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2011.03.01 (Tue)

細心の記事に最新の注意?

http://www.tobunken.com/diary/diary20110228172829.html

28日
月曜日
古い映画をみませんか・12 『ノンちゃん雲に乗る』
〈略〉
ヒトラーにかぶれたという“過去”を払拭したい、という熊谷の
思いが、この映画のタイトルロールであるノンちゃんに、当時、
天才バイオリニスト少女として名を馳せていた鰐淵晴子を起用させた、
と言えはしないだろうか。鰐淵晴子は、日本人の父とオーストリア人
の母の間に生れた。母はかのハプスブルク王家の血を引く家柄である
という。ハプスブルク家といえば、1938年、軍事的天才である
アドルフ・ヒトラーにより赤子の手をひねるようにして併合された
オーストリアを、1918年まで支配していた一族であった。
ヒトラーは若い頃画学生として放浪していたウィーンの、ハプスブルク的
自由多民族主義が国家を退廃させると考え、当時、フランツ・ヨーゼフ
皇帝の反対を押し切って市長に就任していたカール・ルエーガーの
ユダヤ人排斥演説にかぶれ、これを模倣・発展させることで自らの
思想を先鋭化させていった。
ヒトラーは38年、ハプスブルク宮殿のバルコニーで征服者として演説し、
オーストリア支配を宣言した。熊谷にとり、ハプスブルク家の血筋のもの
を主役に据えることはすなわち、ヒトラーからの決別を意味していたので
はないか。

それはまた、ナチス・ドイツとの合作映画に主演した原節子を自分が
起用するということが、“逆コース(民主化・非軍事化に逆行する行為の
こと。1950年代の流行語。『ノンちゃん雲に乗る』の中にも鰐淵晴子の
セリフで出てくる)”と言われないための安全弁でもあったろう。考え過ぎ、
と言われるかもしれないが、戦後10年という節目の年にあたり、憲法改正
運動などがさかんであった。この映画は文部省選定映画であり、この選定
を受けるためには最新の注意を払わなければいけなかったのだ。

http://megalodon.jp/2011-0301-0151-25/www.tobunken.com/diary/diary20110228172829.html

×ハプスブルク宮殿 ○ホーフブルク王宮
×最新の注意 ○細心の注意

「"ハプスブルク宮殿" ヒトラー 演説」でググると、唐沢俊一のこのページがトップにきて、
残り 4 件には、ヒトラーがバルコニーで演説したとかいう話は書かれていなかったので、
あれっと思って探してみた。どうもヒトラーはホーフブルク王宮で演説したという話らしい。

http://www.amazon.co.jp/dp/product-description/4874983235
>観光コースでないウィーン―美しい都のもう一つの顔 [単行本]松岡 由季
〈略〉
> 辻馬車が客を待っているホーフブルク王宮前の英雄広場では、かつて熱狂した人々が
>集まりアドルフ・ヒトラーの演説を聞いたという事実、ウィーン国立歌劇場の裏の アルベ
>ルティーナ広場では終戦直前の爆撃で多くの人が命を失った事実、また這いつくばって
>路面をタワシで清掃するユダヤ人のモニュメントは、一般に知られていないオーストリア
>の一面を物語っています。


http://blog.goo.ne.jp/takapyona/e/b8e9003877169b238a9d4eedd51a7c78/?img=c2bfa4b93661fc4eb5d6baaa8ef66636
>ホーフブルグのテラスでウィーン占領時にヒトラーが演説したので、ここで軍隊が出てく
>るとナチスを連想して嫌だったそうです。


現在、「ハプスブルク宮殿」というと、離宮であったシェーンブルン宮殿の方をさすことが
多いようだ。ホーフブルク王宮の方は確かに「ハプスブルク家の王宮」ではあったものの、
それは 1918 年までの話であり、ヒトラーの演説はそれから 20 年も経った 1938 年の
こと。その時点ではもう「ハプスブルク宮殿」ではなかったといえるのではないかと。

http://www.amazon.co.jp/dp/4061497154
>ハプスブルグ家の宮殿 (講談社現代新書) [新書] 小宮 正安 (著)
〈略〉
>マリア・テレジアの悲願、エリーザベトの苦悩。シェーンブルンはすべてを見ていた。


http://blog.all-a.net/?eid=645894
>ホーフブルク王宮はハプスブルク家の居城です。前回紹介したシェーンブルン宮殿は
>あくまでも離宮であり、皇帝家の本来の住まいはこの王宮でした。何度も増改築を繰り
>返しているので建物は複雑に入り組んでいます。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ホーフブルク宮殿
>最初に作られたのは13世紀頃と言われている。その後ハプスブルク家の王宮となり、
>神聖ローマ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝の宮殿として使用。


http://www.wien.info/ja/sightseeing/sights/imperial/imperial-palace
>ホーフブルク王宮は、1918年までハプスブルク家歴代の神聖ローマ皇帝またはオースト
>リア皇帝の居城でした。


で、唐沢俊一は、文部省選定映画の選定を受けるためには「最新の注意」 (原文ママ) を
はらう必要があったという。ヒトラーが嫌っていたとかいうハプスブルク家。そのハプスブル
ク家の血を引く鰐淵晴子を主役に起用して「“逆コース〈略〉”と言われないための安全弁」
にするというのは随分まわりくどい手のように思えるし、本当にそういう効果が期待できた
ものかは疑問に思うが、まあそちらについては、よいとして。

http://ja.wikipedia.org/wiki/鰐淵晴子
>身長165cm、体重48kg。特技はバイオリン。父は鰐淵賢舟、母はオーストリア人で、日
>本人とオーストリア人(同民族ということでドイツ人と表記してあることも多い)のハーフ。
>〈略〉オーストリア人である母の先祖を遡るとハプスブルク家に辿り着く。


http://ja.wikipedia.org/wiki/逆コース
>逆コース(ぎゃくコース、reverse course)とは、戦後日本における、「日本の民主化・
>非軍事化」に逆行するとされた政治・経済・社会の動きの左派側からの呼称である。
>この名前は読売新聞が1951年11月2日から連載した特集記事に由来する。


どうも違和感があるのは「ナチス・ドイツとの合作映画に主演した原節子を自分が起用する
ということが、“逆コース(民主化・非軍事化に逆行する行為のこと。1950年代の流行語。
『ノンちゃん雲に乗る』の中にも鰐淵晴子のセリフで出てくる)”と言われないための」――と
原節子の起用が、逆コースとの非難や、文部省選定を受けるにあたっての障害となりうる
要素であるかのように唐沢俊一は書いていること。

1950 年前後の原節子は、『青い山脈』に出演したり、「一連の小津安二郎作品で『永遠の
処女』と呼ばれたり、とにかくスター女優で、出演作品の傾向からしても、「逆コース」だの
文部省選定に不向きだのという突っ込みが入りやすい感じはしないのだけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/原節子
>代表作に『わが青春に悔なし』(1946年、黒澤明監督)、『青い山脈』(今井正監督、
>1949年)、『めし』(成瀬巳喜男監督、1951年)、『東京物語』(小津安二郎監督、1953
>年)などがある。


http://ja.wikipedia.org/wiki/めし
>原は当時、一連の小津安二郎作品で「永遠の処女」と呼ばれる神話性を持ったスター
>女優であったが、この作品では市井の所帯やつれした女性を演じ、新境地を開拓してい
>る。


まあ唐沢俊一がいいたいのは多分、他の者と組んだ時は問題にされなくても、「原の義兄
にあたる熊谷久虎」にすれば、自分と原節子の組み合わせがかつての「日独合作映画
『新しき土(ドイツ語題名『サムライの娘』)』」、そして、熊谷が「ヒトラーにかぶれたという
“過去”」を人々が思い出してしまうのを恐れるはず、ということなんだろうとは思う。

しかし、それならそれで、どうしてまた、主演の鰐淵晴子よりも誰よりも大きく、原節子の
笑顔が印刷されているようなポスターが製作されたのかという疑問もわいてくるのだが。
(http://genir.sakura.ne.jp/nonchanposter.jpg)

http://genir.sakura.ne.jp/nonchan.html
>ところで、この映画のポスターはノンちゃん(鰐淵晴子さん)ではなく、中心に原節子さん
>の笑顔が大きく印刷されてます。
>資料によると、この作品は原節子さんの1年5ヶ月ぶりの復帰作ということで話題になっ
>たらしいです。


# ワンダーフォーゲル問題については別エントリーでやりたいかなと。

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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

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Comment

>映画の話しをしなさいよ!って小一時間

最近、もしかしたらワザとやっているのではないかと思うようになってきました。w

こちらも結構慣れてきたつもりで、ああ、また脇道に……でも唐沢俊一だからしょうがないかと生暖かい気持ちで読み進めていたら、「……と、いうことでちょっとこの映画を離れる。」ときたので、声を出して笑ってしまいました。その上の 3 段落分、しっかり映画から離れていたのに、まだ離れるか、と。
トンデモない一行知識 |  2011年03月02日(水) 00:46 |  URL |  【コメント編集】

毎度のことですが、映画の話しをしなさいよ!って小一時間説教してやりたくなりました。
ほんとに紹介下手ですよねぇ。
ラーオ |  2011年03月01日(火) 12:11 |  URL |  【コメント編集】

確かにいわないですよね。外観的には結構江戸城の面影を残していますのに、そういう発想はしにくいといいますか。


今回の唐沢俊一の文章の「面白さ」は、自分の能力では今ひとつ伝えきれないのですが、ハプスブルクに鰐淵晴子ときているのに、エリザベートだの美少女だのという話題をいっさいしない (加えて原節子もいるのに、「美」という漢字が一度も登場しない) のも凄いなあと思いました。

代わりに (?)、ハプスブルクでも原節子でも、とにかく何でもヒトラーに結びつけようとする執念みたいなものは感じました。理由は不明ですが。
トンデモない一行知識 |  2011年03月01日(火) 08:33 |  URL |  【コメント編集】

>その時点ではもう「ハプスブルク宮殿」ではなかったといえるのではないかと。

 新年一般参賀で「天皇陛下が江戸城のベランダにお出ましになる」とは言いませんものねえ。
藤岡真 |  2011年03月01日(火) 06:59 |  URL |  【コメント編集】

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