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2010.12.21 (Tue)

似ているようで違う ―― カリギュラとぐりとぐらと小栗

http://www.tobunken.com/news/news20101219114940.html

イベント
2010年12月19日投稿
見せまくった男 【訃報 ボブ・グッチョーネ】
〈略〉
“カリギュラ効果”という言葉があって、“見ちゃダメ”と言われたりすると
さほど見たくなかったものでも見たくなってしまう心理を言う。
“青髯効果”とでも名付ければいいと思う(ウラシマ効果、では
意味が違ってしまう)のだが、カリギュラ効果と言われているのは、
マルコム・マクダウェル主演の映画『カリギュラ』(1980)が
ポルノ指定されて、アメリカの映画館各館で上映が禁止され、その
ために上映されている館に人々が殺到し、大ヒットとなった
という事例があるためだという。

その『カリギュラ』の製作者であり、マクダウェルの他にピーター・
オトゥールやジョン・ギールグッドなどの英国の名優を出演させた
ゴア・ヴィダル脚本の重厚な史劇にポルノシーンをどんどんつぎ足して、
陳腐なハードコア・ポルノ映画にしてしまい、しかし結果として
普段なら史劇など見もしない大衆を映画館に殺到させた商売人が
ボブ・グッチョーネ。
雑誌『ペントハウス』の創刊者である。

ヒュー・ヘフナーが作った『プレイボーイ』誌創刊が1957年。
後にライバルとなる『ペントハウス』をボブ・グッチョーネが留学先の
イギリスで創刊させたのが1965年(4年後にアメリカに移る)。
この両誌の違いというと“ヘアの中身”が見えるかどうか、であり、
ヘアは見せてもその奥は見せないプレイボーイ、その奥まで見せちゃう
ペントハウス、として認知されている。まあ、日本人にとっては
どっちにしろ無惨に真っ黒く塗りつぶされてしまっているので
当時は違いがよくわからなかったわけだが。
そして、1974年にはさらに過激に性器を露出させた『ハスラー』誌
が創刊され、これが男性雑誌の代表になる。

ヒュー・ヘフナーは1966年のプレイメイト・オブ・ザ・イヤーだった
ジョー・コリンズを軍用ヘリコプターに乗せて最前線の兵士の慰問に
向わせた。この逸話は後にコッポラが『地獄の黙示録』に取り入れたが、
実はこの戦争末期で、『ペントハウス』は『プレイボーイ』に圧倒的に
発行部数で差をつける。70年代に入って女性器への修正を一気にゆるめた
のがその勝因だった。それにはアメリカにおけるウーマンリブ運動の衰退
も拍車をかけたかもしれない。

とはいえ、この世は栄枯盛衰。やがて『ペントハウス』は性器そのものを
大胆に接写した『ハスラー』誌に男性誌の王者の座を奪われる。
最高の女性を自分の隣に“成功の証明”として置く、というヘフナーが開拓し
グッチョーネが後を継いだ価値観を、『ハスラー』発行者のラリー・フリント
が“要は「やれる」ことだ”とミもフタもない徹底した大衆路線で打ち破った
のである。エロの歴史はそのまま大衆化の歴史でもあった。

……しかし、『ハスラー』誌の栄華も長くは続かなかった。
より過激さを、過激さをと追求していって、すぐに行き詰まってしまった
のである。このエロ業界の行き詰まりは、日本でも80年代にパラレルに
起った。ヘアヌード全盛時の某出版社の、やたけたに金をかけた忘年会に、
冒頭で名前を出した立川談志がゲストで招かれ、こう挨拶した。
「……ここまで見せて、あとはどうすンのかね? え? 内臓でも見せるの?」
そう、エロ資源というのは、すぐに枯渇してしまうのである。
ヘアヌードバブルが崩壊したのはこのパーティの翌年くらいだった。

結局、グッチョーネたちは、性描写開放運動の先端に立って権力と戦って
いながら、権力による規制こそ彼らの立場を際立たせ、また彼らの出版物
を買わせていた、という事実に気がついていなかった、または気がついても
どうにもできなかった、と言えると思う。“カリギュラ効果”の、
「“見ちゃダメ”と言われると見たくなる」
効果は、見ちゃダメという人がいてこそ発揮されるのである。

男性のエロ本能で稼ぎに稼ぎ、ホテル、カジノから、一時は独自の
原子力プラントまで所持しようかというイキオイだった(さすがに実現しなかった)
グッチョーネ帝国も投資の失敗でほとんど壊滅。『ペントハウス』誌の
売り上げもピーク時の10分の1に落ち込んでいるという現状を、
彼自身はどう見ていたのだろうか。
10月21日、79歳で死去。数年前から肺ガンを患っていた。
R.I.P.

http://megalodon.jp/2010-1220-0008-05/www.tobunken.com/news/news20101219114940.html

「性描写開放運動」って、「性描写解放運動」の間違いでは (ここも参照) というのは、
おいといて。

まず、「エロ業界の行き詰まりは、日本でも80年代にパラレルに起った」ことを示す話
として、「ヘアヌード全盛時の某出版社の、やたけたに金をかけた忘年会」で、「あとは
どうすンのかね? え? 内臓でも見せるの?」という会話があったとか書いている件に
ついて。

(http://www.weblio.jp/content/やたけた によると、「やたかた」とは「むやみ、やたら、
投げやり、やぶれかぶれ、自暴自棄、無謀、無思慮、やけくそ」という意味だそうだが、
どうしてここに唐突に大阪弁が挿入されているのかは謎)。

2ちゃんねるのスレでも突っ込まれていた (Read More 参照) けど、「ヘアヌード」が
「エロ業界の行き詰まり」だったとするならば、「80年代」ではなくて「90年代」と書く
べきだったよねえ、ということで。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ヘアヌード
>こうした状況が一気に変わったのが篠山紀信撮影の樋口可南子写真集「ウォーター
>フルーツ」(1991年2月)である。この写真集では数枚の写真に陰毛が写っていたが、
>警視庁では摘発を行わなかった。関連業界ではこれを先例と捉えて陰毛の写った写
>真集を次々と出版し始め、なし崩し的に事実上の「ヘア解禁」状態に至ることとなっ
>た。同年秋には当時のトップアイドル・宮沢りえが写真集『Santa Fe』で突然のヘア
>ヌードを発表、これらによって一挙にヘアヌード写真集ブームが巻き起こったのである。


「ヘアヌードバブルが崩壊したのはこのパーティの翌年くらい」と、「80年代」に「ヘア
ヌードバブルが崩壊」したことにしているのは、バブルに (も) 弱い唐沢俊一らしい

2ちゃんねるには、金のかかった忘年会とは、「『ナイタイ』の忘年会のことじゃないか
な?」、「団鬼六とか談志師匠とかやたら来ていた」という情報も書き込まれていたが
(Read More 参照)、これが本当に 1997 年のことかどうかはわからなかった (ゴメン)。
しかし、菅野美穂のヘアヌードが出た「1997年頃」のことだとすると、辻褄があうのは
確か。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ヘアヌード
>1997年頃には菅野美穂らのヘアヌードによって再びヘアに注目が集まり、第2次ヘア
>ヌードブームとも言うべきムーブメントが到来した。しかし一方で多くの著名人はかつ
>ての「話題づくり」の横行によって生まれた落ちぶれイメージからヘアヌードを敬遠す
>るようになり、また1999年施行の児童ポルノ法によって未成年モデルのヌードが事実
>上禁止されたことなどから話題性のあるモデルの調達が困難となり売り上げが激減、
>1990年代末ごろまでには完全に沈静化した。


唐沢俊一の書いている「権力による規制こそ彼らの立場を際立たせ、また彼らの出版
物を買わせていた、という事実」とはまるで逆の話で、「権力による規制」 (児童ポルノ
法) により息の根をとめられた例であったということもできる。


さらに、唐沢俊一は、「『ペントハウス』は『プレイボーイ』に圧倒的に発行部数で差を
つける」ことになった――この「圧倒的に」というのは裏が取れなかったのだけれども――
その理由として、「70年代に入って女性器への修正を一気にゆるめたのがその勝因だ
った。それにはアメリカにおけるウーマンリブ運動の衰退も拍車をかけたかもしれない」
とか書いている。

唐沢俊一の文章だけ読むと、1960 年代に盛んだったウーマンリブ運動が、1970 年代
になって衰退したということになるみたいだけど……ここでも微妙に時空が歪んでいる
模様である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ウーマンリブ運動
>ウーマンリブ運動 (-うんどう)とは、1970年代初頭にアメリカ合衆国や日本などの
>先進国で起こった女性解放運動である。
〈略〉
>そしてベトナム戦争の反戦運動と共に、男社会に対する不満を抱えた女性たちに
>よるウーマンリブ運動がアメリカ中を圧巻した。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ベトナム戦争
>宣戦布告なき戦争であるため、ベトナム戦争がいつ開始されたかについては諸説
>あり、ベトナム人同士の統一戦争という観点からは、南ベトナム解放民族戦線が南
>ベトナム政府軍に対する武力攻撃を開始した1960年12月という説が一般的である
>が、アメリカ合衆国と北ベトナムの戦争という観点からは1965年2月7日の北爆を開
>戦とする説もある。1975年4月30日のサイゴン陥落時が終戦である。


もしかして、唐沢俊一には、女性解放運動というものは常にエロの規制を推進するもの
という確固たる先入観があって、そのため強引にウーマンリブ運動はその頃 (1970 年
初頭) には衰退していたということにしてしまったのでは。


それから、「まあ、日本人にとってはどっちにしろ無惨に真っ黒く塗りつぶされてしまって
いるので当時は違いがよくわからなかったわけだが」と唐沢俊一のいう『プレイボーイ』
と『ペントハウス』の違いについて。

http://blogs.yahoo.co.jp/xoxdunubxox/14433723.html
>▼ 米国の男性雑誌として有名なものにプレイボーイ誌とペントハウス誌がある。
>その昔は輸入雑誌として日本に入ってきて自分もお世話になったものだ。
> しかしその当時から自分には2誌の違いが理解できなかった。後発のペントハウス
>の方がプレイボーイに比べてより過激であるとは評されていたが・・・。

>▼ つい先日ケーブルTVのヒストリーチャンネルでこの男性雑誌の特集を見た。
>そこで大いなるトリビアに襲われた。この2誌には厳然たる違いがあったのだ。

>  その発見はペントハウス誌の社長の言葉からである。
>「プレイボーイのモデルはバービー人形だ。読者はもっと生身の女性を求めている」

>バービー人形って・・? もしかしてあの部分がバービー人形的処理・・?
>で、ペントハウスは違うのかw。
>つまりプレーボーイ誌のモデルはきれいに処理されてあり、ペントハウス誌のモデル
>はある程度あるんだな。そして日本に来る雑誌は両誌ともマジックインクで塗りつぶ
>されていたので分からなかったんだ。

>▼ こういう雑誌はベトナム戦争に従軍している兵士に重用されたらしい、その兵士
>達はバービーより生身の女性の方がニーズも高かったんだろうな、分かる。


「ヘアは見せてもその奥は見せないプレイボーイ、その奥まで見せちゃうペントハウス」
で終われば何かわかった気になって終われたのだけど、唐沢俊一は、「1974年には
さらに過激に性器を露出させた『ハスラー』誌」、「やがて『ペントハウス』は性器そのも
のを大胆に接写した『ハスラー』誌に男性誌の王者の座を奪われる」と『ハスラー』の
話も混ぜてきているので、では『ペントハウス』と『ハスラー』の違いは……と考えはじ
めると、またよくわからなくなってくる。「奥まで見せちゃう」より、どうスゴくなれるのか、
というか。

だいたい、タイトルに「見せまくった男 【訃報 ボブ・グッチョーネ】」とかつけておいて、
見せまくりという点では『ハスラー』のラリー・フリントの方が上手だったと書いてしまって
は、ピントがボケるばかりじゃないか、という問題もある。

で、どうも、「奥まで見せちゃう」の「女性器のモロ出し」でも、女性単体のヌードだから
『ペントハウス』は『プレイボーイ』同様に「ソフトコア」に分類されがちで、『ハスラー』
は「大人の玩具の使用」や男女の絡みもあるから「ハードコア」になるらしい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/PLAYBOY
>プレイボーイの「趣味のよい」「質の高い」ヌード写真は、プレイボーイのライバル誌で
>ある『ペントハウス』とともに、1970年代から創刊された「ハードコア」なポルノ雑誌に
>対して「ソフトコア」と分類されることもある。
〈略〉
>『プレイボーイ』で過去に最も売れたのは1972年11月号で、716万1561冊を記録し
>た。また、この号に含まれていたレナ・ショブロムのヌード写真はその一部がスキャン
>されて画像圧縮アルゴリズムの評価用テスト・イメージとして標準的に使用されるよ
>うになった。この画像は同分野において単に「レナ」として知られている。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ハスラー_(男性誌)
>『ハスラー』 (Hustler) は、男性をターゲットとするアメリカ合衆国の月刊ポルノ雑誌。
>ラリー・フリントによって1974年7月に創刊された。これは彼の経営するストリップクラ
>ブの安価な宣伝媒体であった「ハスラー・ニュースレター」と「ハスラー・フォー・トゥデ
>イズ・マン」を発展させたものである。雑誌は不安定なスタートからピーク時にはおよ
>そ300万部にまで部数を伸ばした。(現在の部数は50万部以下である。)
>『ハスラー』は、当時のアメリカ合衆国の他の人気雑誌(例えば比較的慎ましい
>『PLAYBOY』誌等)に比べ、非常に露骨に女性器を掲載することにより、1970年代
>前半にあったタブーを打ち破った最初のメジャーな男性誌の一つだった。現在でも
>『ハスラー』は『PLAYBOY』誌や『ペントハウス』誌のような有名なライバル誌より性
>的に露骨であるとみなされており、しばしばハードコアテーマ(例えば大人の玩具の
>使用、挿入、グループセックス)を扱っている。


http://slashdot.jp/article.pl?sid=03/08/15/078206
>Futaro 曰く、 "asahi.comの記事によりますと、米国の雑誌 『PENTHOUSE』の発行
>元であるGeneral Media社がChapter 11を申請して破産とのこと。インターネットの普
>及で同誌の扱う種類の画像 (言わなくてもわかるよね) が簡単に手に入るようになっ
>たため、同誌は5年間で半分程に発行部数が落ちていた。
〈略〉
>じゃあ、何故プレイボーイ誌やハスラー誌は生き残ってるのか。
〈略〉
>米国の写真のモデルとカメラマンのコミュニケーションサイトで、ヌード撮影での条件
>区別に
>1. Playboy style
>2. Penthouse style
>3. Husler style
>というのがあります。そういう意味で、Penthouseは中途半端だったのかもね。
〈略〉
> playboy style : 芸術風のヌード。女性から見ても嫌らしさがなく、「こんな風に私も
> 撮って貰いたい」と思わせる上品な雰囲気。
> pentahouse style : 女性器のモロ出しのポルノチックなエロヌード。但し、女性単体。
> hustler style : 男女の絡みのエロヌード、というか結合部丸出しのポルノ写真。


まあ現在の http://www.pentohouse.com/ は Husler style の画像で埋められている
のだが、http://penthouse.com/go/page/bob_guccione_retrospective.html (サイト内
の Bob Guccione 追悼ページ) を見ると、昔はなるほど Penthouse style だったのだと
わかる。

唐沢俊一が「この戦争末期で、『ペントハウス』は『プレイボーイ』に圧倒的に発行部数
で差をつける。70年代に入って女性器への修正を一気にゆるめたのがその勝因」とか
書いているのにかかわらず、上に引用した Wikipedia の記述では、「『プレイボーイ』
で過去に最も売れたのは1972年11月号で、716万1561冊を記録」となっていること、
唐沢俊一いうところの「男性誌の王者の座」を『ペントハウス』から奪った『ハスラー』
は「ピーク時にはおよそ300万部」と、『プレイボーイ』に比べると小粒っぽいところも
注目に値するかも。

それと、唐沢俊一の主張する「より過激さを、過激さをと追求していって、すぐに行き詰
まってしまった」『ハスラー』よりも、実は『ペントハウス』の方が部数の落ち込みが酷く
て、2003 年の時点で一度破産という話の方も。当時の朝日の記事には、唐沢俊一の
書いている「投資の失敗」が原因だとかいう記述はいっさいなく、そこにあったのは、
「インターネットの普及でポルノ画像が簡単に入手できることもあり」という説明だった。

http://web.archive.org/web/20030815111133/http://www.asahi.com/business/update/0814/050.html
> 男性月刊誌「ペントハウス」の発行で知られる米ゼネラル・メディアが12日、連邦
>破産法11条に基づく会社更生手続きをニューヨークの連邦破産裁判所に申請した。
>インターネットの普及でポルノ画像が簡単に入手できることもあり、最近の部数は約
>50万部と、この5年間で半分程度まで低下し、ライバル「プレイボーイ」(約300万
>部)に大きく水をあけられていたという。


唐沢俊一は、「売り上げもピーク時の10分の1に落ち込んでいるという現状を、彼自身
はどう見ていたのだろうか」とか書いているが、「どう見ていたのだろうか」も何も、ボブ・
グッチョーネは 2003 年の破産のときまで CEO をやっていたのをこの年に辞任したん
だけど……という問題もある。

http://jiten.com/dicmi/docs/k14/18130s.htm
>これらの状況に押し出されたポルノ出版業界では、1968年に創刊され、一時は毎週
>14万部も売れていた雑誌「スクリュー(Screw)」が2003年10月に廃刊に追い込まれ、
>米国連邦破産法11条(チャプター・イレブン/Chapter 11 of the U.S. Bankruptcy
>Code)の適用を申請した。また「ペントハウス(Penthouse)」も約100万部から56万
>5700部まで減らし、ペントハウス・インターナショナル(Penthouse International)社の
>最高経営責任者(CEO)であったボブ・グッチョーネ(Bob Guccione)が2003年11月7日
>に辞任し、「ハスラー(Hustler)」のラリー・フリント(Larry Flynt)がオーナーを務めるラ
>リー・フリント・プロダクションズ(Larry Flynt Production)社は10年前から多角化を開
>始し、インターネットとアダルト映画業界で活躍しているが、雑誌は滅びゆく種族だと
>認めている。


唐沢俊一がインターネットの「イ」の字も出さなかったのは、「権力による規制こそ彼ら
の立場を際立たせ、また彼らの出版物を買わせていた、という事実」などとホザくのに
都合が悪かったせいではないかと。「簡単に手に入る」「同誌の扱う種類の画像」を
提供する媒体との競争に負けたということは、「権力による規制こそ彼らの立場を際立
たせ、また彼らの出版物を買わせていた、という事実」なんてものは最初からなかった
証拠になりかねないため。

そもそも「権力による規制」をやり過ごしながら、小さなパイの中で相対的に高順位を
獲得するのと、規制がない状態で新規参入の競争にもまれて相対的な順位を下げる
かもしれないけど、大きなパイをめぐって利益を求めるのと、どちらを選ぶかではない
かなあ。後者の方が当ればデカいので、堂々と億万長者ライフを満喫したいタイプの
人なら後者でいくのはむしろ当然かと。地下に潜れの唐沢俊一は前者がやたら大好き
なのはわかるけど、時空や理屈を歪ませた嘘をついてまで主張しなくてもよいだろうと
思う。



ええと、それから、唐沢俊一には「“カリギュラ効果”」の説明に使われ、「陳腐なハード
コア・ポルノ映画」で片づけられてしまっている可哀想な (?) 『カリギュラ』について。

確かに、ハードコア・ポルノ映画として見れば陳腐な作品だぞとかいう評は耳にした
覚えもあるけど……せっかく「怪作」として評判の高い作品に言及するのに、唐沢俊一
の紹介のしかたは無味乾燥に過ぎるように思う。

http://pimo.txt-nifty.com/blog/2007/09/caligola_1979_566d.html
>本作を誘惑のシネマ★★でかなり褒めていた。ある種の到達点という表現をしてい
>た。確かに到達しているがそれはハードコアの表現を一般映画に強引に挿入してい
>るだけだ。
>英語字幕なし。欲しかった。ピーター・オトゥール(「アラビアのロレンス★★★」 「冬
>のライオン★★」 「おしゃれ泥棒★★」 「ロードジム★★」)は良かった。カリギュラ
>役は「時計じかけのオレンジ★★★☆」の主役、アレックス役のマルコム・マクダウェ
>ルだた。ボブ・グッチョーネ、ぐちょっとした名前だが、この怪作を制作したのは偉い。


http://www.asahi-net.or.jp/~uz9y-ab/queerreview3.htm
>気の毒なのはマルカム・マクダウェルで、彼は「タイム・アフター・タイム」で 共演した
>メアリー・スティンバーゲンと結婚したが、その時アーカンソー州の田舎に 住む彼女
>の両親に「ポルノ男優と結婚するなどとんでもない」と猛反対に合っている。 「カリ
>ギュラ」はこのように後にも先にもトラブルがつきまとう作品で、ボブは撮影中にゴア
>・ヴィダル、ティント・ブラスを解任。ついに自分でメガホンを取るハメになるが、そのた
>め、 この作品はサイテー映画道をひた走ることとなる。
>ボブが後から取り足したシーンは、性器を丸写しにしたハード・コアのシーンがほとん
>どであり、 当然ながら日本で公開された「カリギュラ」は、完全に原版そのままでは
>ない。 政府の税関に示唆されて、輸入会社が精密に手を加えた"修正版"なのであ
>るが、 アメリカで最初に公開されたヴァージョンは凄まじかったそうだ。 ボブは、アメ
>リカの映倫にあたるアメリカ映画協会(MPA)を通さず、ニューヨークの劇場を 一部買
>い取って独占上映したのである。それより先に公開されたイタリアでは「道徳的に不
>快」 として六日間で上映中止になっていたことが話題を呼び、アメリカでも上映が中
>止される恐れ があるとの噂が広まり、映画館の前には長蛇の列ができた。どんなに
>酷評されようとも映画は客が 入りさえすれば勝てば官軍。その後、劇場を増やし、
>フランス、ドイツ、デンマークでも大ヒット。 イタリアも再上映をせざるを得なくなる。大
>衆は己れの好奇心と下半身に正直だったのだ。
>さて、この史上最大の見世物映画「カリギュラ」のどこがqueerかというとカリギュラは
>祖父帝 ティベリウス同様、両刀使いで(ローマの皇帝のほとんどがそうだったが)、
>部下とデキて いたり、臣下の結婚式で花婿のオカマを掘ったりしている。 男性観客
>をターゲットとしているため、レズ・シーンはこれでもかというくらい登場するが、 日本
>ではとにかく何もかもが霧の中~、で何が何やらサッパリだった。(別に結合部のアッ
>プ なんて見たかないけど)ああ、こりゃサイテ~。 参照:「底抜け超大作」洋泉社/劇
>場公開用パンフレット


そのとき実際に見たわけではないけど、日本での公開時には、ぼかしだらけで何が
何だかわからないと話題になっていたのは何となく覚えている。w

「アメリカ映画協会(MPA)を通さず、ニューヨークの劇場を 一部買い取って独占上映」
できるような奴でないと、「権力による規制こそ」なんてのんびりしていられないよなあ、
とも思う。どこの劇場にもかけられないようだと、いくら見たいと思ってもらえてもお客に
なってもらえないもの。


More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1291896477/
-------
538 :無名草子さん:2010/12/19(日) 16:30:49
http://www.tobunken.com/news/news20101219114940.html

> ……しかし、『ハスラー』誌の栄華も長くは続かなかった。
> より過激さを、過激さをと追求していって、すぐに行き詰まってしまった
> のである。このエロ業界の行き詰まりは、日本でも80年代にパラレルに
> 起った。ヘアヌード全盛時の某出版社の、やたけたに金をかけた忘年会に、
> 冒頭で名前を出した立川談志がゲストで招かれ、こう挨拶した。
> 「……ここまで見せて、あとはどうすンのかね? え? 内臓でも見せるの?」
> そう、エロ資源というのは、すぐに枯渇してしまうのである。
> ヘアヌードバブルが崩壊したのはこのパーティの翌年くらいだった。


「このパーティ」が何年のことか知らないけれど、80年代じゃないよね?

樋口可南子の「ウォーターフルーツ」、宮沢りえの「Santa Fe」がいずれも1991年。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Santa_Fe

> 発売当時はヘアヌード(陰毛を修正せずに写しているヌード)が日本では
> 黙認されはじめたばかりであり、発売1ヶ月前に全国紙にヌード写真の入っ
> た全面広告が掲載されたこともあって、発売前から話題を呼び、社会現象
> ともなった。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%A2%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%89

> 1980年代、末井昭編集の雑誌『写真時代』(1981年-1988年)では荒木経惟
> らによるヌードを掲載したが、時々陰毛が写っている事があり警視庁に呼び
> 出されては注意を受けていた。


テンテーの80年代の記憶はまさにパラレルワールド。


540 :無名草子さん:2010/12/19(日) 17:08:03
>>538

パーティって、「ナイタイ」の忘年会のことじゃないかな?
団鬼六とか談志師匠とかやたら来ていた記憶が。
たしか1997年くらいだったと思う。

-------

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Comment

>匿名希望の猫なんとか軒猫なんとかさん さん

本文でリンクした分には、「その昔は輸入雑誌として日本に入ってきて自分もお世話になったものだ」と書かれていますが、輸入雑誌の方は検閲されて黒マジックで塗られていて、という話だったようです。

http://happy.ap.teacup.com/wailog/111.html
>その昔、日本に輸入されたモノには修正済み(黒くマジックで塗りつぶされて
>いた)だったり持ち込もうとされた無修正モノは税関でむなしく取り上げられた
>世の男性の憧れの洋雑誌PLAYBOY

http://pantaxworld.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/yohan.html
>管理人が中学生のころ、US版「PLAYBOY」の黒くマジックを塗られている
>ところを一生懸命消そうとしていた友達がいて、灯油がよく消えると言って
>いた。そのマジックが消えた雑誌を見せてもらったが、マジックと一緒に
>肝心なところの印刷も消えていた。そんな時代もあった。いまは無修正の
>画像が見放題。ほんといい時代だ。

その他参考:
http://yaplog.jp/hamarimono/archive/311

黒マジックを消す方法の話題とかは、3、40 年前のオヤジ系週刊誌では定番ネタだった記憶はありますが、私は実物を目撃した覚えはないです。

唐沢俊一も黒マジックのネタはどこかで何回かやっていますが、リアルタイムで現物を持っていたかどうかは疑わしいような。蔵書公開ネタで実際のブツを紹介したことはないんじゃないかと思います。
トンデモない一行知識 |  2010年12月23日(木) 11:52 |  URL |  【コメント編集】

>日本人にとっては
>どっちにしろ無惨に真っ黒く塗りつぶされてしまっているので
>当時は違いがよくわからなかったわけだが。

はて?プレイボーイ(集英社の週刊でなくアメリカの)やペントハウスの日本版はボカシによる消しはないですが。米国版で性器や陰毛が写るカットは差し替えだったかと存じます。
創刊当時は違ったかも知れませんがね。
匿名希望の猫なんとか軒猫なんとかさん |  2010年12月23日(木) 08:48 |  URL |  【コメント編集】

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