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2010.12.19 (Sun)

村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 8。

村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 2。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 3。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 4。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 5。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 6。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 7。
の続き。

『村崎百郎の本』 P.225

唐沢 本当に鬼畜なことだけをひたすら言うだけだったら、十年も続きませ
んからね。鬼畜の顔を被ってでしか言えない真実、というのもあるんです。
村崎さんも自分では俺はキチガイだ鬼畜だとかいうけど、知り合って十四
年の間、彼に異常性や狂気を感じたことは、僕は一度もないですよ。ゴミ
漁りにしたって、取材ともなればあれぐらいのことをするライター、いくらで
もいますから。確かに実話系の雑誌でああいうことをやる場合の嚆矢には
なっていたと思うけど、あのゴミ漁りが彼の異常性や狂気から端を発する
ものだとはまったく思わないし、むしろ「ゴミの中から他人の人生を想像す
る」という、底辺の部分から社会を捉えていく目的があったわけだから、
やっていること自体はかなり理性的ですよ。プライバシーの侵害じゃないか
というんだったら、今のネットで人の住所を晒すようなことをしている連中の
方が、よっぽどひどいプライバシーの侵害です。変な話、狂気を打ち出そう
とする村崎百郎のスタンス自体はとても理性的だったわけ。逆に、そういう
回路を持たずに、普通の人とはちょっとズレたことをそのまんま口にして
しまう僕みたいな人間の方が、異常なんです。


事件直後には、「人の住所をネット、ことに大多数が悪意を持って見る2ちゃんねるの
ような場所にさらす行為というのは、もはや殺人幇助、いや教唆と言えるのではないか
と思います」と書いていた唐沢俊一だが (ここを参照)、『村崎百郎の本』では、「今の
ネットで人の住所を晒すようなことをしている連中の方が、よっぽどひどいプライバシー
の侵害です」と、記述はあっさりめにトーンダウン。やはり、実在する住所晒しのレスを
2ちゃんねるで発見できなかったのが大きいのかな、と。

で、以前「村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 2。」の方で、「その気になった
者が村崎の住所にたどりつくための有力な手がかりとなる情報が、他でもない、『ネット
ではプライベートがない』と嘆いている唐沢俊一のコラムに含まれている」と指摘させて
もらった件について (「プライベートがない」は唐沢俊一が書いた原文ママ)。

以下に引用する「唐沢俊一の裏の目コラム 『ウワサの噂真』」は、おたく Weekly に
掲載されたもの。「おたく評論家として注目の唐沢俊一がバイセクシャルとの情報」と
いう一行情報が『噂の眞相』に掲載されたとか書いてあるので、多分 1998 年に書か
れたものなのだろう。

http://netcity.or.jp/otakuweekly/BW1.2/column1-1.html

 「森園みるくさんと結婚して以来、毎日々々セックスばかりしているそう
で、原稿を書くヒマがないって言うんです。僕も編集者長いことやってます
が、こんな言い訳されたの初めてですね」
〈略〉
 こんな面白い話、黙っているわけにはいかん。さっそく、ロフトプラスワン
の壇上はじめ、あちこちでしゃべりまくっていたら、十日ほどして、久しぶり
に村崎百郎ご本人から電話があった。
 「唐沢さん、最近、オレが森園みるくと結婚してセックスしまくっているっ
てあっちこっちで言いふらしているそうですね」
 「え、別に僕が言いふらしているわけじゃない、業界でもうその話、もちき
りじゃないですか」
 「でも、ロフトで話したでしょう。あれ、迷惑なんですよ」
 「はあ」
 迷惑も何も、自分でいろんなところにうわさをまいておいて、勝手なヤツ
だなあ、と思ったら、
 「いいですか、オレみたいな鬼畜がちゃんと入籍なんてしているわけない
でしょう! ただの同棲ですよ、あれ」
 「・・・・・・はあ?」
 「あの女なんか、愛情をセックスの回数でしか計れない女なんで、オレ
も負けてられるか、という感じでやりまくってるだけで、ただ単に二人とも
セックスの鬼と化してるだけですよ。オレがちゃんと籍入れないと女とも
やれない良識人だなんてうわさをまかれたら困るんですよ!」
 「ああ、じゃあ、村崎と森園は単なるセックス狂であって、正式に結婚した
わけではないやりまくりなだけだ、と訂正すればいいわけですか」
 「あ、そうです。よろしくお願いします。まだまだオレも、森園の要求を上
回ってます。負けてませんよ、ふっふっふ」
 「おさかんなことですな」
 「おまけに、それだけでは鬼畜の名に傷がつくと思って、外で別の女を
ひっかけてもいるんです。そういうときに、結婚してるなんて思われたら、
むこうで引くでしょう!」
 「そういう問題ではない気がしますが、まあ、了解しました。では次の
ロフトプラスワンで、その旨、訂正して発表しておきます」


このコラムを読んだときに、あ、なるほど、結婚では NG で同棲なら OK という折り合い
のつけ方をするのか――と思ったことを覚えている。

個人的には、村崎百郎と森園みるくが熱愛 (?) とか聞いて真っ先に思ったのは、さて
村崎原作のレディコミをゲットしようということで、その次に頭に浮かんだのが、「俺が
他人を真面目に愛せない」とかいうのは単なる嘘だったのかな、それとも症状の改善
というやつなのかな、ということだったのだ。

そのときに念頭にあったのが、村崎百郎が書いた以下の文章の記憶。これは 1996 年
の発売である。

『実録!サイコさんからの手紙』 P.93 ~ P.94
> どうやら電波は、俺をなんとか発狂状態にしたいらしかった。この他にも自転車に
>乗っている最中に突然左の耳から聞こえる音が完全に消えてしまったり、気を抜いて
>駅のホームに立つと、右足が勝手に電車に飛び込もうとするなどの現象は頻繁に起
>こった。
> 症状だけ見るなら完全にキチガイなのだが、こうして冷静そうに文を書けるのは、
>俺がつねづね「自分はつねに分裂/生成をくり返している」という妄想のもとに「一秒
>前の自分でさえ、赤の他人に思えてしまう」という視点で自分のことを見ているせい
>かもしれない。たぶんこれは、現実逃避指向の入った離人症の一種なのだろう。どう
>しても自分のことが他人事のように思えてしかたがないし、自分という存在が「肉体」
>という乗り物に「搭乗している」感じがするのだ。
> そして、俺が「被害妄想」にある程度の耐性があるのも、こうして自分のことさえ
>「他人事」としてつき離して考えてしまうからなのだろう。被害妄想が膨れあがっても
>「赤の他人がそう苦しもうが俺の知ったことではない」という視点で自分を見ている
>おかげで、暴れずにすんでいるわけだ。まったく何が幸いするか分かったものでは
>ない。
> ただ、自分が自分から離れていきそうな夜はやっぱり不安だし、そういうときに寂し
>さを感じないといったら嘘になる。だから、そういう俺が、「自分が自分のからだと一つ
>になりたい」という欲望を持つのはきわめて自然の成り行きだろう。俺が他人を真面
>目に愛せない理由もそこにある。「好きな人と身も心も一つになりたい」などという欲
>望は、それ以前に「自分自身と一つになりたい」という欲望が満たされて初めて持つ
>ことが可能になる気がするからだ。


実は、村崎百郎が刺された、犯人は村崎の著書に騙されたといっているとか最初に
聞いた時点で、上に引用した文章のことも思い出したのだけど、「実践本にだまされた」
(ここを参照) というなら違うよなあ、とも思ったのだった。

で、まあ、これを刺殺の動機とかいう可能性を考えたのは自分くらいのものだと思うが、
『村崎百郎の本』には、「森園さんとの話を知ると」、「何やらシラケにも似た空気がそこ
かしこの業界人に漂っていた」というように、当時の「周囲の空気」の微妙さが表現され
ていたりする。

『村崎百郎の本』 P.16 ~ P.17
> 私事になるが我々は九七年二月、村崎にミニコミのインタビューのために会って
>降、断続的に交流していたのだが、当時の周囲の空気というものは肌で感じ取っ
>ていた。森園さんとの話を知ると「あの鬼畜が女とヨロシクやってる?」「あーあ」と
>何やらシラケにも似た空気がそこかしこの業界人に漂っていたのだ。だがそれもおか
>しな反応だ。なぜ鬼畜が女性と幸せになっていけない?「森園宅に原稿を取りに行く
>と、長髪の巨漢が掃除機かけつつ物腰柔らかく挨拶してくる」などの都市伝説にも似
>た村崎の噂が聞こえるたびに「お幸せそうで何より」と思ったものである。


「鬼畜が女性と幸せになっていけない」かどうかはわからないが、村崎百郎が自称して
いた、離人症の気があって「自分のことさえ『他人事』」、「自分が自分のからだと一つ
になりたい」欲望も満たすことができないので、「好きな人と身も心も一つになりたい」
なんて欲望を持つこともできないキチガイという設定からはハズれてしまう。以下で
京極夏彦のいっている「キチガイの自分に対して申し訳が立たない」ってのは、そういう
ことではないのだろうか。

『村崎百郎の本』 P.33
>――森園さんと一緒に暮らしていることは、割と知られていたんですけどね……。

>京極 ちゃんと入籍しているということは知られていなかったんじゃないですかね。ま
>あ、本人も「奥さんでしょ」って訊くと、「ただの性奴隷だ」とか言うから(笑)。それは
>やっぱり、そういう風に言わないと、キチガイの自分に対して申し訳が立たないってと
>ころがあるんでしょう。でも何から何までそれで押し通すと、今度は産んでくれた親に
>申し訳が立たないという。だから親にはキチガイであることを伏せて結婚報告に行く。


で、実際、「ちゃんと入籍している」かどうかは、自分も事件報道があるまで確信を持て
なかったし、ツイートの中にも、同棲だけじゃなくて結婚していたんだと驚いているような
ものがいくつかあったように記憶している。村崎百郎本人の意向もあり、結婚していたと
知っていた人も、あまり大っぴらにしないようにしていた情報ではなかったかと思う。

だから、「世田谷一家“残”殺事件というのはナイんじゃないですか唐沢俊一先生」の
エントリーを書いているときに、「奥さんの森園みるくさん」と堂々と書かれている裏モノ
日記を見て、少し驚いたわけだが……。

裏モノ日記 2001年 11月 23日 (金曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20011123000000.html

ウトウトしたあたりで電話入り、公会堂ナナメ向かいのアジアンレストラン
『モンスーン・カフェ』。K田さん、K瀬さんはじめアスペクトのスタッフ、
カメラマンで世田谷で職務質問された坂本光三郎さん、それに村崎さん
と奥さんの森園みるくさん。警察がやってきた話で当然大盛り上がりで
あり、私と村崎さんの会話、ほとんどトークライブになる。K瀬さんが何度
も吹き出していた。森園さん、ちゃんと私の日記を読んでいてくれてる
そうで驚く。

http://megalodon.jp/2010-1219-1852-36/www.tobunken.com/diary/diary20011123000000.html

他に、こういうのも……。

裏モノ日記 2005年 03月 01日 (火曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20050301000000.html

硬派な社会時評を、というような注文がアサ芸から来るとは思わなかっ
た。村崎さんとの『社会派くん』を読んでの依頼らしいが、頂いた最新号
を開くと安達さんの読切官能小説が載っており、イラストが森園みるく
さん。
「この森園さん、村崎さんの奥さんですよ」
と言ったら驚いていた。


裏モノ日記 2006年 12月 25日 (月曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20061225181304.html

そこから新大久保、恵美寿。先日、杉ちゃん&鉄平のコンサートの後で
入った店。村崎さん、森園みるくさん、オノ、K田さん、装丁のMさん。



まあ村崎百郎と森園みるくが結婚していたという情報は、刺殺事件のあった時点では、
別に極秘情報というわけではなかったから、よいようなものの……。結婚しているという
こと自体は、村崎自身が『社会派くん』の対談でいっていたりする。

http://web.archive.org/web/20071015043334/www.shakaihakun.com/data/vol069/main06.html
>村崎▲だから、多少はハメ外して、クスリなしでハイになれる状態ってのは作ってお
>いたほうがいいのよ。ひとまず身近なところから始められるドーパミン放出方法とし
>て、さっきも言った“バレない浮気”。情けないことにオレは実体験が伴わない書斎派
>の浮気主義者なんでいささか説得力に欠けるけど(笑)、とにかく自信を持って無責
>任にこれを強くお勧めしたいね(笑)。『絶対にバレない浮気マニュアル』とか作れ
>ば、マジでニーズはあると思うんだけど。

>唐沢●ニーズはある上に、競合するような類書は出てないはずだから、絶対売れる
>よね。著者として立つには相当勇気が必要になりそうだけど(笑)。

>村崎▲ああもう、そんな本、書くどころか持ってるの見つかっただけで女房に殴り倒さ
>れそう(泣)。まあ読む方もさすがに家の中じゃ読みにくいだろうから、女房に見られ
>ても大丈夫なように、カバーもリバーシブルで『上級幾何学入門』とか、全然違う本の
>装丁を裏側に付けておくんだよ(笑)。

>唐沢●どっかのエロサイトで、人が近づいてきたら一瞬にして隠せるように、お堅い
>政治系サイトにリンク張ったりしていたのがあったらしいけど(笑)、あれと似たような
>もんか。

>村崎▲内容もとことん実用書として使えるように、「ケータイで足を残さないようにしよ
>う」とか「連絡のメールはエロスパムを装おう」とか、「同じ携帯を2個持って、浮気用
>ではないダミーを家族の前で無造作に放置して安心させとく」とか、徹底して具体的
>に書くんだよ。いや、こりゃ売れるよ、絶対(笑)。実際、「浮気の見破り方」みたいな
>マニュアルはあるんだけど、「浮気の隠し方」というマニュアルは、オレの見たところ
>まだ出てないんだよ。誰か経験豊富な人、マジで使えるのを書いてくれねえかな、
>日本を元気にするために(笑)。

>唐沢●自分で書く勇気はさすがにないわけね……。オレもないけど(笑)。


自分は、これを読んだ時点では、結婚相手が森園みるくなのか、それとも別の相手と
結婚したのかは、判断がつかなかったのだけど、『村崎百郎の本』の脚注を見る限り、
『ディープスロット』という漫画で実質上公開済みということだったらしい。

『村崎百郎の本』 P.32
>※7 森園みるく
〈略〉
>パチスロ指南漫画『鬼畜流ディープスロット』など多くの共作がある。『ディープスロッ
>ト』は必ず最後、マスクを脱いで黒眼帯にサラサラ黒長髪の超絶美男と化した村崎
>がスロッターの美女とディープなセックスをする……妄想を森園にぶっ飛ばされて
>終わる必読の夫婦漫才佳作。


この漫画が 2001 年のものだそうだから、唐沢俊一の裏モノ日記はセーフということで。

ただ、このような理屈でセーフと判断するとすれば、公開されている事務所の住所を
ネットのどこかに貼るのもセーフということになり、「ひどいプライバシーの侵害」とは
どういうものをさすのかという問題に戻ることになるのかな。公開されている情報では
あるが、ネット上でより気軽に入手できるようにしてしまうのは是か非かとか。

いや結局、「人の住所をネット、ことに大多数が悪意を持って見る2ちゃんねるのような
場所にさらす行為」というのが確認されなかったというのがあるので、「ネットで人の住
所を晒すようなことをしている連中の方が、よっぽどひどいプライバシーの侵害」という
のは、実は村崎百郎とは全然関係のない話題――ということもできる。

実際、『村崎百郎の本』の中で、これを話題にしている人は他にいなかったし (多分)、
唐沢俊一の言及のしかたも、村崎百郎と直接関係のある話としてのものではないよう
にも読めるものだし。

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23:09  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(12)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

『村崎百郎の本』に寄稿している大学時代のご友人 (増岡兼氏) によると、糸井重里の対談集『話せばわかるか』に触発されて (2 人とも「宣伝会議主催のコピーライター養成講座を受講」したこともあるとか)、対談集、ただし「あらゆる事象に対してタブーを設けず発言するもの」を企画していたそうです。『二人は若い』という題はつけたものの、別件の喧嘩別れで結局原稿化するまでには至らなかったとのこと。

『村崎百郎の本』 P.249
> 彼の著作には対談集の人気シリーズがあるが、もしかしたら、幻に終わった
>『二人は若い』が原点にあったのかもしれない。そんなことも思った。

この思い出のためにオファーを受け、森園みるくへの原作提供以外の村崎百郎活動がセミリタイア状態になっても、ずっと対談を続けていたのかもしれないな、と思いました。その対談相手が唐沢俊一だったのは、運が悪かった (因果?) としか。
トンデモない一行知識 |  2010年12月27日(月) 00:18 |  URL |  【コメント編集】

●フェイク者同士

鬼畜フェイクと経歴知識体験談のすべてがフェイクの全身フェイク者の、
床屋政談が『社会派くんがゆく』だったのかと無駄に納得。
厨二対談より真摯さが無い分薄っぺらいわけですね。
NNT |  2010年12月26日(日) 19:48 |  URL |  【コメント編集】

>NNT さん

>厨二病のプロの唐沢氏

言い得て妙としかwww

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-499.html
に引用した
http://www.shakaihakun.com/vol098/06.html
にも、延々と編集者時代の思い出を語っているわけですが、『村崎百郎の本』によると、『ペヨトル興亡史』に寄稿したエッセイの「冒頭で、いきなり『自分はペヨトル工房の元編集者だ』とカミングアウトしてしまうわけだが」(P.93) とのこと。まあ工房の編集部員だから工員というのは嘘ではないという理屈らしいというのはおいといて、2001 年の本にそう書いていたということは、この時点で既に、常に徹底してマスクをかぶり続けるというキャラをちょっと降りはじめていたという部分もあるかと思います。

>近年村崎さんはギミックを押し通せなくなって来ていたので、卒業したかった
>のかなと思います。

『村崎百郎の本』によると、森園みるくとの出会い、2001 年の青山正明の自殺とかを経て、鬼畜としての村崎百郎は「セミリタイア」状態になっていた時期――の活動しかないですからね『社会派くん』は。

盗作発覚直後はまだ、「オレは自分が事件や不祥事を起こしたら、遠慮なく唐沢氏にボロクソに言ってもらいたいし、唐沢氏なら遠慮なくボロクソに言ってくれるものと心の底から信じている」とか、ギミックのよき相手役として唐沢俊一に期待していたと思われる村崎百郎ですが (「遠慮なくボロクソ」につきあってくれる誰か他の人、というのも難しそうですし)、途中から唐沢俊一にはその役も無理ぽと気がついたんじゃないかと想像 (妄想) しています。で、案の定……。
トンデモない一行知識 |  2010年12月25日(土) 09:27 |  URL |  【コメント編集】

●卒業しなきゃいけないってわけじゃない>厨二的なもの

人の弱さや脆さを知り、それを許容できるようになる事が成長する事だと思っていますから。
卒業しなければと思ったり、卒業できないけど自分の中で大切にするのとか成長の形は色々あって良いと思います。
弱い立場の人間、脆い関係、ダメな社会を上から目線でバカにして、言いたい放題だったの『社会派くんがゆく』シリーズで、
厨二病のプロの唐沢氏と実は厨二だった村崎さんってのは良いコンビだったけど、
近年村崎さんはギミックを押し通せなくなって来ていたので、卒業したかったのかなと思います。
通用しないギミックは単なるフェイクですからね。

>「遠藤ミチロウ率いるザ・スターリンが彼のお気に入り」で、「次に好きだったバンドがRCサクセション」 (P.243) だったとか。

それは森園みるくと趣味が合うな、やっぱり。
NNT |  2010年12月23日(木) 16:39 |  URL |  【コメント編集】

>NNT さん
あう、この前からちらちらと頭に浮かんでいた言葉が<厨二的状態

厨二的なものは、作品を作り出す側、それを作品として享受する側としては、一生卒業なんてしないのもアリかなあと思っています。鎧のデザインへの偏愛コミで。

しかし、その、はい、リアルにガチで、イイ年をして邪気眼をやっていたとしたら……フォローのしようがないかもというのはありますね。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%D9%B5%A4%B4%E3

ただし、村崎百郎の場合は、文学的嗜好をうまいこと森園みるくの原作に生かせて幸せに暮らしていたのではないかと思います。
トンデモない一行知識 |  2010年12月23日(木) 10:29 |  URL |  【コメント編集】

>discussaoさん
>漫画家で喩えると望月峯太郎と古谷実の違い?じゃないや、町野変丸と古屋兎丸の違い?

バロウズはどちらなんだろう、そういえばバロウズってメジャーなのかマイナーなのかと考えはじめたらわからなくなったり。@_@ 80 年代風の明るい or 暗い、マル金 or マルビの分類でいえば、後者に倒せば村崎百郎っぽくなるのかしら。作家本人や作品自体がどうこうというより、ファンとか消費のされ方の雰囲気として。

ちなみに、『村崎百郎の本』に寄稿している大学時代の友人 (増岡兼) の人によると、当時の村崎百郎は黒づくめに鋲つきのパンクファションに赤や青のカラースプレーをふきかけたアフロ、ときおり眉を剃ったりメイクしたりしてたそうです。で、「遠藤ミチロウ率いるザ・スターリンが彼のお気に入り」で、「次に好きだったバンドがRCサクセション」 (P.243) だったとか。

以下、変な奴とか感性がオカシイと思われるかなあと思いつつ……。

>村崎がさかんに人に薦めていたっていうロバート・ワイアットの「生きる歓び」

電波系なのにこういう曲を愛好していたのか、いや電波系だから愛好していたのかと、余計なこと考えてしまいました。精神的に元気なときは綺麗だカッコイイと思えるんですが、弱っているとき (具体的な悩みの有無とは必ずしもリンクしない) には、幽体離脱的どこかに持っていかれ感が怖くて再生スイッチ押すのをためらうかも。
トンデモない一行知識 |  2010年12月23日(木) 10:15 |  URL |  【コメント編集】

●ギミックとフェイクの間に

ええと、ナゴムギャルは青春状態というか厨二的状態って事で例に出しただけで、ダイレクトにそれってわけじゃないです。

若者がヤンキーになったりヘビメタになったり似非不思議ちゃんになったりってのは、自分の弱さや脆さを隠す一種の鎧みたいなもんで、
世間との付き合い方に折り合いを見つけたりすると“卒業”しますよね。

村崎さんにとって“鬼畜”ってそんな感じで、卒業するタイミングを逸してしまったのかなと思いました。

マスクマンだと思っていたら、どうも違ったのねってのが正直な感想です。
NNT |  2010年12月22日(水) 20:10 |  URL |  【コメント編集】

●琴線に触れる話題なので投げやり風にコメント

あくまでも私個人の感覚ということでテキトーに読んでね。

森園みるくとタメの田口トモロヲのいた「ばちかぶり」もナゴムだよね。ナゴムとマイナーじゃずいぶん違うと思うけど、だけどまァ、大雑把に「中央線文化」だから一緒かもねぇ。漫画家で喩えると望月峯太郎と古谷実の違い?じゃないや、町野変丸と古屋兎丸の違い?でもないか・・・・・・。

トンでもない一行知識さん
>村崎百郎氏にとっては、バロウズとか――そして、もしかしたら、ご指摘の角谷美知夫氏とか――を間にはさんで (お手本にして?)、キチガイ (と言って悪ければ幻覚、幻聴に悩まされる人) の衣をまとうのが、ポエムをかます際の照れ隠しに、まあ便利だったのかもしれません。
NTTさん
>村崎さんって不思議ちゃんに憧れて真似てるフツーの子に近いのかしらと、例に出すなら昔のナゴムギャルかしら?

自分で斬って捨てる分には平気だけど、人から同じような指摘をされるとつい村崎擁護に廻ってしまうような、「そりゃあちょっと、可哀想な決め付けじゃない?」という気持ちももたげてきて、まぁそのへんは嘲笑って下さい。でも村崎くらいの世代だとナゴム系への視線って、幼稚なお手軽感への嫌悪と屈託の無さへの憧憬がない交ぜになってコミュニケーションしにくいんじゃないかなァ(と村崎にかこつけ自分の偏見を吐露)?だから根本敬というチョイス(?)になったような気もします。
村崎がさかんに人に薦めていたっていうロバート・ワイアットの「生きる歓び」(シックのカバー)http://www.youtube.com/watch?v=8MNkvOJtfEM、私も邦盤シングルが’80年に出たとき買って感激し盛んに人に薦めていた過去があったりで、全然関心の薄い部分や妙に琴線に触れるエピソードの所や、私にとってはムツカシイ人ですね。
discussao |  2010年12月22日(水) 03:41 |  URL |  【コメント編集】

>森園みるくもナゴム、有頂天を追っかけていたと思い出した…。

へぇ∩ 森園みるくは 1957 年生まれだから、ナゴムギャルの中ではかなりお姉さんの部類ですね多分。いわれてみれば、それっぽい衣装や意匠も漫画に時々登場していたかも。

そういえば、オーケンあたりを思い浮かべれば、SF 界隈と学会風味、メンヘラ系、サブカル、文学趣味 (ポエマー) にそれぞれ接する趣味嗜好というのも結構需要がありそうで、村崎百郎という人は、その手の人らと縁さえあればビジュアル系バンドの作詞担当になっていた人かもしれないと妄想したくなるのでした。
トンデモない一行知識 |  2010年12月21日(火) 21:54 |  URL |  【コメント編集】

●離れていても戻ってくる話

discussaoさんとブログ主様のやり取りを見ていたら、
村崎さんって不思議ちゃんに憧れて真似てるフツーの子に近いのかしらと、例に出すなら昔のナゴムギャルかしら?と思った所で、
森園みるくもナゴム、有頂天を追っかけていたと思い出した…。
NNT |  2010年12月21日(火) 19:16 |  URL |  【コメント編集】

●脳内のピンクフロイドフォルダに入れました

http://www.asahi-net.or.jp/~uh5a-kbys/discj/kadotani.htm
> 中学を中退し、住所不定でヒッピーになり、やがてパンクスとして「オッド・
>ジョン」や「腐っていくテレパシーズ」といったグループで演奏活動を行うも、
>躁鬱気質で常に幻覚、幻聴に悩まされ、ドラッグにはまり、膵臓炎で死去。

「テレパシー」だけならともかく、「オッド・ジョン」ということは、かなり SF が好きな人だったんですかしら。

角谷美知夫氏の場合は違うと思いますが、昔 SF が流行っていた頃には、感傷的でベタなポエムをストレートにかます度胸のない人が、照れを克服する手段として SF の衣をまとわせて発表することがあったと思うのですよね。具体的に書名は思い出せないのですが、後書きだか解説だかに、これは本当は SF である必然性はなくて通常小説の形として出せる筋立てなんだけど、 SF の形式にしないと何か気恥ずかしくてダメだったとか何とか。

村崎百郎氏にとっては、バロウズとか――そして、もしかしたら、ご指摘の角谷美知夫氏とか――を間にはさんで (お手本にして?)、キチガイ (と言って悪ければ幻覚、幻聴に悩まされる人) の衣をまとうのが、ポエムをかます際の照れ隠しに、まあ便利だったのかもしれません。
トンデモない一行知識 |  2010年12月21日(火) 01:34 |  URL |  【コメント編集】

●世間話です

>オレがちゃんと籍入れないと女ともやれない良識人だなんて

こういう発言自体が「黒田一郎」の良識人としての証。
愛情とか生活設計といった発想ではなく成り行き程度の理由で結婚し、なおかつそういった社会性がまったく身につかず、機会があれば平気で他の女と寝て、誠実さといった内面的なものに無頓着。そして無頓着であるがゆえ、内面的な「誠実」な普通の男よりイノセントな印象を与えるので、かえって魅力的な男としてモテていたりする。そういう巷によくいる「ダメ男」こそが「鬼畜」だったりする。


村崎がメディアに登場したのが'93年の根本敬インタビューで、そのとき思い出したのが吉祥寺マイナーなどで活動していた角谷美知夫のことだった。http://www.asahi-net.or.jp/~uh5a-kbys/discj/kadotani.htm
角谷の『腐ってゆくテレパシーズ』のサウンドはここを参照http://www.nicovideo.jp/watch/sm11573319
角谷は'90年に亡くなっているが、伝え聞く村崎の音楽嗜好からして聞いないとは考えられない。それを知らなかった当時ですら、村崎のエピソードのオリジナルとして角谷美知夫の存在を下衆の勘繰りで思い浮かべるのは容易だった。モラリストが『腐っていくテレパシーズ』の方法論を借用しているような感じの作為性があった。角谷自身もシド・バレットなどの模倣であったともいえるのだけれど。


「社会派くん」は唐沢サンよりも村崎の発言のブーメランが厳しいうえ、さらにこの間朝倉喬司が亡くなってせいか、時評「社会派くん」での村崎と根本敬がらみの村崎しかしらないものとしては、人の死に上下は無いとはいえ、文筆業者としての評価は個々人違うということで許してもらうけど、はっきり言って私の村崎百郎の評価はここにきてかなり低くなってます。亡くなってるのでここまで気を使って下々しく書かなきゃならないのが面倒臭いです。
discussao |  2010年12月20日(月) 07:02 |  URL |  【コメント編集】

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