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2009.04.11 (Sat)

スーパーマンは唐沢俊一の思春期そのもの?

「裏モノ日記」2004年 12月 23日(木曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20041223000000.html

 マーベル(マーヴルって発音はどうもしっくりこない。これもノスタルジア
だ)・コミックスで90年代に、『マーヴルズ』『アストロ・シティ』など、スー
パーヒー ローを“現代”に登場させたコミックスのストーリィを書き続けて
きたカート・ビュ シークは、スーパーマンやの“正体”を、分析した、こうい
う論を紹介している。
「スーパーマンは思春期の擬人化である」
 誰もが無視するようなひ弱な子供であるクラーク・ケントが、ある時を境
に、誰よりも強く、誰もが凄いと感嘆するスーパーマンへと“変身”する。
この変身は十代の変声期のアナロジーであり、かつ、変身後の、万能で
あり、性的にもモテモテ(ロイス・レーンなどに)だが、自身は性に対しスト
イックである(本当はまだ未体験なだけ)というスーパーマンへのあこがれ
は、子供にとってはまだ体験せぬ大人への変身へのアナロジーとしての
魅力を持つが、また、すでに思春期を過ぎてしまった大人たちにとっては、
あの、社会や周囲の人々のことを気にかけることもなく(実際は気にかける
だけの分別がまだなかっただけだが)、しかし、子供時代には出来なかった
飲酒やデートなどという“世界を自分のものに出来るだけの自由(本当のと
ころ、世界が狭いだけ)”を得た、思春期へのノスタルジーが含まれている
のだ、と。ビュシーク自身はこの論を理解できるとしながらも、こういう分析
にあまり意味を認めていないが、しかし、この見方はたぶん、深層意識的
な分析において、正しい。そしてこれは日本のヒーローものにおいても同じ
ことが言えるだろう。

http://s02.megalodon.jp/2009-0403-0115-27/www.tobunken.com/diary/diary20041223000000.html

×ひ弱な子供であるクラーク・ケント ○クラーク・ケント
×ある時を境に ○一瞬のうちに

前に「Wikipedia によると新設定のスーパーボーイはクローン人間」を書いた時点では、
カート・ビュシークの元発言がわからなかったので、彼のいっていることを唐沢俊一が
正しく紹介しているかどうかについては保留にしていたけど、その後2ちゃんねるのスレ
にこれじゃないかというのが書き込まれていた (Read More 参照) ので。

スーパーマンの“変身”を思春期の比喩とするならば、変身前は「ひ弱な子供である
クラーク・ケント」というより新聞記者のクラーク・ケントであり、変身後というのは例の
コスチューム着用のスーパーマンではないかと思っていたのだが、カート・ビュシーク
のいっていることの方は、その予想通りの内容だった模様。

http://www.comicsbulletin.com/news/107336388417774.htm
> KB: To tell a story that plays with superhero icons in a different way. To do
> something more than the traditional adventure -- and to explore the power of
> Superman as a metaphor. For years, we've been told that Superman is a
> metaphor for adolescence -- the weak, unrespected, romantically-timid Clark
> who turns into the powerful, famous, honored and desired Superman in the blink
> of an eye, flipping back and forth like an adolescent's voice cracking, shifting from
> his "child" self to his "adult" self ... and it works, it's easy to see that. But if the
> character works that way, can he be used as metaphors for other stages of life,
> for other experiences we go through? As a metaphor for romance, for the
> "invulnerability" of not committing, not sharing your inner self, your secrets, and
> the vulnerability that comes with love and commitment? Or for parenthood? Or
> beyond?


http://www.comicbookresources.com/?page=article&id=17358
> Superman has that adolescent fantasy going on. Clark Kent is the weak,
> unimpressive adolescent, and every now and then his voice breaks and he's a
> grown-up and men respect him and he is powerful and can change the course of
> mighty rivers. And then he goes back to being Clark, and he's nobody again. The
> adolescent conundrum.


つまり、弱くて特に尊敬もされなくて他人の印象には残らないクラーク・ケントが、強くて
有名で賞賛をあびるスーパーマンへと瞬く間に変身することを、声変わりを境に子ども
から大人に変化する思春期の暗喩 (metaphor for adolescence) として受け取ることが
可能であると。

唐沢俊一のいうように、「ひ弱な子供であるクラーク・ケント」自身が、「ある時を境に」、
「スーパーマンへと“変身”」したから、「スーパーマンは思春期の擬人化である」という
論があるわけではない。2 番目に引用した文章の「And then he goes back to being
Clark, and he's nobody again.」あたりを読めば特に明白で、変身前のクラーク・ケント
とは、「ひ弱な子供であるクラーク・ケント」ではなく、年齢的には大人になっているクラー
ク・ケントのことなのだ。

いやまあ「ひ弱な子供であるクラーク・ケント」というのは、「ひ弱な子供のようなクラーク・
ケント」とかいいたかったのかもとも考えたけど、「ある時を境に」とも書いてしまっている
し。スーパーマン自身の成長物語である「ヤング・スーパーマン」の話とごっちゃになって
いるのではないかと推測。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ヤング・スーパーマン
>クラーク・ジョセフ・ケント(演:トム・ウェリング、声:野島健児)
>スモールビルへ落下した宇宙船に入っていた少年。地球人を超える様々なスーパー
>パワーを秘めているがその全てが覚醒しているわけではなく、物語の進行にしたがっ
>て透視能力や飛行能力に気づくことになる。


「ヤング・スーパーマン」ならば、「ひ弱な子供であるクラーク・ケントが、ある時を境に、
誰よりも強く、誰もが凄いと感嘆するスーパーマンへと“変身”」していく話といえない
こともない (「ひ弱な子供」というには元から強過ぎたのではというのはおいといて)。
ただし、その場合、「思春期の擬人化」とか思春期の暗喩とかじゃなくて、そのまんまと
いうか、クラーク・ケント (スーパーマン) の思春期の話となるが。

んで、2ちゃんねるのスレにも変じゃないかと書き込まれていて、個人的にも疑問に思っ
たのが、「思春期の擬人化」という唐沢俊一の表現。

唐沢俊一のいう「ひ弱な子供であるクラーク・ケントが、ある時を境に、誰よりも強く、誰も
が凄いと感嘆するスーパーマンへと“変身”」なら、擬人化にも比喩にもならないという
ことでよいとして、ひ弱なクラーク・ケントが強いスーパーマンへと“変身”することをさすの
なら、「思春期の擬人化」といって不自然ではないかどうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/擬人化
>擬人化(ぎじんか、英:Personification または personification anthropomorphism)
>とは人間以外のものを人物として、人間の性質・特徴を与える比喩の方法である。
>(例えば熊が女の子と話したりする)
〈略〉
>多くのフレーズやイメージが擬人化により親しまれている。その一つが「盲目の正義」
>(正義の女神)である。


http://ja.wikipedia.org/wiki/正義の女神
>彼女が手に持つ天秤は正邪を測る「正義」を、剣は「力」を象徴し、法はそれを執行す
>る力と両輪の関係にあることを表している。目隠しは彼女が前に立つ者の姿を見ない
>ことを示し、貧富や権力の有無に関わらず万人に等しく適用されるべきとの法の理念
>を表す。


上の例のように「正義」を擬人化できるなら、「思春期」を擬人化するのも可能かもしれ
ないという気にはなってくる。思春期が服を着て歩いているような――とか聞いて想起
されるのはスーパーマンとはまた別のイメージだけど、それはまあおいといて。

今度は「思春期の擬人化」された姿は、弱い子どものようなクラーク・ケントか、強い
大人に該当するスーパーマンのどちらをさすのかという疑問がわいてきたりする。ただ
まあ、これは、弱いクラークになったり強いスーパーマンになったりするカル (Kal) がそれ
だと仮定すれば、それなりに綺麗に (?) 説明をつけられそうだ。他人に見せる 2 つの姿
の間を揺れ動くのがまさに思春期であるとか何とか。

http://www.comicbookresources.com/?page=article&id=17358
> There is this huge debate that goes on among Superman fans, asking “Is he really
> Clark or really Superman?” Is he Superman and Clark is an act, or is he Clark and
> Superman is a job? I think it leans toward "He's really Superman," but it's not
> quite that simple. The guy I think of as the real person is Kal. The guy he is when
> he is alone. He's the guy Ma and Pa and Lois know -- the guy, pre-Crisis, that
> Batman knew.



……しかし、ここまで考えて、冒頭に引用した唐沢俊一の日記の文章に戻ると、今度は
「万能であり、性的にもモテモテ(ロイス・レーンなどに)だが、自身は性に対しストイック
である(本当はまだ未体験なだけ)」とか、「子供時代には出来なかった飲酒やデートな
どという“世界を自分のものに出来るだけの自由(本当のところ、世界が狭いだけ)”」
といった記述にドッと疲れることに。

「性的にもモテモテ」、「自身は性に対しストイック」、「飲酒やデート」あたりの元ネタは
どこにあるんだろう。「世界を自分のものに出来るだけの自由」は一応 Kurt Busiek が
どこかで語っているのではないかとは思うけど、それを含めた元の文章については、
未発見だしなあ。


さらに、冷静に考えると (?)、「“世界を自分のものに出来るだけの自由(本当のところ、
世界が狭いだけ)”」で、「そしてこれは日本のヒーローものにおいても同じ」というのは、
唐沢俊一にとってスーパーヒーローものって何なんだろうという気にもなってくるが、
これについては面倒くさいし、ほじくってもロクなものが出てきそうにないので、はいはい
寝言寝言ということでパスしたい。


More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1238538849/

357 :無名草子さん:2009/04/03(金) 10:45:30
>「スーパーマンは思春期の擬人化である」

これのことかな?
http://www.comicsbulletin.com/news/107336388417774.htm
http://www.comicbookresources.com/?page=article&id=17358

唐沢の解説とは意味が違うような・・・

358 :無名草子さん:2009/04/03(金) 11:05:07
↓原作の初期の設定とは違っているようだが、一応・・・

「ヤング・スーパーマン」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3
>1989年10月、カンザス州の田舎町「スモールビル」に多数の隕石と一機の
>宇宙船が落下する事件が発生する。宇宙船の墜落現場に遭遇したケント夫妻は、
>その中から現れた裸の男の子をクラークと名付け、自分たちの息子として
>育てることとする。
>それから十数年後、クラークは怪力や超スピード、頑丈な肉体といった
>スーパーパワーを持つ高校生へと成長していた。しかし、父であるジョナサンとの
>約束でそれらの力を人前で使うことを固く禁じられ、同級生たちからは
>「さえないヤツ」と馬鹿にされる日々を送り、片思いの相手であるラナ・ラングに
>対しても、彼女の持つ緑色の石(クリプトナイト)のペンダントの影響で
>まともに話すことも出来ず、ただ見守るだけであった。

359 :無名草子さん:2009/04/03(金) 12:40:25
>>90
「思春期の擬人化」って言葉としておかしくない?「暗喩」とか「象徴」とかが普通の言い方だと思うんだけど。

唐沢作家先生の表現力って…

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