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2009.04.01 (Wed)

踏み台を履かせろよというのは雪舟というより殺生な話

裏モノ日記 2004年 04月 06日(火曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20040406000000.html

 で、映画上映開始。以下、ネタバレも含むので、読みたくない人はまるまる
一段、飛ばして読むように(行あけをせずに固めて書く)。まず、上映時間2
時間21分。イマフウのコトバで言うなら“長っ!”。いや、長いだけならいい。
それを最初から最後まで、プロモーションビデオ用映像なみのビジュアルで
えんえんつなげているのである。ああいう作り込んだ映像というのは短時間
だから人目も引くし効果もあるのであって、2時間半、エンエン見せられたら
誰であっても“もういいよ”になる。ことに心証シーンと現実のシーンを入れ込
みにして描いた、東鉄也の葬儀のシーンは、鉄也が自分の棺の中の自分の
死体を立って眺めているという不条理な場面で、これは単なるイメージなの
かと思えば、キャシャーンとなった鉄也が後にその葬儀のシーンを思い浮か
べる回想シーンがあるから、実際に鉄也はその葬儀を見ていたということに
なり、ではこのドラマの中では心霊というものは存在するのか、それなら死を
あんなに悲痛なものに描く必要もないではないか、と思い、どう判断していい
かわからぬ場面の連続に、ひょっとしてこの監督は映像さえ美しく撮れれば、
話のつながりはあまり重視しないのか、と、上映時間の残りの長さを考えて
憂鬱となる。まあ、監督の出がビジュアル畑なのだから、映像に全てを語らせ
るという方針ならそれもアリか、とムリに納得しようと思えば、登場人物共が
後半あたり、能書きをもう、垂れる垂れる。戦争の悲惨さを語り国家の理念を
語り生きることの平等を語り、殺すことのつらさを語り愛することの大事さを語
り、人を許すことの尊さを語りアレを語りコレを語り。それがまた、中学生が聞
いたってハナでフンと嗤うくらい青臭い台詞ばかり。ガンダムだってもう少し重
みのある台詞がありましたぜ、ねえ。イラク派兵にカミさんの宇多田ヒカルが
反対声明を出していたせいか、虐げられた者たちの反乱をイラク民衆に重ね
あわせたいらしく、で、あれば映画の主眼は当然主役のキャシャーン/東鉄也
でなく唐沢寿明のブライキングボスにならざるを得ず、おかげでタイトルロール
にも関わらずキャシャーンの影の薄いこと薄いこと。国に騙され親父に騙され、
さんざバカをさらす役回りになった挙げ句、ラストの出撃が全くの役立たずに
終わるなど、なんのためにアンタこの映画に出てきたの、と言いたくなる。で、
またそのブライキングボスを、ロボットでなく培養液から生まれた人工人間と
いう設定にしてしまったものだから、そんな生身の身体の持ち主が鋼鉄のロ
ボット軍団を素手で叩きつぶすほどの力を持つキャシャーンと互角以上に戦え
るのはいったいどうしてかいなと疑問に思い(大体において唐沢寿明はこうい
う役にはミスキャストで、第一自分を生み出した東博士役の寺尾聰より背が
低いのが、対峙したときに絵として台無しである。セッシュウくらい履かせろ
よ、と思った)、そもそもそんな力を持った連中が何故に、最初はただ人間の
追っ手から逃げまどうだけなのだ、と首をひねり、逃げ込んだ山奥になんで
あんな設備も何も全て整ったロボット工場がお誂えにあるんだ、と御都合主義
に呆れ、それが彼らが迷い込んだとたんにシステムが何故か動き出してロボッ
トが再び生産され出し(材料は? 燃料は?)大兵団となる、なんて展開にアホ
らしくて失笑さえ出る。

http://s04.megalodon.jp/2009-0309-0159-04/www.tobunken.com/diary/diary20040406000000.html

×心証シーン ○心象シーン

何か唐沢俊一検証blogさんのところの「パクー空間にひきずりこめ~」を読んで、そう
いえばこういうのもあったなあと思い出したので。ギャバンじゃなくてキャシャーンだけど。

2ちゃんねるのスレでも指摘があったように (Read More 参照)、「セッシュウは『俳優を
台にのせてかさ上げする』という意味。しかし、唐沢俊一のいう「セッシュウくらい履かせ
ろよ」のような用例は見あたらなかった。「下駄を履かせる」と混じってしまったのだろう
多分。

http://ja.wikipedia.org/wiki/セッシュ
>セッシュまたはセッシュウとは映画やテレビドラマにおいて身長差のある俳優同士の
>2ショットや顔のアップを撮影の際、構図上のバランスをよくするために背の低い俳優
>を踏み台に立たせることを指す撮影用語。
>俳優を踏み台に立たせて構図を調整すること自体は古くから行われていたが、アメリ
>カでこれを「セッシュウ」と呼んでいることが日本をはじめ世界に伝わり広まった。
>由来はハリウッドで活躍した日本人俳優早川雪洲の「雪州」から。アメリカ人俳優と比
>較して身長の低い早川だが、二枚目を演じなければいけないため「セッシュウが低い
>から彼を踏み台に立たせてくれ」という指示が次第に省略され最後には「セッシュウ」
>と一言になった。
>狭義では「俳優を台にのせてかさ上げする」の意味で「彼(または彼女)をセッシュウし
>て」となるが、本質的には「被写体をかさ上げする」であることから「手前の花瓶をセッ
>シュウして」など、実際には人物に限らず使用されている。


それと、「ガンダムだってもう少し重みのある台詞がありましたぜ、ねえ。」とか、どさくさ
にまぎれて、ガンダムのことも馬鹿にしているような。でも、5 年後の今は、「『機動戦士
ガンダム ジ オリジン 画集 』の解説を唐沢俊一が担当?」という話もあったりする。


それにしても、個人的に一番トンデモないと思うのは、「ではこのドラマの中では心霊と
いうものは存在するのか、それなら死をあんなに悲痛なものに描く必要もないではない
か」というあたりなんだけど。

自分で自分の葬儀のシーンを目撃するなんて、この作品世界では幽体離脱もアリなの
かよっという突っ込みはまあよい――自分はこの映画を観ていない (←おい) ので、本当
に作品の内容に沿ったものかどうかはわからないけど――として、「心霊というもの」が
存在している (かもしれない) という設定だったら最後、「死をあんなに悲痛なものに描く
必要もないではないか」といわれても……。

幽霊が生きている人間とあまり変わらない様子で、ニコニコと生者と接するような能天気
ホラーコメディーとかをのぞけば、心霊の存在する作品世界の中にも、悲痛な死はいくら
でも転がっていると思うが。むしろ、死がテーマになることが多い分、悲惨な死の登場する
機会は心霊抜きの作品よりも多くなるくらいで。

ハリー・ポッターなんて、寮に出没する幽霊と仲良く会話したりする作品世界だけど、
結構悲痛な死は登場してきているぞ。セドリックとか。



More...

http://www.23ch.info/test/read.cgi/books/1236258849/
-------
572 :無名草子さん:2009/03/08(日) 21:46:22
312 ( ・∀・)つ〃∩ヘェーヘェーヘェー 投稿日:04/04/10 23:01
キャシャーンのレビューは良かったな。
唐沢さんのような映画の見方は疲れるとは思うが。

575 :無名草子さん:2009/03/08(日) 22:01:47
>>572
http://www.tobunken.com/diary/diary20040406000000.html
を読む方が偉く疲れる気が。
「心証シーン」てのは「心象シーン」の間違いかな。

577 :無名草子さん:2009/03/08(日) 22:12:01
>>575
>ガンダムだってもう少し重みのある台詞がありましたぜ、ねえ。

キャシャーンをバカにしつつ、ガンダムもバカにするという高等テクニックw

579 :無名草子さん:2009/03/08(日) 22:15:23
>(大体において唐沢寿明はこういう役にはミスキャストで、
>第一自分を生み出した東博士役の寺尾聰より背が低いのが、
>対峙したときに絵として台無しである。セッシュウくらい履かせろよ、と思った)

セッシュウは「俳優を台にのせてかさ上げする」という意味だよね。
「セッシュウくらい履かせろ」って、その台の事を言っているのかな?

584 :無名草子さん:2009/03/08(日) 22:25:13
>>579
下駄を履かせるとイイ具合に混じっているのでは。

588 :無名草子さん:2009/03/08(日) 22:42:52
セッシュするってキスシーンでもないのに?
そんなことしたらかえって不自然だろがよ。

-------
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Comment

●プブリウス・セプティミウス・ゲタ はローマ帝国の皇帝 (←本文に関係なし)

>「後ろの箱セッシュウして」

動詞のように使うならば、やっぱり「セッシュウする」ですよね。

http://www.sorekika.com/dame.jsp?idx=264
>同じく撮影の技法で「イントレする」というのがある。テレビ業界でも使われる言葉のよう
>だが、これは櫓を組んで高い位置にカメラを備えて撮影することである。デビッド・ワー
>ク・グリフィスが1916年に撮った「イントレランス」で、この技法が多用されたことからそう
>呼ぶようで、櫓そのものも「イントレ」と呼ばれる。
>「セッシュウする」というのはもっと有名だろう。これは背の低い俳優を高く見せるため踏
>み台に乗せて撮影することで、サイレント時代の日本人ハリウッド・スター早川雪洲の身
>長を他の西洋人俳優に揃えるためこの方法が使われたことにちなんでいる。こちらもやは
>り踏み台そのものを「セッシュウ」と呼んだりする。

本文を書いたときは、「下駄を履かせる」に引っ張られて「セッシュウを履かせる」と相成ったのかなと思っていましたが、「踏み台」ではなく本当に「下駄」のようなものを撮影現場で履かせると勘違いしていたとか……いや、さすがにそれはないですか。
トンデモない一行知識 |  2009年04月02日(木) 02:27 |  URL |  【コメント編集】

「セッシュウ」という言葉は撮影現場では、ごく普通に使います。人間だけでなく、商品撮影でも。パッケージを三つ四つ並べて撮るとき、後ろの商品が見にくいときなんか、「後ろの箱セッシュウして」とかね。セッシュウを履かせるなんて言い回しは業界に30年以上いますが、聞いたことがない。
藤岡真 |  2009年04月01日(水) 07:44 |  URL |  【コメント編集】

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