2017年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2011.05.18 (Wed)

その団鬼六さん、あなたの脳内で劣化コピーされてませんか

http://www.tobunken.com/news/news20110512045223.html

イベント
2011年5月12日投稿
血が怖かった男 【訃報 団鬼六】
伯父のプロダクションが横浜で定期落語会をやっていた頃、楽屋にしょっちゅう
訪ねてきてくださった。会場設営のとき、高座の袖に“団先生席”という
椅子を用意させていたくらいだった。
〈略〉
根っから芸人がお好きだったのだろう。立川流の顧問もやられていた。
立川流の新年会だったかで、隠し芸を披露されたのを見たことがあるが、
「アフリカの土人の割礼の唄」
という珍芸であり、なにやら呪文のような文句の間に
「イタタ、イタタタ」
というカワを切られた男の悲鳴がはさまるというナンセンスなものだった。
〈略〉
SM小説の大家となった団氏だったが、本人は気が小さく、血を見ただけで
卒倒するような繊細な人間だった。先の『鬼ゆり峠』前書きに、
「何時であったか、あるSM雑誌の若い編集者がきて、西部劇でインディアン
が白人の生皮を剥ぐ残忍場面を見て肝を潰しましたが、一度あんな凄い場面
を書いてもらえませんか、というのでこっちも肝を潰した。人間の生皮を
剥ぐなんてそんな恐ろしい話をどうして私のような気の小さい人間が書ける
ものか」
と、悲鳴のように記しているのが微笑ましい。そのくせ、この『鬼ゆり峠』
にも、女性のクリトリスをカミソリでえぐるというような、かなりエグい
場面があるのだが、前書きを書いているときは“表・団鬼六”であり、SM
シーンを書き出してノッてきたときの“裏・団鬼六”とは、人格が異っている
のであろう。

最近のクリエイターには(SMでなくとも、小説、映像、演劇など全ての
シーンにおいて)、この、表と裏のスイッチングがある人があまりいない
ように思う。趣味をそのままダイレクトに仕事にしているものだから、
すさまじく博識で、構成も巧み、キャラクター造形にまで遺漏がないが、
そこで仕事にある種の矩(のり)を越えるというか、神が降りる、という
瞬間がない。実際、『花と蛇』にしろ、沼氏の『家畜人ヤプー』にしろ、
小説としての結構は破綻していて、はっきり言って体を成していないという
シロモノなのであるが、しかし、その、読んでいる最中の面白さというか
テンションの高さというかは、人間でない、魔性のものが乗り移った筆が
綴っているとしか思えないものがあった。

20代で純文学の賞を取るが食えず、バー経営にも失敗し、生活のために
ポルノ小説で身を立てる決心をした彼は、まだ幼かった子を背中におぶい
ながら、その子に、というより自分に言い聞かせるように
「お父ちゃんはね、これからポルノ作家になってお前たちを養って
いくんだよ」
とつぶやきつつ、夜道を歩いたという。純文学を志したものがポルノに
転向すると、文学仲間からは汚れた存在に堕したという感じで軽蔑され、
罵倒された時代だった。もう後には引き返せない、という自分への言い聞かせが
必要だったのであろう。

とはいえ、人生最大のヒット作となった『花と蛇』は、アブ雑誌『奇譚クラ
ブ』に花巻京太郎名義で最初、投稿したものだった。根はそういうことにも
興味があったわけだ。『奇譚クラブ』は日本カルト雑誌史に、沼正三『家畜
人ヤプー』と団鬼六『花と蛇』の連載を続けさせたということで名を残す。
時代小説の傑作『鬼ゆり峠』の前書きに、“我々、SM三文ポルノ作家という
のはいわゆる職業作家ではないから”と書いているのは、そういうことに対する
屈折した心理も働いているのかもしれない。

団鬼六、という名は本人の談によれば団令子(デビュー当時の人気女優)の
ファンだったから、とか、戦前の作家村上浪六からとったとか言うことだが
あまり信憑性はない。民話の『大工と鬼六』からとったものではなないだ
ろうか。大工に橋をかけてやる替わりに俺の名前を言い当てろ、でないとお前の
目玉をもらっていくぞ、と言う鬼が、子供の歌う手毬唄から鬼六という名を
言い当てられて消えてしまう。SM小説家(鬼)である存在は団鬼六であり、
自分本人である黒岩幸彦ではないのだ、という表明だったのではあるまいか。

SM小説で稼いだ金で、一時氏はピンク映画の制作プロダクションを経営
していた。ここで監督をして食っていたのが、以前黒澤明とのコンビで
『七人の侍』などを制作した天才プロデューサー、本木荘二郎だった。
団氏は本木に製作費を渡していたが、次第に本木がその金をチョロまかし、
5人女優を出すというところを3人しか出さなかったりしたことに腹を
たてて彼を切ったという。
会社経営は、たぶん黒岩幸彦の人格の方でやっていたのであろう。
〈略〉
多くの役者たちの面倒を見、趣味の将棋でも多くの若手棋士たちの面倒を
見た、世話好きでもあった。作家らしい作家として、最後の文士的生き方を
まっとうしたのが、純文学者に非ず、そこから落魄したSM小説の書き手で
あったことに、どこか痛快さがただよう

http://megalodon.jp/2011-0516-2226-00/www.tobunken.com/news/news20110512045223.html

×とったものではなないだろうか ○とったものではないだろうか

今回はかなり読み応えがあった。唐沢俊一の文章ではなくて、2ちゃんねるのスレへの
書き込みが (Read More 参照)。

唐沢俊一の方は、『花と蛇』は「小説としての結構は破綻していて、はっきり言って体を
成していない」と書くわ、「純文学者に非ず、そこから落魄したSM小説の書き手」と
書くわ、酷いとしかいいようがない。ここまで“追討”色が強いものは久しぶりかも。

さらに、「団鬼六、という名」について、「本人の談」に「あまり信憑性はない」とくるのだ
から、もうどうしようかなと。これはスレへの書き込みの引用にもあったけど、団鬼六の
自伝は「内容が一定していない」、「創作部分がまじっているようで注意が必要」という
話を受けたものかとも推測できるが、唐沢俊一はそういう説明なしに「あまり信憑性は
ない」というのだから、まるで団鬼六が唐沢俊一並の“”の持ち主であるかの
ようだ……。

http://ameblo.jp/takashi-san/entry-10361575543.html
>団氏は自伝を複数書いているが、その内容が一定していない。自伝といえども、かなり
>創作部分がまじっているようで注意が必要である。


で、唐沢俊一のいう「民話の『大工と鬼六』からとったものではなないだろうか」 (「なない
だろうか」は原文ママ) は、どこから出てきたものかはわからない (個人的には、「鬼六」
でググると「大工と鬼六」の話も上位にくるからではないかと疑っているが)。まあ「大工と
鬼六」自体は、外国の昔話からの翻案ではないかといわれているわけだけど。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~miki-s/html/carpenter.html
>「大工と鬼六」の話はどこからきたのか 櫻井美紀
〈略〉
> この話は1963(昭和6)年に出版された佐々木喜善著の『聴耳草紙』に収録されて、
>その「名当て」のテーマが珍しいので人々の関心を呼びました。すると、一部の研究者
>は「この話は外国種ではないか」との疑問を持ちました。何故なら、ヨーロッパの有名な
>昔話の中に類話があることがすでに知られていたからです。
> 「大工と鬼六」に似ている外国の話とは、イギリスに伝わる「トム・ティット・トット」の昔
>話や、ドイツに伝わる「ルンペルスティルツキン」などの昔話です。ともに魔物(小悪魔)
>が王妃のために糸紡ぎの仕事をしてやり、そのお礼には王妃自身、または生まれる子
>どもを要求し、それがいやなら自分の名を当てさせるというテーマを持っています。

ノルウェーの伝説から
> この種の外国の話の中で、「大工と鬼六」に決定的に似ているのが、次のノルウェー
>とスウェーデンに伝わる教会建立伝説です。


唐沢俊一は「SM小説家(鬼)である存在は団鬼六であり、自分本人である黒岩幸彦では
ないのだ、という表明だったのではあるまいか」と書くが、その唐沢俊一自身も書いている
ように、「『花と蛇』は、アブ雑誌『奇譚クラブ』に花巻京太郎名義で最初、投稿」なのだ
からわけがわからない。「鬼六という名を言い当てられて消えてしまう」どころの話では
ないだろうし、2ちゃんねるのスレの以下の書き込みにひたすら同意としか。

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1305049695/179
>本人の言う事を「信憑性がない」と否定した上での自説がこれ?
>沼正三みたいに正体を隠しているわけでなし、テレビ出演やエッセイ
>やらで露出しまくっている人が今更作家と私人の人格を切り離すも何もないじゃん。


で、まあ、以下に引用するような噂もあるようだし、先に述べたように自伝にも「創作部分
がまじっているようで」という話もあるし、団鬼六名義で書かれたものと本人との実像の
ズレというものはある程度存在するのだろうとは思う。

http://tokuteisuta.blog24.fc2.com/blog-entry-4899.html
>126:名無しさん@涙目です。(内モンゴル自治区):2011/05/06(金) 19:51:41.40 ID:KPtLsqPnO
>実際は人が痛がってるの見るの怖くて
>杉本彩の花と蛇の撮影現場に挨拶に来たとき
>撮影見る勇気はなくて帰ろうとしたのを
>杉本が女優が体張ってんだから見てけとか言ったとか


そこで唐沢俊一は、これ幸いと (?)、「表と裏のスイッチングがある人」だからこそ、「仕事
にある種の矩(のり)を越えるというか、神が降りる、という瞬間」がくるだの、「魔性のもの
が乗り移った筆」だのという幻想を押し付け (?) て、これは「“表・団鬼六”」であちらは
「“裏・団鬼六”」、「会社経営は、たぶん黒岩幸彦の人格の方で」などと、多重人格ごっこ
をはじめたんじゃないかなあ。しかし、名前にこだわるのなら、『花と蛇』は花巻京太郎の
名義で投稿されたというのは前述の通りだし、そもそも純文学での名前「黒岩松次郎」と
いうのも本名の「黒岩幸彦」とは別の名前なんだけど。

http://smpedia.com/index.php?title=団鬼六
>団鬼六のエッセイに『SMに市民権を与えたのは私です』と題された作品があるが、まさ
>に「SM」というマニアの世界と一般社会をつなぐ窓口として活躍した重鎮である。1957
>年(昭和32年)、文藝春秋社主催の第11回オール新人杯に黒岩松次郎の名前で応募し
>た『親子丼』が次席受賞、小説家としてのスタートを切る。翌年には花巻京太郎の名で
>奇譚クラブの懸賞小説に応募し、入選。1958年(昭和33年)には単行本『宿命の壁』
>『大穴』の出版、1960年(昭和35年)には『大穴』の松竹からの映画化、と幸先の良い
>スタートを切るが、新橋でのバー経営に失敗、1962年(昭和37年)には神奈川県三浦半
>島に移り英語教師となる。この頃、奇譚クラブに花巻京太郎の名で寄稿した『花と蛇』
>がマニアからの支持を得、1963年(昭和38年)から団鬼六と名を変えて連載を本格化す
>る。


http://www.cybozu.net/news/national/20110507k0000m040100000c.html
> 「花と蛇」などの官能小説の第一人者として知られる作家の団鬼六(だん・おにろく、
>本名・黒岩幸彦=くろいわ・ゆきひこ)さんが6日、胸部食道がんのため死去した。79
>歳。葬儀は未定。喪主は長男秀行(ひでゆき)さん。
> 滋賀県生まれ。関西学院大法学部卒。1957年、自身と相場師の父親をモデルにし
>た「親子丼」でオール読物新人杯次席に選ばれ、作家修業に入る。「大穴」など純文学
>作品を書いていたが、しだいに官能小説を書き始める。
> バーの経営や相場に手を出すが、失敗。神奈川県で英語教師を務めたことも。合間
>にピンク映画の脚本を書いたり、友人の保証人となり借金を背負うなど起伏の多い人
>生を送る。
> 63年から8年間、雑誌「奇譚(きたん)クラブ」でSM官能小説の金字塔となった「花と
>蛇」の連載を続け、人気を博した。映画化もされ、杉本彩さんらが主演した。
> 将棋界にも精通。自身も相当な腕前で実力はアマ6段クラス。「将棋ジャーナル」社主
>を務めた。



それと、気になるのは、どうも唐沢俊一は、「20代で純文学の賞を取るが食えず、バー
経営にも失敗し」と、純文学で食えなかったのでバーを経営し、それも失敗したので
「転向すると、文学仲間からは汚れた存在に堕したという感じで軽蔑され、罵倒された
時代だった」にもかかわらず、金目当てに官能小説に転向したという思い込みで話を
作り上げ、それが「純文学者に非ず、そこから落魄したSM小説の書き手」という表現
にもあらわれているのではないか。

実際は、純文学の小説家として成功して、その儲けでバーを経営したが失敗。その後も
生活の糧だけならば高校の教員として得ることができていた――という状況のようだった
のだが。

http://ameblo.jp/poaa/theme-10004539900.html
>昭和6年(1931年)滋賀県生まれの団は文芸春秋のオール読物 新人杯入賞で上
>京。〈略〉上京後、相場師 の小説が馬鹿当たりして映画化され大儲けをするが、クラブ
>経営に乗り出し失敗。多大な債務を 負い神経衰弱状態になり自分の楽しみに書いた
>エロ小説「花と蛇」をあの伝説の変態雑誌「奇譚 クラブ」に投稿。SM作家の端緒とな
>る。〈略〉東京から逃げ出し三浦半島の三崎で代用教員になる。当地での生徒に自習さ
>せて教壇で SMを書いていたエピソードは有名。結局、職業としての教師、趣味として
>のSMという二重生活に満足 できず東京に舞い戻り、映画会社に就職。最初はアメリ
>カのテレビ映画のアフレコを行っていたが、 ひょんな事からピンク映画の脚本家にな
>り、やがては自分のプロダクションでエロ映画を製作。 その間、大作「花と蛇」を延々
>8年にわたり「奇譚クラブ」に執筆。大エロ作家としても名を挙げる。 1972年からは谷
>ナオミとコンビで日活でSM映画を製作。等々である。
〈略〉
>> これからは純文学など生意気な事は考えるまい。周囲に対する気兼ね、気づまり
>>など一切、排除し 鬼のような気分で淫靡残忍ないやらしい小説を書こうじゃないか、
>>と、心に誓ったのである。昭和六年 生まれの男が、今、鬼のような気持ちで、と思っ
>>た途端、こりゃ、いいと感じて鬼六とペンネームにした。


だから、「20代で純文学の賞を取るが食えず、バー経営にも失敗し、生活のためにポルノ
小説で身を立てる決心をした彼」というのは話をはしょり過ぎではないかと思う。そして、
唐沢俊一によると、「まだ幼かった子を背中におぶいながら、その子に、というより自分に
言い聞かせるように『お父ちゃんはね、これからポルノ作家になってお前たちを養っていく
んだよ』とつぶやきつつ、夜道を歩いた」そうだが、その子どもは、訃報にあたり以下の
ようなことをブログに書いていることにもふれておきたい。

http://oniroku-dan.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-37c7.html
>どちらにせよ、私はもっと父の紡ぎだす文章を読んでいたかったし、
>そして、多くの人に囲まれ、談笑する姿をいつまでもいつまでも見ていた
>かったと今はひたすら涙がこぼれて仕方ありません。

>今まで多くのご声援、激励のツイート、コメントをいただき、
>本当にありがとうございました。
>どんなに私たち家族の支えになっていたか計り知れません。



More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1305049695/
-------
152 :無名草子さん:2011/05/12(木) 09:37:24.49
バーバラに注目が集まっているのにシットして唐沢テンテーが新作をw

http://www.tobunken.com/news/index.html#Event
血が怖かった男 【訃報 団鬼六】

155 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:03:52.72
>団鬼六、という名は本人の談によれば団令子(デビュー当時の人気女優)の
>ファンだったから、とか、戦前の作家村上浪六からとったとか言うことだが
>あまり信憑性はない。民話の『大工と鬼六』からとったものではなないだ
>ろうか。

ペンネームの由来について『大工と鬼六』を持ち出しているけど、「鬼六」の
部分に関しては分らんでもないが、「団」が団令子からきていることを疑う
根拠にはなっていない。

156 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:04:32.06
>SM小説の大家となった団氏だったが、本人は気が小さく、血を見ただけで
>卒倒するような繊細な人間だった。先の『鬼ゆり峠』前書きに、
>「何時であったか、あるSM雑誌の若い編集者がきて、西部劇でインディアン
>が白人の生皮を剥ぐ残忍場面を見て肝を潰しましたが、一度あんな凄い場面
>を書いてもらえませんか、というのでこっちも肝を潰した。人間の生皮を
>剥ぐなんてそんな恐ろしい話をどうして私のような気の小さい人間が書ける
>ものか」
>と、悲鳴のように記しているのが微笑ましい。そのくせ、この『鬼ゆり峠』
>にも、女性のクリトリスをカミソリでえぐるというような、かなりエグい
>場面があるのだが、前書きを書いているときは“表・団鬼六”であり、SM
>シーンを書き出してノッてきたときの“裏・団鬼六”とは、人格が異っている
>のであろう。

ウィットを理解できない唐沢。

157 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:06:18.62
>>152
>伯父のプロダクションが横浜で定期落語会をやっていた頃、
ってのが興味深い。
その後の書き方からして唐沢も手伝っていた様にも読める。

んでもって
>実際、『花と蛇』にしろ、沼氏の『家畜人ヤプー』にしろ、
>小説としての結構は破綻していて、はっきり言って体を成していないという
シロモノなのであるが、
と相変わらずの追討ぶりw

>会社経営は、たぶん黒岩幸彦の人格の方でやっていたのであろう。
ってのもよくわからん。
"黒岩幸彦の人格"の設定が不十分だし、表裏両”鬼六”との関係も見えない。

>作家らしい作家として、最後の文士的生き方をまっとうした
ってのはどの様な逸話を指して言ってるのか。

いつもの駄文だね。

158 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:22:28.71
鬼六って別に民話に限らず昔のポピュラーな名前だと思うけどな。
団先生と民話ってあまり関係ないし、民話から取る意味がわからん。

ところで大工と鬼六って創作民話じゃなかったっけ?

159 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:23:33.96
>>157
団氏が二重人格(的)だ、という前提のもとに書いてるんだろうけど
>>156が引用してくれた箇所が、文字通り勘違いのシロモノだから
その時点で論理が破綻してるね。
これは恥ずかしいw 俺だったら即削除するレベルの文章だわ。
テンテーにとってはいつものことなんだろうけどw

160 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:24:17.11
以前に書いてたこと
http://d.hatena.ne.jp/sfx76077/20101003/1283003921
> 唐沢俊一、「D先生の“ポリネシア人の割礼の踊り”」を語る。

>『怪体新書』(光文社)「【巻の30】南の島の愉快なパネパネ」P.92
>> SM作家の大御所中の大御所D先生の隠し芸に「ポリネシア人の割礼の踊り」というのがあります。

> うーん、鬼六先生の著作、特にエッセイは殆ど読んでいるはずだが、先生の隠し芸、「ポリネシア人の割礼の踊り」というのは
> 寡聞にして聞いたことがないぞ。
(>>が唐沢の原文で>は藤岡先生のツッコミ)

今回の訃報
> 立川流の新年会だったかで、隠し芸を披露されたのを見たことがあるが、
> 「アフリカの土人の割礼の唄」という珍芸であり、なにやら呪文のような文句の間に
> 「イタタ、イタタタ」というカワを切られた男の悲鳴がはさまるというナンセンスなものだった。

藤岡先生の指摘を受けて「ポリネシア人」から「アフリカの土人」に“修正”してるんだけど、
「団鬼六 アフリカ 土人 割礼」でググっても「団鬼六 隠し芸」「団鬼六 踊り」でググっても、
個人にそのような特技があったとは出てこない。で、藤岡先生の検証ブログをよく読み返すと……

161 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:24:48.18
>  さらに、『一期は夢よ、ただ狂え』(マガジンハウス)には、こんな記述がある。某大学山岳部の学生が、海外遠征のために
> 金が必要なので、自分とガールフレンドのセックスを鑑賞させるから、いくらか寄付してくれまいかと持ちかけてきたときの話
> である。
>>  山田君はバッグの中から小型のテープレコーダーを取り出してボタンを押した。すると流れて来たのは急調子の太鼓のリズムで、
>> 山田君は『タンザニアの原住民、マサイ族の婚礼用の太鼓です』と説明した。すると全裸になったA君が股間の一物を大きく揺さ
>> ぶりながら全裸の彼女と一緒に座布団の上を飛び跳ね出したので浅草的白黒ショーを期待していた私の頭の中はすっかり混乱して
>> しまった。

団鬼六は踊り手・演じ手だったのではなくて、他人の演技を鑑賞してるし、しかも題目が、
> タンザニアの原住民、マサイ族の婚礼用の太鼓
と全然違う。しかも、団氏が「タンザニアの原住民」と書いているのに対して、テンテーは「アフリカの土人」だものなあ。

162 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:25:57.92
>>160
×個人→○故人

いかん、またバーバラがのさばってしまう……

163 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:26:18.02
バーバラ・アスカさん。
思い込みだけの妄想っていうのはこう言う事を言うんですよ。

>民話の『大工と鬼六』からとったものではなないだ ろうか。

こういう思い込みだけで新説というか、珍説を持ち出す馬鹿がいるおかげで
語源とかの世界は「諸説あります」だらけになるんだよ。

164 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:34:35.15
http://ameblo.jp/poaa/theme-10004539900.html
>これからは純文学など生意気な事は考えるまい。周囲に対する気兼ね、気づまりなど一切、排除し
>鬼のような気分で淫靡残忍ないやらしい小説を書こうじゃないか、と、心に誓ったのである。昭和六年
>生まれの男が、今、鬼のような気持ちで、と思った途端、こりゃ、いいと感じて鬼六とペンネームにした。

165 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:36:06.96
>テンテーは「アフリカの土人」

さすがに「アフリカという国」とは書かなかったんだねw
でも、タンザニアという国がアフリカ大陸全域に広げられるとは……

166 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:39:21.34
>>164
テンテーのお涙頂戴のエピソードが、何だか言い訳めいた後ろ暗い感じがするのに対して、
紹介してもらった一文を読むと、この道を極めんと達観した人間の、いっそ清々しいほどの
意気込みが伝わってきて、こっちの方が団氏の真意を感じさせるね。

167 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:47:36.32
http://suwa3.web.fc2.com/enkan/minwa/sonota/15.html
> 櫻井美紀が『口承文藝研究 第11号』(1988年)に発表した論考「大工と鬼六の出自」により、
>この民話の日本でのルーツが解き明かされた。大正初期の翻訳家・水田光がフィンランドの
>聖オーラフ教会の建立伝説を日本風に翻案した創作童話「鬼の橋」が、口演童話運動によって
>広まったものだったのだ。


「大工と鬼六」の話はどこからきたのか
櫻井美紀
http://www5b.biglobe.ne.jp/~miki-s/html/carpenter.html

168 :無名草子さん:2011/05/12(木) 10:58:14.86
>>160-161
ポリネシアはアフリカだと思っていたんだ…
それとも、タンザニアがポリネシアにあると思っていたのか?

169 :無名草子さん:2011/05/12(木) 11:06:30.32
>>168
流石にそこまで馬鹿ではないのでは。

ポリネシアじゃなくてタンザニアと言われたので、
じゃあアフリカにしましょうかと、ただそれだけだったのでは。

いや、でも、まさか…

>>158, >>167
スレ住人の知識や情報力の方が、「トリビアの先生」よりも上回ってるとは。
それでも「雑学の大家」として売り込もうとまだ足掻いてるし、
それを受け入れようとする出版社もあるんだから…

170 :無名草子さん:2011/05/12(木) 11:11:52.33
テンテーはオセアニアとアフリカの区別ついてるのかな?
縄文人と関係が深いほうがオセアニア

171 :無名草子さん:2011/05/12(木) 11:19:31.22
土人の割礼の踊りに近い話は、小説「未亡人」に「人食い人種パタック族の女子割礼の儀式プレイ」
というエッチシーンがある。

常識人の主人公が「パタック族だかパックマンだかいい加減にして下さい!」
とプレイのアホらしさにキレるシーンでワロタ。

172 :無名草子さん:2011/05/12(木) 11:29:12.87
アフリカの土人とかw
通報されても知らねーぞ

173 :無名草子さん:2011/05/12(木) 11:33:45.61
土人って言い回しは「ビッコ」とか「カタワ」と同ランクだから、
自分もそう呼ばれる覚悟があるならかまわないと思う

174 :無名草子さん:2011/05/12(木) 11:41:29.89
テンテーはアフリカ大陸全土が
サバンナで動物の宝庫と呼ばれ、灼熱の夏しか存在しない場所。
住んでいる人は当然、腰ミノつけた真っ黒ン坊だけで
今でもヤリを持って狩りをしている人しかいない
とでも思っているのか?

175 :無名草子さん:2011/05/12(木) 11:45:31.66
>>174
「そういうふうに描いた手塚治虫が悪いんである」と言い訳したりして。

176 :無名草子さん:2011/05/12(木) 12:11:45.14
団鬼六が初代立川キウイって説を見つけたんだけど本当かな?

現・キウイのプロフィールにも曖昧にしか書いてない
http://www.geocities.jp/tatekawakiwi/prof.html
>実はあの団鬼六さんが立川流に入る際にキウイをつけようとした話もあり、

179 :無名草子さん:2011/05/12(木) 12:32:34.20
民話の『大工と鬼六』からとったものではなないだろうか。
大工に橋をかけてやる替わりに俺の名前を言い当てろ、でないとお前の
目玉をもらっていくぞ、と言う鬼が、子供の歌う手毬唄から鬼六という名を
言い当てられて消えてしまう。
SM小説家(鬼)である存在は団鬼六であり、
自分本人である黒岩幸彦ではないのだ、という表明だったのではあるまいか


本人の言う事を「信憑性がない」と否定した上での自説がこれ?
沼正三みたいに正体を隠しているわけでなし、テレビ出演やエッセイ
やらで露出しまくっている人が今更作家と私人の人格を切り離すも何もないじゃん。

192 :無名草子さん:2011/05/12(木) 14:03:04.36
>>167
引用どうも。
大正末期の童話なら鬼六センセーが知っててもおかしくはないね。
PNにするほど思い入れがあるかどうかは別だが。

199 :無名草子さん:2011/05/12(木) 16:04:28.76
>SM小説で稼いだ金で、一時氏はピンク映画の制作プロダクションを経営
>していた。

資金としては、ピンク映画の脚本による収入の方が大きかったのではないか?
鬼プロ創設以前はまだ小説の原稿料収入はかなり低かったと思うのだが。

参考 http://0074.cafe.coocan.jp/hanahebi06.htm
http://0074.cafe.coocan.jp/hanahebi07.htm
http://www24.atwiki.jp/kotake24/pages/14.html
http://www.nihoneiga.info/classic/0010/07.html

↓団鬼六に関しては、ウィキペディアよりこちらが詳しい。
http://smpedia.com/index.php?title=%E5%9B%A3%E9%AC%BC%E5%85%AD

200 :無名草子さん:2011/05/12(木) 16:14:29.45
http://ameblo.jp/takashi-san/entry-10361575543.html
>団氏は自伝を複数書いているが、その内容が一定していない。自伝といえども、かなり
>創作部分がまじっているようで注意が必要である。団氏がピンク映画に関わり合いを
>持つようになった経緯も、いくつかのストーリーが用意されており、どれが真実に
>近いのか不明である。
(略)
>ともかく、団氏がピンク映画の脚本を精力的に書き出したのは1965年以降であることは
>間違いない。かなりハードな業務内容であるアテレコの報酬が月給七万円であるのに対し、
>2,3日で完成するピンク映画の台本の原稿料が、1本五万であったことが複数の自伝で
>述べられている。ちなみに、「花と蛇」の原稿料が一枚500円から始まったとある
>(人気の上昇と共に原稿料も上がっているはず)ので、こちらの方もそれなりの収入で
>ある。「SM小説家」に専念しても十分に生活していけそうだと考え出したのも、この
>1965年頃だったのであろう。
>団氏がテレビ洋画製作会社をやめるのが1966年頃だと思われるので、この「花と蛇」が
>制作された年は、団氏はまだ会社員だったことになる。

-------
スポンサーサイト

テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

09:28  |  その他の雑学本 間違い探し編 (324) +  |  TB(2)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

本文にもリンクさせていただいた
http://oniroku-dan.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-37c7.html
と、そのコメント欄にも涙腺を刺激されます。

梨元勝氏のときにも思ったのですが、
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-518.html
かなり年齢層が上の人が、ブログ、ツイッター、ネット上のインタビュー記事等で、
死の直前まで声を発信することが珍しいことではなくなってきたのかも、と
思います。

唐沢俊一も、ネット出身という自負があるならば (なくてもよいのですが)、
そのような声を積極的に拾ってみればよいのに、とは思います。
大きなお世話といわれれば、それまでですが……。
トンデモない一行知識 |  2011年05月22日(日) 22:22 |  URL |  【コメント編集】

>今はMの時代だからと、とことん楽しんでしまおう、と考えられたら、
>次のSの時代を迎えやすいですね

 思わず、落涙。
「一期は夢よ。ただ狂え」
 こんなこと、お子ちゃまの唐沢には一生理解できない。
藤岡真 |  2011年05月22日(日) 12:02 |  URL |  【コメント編集】

●「一期は夢よ。ただ狂え」

これもいいなと思いました。^^

http://celeb.cocolog-nifty.com/interview/2010/04/vol81-2ea2.html
>「人生そのものにもSの時代があり、Mの時代があるという事がこの年になって、
>ようやくわかってきた気がするんです。
>上手くいってしょうがないときは攻めの姿勢で対応し、落ち目の時はこの凋落は
>いつまでも続くものではなく一過性のものと、むしろツイていないとしょぼくれる
>のではなく、今はMの時代だからと、とことん楽しんでしまおう、と考えられたら、
>次のSの時代を迎えやすいですね」
トンデモない一行知識 |  2011年05月21日(土) 23:37 |  URL |  【コメント編集】

純文学で食えなかったから、口に糊するために――というのは、『三丁目の夕日』
の小説家先生とか、少なからぬ人に好まれるベタなパターンかもしれないとは
思うものの、団鬼六氏をそういうストーリーに無理矢理押し込めるのは、あまりに
もったいないことをしたんじゃないかというのが、今回の私の感想です。

>「勝ち目がなくても一発逆転があるのが人生。絶対勝つと思っても負けるのが
>また人生です」

相場師だったというお父様の影響もあるのでしょうか。機会があったら、『親子丼』
や『大穴』を読んでみたいかなとも思います。
トンデモない一行知識 |  2011年05月21日(土) 23:11 |  URL |  【コメント編集】

●浅薄

具体的に指摘するまでも無く、唐沢の主張は「浅薄」の一言ですね。純文学作家になり損ねて貧乏だったのでエロ本作家になったですか。いやはや。

団鬼六先生から、直接頂戴したお言葉。

「勝ち目がなくても一発逆転があるのが人生。絶対勝つと思っても負けるのがまた人生です」

比べたってしょうがないから、引くに留めます。
藤岡真 |  2011年05月20日(金) 21:40 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://tondemonai2.blog114.fc2.com/tb.php/667-3824761c

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

-

管理人の承認後に表示されます
2013/07/12(金) 18:53:51 |

-

管理人の承認後に表示されます
2016/11/11(金) 18:30:11 |

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。