2017年07月 / 06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2011.04.23 (Sat)

「逃げちゃダメだ」を他人に押し付けるのは止めた方が……

http://www.tobunken.com/diary/diary20110420115339.html

20日
水曜日
古い映画をみませんか・19 『第三次世界大戦・四十一時間の恐怖』
日高繁明監督『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』(1960年、第二東映)
〈略〉
いったいアメリカとソ連の本当の思惑は何なのか。鉄のカーテンにさえぎられた
東側の状況はほとんどこちらに入ってはこなかった。つんぼさじきに置かれた
ままに、われわれ小国の国民は、その命と財産を弄ばれているようなものだった。。
〈略〉
リアリティと言えば、水爆が落ちるというので、人々が東京を離れ、
田舎へ疎開しようとする(現実は田舎から東京への疎開というコースであったが)。
その延々と続く行列を、低予算ながらエキストラをかなり使って撮影しているのは、
やはり映画界にまだ力があったいた時代だなあ、とちょっと感心する。
……それはともかく、主人公の梅宮辰夫(痩せていて、現在の本人とは似ても
似つかぬ)が、恋人の三田佳子に一緒に逃げようというが、三田は足の悪い
患者の少女を残していけない、と拒否する。また、後年、テレビドラマで渋い
老人役で印象に残る演技を見せた増田順司がまだ若い流しのギター弾きの男の役で、
これも東京を離れられぬ病身の妻(星美智子)と最後まで東京に残る夫婦を
演じていて、また印象的である。

今回の原発事故でも、不安を煽るように、福島から逃げろ、東京を離れろ、
生命が危ないとツイッターなどで書き込む者が多くいた。
しかし、現実問題として、逃げたくとも逃げることの出来ない人たちが、
福島にも東京にも大勢いるのである。老人、病人、生活困窮者。
そういう人々を置いて自分だけ安全圏に逃れようとしたとき、生命は
助かったとしても、彼らは人間として死んだも同然の存在になるだろう。
そこをきちんと描いているのにも、再見で改めて気がついた。
一方で、自分のささやかな幸福を守りたいばかりに、戦争の勃発を信じようと
しない小市民の父親(加藤嘉が好演)の姿も描くことを忘れていない。
これも、大スターを主役に据えられないところから、群集劇の形をとらざるを
得ず、必然的にさまざまな立場の人間に目が行き届いたためだろう。

金力にあかせて山の中に逃げた(他の避難民は徒歩や自転車なのに彼らは
自家用車での逃避行であり、その途中で加藤嘉を轢き殺してしまう)
金持ち一家の長男・亀石征一郎は、途中までは冷静に、ある時はニヒルに
自分たちの運命を客観視しているが、最後の最後になって自暴自棄になって
わめきだし、道路に走り出る。妹の二階堂有希子(初代峰不二子!)が
何かいいかけたとたん、水爆が落ちて全員が炎につつまれる。このショッキングな
タイミングも凄い。

ラスト、廃虚と化した東京(マットペインティング)をさまよう梅宮辰夫が
恋人・三田佳子の遺体を発見する。彼女は患者の女の子をかばうようにして
死んでいる(どこにも傷のない綺麗な死に顔であるのは映画のお約束の
ウソであって、責めるべきところではない)。

http://megalodon.jp/2011-0422-2255-06/www.tobunken.com/diary/diary20110420115339.html

×ものだった。。 ○ものだった。
×映画界にまだ力があったいた時代
○映画界にまだ力があった時代 または 映画界にまだ力があった、いい時代

「そのそのほのめかしの手段」 (ここを参照) の次は、「ようなものだった。。」「あったいた
時代」。……落ち着こうよ、唐沢俊一先生、と再度いいたくなるような。

まあ、この「古い映画をみませんか・19」のアップにともない、「古い映画をみませんか・
16」が複数存在している状態 (ここここ、そして2011年4月12日2011年4月17日
魚拓を参照) は解消されたので、何のかんのいって唐沢俊一も、少しずつ落ち着きを
取り戻しつつあるのかもしれない。

……いや、「老人、病人、生活困窮者。そういう人々を置いて自分だけ安全圏に逃れよう
としたとき、生命は助かったとしても、彼らは人間として死んだも同然の存在になるだろう」
なんてヒステリックな非難を書き散らかしているところをみると、やはりあまり落ち着いて
はいないんじゃないかという気もするけど。


さて、唐沢俊一は、「どこにも傷のない綺麗な死に顔であるのは映画のお約束のウソで
あって、責めるべきところではない」と書いている。これは、たとえば、以下のブログの
ようなツッコミを意識してのものか。

http://mats-mad-movies.com/daisannjisekaitaisen41jikann.aspx
>まあ低予算故に核で死んだ人々がキレイ(エキストラが倒れるだけ)、梅宮
>辰夫が残留放射能に強い(郊外から、被爆した街に三田佳子を探して戻る)、
>流石の辰アニぃにも放射能相手ではこりゃ無理、とツッコミ処も満載(笑)。
>しかし金の無い部分を、人々に身近な状況をシュミレートして見せた手法は
>お見事。単に『世界大戦争』のパクリ、と思い込んでいた自分を反省しました。


ちなみに、上記のブログには、「パクリの企画じゃねぇか、と訴訟騒ぎにもなった『第三次
世界大戦 四十一時間の恐怖』」、「金の無い部分を、人々に身近な状況をシュミレート
して見せた手法はお見事。単に『世界大戦争』のパクリ、と思い込んでいた自分を反省
しました」とも書かれていて、今回唐沢俊一の書いたことと似ている部分も多い。

それはおいといて、「傷のない綺麗な死に顔」は「映画のお約束のウソ」だとすましている
唐沢俊一だが、パニックになった群衆が疎開しようとする場面などについては、「映画の
お約束のウソ」とはすっぱり割り切れないらしい。「(現実は田舎から東京への疎開という
コースであったが)」、「今回の原発事故でも、不安を煽るように生命が危ないとツイッター
などで書き込む者が多くいた」等々、現実と積極的にリンクさせて語る気満々であった。

で、唐沢俊一のいう「エキストラをかなり使って撮影」した逃げ惑う群衆の絵は、他の人に
とっても印象的だったらしく、ブログなどでもさまざまに言及されている。

http://d.hatena.ne.jp/molmot/20060905/p1
> 本作で凄いのは逃げ惑う人々の描写で、パーマネントセットを持っていた時代の強み
>もあるのだろうが、エキストラの異様な数と一方向に向かって進むのではなく、縦横無
>尽に逃げ惑っているのが良い。殊にカメラが交差点に横移動から入ってクレーンで上に
>上がり俯瞰でその光景を見せるショットなど実に良い。
> 又、加藤嘉が女子学生家族の乗った車にひき逃げされて死亡に至るやるきれなさな
>どパニック時の暴徒化が描きこまれていて良かった。東宝ではなかなか主要人物が
>平田明彦にひき逃げされたりしない。


http://blogs.yahoo.co.jp/nightshadowtheater/62386324.html
> そのころになると開戦の噂はデマと共に膨れ上がり、各地で略奪や婦女暴行が横
>行、銀行も預金者が殺到します。
> 加藤嘉も娘と息子と共に逃げようとしますが、帰宅途中、無我夢中で走る石島パパの
>車に轢殺されます。
> 空虚と化した東京では病院もパニック状態。医師すら我先に逃げ出してしまいます。
>看護師をしている梅宮辰夫の恋人(三田佳子)も、両親にさえ見捨てられた少女(上野
>すみ恵)を守っているうち、逃げ損なってしまいます。
> 梅宮記者は恋人を探しに病院を訪れますが、三田佳子の姿は発見できません。逃げ
>遅れた患者に「お大事に!」という無慈悲な声だけかけた梅宮記者は、流民と化した国
>民の姿を追って取材を続行します。


その他参考 URL:
- http://yojimbonoyoieiga.at.webry.info/200906/article_8.html
- http://blogs.yahoo.co.jp/nightshadowtheater/62386324.html

逃げようとした加藤嘉が、息子の友だちの「女子学生家族の乗った車にひき逃げ」される
場面もまた、言及している人は多いが、唐沢俊一のように悪意全開で罵倒している人は
あまりいない。「金力にあかせて山の中に逃げた(他の避難民は徒歩や自転車なのに
彼らは自家用車での逃避行であり、その途中で加藤嘉を轢き殺してしまう)金持ち一家」
とかあったので、よほどイヤな奴として描写されているのかと思ったのだが……。

確か『三丁目の夕日』でもやっていたけど、1960 年前半では、自家用車は一部の裕福な
層しかもてないものだっただろう。そういう周囲から頭ひとつ抜きんでいる小金持ちの家族
に対して、どうも唐沢俊一は敵意を燃やす傾向があるようで、それが今回は「金力にあか
せて」とかいう僻みめいた表現になったのかも。個人的には、「『美しい星』の美しさから
目をふさいでいるみたいな唐沢俊一 (3)
」のエントリーに書いた件を思い出したりした。


で、まあ、今回の震災のような非常事態に際し、人はどうふるまうべきかを語るありがたい
お言葉の数々について。なにしろ、「久生十蘭の小説だけでチベットを語る?」の唐沢俊一
である。「時には沈黙を」とタイトルにつけながら (ここここを参照)、ドラマではどうのこう
のと語るのを止められなかったりするのは意外ではない。

http://www.tobunken.com/news/news20110406142814.html

ドラマ(SFやホラーに多いですが)で、正義漢あふれる記者が
警察や政治家の記者会見の席で
「いつまで隠しておくつもりですか? 国民には知る権利があるんだ!」
と詰め寄るシーン、カッコよくてお気に入りの場面ではありますが、
実際にはどうでしょう。
確かにわれわれには知る権利がある。しかし、それを理解する知識・
能力はあるのだろうか? 知った上で理性ある行動をとれる自制心が
備わっているのだろうか? そう思ってしまうんですね。


しかし、このようなことをフィクションとからめて語ったのは唐沢俊一だけではなく、震災の
直後に岡田斗司夫も、ちょっと似た感じのツイートをしていた。
(http://togetter.com/li/110864 より)

http://twitter.com/#!/ToshioOkada/status/46550950898442240
>アニメやドラマを見ていると、非常事態になったら騒ぎ出して責任を追及する「ヒステ
>リックな市民」というのが出てくるよね?僕はああなりたくない。普段は専門家にツッコミ
>入れようとも、非常時には彼らを全面的に信用する。でないと誰も責任者をやってくれな
>くなる #otakingex
>Mar12日 TweetDeckから


このときには即座に、「ヒステリックな市民」みたいには確かになりたくないな――といった
意味のツイートがいくつかされていたと記憶している。そして唐沢俊一もいっている「知る
権利」の行使はほどほどにねという呼びかけ。

http://twitter.com/#!/ToshioOkada/status/46543360143540224
>家族が被災地にいる人は、そうはいかないだろう。でも僕たち大半の人間にとっては
>「知りたい欲求」「不安な気持ち」は押さえられるはずだ。それを「不安だから」「知る
>権利」と考えちゃいけない、と思う。 #otakingex
>Mar12日 TweetDeckから


ただし、いっしょにするのは失礼な話かもしれなくて、唐沢俊一のいう「正義漢あふれる
記者」は、巨悪を暴くドラマならともかく、「SFやホラー」などでパニックものならば、問題
解決にいそしむ主人公側と協調関係にないかぎりは、むしろ邪魔者として描かれるんじゃ
ないかと。唐沢俊一の方が後発なんだけど改良の跡はなく、劣化コピーまたはパチものに
とどまるという、いつものパターンではある。

岡田斗司夫は、「デマが出回るのも『善意』があるからだ」と、情報を発信する側の善意を
一応認めてはいる。唐沢俊一がひたすら「不安を煽る」だの、「がけっぷちでの商売」だ
から (ここを参照) だの、「オレ(ワタシ)たるものが不安に思うのなら、その不安には理由
がなくてはならない」から (ここを参照) だの、ある意味正直な自己紹介に終止し (?)、善意
の「ぜ」の字も出さないのとは、ちょっと違うように思う。

http://twitter.com/#!/ToshioOkada/status/46545815723974656
>「実は政府は隠してるけど」「実はこんな有害物質が」・・・こんなデマが出回るのも
>「善意」があるからだ。「自分の大事な人を、早く守ってあげよう」という善意。しかし
>それは、非常時には「情報テロ」になってしまう。 #otakingex
>Mar12日 TweetDeckから


また、岡田斗司夫は、「大人の役割」は子どもたちに、「でも”絶対に”大丈夫だよ」と
「『空手形』を発行することだ」と言いつつ、でも「空手形を発行して、『大丈夫!』と言い
切るのは心が痛む」ともいっている。「不安を届けてもなんにもならない」という結論 (?) は
唐沢俊一と同じようなものとしても、一応冷静なスタンスをアピールしている分、これも
唐沢俊一といっしょにしては失礼にあたるかも。なにしろ、岡田斗司夫のいう「子どもや
冷静になれない情況の人」に、もろ唐沢俊一が該当するかのようにみえる今日この頃
なのだから……。

http://twitter.com/#!/ToshioOkada/status/46549315879043072
>僕たちは「大人」だ。大人の役割は子どもたちに「空手形」を発行することだと思う。
>「地震や津波でたいへんだね。”でも”絶対に”大丈夫だよ」「原子炉?ああ、絶対に
>大丈夫。でも政府が言ってるから避難しようか?」 #otakingex
>Mar12日 TweetDeckから


http://twitter.com/#!/ToshioOkada/status/46550302979145728
>子どもに空手形を発行して、「大丈夫!」と言い切るのは心が痛む。だからと言って、
>子どもや冷静になれない情況の人に「ますます大変になるぞ」と不安を届けてもなん
>にもならない。 #otakingex
>Mar12日 TweetDeckから


もっとも、見方を変えれば、http://togetter.com/li/110864 にまとめられている岡田
斗司夫のツイートから、「理屈」っぽい箇所やもっともらしい部分、予想されるツッコミに
応答するかの部分を除けば、唐沢俊一が書いているようなことしか残らないという言い方
もできるかもしれないんだけど。


それと、今回の唐沢俊一の文章で思い出したのが、震災から一週間前後の時点で、
内田樹の疎開論が話題になったこと。ここのコメント欄で言及したことがあるが、これは
「放射性物質への耐性の脆弱な妊婦や幼児を第一」、「妊婦や高齢者など災害弱者とも
言うべき人たち」を助けようとするもので、唐沢俊一のいう「老人、病人、生活困窮者。
そういう人々を置いて自分だけ安全圏」とはまるで逆だと思うのだけど、パニックを恐れる
人たちは、他人が逃げ出すことについてなかなか寛容になれない――というのが、以下に
引用する「東浩紀 『疎開』に関するツイート」 (http://togetter.com/li/113285) からも
見てとれる。

http://twitter.com/#!/hazuma/status/48752841438924800
>ぼくは内田樹氏のように疎開を勧めたりはしないが、疎開を非難するのは絶対にまち
>がっている。疎開しないひとを「かっこいい」とたたえるのも完全に意味がない。逃げる
>のも逃げないのも自由。それが社会の前提。
>Mar18日 webから Mkanrikanと他100+人がリツイート


http://twitter.com/#!/hazuma/status/48753212274126848
>いまパニック起こってるの? そういう兆候あるの? RT @Harmis 東京が疎開パニック
>になれば交通網が麻痺します。外食産業が潰れれば失業者が出ます。そもそも東京の
>経済が止まったら日本が沈没する。RT @hazuma: 疎開したって消費活動はするんだか
>ら経済全体の効果は変わらな
>Mar18日 webから babycoco_twと他15人がリツイート


http://twitter.com/#!/hazuma/status/48753408437526528
>パニックが起きたらそれこそ緊急事態宣言かなにかで道路や鉄道封鎖すればいい。
>政府はそういう権限をもっている。だからそれまでは各人は自由なんだよ。その前提が
>なくなったらそれこそ戦前の大政翼賛社会でしょう。
>Mar18日 webから ri3ukarurintaroと他64人がリツイート


http://twitter.com/#!/masayachiba/status/48835842051026944
>困難において一緒に助け合おうというのは良いことです。が、一緒につらさを共有しよう
>というのは、最悪のドラマ形式です。
>Mar19日 webから tm_dadadadadaと他27人がリツイート


ええと、個人的に感じたのは、群衆のパニックを恐れるあまりに自分がパニック状態に
なっている人を、「理屈」で説得するのは難しいのかもなあ、ということ。

以前にこちらのエントリーで、「本当にもう何をどうジタバタしてもしょうがない事態ならば、
『理由ないものであっても安心できる言葉』もよいだろう」と書かせてもらったのだけど、
今回唐沢俊一の書いた『第三次世界大戦・四十一時間の恐怖』のような状況に放り込ま
れたのなら、逃げてもしょうがないというか、そもそもどこに逃げるのが正解かも見当が
つきにくいとも思った。

そういう状況と、今回の震災のケースをいっしょくたに語ってよいものかはとても疑問に
思うが、「映画のお約束」といったものの力もバカにはできなくて、シャレにならない危険
が迫っている (かもしれない) ときに、お約束の、パニックになった群集が逃げ惑うシーン
でもきた日には、本当に危機が実感としてせまってきて、怖いから止めろおぉ! という心理
も何割か混じっているのかもしれないとも思ったり。

http://blogs.yahoo.co.jp/tako_1949/23534467.html
>渚にて
〈略〉
>ここでは、このテの題材を扱う時、日本映画なら必ず出てくるであろう、パニックに陥っ
>た群集が泣き叫び、逃げ惑うシーンもなければ、エキセントリックなまでに悲劇的な描き
>方もしていない。



スポンサーサイト

テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

19:33  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

あまり考えの整理がついているわけではないのでアレですが、景気が悪くなること
を回避したいと願うことと、疎開する人を牽制したいというのは、別々に考えても
よいのではないかと思いはじめています。私が、自粛等による消費の冷え込みに
ある程度危機感をもっているけど、でも疎開する人を非難したいと思うどころか、
むしろ非難する人の方を批判したいと思っていますため。

>たとえば避難所のスペースや物資が、わずかながらでも節約できますし。

都内は都内で、人が少し減れば、電力事情も改善されますし。

ただまあ、そのような利点が考えられなくて、全体からみてマイナスに転ぶ可能性
が多いとしても、災害弱者は可能な限り疎開させたいと思いますけどね。そのため
の痛みなら我慢する甲斐もあります。

で、今回、唐沢俊一は、「逃げたくとも逃げることの出来ない人たち」として、
「老人、病人、生活困窮者」をあげている一方、乳幼児、妊婦、子どもをなぜか
スルーしているのが気になるところで。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-650.html
を見ると、「子供もつれて」や「赤ちゃん、 幼児、青少年にとっても」をちゃんと
強調表示しているし、放射能の影響を受けやすいのは誰かという認識は、
唐沢俊一も共有しているはずなのに、です。

また、「老人、病人、生活困窮者」にしても、自力で逃げる力がなく、家族や縁者の
力も及ばないのなら、国なり自治体なりが面倒を見るべきと思いますが、唐沢俊一
の書き方だと、一般人の赤の他人であっても、見捨てて (?) 避難したらもう、
「そういう人々を置いて自分だけ安全圏に逃れようとしたとき、生命は 助かったと
しても、彼らは人間として死んだも同然の存在になるだろう」という罵倒の対象に
なりかねなくて……もう無茶苦茶です。

しかし、(こういうことを書くのは酷い奴だという自覚はあるのですが) 病人イコール
唐沢俊一、老人イコール唐沢俊一のお母様と考えれば、とてもわかりやすい主張
なんですよね……。「赤ちゃん、 幼児、青少年」についての言及がまるでないこと
の説明もついてしまいます。

>自分は物ごころついた時には大震災がやってくると脅されて育ったため、
>安全地域を目指して何が悪い?ですよ。

これについては、本文でもちらっとふれさせていただきましたが、パニックになった
群衆を恐怖するあまりに、人々がパニックになるようなことを言うなー!やめろー!
と、テンパりながら主張する人たちが、結構いるんじゃないかと思います。
唐沢俊一なんかはそういう感じに見えます。

知る権利の行使については、唐沢俊一も岡田斗司夫も、それをもっぱら自分の
相対的な位置をあげることにしか使おうとしない人だから、ああいう主張の仕方に
なるのかなあと思っています。他人に出し抜かれることを恐れ、抜け駆けを牽制
することに一生懸命になってしまうというか。知ることによって、皆の絶対評価
(助かる確率や幸福の量) を上げることができるのではないかと模索するのを
割とあっさりとあきらめているというか。
トンデモない一行知識 |  2011年04月24日(日) 22:20 |  URL |  【コメント編集】

>逃げたくとも逃げることの出来ない人たちが、
>福島にも東京にも大勢いるのである。
>老人、病人、生活困窮者。
自力で逃げられてそこで生活する事が出来る人は、やっぱり避難というか疎開した方が良いと思うんですよね。
たとえば避難所のスペースや物資が、わずかながらでも節約できますし。
災害直後ならともかく、老人や病人の人のケアというのは避難先の情報整理をしっかりした上でないと無理なので、
『出来ない』でひとくくりにされても…と思います。
唐沢氏の言葉では無いですが、
>東京が疎開パニックになれば交通網が麻痺します。
>外食産業が潰れれば失業者が出ます。
>そもそも東京の経済が止まったら日本が沈没する。
ってのは『?』です。
自分が今回の災害の間接的な被害もほとんど受けてないからもありますが、日本の半分は通常営業だったわけですし。
外食産業なんて、そもそもそういうリスク込みの商売なんですし。
疎開パニックよりも、物流が困難になったせいの食糧不足の方が実際はやっかいだったし。
それも首都圏が人口過多なせいだから、首都圏から人が減れば少しはマシになると思います。
自分は物ごころついた時には大震災がやってくると脅されて育ったため、
安全地域を目指して何が悪い?ですよ。

>確かにわれわれには知る権利がある。
>しかし、それを理解する知識・能力はあるのだろうか?
>知った上で理性ある行動をとれる自制心が備わっているのだろうか?
知る権利を行使しなくてどうする?って思いますが。
大学卒業したはずの人間がこんな事書いちゃダメですね。
真実を知りたいから学問をするはず。
その時理解できなくても、理解できるようになる為に何が必要か分かるのが学問の基本じゃないのかと。
日本人は自制心があるのだと今回の災害で思ったので、
唐沢氏が残念な感性とオツムの持ち主だという事だけは良く分かりました。
NNT |  2011年04月23日(土) 23:45 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://tondemonai2.blog114.fc2.com/tb.php/656-4d275a33

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。