2017年03月 / 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2011.03.22 (Tue)

「伝説と事実があるなら、伝説を事実にする」のが朝日新聞記者というわけではないだろうけど

朝日の書評より。

http://book.asahi.com/review/TKY200806100131.html

鉄腕ゲッツ行状記―ある盗賊騎士の回想録 [著]ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン
[掲載]2008年6月8日 [評者]唐沢俊一(作家)

■事実は伝説より奇だった英雄像

 「ここは西部だ。伝説と事実があるなら、伝説を事実にする」とは映画
「リバティ・バランスを射った男」の中の名セリフだが、西部でなくとも往々
にして伝説は事実以上に事実として流布していく。

 文豪ゲーテは1773年、戯曲『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』を書き、
その300年ほど前に実在した鉄の義手をつけた一人の騎士を、悪徳
領主たちから農民を解放するために戦う自由のヒーローとして描いて
熱狂的な支持を得た。主人公のゲッツはいまだにドイツでは国民的英雄
としてたたえられている。

 本書は、そのゲーテが創作のネタ本にしたゲッツ自身の自伝の初訳で
あるが、読んでみると、やはり伝説と事実の間にはかなりの違いがある。
彼が主に金を稼いでいたのはフェーデという、いいがかりをつけて決闘を
申し込み相手からわび代を取るというもので、なんのことはないユスリ稼業
である。なによりゲッツはゲーテの戯曲のように英雄的な死を遂げたりせず、
傭兵(ようへい)やフェーデでためた金で、安楽な老後を送り長寿を保った。

 しかし、読み進んでいくうちに、この悪漢騎士が作られた英雄像よりずっと
人間的に思えてきて、憎めなくなっていくのが面白い。当時としては驚異的
に精巧な、その義手のカッコよさも必見である。


「『リバティ・バランスを射った男』の中の名セリフ」について語っているものには、たとえば
以下のブログのようなものがある。

http://bokuen.net/archives/651
> 消費しやすく、わかりやすく、心地よく、都合のいい情報はうそだろうがなんだろうが
>広まる。受け手の多くがそういう情報を求めるからでもあるし、送り手の多くがそういう
>情報を発信したがるからでもある。科学的な「事実」や、人の数だけ存在する歴史的な
>「事実」をきちんと調べるのはたいへんだけど、断片的な情報からおもしろおかしい「伝
>説」をつくるのは技術さえあればむずかしいことではない。
> いまにはじまったことじゃないですが、最近はこんなことをぼんやり考えております。
>なんとなく、ジョン・フォード監督の傑作映画『リバティ・バランスを射った男』のセリフを
>思い出します。二種類に翻訳してみます。

>This is the west. When the legend becomes fact, print the legend.
>(通釈)ここは西部です。検証のすえに伝説のうそが消えて、事実がわかったとしても、
>新聞の記事になるのは伝説の方です。
>(台詞調)事実より伝説の方が面白いなら伝説を残す。それが西部のやり方です。

> この「西部」のところはいろいろ替えられますね。たとえば「オタク業界」とか「トリビア」
>とか「ブログ」とか。


映画の中での元のセリフは、以下の通りらしい。

http://www.imdb.com/title/tt0056217/quotes
> Memorable quotes for
> Ribati baransu wo utta otoko (1962) More at IMDbPro »
> The Man Who Shot Liberty Valance (original title)
> Ransom Stoddard: You're not going to use the story, Mr. Scott?
> Maxwell Scott: No, sir. This is the West, sir. When the legend becomes fact, print
> the legend.


これは翻訳にもバリエーションがいろいろありそうだなと思い、まず「"ここは西部だ。伝説
と事実があるなら、伝説を事実にする"」と二重引用符つきでググってみたら、ヒットする
のは唐沢俊一の文章の他に数個ほど。元は和田誠の訳ということなのだろうか。

http://plaza.rakuten.co.jp/footonthemoon/7002
>ここでは特に映画の中の名ゼリフを集めてみました。ほとんどが、和田誠が書いた
>「お楽しみはこれからだ」シリーズからの引用です。
〈略〉
>「ここは西部だ。伝説と事実があるなら、伝説を事実にするのだ」
>(『リバティ・フランスを射った男』)


他のサイトでは、どのようにこの映画のセリフを紹介しているかというと、例えば以下のよう
な感じ。

http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/THE%20MAN%20WHO%20SHOT%20LIBERTY%20VALANCE.htm
>長い思い出話を語り終えたランスは記者に言った。「記事にするかね?」  記者は答え
>た。「記事にはしませんよ。西部では、伝説が事実となるのです」


http://spacecowboys33.blog130.fc2.com/blog-entry-112.html
>ところで、ウェインのリバティバランスを撃った男って知ってる?
>ジミースチュワート扮する西部の英雄について取材した記者が偶像破壊的な真実を
>聞いた時(ここは西部です。事実と伝説があるなら、伝説を取ります)と言いメモを破り
>捨てるんだけど、掛布の話でちょっと思い出してしまいました。


ええと、つまり唐沢俊一は「ここは西部だ。伝説と事実があるなら、伝説を事実にする」、
「伝説は事実以上に事実として流布していく」としか書いていないからわかりにくいけど、
要はせっかく本人から事実を聞いた新聞記者が、いや伝説の方を事実としましょうといって
真実を隠蔽するのを選んだという話といえなくもない。これがよりによって (?) 朝日新聞に
掲載された文章だったというのが、ちょっと面白いと思った。

しかし新聞記者が事実より伝説をとった――しかもそれ自体はフィクション中のエピソード――
という話は、ゲーテが実在の歴史的な人物をモデルに書いた戯曲『ゲッツ・フォン・ベルリヒ
ンゲン』と、当のゲッツの回想録に書かれていることとはだいぶ違うと語るにあたっての、
前振りとしては、ちょっとどうかと思うのだが。肝心の『鉄腕ゲッツ行状記―ある盗賊騎士の
回想録』の方が、伝説と比較して捨てられるべき事実ということにもなりかねないのだし。


で、唐沢俊一によると、「彼が主に金を稼いでいたのはフェーデという、いいがかりをつけて
決闘を申し込み相手からわび代を取るというもので、なんのことはないユスリ稼業である」
という話になるのだが、これは他の資料に書かれている話とはずいいぶん印象が異なり、
当の『鉄腕ゲッツ行状記―ある盗賊騎士の回想録』の内容紹介の文章とも食い違うという
のが何とも……。

http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4560026297/
>義の騎馬武者か、盗賊騎士か?

> 舞台は16世紀前半の神聖ローマ帝国。ドイツの地にもルネサンスが開花し、宗教戦争
>の嵐が吹き荒れていた。この大転換期にあって、中世以来の騎士の特権を振りかざし
>て暴れ回った男がいた。われらが主人公ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンだ。
> 子供時代からの暴れ者で、さる辺境伯の小姓として数々の戦闘に参加、皇帝マクシミ
>リアンからは直々に声をかけられている。20代半ば、1504年のバイエルン継承戦争で
>右腕を失うが、精巧な鉄の義手を得るや自由に剣をあやつり、「鉄腕ゲッツ」の異名を帝
>国中に轟かせる。(ちなみにこの義手は現存。手首や指の関節は自由に曲げることがで
>き、スイッチによりバネで元に戻るというスグレ物。)
> 本書の魅力は、滅びゆく騎士階級とその時代の実像を余さず伝えていることだ。ゲッ
>ツは君主に仕える道を選ばず、あくまでも独立の騎士として生きようとする。そのために
>フェーデという「自力救済手段」、ありていに言えば私闘や強奪をくり返す。繁栄する都
>市や貴族・司教に正義を振りかざしつつ難癖をつけ、金品を奪ったり身代金を巻き上げ
>たりするのだ。
> 五年にわたる二度の投獄と武闘の日々を経た晩年に書かれたこの自叙伝では、ドイ
>ツ農民戦争での農民側隊長としての体験や、決闘・襲撃の一部始終が実にいきいきと
>語られており、文化史の一級資料であるばかりか興趣つきぬ読物となっている。前代未
>聞・痛快無比の一冊!


http://ja.wikipedia.org/wiki/ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン
>ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン(独: Götz von Berlichingen, 1480年 - 1562年7月23日)
>は、中世ドイツの騎士。戦争で片腕を無くすが鋼鉄の義手を付けて戦い続けたことから
>「鉄腕ゲッツ」の異名を誇った。
>史実の人物としてよりもヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが24歳の時に書いた戯曲
>「鉄の手のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」の登場人物として有名になる。ゲーテの作品
>ではかなり美化されて英雄として描かれているが、史実ではフェーデを悪用して決闘と
>称した強盗、恐喝、追いはぎを繰り返して財産を築き盗賊騎士と揶揄されたほどで、血
>の気が多く戦いには首をつっこまずには居られない性分だったという。最期は軟禁生活
>からの開放の条件としてフェーデを行わないという誓約書を書かされた。


http://ja.wikipedia.org/wiki/フェーデ
>中世初期においてはフェーデは一種の決闘であり、決まった場所・決まった時間に全く
>武力に頼って決着された。フェーデを行なう時は場所・日時をしかるべき形式の果たし状
>として公開し、無関係の者が巻き込まれるのを防がなければならなかった。
>10世紀頃にはフェーデは広汎に行われるようになったが、徐々に身代金や掠奪を目的
>としてつまらない言いがかりをつけてフェーデをおこなうことも増えたので、これを規制し
>ようとする動きが現れた。
〈略〉
>完全禁止になった理由の主なものとして、制度末期に合法的に営利誘拐を行い身代金
>を要求する手段として悪用されたことが挙げられる。本来であれば事前に送らなければ
>ならない決闘状も、とりあえず襲っておいて人質が取れてから決闘状を送って身代金を
>要求することが常態化していた。このため貴重品輸送の一団は大規模な警備部隊の随
>伴を必要とするようになり、襲う側も最低でも数十人規模、多いときには300人を超える
>軍事組織の集団にまで膨れあがった。 制度を悪用して営利誘拐を繰り返した人物に
>ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンなどが居る。


唐沢俊一のいうような、「いいがかりをつけて決闘を申し込み相手からわび代を取る」に、
「なんのことはないユスリ稼業」とかいう可愛らしいもの (と書いて悪ければ、しょぼいもの)
ではすまないような気がしてたまらないのだか……。

Wikipedia によれば、「決闘と称した強盗、恐喝、追いはぎを繰り返して財産を築き盗賊騎
士と揶揄された」り、「制度を悪用して営利誘拐を繰り返した人物」として有名だったりした
そうだし、本の内容紹介の方にも、「私闘や強奪をくり返す」、「金品を奪ったり身代金を
巻き上げたり」と書かれているのだ。

その他参考 URL:
- http://ja.wikipedia.org/wiki/ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン_(ゲーテ)
- http://www.geocities.jp/kg_tazipie/Ritter/berlich.html

スポンサーサイト

テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

01:01  |  その他の雑学本 派生トリビア編 (3) +  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://tondemonai2.blog114.fc2.com/tb.php/634-da83a448

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。