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2011.05.29 (Sun)

そんなに“カッコいい~!”ですか、“人類進化の最終形態”は滅亡ってのが?

裏モノ日記 2004年 02月 24日(火曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20040224000000.html

 昨年12月1日の日記で取り上げた事件に、無期判決。
「母親を殺害した殺人罪に問われた山形県米沢市赤崩、無職、土田博行
被告(23)に対し、山形地裁は23日、懲役14年(求刑・懲役15年)を言い
渡した。木下徹信裁判長は事件がアニメの影響だったことを認め“内面に
抑えられていた妄想が現実化した。理解困難な動機に酌量の余地はない”
と述べた。判決によると、土田被告は高校生の時に見たテレビのSFアニメ
番組『新世紀エヴァンゲリオン』に出てくる、“(人類の)進化の最終結論は
滅亡”という言葉に共感し、“人間は地球環境を破壊し、不必要”と考える
ようになった。昨年6月25日、会社を無断で早退し、自宅で母親(47)の
頭を木製バットやスコップで数十回殴打し殺害した」
                (Mainichi INTERACTIVE)

 私の当該事件へのコメントは昨年と変わらず。要するに“あんた、バカぁ?”。
バカがフィクションと現実を混同しただけの話である。とはいえ、あの作品が
“現実”にリアル感を抱けず、フィクション(妄想)の世界により親近感を抱く
タイプの少年たちに、(それが作品自体通常ならざる状態で世に送り出され
たという理由も含め)強いレポールをかけるだけのインパクトを有するもので
あったことは確かである。それは現実離れしている内容であるが故に、世界
の破滅を説く多くの宗教の教義と同じ く、煩わしい全ての現実からの逃避先
として理想型だったのだろう。

 それ故に私は、当時、自分の周囲にいた、アニメにウブな人たちに、あの
作品とのある程度の距離を置いたつきあい方を勧め、また、そういった立ち
位置での楽しみ方をいろいろ紹介したりもした。その方法論を、“オタクの
シニシズム”“揶揄的態度をとることによって自分自身の問題点を見ようと
しない”“真摯でない”と非難した人々(竹熊健太郎氏等)にとり、真摯に
あの番組の中で示されたテーマに向かい合ったこの犯人こそが、まさに
理想的な作品への取り組み方を示した人物、ということになるのだろうか。
いや、確かに殺人事件における裁判の起訴状という、これ以上ない現実の
中に、いきなり“人類進化の最終形態”などというSF的用語が動機として
書き込まれるなど、オタクにとっては痛快事ではあると思うが(昨年末の
オタク大賞で この件への私のコメントは“カッコいい~!”だった)。
〈略〉
出演料が、この間の『爆笑問題のススメ』のほぼ二倍。“凄い”と言ったら、
K子が“よく見てみなさいよ、拘束が二日よ。二日分のギャラだもん、倍で
アタリマエよ”と言う。なるほど、と思ったが、しかしこれまでの番組では
撮りが二日だろうと三日だろうと、支払い学は同じだった気が。やはり、
誰かも少し大物の出演がキャンセルになった代役 なのかと思う。


×レポール ○ラポール
×最終形態 ○最終結論
×支払い学 ○支払い額

『B級学』という本を書いた唐沢俊一だから、「支払い学」くらいは当たり前かな、と。

唐沢俊一は、一貫して rapport を「レポール」と表記しているらしい――ということについて
は、「ラポール、ラポート、レポート、レポールをレポる (?) 」のエントリーもあわせて参照の
こと。

まあ「レポールをかける」を「ラポールをかける」と訂正したら、唐沢俊一の文章はおかしく
なくなるかというと、それは疑問なわけだけど……。

前のエントリーに引用した文章によると、唐沢俊一流「レポール」は、「かつてナチスが
悪用した手法でもあり」、「ちょっとした操作で其処に居る全員の心理をコントロールする」
ためのもので、人々を「密閉空間に鮨詰め」にして、ときには「客席に配置されたサクラ」
なども使って、笑いなどの反応を伝染させるという手法らしい。

また、「世の中の貧しさをバックボーンにして、読者との間に強いレポール(共感)をかけ
られた時代の作品」という表現から推測するに、唐沢俊一語の「レポールをかける」という
のは、作品の受け手を共感させるための要素や仕掛けという意味で使われることもある
ようだ。

通常は、「現実離れしている内容」の作品は、読者または視聴者を深く共感させるのには
やや不向きと思われるのだが、唐沢俊一のいう「“現実”にリアル感を抱けず、フィクション
(妄想)の世界により親近感を抱くタイプの少年たち」――「リアル感を抱けず」は、よくいう
「リアリティを感じられず」という意味か――にとっては、「世界の破滅を説く多くの宗教の
教義と同じく、煩わしい全ての現実からの逃避先として理想型」だから、「フィクションと
現実を混同」させるだけのパワーを持ち得るということだろうか。

しかし、そう読んでいくと、唐沢俊一が「それ故に私は、当時、自分の周囲にいた、アニメ
にウブな人たちに、あの作品とのある程度の距離を置いたつきあい方を勧め」と続けてい
るのに、少し首をひねることになる。「アニメにウブな人たち」というのが、竹熊健太郎の
ようないい大人を含めたものだとすれば、これを「“現実”にリアル感を抱けず、フィクション
(妄想)の世界により親近感を抱くタイプの少年たち」と同列に扱うのは、余計なお世話で
あり失礼にもあたるのでは……。

(実際の事件については、どうして「高校生の時に見たテレビのSFアニメ」の影響が、それ
から数年後の 22 歳になった時点で、殺人という形で表に出ることになったのかをしりたい
と個人的に思ったりするが、おいといて)。

ただ、まあ、唐沢俊一は本気で「アニメにウブな人たち」を心配して、「距離を置いたつき
あい方を勧め」たのではないかと思わないでもない。この場合の「アニメにウブな人たち」
は、まるで唐沢俊一自身が語る、かつての唐沢俊一自身の姿である。

唐沢俊一先生、その病、直っていません」のエントリーに引用したことがあるが、唐沢
俊一は昔の裏モノ日記に、「ある種似通った性向を持つ、ある世代の者にとり、イッセー
のような、自分の全人格を投影できるような仕掛けを持ったアートは、極めて危険きわま
りないものなのだ」、「往々にして投影された影の世界に行きっぱなしになり、帰ってこら
れないことに なりかねないのである。私が生還できたのは単なる幸運に過ぎない」と書い
ている。そして唐沢俊一によると「“イッセー”を“エヴァ”に」は容易に置き換え可能だと。

で、唐沢俊一の思う、自分と「ある種似通った性向を持つ、ある世代の者」のさす範囲は、
こちらが思っていたよりずっと広く (年齢層もぐっと広く)、そういう人たちが皆「影の世界に
行きっぱなしになり、帰ってこられないこと」を本気で心配するのも無理はないというか、
以下のエントリーでマジで不思議だった、他人がやたらサイコさんに見えるという病状
(唐沢俊一の) も少し理解できるような気がする。投影ってやつですね、という方向で。

サイコさんまたはエキセントリック中年ミドルエイジからの手紙
スモールサークルまたは破壊的カルトからの生還
「適当な距離感」「クールに対応」そして「一番の財産はオリジナリティ」

そして、今回の裏モノ日記を読んで思ったのは、「行きっぱなしになり、帰ってこられない」
にしても、いろんな「行きっぱなし」方があると思うが――よくわからないが、俺の嫁は生涯
綾波だけとか――唐沢俊一にとっての「行きっぱなし」は、人類の進化のあるべき姿とか
人類破滅とかという方向に思いつめるということだったのかと。

個人的には、エヴァってそういうアニメだっけと思ったりするのだが、唐沢俊一によると
「真摯にあの番組の中で示されたテーマに向かい合」うとそうなる――ということらしいし。
少なくとも唐沢俊一の目には「世界の破滅を説く多くの宗教の教義と同じく、煩わしい全て
の現実からの逃避先として理想型」とうつっていたのだろう。つまり、唐沢俊一は、人類
破滅ものの SF が大好きで、「フィクションと現実を混同」しそうになるので、他人もそう
ではないかと心配でたまらなくなり、つい大きなお世話を焼きたくなったということだった
のだろう。(←少し投げやり)

そう考えると、「いきなり“人類進化の最終形態”などというSF的用語が動機として書き
込まれるなど、オタクにとっては痛快事ではあると思うが」というのも説明がつくような。

元の記事では「“(人類の)進化の最終結論は滅亡”という言葉に共感」で、「進化の最終
結論」となっていたものを、わざわざ「いきなり“人類進化の最終形態”」と「最終形態」に
勝手に書き換え、あげく「“カッコいい~!”」である。唐沢俊一の好みってこういうのなん
だなあ……というのだけは、わかった気はする。

その他参考 URL:
- http://www.logsoku.com/thread/book.2ch.net/sf/1077302957/
- http://yomi.mobi/read.cgi/changi/changi_eva_1247510628
- http://logsoku.com/thread/that.2ch.net/gline/1074600994/
- http://mimizun.com/log/2ch/eva/1249912763/

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Comment

>催眠商法にありがちですね。

SF は SF でも Science Fiction ではない方ですね。

>共感するのにインパクト?って気がします。

同意ですが、まあファーストインパクトだセカンドインパクトだといっていたアニメ
ですから (←違)

>アレ面白いよな!とかで仲間が盛り上がっているのに入っていけない人間が、
>ひがみむき出しでいる感じですね>唐沢氏のエヴァ関連。

私は以前、こんなことを書いたです↓

http://tondemonai2.web.fc2.com/777.html
たとえアニメ本体には興味がもてなくても、死海文書、聖書偽典、ハリネズミの
ジレンマ、ハーラン・エリスンの『世界の中心で愛を叫んだけもの』、コードウェイ
ナー・スミスの 「人類補完機構」シリーズなど、唐沢俊一の守備範囲とされている
分野で、ネタはいくらでもあったはずなのだ。……ただまあ、これらについて下手な
ことを書いたら最後、おっかない SF ファンにどんなに突っ込まれるかわかったもの
ではなかっただろうが。

今思うと、「アニメ本体には興味がもてなくても」というより、アニメ本体にのめり
込むとマジで唐沢俊一自身の精神がもたないという判断のもとに避けたのかも。

それと、これもまた今思うと、死海文書、聖書偽典、『世界の中心で愛を叫んだ
けもの』、 「人類補完機構」シリーズなんてものは、おっかない SF ファンからの
突っ込みを恐れる恐れない以前に、唐沢俊一があまり興味をもてない話題じゃ
ないかなと思いますね。上を書いた当時は、唐沢俊一は SF 者という頭がまだ
あったのですが、今は……。
トンデモない一行知識 |  2011年05月30日(月) 03:39 |  URL |  【コメント編集】

●唐沢俊一流「レポール」

催眠商法にありがちですね。
それと、NLP関連にありがちな状況でもあります。

エヴァのテレビの最終回は自分も見ていないのです。
自己啓発セミナーで行われる『生まれ変わった新しい自分』を肯定するのと似ているとかで敬遠しているというか。
でも、その後の映画版は見ました。
良く分からない所はありますが、当時のアニメーションとハプニングパフォーマンスのギリギリを観た感じで面白かったです。

>(それが作品自体通常ならざる状態で世に送り出されたという理由も含め)
>強いレポールをかけるだけのインパクトを有するものであったことは確かである。

共感するのにインパクト?って気がします。催眠術系の話っぽいです。
確かにエヴァの演出は独特で、俗にいうサブリミナルっぽい感じはしましたが、
別にそれが催眠術だったわけじゃなし。

アレ面白いよな!とかで仲間が盛り上がっているのに入っていけない人間が、
ひがみむき出しでいる感じですね>唐沢氏のエヴァ関連。
興味があるなら観ればいいだけだし、仲間に入れないなら仕方ないで他の
話題になったら入っていけばいいだけだし。
老成ブリッコの割に達感というものと無縁な人なんだと思いました。
NNT |  2011年05月30日(月) 00:46 |  URL |  【コメント編集】

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