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2011.05.04 (Wed)

なぜか皆、「おかきはおいしい」と口をそろえる。

米についてのコメント」のエントリーに登場した『日本一おかき処・播磨屋本店』は、実は
『トンデモ本1999』にも載っていたという件について (Read More 参照)。

以下は、唐沢俊一による、『真実』という本の紹介。著者は播磨屋助次郎で、この本は
現在は播磨屋本店のサイト内 http://www.sukejirou.com/book_jp/ からも読める。

『トンデモ本1999』 P.263

 だが、著者のコウマイな考えを理解しようとせず、日本と日本人は
(皇太子も?)覚醒しようとせず、自然を破壊しつづけ、自らの卑小な
エゴに走って堕落しつづけている。ここに至って著者はその怒りの心を
ストレートにぶつけた本書『真実』を上梓したのである。今回の著書は
ハードカバーで、内容も、これまでの“皆様にお伝えする”などという
ソフトなもの言いでなく、著者の日本社会に対するいらだちが
ダイレクトに出ており、
「人間社会の現実は、一から十まで何もかも全部、みんな完全にウソです」
 という、激しい書き出しで始まっている。

  人間社会の現実はすべてウソです。あ然たるその気持ちはよくわかり
 ますが、ウソはウソというしかないのです。だってそうではありませんか。
 小難しい理屈はともかくとして、ごくごく単純に考えてみてください。人類
 全体の目的が、人間相互の争い合いや殺し合いなどであろうはずがない
 ではありませんか。そんな生きものなど、ただの一種もいないではありま
 せんか。 (106ページ)

著者の情念の熱さは本書全体を通して一貫している。つまり、最初から
最後まで、とにかくやたら怒っている本
なのである。


唐沢俊一いうところの「激しい書き出し」は、http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=5
で、なぜか「激しい書き出しで始まっている」のすぐ下に引用されている「人間社会の現実
はすべてウソです」 (106ページ) は http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=111
見ることができる。どうして「書き出し」の話と思わせておいて、100 ページ以上後の文章
を引用しなければいけないのかは謎。

昔、『トンデモ本1999』を読んだときに思ったが、引用されている『真実』の文章は、唐沢
俊一のいうほど「いらだちがダイレクトに出て」いるようにも思えなかった。今回全部読ん
でみても、「最初から最後まで、とにかくやたら怒っている本」という感じはあまりしない。
本当は怖くなかった『日本売春史』?」の件を何だか思い出したりもした。

「(皇太子も?)覚醒しようとせず、自然を破壊しつづけ、自らの卑小なエゴに走って堕落
しつづけている」――と勝手に「皇太子」をも含ませているのは、ちょっと酷い。『真実』の
著者は、皇太子非難をしているわけではないし、それ以外の「日本と日本人」 (これは
唐沢俊一の表現であって著者のものではない) にも「怒りの心をストレートにぶつけ」て
いるわけでもないと思う。

『トンデモ本1999』 P.264

 たとえば人間をダメにした優劣競争を植え付けた諸悪の根源を、著者は
農業にあり、と断じる。

  人類は、いったいいつごろから何がきっかけで、そんなとんでもない
 勘違いをすることになってしまったのでしょう。実は、それは、今から
 一万年前のことなのです。世界中でほぼ同時に始まった「農業」が、
 人類を永くおぞましい悲劇的運命へと誘い込んでしまったのです。
 (35ページ)

 ……ちょっと待ってほしい。著者の家業はおかき屋ではなかったか?
米製品を製造販売する会社(当然のことながら米作り農家と契約などを
結んでいることであろう)が、農業を否定してどうなる?
〈略〉
 だが、著者は農業それ自体は人類の英知のすばらしい結晶である、と
後にきていう(前の文章とくい違うが、書いていて、途中でやはりこれは
まずい、と気がついたらしい)。


米についてのコメント」で言及させてもらった、「東北地方の米農家とも契約など結んで
いたと思うのですが、そういうあたりのことなどひとつも書いてない」という言いがかり (と
あえて書かせてもらう)。その原型は「米作り農家と契約などを結んでいることであろう」と
いう形でここに登場していたのか、というのはおいといて。

さて、この著者は「きっかけ」は「農業」だったと書いている。それを唐沢俊一のように
「諸悪の根源を、著者は農業にあり、と断じる」とまとめてよいかどうか。

「前の文章とくい違うが、書いていて、途中でやはりこれはまずい、と気がついたらしい」
というのも唐沢俊一の言いがかりみたいなもので、せっかく思いついた「米製品を製造
販売する会社〈略〉が、農業を否定してどうなる?」という突っ込みをボツにしたくなかった
だけなんじゃないかと、個人的には思う。

唐沢俊一のいう、「著者は農業それ自体は人類の英知のすばらしい結晶である、と後に
きていう」は、以下に引用する文章をさしていると思われる。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=141 (本の P.136、P.137)
> 人類固有のうるわしい生活の知恵であった経済が、一体どうして千害万害あって一利
>とてない諸悪の大根源にまでなり下がってきてしまったのでしょう。生命進化四十億年
>の大いなる栄光を一身に集める人類を、お金などという愚かしいものの魔力から完全
>解放するために、真に冷静になってしっかり検証し直してみましょう。
> 実は、今から一万年ほど前に世界中でほぼ同時に始まった農業がその根本原因な
>のです。農業こそが、経済を大変節させた憎むべき張本人なのです。
> いえ、ちがいます。農業そのものが悪いのではありません。農業それ自体は、人類の
>英知のすばらしい結晶であり経済の一番の柱なのです。そうではなくて農業の誤用が
>生み出した不自然な心が、せっかくの経済をすっかり変節させてしまったのです。
〈略〉
> 生きものにとって何より一番の安心は、食べものが安定的に確保できるということで
>す。また先述のとおり、安心は幸せと直結のものです。人類は、当然ながら幸せを求め
>て農業を開始したのです。そして、そこまでは良かったのです。不自然な心などどこにも
>なく何ら問題はなかったのです。
> しかし何の因果か、そこに魔が忍び寄ってきたのです。食べものを多く持てば持つほ
>ど、より一層大きな幸せが手に入るなどという、とんでもない妄想を抱く人間が現われ
>たのです。食べものの所有量の大小がイコール幸せの大小であるなどという大ウソが、
>人類をじわじわとマインドコントロールし始めたのです。
> それにつれてそれまで絶対のものであった幸せが、人間の心の中で少しずつ相対的
>なものへと変化していったのです。


http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=143
> この農業の開始が、それまでの人間社会にはなかった、持てる者と持たざる者という
>不自然な格差を作り出してしまったのです。


一方、唐沢俊一の引用している「人類は、いったいいつごろから何がきっかけで〈略〉
(35ページ)」の段落の次には、以下の文章が続く。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=39 (本の P.35)
> 命イコール食べもの、食べものイコール命です。そんなほかの何よりも格段に重要な
>食べものが自在に生産でき、また貯蔵保管できることが余程うれしかったのでしょう。
>人間らしい崇高な知性を、思わずまひさせてしまう愚か者が現われたのです。必要量
>をはるかに超えて、どんどん作りだめをする不自然な心の人間がです。
> 特定の人間が大量にため込めば、全体としては当然足りなくなります。しかも、それ
>は命とイコールの食べものなのです。結果的にどうなっていったかは、だれにでも容易
>に想像できるでしょう。


唐沢俊一は「前の文章とくい違うが」と書くが、食物の安定的確保それ自体は人類の幸福
にとって望ましいこと、問題は「大量にため込」む人間が出てきたことによる弊害だという
のを、『真実』の著者は一貫して主張しているように思う。

また、すぐ上に引用した文章の直前のページには以下のようなことも書かれている。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=39 (本の P.34)
> ところで本段落には、論理が飛躍し過ぎている箇所がけっこう多いと思います。特に
>最後の結論の出し方など、少々無謀過ぎるかも知れません。しかし、心配するには
>及びません。よく分かった上であえてそうしているのです。巻頭から一気に読みにくく
>なるのを避けるためと、何よりも各章での説明と重複させないためにです。どうか安心
>して読み進めてください。本書全体を通じての論理の飛躍は、ただのひとつもありは
>しませんから。


上記の言葉を信用するとすれば、唐沢俊一のいうように「書いていて、途中でやはりこれ
はまずい、と気がついたらしい」は、ちょっと考えにくいということになる。「本書全体を通じ
ての論理の飛躍は、ただのひとつもありはしません」の方の真偽は、また別の話として。

『トンデモ本1999』 P.265 ~ P.266

  経済活動は、千害万害あって一利とてない万病の大本、諸悪の大根源
 なのです。それは、巨悪の温床であり、不自然とウソの一大巣窟なのです。
 (134ページ)

 待て待てまて。仮にも株式会社の社長がそのようなことを言っていいのか?
 もし、著者がこれらの主張を本気で言っているのなら、まず最初に自らおかき
製造などということをやめ、株式会社などという反自然の骨頂のような組織は
さっさと解体して自然の状態に戻さねばならないリクツではないか。
 いやいや、やはり著者は、経済ももとは人類という尊い命固有の、うるわしい
生活の知恵であった、と言う。それがここまでネジ曲げられてしまったのは、
ひとえに教育のせいなのだ。まこと、教育というものは恐ろしい。

  牛や馬は、本来的には、闘争などとは全く無縁のやさしくおとなしい動物
 のはずです。だからこそ、昔から有益な家畜として世界中で広く利用されて
 きているのです。
  しかし、闘牛や競争馬は全く違います。まるで闘争心の固まりです。戦い
 の場に臨んだときの彼らは、牛馬であって牛馬でないのです。およそ牛馬
 らしからぬ攻撃的で荒々しい気性の、全く別の動物に変身してしまうのです。
  どうしてなのでしょう。生まれつきなのでしょうか。いえ、決してそうではない
 のです。戦いに適したその体つきはともかくとして、戦闘的なその心は完全に
 後天的なものなのです。それは、特殊な調教によってむりやり作りあげられる
 ものなのです。彼らも、野山でのんびりと自然に育てば、穏やかで平和的な
 普通の牛馬と何らかわりはないのです。
  そうなのです。これが教育というものの実体なのです。(101~102ページ)

 ……いくらなんでもこれはひどい。農業国の人間がなんぼ牧畜に無知でも、たとえば
去勢などという行為がなんで行われているかを考えれば、話はまったく逆であることが
わかるはずだ。


×待て待てまて。 ○待て待て待て。

何を言いたいのか本当にわかりにくい……『真実』の著者というより、唐沢俊一の方が。

「経済活動は、千害万害あって」が 134 ページからの引用で、「経済ももとは人類という
尊い命固有の、うるわしい生活の知恵」というのは (少し前に引用したが) 136 ページに
書いてあることで、「牛や馬は、本来的には」がそれより 30 ページ以上さかのぼる 101
ページあたりに書いてあることで……と順番が前後しているせいもあって、唐沢俊一が
何にどう突っ込んでいるつもりなのか把握しにくい。

「去勢などという行為がなんで行われているかを考えれば」と唐沢俊一はいうが、発情期
になって気が荒くなる動物であったとしても、牛や馬は概ね「やさしくおとなしい動物」に
分類しても差し支えないんじゃないかなあ。「闘争などとは全く無縁」は言い過ぎだと主張
したいにしても、「話はまったく逆」とまでいくとそれもまた言い過ぎじゃないかと思うし。
だいたい、去勢がどうこうと考えるだけなら、雌牛や雌馬はあまり関係なくなるし。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=105 を見ると、「牛や馬は、本来的には、」
の前に、「たとえ話で説明します。変心する牛馬の話です。」 (「変心」は原文ママ) と
書いてあるのだが、その部分をあえて引用に含めていないようなのも気になる。

ちなみに、自分自身は「牧畜に無知」ではないと主張したいらしい唐沢俊一だが、関連
ガセビアとしては、以下のものがあったりする。「……いくらなんでもこれはひどい」のは、
誰のことなんだか疑問に思えてならない。

モンゴルの人は焼肉を愛好してません
「妊娠しなければヨシ」とか、蛇足が多過ぎの獣姦蘊蓄
お願いだから食物としての羊を大切に使いましょうよ
ファウンデーションシリーズのミュール (ラバ) も生殖能力なし

で、『真実』の著者の主張は、教育という名のマインドコントロールによって、以下のような
考え方が後天的に刷り込まれてしまい、このような価値観が人類を不幸にしているという
ものだ。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=117
>『「人生」とは、人間同士の優劣競争の場である』
>『「幸せ」とは、その競争に勝てば手に入るはずのものである』


本来の人生の目的とは、下記のようなことであるべきなのに、である。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=127
>『人生とは、自然美――一番は異性――を堪能するべきものである』
>『人生とは、「自然」の美しさを愛で楽しみ、その深く大きな喜びを互いに分かち合う
>べきものである』


「人間同士の優劣競争」に熱心になるあまり、必要量以上のものを生産して環境破壊を
引き起こし、しかも貧富の格差のおかげで持たざる層にはものが行き渡らない。競争が
あれば必ず生まれる敗者を不幸にするのもよくないことだ――勝手にまとめるとこのような
感じになるだろうか。素朴な原始共産制的社会の賛美かなとも思う (←自信ないけど)。

このような考え方はそう珍しいものでもないが、『真実』の筆者が否定する「人間同士の
優劣競争」に価値を見出し、順位づけをするのが好きな人 (最近の学校では徒競走で
順位をつけないのか、学芸会は全員主役かケシカランと怒り出すような人) は、かなり
反発するんじゃないかなあと想像する。

「『自分はそこらの平凡な連中とは違う。選ばれた、特別な存在なのだ』 という認識を
持つことは、およそ人間と生まれ自意識のある者全てにとっての、火の出るような願望で
あろう。」と断言する唐沢俊一 (ここを参照) とは、とことん相性が悪そうだ。

これで『真実』の著者の播磨屋助次郎が、細々とおかき屋を営んでいるだけだったならば
唐沢俊一の反応も違っていたかと思われるが、唐沢俊一いうところの「仮にも株式会社の
社長」であり、しかもその会社は前エントリーにも引用した通り「現在の年商は、およそ70
億円です
」とのことだから……まあ唐沢俊一が「株式会社などという反自然の骨頂のよう
な組織はさっさと解体して自然の状態に戻さねばならないリクツではないか」と怒り出す
(?) のも自然な流れといえるかも。

一方、この社長が唐沢俊一の文章を読むかどうかはわからないし、読んだとしても意に
介さないだろうと想像できる。なにしろ、http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=203
にある通り、「決してウソのない真実一元の会社」で「自己の本心に忠実な経営」をして
いると自負しているのだから。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=205 には、「それは、商売であって商売では
なかったのです。商売という名のその実『真心探求の旅』だったのです」とまで書かれて
いる。

ただし、「仮にも株式会社の社長が」というのは、『真実』の著者の主張のユニークさと
深く関連するとは思う。

『真実』の中には、『人間の集団には、必ず中心者が必要である』という主張が書かれて
いて (http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=179)、普通ならば著者イコール中心者
となるべき者――という方向で話が進みそうなものだが、この著者の場合は違う。

彼のいう「大いなる中心者」の「第一の条件は、存在感が大きいということ」、「最低でも、
一国を代表するくらいのレベル」。「第二の条件は、出自が尊い」、「血ぬられた出自など
論外」。「第三の条件は、優劣競争を超越しているということ」である。
(http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=189)

「第四の条件は、『エゴ』がないということ」、「人間社会のみならず、自然界をも含めての
中立性なら文句なしにベスト」。「自然界をも含めての中立性」とは何のことかは特に説明
はないようだが。「五番目、最後の条件」は一番重要で、「永く続いてきているということ」。
なぜなら「『永く続いてきたものは本物である』は、古今東西を問わず万人共通の直感」
なのだからという理屈らしい。
(http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=191)

そして、これらの条件にすべて当てはまる「とある不思議な国」の「尊い中心者」は実在
するという。

「とある不思議な国」の「具体的な国名を伏せているのは、くり返しになりますが、国の内
外にあらぬ誤解の種をまきたくないとの理由だけからなのです。しかしながら、大半の読
者にはすでに自明のことでしょう」だそうで、まあこれは日本のこととして。本の記述だけ
では、「尊い中心者」とは天皇のことか皇太子のことかはわからないが、播磨屋助次郎
のプロフィール (後述) によると、皇太子のことと思われる。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=193
> 前述のとおり「大いなる中心者」には、ハードとソフト両面での超特別能力が必要不
>可欠です。そのどちらか一方でも欠ければ、それはもう「大いなる中心者」とは呼べま
>せん。単なる候補者ということになってしまうのです。そしてまことに残念なことながら、
>現実のその「尊い中心者」は、悟りを開いた人間ではないのです。ソフトの能力の方が
>欠けています。「大いなる中心」ではあっても「大いなる中心者」ではないのです。
> しかし、落胆するには及びません。それで十分なのです。ハードの能力こそが格段に
>重要だからです。ソフトの能力は、本書がある限り何とでもなるのです。起こしてくれる
>人さえいれば、夢から覚めることそれ自体は、だれにでもできる実に簡単なことだから
>です。


著者によると、この「大いなる中心者」の役割は、以下のようなことを全世界に呼びかける
ことらしい。

http://www.sukejirou.com/book_jp/#page=189
> 『環境問題を抜本的に完全解決し、世界を恒久的平和へと導くために、人類相互の
>優劣競争を全面的に中止しよう。そして、自然美を愛で楽しむという人類本来のある
>べき自然ながらの姿に立ち返ろう』


確かに著者の書いている「単なる私人ではとても無理でしょう」というのはわからないでも
ないが……不謹慎かもしれないが「丸投げ」という単語が頭に浮かんで離れない。


で、まあ、天皇や皇太子を敬愛し、全人類の中心となってほしいと主張しているというだけ
ならば、(自分はその方面には詳しくないけど) 他にも例はあると思う。しかし、その中の
何人が、東宮仮御所を訪れ、皇太子と直に会ったり、「上奏文を手渡」したりすることが
できたかと考えると、この『真実』の著者は本当にすごいと思う。

http://www.harimayahonten.co.jp/rinen/1profile.html
>1993年(平成5年)  45歳
>9月20日、現皇太子殿下から東宮仮御所に招かれ、論文「環境問題抜本解決への
>提言」を献上する。

>1994年(平成6年)
>1月2日、再度東宮仮御所を訪ね、皇太子殿下の人間的覚醒を強く促す上奏文を手渡
>す。

>1995年(平成7年)  47歳
>1月、阪神淡路大震災9月~10月、札幌、仙台、東京、名古屋、京都、大阪、神戸、姫
>路、 広島、福岡の全国10会場に計約1万人を集めて、環境問題の本質を 訴え、併せ
>て皇太子への嘆願書送付を募るキャンペーン的講演会を 連続開催する。

>1997年(平成9年)  48歳
>4月、環境問題の抜本的完全解決のためのバイブルとして、唯一の著書『真実』を発表
>し市販を開始する。


上でいう「皇太子殿下の人間的覚醒を強く促す上奏文」というのが、唐沢俊一にかかると
「(皇太子も?)覚醒しようとせず、自然を破壊しつづけ、自らの卑小なエゴに走って」と
いうことになってしまったのかとも思うが、おいといて。


2ちゃんねるのスレで話題になった (Read More 参照) 「街宣カー」というかトレーラーに
ついては、以下のリンクを参照のこと。

- http://www.harimayahonten.co.jp/rinen/13yonaoshi.html
- http://blogs.yahoo.co.jp/ayahiro1959/33913274.html
- http://yasukuni.jugem.jp/?eid=633
- http://yasukuni.jugem.jp/?eid=634
- http://sugosoku.blog102.fc2.com/blog-entry-639.html
- http://blogs.yahoo.co.jp/tamamori_jimukyoku/34700675.html
- http://wpb.shueisha.co.jp/2010/12/16/1589/
- http://ameblo.jp/gyousei-no-samurai/entry-10646915113.html
- http://matome.naver.jp/odai/2129281820811607201
- http://netouyonews.net/archives/3858424.html


More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1304105565/
-------
366 :無名草子さん:2011/05/02(月) 13:03:57.94
唐沢俊一、20周年(ホントは19周年)記念のトンデモ本シリーズで
ネット散策でやってた、おかき屋のネタやるかなあと期待してる。
で、相手をマジで怒らせて、街宣カーで取り囲まれる。

405 :無名草子さん:2011/05/02(月) 18:52:43.82
>>366
あのおかき屋って、トンデモ本の世界1999に出てきたおかき屋とは別なんだっけ?
(見りゃいいんだが本が行方不明)

412 :無名草子さん:2011/05/02(月) 19:40:48.27
>>366
そのおかき屋、街宣車を持ってるんだね。ビックリ。
http://www.harimayahonten.co.jp/rinen/13yonaoshi.html

そのことに苦言を呈してる右翼?というか民族主義の運動家がいてこれまたビックリ。
http://blogs.yahoo.co.jp/ayahiro1959/33913274.html
http://yasukuni.jugem.jp/?eid=633

当のおかき屋店主は、「右翼企業ではない」と訴えてるが。
http://www.harimayahonten.co.jp/rinen/10qa.html
>問.右翼企業だという噂(うわさ)は本当ですか。
>答.全くちがいます。

テンテーがおちょくりの記事をアップしたのと比較的近い日に、まじめにブログで取り上げてる人もいた。
>お菓子やさん、播磨屋助次郎氏の提言が深いよ
http://moto-0358.at.webry.info/201104/article_38.html

414 :無名草子さん:2011/05/02(月) 20:19:01.73
>>405
えっ、おかき屋が載っていたのって、これのこと?
http://www.amazon.co.jp/dp/4334972047

415 :414:2011/05/02(月) 20:27:36.26
>>405
あー、あった、あった。
唐沢俊一が担当して書いていた。(P.261 ~)
文章がつまらないせいもあって、すっかり忘却していたわ。

417 :無名草子さん:2011/05/02(月) 21:20:57.97
>>412
ほとんど女子社員で構成されていると、サイトのどこかに書かれていたような。

http://yasukuni.jugem.jp/?eid=634
>十二月七日 煎餅屋播磨屋助次郎の不敬と暴挙
(略)
> 十分後非常に可愛らしい声の女の子から電話が入り、先方は、はじめから苦情であることが
>解っているようで、こちらから、
>「すぐにトレーラーを止めて皇居に対する不敬を止めてください」
>とお願いすると、
>「社長の真意は弊社ホームページをご覧頂き真実を読んでくださればご理解頂けると思います」
>「社長にお会いするにはどうしたら良いですか?」
>「私は社長が何処にいるかわかりません」
>なんだかんだ色々話をして、
>「あなたの会社も街宣車がぐるぐる回ったら困るし嫌でしょ?」
>「弊社は困りません」開き直りではなく、本当に普通の感じで。
>あなたも社長の信者なの?
>「私は社員です」

> 久しぶりに可愛い声の女の子と電話で話したのでなんだかんだで十五分くらい会話しました
>が、解っているのかいないのか、慣れているのか、電話の女の子に悪意を感じることはありま
>せんでした。

-------
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