2017年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2011.04.19 (Tue)

我が役は緑なりき……?

http://www.tobunken.com/news/news20110329203029.html

イベント
2011年3月29日投稿
花見をしよう、お祭りをしよう(30日付記)

先日、このHPにアップした『自粛不況を打破しよう』という
一文に対し、雑誌、ラジオなどからインタビューの申し込み
がありました。各マスコミとも、自粛ブームの行き過ぎに
深い憂慮を示しているようです。
〈略〉
「戦には敗れたが」 と知事は言いました。その、国民が“美しく”連帯していた
日本を破ったアメリカ軍は、戦時中であっても娯楽を禁じたりは
していませんでした(もちろん、一部での規模縮小などは
ありましたが)ルーズベルト大統領自らが娯楽の必要性を訴え、
スポーツや映画産業はかえって振興しました。
『カサブランカ』も『我が谷は緑なりき』も『誰がために鐘は
鳴る』も、みんな戦争中に公開されてヒットした映画です。


×『我が谷は緑なりき』 ○『わが谷は緑なりき』

そういえば、「雑誌」というのは『週刊新潮』のことだったとして (ここを参照)、「ラジオ」
というのは、どこのことだったんだろう――というのは、おいといて。

似ているようで違う ―― 贅沢は敵だと贅肉は敵だ
明日世界が滅びるとしても、今日サクラの花を見る

の続き――には、あまりなっていないけれど、2ちゃんねるのスレへの書き込みを受けて
(Read More 参照)。

「我が谷は緑なりき」でググると、「もしかして」表示もなく、当たり前のように「わが谷は
緑なりき」の方がズラズラと検索結果に表示される、と。

http://ja.wikipedia.org/wiki/わが谷は緑なりき
>『わが谷は緑なりき』(原題: How Green Was My Valley)は1941年制作の米国映画。
>ジョン・フォード監督作品。


http://movie.goo.ne.jp/movies/p10001/
>わが谷は緑なりき
>ダリル・F・ザナック製作になる1941年度作品で、「荒野の決闘」「果てなき航路」の
>ジョン・フォードが監督し、同年のアカデミー作品賞、監督賞、撮影賞、男優助演賞、
>美術賞、装置賞をうけた傑作。


『誰がために鐘は鳴る』の方は、「地震、そして『誰がために鐘は鳴る』」のエントリー
を書いたときに、小説は『誰がために鐘は鳴る』、映画は『誰が為に鐘は鳴る』の表記
なのかとは思ったのだけど……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/誰がために鐘は鳴る
>『誰がために鐘は鳴る』(たがためにかねはなる、For Whom the Bell Tolls)は、アー
>ネスト・ヘミングウェイの長編小説。
〈略〉
>1943年にゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマンの主演で映画化もされた(これ
>の邦題は「誰が為に鐘は鳴る」と、為が漢字になっている)。


http://movie.goo.ne.jp/movies/p5470/
>誰が為に鐘は鳴る(1943)
>アーネスト・ヘミングウェイ(「破局」)の同名の長篇小説を色彩映画化した1943年作
>品。


http://www.sponichidirect.jp/cart/index.php?main_page=product_info&cPath=4_19&products_id=238
>名作映画DVDシリーズ 誰が為に鐘は鳴る
(画像: http://www.sponichidirect.jp/cart/images/s04030002DDC-005.jpg)

ただし、「誰がために」と表記されている映画のポスターも存在する。

http://www.kanshin.com/diary/1201174
>映画 「誰が為に鐘は鳴る」
>昭和39年 ニュー東宝(有楽町) 監督S,ウッド 出演 ゲリー・クーパー、イングリッド・
>バーグマン
>ヘミング・ウェイの原作ですが、この映画の方が日本では有名になっていると思いま
>す。これは、再上映と記憶しています。

(画像: http://storage.kanshin.com/free/img_35/357113/k470610460.jpg)

もっと古いパンフレット (1952 年) だと「誰が為に鐘は鳴る」なのだけど。

http://soukodou.jp/catalog/product_info.php/cPath/3650/products_id/70219711?osCsid=eb48ff9c58cf3f1ebc128f5e6c505d4a
>誰が為に鐘は鳴る【映画パンフレット】
>著者名:サム・ウッド/ゲイリー・クーパー、イングリッド・バーグマン
>出版社:東宝事業課/日比谷映画劇場
>刊行年:1952年

(画像: http://soukodou.jp/catalog/images/products/c3650/forwhomthebell.jpg)

どうも、『誰がために鐘は鳴る』と『誰が為に鐘は鳴る』とは、表記が混在しているのが
実情みたい。DVD とかだと、「誰がために」の表記の方が多い印象。

「誰が為に」:
- http://ecx.images-amazon.com/images/I/518vDU0n45L.jpg
- http://img03.shop-pro.jp/PA01002/991/product/232787.jpg?20110215215315
- http://premium8.jp/shop/items/000068_2.jpg

「誰がために」:
- http://image1.shopserve.jp/keepshop.jp/pic-labo/limg/BMD018.jpg
- http://f.hatena.ne.jp/cangael/20091209173226
- http://ecx.images-amazon.com/images/I/41eFCkdOn6L.jpg
- http://oldfilm.up.seesaa.net/image/IMG_0060.jpg
- http://image.rakuten.co.jp/serios/img10302813244.jpeg

『わが谷は緑なりき』の方は DVD 等でも「わが谷」で表記統一されているのと、ある意味
対照的かも。
- http://file.aarinkoo.blog.shinobi.jp/c45f8294.jpeg
- http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/007/977/71/N000/000/002/126762669462816315441_wagataniwamidorinariki-09.jpg
- http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/99/fc21507af55d157dc05ca7c365f079e1.jpg
- http://www.tk-telefilm.co.jp/green.jpg


それはともかく、唐沢俊一は「アメリカ軍は、戦時中であっても娯楽を禁じたりはしていま
せんでした」と書いているけど、日本でも娯楽は禁じられていたわけではなかったのでは
ないかという問題があって。2ちゃんねるのスレに書き込んだ人のいいたかったのは、
むしろこっちかもしれない。

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1302852242/
>169 :無名草子さん:2011/04/18(月) 09:56:37.19
〈略〉
>1941年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1941/a1941.htm
>1942年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1942/a1942.htm
>1943年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1943/a1943.htm
>1944年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1944/a1944.htm
>1945年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1945/a1945.htm


で、試しに、こちらのエントリーを書いたときに買った『マキノ雅弘―映画という祭り』の中の
「マキノ雅弘フィルモグラフィ」で、マキノ雅弘の映画の本数をチェックしてみるテスト。

1930 年 - 9 本
1931 年 - 7 本
1932 年 - 6 本
1933 年 - 1 本
1934 年 - 3 本
1935 年 - 2 本
1936 年 - 30 本
1937 年 - 15 本
1938 年 - 8 本
1939 年 - 6 本 『鴛鴦歌合戦』 「底抜けに明るいミュージカル時代劇」 (P.20)
1940 年 - 3 本 『續清水港』 「現代から江戸時代にタイムスリップする森の石松もの」 (P.21)
1941 年 - 5 本 『昨日消えた男』 「アガサ・クリスティばりの推理時代劇」 (P.21)
          『家光と彦左』 「徳川将軍と老旗本との友情譚」 (P.21)
          『阿波の踊り子』 「大群衆による怒濤のごとき阿波踊り」 (P.21)
1942 年 - 3 本
1943 年 - 4 本 『ハナコサン』 「人気マンガ原作のミュージカル仕立てのホームドラマ」 (P.21)
          『阿片戦争』
1944 年 - 2 本 『不沈艦撃沈』 「報告精神を謳い上げる気配は希薄」「そもそも工場で
          何をつくっているのかも判然としない」「マキノ雅弘が、フィルムの統制で
          仕事のなくなった所員のため、海軍に企画を持ち込んだという」 (P.22)
1945 年 - 2 本
1946 年 - 5 本
1947 年 - 3 本
1948 年 - 4 本 『肉体の門』 (P.24)
1949 年 - 4 本
1950 年 - 5 本
1951 年 - 5 本
1952 年 - 9 本
1953 年 - 8 本
1954 年 - 7 本
1955 年 - 6 本

『マキノ雅弘―映画という祭り』 P.21
>一九三九年といえば、ヨーロッパにおいて第二次世界大戦が始まり、日本では、前年
>の国家総動員法につづいて、映画法が制定され、映画製作が本格的に政府の管轄下
>におかれた年である。そんななか、『鴛鴦歌合戦』のような能天気という以外ない楽しい
>映画を撮ってしまうとは、とうてい尋常な話ではないだろう。


『マキノ雅弘―映画という祭り』 P.22
> 一九四三年の市川猿之助主演『阿片戦争』は、〈略〉グリフィスの『嵐の孤児』(一九
>二一)を下敷きにしており、〈略〉さらに、短いカットだが、冒頭のインド人群衆の姿、
>ラストの市街炎上の光景と、二ヵ所にアメリカ映画の一部分をそのまま使用している
>という。現に戦争している相手の国の映画をパクって「戦意高揚映画」をつくるとは、
>不届きというか、天晴れというか、唖然とするしかない。


『マキノ雅弘―映画という祭り』 P.23
>マキノ雅弘はこの調子で、一九四二年には日本映画の総数八十七本のうち三本、
>四四年には四十六本のうち二本を撮る。


まあマキノ雅弘が特別だった、全体的にみれば映画法などによって「娯楽色を極力排除」
の方向にいっていた、という考え方もできるかなとは思うけれど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/映画法
>映画法(えいがほう)は1939年に制定された日本の法律。
>1930年代後半にかけて、日本は日中戦争遂行や総力戦体制構築のため、軍国主義
>政策を推し進める。映画も例外ではなく、この法律によって、日本の映画も娯楽色を
>極力排除し、国策・軍国主義をうたった映画を強制的に製作させられることになり、その
>映画の製作も台本を事前に検閲することや、映画会社(製作・配給元)の許認可制、
>ニュース映画・文化映画の強制上映義務、また外国映画の上映も極力制限された。


ちなみに、こちらに引用したことがあるけど、外国の映画がなかなか見れなくなったのは
日本だけではない模様。これで思い出したけど、この回の唐沢俊一は、「大戦を経験した
時代の虚無主義」とか書いていた。

『B級ノワール論』 P.9
>戦後、フランスにおいてアメリカ映画の公開が再開され、そこで久しく見ることのできな
>かったアメリカ映画を一挙に、一つのまとまりとして見たとき、フランス人はアメリカ映画
>の変貌に驚愕したのである。画面自体の暗さ、ニューロティックでエロティックな登場人
>物、道徳的な退廃。



More...


http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1302852242/
-------
169 :無名草子さん:2011/04/18(月) 09:56:37.19
>日本を破ったアメリカ軍は、戦時中であっても娯楽を禁じたりは
>していませんでした(もちろん、一部での規模縮小などは
>ありましたが)ルーズベルト大統領自らが娯楽の必要性を訴え、
>スポーツや映画産業はかえって振興しました。
>『カサブランカ』も『我が谷は緑なりき』も『誰がために鐘は
>鳴る』も、みんな戦争中に公開されてヒットした映画です。
>戦争に勝てる指導者というのは、何が国民に必要なのか、を
>しっかりと理解している指導者なのです。

1942年『カサブランカ』
1941年『我が谷は緑なりき』(正しくは『わが谷は緑なりき』)
1943年『誰がために鐘は鳴る』(映画タイトルは『誰がために鐘は鳴る』)

1941年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1941/a1941.htm
1942年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1942/a1942.htm
1943年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1943/a1943.htm
1944年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1944/a1944.htm
1945年に公開された日本映画 http://www.jmdb.ne.jp/1945/a1945.htm


170 :無名草子さん:2011/04/18(月) 10:38:51.45
(映画タイトルは『誰が為に鐘は鳴る』)の間違いだな。

-------

スポンサーサイト

テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

08:56  |  その他の雑学本 間違い探し編 (324) +  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>  はげ頭の親父の下に6人の息子。
>  はげ頭のリーダーの下に6人の侍。

あはは、その発想はなかったです。^^;

http://www.kanshin.com/keyword/154903
>因みに、「七人の侍」の野武士を退治したラストの田植えのシーンで歌われた、
>田植え歌は、映画のための早坂のオリジナルだったそうです。

http://www.youtube.com/watch?v=sv5YlZspb30

本文に引用した『マキノ雅弘―映画という祭り』の記述と、唐沢俊一が他で書いて
いた『七変化狸御殿』のクリップを見た影響で、昔の日本映画ってミュージカル
っぽいものが結構多かったのかとしみじみ思ったりする今日この頃です。

http://www.youtube.com/watch?v=nhmKFGpWhRc
トンデモない一行知識 |  2011年04月21日(木) 00:49 |  URL |  【コメント編集】

●脱線

 ぜんぜん関係ない話ですが。
「わが谷は緑なりき」って「七人の侍」に多大な影響を与えていませんでしょうか。

 はげ頭の親父の下に6人の息子。
 はげ頭のリーダーの下に6人の侍。

 丘から見下ろせる村。
 
 花盛りの丘。

 唄で盛り上がるクライマックスとか。
藤岡真 |  2011年04月19日(火) 13:53 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://tondemonai2.blog114.fc2.com/tb.php/654-0e934c38

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。