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2011.01.24 (Mon)

B級SM雑誌の表紙のイメージにとらわれている虐殺否定派は多分非実在

裏モノ日記 2000年 09月 09日(土曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20000909000000.html

 アウシュビッツとそこでの惨劇について、ありきたりな感想は述べない。
それはこのような日記のニンではない。インターネットなどで検索すれば、
膨大な量 の文献を見ることができるだろうし、その体験記も研究も書店の
棚に汗牛充棟だろう。たった数時間の観光旅行でエラそうな意見を述べたく
はない。ただ、行ってみないと実感できないことがあるんだなあ、と感じた
ことのみを記すと、イメージしていた残虐の本山、悪鬼の獄舎、史上最大
の屠殺工場にして非人道の壮大なる実検室、といった雰囲気はまったく
ない、ということである。ガス室はなかった、という論を唱える人々が出て
くるのも、ここの設備にそういう残忍性が全く感じとれないところからなの
ではないかと思う(あの西岡って医者、どうしちゃったろう。一時、彼の提灯
持ちをニフティのあちこちの会議室で〓〓〓の細田均がやっていたことが
あったっけ)。


×実検室 ○実験室

「〓〓〓」と伏せ字にしているのは、この日記をそのまま引用したら、会社名は出すなと
抗議を受けそうなため。この日記の書かれた 2000 年の時点で既に、会社名はやめて
くれという話になっていたような気もするが、それはそれとして。

Google に「もしかして: 実験室」と表示されるのは、お約束のようなもの。
「実検」という単語は存在するが、「実検室」とはいわないだろう、ということで。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=実検&dtype=0&dname=0na&stype=0
>じっ‐けん【実検】
>[名](スル)ある事柄が事実かどうか、また本物かどうかを実地に調べること。「首―」
〈略〉
>1. じっ‐けん【実検】
>2.じっけん‐し【実検使】
>3.じっけん‐じょう【実検状】
>4.じっけん‐の‐ま【実検の間】



で、唐沢俊一の日記で違和感があったのは、「ニフティのあちこちの会議室で」との記述。
「細田均」といえば PC-VAN ではなかったかと。

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20071016/hosokinkarasawa#c1237895853
>kokada_jnet 2009/03/24 20:57
>はじめまして。遅すぎるレスですが・・。
>当時の主戦場はPC-VANだったと思います。ですので、特に唐沢俊一とは論争はして
>いないはずですね。
>VAN上で西岡説と全面論争をしていた方がいまして。その方が、当時の自身の発言の
>ログをこちらに残されてます。
>http://www.ss.iij4u.or.jp/~mitaka/nizkor/66qa_title.htm


http://www.ss.iij4u.or.jp/~mitaka/hondana/hondana970824.htm
>2.パソコン通信での「ガス室論争」
> 1995年2月、パソコン通信ネットPC-VANのSIG「Books」において、参加者の一人・
>☆まゆみ氏(HEA84230)が、「ガス室否定」についての議論を呼びかけました。雑誌と
>いう既成メディアで圧殺された議論をパソコン通信の場で継続するとの主旨により、
>☆まゆみ氏は西岡氏に直接連絡をとって許可を得て「マルコポーロ」に掲載された記事
>をフォーラムボードに再掲載しました。
> ☆まゆみ氏は、当時VANのIDを所持していなかった西岡氏の主張をフォーラムボード
>に代筆アップし、議論参加者のMSGのプリントアウトを西岡氏に送るという変則的な方
>法で「ガス室論争」を主宰しました。
> 1995年12月、西岡氏がVANのIDを取得し(TPD30944)、直接議論に参入しました。
>三鷹が「ガス室論争」に参加したのは、これ以降です。


はてなキーワードには以下の記述があるが、「ネット上に積極的に掲示」と書いてあっても、
「ニフティのあちこちの会議室」とは書いていない。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%D9%C5%C4%B6%D1
>細田均氏は、西岡昌紀の「ナチ「ガス室」はなかった」という文章をネット上に積極的に
>掲示していた。


「ガス室はなかった」と「ホロコーストはなかった」とは同じではないのではないか、それを
考えると唐沢俊一の感想もちょっとハズしたものではないかという疑問もわくが、何か話が
難しくなりそうなので、議論を開始するための代理アップは「提灯持ち」なのかという問題
についてと同様にパスすることにしようかなあ……と少し迷ったりする。

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20071016/hosokinkarasawa に引用されていた書き込み:

>唐沢俊一 ってば!?
>>42 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/08/10(金) 23:34:47 ID:dsCpZTau
>>ホソキンが「ガス室はなかった」記事で廃刊になったマルコポーロを擁護して、
>>それで唐沢とやりあったんだったかな?
>>良く憶えてないけど、あれは珍しく唐沢の方に一理あったような。


この直接やり合ったとかいう痕跡が見つかるかと思って捜しはじめたのだけど、Nifty と
PC-VAN の壁をこえたそういう論争の話は、どうも見つかりそうもないので。インターネット
上に論争の場があったのならば別だが、それも見あたらないし。

で、一番の問題は、唐沢俊一の裏モノ日記の記述それ自体の内容で、「悪魔的巨大炉に
犠牲者が次々放り込まれて悲鳴を上げながら燃えつき、灰になっていくのを、ナチの変質
的将校が目をギラつかせ、ニヤニヤしながら眺めている、というB級SM雑誌の表紙(そう
いうものばかり集めた画集がある)的なイメージにとらわれている」というのには、首を
ひねることになる。

http://www.tobunken.com/diary/diary20000909000000.html

確かに、虐殺否定派から見れば、こんな小規模な焼却炉で一五○万という
ユダヤ人の死体を始末できるわけがない、と思えるだろう。それは、悪魔的
巨大炉に犠牲者が次々放り込まれて悲鳴を上げながら燃えつき、灰になっ
ていくのを、ナチの変質的将校が目をギラつかせ、ニヤニヤしながら眺めて
いる、というB級SM雑誌の表紙(そういうものばかり集めた画集がある)的
なイメージにとらわれているからだ。


怖い想像だが、唐沢俊一はもしかして、「ガス室」と「焼却炉」を混同しているのでは。

「大量殺人を目的」としてのガス室――シャワーなどの名目でユダヤ人が集められ毒ガスが
吹き出す仕掛けとなっている部屋――と、遺体を焼くための焼却炉とは別個にイメージされ
るものであって、「巨大炉に犠牲者が次々放り込まれて悲鳴を上げながら燃えつき、灰に
なっていく」光景を思い浮かべたりするのは、「そういうものばかり集めた画集」の愛読者
とかに限定されるのではないかと思うのだけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ホロコースト
>とりわけ「絶滅収容所」には、ユダヤ人の大量殺人を目的とする「ガス室」が設けられ、
>「ツィクロンB」と呼ばれる毒ガスを使って、約600万人(正確な数は不明)ものユダヤ人
>殺害されたとされる。ユダヤ人の遺体は焼却炉をフル稼働して焼却処分され、それに
>伴う死体運搬等の労働はユダヤ人が命ぜられた。遺体は全て焼却し残っていないと
>される。


では、生きたまま焼かれたという話がどこかにあるのかとググってみたら、皮肉なことに、
「ナチ『ガス室』はなかった」からの引用や孫引用が、検索結果の上位にきたりする。

http://www7.plala.or.jp/nsjap/marco/marco2.html
> 驚かないで頂きたい。その作家は、「ガス室」のことなど一言も書いていないのである。
>かわりに子供や赤ん坊が炎の中に投げ込まれるのを見たと書いていたのである。一九
>五八年の著作の中で、「火炎による大量殺人」の光景をありありと描写していたのであ
>る。いうまでもなく、今日、アウシュヴィッツで火あぶりが行なわれていたと主張する歴史
>家はいない。とすると、この作家が「目撃」した光景は、一体何だったのだろうか?


「ガス室」はなかった論の正否はともかく、「今日、アウシュヴィッツで火あぶりが行なわれ
ていたと主張する歴史家はいない」というのは、本当のことと考えてよいだろう。

「虐殺否定派」も肯定派も、生きたまま火あぶりの件については別に争っていないのだ。
どちらもそのようなものがあったと思っていないし、問題にしていないため。

http://www.ss.iij4u.or.jp/~mitaka/nizkor/66qa37.txt
> 発疹チフスで死んだ人間もいたが、人数について言うのならば、ガスで殺された
>ユダヤ人が一番多く、次に多いのが射殺だった。


http://www.ss.iij4u.or.jp/~mitaka/nizkor/66qa29.txt
> ナチスにもすぐ分かったように、絶滅プロセスのボトルネックは、ガス殺それ自
>体ではなく、死体焼却だった。千人の人間を殺すのは、およそ数十分、あるいは1
>時間、最大でも2時間で可能だった。この時間には、収容所への到着から、ガス室
>の最終換気までの全工程が含まれている。

> だが、この千体の死体を焼却するには、たいへんな時間と労力がかかった。大規
>模で高価な焼却炉が購入され、それらを維持するために多額のマルクが費やされた
>が、それでも死体焼却には、人々の虐殺よりも、最低でも10倍の時間がかかった。
>ボトルネックが常に焼却炉の処理能力であることをナチスが理解した後は、ガス室
>のサイズが縮小されさえしたのだ。--グットマンその他を見よ。(「アウシュビ
>ッツ 死の収容所の解剖学」1994年 p.224)


上の文章は、「反・ホロコースト否定を目的とする『ニツコー・プロジェクト』(The Nizkor
Project)」の「初心者向け」Q&A の日本語訳から引用したものである。翻訳をした人に
よる説明は、以下の通り。

http://www.ss.iij4u.or.jp/~mitaka/hondana/hondana970824.htm
> 論争のための資料を求めてインターネットに分け入った三鷹は、反・ホロコースト否定
>を目的とする「ニツコー・プロジェクト」(The Nizkor Project)のHPに出会いました。ニツ
>コーの主催者であるケン・マクベイはカナダ人で、ユーズネットというアメリカのパソコン
>通信ネットで、極右・ネオナチなどのホロコースト否定者と何年にも渡って論争してきた
>人物です。
〈略〉
>5.「ニツコー66Q&A」について
> 原文はニツコーがHPの最初のページで「初心者向け」に紹介しているMSGです。詳
>しくは、内容を読んでいただければ分かると思いますが、ホロコースト否定者が賛同者を
>募ってオルグするために制作した簡便なパンフレットの内容を逆手に取り、彼らの主張
>を具体的な論証により論破する内容です。
> 「ガス室論争」の参考文献として、きわめて有用と思い、三鷹はマクベイに連絡の上、
>1996年10月より、拙訳をSIG「平和のひろば」にアップしました。ここに収録した記事は、
>そのログファイルを再編集したものです。


それと、唐沢俊一の文章で少々引っかかるのが、「B級SM雑誌の表紙」とのくだり。
そもそも A 級な SM とはどのようなものだろう――というのはおいておくにしても、「悪魔的
巨大炉に犠牲者が次々放り込まれて悲鳴を上げながら燃えつき、灰になっていくのを、
ナチの変質的将校が目をギラつかせ、ニヤニヤしながら眺めている」ような絵の表紙が、
画集になるほど多く存在していたのだろうか。少なくとも、「Nazis Fire SM」で捜す程度では
見つからないもののようなのだが……。



More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1295601306/
-------
733 :無名草子さん:2011/01/23(日) 22:03:41
唐沢の悪口に出てくる、細田均って誰?
名前出すだけで悪口になるような人?

735 :無名草子さん:2011/01/23(日) 22:16:39
>>733
多分この人↓
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070803/otaku

>名前出すだけで悪口になるような人?

うーんw

739 :無名草子さん:2011/01/23(日) 22:49:47
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%D9%C5%C4%B6%D1
* 愛称ホソキン。白泉社でLaLa副編集長、花丸編集長などを歴任。
 彼については唐沢俊一はこう書いている

アウシュビッツとそこでの惨劇について、ありきたりな感想は述べない。
(中略)ガス室はなかった、という論を唱える人々が出てくるのも、
ここの設備にそういう残忍性が全く感じとれないところからなのではないかと
思う(あの西岡って医者、どうしちゃったろう。一時、彼の提灯持ちを
ニフティのあちこちの会議室で白泉社の細田均がやっていたことがあったっけ)。

細田均氏は、西岡昌紀の「ナチ「ガス室」はなかった」という文章をネット上に積極的に掲示していた。

-------
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Comment

現地に飛んでもロクなことを書けない人とそうでない人の相違について (?)。

http://www.tobunken.com/diary/diary20000909000000.html
>有名な“Arbeit Macht Frei”(若いライターたちの仕事場に掲げておきたい
>ね)の門をくぐると、収容所に使用されていた建物群が、現在は博物館となって
>いて、そこを巡る。
> アウシュビッツとそこでの惨劇について、ありきたりな感想は述べない。それは
>このような日記のニンではない。

http://www.asahi-net.or.jp/~ph3a-itn/poland.htm
>入り口の「ARBEIT MACHT FREI」働けば自由になると書かれたスローガン。
>よく見ると「ARBEIT」の「B」の文字が上下反対に書かれている。収容者達が
>せめてもの抵抗の証として作ったのだろう…と。
トンデモない一行知識 |  2011年01月29日(土) 16:05 |  URL |  【コメント編集】

虐殺は、ユダヤ人の憎悪やサディズム嗜好にこりかたまって実行されたものではなく、ある意味事務的に効率重視でとりおこなわれたというようなことは、まあよく聞くところではありますし、ガス室を見てもその手のオドロオドロしさはあまり感じられないというまでは、他の雑誌で目にしたことのある意見ではあるのですが……。

「残忍性が全く感じとれない」とか「全く」をつけてしまうとさすがにちょっとどうかと思いますし、「悪魔的巨大炉に犠牲者が次々放り込まれて悲鳴を上げながら燃えつき、灰になっていくのを、ナチの変質的将校が目をギラつかせ、ニヤニヤしながら眺めている」とは、他に誰がいっているのか、唐沢俊一独自の妄想でしかないのではないかと。

唐沢俊一の劣化コピーと思い込みの強い体質は、現地にいって自分の目でみたくらいでは改善されるものではない、ということではないでしょうか。
トンデモない一行知識 |  2011年01月29日(土) 15:19 |  URL |  【コメント編集】

●聞き捨てならない

私の拙いブログにリンクしてただきまして、ありがとうございます。

行ってみないと実感できないことがあるんだなあ、と感じたことのみを記すと、イメージしていた残虐の本山、悪鬼の獄舎、史上最大の屠殺工場にして非人道の壮大なる実検室、といった雰囲気はまったくない、ということである。ガス室はなかった、という論を唱える人々が出てくるのも、ここの設備にそういう残忍性が全く感じとれないところからなのではないかと思う
鈍いなあ。いわゆるガス室はなかった派の人は、今の保存された施設を見て残忍性が無いからそういう論を唱えるのか?これじゃあ行かない方がマシじゃないか。
altnk |  2011年01月29日(土) 02:26 |  URL |  【コメント編集】

>藤岡真さん

第44回「世界を変えたサギ的名著」の巻 - http://www.fujiokashin.com/criticism/19.html をあわせて参照のこと、ですかしら。

その他参考 URL:
http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20090402/1238685911
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-58.html


http://www.tobunken.com/diary/diary20000909000000.html は、他にもいろいろ酷い記述が満載……。「天上」は多分「天井」のつもりだったと思われます。
トンデモない一行知識 |  2011年01月25日(火) 01:56 |  URL |  【コメント編集】

唐沢はラジオライフ2009年5月号で「「盗み・サギの手口を全部バラす」と題して、ホロコーストを取り上げ、「果たしてガス室があったかないかについては、読者の皆さんで判断していただきたい」とトンデモない言葉で結んでいます。
藤岡真 |  2011年01月24日(月) 07:55 |  URL |  【コメント編集】

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