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2011.05.23 (Mon)

雨に濡れると放射能が怖いよと親が真顔でいっていた 1960 年代

http://www.tobunken.com/diary/diary20110413110748.html

13日
水曜日
古い映画をみませんか・18 『七変化狸御殿』
〈略〉
同じく年末に正月映画として公開されたのが、美空ひばり(当時17歳)
主演のミュージカル映画『七変化狸御殿』。日本製ミュージカルとして
狸御殿映画というのもさんざ作られたが、今見るとさすがに古さを感じる
ものがほとんどの中で、この作品はミュージカルシーンもギャグセンスも、
現在に通じる佳作である。
〈略〉
イヤリングならぬ鼻リングの怪オランダ人、伴淳三郎や浪曲をうなる広沢
虎造の森の石松、さらには東映京都で端役ばかりやっていた中村時十郎が
松竹に呼び戻されてさすがのお仕込みの土蜘蛛の精を演じていたり、森の
中でドラムを叩く狸がフランキー堺だったり、正月映画だけに喜劇、時代劇
から浪曲、漫才、音楽界とさまざまなジャンルの人気者が一堂に会し持ち芸
を披露する。実に楽しく、ひばり、伴淳、高田浩吉、川田晴久などの歌う
ナンバーも傑作揃いで(音楽・万城目正)いい映画なのだが、それだけに
放射能雨のリアルさが何とも違和感バリバリで、しかも悪役のコウモリ一族
がその被害者、というあたり、すさまじくひっかかる(おまけに有島一郎も
娘の淡路恵子も無惨に殺される)。……まあ、逆に言えば、これは敵に情け
なんかかけていられない当時の冷戦状況の、ダイレクトな表現なのかも
しれないが。

放射能雨がギャグにも昇華しきれなかったのは、それが“現実”だったからだ。
『ゴジラ』の中にも、
「原子マグロだ、放射能雨だ、そのうえ今度はゴジラときたわ」
というセリフがある。この時期、米ソ両国はボカスカ核実験を行い、
放射能雨が日本にも年中降り注いでいた。60年代の東京の大気中の放射能値は
現在の一万倍であったという。
今でもなお、その時降り注いだ放射性物質が日本をはじめ世界中の土中には残っている。
放射能にたっぷり汚染された米を食いマグロを食って、それでもわれわれは
元気に丈夫に生き延びてきた。
毎日テレビで報道される放射能報道にビクついて、ロクに食事も摂れなく
なるより、こういう映画を作って笑いにしてウサをハネとばす方がずっと
健康にはいいことだけは確かなようである。


×現在の一万倍 ○現在の三分の一
×こういう映画を作って ○こういう映画を見て
×ウサをハネとばす ○憂さを晴らす

4 月 13 日にアップされた「古い映画をみませんか」だが、このシリーズは 5 月に入って
から現時点ではアップ 0 件 (魚拓) という事情もあるし、唐沢俊一風にいえばという
ことで (?) 取り上げてみる。


で、「こういう映画を作って笑いにしてウサをハネとばす方がずっと健康にはいいことだけ
は確かなようである」と書かれても困るというか……。

唐沢俊一自身も書いているように、『七変化狸御殿』は「正月映画として公開された」映画
であり、出演者も美空ひばり、伴淳三郎、フランキー堺等々の豪華版であって、昔の映画
だという点を差し引いても、「こういう映画を作って」とかいえるような自主制作レベルの
作品とはいえないだろう。

「ミュージカルシーンもギャグセンスも、 現在に通じる佳作」かどうかはともかく、上から
2 番目のリンクのドラムとかはかっこよく思った。美空ひばりのコスプレ等は……やや
微妙かもしれないけど。

- http://www.youtube.com/watch?v=8dhYRDENbow
- http://www.youtube.com/watch?v=nhmKFGpWhRc
- http://www.youtube.com/watch?v=HLCuh5_1Gkg

そして、「こういう映画を見て」に変更したとして、「こういう映画を作って」ほどではないに
しても、結構高くつくという問題もある。

http://www.amazon.co.jp/dp/B000O17C60
>七変化狸御殿 [DVD]
>美空ひばり (出演), 宮城千賀子 (出演), 大曾根辰夫 (監督) | 形式: DVD
〈略〉
>新品2点¥ 14,999より 中古品2点¥ 14,572より




「ウサをハネとばす方が」というのは、まるでウサギを車か何かで「ハネとばす」みたいだ
よなあ……ということで。いや唐沢俊一は、憂さを晴らすとか憂さを忘れるといった普通の
表現をあえて避けたのかとも思うが、「憂さを笑いとばす」くらいにとどめるのならともかく、
「ウサをハネとばす」までいくと日本語として変ということにしかならないのではないかと。

http://dic.search.yahoo.co.jp//search?stype=prefix&ei=UTF-8&p=憂さ&fr=dic
>国語辞書の検索結果 - 大辞泉(JapanKnowledge)全2件
>1. う‐さ【憂さ】
>  気持ちが晴れないこと。思うに任せない、つらい気持ち。「―を晴らす」
>2. うさ‐ばらし【憂さ晴(ら)し】
>  [名](スル)苦しさやつらさを、何かで紛らして除いたり忘れたりすること。気晴らし。
>  気散じ。「酒を飲んで―する」



それ以上にどうかと思うのが、「放射能にたっぷり汚染された米を食いマグロを食って、
それでもわれわれは元気に丈夫に生き延びてきた」。

「われわれは元気に丈夫に」って、唐沢俊一は、2 年前に「心臓を含め、多機能不全の
ような状態におちいっていたようです
」という話なのに、「元気に丈夫に」とかいえるのかと
いう疑問がひとつ。

で、入院はトンデモ本大賞 (6/6) の翌々日? それとも 4 日後?
いろいろと多機能不全?
2 度の入院手続き、そして 2 度の帰宅
ホスピタルに入りびたる日記――「むさぼる果実」編
ホスピタルに入りびたる日記――「愛しのポメラ」編
咳をしても三月
ホスピタルに入りびたる日記――「隣の剃毛」編
ホスピタルに入りびたる日記――「八犬伝は鬼門」編
ホスピタルに入りびたる日記――「酒は怖いなと思う」編
ホスピタルに入りびたる日記――「シーツは花柄」編
病み上がりの夜空に
糖尿で闘病して逃亡して……?


もうひとつは、「われわれ」は「放射能にたっぷり汚染された米を食いマグロを食って」いた
のかどうかという疑問。

「マグロを食って」というのは第五福竜丸の事件からきているとは思うのだが、そのときに
放射能汚染されたマグロは「放射能マグロ」とか「原子マグロ」とかいわれて嫌われていた
というのに、それを買って食べる人はそんなに多かったのだろうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/第五福竜丸
>第五福竜丸(第五福龍丸、だいごふくりゅうまる)は1954年(昭和29年)3月1日、米国
>の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物(いわゆる死の灰)を浴びた遠洋
>マグロ漁船の船名である。無線長だった久保山愛吉がこの半年後の9月23日に血清
>肝炎で死亡した。


http://doraku.asahi.com/earth/showashi/110302.html
>他の船が取ったマグロの放射能汚染もわかると、「放射能マグロ」「原子マグロ」など
>の言葉で嫌われ、それ以外の魚まで売れなくなった。


http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/quiz/n11-2.htm
>左の写真では、魚屋さんの店頭に、「当店では原子マグロは買いません。乞ふ安心!!」
>という張り紙が見えます。原子マグロというのは、ちょっと変な表現に思えますが、放射
>能に汚染されたマグロというわけです。この張り紙は、そういう危険なマグロは仕入れ
>ていないから、安心して買ってくださいという、魚屋さんのお客に対するメッセージです。


http://takenami1967.blog64.fc2.com/blog-entry-4.html
>「嫌ぁね、原子マグロだ、放射能雨だ、そのうえ今度はゴジラと来たわ。もし東京へでも
>上がりこんで来たら、一体どうなるの」「せっかく長崎の原爆から命拾いしてきた大切な
>体なんだもの」と若い女。
>「そろそろ疎開先でも探すとするかな」と若い男。
>「あーあ、また疎開か」と年配の男。


仮に放射能マグロが市場に出回っていたとしても、第五福竜丸の事件は 1954 年のこと。
その 4 年後の 1958 年に生まれた唐沢俊一も、「放射能にたっぷり汚染された」「マグロ
を食って」いた世代に含まれるものかは、かなり疑わしい話だと思う。

「放射能にたっぷり汚染された米を食い」については、もっとわからない。「米ソ両国はボカ
スカ核実験を行い、放射能雨が日本にも年中降り注いでいた」、そして日本の主食は米
であるということを考慮しても、米ソ核実験が原因なら、その実験場のより近くで収穫され
た食品の方が危なそうだし、話を国内に限定するとしても、放射能雨の影響ならば、今回
問題になったホウレンソウのような露地野菜、新芽にセシウムが集まりやすい茶などと
いったものの方が、より危険だったような気もする。

- http://atmc.jp/food/ (魚拓)
- http://atmc.jp/food/?s=i131&q=59dda&a=&d=21 (魚拓)


いやまあ、そんなことより問題は、「60年代の東京の大気中の放射能値は現在の一万倍
であったという」かなとは思うけど。

唐沢俊一のこの文章は、前述の通り 4 月 13 日にアップされたもので、「大気中の放射
能値は現在の一万」というのは、多分以下のような記事を受けてのものだろう。

http://www.asyura2.com/11/hasan71/msg/445.html (魚拓)
>「メイド・イン・ジャパン」風評にどう対処?―60年代の放射線量は1万倍だった 尾崎弘之
〈略〉
>1960年代の放射線量は今の1万倍だった!

>  ここに、風評被害に立ち向かう上で有用なデータがある。気象庁の気象研究所が
>1958年から50年以上、国内の放射性物質量を継続的に測定している。これだけの長
>期データは、世界でも例がないそうだ。そのデータによると、米国、ソ連が大気中で核実
>験を行っていた1960年代、土壌中に含まれるセシウム137とストロンチウム90の量は、
>2000年以降の平均値の何と1万倍を上回っていたのである。1963年の部分的核実験
>禁止条約後、放射線量はやや下がるが、1970年代に中国、フランスが核実験を行うと
>再び、2000年代の1000倍レベルに増加した。1986年にチェルノブイリ原発事故が起き
>た時は一瞬、1960年代の水準まで増加するが、わずか1年で、前後の期間の平均的
>なレベルに下がっている。
>  福島の原発事故が起きた後に同条件で測定されたデータはまだ公表されていない
>が、各都道府県が毎日測定している空気中の放射線量が参考になる。東京・新宿区の
>場合、3月13日の放射線量が前日の3.2倍に突如増加し、23日には4.3倍になった。そ
>の後は、12日の2.5倍程度で安定している。福島県内の「30km圏外」では、多い地点で
>も、平常の10倍程度である。土壌中と空気中の放射線量が比例すると仮定すれば、両
>地点の測定量は1960年代の1000分の1から4000分の1に過ぎない。当時、私は小学
>生だったが、この年代で有意にがん患者が多いというデータはないはずである。このよ
>うな研究成果は国際的にもっとアピールされるべきである。
〈略〉
>尾崎弘之 東京工科大学大学院ビジネススクール教授
〈略〉
>  東京大学法学部卒、ニューヨーク大学MBA、早稲田大学博士。野村證券NY現地法
>人、モルガン・スタンレー証券バイス・プレジデント、ゴールドマン・サッ クス投信執行役
>員を歴任後、ベンチャービジネスに転身。2005年から現職。


で、まあ、上記のページのコメント欄では、日本人の死因のトップは 1960 年代は脳卒中
だったのが今はガンになっているぞとか、「セシウムやストロンチウムが問題なのは人体
がカルシウムやカリウムと勘違いして骨等に沈着して中々排出されないから」とか、「60
年代の放射線量は1万倍だった でも、2011の汚染地域の放射性降下物の量は、その60
年代の70~280倍以上」とか、いろいろ突っ込みが入っている。

確かなのは、1960 年代の数値が「今の1万倍だった!」というのが本当だとしても、その
「今」とは 2000 年代の数値であり、2011 年 4 月の時点、福島原発事故の起こったその
後を指す「今」ではないこと。下の引用のタイトルにもあるように、「震災前の1万倍」とか
いう話なのだ。

http://2chnull.info/r/news/1302255776/
>1960年代東京におけるは放射線量は震災前の1万倍だった※今年はそれを超える
>1 : 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) : 2011/04/08(金) 18:42:56.62
>ID:cT79bH5I0● BE:879279146-PLT(18000) ポイント特典 [1回発言]
>日
>1963年8月 東京中野区 セシウム137 548Bq/m^2
>1990年代  東京中野区 セシウム137 50ミリBq/m^2
>2011年3月21日 東京都新宿区百人町 セシウム137 5300Bq/kg

>積年
>1963年 世界平均 1560Bq/m^2
>1963年 東京    1935Bq/m^2

>週刊新潮 4/14号 25-26P
>ttp://uploader.rgr.jp/src/up6652.jpg
>ttp://uploader.rgr.jp/src/up6652.jpg
〈略〉
>3 : 名無しさん@涙目です。(dion軍) : 2011/04/08(金) 18:44:53.69 ID:75UdjXYS0
>[1回発言]
>でもこれって外の放射線量だろ
>おれは体内に摂取してるから
〈略〉
>5 : 名無しさん@涙目です。(広西チワン族自治区) : 2011/04/08(金) 18:45:30.41
>ID:O5BkSkVKP [1回発言]
>中ソ核開発真っ只中だったしな
〈略〉
>6 : 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) : 2011/04/08(金) 18:45:37.71
>ID:cT79bH5I0 [4回発言]
>>>3
>水道基準オーバーとか書いてあるし、地面に降ってるから既に東京の野菜から摂取
>済みなんじゃね?
〈略〉
>13 : 名無しさん@涙目です。(山口県) : 2011/04/08(金) 18:49:31.70 ID:MmEiNSSs0
>[1回発言]
>先日、60年代大気圏核実験で一年分日本に降った放射性物質量の、3倍の量が24時間で
>東京に降ったってニュースになってたわけだが。
>雨の日に。


で、「60年代大気圏核実験で一年分日本に降った放射性物質量の、3倍の量が24時間で
東京に降ったってニュースになってたわけだが」という話は下記のページにも載っていた。

http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/pages/35.html
>これは、AERAが表紙に「放射能がくる」というキャッチコピーを付けた号のことだと想定
>するが、実際に放射能はきた。東京にも、核実験時代で最大の放射能が降り注いだ
>1963年の3倍が降り注いだことは、3月25日時点で報道されていた。


で、「60年代大気圏核実験で一年分日本に降った放射性物質量の、3倍の量が24時間で
東京に降ったってニュースになってたわけだが」という話は下記のページにも載っていた。

http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/pages/35.html (魚拓)
>これは、AERAが表紙に「放射能がくる」というキャッチコピーを付けた号のことだと想定
>するが、実際に放射能はきた。東京にも、核実験時代で最大の放射能が降り注いだ
>1963年の3倍が降り注いだことは、3月25日時点で報道されていた。


これの元ネタを、http://cahotjapan.blog103.fc2.com/blog-entry-1061.html 経由で
たどってみると、以下の「2011/03/25 18:11 【共同通信】 」の記事ということに。

http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011032501000755.html (魚拓)
> 福島第1原発事故で東京に降り注いだ放射性物質のセシウム137は、最大となった
>降雨の21~22日に、1960年代前半まで行われた大気圏内核実験で1年間に降っ
>た量の3倍近くに達したことが25日、分かった。
> 放射線医学総合研究所の市川龍資元副所長(環境放射能)の資料と、文部科学省
>の発表データを比較した。市川さんは「今のレベルなら心配することはないが、これ以
>上(放射性物質が)外に出ないよう、早く原子炉を冷却し、沈静化させてほしい」と話し
>ている。
> 市川さんによると、米国、旧ソ連、英国が63年に部分的核実験禁止条約に調印する
>まで、米ソは盛んに核実験を繰り返した。63年に東京で確認されたフォールアウト(放
>射性降下物)のセシウム137は年間1平方キロメートル当たり52ミリキユリー。換算す
>ると1平方キロメートル当たり1924メガベクレルになる。
> 文科省によると、今月18日以降、東京で降下物として検出したセシウム137は、24
>時間ごとの値で最大だった21日午前9時~22日午前9時は5300メガベクレルで、6
>3年の1年間の約2・8倍になった。降雨で降下物が多かったとみられ、翌日以降は40
>0メガベクレル以下に減少した。



……さらにいえば、この「3倍近くに達した」という記事が何かの間違いだったとしても、
唐沢俊一の「それでもわれわれは元気に丈夫に生き延びてきた」は、かなり問題ありだ
と思う。

40 代以上ならば、放射線や放射能物質の影響も受けにくいし、1960 年代を「生き延びて
きた」と表現してもまだよいかもしれない。しかし、30 代以下はどうか、もっとも影響を受け
やすい乳幼児はどうなるのかという考察を抜きに、安易に「われわれは〈略〉生き延びてき
た」と書くのは、ちょっとどうかと思った。彼の読者には、年齢が若い者だって子持ちだって
いるだろうに。


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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

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Comment

何かやたら楽しそうなのですよねえフランキー堺。アドリブ演奏付だったという
話も。

http://home.f05.itscom.net/kota2/jmov/2000_01/000124.html
>腹鼓の替わりにドラムが上手な狸・フランキー堺(アドリブ演奏付)

トロンボーンの人はシンバルで顔がかくれたり小さくしか映らなかったりで、
気にはなっていたのですが誰か判別しにくいのですよね。ググってみても、
『七変化狸御殿』に谷啓が出たという話は見つからなかったですが、顔は
似ているかも、もしかしたら……という気もしますし。

http://www.ztv.ne.jp/ann/ooatari/movie7.htm
>番外・1968年「社長繁盛記」では、森繁、谷啓、小沢の三人が提灯、通帳、
>やかんをぶらさげ、狸様で「狸音頭」を披露しています。

動画は削除されていますが↓

http://www.casttv.com/video/fmhd951/-video
>Furanki Sakai/drummer →  cinemactor. 1929/2/13 - 1996/6/10
>スイングジャーナル誌人気投票(1963/11/2)  Tb5位/谷啓 g10位/植木等

その他参考:
http://www.ab.auone-net.jp/~stars/biography.htm
http://www.ozsons.com/SUGI/ComicMusicHistory.htm
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2011年05月28日(土) 17:44 |  URL |  【コメント編集】

●ハヤタ隊員さん

 フランキー堺も谷啓も「スィングジャーナル」のアーティストベスト10の常連でしたね。
藤岡真 |  2011年05月27日(金) 14:39 |  URL |  【コメント編集】

●トロンボーン

フランキーさんのドラムはなかなかいいですね。

ハッキリと分からないけど、後ろでトロンボーンを吹いてるのは、谷啓さんじゃないかな?
1955年というと、フランキーさんのバンドはシティ・スリッカーズで、トロンボーンは谷さんだったからね。

皆さんの真面目な意見の中、関係のい話で申し訳ありません。
ハヤタ隊員 |  2011年05月27日(金) 10:48 |  URL |  【コメント編集】

その唐沢俊一は、このようなことも書いています。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-647.html より
>いや、身内トークの場とかでは専門家ぶったことも言ったり
>書いたりしていますよ。親しい知人で、肉親が福島県に取り残されて、
>不安症候群になりかけていた人がいました。このときには、あっち
>こっちのサイトから安心情報をかき集め、まるで自分が原子力の専門家
>みたいな顔をして落ち着こうよと説得しました。そういうときは別ですが、
>外ではやりません。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-656.html より
>しかし、現実問題として、逃げたくとも逃げることの出来ない人たちが、
>福島にも東京にも大勢いるのである。老人、病人、生活困窮者。
>そういう人々を置いて自分だけ安全圏に逃れようとしたとき、生命は
>助かったとしても、彼らは人間として死んだも同然の存在になるだろう。

私が唐沢俊一だったら、心底後悔してマトモな精神状態ではいられないかなと
思ったりするのですが……。
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2011年05月25日(水) 00:34 |  URL |  【コメント編集】

ひどいな、アマチュアに繙かれてここまでボロボロになるプロの文章。
こんなのが20年近くエラそうにしてたんですね。ほんとうにひどい。
Sawahara |  2011年05月24日(火) 18:02 |  URL |  【コメント編集】

●感心するくらいヒドイ

薬学部(薬科大学)では放射線化学や核物理学(の基礎)が
必修科目のはずなのですが……うむむ。

二毛猫 |  2011年05月23日(月) 20:58 |  URL |  【コメント編集】

●1970年代には

「雨にぬれるとハゲる」といわれた記憶があるにはあります。
巨乳ハンターにもそんな台詞がありましたし。

まぁ、実際それでハゲたという人にはお目にかかったことは無いですが。
mino |  2011年05月23日(月) 14:28 |  URL |  【コメント編集】

●昨日の今日

第五福竜丸の元漁労長が夢の島の第五福竜丸展示館を訪れたというニュース。
http://www.at-s.com/news/detail/100030432.html(魚拓:http://p.tl/XxnK)
今朝の新聞で記事を読みました。
唐沢氏の空元気は第五福竜丸の乗組員の方が味わってきた苦労や悲しみを踏みにじっているように思えます。
自分は放射線や放射性物質の真の恐ろしさは、次代に確実にツケを回し続けるって事だと思っています。
子供がいなくても、そのツケを微量でも軽くするのが現代に生きる大人の責任だと思うので、

>毎日テレビで報道される放射能報道にビクついて、ロクに食事も摂れなくなる

なんて情けない状況のくせに

>放射能にたっぷり汚染された米を食いマグロを食って、それでもわれわれは元気に丈夫に生き延びてきた。

って適当な事を書くのは本当に勘弁して欲しいです。
NNT |  2011年05月23日(月) 11:40 |  URL |  【コメント編集】

●馬鹿の極み

>放射能にたっぷり汚染された米を食いマグロを食って

 こんな馬鹿に原発関係の講演させたのですか。これでは、二度と呼んでもらえないのもむべなるかな。

 しかも、「放射能」って、「放射能力」のことですから、「放射能力にたっぷり汚染された米、マグロ」なんて意味も無い言葉です。いまどき、いいかげんなマスコミでさえ、「放射線量」とか「放射性物質」とか、正確な言葉を用いているのに。
藤岡真 |  2011年05月23日(月) 08:08 |  URL |  【コメント編集】

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