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2011.01.08 (Sat)

昭和という時代の一部を殺し続ける劣化コピー

http://www.tobunken.com/news/news20110107153744.html

イベント
2011年1月7日投稿
失神していた男 【訃報 ジョー樋口】

全日本プロレスの名レフェリーだったジョー樋口、2010年
11月8日死去。
81歳。

ジョー樋口と言えば失神。
外人レスラーのかけた技に巻き込まれ、リング上で気を失う
のが全日の名物(?)だった。

その失神が名人芸だった。
いかにもわざとくさいのだけど、その、わざとくさいところに
マジで入れ込むところがプロレスの醍醐味だった。
いや、プロレスばかりじゃあるまい。
例えばアイドルにハマっているファンも、自分の恋愛感情が
疑似に過ぎない、とわかっている。“疑似だからこそ”、リアルな
恋愛以上に入れ込まないと、幻想が崩れてしまう。必死になる
のである。ただ、ジョー樋口が仕切っていた、馬場時代の全日本
プロレスは、そのわざとくささをファンもわかっていて、
わかっていながら自ら足を濡らして楽しんでいたところがあった。
オトナだったのである。猪木信者たちで固められた新日本プロレスの、
あれがフェイクだとでも言おうものなら口角泡を飛ばしてカミついて
くるような、そんなシャレのわからなさとはちょっと違った世界だった。

プロレスと怪獣映画は相似形である。それが昭和の文化である、
ということまで。ミニチュアがどんなにチャチだろうと、吊り糸や
合成の線が見えようと、そこをイメージで補うことで、リアル以上の
楽しさをそこに現出させるのである。それは“ごっこ”の楽しさ
である。昭和期の特撮が、昨今のSFX作品に比べリアル度
はどうしようもなく低いのに、楽しさの度合いはずっと上なのは、
そこに“遊び”の精神があふれているからだ。チャチさが逆に
プラスになるのである。

中野昭慶特撮などは、時にリアルを敢て崩して無茶苦茶をやって
いることが多かったが、それでも見ている方を納得させてしまう
パワーにあふれていた。ジョー樋口の試合の仕切りは、どこか、
その昭慶特撮に似ている気がする。どう考えても気づかないわけの
ない外人選手の反則に気づかなかったり、さっきまで失神して
いたはずのレフェリーが、(失神前まで劣勢だった)ヒール王者の
レスラーの一瞬の反撃によるフォールのとたんに息を吹き返して、
状況把握も何もないままカウントに入って王座を防衛させてしまったり、
お約束のどうしようもなさだが、見ている方は、そのどうしようも
なさによってプロレスの面白さが成り立っている、ということを
わかっているのである。ファンがわかっていることを前提として
“世界”が成立しているのだ。“王様は裸だ”とわめきだすような、
KYなガキはアッチいけ、だったのである。

ちなみに言うと失神技(?)はよほど受け身がうまくないと
危険でやっていられない。ジョー樋口は力道山と対戦したこともある
旧・全日本プロレスの山口利夫(“満州の虎”と呼ばれた柔道名人)
の元でプロレスデビューをした人だから、そこらの技術は完璧
だった。セメントマッチでは相手の腕を折ったこともある実力者
だったそうだ。そして、底抜けの面倒見のよさは外人レスラーに
定評があった。銀髪鬼フレッド・ブラッシーは、来日中、駅で
すれちがった和服美人に一目ぼれし、彼女をなんとしても探し出して
くれと樋口に頼んだ。八方手をつくして彼女に連絡がとれたとき、
電話口で樋口は本当にホッとしたように叫んだという。
「助かりました。ブラッシーが私に“探し出せないわけがない、
日本は小さい国なんだから”と言うんです」
と。一時の新日の引き抜き戦略に全日が耐えられたのも、御大・馬場
がどっしりかまえていたことと、ジョー樋口のこの面倒見があって
こそのことだったろう。

プロレスのコールは、選手紹介のあとに付け加えのように
レフェリー名をトーン落としてコールするが、ジョー樋口の場合には
時にはレスラー以上の歓声をもって迎えられた。リング上を本当に
仕切っている主役は誰か、をファンもわかっていたのだろう。

だからこそ、見えすいた失神も、わざとくさいギブアップ確認も、
反則の見逃しも“芸”として確立した。昔、せっかくの好試合を
レフェリーの失神で台無しにされた、と憤っていた子供たちも、
今になって理解するだろう、あれでプロレスというのは成り立って
いたのだ、と。

ジョー樋口、レフェリー歴32年、リングを叩き続けた右手は
左手の倍の厚さになってしまったという。……うーん、これも
昭和プロレス独特のギミック伝説じゃないかなあ。一度会場で握手
してもらったことがあるけど、普通の手(むしろソフトで綺麗な手)
だったという記憶なのだが。

81歳という年齢に不足はないだろうが、ジョー樋口の死は
単に一人のレフェリーが死んだ、というだけではない。
昭和という時代の一部が死んだというのと同義なのである。
ご冥福を祈る。


唐沢俊一定義のオトナとは、「自ら足を濡らして楽し」むような人のことをいうらしい。困る
のは、「足を濡らして」の意味がわからないことだが。自分が無知なせいだけと思ったが、
たとえば http://www.weblio.jp/phrase/足・脚_1 にもそれらしいのはないし……。

英語の「get your feet wet」だと最初の体験という意味でちょっと違うような気がするし、
「手を濡らす」との混同か、「All cats love fish but hate to get their paws wet.」から
きているのではないかと推測する。それにしても、今ひとつピンとこないけど。そんなに、
楽しむためには苦労がつきものだったのかと。

http://www.geocities.jp/tomomi965/ko-jien04/ta15.html
>・手を濡らす(てをぬらす) 自分の手を濡らすという意味から、苦労してものごとに取り
> 組むこと。 類:●手を汚す
>・手を濡らさず(てをぬらさず) そのことに少しも骨を折らないで。苦労しないで。


http://idioms.thefreedictionary.com/get+feet+wet
> get your feet wet
> to experience something for the first time
> If you've never invested money in the stock market, now is the time to get your
> feet wet.


http://proverbs.blog3.fc2.com/blog-entry-23.html
>All cats love fish but hate to get their paws wet.
>猫という生き物は魚が一般的に好きである。だけど、自分の足を濡らすのは嫌がる。



で、ジョー樋口についての Wikipedia の記述は、以下の通り。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョー樋口
>少年時代から柔道の道に進み、終戦後は進駐軍に柔道を教えていた。後に外国人係
>(外国人選手の世話を担当する)になったのは、この時期に身に着けた英語力が元と
>なった。
>1955年よりプロレスに転向し、山口利夫らが立ち上げた全日本プロレス協会で活動す
>る。そして吉村道明の誘いで日本プロレスに移り選手として活躍、1960年に引退。
>その後はいったんプロレスから離れるが、力道山死後の1964年から外国人係兼通訳と
>して日プロに復帰する。
〈略〉
>1966年より沖識名らの後釜を期待されてレフェリーも兼務する。沖がトラブルに巻き込ま
>れて、代打として上がったのがきっかけだった。
〈略〉
>それまでのレフェリーのイメージはどちらかと言えば地味であったが、よく足を使い、試
>合がストップした状態でも観客を飽きさせないそのレフェリングは、後の和田京平や西永
>秀一らにも大きな影響を与えている。試合がグラウンド状態になった際に叫ぶ言葉「ワッ
>チャギブアップ(Watch out give-up)」も、実は観客を飽きさせないための工夫であっ
>た。また試合中に選手の乱闘に巻き込まれて失神したり、悪役レスラーの反則に気付
>かないのもお馴染みであった。そのためファンから絶大な支持を得て、リングアナが選
>手をコールしたあと「レフェリー・ジョー樋口」と宣言すると、観客が「ジョー!」と大歓声を
>上げるという流れができるほどであった[2]。
>とりわけ1980年代前半には、乱闘に巻き込まれて失神して決着になだれこむ「ジョー樋
>口失神ギミック」がビッグマッチを中心に多発した。この時期に馬場から「ジョーさん、現
>役の頃よりいい受け身取っているんじゃない」と言われたことがあるという。このギミック
>は1980年代後半からあまり用いられなくなったが、興味深いことに樋口の体力が衰え試
>合のテンポが速くなった四天王プロレスの時代には、樋口が試合に巻き込まれて失神
>することはほとんどなかった。
>しかし、レフェリングは厳格であり、2003年の力道山追悼興行で特別レフェリーを務めた
>際には、カウントしないことがほぼ不文律となっている小橋建太のマシンガンチョップに
>対して反則カウントを取った。また、カウントが遅いこともよく取り沙汰された(ダグ・ファ
>ーナスが試合中に指摘したこともある)が、ストップウォッチでジョーのカウントを計測し
>たところ、実時間の3秒とほぼ一致していたという話もある。
>1990年代以降は高齢のためチーフレフェリーの座を和田に譲る。1997年3月1日に日本
>武道館で挙行された三冠ヘビー級選手権試合(三沢光晴 vs. スティーブ・ウィリアムス
>戦)を最後にレフェリーを引退、外国人係に専念することになる。
〈略〉
>・マットを叩く長年のレフェリー生活で、引退後も左右の掌の大きさが違っていたほか、
> 腕の曲げ伸ばしも思い通りにはできなかったという。日常生活でも手が震え、食事の
> 際に箸が持てずにスプーンで食べることが多かったという。


唐沢俊一のいう「ジョー樋口は力道山と対戦したこともある旧・全日本プロレスの山口利夫
(“満州の虎”と呼ばれた柔道名人)の元でプロレスデビューをした人だから」だと、まるで
山口利夫のところで修行して受け身をおぼえたみたいだけど、「少年時代から柔道の道に
進み、終戦後は進駐軍に柔道を教えていた」とのことだから、実際はプロレスをはじめる
前から柔道を相当やっていて、それを見込まれてプロレスから声がかかったということでは
ないかと。「少年時代から柔道」というのは、日刊スポーツの訃報記事にも登場する。

http://www.nikkansports.com/battle/news/f-bt-tp0-20101108-699873.html
>名レフェリーのジョー樋口さん死去、81歳

> プロレスリング・ノアのジョー樋口(本名・樋口寛治)監査役兼GHCタイトル管理委員
>長が8日午前5時38分、肺腺がんのため死去した。81歳だった。
> 樋口氏は横浜市生まれで、少年時代から柔道に親しんだ。54年にプロレスに転向し、
>日本プロレスなどで選手として活躍した後、60年に引退した。63年に外国人係兼通訳
>として日本プロレスに復帰。72年のジャイアント馬場(故人)の全日本プロレス旗揚げに
>参加し、レフェリーとして活躍。日本のNWA公認レフェリーの代表的存在となり、全日本
>の和田京平、ノアの西永秀一らを育成した。
> 99年のジャイアント馬場の死去後に全日本プロレスを退社したが、00年に三沢光晴
>(故人)の要請を受け、ノア旗揚げに監査役として参加。その後GHCタイトル管理委員
>長も務め、タイトル戦の調印式、試合前の認定証を朗読するなどでファンの前に姿を見
>せ、大きな声援を受けていた。
> 通夜、告別式は遺族の意向により、親族のみで行われる。


唐沢俊一は「ジョー樋口、レフェリー歴32年」と書いているけど、Wikipedia の記述にした
がうなら、1966 年からレフェリーをはじめて 1997 年に引退だから、レフェリー歴は 31 年
じゃないかなあ……と思ったけど、東スポ Web には「実働33年」とあるから、これについて
ては保留ということで。

http://www.tokyo-sports.co.jp/writer.php?itemid=10777
> レフェリーとして実働33年。裁いた試合は6000試合は超えるだろう。一試合でメー
>ン、セミファイナルに登場するのだから最低でも1万2000試合はレフェリングしたことに
>なる。そのためにジョーさんは人知れず努力もした。並みのプロレスラー以上のトレーニ
>ングを積み、体を作り上げた。そしてマットを叩き続けることで右手は大きく変型。分厚
>く、そして巨大化していったものだ。


気になるのは、Wikipeia にある「マットを叩く長年のレフェリー生活で、引退後も左右の掌
の大きさが違っていた」、上の引用でいう「そしてマットを叩き続けることで右手は大きく
変型。分厚く、そして巨大化していったものだ」が、唐沢俊一によると「リングを叩き続けた
右手は左手の倍の厚さになってしまったという。……うーん、これも昭和プロレス独特の
ギミック伝説じゃないかなあ」となってしまうこと。「右手は左手の倍の厚さ」とまでいって
いる人は、少なくともちょっと探したくらいでは見つからないわけで、そういう極端な話を
わざわざ持ち出して否定的に語られても困るわけで。

その他参考 URL:
- http://yasai.2ch.net/wres/kako/989/989761466.html
- http://mazitenshi.livedoor.biz/archives/51549374.html


もっと違和感があるのは、ジョー樋口は「失神が名人芸だった。いかにもわざとくさい」と
いう点ばかりやたら強調し、それと相似形であるとかいう特撮は、「ミニチュアがどんなに
チャチだろうと、吊り糸や合成の線が見えようと」とされてしまっているところ。

昔はミニチュアがチャチだなんて意識で見ている人はあまりいなくて、大人向けの雑誌
でも、日本の特撮技術は大したものだ、特にミニチュアはすごいとかいう意見が主流だっ
たような記憶があるんだけどなあ。まあそれでも吊り糸が見えることがあると指摘されたり
することもあったけど。今のように CG が発達しているわけでもなく、ビデオテープや DVD
で繰り返し見る習慣もなく、家庭内のテレビは画面の広さも画質も今程ではなかった時代
のお話。

そして、唐沢俊一が「時にリアルを敢て崩して無茶苦茶をやっている」と語る「中野昭慶
特撮」。「ジョー樋口の試合の仕切りは、どこか、その昭慶特撮に似ている気がする」と
いえば、「火薬のしょーちゃん」、「爆破の中野」とかいわれる中野昭慶の特撮の派手さが、
Wikipedia でいう「よく足を使い、試合がストップした状態でも観客を飽きさせないそのレフェ
リング」の華やかさやサービス精神に通じるものがあるといいたいのかな――と思えれば
よいのだが、唐沢俊一の文章をそのように解釈するのはちょっと難しい。

「ミニチュアがどんなにチャチだろうと、吊り糸や合成の線が見えようと」に、「どう考えても
気づかないわけのない外人選手の反則に気づかなかったり、さっきまで失神していたはず
のレフェリーが、(失神前まで劣勢だった)ヒール王者のレスラーの一瞬の反撃によるフォ
ールのとたんに息を吹き返して、状況把握も何もないままカウントに入って王座を防衛させ
てしまったり、お約束のどうしようもなさ」という流れで書いているものだから、何だか中野
昭慶の「合成にあまり詳しくない」という評判を揶揄しているかのように読めてしまう。

http://www.amazon.co.jp/dp/4898302149
>特技監督 中野昭慶 [単行本]
〈略〉
>円谷英二譲りの夢のリアルさを追求した特技監督・中野昭慶が、生い立ちから東宝入
>社、特撮円谷組時代、数々の自作についてまでを語るインタビュー集。詳細なフィルモ
>グラフィーも収録。


http://cinema.intercritique.com/pov.cgi?id=3884
>1935年満州産まれ、京都府出身。日大芸術学部卒。東宝に入社後、円谷英二の元で
>特撮スタッフとして参加。62年『妖星ゴラス』で特殊技術チーフ助監督となり、69年の
>『クレージーの大爆発』で特撮監督としてデビューする。通称「火薬のしょーちゃん」……
>デジタル特撮が主流になった現在、70年代にアナログ特撮の主流を駆け抜けた中野昭
>慶監督の技をもう一度見直してみよう!


http://ja.wikipedia.org/wiki/中野昭慶
>「なんでもかんでも熱線でというのには抵抗があった」として、ゴジラを演出する際も肉体
>のぶつかり合いを重視したといい、この点では格闘よりも光線の応酬を重視する川北紘
>一特撮監督と好対照を成している。84年版の『ゴジラ』でも、意識的に破壊を抑え、熱線
>もここぞというところで吐かせたと語っている。川北は中野について、「合成にあまり詳し
>くない」と述べていて、『ゴジラ対ヘドラ』や『ゴジラ対メカゴジラ』では、川北が数々の光
>学合成を担当し、演出を助けている。
>怪獣の演技に関しては、自らが殺陣をつけており、『ゴジラ対メガロ』では時代劇、『ゴジ
>ラ対メカゴジラ』では西部劇をイメージしたと語っている。怪獣の動きには美しさを見せる
>ため、歌舞伎や能を参考にしたというが、70年代のシリーズでは作劇上、ある程度擬人
>化せざるを得ず、悩みも多かったという。『ゴジラ対メカゴジラ』では、特撮の撮影初日に
>大遅刻した揚句、周りの緊張感をよそに何食わぬ顔で「本番スタート」の声をかけたとい
>うエピソードが残っている。
>火薬を多様・多量に利用した爆発映像には定評があり、「爆破の中野」の異名を謳う書
>籍もある。いかに美しい火焔を描くか工夫を重ねたとのことで、有鉛ガソリンの発火色が
>特に美しいとして、市場が無鉛ガソリンに移行したために、特撮に使用できなくなったこ
>とを惜しんでいる。
>『日本沈没』では、波のうねりを表現するためにスタジオ内の特撮プールの水にビール
>を混ぜ込んで粘りを加えたため、スタッフ全員が悪酔いしたという。やってみたい映画と
>して、特撮を駆使したスラップスティック映画を撮ってみたいと語っている。



そして、Wikipedia でいう「後に外国人係(外国人選手の世話を担当する)になったのは、
この時期に身に着けた英語力が元となった」件について、唐沢俊一は「底抜けの面倒見
のよさは外人レスラーに定評があった」という。

http://www.tokyo-sports.co.jp/writer.php?itemid=10777
> 外人係も務めていたジョーさん。外人選手の相談役も一手に引き受け地方興行で日
>本式の旅館では厨房を借りて自らステーキを焼いたりした。また朝食ではパン、コーヒ
>ー、卵料理、野菜サラダとメニューを指示。外人レスラーに最高の環境でリングに上が
>れるように細心の注意も払っていた。またある時は夜食を求めて夜中の田舎町をレス
>ラーとともに歩き続け、酔ってクダを巻いていた記者たちと何度も遭遇した
> だから米国でプロレス取材をしていてどんなテリトリーに行ってもいろんなレスラーから
>「ジョーさんによろしく伝えてくれ」との言葉を何度となく聞かされた。これがジャイアント
>馬場、アントニオ猪木ならば話も分かろうというのだが、皆が皆が「ジョーさんにセイハ
>ロー」だったのだ。
> 特にダラスの帝王と言われた”鉄の爪”フリッツ・フォン・エリックがジョーさんに寄せる
>信頼度は凄かった。「日本人が勤勉で努力家で親切で人を裏切らないのはジョーさんを
>見れば分かる。だからオレは子どもたちを日本に連れて行きジョーさんの生き様をみせ
>たんだ」と言い、事実来日のたびに子どもを一人ずつ連れてきてジョーさんに紹介してい
>る。


面倒見がよいこと、外人レスラーに絶大な信頼のあることは、その他いろいろな資料からも
うかがえるので「底抜けの面倒見のよさは外人レスラーに定評があった」という記述それ
自体には何の問題もない。

しかし、唐沢俊一は、英語力をいかした「外人係」という点を故意かどうかスルーしている
うえに、「銀髪鬼フレッド・ブラッシーは、来日中、駅ですれちがった和服美人に一目ぼれ
し、彼女をなんとしても探し出してくれと樋口に頼んだ。八方手をつくして彼女に連絡が
とれたとき」とだけ書いているので、何だかジョー樋口が浮気か (今でいう) ストーキングの
片棒をかついでいるみたいだ、いやそもそもどうやって探し出せたんだ、駅ですれちがった
だけの人を――と首をひねるはめになる。

しかし、和服美人のエピソードはまるきりの嘘ではなく、どうもこのひと目惚れされた美女が
フレッド・ブラッシーの妻となった人だったという……。

http://www.amazon.co.jp/dp/4754100743
>吸血鬼が愛した大和撫子―フレッド・ブラッシーの妻として35年 [単行本]
>三耶子 ブラッシー (著), Miyako Blassie (原著)
〈略〉
>ある時、駅の階段で二人は出会い、男は素敵な着物だと言葉を掛ける。
>女は言語でなく、大男の満面の笑みの中に、最大限の賛美を感じる。
〈略〉
>著者は着物で歩いていたところを「吸血鬼」ブラッシーに見初められます。
>テレビで見ていた老人をショック死させたあのブラッシーが,
>なんの言葉も通じないけれど,ミヤコに猛アタックします。


http://ja.wikipedia.org/wiki/フレッド・ブラッシー
>大の親日家として知られる。2度の離婚の後、1965年、小倉駅にて当時20歳だった日本
>人の三耶子さんと出会い一目惚れし、1968年に結婚した。三耶子夫人はブラッシーの
>最期まで添い遂げた。存命中に『あの人は今!?』(日本テレビ系)の取材に夫婦で笑顔
>で出演し、自宅でミヤコさんがブラッシーの散髪をする姿が放映されたこともある。三耶
>子さんは、2003年7月のWWE横浜アリーナ大会開催時のパンフレットに手記を寄せてい
>る。


http://blogs.yahoo.co.jp/hougafan7/17632413.html
>ハンセンばかりでなく、あの悪名高き噛みつき魔、フレッド・ブラッシーも、ジョー・樋口
>さんを慕っていたとか・・・。
>ブラッシーが日本人女性と再婚する時、反対する京子夫人の両親を説得したのも、
>ジョーさんだったらしいです。
>その他、ジョーさんを慕う外人レスラーは数え切れないほどということです。


http://nihonnagonago.blog115.fc2.com/blog-entry-444.html
>84 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2009/07/17(金) 21:53:28 (p)ID:ODN1I4ou(4)
>フレッド・ブラッシーというプロレスラーをご存知だろうか?
>噛みつきによる流血をテレビで見た老婆がショック死したのは有名な話。
>銀髪鬼と恐れられた稀代のヒールの奥さんは日本人。
>日本びいきの外人レスラーは多いが、その出会いから結婚が凄い。
>196X年、巡業中に小倉駅の階段ですれ違った和服姿の女性に一目ぼれ。
>その姿が忘れられず、ジョー樋口を連れてその女性を探し回りデパートで遭遇。
>名前(ミヤコ)と東京在住と聞き、東京のプロレス関係のパーティーに招待。
>(ミヤコさんは奈良在住で東京は実家。結婚式出席のため小倉に来てた)
>この時点でミヤコさんはブラッシーが何者なのか知らなかった。
>そしてミヤコさん20歳、ブラッシーは47歳w

>86 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2009/07/17(金) 21:57:16 (p)ID:ODN1I4ou(4)
>友人たちからブラッシーが恐怖の悪役レスラーと教えられたが、好奇心から東京へ。
>会場でブラッシーに歓迎されるも、そこでブラッシーが腎臓結石で倒れ救急車で搬送w
>関係者に名前と連絡先のメモを渡し、会場を去るミヤコさん。
>ブラッシーは即帰国で手術するはめにw
>その後、ブラッシーはまた来日するが、ゴタゴタでメモがなくなり連絡先がわからない。
>名前もミヤコとしか覚えてない。
>それでもジョー樋口に「ミヤコはまだ見つからんのか?」と催促。
>「日本は小さいんだからすぐに見つけられるだろ」と無理難題w

>87 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2009/07/17(金) 22:00:14 (p)ID:ODN1I4ou(4)
>そんなこんなで3年が経過。
>ブラッシーが来日中と知ったミヤコさんは、あの後のことが気になり連絡をとってみた。
>すぐジョー樋口から「連絡くれて助かった」と電話があり、ブラッシーと再会することに。
>そこからブラッシーの猛アタック。
>ミヤコさん英語わかりません。プロレス知りません。
>ブラッシー既婚で子供います。年齢差27歳です。 しかし猛アタック。
>別居中で離婚に問題ない。愛があれば年の差なんてと猛アタック。
>噛み付いたら絶対に離さないとはさすがブラッシーw


唐沢俊一の文章だけを読んでいた時点では、電話口で、「助かりました。ブラッシーが私
に“探し出せないわけがない、日本は小さい国なんだから”と言うんです」と愚痴られても
女性は当惑するだろうに――とも思ったが、上の引用などをみると、これも唐沢俊一の劣化
コピーの賜物と考えてよいだろう。話をつまらなく、言及する人を素で貶める方向の劣化
コピー能力は、年が改まっても衰えることをしらない様子である。


で、今回しみじみと思ったのは、いろんな意味で劣化している唐沢俊一の文章を無意識の
うちに基準にして、他のページを見にいくと、結構涙腺が刺激されるのに驚くものだなあと
いうこと。特にプロレスファンでない自分でさえ、在りし日の動画などを見ると、じわっと
くるものがあった。

http://www.youtube.com/watch?v=H821xmJ0oyM
http://www.youtube.com/watch?v=rIKIKetVNI4

http://www.youtube.com/watch?v=Pj4DPC_NncM
>medicine1964 | 2007年12月14日 | 高評価 17 人、低評価 0 人
>ジョーさん、全日ファン期待どおりの展開をありがとうございます。ブッチに吹っ飛ばさ
>れて場外転落⇒リングアウトは04:55あたりです。


http://mazitenshi.livedoor.biz/archives/51549374.html
>名前:名無しさん@恐縮です:2010/11/08(月) 14:53:56 ID:ZNAUhrL+O
>また、昭和プロレスの生き証人がいなくなったのか。

>名前:名無しさん@恐縮です:2010/11/08(月) 14:55:36 ID:vlUT9YDH0
>昭和がまた遠くなっていく

>名前:名無しさん@恐縮です:2010/11/08(月) 15:15:23 ID:ZkVGF7Y2O
>汚ねぇぞ!天国プロレス!
>一方的な引き抜き抗争をしやがって!
>俺たちは天国プロレスを見れねーんだよ!

>名前:名無しさん@恐縮です:2010/11/08(月) 20:12:57 ID:9Y2Z9XwS0
>オーバーアクションの臭すぎる演技も含めて
>古き良き時代って言葉がピッタリの人だったな
>どんどん昭和が消えていくわ


>あの世で昭和のプロレスが見られるというのなら、
>俺もいつ死んでも悪くないかな、と思える。
>ご冥福をお祈りします。



More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1294100913/
-------
393 :無名草子さん:2011/01/07(金) 22:34:42
ついでに新しい追討は辞めません
http://www.tobunken.com/news/news20110107153744.html
失神していた男 【訃報 ジョー樋口】
全日本プロレスの名レフェリーだったジョー樋口、2010年
11月8日死去。
81歳。

399 :無名草子さん:2011/01/07(金) 22:47:45
>>393
どうしてプロレスに絡みたがるのか。
いいかげんに止めればいいのに。

403 :無名草子さん:2011/01/07(金) 22:53:30
>まだ唐沢自身は去年からの繰り越しの
>プロジェクトがまだ終らず、悲鳴をあげながらの
>年越しになりました。

で、この1週間で4本の追悼記事。
ヒーーーーーーーーッ

407 :無名草子さん:2011/01/07(金) 22:57:59
1週間で4本の追討記事という事は今年1年で200本ほどの追悼記事を書くつもりなのですか!

412 :無名草子さん:2011/01/08(土) 00:22:38
あーむかつく、汚い手でプロレスに触らないでくれ、ムカムカムカ!

>ジョー樋口と言えば失神
なに失神の事だけでだらだら半分以上書いてんだよ
他に知らないんだったら書くなよボケ

413 :無名草子さん:2011/01/08(土) 00:41:54
つまらん男・・・

424 :無名草子さん:2011/01/08(土) 09:26:37
ジョー樋口追討はさすがに酷いな。
彼やプロレスをクソミソに書いておいて、本当は愛情があると思わせたいようだが
構成が下手糞で叩いてばかりだから単に馬鹿にしてる文章になってる。

>お約束のどうしようもなさだが、見ている方は、そのどうしようも
>なさによってプロレスの面白さが成り立っている、ということを
>わかっているのである。

「オレはどうしようもないが、それを面白いと思えよ」という
自己弁護にすら感じる。

425 :無名草子さん:2011/01/08(土) 09:30:48
その取り方も無理やりというか、なんか変な文章だな。

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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

22:52  |  その他の雑学本 間違い探し編 (324) +  |  TB(0)  |  CM(9)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>discussao さん

ああ、何かせっかく紹介していただいたご本にケチをつけるようなことを書いてしまって申し訳ありません。(_ _);

言い訳をさせていただきますと、そもそも『吸血鬼が愛した大和撫子』の記述を読むかぎりでは、三耶子さんは誰の養女にもなっていないのに、小説だけならともかく、エッセイでも養女と書いてあるのかと少し引っかかりました。

まあそれだけなら、三耶子さんがしらないだけで実は養女だったのかとか、姫野さんが関係者から聞いた話が三耶子さんの認識していた話と違ったのかとか、いろいろ解釈が可能なのでしょうけど、「これまた、御家族の方がいまも御存命で、おしあわせにお暮らしですからあまり詳しいことは……」という含みのある文章に、オイオイと思った次第でして……。

正直にいえば、三耶子さんの自伝を読んだ直後は、こんなことまで書かなくても……と思ったのです。妹に手をつけたという兄を含めて、相手は皆一般人で反論の機会もロクにないのはフェアでないような気がしましたため。しかし、「ブラッシーの姪の作家」とプロフィール等で公表し、小説では兄弟との血縁関係を否定する形でモデルにするような有名作家が身内にいる場合は別かなあと思います。

>『ハルカ』の舞台となった滋賀県や大阪

これは三耶子さんのお父さんの仕事の都合で、夫婦で関西を転々としていたためかもしれません。子どもたちはずっと佐世保に住んでいて別居。

>できるだけ家からの援助を受けたくなくて、わたしは殿村興産でアルバイトを
>はじめたのです

三耶子さんの自伝では、日本にいるときには家族とうまくいっていなかったわけではなく、親には大学進学を強く進められたけど、服飾デザイナーになりたいという夢があったから就職した、ということになっています。
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2011年01月18日(火) 00:21 |  URL |  【コメント編集】

●連投失礼・『ハルカ・エイティ』魚住藤子の記述データ

魚住藤子~奈良の実家に母と年の離れた二人の兄の家族。父ともう一人の兄をつづけて亡くし、残った家族とは微妙な関係らしい<できるだけ家からの援助を受けたくなくて、わたしは殿村興産でアルバイトをはじめたのです>。そのせいもあり、父親ほど年の違う小野大介と文通し交流を深める。
<ふたりが結婚するというのなら、実父をはやくに亡くした藤子の継父として、アメリカ人のヴァイトマン・レスラー(ママ)との結婚に猛反対している藤子の実母とふたりの兄を説得する役をつとめてやろうと思ったのだと、大介はハルカに語った。>
↑はヴァイトマン・シャークがハルカの家に乗り込んできたときの記述ですが、このときですら、妻の小野ハルカは<養女>の藤子とはまだ対面したことがありません。小説のなかでも魚住藤子は最後まで一度も登場しないので、ひょっとしたら小野ハルカと藤子は結局顔を合わせたことはなかったかもしれません(ただし藤子の大介宛の手紙の記述からひととなりが分かる仕組み)。
discussao |  2011年01月15日(土) 23:37 |  URL |  【コメント編集】

>身内美化のドリーミング小説

↑たぶん『ハルカ・エイティ』のこと言ってるんだよね?まぁトンでもない一行知識さんがこの先読むこともないであろう本の情報を出した私がいけないんでしょう。
で、この件に関して『ハルカ・エイティ』の記述と比べると、藤子の実家というのは別にあって、それと『ハルカ・エイティ』の一家とは関係ないようです。私のほうも三耶子さんの自伝を読んでいないので、そのへんの詳しい事情は知らないのですが、<ずっと佐世保にいたかった母>という記述と『ハルカ』の舞台となった滋賀県や大阪(モデルとなった現実も同地域)とはあまりに遠すぎて、三耶子さんの自伝の「実家」と『ハルカ』の「実家」とは異なっていると判断しました。おそらくそういった「実家」との対立もあって『ハルカ』一家の養女となったのでは?と想像されます。
最初の私の説明が(伯父の養女)みたいな簡略なことをしなければよかったのかも知れませんが、説明するとくどくなるし、それは私の説明下手もあろうけれど、むしろこの小説の人間関係が複雑だからどだい無理、という側面もあります。ちなみに、「身内美化」もされてるんでしょうけれど、『ハルカ』一家、夫妻ともども浮気しまくる話なので(しかしポジティヴに終わる)、たぶんトンでもない一行知識さんが思い描いているようなイメージとも大分ちがう話と思われます。
discussao |  2011年01月15日(土) 21:30 |  URL |  【コメント編集】

>shimojo さん
遠藤幸吉さんとは? と思ってググる→ああ『空手バカ一代』に登場していたあの人のモデルか→さらにあちこち見にいって、なかなか戻ってこれなくなる、という経緯をたどってしまったわけですが。^^;

http://blogs.masoyama.net/?eid=3
http://mimizun.com/log/2ch/budou/1152319644/

フィクションに登場するモデルと実像との対応とかギャップとか、いろいろ難しいものだなあと思いました。

>小説的には、見た目詐欺師っぽいけど、実は……という人物像が欲しかった
>のでしょうか。

身内美化のドリーミング小説[*]には、そちらの方がハマりそうだなと思います。

[*] 読んでもいないのにこういう悪口を書くのはよくないのは承知ですが、まあご本人も「これまた、御家族の方がいまも御存命で、おしあわせにお暮らしですからあまり詳しいことは……」なんていっているくらいですし。
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2011年01月15日(土) 16:11 |  URL |  【コメント編集】

亀レスで申し訳ない。
><トニー谷をでっぷりと太らせたようなチョビ髭>
というと、日本プロレスの面子の中では遠藤幸吉を連想します。
小説的には、見た目詐欺師っぽいけど、実は……という人物像が欲しかったのでしょうか。
shimojo |  2011年01月12日(水) 18:36 |  URL |  【コメント編集】

●まあ三耶子さんの本に書かれている一方的な (?) 言い分ですが

これですか、うーむ……。

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:V34aK4D2t4wJ:only5.himenoshiki.com/%3Fpage%3D1%26month%3D200912
>《質問⑤》
>  作中でてくるハルカさんの親戚になったプロレスラーは、以前姫野さんが角川
>文庫『ほんとに〃いい〃と思ってる?』で書いていたのと同一人物ですか?
> (A)
> うーむ、これまた、御家族の方がいまも御存命で、おしあわせにお暮らしです
>からあまり詳しいことは……。あのレスラーはあくまでシャークですので。ブラッ
>シーじゃなくて(笑)
>
>  以前、「姫野カオルコプロフィール」として、「ブラッシーの姪の作家」と書いて
>あって笑ってしまいましたけど……。話はちょっとそれますが、なにかに寄稿し
>て、本文はゲラで校正しますが、プロフィールって本人は見ないことがよくあるの
>で、出てしまってから「ありま」と思うことがよくあるんですよ。このときも、プロフィ
>ールを作成された方は、プロレスファンだったのか、よほどブラッシーと私の縁が
>印象的だったのでしょうね。

三耶子さんの自伝によると、ブラッシーが彼女の「実家に挨拶に乗り込む」ということはなく、ブラッシーの離婚成立のしらせと同封されていた航空券を受けて、三耶子さんが単独で渡米、あちらで結婚式というようで。

日本興業のとき帰国した三耶子さんは両親や兄に責められ、それでも彼らとブラッシーといっしょに食事などして気持ちがほぐれたかなあと思っていたら、義兄(姉の夫)のせいでブラッシー夫妻と姉兄一同とは冷えきった関係になってしまったとのことです。

原因は、渡米前の一人暮らしの三耶子さんのところに結婚を思いとどまるように義兄が説得に→三耶子さんが翻意しないとなると大使館にチクって渡米できなくしてやるぞと脅して肉体関係を強要→結婚後もアメリカの家にイヤらしい手紙を出す→姉に言いつけると反撃したら、兄弟たちに三耶子さんに関係を強要されたという話を吹き込む→母の葬儀で自分が悪者にされたことをしって反論しようとするも姉が静止という話だそうです。

三耶子さんは誰も自分に確かめようとしてくれなかったと嘆いていますが、仮に誘惑したのが彼女だとしても、一服もられたわけでもなく妻の妹に手を出したのは義兄の方だし、この上その人が強姦犯かもと追及するのは怖かったのではないかと。

ちなみに自伝の中では長兄の人も、ずっと佐世保にいたかった母を世間体のために無理に自分の地元の病院にいれたちょっとヒドい人ということになっています。
トンデモない一行知識 |  2011年01月09日(日) 19:42 |  URL |  【コメント編集】

●件の「日本人女性」

件の「日本人女性」のことは小説家姫野カオルコがエッセイ『ほんとに「いい」と思ってる?』や小説『ハルカ・エイティ』に記してます。『ほんとに「いい」……』の記述によると彼女は姫野カオルコにとって「いとこ」(伯父の養女)にあたるそうです。
『ハルカ・エイティ』はフィクションですが、姫野の伯母の実人生に基づいた物語で、<藤子を見初めたヴァイトマン・シャークが藤子の実家に挨拶に乗り込んでくる>エピソードも詳しく書かれています。ヴァイトマン・シャークのモデルがフレッド・ブラッシーで、藤子が三耶子ブラッシーということになります。
それで、『ハルカ・エイティ』の<シャーク、藤子の実家に挨拶に乗り込むの段>には、通訳としてドン=殿村という興行師がシャークに付き添っていて、役回りとしては唐沢記すところの<八方手をつくし>たジョー樋口に近い存在です。ただし、風貌は<トニー谷をでっぷりと太らせたようなチョビ髭>とありジョー樋口本人とは異なるし、プロレス専門の興行師というわけでもない。小説の設定では、ドン=殿村の会社の事務をしていた藤子をドンの友人の「伯父」が養女にして、シャークの国際結婚をスムーズにするという段取りです。それでも、「泣いた赤鬼ですよ、リングの外でこんなにやさしい男はいませんよ」とシャークを持ち上げるドン=殿村が<反対する京子夫人の両親を説得したジョーさん>に重ならない理由はないのだけれど。
discussao |  2011年01月09日(日) 15:06 |  URL |  【コメント編集】

>NNT さん

>それに、今更フェイクだとか

唐沢俊一は、「口角泡を飛ばしてカミついてくるような、そんなシャレのわからなさ」とか「“王様は裸だ”とわめきだすような、KYなガキはアッチいけ、」とか書いていますが、そもそもプロレスって、70 年代あたりでもう、八百長だの筋書きのあるドラマだのという外野からのツッコミも、それこそ「お約束」みたいなもので、それを受け流すなり、「口角泡を飛ばしてカミつ」くなりして楽しむものだと思っていました。

唐沢俊一の今回の文章だと、何か疑問を口に出されてしまうだけで壊れてしまいそうな世界をオトナw は必死で守っていた、だから「“王様は裸だ”とわめきだ」されると困るみたいにもとれますが、そんなヤワな世界でもなかったような、と思います。
トンデモない一行知識 |  2011年01月09日(日) 10:36 |  URL |  【コメント編集】

●方舟

近年は興行を観に行ってませんが、この10年、全日分裂からプロレスリングノアの事は気になっていました。
スターの小橋の入院や地上波放送中止に始まり、象徴だった三沢がいなくなってしまって、
その上、GHC管理委員長のジョーさんまでも…。

プロレスはプロレスであって、怪獣映画よりよっぽど歴史はあるのですけど。
それに、今更フェイクだとか、ミスター高橋の暴露本や『ビヨンド・ザ・マット』って映画が公開されて何年経ってると思ってるんでしょうねぇ。
NNT |  2011年01月09日(日) 00:34 |  URL |  【コメント編集】

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