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2010.12.18 (Sat)

村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 6。

村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 2。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 3。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 4。
村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。 その 5。
の続き。

『村崎百郎の本』 P.232

――村崎さんの発言が良識的になっていったことに対して、唐沢さんとして
はジレンマがあったんでしょうか。

唐沢 うーん、つまりフォローをしなきゃいけないようになったというか、後で
原稿チェックで「鬼畜のアンタにそんなこと言われるとこっちの立つ瀬がない
んだけど(笑)」みたいな一言を書き加えなきゃいけないケースが増えてきた。

――「鬼畜がたまにマトモなこと言うのも、イヤミのひとつなんだぜえ」みたい
な言い方を最初はしていたと思うんですけど、だんだんそれが大義名分と
して通用しなくなってきたというか。

唐沢 読者の側も十年も読んでいる人なら、村崎百郎という人がどういう
人なのかある程度見えてくるから、単に道端の落書きを面白がるみたいに
「こんな殺され方をしやがった、わーい」と言ってるだけの人ではないという
のはわかっていたはずで、その意味で村崎さんがたまに真っ当なことを言う
のは、アクセントにはなっていたんですよね。ただ近年はその要素が増え
すぎちゃったというか、これだったら鬼畜の看板掲げる必要ないじゃん、って
いう。


村崎百郎って、どちらかというと、「こんな殺され方をしやがった、わーい」ではなくて、
「こんな殺し方をしやがって、気合いが足りないよなー」の人ではなかったっけ、という
のは、おいといて。

村崎百郎が亡くなった直後に唐沢俊一の書いていたことと、いっていることがだいぶ違
違うぞ、という違和感が。

http://www.tobunken.com/news/news20100724004748.html

イベント 2010年7月24日投稿
村崎百郎氏、死去

『社会派くん』対談では、ことに最近は、村崎さんの発言は
鬼畜どころか、むしろ社会の不条理に、被害者の非運に
憤慨する、いち常識人と化していました。
もちろん、それはテープ起こし校正の段階であとかたもなく
消えるわけですが、読んでみれば、露悪的なセリフの間に
にじみ出る、村崎百郎の、人間という存在に対する愛情と
いうものははっきりわかったでしょう。
村崎さんも、読者がそれをちゃんと読み取ってくれるという
信頼の上に、あのキャラクターを作っていたのです。


これを読んで、「村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。」のエントリーには:
-------
だが、「社会派くん」の対談での村崎百郎の、「社会の不条理に、被害者の非運に憤慨
する、いち常識人」の言葉は、「あとかたもなく消え」てなんかいないと思う。唐沢俊一の
発言からは「あとかたもなく消え」ているか、そもそも最初から存在しなかったものでは
ないかと疑われるが。
------
と、書かせていただいたのだが、『村崎百郎の本』では、村崎百郎が「真っ当なことを
言うのは、アクセントにはなっていたんですよね。ただ近年はその要素が増えすぎちゃ
った」である。……「テープ起こし校正の段階であとかたもなく消える」とかいう話は、
いったいどこにいってしまったんだろう。

事件直後の唐沢俊一は、こうも書いている。

http://megalodon.jp/2010-0725-0306-05/www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20100724-657357.html

 「社会派くんがゆく!」シリーズで対談形式の共同著作をしていたコラム
ニスト唐沢俊一さん(52)は「村崎さんは過激な表現をする作家だったが、
実像はまったく逆で優しい心を持った男だった。ネットではプライベートが
ない。本当に悔しい」とコメントした。


「実像はまったく逆で優しい心を持った男」の「まったく逆で」というのは、ちょっと違うの
ではないかという件については、こちらのコメント欄や「村崎百郎さんのご冥福をお祈り
します。その 2。
」に書いたことがあるので、そちらを参照のこと。

まあ、唐沢俊一の場合、発言が大きくブレるのは、別にこれがはじめてではなく、例の
市橋容疑者の件では、「2ちゃんやミクシィで彼のファンになる女性たちが続出している
のも無理はない」に、「日本人女性のDNAに、こういう“負の物語”を背負った男をカッ
コいいと認識する遺伝子が含まれている」とか書いていた (ここを参照) のに、何の断り
もなく、「『市橋クン、ステキ』とか書いてる女、見たことねえぞ」、「ありもしない『市橋
ファン女』という存在が、都市伝説として一人歩きしているだけ」に路線変更した前例も
ある (ここを参照) ので、驚いたら負けなのかもしれないが。

また、村崎百郎の発言がどれだけ「良識的」か、鬼畜っぽいこと露悪的なことをいうのが
減ってきていたかということとは別に、彼の発言が唐沢俊一と比べて「真っ当なこと」を
いっているという印象になるのは、村崎百郎は唐沢俊一ほどには、事実誤認や頓珍漢
な発言を頻繁にしたりしないという要素もあるのだが (ここも参照)、もちろん唐沢俊一が
そんなことを自分からいうわけもなく……。ただ、対談についての両者の姿勢の違いは
裏モノ日記の記述からうかがえたりもする。

http://www.tobunken.com/diary/diary20020222000000.html

 3時、時間割で村崎百郎と対談。村崎さんこの対談にすさまじく熱を入れ
ており、細かなメモを用意している。私はこういうのは最終の原稿で手を
入れればいいと思っているので、無手勝流である。


いつものことだが、唐沢俊一、手抜きし過ぎ。


さて、そして、昨日 12 月 17 日に、久しぶりの“追討”の数々といっしょにアップされた、
唐沢俊一自身による『村崎百郎の本』の宣伝がある。

http://www.tobunken.com/news/index.html#NewBook

新刊
2010年12月17日投稿
毎年暮には恒例の『社会派くんがゆく!』をお届けできて
いたのですが、去年で最後になってしまいました。
〈略〉
高校の後輩の京極夏彦さん、電波系コンビだった根本敬さん
はじめ、多くの村崎さんを知る人々が言葉を寄せています。
誰もが“愛すべき人”として村崎さんを語っています。
一部のネットで言われていた、“偽悪を装っていたのだから
偽悪的発言で送れ”というような言葉がいかに浅薄なものか、
これを読んでもらえればわかると思います。
と、言うか、どんなファンも村崎さんの偽悪がギミックだと
知ってたし、本人もそれを承知の上で演じていたんだよ!

私も『社会派くん』の10年を語っています。
インタビュアーが長年連載を担当してくれたK田さんだけに
かなり本音みたいなことをしゃべってしまっています。

まるで『社会派くん』での自分の言を実践したかのような
犯人に命を奪われた村崎百郎。犯人は精神異常と診断されて
不起訴となりました。
この不条理をどう捉え、どうその不条理に立ち向かって
いくのか。
村崎百郎の読者一人ひとりが考えていくべき問題でしょう。


『社会派くんがゆく!』は去年が最後というのは、確か2ちゃんねるのスレのどこかで
いわれていた、『村崎百郎の本』は今年年末に出る予定の『社会派くんがゆく!』の
ISBN 番号を流用したとかいう噂が結構的を射ていたということなのかな。

で、実は『村崎百郎の本』の唐沢俊一インタビューには「聞き手=編集部」としか記述
されていなかった。本の編集後記を書いているのは「尾崎未央」、「多田遠志」、「河田
周平(アスペクト編集部)」の 3 名で、巻末の「Editorial Stuff」には、その他に「関景介
(アスペクト)」、「前田和彦(アスペクト)」、「なほるる」との名前がある。今回、唐沢俊一
のおかげで、長年『社会派くん』の担当をしていて、唐沢俊一のインタビューも担当した
のが「河田周平(アスペクト編集部)」と判明した次第である。だから何だというわけでは
ないけど。

そして、唐沢俊一のいうことは、相変わらず意味不明で、「と、言うか、どんなファンも
村崎さんの偽悪がギミックだと知ってたし、本人もそれを承知の上で演じていたんだ
よ!」と叫んでいるのはよいが、それだったら「“偽悪を装っていたのだから偽悪的発言
で送れ”」というのは選択肢として充分ありじゃないのかよといいたくなるのだが。

「“偽悪を装っていたのだから偽悪的発言で送れ”というような言葉がいかに浅薄なもの
か」なんてことは、困ったことに、『村崎百郎の本』の中の唐沢俊一以外の人間の文章
を読んでも、自分にはさっぱりわからない。

『村崎百郎の本』 P.14
>また「電波系」体質もキャラと考える者が多いようだが、ともに精神を病んだ者が家族
>にいた我々には、彼の言葉と態度は“全てキャラ”には全く見えず、「苦しみつつ病と
>折り合うすべを模索している」と感じていた事も申し添えておく。


『村崎百郎の本』 P.20
>没後すぐ、「鬼畜なんだから、ヒドい奴扱いで送り出さないと失礼。実はいい人だった
>と言うなんて冒涜」などと知ったような口で言う戯け者もいたようだが、弔い方を他人
>にとやかく言われる筋合いなどない。我々は村崎と黒田の両面を知っており、しかも
>そのどちらも魅力的だったのだ。


『村崎百郎の本』 P.36
>京極 彼の死に方について「鬼畜だから仕返しされた」なんて人がいるけど、全然
>違うと思います。誰だってああいう目に遭う可能性があるんです。ラブリーなポエム
>書いているお嬢さんだって、読んだ人から刺されるかもしれない。それなのに「ああ
>いうキャラを演じているから因果応報だ」という人がいて、それはどうなのかなあと。
>無性に腹が立ったんですよ。だってキャラじゃなくて、“ああなっちゃったもの”なんだ
>から。何とか世間と平仄を合わせよう、そのために表現者として留まろうとする努力
>の結果なのに、それを「キャラ作ってる」とか何とか、芸人じゃあるまいし……と、柄に
>もなくムカッと来たもんだから、そのことを書いたんです。


「弔い方を他人にとやかく言われる筋合いなどない」の尾崎未央&多田遠志には、
編集者黒田と面識のない一般読者が、「村崎百郎」という表現者の弔い方について、
あなた方に「とやかく言われる筋合いなどない」んじゃないのお?というべきか、
「鬼畜なんだから、ヒドい奴扱いで送り出さないと失礼。実はいい人だったと言うなんて
冒涜」というのは、別にあなた方に指図しようと思ってなされた発言じゃないだろうから、
ちょっとは落ち着けというべきか。

「『キャラ作ってる』とか何とか、芸人じゃあるまいし」という京極夏彦には、ぜひ一度、
「あのキャラクターを作っていた」とか、「ギミック」とか、「他の連中がなんとかキチガイ
になろう、鬼畜になろう、って頑張っているのにね」 (ここを参照) の唐沢俊一と、じっくり
対談でもして欲しい気が。自分は、何を芸人を見下すような差別的発言を書いているん
だろうこの人はと書くだけにとどめておくが。

で、京極夏彦の念頭にある「因果応報」がどうのこうのという発言がどのようなものかは
知る術がないが、たとえば事件直後には以下のような書き込みがあった (ここRead
More
を参照)。

>897 :無名草子さん:2010/07/25(日) 01:14:30
>14歳の中学生に「なぜ人を殺してはいけないの?」 ときかれたらあなたは何と答えますか

>「ポストが赤いからじゃねーの。のん気に理由考えるヒマあったらさっさと殺せよ馬鹿野郎。
>暴力はいいぜええええ、暴力はよおおおお。(略) このように暴力を振るうことに快感しか
>感じないキチガイ鬼畜の俺に人殺しの是非を問われても 「すんげえ気持ちいいぜ」 としか
>言い様がない。「あと始末がめんどくせえ」というのがネックなんだが、それは自分で考えろ。
>殺人が横行して社会全体に気の抜けない緊張感が走るのは結構なことだと思う。」

>                    村崎百郎(『文藝』第37巻第2号52頁)1998夏
〈略〉
>930 :無名草子さん:2010/07/25(日) 01:54:20
>笑える必要はないけど、>>897は全然面白くないな。
>暴力はいいぜえとか言ってるのが、暴力の勧めじゃなきゃなんの芸になってるのか
>よく分からん。
>まさか、ライターはダメだけどもっと立場の弱いやつなら幾らでも刺していいとか言う
>話じゃないよな?
〈略〉
>938 :無名草子さん:2010/07/25(日) 02:03:54
>>>930
>でもさあ。
>最後の一文、
>「殺人が横行して社会全体に気の抜けない緊張感が走るのは結構なことだと思う。」
>これって、いま読むと感慨深いよな。
>村崎が怒った読者に殺された、って要素がないと、2ちゃんですらあり得ない不快な
>文章だけど、
>当人が亡くなったいま読み返すと、なんとも言えない気分になる。
>因果応報ってやつかな。


やっぱ「因果応報」という単語は頭に浮かぶよねえ、そりゃ。

この点にかぎっては、唐沢俊一の「まるで『社会派くん』での自分の言を実践したかの
ような犯人に命を奪われた村崎百郎。犯人は精神異常と診断されて不起訴となりま
した」というまとめ方も、そう的をハズしたものではないと思うし。

ここに書いたことの繰り返しみたいになるけど、「ラブリーなポエム書いているお嬢さん
だって、読んだ人から刺されるかもしれない」というのはまったくその通りだろうけど、
交通規則を普通に守っていた歩行者が暴走車にはね殺されることもあるからといって、
毎週末峠かどこかで暴走行為を繰り返していた者が衝突事故を起こしたような件と
同列に語って「関係ない」とか言い張るのは変だよねとも思うし。

また、「村崎百郎さんのご冥福をお祈りします。その 4。」 に引用した以下の文章の
スタンスからすると、「偽悪的発言で送れ」というのは、故人の遺志から、そうかけ離れ
た姿勢ではないような気もする。

http://data-house.oc.to/users/100/diary/history.html
>今回の「某件」とやらは、誰が見ても120%全面的に唐沢俊一側に非があると思う
>し、全面的に謝罪するのが筋だろう。対談でもそのことをくどいくらいに明確に発言
>し、他の事件を語る時と同じように容赦なくクソミソに唐沢氏を非難した。なぜなら、
>オレはこれまで社会派対談で、自分たちの不祥事を隠して一切報道しないマスコミ
>のズルさをさんざんバカにして批判してきたので、今回の件においても、そういう薄汚
>いクソどもと同じことをするくらいなら死んだほうがマシだと思っているからだ。それは
>唐沢氏も同じ気持ちだろう。オレは自分が事件や不祥事を起こしたら、遠慮なく唐沢
>氏にボロクソに言っもらいたいし、唐沢氏なら遠慮なくボロクソに言ってくれるものと心
>の底から信じている。


『社会派くん』というのがなければまだしも、この対談で村崎百郎は、何の罪もない
事件の被害者に、具体的に数々の暴言をはいていたりするのも、また事実。

なのに、村崎百郎のことを「ボロクソに言っ」たりするなああああなどと、一般読者から
のキツい批判を押さえ込もうとする所業は、何か納得がいかないぞという気にさせるし、
常識人としての村崎百郎は、それを理解しているからこそ、上に引用した文章を生前に
自分のサイトにアップしたりしていたのではないかと想像 (妄想?) したりする。 編集の
チェックも何もはいっていない本人のナマの声として。

読者の神経を逆撫ですることも辞さない人だったとは思うけど、身内かばいやダブスタ
による神経逆撫では、かなり嫌っていた人ではなかったのかとも思う。

それと、個人的には、どうしても思い出されてならないのが、村崎百郎による以下の
文章。

別冊宝島『実録!サイコさんからの手紙』 P.100

 俺も一匹のキチガイ鬼畜として老後を考えると、「年をとって文章を書く
のがめんどうになって、工場で働くのが嫌になったら、気にくわない文化人
の一家でも襲ってとびきり陰惨で猟奇的な皆殺しをやったあげくに、“絶壁
な世界がやってくる”なんていう気のきいたセリフを吐いて、そいつらの肉
でもむさぼり喰ってやろう」という鬼畜プランを立てている。そうすりゃあ、
精神病院にぶち込まれて薬漬けにされて、何がなんだか分からなくなって
死ねるという、豊かな老後が送れるだろう。
 べつに死刑のことは気にしていないぜ。一人、二人を殺すような通常の
殺人ではなく、大量過ぎる殺人や、けた外れの猟奇殺人をやれば精神鑑定
は必至だし、俺はその結果にも自信がある。また、そういう尋常でない事件
を起こせば、適当な理由をつけて支援してくれるバカな文化人どもが出て
くるんだろう。今からそいつらにお礼をいっとくぜ、このバ~~~~~カ!


まあ、殺す側と殺される側がちょっと逆になってしまっているが、「適当な理由をつけて
支援してくれるバカな文化人どもが出てくるんだろう」というのが、『村崎百郎の本』と
いう形で予言が成就した――といえなくもない。

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