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2011.07.06 (Wed)

松村雄亮でも楓月悠元でもなく平野威馬雄が「トンデモ人物」?

『トンデモ本の大世界』 P.249 ~ P.250

平野威馬雄

シャンソン歌手で料理研究家、和田誠夫人として有名な平野レミの父親。
フランス文学者であるが、フランス人の父親を持つハーフであったため
子供の頃から陰湿ないじめを受け、それがもとで不良になるが、立ち直って
モーパッサンなどの翻訳で名を上げる。しかし、こんどはコカイン中毒に
陥って精神病となり、窃盗や痴漢で逮捕されるかと思うと、戦後は混血児
救済運動に私財を投げ打つなど、振幅の激しい人生を送る。
 やはりこういう人は、社会常識に反した存在を好むのか、オバケ、幽霊
といったものに興味を持って「お化けを守る会」という団体を立ち上げ、また、
アダムスキーが日本に紹介されるや、その存在の証明を求め、各円盤研究
団体に首を突っ込む。徳川夢声や北村小松、それに三島由紀夫などと
同じく、文化人の立場の好奇心から空飛ぶ円盤や宇宙人の存在を「肯定的」
にとらえようとした人たちの代表格であり、もっとも積極的にのめり込んで
いた一人である。
 ……とはいえ、そののめり込みには、ちゃんと社会常識という一線が引か
れていたところが他の、一線を越えてしまったトンデモさんとの違いである。
一九六〇年、関係していた円盤研究団体『宇宙友好協会(CBA)』が、
「大災害により選ばれたものだけが円盤に救われる」という狂信的予言内容
を広めた(通称「リンゴ送れ、C」事件)とき、常識的観点からこれを信じら
れずマスコミに漏らした人間が出た事件があり、この漏洩したスパイが平野
であると言われている。あくまでも社会常識からの無害な逸脱の楽しみを
空飛ぶ円盤研究の基本モチベーションにしていた平野にとり、CBAの反社会
的活動は、とても首肯できるものではなかったのだろう。著書『それでも円盤
は飛ぶ』(高文社・一九六〇)は、そういう常識の立場にいることで、これだけ
あこがれている円盤を目撃することが出来ないでいる者の悲しみと煩悶を
正直に綴った、UFO関係書の中でも異色の一冊である。


×フランス人の父親 ○フランス系アメリカ人の父親

ボルボ 街宣ーン!」のときと同様、『トンデモ本の大世界』の中で、唐沢俊一が担当して
いる、「世の中を騒がせたトンデモ人物列伝」のコーナーから。

このエントリーにも書いたように、どうして平野威馬雄が「世の中を騒がせたトンデモ人物
列伝」の中で語られなければいけないのか、さっぱりわからないという……。唐沢俊一に
よる「トンデモ人物」の定義とは、以下のようなものなのだ。

『トンデモ本の大世界』 P.240

時代によってさまざまなトンデモ理論・トンデモ現象が現れる裏には、
当然、そのトンデモ説を唱える人間が入る。中には時代の寵児となり、
多くの人間に影響を与えたトンデモさんもいた。そんな世間を騒がせた
トンデモな面々を一挙に紹介していこう。
                        (文/唐沢俊一)


しかし、唐沢俊一は、平野威馬雄のことを、「そののめり込みには、ちゃんと社会常識と
いう一線が引かれていたところが他の、一線を越えてしまったトンデモさんとの違いで
ある」と書く。……そういう人のことは普通はトンデモさんとはいわないだろうと思うが。

さらに、唐沢俊一によれば、「あくまでも社会常識からの無害な逸脱の楽しみを空飛ぶ
円盤研究の基本モチベーションにしていた平野」であり、彼は「そういう常識の立場」に
いた人だったとのこと。「トンデモ人物」どころか、どちらかというと常識人扱いである。


それはともかく、今回の文章に登場する「円盤研究団体『宇宙友好協会(CBA)』」に
ついて。

以前、「閃光そして電波には何かと縁が深かったニコラ・テスラ」のエントリーに、以下の
ように書いたことがある。唐沢俊一に『宇宙友好協会(CBA)』とくれば、どうしてもこの
パクリの件が思い出される。
-------
ちなみに、上に引用した文章を書いた新戸雅章は、テスラについて何冊か本を出して
いる専門家。「六〇年代のハルマゲドン -UFO教団CBAの興亡―」が唐沢俊一の
『新・UFO入門』のパクリ元のひとつとして指摘された
のを受けて、自ブログでの意見
表明
もしている。
-------
(なお、上の「六〇年代のハルマゲドン -UFO教団CBAの興亡―」は現在リンク切れ
で、WebArchive にも残っていないのが残念なところ)。

まあ、そのパクリぶりを思うと、唐沢俊一こそが「一線を越えてしまったトンデモさん」の
ような気がしてたまらない……というのは、おいといて。

その他参考 URL:
- http://www13.atwiki.jp/tondemo/pages/52.html

自分などは上記の件で馴染みがあるからよいようなものの、今回の唐沢俊一の文章だけ
読んで、「『大災害により選ばれたものだけが円盤に救われる』という狂信的予言内容を
広めた(通称『リンゴ送れ、C』事件)」だの、「CBAの反社会的活動」だのという記述を
目にした読者には、何が面白いのかさっぱりわからんということにならないかと、余計な
心配をしたくなる。山本弘が以下のようにブログでふれている通り、と学会のお気に入り
のひとつといえるネタなのだが。

http://hirorin.otaden.jp/e37559.html
> 午後2時半より、ムーブ町屋の「日本トンデモ本大賞前月祭2009」へ。 司会は成田
>優介(JJポリマー)、出演は僕のほかには、皆神龍太郎氏、大槻ケンヂ氏。
>  大槻さんの話はやっぱり面白かった。アニメの『さよなら絶望先生』の第3期がはじま
>るので、その主題歌を作詞したのだが、タイトルが「リンゴ送れ、C」になるはずだった
>のだそうだ。
> 会場の半分は大爆笑、残り半分はぽかーん。分からない人は「 リンゴ送れ、C」で
>ググっていただきたい。 なんかM資金(笑)を手に入れて地球脱出の準備を整え、
>「リンゴ送れ、C」という指令が来るのを待っている……という歌になるはずだったのだ
>そうだ。サビで大槻ケンヂと絶望少女たちが「リンゴ送れ、シー~っ!」と熱唱するのだ
>ろう。うわ、想像するとすげえ。
>  結局、いろいろな事情で「M資金」と「リンゴ送れ、C」は変えることになったとか。
>エルバッキーがドルバッキーになったようなもんですか。


元ネタの事件については、やはり山本弘による、以下の紹介が参考になるかもしれない。

http://homepage3.nifty.com/hirorin/ufo2.htm
>●旧CBA系
> 1957年、航空ジャーナリストの松村雄亮氏が設立したUFO団体。やがて松村氏自
>身が宇宙人の巨大母船に招かれ、地球の大変動が近いことを宇宙人の長老から告げ
>られたと主張するようになった。もちろんそんな異変なんて起こらなかったのだが、この
>終末予言騒ぎは、当時、マスコミでも取り上げられ、話題になった。
> 1970年代に活動を休止したが、元CBAの人の中には今でも松村氏を崇拝している
>人がいて、ちょくちょく本を出している。

>楓月悠元
>『全宇宙の真実 来るべき時に向かって』(たま出版・1998年)
>橋野昇一
>『うたで詠む やさしいUFO地名学』(たま出版・1998年)
>  内容はいずれも『トンデモ本の世界R』で書いたので省略。


あるいは、Wikipedia の記述とか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/宇宙友好協会
>1957年8月、航空ジャーナリストの松村雄亮によって設立される。設立には久保田八
>郎、小川定時、橋本健らが参加。
〈略〉
>「リンゴ送れ、C」事件
>松村は1960年から1962年の間にポールシフトとそれに伴う大洪水が起こるという終末
>論を主張するようになる。その際には、会員とその家族の元には「リンゴ送れ、C」という
>メッセージが届き、それを受け取ったらあらかじめ指示された地点に集合するよう通達
>がなされた(Cは、カタストロフィ(catastrophe)の頭文字である)。そこで彼らは飛来し
>たUFOによって救済されるのだとされた。
>しかし1960年1月、この情報が平野威馬雄によってマスコミに漏れ、一大スキャンダル
>となる。この結果、3月に松村はいったんは会長を辞任したが、この騒動が原因でジョー
>ジ・アダムスキー信奉派であった久保田が本協会から脱退して、日本GAPを結成。さら
>に内部抗争が続いて退会者が相次ぎ、再び松村は代表に復帰した。
>CBAの終末論への批判が空飛ぶ円盤愛好家全般に及ぶことを恐れた他の団体と対立
>が深まった(現在でもなおこの事件は「日本UFO史の暗部」とみなされており、超常現
>象研究家などからはCBAそのものの存在が「なかったこと」にされている)。


以上の資料を読んでいくと、「この漏洩したスパイ」、「常識的観点からこれを信じられず」
といった表現は、唐沢俊一オリジナルなのかなと思える。個人的には、「スパイ」という
表現が地味に気になったりするのだが。平野威馬雄は、誰に雇われたスパイだったという
設定なんだろう。単にマスコミのスパイとかいいたいだけか、それとも唐沢俊一は松村の
方につい感情移入してしまっているのか。

それはともかく、もっと大きな疑問もわいてくる。「リンゴ送れ、C」事件を取り上げたいと
思ったとして、この事件絡みで「そんな世間を騒がせたトンデモな面々」として選んだのが
なぜ平野威馬雄だったのか、宇宙友好協会を設立し終末論を煽った「航空ジャーナリスト
の松村雄亮」では、どうしていけなかったのかと。

常識人 (?) の平野威馬雄なんかよりずっと、「多くの人間に影響を与えたトンデモさん」
「世間を騒がせたトンデモな面々」という条件に合致するはずなんだけど。

まあ、下種っぽく推測してみると、平野威馬雄の項は Wikipedia にあるが、松村雄亮の
項はないので、書きにくかったから――とか。なにしろ、現在存命中かどうかさえ、今ひとつ
はっきりしないので、「人物列伝」に入れる文章は書きにくそうだ。

http://d.hatena.ne.jp/jyunku/20100608/p1 (コメント欄)
>青桃 2010/06/13 01:12
>お久です。
> 松村雄亮氏は何年も前に死んだってUFO関係者から聴きました。 オイカイワタチの
>活発だった地区の人だからガセではないでしょう。


ネットには松村雄亮の名前が出てくるページはそれなりの数存在するし、その中には
2006 年の唐沢俊一の裏モノ日記も含まれていたりするのだけれど、信者の書いた本の
中で語られる人物像だけだと、書くのがキツいのかなあ……。

http://www.tobunken.com/diary/diary20061230133702.html

事務所にもどる電車内で、楓月悠元『全宇宙の真実 来るべき時に向かって』
読む。著者はかつての宇宙友好協会(CBA)幹部。前書きで“トンデモ学会”
に大変憤慨している本であるが、CBAが大規模な活動をやめてから解散する
までの経緯が簡単ではあるが述べられている。代表であり独裁者であった
松村雄亮はやはり、解散間際には信金調達などの不如意でヒステリックに
なり会員たちに責任を転嫁して怒鳴りつけていたようだ。それを著者は代表
が自分たちに試練を与えていた、と言い、
「筆者を含めて、多くの会員たちは、宇宙正義の実践者たる自覚が未熟で
あったがために、重要任務に対する責任感が希薄となってしまった」
と、自分たちがいたらなかったのだとひたすら松村氏をかばっている。カルトの
親玉の典型例と、洗脳されてしまった者の典型例。



その他参考 URL:
- http://spysee.jp/松村雄亮/1183542/
- http://d.hatena.ne.jp/jyunku/20100608/p1
- http://d.hatena.ne.jp/jyunku/20100610/p1
- http://d.hatena.ne.jp/jyunku/20100611/p1
- http://blogs.yahoo.co.jp/ttdkh395/44270517.html
- http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/folder/1515409.html
- http://blogs.yahoo.co.jp/cba_int/14646219.html

推測される別の理由としては、「CBAの元会員とのトラブルを懸念」というのもある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/宇宙友好協会
>林檎もぎれビーム!(アニメ『懺・さよなら絶望先生』のOP曲)
>作詞・歌を担当した大槻ケンヂは、『絶望先生』の読者はカルトの話題を好むだろうとい
>う理由で、この曲の曲名を「リンゴ送れ、C」にする予定だった。しかし、存命中のCBAの
>元会員とのトラブルを懸念して、現在の名前に変更したという。


実際、「存命中のCBAの元会員」を敵に回すと、何かと面倒かもしれない。前述した、
唐沢俊一に『宇宙友好協会(CBA)』絡みの文章をパクられた新戸雅章のブログには、
以下のような記述がある。

http://blog.goo.ne.jp/tesla1856/e/f00f79642e60d1fb353301155fd05ad2
> 単行本を出した数年後、CBAの元幹部である楓月悠元(ふうげつゆうげん)氏が
>「全宇宙の真実、来たるべき時に向かって」(たま出版)という著書を刊行、その中で
>「最近、ニコラ・テスラの本を出した」人物を裏切り者として痛烈な批判を展開した。
>楓月氏は名指しこそしなかったが、それがわたしを指していることは明らかだった。
> 楓月氏によれば、この元「CBA関係者=わたし」は、マスコミにCBAに関する悪辣な
>デマを流した。しかもその邪悪な行動ゆえに最高指導者の松村雄亮から叱責されたの
>を逆恨みし、ペンネームを変えてテスラの本を書き、出版物によって自己弁護をした。
>これは卑劣な行為であり、断じて許されないというのである。
〈略〉
> 今回、唐沢氏の本を読んで楓月氏の批判に対する疑問がひとつ晴れた。彼の批判に
>はひとつ大きな勘違いがあったのである。その勘違いとは……。
>  わたしのペンネームが、仏文学者平野威馬雄氏のもうひとつのペンネームである、と
>いう信じられない勘違いだった。(続く)


http://blog.goo.ne.jp/tesla1856/e/439fa0f13dc529c243b6ae22abd57802
> 平野威馬雄氏は戦後活躍した著名な文筆家で詩人である。専門の仏文学以外にも
>あらゆる分野に関心をもち、数多くの著作をあらわした。また、UFOファンで、一時期
>CBAとも関わりが深かった。その関わりの一部始終を書いたのが、唐沢氏も紹介して
>いる「それでも円盤は飛ぶ」(高文社)である。
> この本はわたしがUFOに関心をもつきっかけにもなった著作でもあり、そのことは自
>著でもふれた。それでわたしと平野氏が同一人物だと誤解したのだろうというのが、
>唐沢氏の推理である。
> たしかにそう考えると楓月氏の怒りがすっと頭にはいってくる。当時、楓月氏の本を
>ちゃんと読んでいればすぐにわかった事実だが、そのときは関わりたくないという思い
>が先にたってそこまで考えられなかったのである。
> しかしそうはいっても、私と平野氏を混同するというのはまったくありえない話である。
> 平野氏は1900年生まれ、わたしは1948年生まれ。50歳近く歳が離れている。
>しかも平野氏は1986年にはお亡くなりになられている。いくらオカルトがらみの話とは
>いえ、95年にニコラ・テスラの本を出せるわけがない。


特に、すぐ上に引用の 3 行を読むと、うーん怖いなあと思う。この時空の歪みっぷりは
どこかで見覚えがあるなあ、というか。

ところで、ここで先ほどと似たような疑問がわいてくる。「世の中を騒がせたトンデモ人物
列伝」に入れるなら、この楓月悠元でもよいのではないかと。なぜ唐沢俊一は平野威馬雄
を選んだのかと。

先に引用したように、山本弘は『トンデモ本の世界R』で楓月悠元の本を取り上げている
(P.75) のだし、『トンデモ本の大世界』のこのコーナーに入れるのは、平野威馬雄よりは
楓月悠元の方が自然なような気がする。もっとも楓月悠元の項目もまた Wikipedia に
存在しないのが難点かもしれないが。

その点 (?)、Wikipedia の平野威馬雄の項は、記述が充実していて面白い。残念ながら、
唐沢俊一の劣化コピー体質のせいか、『トンデモ本の大世界』の記述の方は、ずいぶんと
ショボいものになってしまっているけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/平野威馬雄
>父は弁護士でThe Japan Society of San Francisco(The Japan Society of Northern
>Californiaの前身)の初代会長だったヘンリイ・パイク・ブイ(Henry Pike Bowie)。ブイは
>フランス系アメリカ人であったが、遡ればスコットランドの貴族の家系で、ナポレオンの
>最初の皇后ジョゼフィーヌの近い親族の子孫にも当たる。母はカトリックを信仰する日
>本人で琴の教授だったが、近所ではラシャメンという蔑称で呼ばれ、差別に苦しんでい
>た。威馬雄は父から『家なき子』の登場人物に因み、レミと呼ばれて育つ。


唐沢俊一の文章の方は、書き出しが「シャンソン歌手で料理研究家」とかなっていて、
娘の平野レミについての説明か、平野威馬雄についての説明かわかりにくくなっている
のも難点であるが、おいといて。

平野威馬雄自身が、「父から『家なき子』の登場人物に因み、レミと呼ばれて育」った
というのは何か面白いなと思った。

で、「フランス人の父親」というのは唐沢俊一のガセのようで、アメリカ人でないと、
「ポーツマス講和会議ではルーズヴェルト大統領に随行」というのは無理だろう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンリイ・パイク・ブイ
>1880年頃、米国東海岸で日系移民への排斥運動が起きた際には迫害された日系
>移民たちをカリフォルニア州サンマテオの自邸に招き、励ましと共に職を与える。その
>一方で日米協会(The Japan Society of San Francisco; The Japan Society of
>Northern Californiaの前身)を創立、初代会長として日系移民たちを援助。ポーツマス
>講和会議ではルーズヴェルト大統領に随行し、帝政ロシアによる東洋侵略政策を批判。


で、唐沢俊一は平野威馬雄の生い立ちを、「ハーフであったため子供の頃から陰湿な
いじめを受け、それがもとで不良になるが、立ち直ってモーパッサンなどの翻訳で名を
上げる。しかし、こんどはコカイン中毒に陥って精神病となり、窃盗や痴漢で逮捕」と
要約しているが、これだと平野威馬雄のスゴさがあまり伝わらないような気が。

ハーフであったからいじめにあった、「大隈重信の国粋主義的演説がきっかけで非国民
扱いされるなどの差別待遇を受け」た――というだけなら似たような境遇の人は多数存在
しただろうけど、「早稲田の大隈邸に招かれ、大隈から直々に謝罪と励ましを受けた」と
いう人は滅多にいないと思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/平野威馬雄
>同校から暁星中学校に進んだが、権威主義的な校風に反撥[3]。同校では国語教師か
>ら文才を認められ、『平家物語』『源平盛衰記』など日本の古典からフランス語の原書
>までを読みこなす早熟ぶりを示したが、鼻が巨大だったためハーフでない生徒からシラ
>ノ・ド・ベルジュラックをもじってヒラノ・ド・ベルジュラックと呼ばれ、また大隈重信の国粋
>主義的演説がきっかけで非国民扱いされるなどの差別待遇を受ける(在米中の父が
>このことを手紙で大隈に訴えたところ、威馬雄は早稲田の大隈邸に招かれ、大隈から
>直々に謝罪と励ましを受けた)[4]。当時から無神論者でもあり、旧制暁星中学校5年の
>初夏にはミサの最中に手で卑猥なジェスチャー(いわゆる女握り)を示したことが理由
>で諭旨退学処分を受ける[5][6]。葉山町の堀内海岸に一家の別荘があったことから逗
>子開成中学校の4年次に編入されたが、ここでもハーフとして差別を受け、相撲部員た
>ちからリンチを受けそうになり、反撃で相撲部員の一人の片目を抉り出してしまう[7]
>[8]。同校在学中もフランス文学に傾倒し、加藤鐐造(のち衆議院議員)や清水長一
>(のち清水一郎の芸名で俳優となる)や近藤重輔(詩人近藤東の兄)と共に同人誌
>『エトワル』を創刊し、モーパッサンの短篇小説『野蛮な母』の翻訳を発表する[9]。
>『文章倶楽部』『中央文学』などの投稿誌に詩や短文を発表して賞を受け、江見水蔭・
>武田鶯桃・高須林渓・佐藤浩堂から激励の葉書を貰う[10]。傍ら詩作に熱中し、萩原
>朔太郎から詩作品を賞賛されたこともある[11]。
>のち、父がサンフランシスコから日本に帰国する。これに伴い、一家で東京府豊多摩郡
>渋谷町荒木山(現在の渋谷区円山町)に転居した。父の友人ヨネ・ノグチの紹介で詩人
>正富汪洋と知り合い、正富の紹介で詩誌『新進詩人』に参加すると共に、正富が国語
>教諭を務める私立名教中学校(現在の東海大学付属浦安高等学校)に逗子開成中学
>5年から編入[12]、同校を卒業する。
〈略〉
>薬物中毒時代
>この間、大学在学中の1922年秋、風邪による鼻詰りの臨時治療薬として級友S(文芸
>評論家安成貞雄ならびに歌人安成二郎の弟)からコカインを教えられたことがきっかけ
>で、重度のコカイン中毒となり、次いで抱水クロラールにも手を出し、15年間薬物漬け
>の日々を過ごす[18]。1930年頃には、松沢病院の閉鎖病棟に自主入院[19]、このとき
>入院患者の一人である「葦原天皇」こと葦原金次郎にも会っている[20]。やがて病院の
>薬局から麻薬を盗んで脱走し、全国手配を受ける[21]。逃走中は3人の若い女と同時
>併行で同棲し[22]、ドラッグを常用し、万引と無銭飲食を繰り返す[23]。女性の白い手
>に対する性的なフェティシズムから逗子駅の待合室で見知らぬ女性の手を握り、警察
>に逮捕されたこともある[24][25]。当時は秘密出版のグループに加わり、閨房記事の翻
>訳で生計を立てていた[26]。
〈略〉
>8. ^ 相撲部員の片目を抉り出した件は正当防衛だったため処分を受けなかったが、江
>ノ島沖におけるボート部員遭難事故の記念品のボートを破壊して焚火をした件では校
>長を激怒させ、無期停学処分を受ける。のち、「真白き富士の嶺」の作詞者のとりなし
>によって停学2週間に減軽された。
〈略〉
>12. ^ 名教中学校では修身の教師に反撥して集団サボタージュ事件を起こし、その首
>謀者として1週間の停学処分を受けた。『アウトロウ半歴史』pp.184-188(話の特集、
>1978年)を参照。


唐沢俊一のいう「それがもとで不良になるが」も少し疑問で、旧制暁星中学校を諭旨退学
処分になった原因の「ミサの最中に手で卑猥なジェスチャー(いわゆる女握り)」というの
が、ハーフであったために受けた差別とどれだけ直接的な関係があるのかと……。

「ハーフとして差別を受け、相撲部員たちからリンチを受けそうになり、反撃で相撲部員の
一人の片目を抉り出してしまう」というのは差別と関係があるだろうけど、これは「不良」が
どうこうというより、正当防衛のような。実際、この件では正当防衛が認められて学校から
処分は受けなかったとのことで。

しかし、「ボート部員遭難事故の記念品のボートを破壊して焚火をした件」では無期停学
処分 (後に「停学2週間に減軽」) で……こういうのは立派な不良のすることかとも思うが、
これはハーフだから受けた差別によるものと考えるべきか悩む。

「修身の教師に反撥して集団サボタージュ事件を起こし、その首謀者として1週間の停学
処分」の方も、ハーフと関係あるのかなあと思うし、こちらの事件は「『エトワル』を創刊し、
モーパッサンの短篇小説『野蛮な母』の翻訳を発表」したのよりも後の話。

唐沢俊一が書いているような、「不良になるが、立ち直ってモーパッサンなどの翻訳で
名を上げる」とまとめて終わりの話ではなさそうだ。

先に引用した「スコットランドの貴族の家系」だの「ナポレオンの最初の皇后ジョゼフィーヌ
の近い親族の子孫」だのに加えて、「事いやしくも皇室に関係がある」とかいう話まである
し……筋金入りのセレブというか、常人にはどういう人か判断がつきかねる感じもあって。

http://ja.wikipedia.org/wiki/平野威馬雄
>1. ^ 威馬雄の母は明治天皇に仕えていたが、28歳のとき暇が出て柳原邸に下り、行儀
>見習いをしていた。威馬雄の母は明治天皇に手をつけられそうになったため、そのこと
>を知った愛子によって急遽宮中から自邸に引き取られ、そこでブイと結ばれたという言
>い伝えもある。その一方でブイと愛子は密通していたという説もあり、こうした経緯から
>威馬雄の実母を柳原愛子に擬する向きもある。毎日新聞記者の緒方昇(のち詩人とな
>る)が満州で甘粕正彦に威馬雄の安否を気遣ったところ、甘粕は「ああ、あの人(威馬
>雄)のことなら心配はありません。警察も憲兵も、手をつけることができないのです」
>「平野という人の出生にからまる問題でしてね。このことは、事いやしくも皇室に関係が
>あることなので、極秘なのです。恐らく当人もそのことを知っているかどうか……それも
>疑問ですが……」と発言したという。緒方は威馬雄に対して「しもじもの者には知り得べ
>くもないのですが、戦争中、あなたが幾度もつかまりながら、危いところで無事に帰って
>こられたり、あなたの知らぬ間に、あなたは守られていたということだけは確かなようで
>す」とも語っており、それに対して三井良尚(やはり元毎日新聞記者で詩人)が「前に、
>日本放送にいた三ツ林滋だの、他の古手の記者が、内密裡に、その間のいきさつを調
>べているということだ」「古手の宮中記者の間では衆知の事らしい」と相槌を打ってい
>る。『アウトロウ半歴史』pp.340-350(話の特集、1978年)を参照。


だから、唐沢俊一の書いている、「やはりこういう人は、社会常識に反した存在を好むの
か、オバケ、幽霊といったものに興味を持って『お化けを守る会』という団体を立ち上げ」
については、「こういう人」ってどういう人のことをさすのか、ちょっと聞いてみたい。

「お化けを守る会」については、「やはりこういう人は」というより、「こういう人」にしては、
唐沢俊一が普段使用している表現を使えば、「のんき」で「酔狂」な活動ではないかと
思うのだけど。

http://kyodokan.exblog.jp/12057422/
>青森県立郷土館ニュース

> 昭和50年代には、弘前市で「お化けを守る会」が結成され、「せめてお化けの出る
>情緒ある世の中にしたいもの」といって、会誌の発行、怪談を聞く会、妖怪・幽霊画の
>展覧会、民間信仰の調査研究など、妖怪たちを文化のひとつとして楽しむ、有志の会
>が発足しています。


http://blogs.yahoo.co.jp/papaya2ko/folder/1356991.html
> 杉並区の東を縦一直線にはしる環状7号線。
> 昼間、ディーゼルの黒い排気ガスを撒きちらしたトラックの後ろでとろとろと渋滞ぎみ
>のこの道路を連なっていると、方南陸橋から高円寺陸橋までの区間に「スピード注意」
>「事故多発」などの看板が目につき、ドライバーたちのイライラ気分を逆なでしたりする。
>「こんなところがどうして事故多発地帯なんだ」
> そのわけは、夜中の12時を過ぎると嘘のようにガラガラになるからだ。昼間のフラスト
>レーションをふき飛ばすかのようにビュンビュン飛ばした車が矢のようにここを行き来す
>ることになる。
> だが、このあたりが事故多発地帯となっているのは、それだけの理由ではないよう
>だ。「このあたりはゴースト・フィールド、いわば妖気むんむんたちこめる場所なのであ
>る」と『お化けを守る会』会長の平野威馬雄氏は言っている。
> 平野氏によれば、この環状7号線は墓地のあったところを強引に通した道で、その
>時、なんの供養もお祓いもしなかったために、事故が多発するようになったという。
> 確かにこのあたりはゴースト・フィールドの名に恥じないだけの妖気を持っているようで
>ある。地図を広げてこのあたりを検討してみると、見事に環状7号線と青梅街道の交差
>する高円寺陸橋を中心に、さまざまな幽霊の目撃例があいついでいるのだ。


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Comment

●承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
 |  2016年04月18日(月) 02:19 |   |  【コメント編集】

>藤岡真さん
ありがとうございました。(_ _)(_ _)

リンゴ送れ絡みでは、あと何かあったような……と思いながら、探し出せなかった
(適切なキーワードが思い出せなかった) ので助かりました。

> http://d.hatena.ne.jp/sfx76077/20091019

当時読ませていただいたときも思いましたが、これも本当に豪快パクリですね……。
で、あらためて『奇人怪人偏愛記』を読み直してみると、これを使い回ししたら
松村で人物列伝書けそうだったのに……と思う一方、下手に使い回したら、また
豪快パクリになりかねないと思って避けたのかも、などといろいろ思いました。


ところで、『奇人怪人偏愛記』 P.217

> 松村の活動は、実証主義的に空飛ぶ円盤を研究することを主張していた
>高梨純一率いる近代宇宙旅行協会(MSFA)などからも強い批判を受ける
>ことになる。
> 六〇年一月、「Cの好評は絶対に禁止されています。(もし一部にでも
>いアヤマチがあればCBAに全体に影響を及ぼし、日本で助かる人が一人も
>いなくなってしまうかも知れません。)」
> とまで極秘扱いされていた文書が、産経新聞にスッパ抜かれてしまう。

×好評 ○公表
×いアヤマチ ○アヤマチ

のような気がするのですが。いや「い」を抜いたとしても、「アヤマチ」なんて片仮名
使いが、本家のCBAの文書に含まれていたかどうかも怪しい気がします。
トンデモない一行知識 |  2011年07月07日(木) 22:44 |  URL |  【コメント編集】

●豪快丸パクリ

『宇宙友好協会(CBA)の「リンゴを送れ」に関して、唐沢俊一は、「六〇年代のハルマゲドン -UFO教団CBAの興亡―」から丸パクリして、自著『奇人怪人偏愛記』に掲載しています。

 http://d.hatena.ne.jp/sfx76077/20091019

 こんな窃盗常習犯が、何故に著書を上梓し続けられるのかとは、何度書いたことやら。
藤岡真 |  2011年07月07日(木) 07:41 |  URL |  【コメント編集】

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