた水着は、その
大胆な肌の露出でこれまた世界中に大ショックを与え、それ以来この水着は
“ビキニ”と呼ばれる
けっこういーかげんだ
そういえば力道山のころのプロレスで「日本に原爆を落としたB29の乗員
だった」というフレコミで“ミスターアトミック”という覆面レスラーがいたな
(顔の資料ナシ)
「これもいいかげんだ」
「いいかげんといえばこのころの大新聞もけっこうアバウトで」
「東京裁判の検事のことを勝手に『アル・カボネを裁いた鬼検事』などと
書いていたりした」
「エラソーなことは言えませんねー 新聞も他マスコミも」
「放射能に関してもまたしかり」
ラジウムが発見されたばかりのときには、それがどういうものだかわから
ないままに使用法を考えた記事が多く現れた
(暖炉の中に石炭の替わりにラジウムを入れると燃料がちょっとでも部屋中
あったかいとか...)
人体に入った放射能は甲状腺に蓄積されるのでミソ汁を飲むと放射能が
洗い流されるとかね
(ずずず)
「なんだかなあ」


×ジャック・エイム ○ルイ・レアール
×水爆実験 ○原爆実験

それが『放射能汚染に関する正しい知識』なんですか、唐沢俊一先生」と同様、唐沢
商会名義の『怪体新書』から。

前エントリーでも思ったのだが、「原発に関する裏モノチックなネタならいくらもありますが」
と唐沢俊一が豪語した (ここを参照) のは、もしかしたらこの『怪体新書』のときに集めた
ネタが念頭にあったせいなのかも。「いくらもありますが」という割には、若狭湾エネルギー
研究センターに「唐沢先生は原発に対しどうお考えで」と言われた件とか (ここここ
参照) とか、その他の裏モノ日記の記述 (ここを参照) を拾い集めても、たいした数になら
ないなあと不思議に思っていたのだ。

しかし、この『怪体新書』の雑学 (もどき?) ネタというのは、『トンデモ一行知識の世界』
『トンデモ一行知識の逆襲』に多数使い回されているのだけれど、原発や放射能のネタと
いうのは、これらの本にはほとんど見あたらない。……ボツになるだけの理由があった?


たとえば、「こういうのにくらべるとわが国の『ゴジラ』(’54)は評価が高い」とかいわれ
ても、『The Horror of Party Beach』の予告編の動画を見ると――見るというか、しょっぱな
の能天気な BGM を耳にすると――本当に「こういうの」と比べられたりしていたのかと疑問
に思えるし。

http://www.youtube.com/watch?v=tOS31j9dtoA
> "Weird atomic beasts...who live off human blood!" prey in the 1960s cult classic
> once referred to as "The First Horror Monster Musical."
〈略〉
> I saw this at the movies when I was 12.
> Even then I knew it was a piece of shit.
> It stinks even more with age.
> TheJomogogo 9 か月前


- http://www.youtube.com/watch?v=UEc2P35jsrU
- http://www.youtube.com/watch?v=NPrykOk9LeI
- http://www.youtube.com/watch?v=h0g8CCxH14g
- http://www.youtube.com/watch?v=bKo6jV7kNNk

そもそも、『ゴジラ』は唐沢俊一が書いているように 1954 年の作品で……これと 1964 年
の『The Horror of Party Beach』とを比較した結果、「評価が高い」ということになったわけ
ではないだろう。それまでの 10 年の評価はどうだったんだよっ、というか。

http://www.imdb.com/title/tt0058208/
> The Horror of Party Beach (1964)


「第五福竜丸」や核実験などに言及しつつ古い映画を語るのは、唐沢俊一のお気に入り
のパターンのようで、割と最近も何度かやっている。パクリ疑惑ありだったり、ガセ混じり
だったりするけど。

「古い映画をみませんか」。「映画としては全く面白くない」『謎の空飛ぶ円盤』だけれど。
古い「水爆映画」で、はしゃぎませんか?
雨に濡れると放射能が怖いよと親が真顔でいっていた 1960 年代

なお、「いばっちゃいけない」に、「第五福竜丸事件の騒ぎをアテコんで」については、
唐沢俊一検証blog」の「ススススネーク。」を、つい最近、唐沢俊一が『ゴジラ』について
書いた文章については、「藤岡真blog」の「山根博士のトンデモ学説 オキシジェン・デスト
ロイヤーの恐怖
」を参照のこと。

しかし、唐沢俊一が本当のことを書いている箇所もあって、「『ゴジラさん』という小唄は
ケッ作」などというのが、それ。本当だとしてもマニアック過ぎて、ググっても情報を拾い
にくいかなと予想していたら、そんなこともなかったぜ、と。

http://zerodama.com/ura0/sugouta/sugo3.html (歌詞あり)
>これが初代ゴジラのイメージソング(便乗ソング?)というのだから、
> 「ゴジラを何だと思ってるんだ?」と問い詰めたくなること、ある意味ハリウッド版以上
>です。


http://blogs.yahoo.co.jp/gongzilla1967/61394836.html
>「ゴジラの逆襲」時に発売されたお座敷小唄風の「ゴジラさん」と、そのB面「うちのアン
>ギラス」、


……「うちのアンギラス」?

http://www.ld-dvd.2-d.jp/gallery2/hikaku_raids_again.html
>1954年11月3日公開の「ゴジラ」、空前の大ヒットから、わずか6ヵ月後の1955年4月
>24日に公開された「ゴジラの逆襲」。映画館興行主からの強い続編製作の要望により、
>二匹目として復活した2代目ゴジラ。後に、キングコングやモスラ、キングギドラなどと
>闘うゴジラはこいつだ!
〈略〉
>大阪に上陸するゴジラ。前作の「核=放射能」の恐怖は薄れ、学名アンキロサウルス
>(アンギラス)と共に、中生代の生き残りの恐竜としての恐怖感を強めている。
〈略〉
>また、映画公開時に発売されたSPレコードの復刻盤、「ゴジラさん」「うちのアンギラス」
>が収録。ゴジラを擬人化した、あくまでも余興的な流行歌だが、ゴジラマニアには珍盤
>として知られていた名曲(?)だ。


で、「ゴジラさん」はこれ↓
http://www.youtube.com/watch?v=pUjHaFYfplI

それを上回るんじゃないかと個人的に思ったりする「うちのアンギラス」はこれ↓
http://www.youtube.com/watch?v=QThyLCdmU34


次は、他の本で使い回さないどいてよかったね、のビキニのガセネタ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ビキニ_(水着)
>歴史
>シチリア島にある5世紀頃ローマ帝国時代のモザイクには、ビキニに似た服で運動する
>女性が描かれている。
>1946年にフランスのルイ・レアール(Louis Reard、「ルイ・リード」「ルイ・レアード」とも)
>が考案。レアールは自動車エンジニアだったが、母親が下着会社を経営しており、その
>手伝いをしているときにビキニを考案した。同じ頃、フランスのデザイナージャック・エイ
>ム(Jacques Heim)によってほぼ同様の水着が考案され、アトム(Atom)と名づけられ
>ている。デザイナーとしては無名だったレアールに対し、エイムはすでに高い評価を得
>ていたデザイナーであり、そのため「ビキニを広めたのはエイム」とされることがある。
〈略〉
>1946年マーシャル諸島のビキニ環礁で米国によって、第二次世界大戦後初の原爆実
>験(クロスロード作戦)が行われた。その報道の直後の1946年7月5日にレアールがそ
>の大胆さが周囲に与える破壊的威力を原爆にたとえ、ビキニと命名してこの水着を発
>表したと言われる。「水爆実験になぞらえた」と誤って言われることがあるが、ビキニ環
>礁での最初の水爆実験は1954年で、この水着の発表より後である。


ルイ・レアール (Louis Reard) とジャック・エイム (Jacques Heim) という 2 人のフランス人
が同じような水着を考案し、bikini という名前をつけたのはルイ・レアールの方――という
話は、以下のページでも読める。これら 2 つのページでは、当時のファションショーの様子
をふくむ動画も見ることができる。

http://www.history.com/this-day-in-history/bikini-introduced
> On July 5, 1946, French designer Louis Reard unveils a daring two-piece swimsuit
> at the Piscine Molitor, a popular swimming pool in Paris. Parisian showgirl
> Micheline Bernardini modeled the new fashion, which Reard dubbed "bikini,"
> inspired by a news-making U.S. atomic test that took place off the Bikini Atoll in
> the Pacific Ocean earlier that week.
〈略〉
> Two French designers, Jacques Heim and Louis Reard, developed competing
> prototypes of the bikini. Heim called his the "atom" and advertised it as "the
> world's smallest bathing suit."


http://www.cbsnews.com/stories/2006/07/02/sunday/main1773847.shtml
> The year was 1946. The place was France. Rival designers Louis Reard and
> Jacques Heim were competing to produce the world's smallest swimsuit. Their
> race ended with a bang.
> Although Heim's suit was first to hit the beach, it was Louis Reard who gave the
> bikini its memorable name. His inspiration: an American A-bomb test in the
> Pacific's Bikini Atoll.


ルイ・レアールをジャック・エイムに、原爆実験を水爆実験に間違えたのは唐沢俊一だけ
ではないと思われるが、「大胆な肌の露出でこれまた世界中に大ショックを与え、それ以
来この水着は“ビキニ”と呼ばれる」に続けて「けっこういーかげんだ」と書いてあることから
推測するに、どうも唐沢俊一の脳内では、ビキニという名前はデザイナーではなく世間や
マスコミが勝手につけたものということになっていそう。

まあ、そうでなくても、「けっこういーかげんだ」といっておいて、「いーかげん」とは結局
唐沢俊一のことだったんだ――というオチは変らない。


それから、「これもいいかげんだ」とは誰のことかとききたくなる「“ミスターアトミック”という
覆面レスラー」が、「『日本に原爆を落としたB29の乗員だった』というフレコミ」。このような
フレコミは、「年齢、素性、本名まったく不明」というのと両立不可能だと思う。

http://www.asahi-net.or.jp/~uy7k-ymst/tv6/min48.htm
> 第1回ワールドリーグ戦では、ジェス・オルテガ、キング・コング、エンリキ・トーレスと
>いった並みいる強豪を押しのけて、大暴れをみせたのが“赤覆面”のミスター・アトミック
>だった。ビール瓶の口金をマスクの下に隠し持った頭突きで、力道山をはじめとする日
>本人レスラーのヒタイを血ダルマにしていた。
> 年齢、素性、本名まったく不明というこの怪人は、アメリカではザ・プリチュアと名乗っ
>てファイトしていたマスクマンだった。プリチュア(僧侶)なんてイカさないし、ちっとも強
>そうでないので、日本への招聘にあたって、力道山が原爆(アトミック・ボム)を想起させ
>るミスター・アトミックにリング・ネームを変えさせたんだよ。


他のページもあちこち見て回ったが、「日本に原爆を落としたB29の乗員」という話は、
どこにも登場しない。こうも無茶なフレコミなら、話題にしている人が多くてよさそうなのに。

http://ja.wikipedia.org/wiki/覆面レスラー
>日本に初めて来た覆面レスラーはミスター・アトミックであり、次いでミスター・X(ロード・
>ブレアース)である。日本でデビューした初の覆面レスラーは小林省三(ストロング小
>林)の覆面太郎(1967年デビュー)といわれている。


http://park18.wakwak.com/~kurio/wwwwa/misc/atom.html
>赤覆面の怪レスラー
>ミスター・アトミック
〈略〉
>アメリカでは、”マスク・ド・プリチュア”【覆面神父】というリングネームだったことも、
>あの梶原一騎原作の【プロレス スーパースター列伝】ではアブドーラ・ザ・ブッチャー
>やブルーザー・ブロディの対戦相手として登場している【やられ役】


――と、ここまでググりながら書いていて、上に引用した URL の話題は既に
http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20090302#c1235960729
で取り上げられていたことに気がついた。まあ、ネタかぶりは許して、ということで。

ちなみに、『怪体新書』で「顔の資料ナシ」となっているのは、『怪体新書』の出た 1996 年
(今回の漫画が『ダイナー』誌に載ったのは 1993 年) の頃は仕方なかったのかもしれない
けど、今だったらネット上で結構拾える。

先に引用した http://www.asahi-net.or.jp/~uy7k-ymst/tv6/min48.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~uy7k-ymst/tv6/prores41.JPG もそうだし、他にも以下の
ページに画像が含まれている。

- http://www.osaka-kohan.com/blog/?p=7930 (写真)
- http://park18.wakwak.com/~kurio/wwwwa/misc/atom.html (ドット絵?)
- http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20101016 (漫画)

さらには、素顔まで。

http://www.showapuroresu.com/quiz/quiz2.htm
>問題:この老人の正体は?
>答え : クライド・スティーブス=ミスター・アトミックでした。

(写真: http://www.showapuroresu.com/quiz/quiz012.JPG)


次の「アル・カボネを裁いた鬼検事」の件は、正直よくわからなかった。

「鬼検事」というのは、多分ジョセフ・キーナンのことだとして。

http://homepage3.nifty.com/t_mizuho/Chaina06.htm
>48.キーナンは経験豊富な検事だった
>答.キーナンはアル・カポネを捕まえた検事だったそうです。アル・カポネ逮捕の際に
>は、重要な犯人を免罪にするかわりに有利な証言を聞き出し、成功した。東京裁判でも
>同じ手を使って、田中降吉少将に証言をさせたのです。


http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm
>極東委員会は不平をもらし続けたが、記者たちは他の話題に矛先を変え、マッカー
>サーとキーナンは次の関門――連合軍判事たちの到着――に立ち向かった。11の異
>なった国を背景にした11の鋭利な法的精神を、なかば隠蔽された日本の歴史の流れ
>へと導き、全員一致の合意へと至らせることは、キーナンがかって――たとえアル・カポ
>ネの跳梁するシカゴでも――体験したことのない使命への挑戦だった。


鬼検事ジョセフ・キーナンが、ルーズベルト政権下で「ギャングの一掃に尽力」するように
なったとするならば、フーヴァー政権下 (大統領任期は 1933 年まで) でのアル・カポネの
逮捕 (1931 年) には間に合わない。エリオット・ネスとの接点の話も聞かない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョセフ・キーナン
>ジョセフ・ベリー・キーナン(Joseph Berry Keenan, 1888年1月17日 - 1954年12月8
>日)は、アメリカ合衆国の政治家、弁護士。東京裁判においては首席検察官を勤めた。
〈略〉
>1932年の大統領選では、民主党のフランクリン・ルーズベルトを応援したことから、ルー
>ズベルト政権の誕生に伴い、連邦政府司法長官特別補佐官に任命され、中央への進
>出を果たすこととなる。ここでキーナンは、暴力犯罪の防止策を講じ、ギャングの一掃に
>尽力した。
〈略〉
>第二次世界大戦後には、それまでの功績を買われ、1945年11月29日にトルーマン大
>統領から、日本の戦争犯罪者捜査の法律顧問団団長に任命された。
>キーナンは、司法省での経験を活かし、日本軍閥に対しては、「ギャング退治」の意気
>込みを以って臨み、満州事変前後から敗戦までの日本の動きを「犯罪的軍閥」による
>侵略戦争の推進と考えた。
〈略〉
>生前の彼は、犯罪の取り締まりに辣腕を揮っていたためか、非常に高圧的な性格で
>「鬼検事」と評され、東京裁判においても、他の連合国検事達からは非常に嫌われてい
>た。


http://ja.wikipedia.org/wiki/アル・カポネ
>タイム誌の表紙を飾るほど有名なギャングスター。
〈略〉
>フーヴァー政権下、財務長官アンドリュー・メロンの号令のもと、所得税の脱税と、ボル
>ステッド法違反の両面からカポネに対する追求が進められた。特に後者で密造酒関係
>の調査を行なったエリオット・ネスのチームは「アンタッチャブル」と呼ばれ世間の耳目
>を集めたが、最終的に脱税を主としてカポネは告発された。
〈略〉
>1929年5月にアトランティック・シティで行なわれた暗黒街の会議の後、拳銃の不法所
>持で自作自演で逮捕される。
〈略〉
>1931年10月24日、アルはクック郡刑務所に入る。この刑務所でアルは所長と職員を買
>収し、レキシントン・ホテルに住んでいたころと変わらない豪華な生活をしており、そこか
>ら以前と同じように組織を動かしていた。所長がアルの機嫌をとっていたという。しかし
>1932年5月2日、アルにとって最後の望みであった再審請求は最高裁から退けられた。
>この時、アルはかなり失望したという。


その他参考 URL:
- http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text2/capone.html

ただ、唐沢俊一は、「このころの大新聞もけっこうアバウト」と書いている。「アル・カボネを
裁いた鬼検事」と報じた「大新聞」が存在したかどうかは不明 (なので、よくわからないと
最初に書いた次第)。せめて何新聞か書いておいてくれればよかったのに。


「暖炉の中に石炭の替わりにラジウムを入れる」についても同じようなもので、断片的な
情報は目にすることができるものの、元ネタが何かを特定できなかった。面白そうな話な
ので残念。

http://twitter.com/#!/uri_no_ji/status/72640748503302144
>キュリー夫人が放射能物質を発見した時、キュリー夫人を含めほとんどの人が「これは
>なんて素晴らしい!火や灯りの代わりになる。みんなで使い方を考えよう」とかで、暖炉
>にラジウムを置いておけば火も薪もいらないとか、凄い色んな使い方の話題が出たそう
>である。知らないって怖いw


http://mimizun.com/log/2ch/dqnplus/1246085676/
>593 :オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!:2009/08/09(日) 07:12:07 0
>ラジウムが発見された当時も同様の健康ブームが起こったそうだね。ラジウム入りペン
>とかラジウム入り暖炉まで開発されたとか…その後購入者が被爆してバタバタと倒れ
>ブームは終息したのだが。


http://read2ch.com/r/atom/1169752099/?f=t
>ラジウムを発見した後で、放射線が健康に良いという事になって多数の人が被爆して
>亡くなった。
>こんな話は幾らでもある。



で、「人体に入った放射能は甲状腺に蓄積されるのでミソ汁を飲むと放射能が洗い流され
るとかね」について。

ミソ汁がよいという話はよく聞くけど、「放射能が洗い流される」とかいうのは、『怪体新書』
以外で見た覚えがないのだが……。放射能が体外に排出されてどうのこうのという話の
ことなのか (後述)。

「放射能は甲状腺に蓄積されるのでミソ汁」というのは意味不明。多分、ワカメまたは
ワカメのはいったミソ汁のことなどをいっていたのを、唐沢俊一が勝手に脳内で変換して
しまったのだろう (←決めつけ)。

ちなみに、「放射能 味噌汁」でググったらトップにきたのがこのブログ↓だった。

http://otsukako.livedoor.biz/archives/51760768.html
> 1945年8月9日、長崎に原爆が投下された。その爆心地から、たった1.4kmのところ
>で、当時浦上病院医長であった秋月辰一郎博士と病院関係者は全員被爆した。
> 博士は焼けただれて痛がる人々に、「水を飲んではいかんぞ!」と大声でどなった。
>おそらく直観的に、血液の濃度を保ち、血液の状態を水でうすめることなくガードしよう
>としたのだろう。((注)たしかに戦地で、傷の深い重傷の兵士に水を飲ませると、すぐに
>死んでしまうという記録がある )
> さらに博士は、次のように職員に命令したという。

>「爆弾をうけた人には塩がいい。玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ。塩からい味噌
>汁をつくって毎日食べさせろ。そして、甘いものを避けろ。砂糖は絶対にいかんぞ」
>( 秋月辰一郎著「死の同心円-長崎被爆医師の記録」講談社刊・絶版 )

> 「放射線宿酔」と呼ばれる。レントゲンを受けたあとに起こることがある全身の倦怠な
>どの症状には、体験上、生理食塩水より少し多めの塩分を含んだ水を飲むとよいという
>ことをとっさに思い出し、原爆の放射能から体をガードするには、塩が有効であることを
>推理したのだ。「味噌汁」の具は、「かぼちゃ」であった。のちに「わかめの味噌汁」も
>多くとったらしい。砂糖を禁じたのは、砂糖は造血細胞に対する毒素であり、塩のナトリ
>ウムイオンは造血細胞に活力を与えるという、彼自身の食養医学によってである。
〈略〉
>博士は人間の体質にとって、「味噌」が実に大切であることを説き、のちにこう語ってい
>る。

>「この一部の防禦が人間の生死の境において極めて重要なのである」
>( 秋月辰一郎著「体質と食物」クリエー出版部刊 )
〈略〉
>博士の書いた「長崎原爆体験記」(日本図書刊行センター刊「日本の原爆記録」第9巻
>に所収)という本の英訳版が欧米で出まわり、チェルノブイリ原発事故のあと、ヨーロッ
>パで日本の「味噌」がとぶように売れたということはあまり知られていない。


ミソ汁がよいといっても、上のブログの人はインスタントでは効果薄という意味のことを
書いているし、昔の『ムー』では赤だしでないとダメという記事を見た覚えがあるし、何か
人によって好きに条件を追加するきらいがあるなあ……というのは、おいといて。

ミソ汁の効用はともかく、それが「塩のナトリウムイオンは造血細胞に活力を与える」という
秋月辰一郎の理論によるものだとすると、「放射能が洗い流される」に、「放射能は甲状腺
に蓄積されるのでミソ汁」は、やはり唐沢俊一の脳内のみに存在していた話と考えてよい
のだろうか。

しかし、「みそには制ガン効果」という話は一時期出ていたようだ。以下は、単行本版の
『危険な話』より。

『危険な話』 (八月書館) P.283 ~ P.284
> あるいは、お茶の水女子大学教授・外山磁比古が、“毎日夫人”一九八七年一月号
>にこう書いている。「ソ連のチェルノブイリ原発事故のあと、ヨーロッパの国々から日本
>へ、至急みそを送れという注文が相ついで届き関係者をびっくりさせた。みそには制ガ
>ン効果があるというところが注目されたのだそうだ。恥しいことに、こちらはみそにそう
>いう効果のあることをまったく知らなかった」
> これは、みそを食べればウクライナの死の灰は無害になるという意味にしか理解でき
>ません。これが大学教授を勤めている。外山磁比古に、プルトニウムとみそを一緒に
>食べさせようではありませんか。無害であることを証明して貰いたい。


文庫版では、外山磁比古という名前は伏せられ、記述はソフトになっているが、「これは、
みそを食べればウクライナの死の灰は無害になるという意味にしか理解できません」は
単行本のまま……。

『危険な話』 (新潮文庫) P.375
> これは、みそを食べればウクライナの死の灰は無害になるという意味にしか理解でき
>ません。これが大学教授を勤めている。プルトニウムとみそを一緒に食べてみれば、
>すぐに分ることでしょう。この人に悪意がないとすれば、真の問題は無知にあるわけで
>す。知らなかったでは許されない問題が、私たちの前にある。


ちなみに、外山滋比古という人は専門が英文学とのことで、特に放射能とか医学とかに
くわしい人ではない模様。

http://ja.wikipedia.org/wiki/外山滋比古
>外山 滋比古(とやま しげひこ、1923年11月3日 - )は、日本の英文学者、言語学者、
>評論家、エッセイスト。文学博士。全日本家庭教育研究会元総裁。
>専門の英文学をはじめ、言語学、修辞学、教育論、意味論、ジャーナリズム論など広
>範な分野を研究し多数の評論を発表した。長年、幼児・子供に対する“ことば”による
>情操教育・知育の重要性を提唱してきた。


そして、「放射性物質の排出作用」に「制ガン効果、放射線防御作用」なんていうことを
説明しているページもある。

http://health-station.com/new145.html
>日本人の場合、伝統的に海藻類を多く摂ってきていることもあり、とくにヨウ素が不足
>することはない。むしろ、過剰に摂ることで甲状腺機能障害が起きることが懸念されて
>いる。

>また、味噌や納豆に多くふくまれるジコピリン酸には放射性物質の排出作用があると
>いわれている。

>1986年4月の旧ソ連チェルノブイリ原発事故では、ドイツ、ベルギー、オランダ、フラン
>スなど近隣諸国へ大量の放射性物質が飛散した。 この時、味噌に含まれるジコピリン
>酸に放射性物質の排出効果があることから欧州の国々で味噌の輸入量を大幅に増や
>している。
〈略〉
>2005年1月8日、9日の両日、大宮ソニックシティで第11回日本未病システム学会が開
>催され、その中で、広島大学(原爆放射能学研究所)の渡辺敦光教授が「食品による
>制癌効果並びに放射線防御作用」と題して講演している。

>渡辺教授は、大豆の機能性が世界的に注目されている中、とくに発酵食品である味噌
>の有用性に着目、「味噌が放射線防御作用並びに大腸ガンの前がん病変(ACF)並び
>に胃腫瘍を抑制する」とし、味噌の熟成度の差による制ガン効果、放射線防御作用に
>ついてラット実験を行った。


ほう、と思って「ジコピリン酸」でググると、判で押したようにチェルノブイリではどうのこうの
というページしかヒットしないので少し困ったりする。「マクロビオティック」という単語もよく
目にはいる。それもそのはず (?)。

http://plaza.rakuten.co.jp/toysmako/diary/201103240000/
>「長崎原爆記―被爆医師の証言」
>  著者:秋月 辰一郎
>マクロビをしている人ならよく知ってる著者の本ですが
>原爆のときにいかに食事で放射能を体から出したかの記録です。


まあマクロビオティックなら、唐沢俊一はそれだけでトンデモ扱いしそうだ (ここを参照)。

じゃあ、お前はどうなんだと聞かれると、これについては判断保留しようかなと。
怪しげな感じはするし、塩分のとり過ぎなど他の健康被害を引き起こす可能性のある要素
との兼ね合いはあると思うけど、個人的にミソは好きだし (←おい)、先の引用にある「味噌
が放射線防御作用並びに大腸ガンの前がん病変(ACF)並びに胃腫瘍を抑制する」という
のを、トンデモと認定できる能力は自分にはないので。

- http://www.iaea.org/inis/collection/NCLCollectionStore/_Public/36/116/36116618.pdf

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Comment

><それまでは伝統的歌謡様式を維持してきた「お座敷」世界にアプレゲールが
>乱入して破壊の限りを尽くした>というような認識

あ、こちらです。芸者さんのイメージは、中尊寺ゆつこが漫画で昔レポしたような、
おっとりとした伝統的なお座敷@京都というのくらいしかなかったので……。
後は知り合いの京都レポ (偉い人にコネがあって連れていってもらったそうな) も、
山村美紗のミステリーも、ざっくり言えば同じような感じで……。

今気がついたのですが、「ゲイシャ・ワルツ」とかはアフターの歌なのかなと勝手に
脳内変換していたり。^^;

>輪島祐介『創られた「日本の心」神話―「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』

これは面白そうですね。入手して読もうかと思います。


>「Flavor Bud Living」(http://www.youtube.com/watch?v=CXIObTwo4b8&feature=related

http://karapaia.livedoor.biz/archives/51472001.html
あたりだと、をー、ザッパーという印象が強かったけど、これはまた違う感じかも。
(といっても、ザッパのアルバムは 1 枚しか持っていないので、あまりちゃんとした
ことはいえないのでした)。
トンデモない一行知識 |  2011年07月24日(日) 15:06 |  URL |  【コメント編集】

>お座敷にゴジラの歌というのは、当時は伝統破壊っぽいニュアンスがあったのでしょうか。

「三味線ブギウギ」(http://www.youtube.com/watch?v=pyCg8bVY74w
「こんなベッピン見たことない」(http://www.youtube.com/watch?v=5-ZQqNZZHuM
さらに「ゲイシャ・ワルツ」に「三味線フラフープ」など、ゴジラ登場以前からお座敷はシッチャカメッチャカだったような気が。
<それまでは伝統的歌謡様式を維持してきた「お座敷」世界にアプレゲールが乱入して破壊の限りを尽くした>というような認識にも取れますが、だったら輪島祐介『創られた「日本の心」神話―「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』を読まれてはいかがでしょうか。トラディショナルなイメージやドメスティックなニュアンスは「アプレ」以後に創作されたという話です。


>Captain_Beefheart の Don Van Vliet という人のエピソードも面白いと思いました。

町田康の昔のアイドルですね(今どうかは知らない)。「人民オリンピックショウ」の頃のサウンドがこんなカンジを目指していましたね。
「Flavor Bud Living」(http://www.youtube.com/watch?v=CXIObTwo4b8&feature=related
discussao |  2011年07月24日(日) 05:45 |  URL |  【コメント編集】

>『怪体新書』には『ヘドラ』出てきませんか?

「ヘドラ」は出てこなかったです。唐沢なをきの方が絵にまぎれこませた、という
箇所も、多分ないと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=dExOWrV4PKA (ゴジラが飛ぶ)

本文でリンクした http://zerodama.com/ura0/sugouta/sugo3.html には
「ヘドラをやっつけろ」の歌詞もありますけど。これも何というか強烈ですね。^^
そういえば、やたら“公害”が盛り上がっていた時代もあったなあ、と思い出したり。
私は田舎出なので、光化学スモッグのせいで校庭で生徒がバタバタ倒れるという
のは直接体験していないのですが。


>『Captain Beefheart vs. The Grunt People』

漫画化している人もいる (?)
http://fig13.deviantart.com/gallery/2223624

Captain_Beefheart の Don Van Vliet という人のエピソードも面白いと思いました。
http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/captainb.htm


>作詞・佐伯孝夫

「銀座カンカン娘」、「潮来笠」、「いつでも夢を」、「愛と死のテーマ」、「恋のメキシ
カン・ロック」……幼少期にかなり直撃を受けているような。^^; Wikipedia で発表
年月を見ると、生まれる前や物心つく前の曲ですのに。

西條八十に師事した、日本の原風景的な綺麗目な歌詞 (?)、でも暴走するという
のがよいですねー。

ご紹介のリンクより。

http://pointex.biz/initial/archives/2009/12/151009484782
>譬えていえば「お座敷ソング」は芸者を揚げるということが一般に行われていた>時代の、最後のあだ花みたいなもんですね。当時すでにキャバレーやナイトクラ
>ブが台頭しましたし、芸事よりもスイングやマンボを踊るほうが得意な、いわゆる
>「アプレ芸者」も増えていました。

お座敷にゴジラの歌というのは、当時は伝統破壊っぽいニュアンスがあったので
しょうか。「アプレ芸者」とありますが、アプレという言葉自体、未だによくわからない
というかピンとこないところがあります。@_@
トンデモない一行知識 |  2011年07月23日(土) 20:49 |  URL |  【コメント編集】

●今回も世間話です

『The Horror of Party Beach』動画で一通り見たのですが、比較するなら『ゴジラ対ヘドラ』のほうがふさわしいと思うのだけれど、『怪体新書』には『ヘドラ』出てきませんか?
ロックンロールとSFとくると、『唐沢俊一検証blog』での話と繋がってしまうかもですが、フランク・ザッパの幻のSF映画『Captain Beefheart vs. The Grunt People』のエピソードも思い出しました。http://globalia.net/donlope/fz/notes/Captain_Beefheart_vs_The_Grunt_People.html

「うちのアンギラス」は『なぜわれわれは怪獣に官能を感じるのか』で取り上げられていていますね。
作詞・佐伯孝夫&作曲・吉田正の黄金コンビ。佐伯先生はどんなスタイルもこなしてしまういますが、
この曲や、
「ABC XYZ これはおいらの口癖さ」(『西銀座駅前』)
「拗ねて渚に来たものの 炎のような波頭」(『あの娘と僕』)
といったコミカルな詞での暴走っぷりは素晴らしいですね。
歌い手の青木はるみについては私も詰まらないことを書いているけれど、データとしてはここ(http://pointex.biz/initial/archives/2009/12/151009484782)がかなり詳しいです。ようするにこの頃、神楽坂はん子のブレイクからお座敷ソングがブームだったということです。でも楽曲としては「うちのアンギラス」より「野球けん」のほうが秀逸だと思います。
discussao |  2011年07月22日(金) 07:11 |  URL |  【コメント編集】

……まあ、ミスターXについては、ロード・ブレアースの来日の方が先ということ
なので、Wikipedia を許してあげて (?) ください。

http://www.showapuroresu.com/meikan/mi.htm
>ミスター・? MR.X
〈略〉
>36 1 (日) プロレス春の国際試合
>日本にやってきたミスターXの第1号は、後のPWF会長 ロード・ブレアースが
>その正体だった。おそらく日本限定のマスクマン変身であろう。この3ヵ月後、
>ビル・ミラーのミスターXが滞日している。

>ミスター・アトミック MR.ATMIC 5回
〈略〉
>34 3 (日) プロレス春の国際試合

で、確かにこれ↓で見るとゼブラ・キッドの昭和 31 年 (1956 年) というのが、
ミスター・アトミックの昭和 34 年 (1959 年) より前ですね。

http://www.showapuroresu.com/meikan/se-so.htm
>ゼブラ・キッド ZEBRA KID ( ジョージ・ボラス*) 2回
〈略〉
>31 7(日)プロレス国際大試合*、36 11(日) プロレス秋の国際試合

しかし、昭和 36 年の方はゼブラ・キッドに言及しているページもあるのですが、

http://www.interq.or.jp/cancer/kuramasa/rikidouzan05.html
>昭和36年7月30日、リキパレスの開館式が行われた。
〈略〉
>外人組の「シマウマ小僧」ゼブラ・キッドは身長180センチ体重157.5キロ。
>シマ模様の覆面に巨体を黒のダブル・ショルダーで包んだラフ・ファイター。
>当時ハワイ・ヘビー級の王座に君臨していた。

昭和 31 年の方にはそういうのがなくて、広告↓にもゼブラ・キッドの名はないの
ですよね……うーん。

http://www.kahogekijyo.com/rekishi/shiryo-6.html
http://www.kahogekijyo.com/rekishi/shiryo-6/560815.jpg
トンデモない一行知識 |  2011年07月20日(水) 23:20 |  URL |  【コメント編集】

>(ミスター・アトミックが)「日本に原爆を落としたB29の乗員」といった話は、どこにも登場しない。

そうですよね。私も初めて聞きました。
ミスター・アトミックの本名は、確かクライド・スチーブと言った様に記憶してます。

>日本に初めて来た覆面レスラーはミスター・アトミックであり、次いでミスター・X(ロード・ブレアース)である。

違うでしょう。
日本に初めて来た覆面レスラーは、ゼブラ・キッド(ジョージ・ボラス)だったと思いますが。
ちょっと検索してみましたが、『来日全外人レスラー名鑑』を見ると、最初の来日は、昭和31年7月とあります。
アトミックより早いですよ。

ミスター・Xがロード・ブレアースというのもちょっと変ですね。
オールドプロレスファンにとってミスター・Xと言えば、ビル・ミラーです。

確かにミスター・Xとか覆面マーベルというのは、昔々から覆面レスラーの定番リングネームだったらしいから、ロード・ブレアースでもまちがいでは無いかもしれませんが、日本のプロレスファンの間では、普通はミスター・Xと言えばビル・ミラーを指します。

唐沢と同じでウィキペディアもいい加減ですね。
50代(元アニドウ会員) |  2011年07月19日(火) 20:45 |  URL |  【コメント編集】

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