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2010.12.09 (Thu)

『村崎百郎の本』の中の村崎百郎にあまり関係のない二、三の事柄

『村崎百郎の本』 P.215 ~ P.216

――スタートしたのは、二〇〇〇年七月からなんですが、ちょうどこの頃
って、西鉄バスジャック事件が起きたり、豊川市の高校生“お試し”
殺人があったりと、世紀の変わり目だったこともあっって、大きな少年
犯罪が多く起こった年なんですね。

唐沢 この連載がある程度の支持を得て続けていられたっていうのは、
この二〇〇〇年あたり以降、新聞の論説欄みたいな旧来のメディアが、
少年犯罪などにまったく効力を持たなくなってしまったことにも原因がある
と思うんです。「貧困をなくせ」とか「子供の人権を守れ」とかのお題目が
社会の不条理に対する措置として効果を上げていた時代っていうのは
とっくに終わっていて、逆に「法律で守ってくれるんだから、未成年のうち
に事件を起こした方がいい」みたいな、良識を逆手にとった犯罪が増えて
きた。個人を守れ、子供を守れ、っていうメディアが良かれと思って言って
きたことが、逆説的に新たなタイプの犯罪を生むことになってしまったわけ
です。僕はこういう時代の変わり目に不思議に巡り合う運勢があって、
「と学会」を結成したのもオウム事件の少し前のことで、あの事件が起こる
前までは信仰の自由もオカルト的な好奇心もメディアでは良しとされていた
はずなのに、あの事件で一気に問題が顕在化して、オカルティズム批判
の需要が生まれた時に、「と学会」という存在があった。『社会派くん』も、
子供を守れ、個人を守れ、というきれいごとの言説が無力化してきた時に、
「そういうお仕着せって、逆に新たな犯罪の温床になっちゃってるんじゃない
の?」という批判精神を打ち出す効果があったんです。そういう物の見方の
発表場所として、こういう連載を続けていられたというのは、僕にとっては
ものすごく大きいことだったんです。それは村崎さんにしても同じだと思い
ます。


この本の帯には、「2010年7月23日、衝撃的な最期を遂げた鬼畜系ライター、村崎
百郎。その謎多き半生を、京極夏彦、根本敬など多くの関係者の証言から綴る、全読
書人必読の書。」と書かれているが、唐沢俊一のインタビューが載っている上に、町山
智浩が参加していないという残念な本。まあ『社会派くんがゆく!』と同じ、アスペクト
の出版だから、しょうがないんだろうけど。

その『社会派くん』が)「スタートしたのは、二〇〇〇年七月から」ということで、2000 年
前後の世相について唐沢俊一が語っているのだが、「あの事件が起こる前までは信仰
の自由もオカルト的な好奇心もメディアでは良しとされていたはずなのに」には、個人的
にどうしても引っかかりを感じてしまう。

「あの事件」つまり「オウム事件」がおきたのが 1995 年。

http://ja.wikipedia.org/wiki/オウム真理教事件
>1995年3月20日の地下鉄サリン事件発生から2日後の3月22日、オウムの活動拠点
>である山梨県西八代郡上九一色村(現・南都留郡富士河口湖町)へ目黒公証人役
>場事務長拉致監禁致死事件の実行犯を逮捕を目的に強制捜査が開始される。その
>後もオウム関連施設への強制捜査が続けられ、オウム事件の解明が進む。


「あの事件で一気に問題が顕在化して、オカルティズム批判の需要が生まれた時に、
『と学会』という存在があった」というのは間違いではないと思うし、そのせいもあって
『トンデモ本の世界』がそこそこのベストセラーになったのだとは思う。

しかし、以前に「疑わず信じ続けるって、そんなに簡単なことじゃない」のエントリーを
書いたときにも思ったのだが、もしも唐沢俊一が、と学会以前にはオカルティズム批判
の需要も供給もあまりなかったと主張したがっている――または読者をそういう方向に
誘導したがっている――のならば、それには少々異をとなえたいかな、と。

そこのエントリーで引用した『奇人怪人偏愛記』 (2006 年) で唐沢俊一は、「マスメ
ディアの大衆操作方法」とは「商品や宣伝写真の中に、秘かに“SEX”という文字を印刷
すること」だと主張するウィルソン・ブライアン・キイ著の『メディア・セックス』という本を
取り上げ、以下のように書いている。

『奇人怪人偏愛記』 P.132

 こんな妄想というか強迫神経症というか、そんな説が、七〇年代には大流行
し、多くの人がマスコミのセックス戦略を信じて疑わなかった。
 これはおかしいんじゃないか、という疑いの声があがりはじめたのは、ホンの
十年くらい前のことでしかない。


『奇人怪人偏愛記』が出た 2006 年から 10 を引くと 1996 年。と学会の『トンデモ本の
世界』が 1995 年。唐沢俊一の世界では「これはおかしいんじゃないか、という疑いの
声があがりはじめ」るのは、1995 年を待たなければいけなかったらしい。

では、その『トンデモ本の世界』の「〈トンデモ本入門のためのブックガイド〉」で紹介
されている何冊かの本はどうなるのかと……。「新刊書店で簡単に手に入る本だけを
選びました」 (P.321) と書いてあるくらいだから、需要も供給もちゃんとあったということ
ができるのではないか。その中にあるアシモフの『わが惑星、そは汝のもの』1979 年
の発行だ。自分が買ったのは、ずっと遅くて 1993 年の第 6 刷だけど。アシモフが亡く
なった 1992 年とその翌年、翌々年あたりまでは、書店で頻繁に目にした覚えのある
本でもある。

それと、忘れてはいけないのが、『トンデモ本の世界』 P.269 にも、「こういったトンデモ
ない超常現象の批判と言えば、テレビや雑誌などで派手に活躍している大槻教授を
抜きにしては、今や語ることはできないだろう」と言及されている大槻義彦。

http://ja.wikipedia.org/wiki/大槻義彦
>マスコミに登場した当初は、再現実験を行い科学雑誌『ネイチャー』に論文が掲載さ
>れた「火の玉=プラズマ説」に続いて、当時超常現象として話題になっていたミステ
>リーサークルがプラズマによるものだと唱えた[10]。その後、空飛ぶ円盤、ポルター
>ガイスト、人体自然発火現象、キャトルミューティレーションなど様々な超常現象をプ
>ラズマで説明するようになった[11]。しかし、1990年代になってイギリスのミステリー
>サークルが人間のいたずらだと判明して以降は、かつてのような「何でもプラズマ」な
>傾向は少なくなった。


突っ込みどころの多い人という評判もあり、『トンデモ本の世界』でも散々突っ込まれて
はいたが、ホメオパシー批判に、アグネスチャン批判と、今も元気でご活躍のようで
ある。

- http://ohtsuki-yoshihiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-452b.html
- http://ohtsuki-yoshihiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-48a8.html


でもまあ、「オカルティズム批判の需要が生まれた時に、『と学会』」というだけなら、
そんなに気にならなかったのだが、「信仰の自由もオカルト的な好奇心もメディアでは
良しとされていたはずなのに」の、「信仰の自由」の方には、かなり違和感をおぼえた。

「信仰の自由」はもちろん、今も否定されることのない権利だが、メディアで大々的な
非難の対象となった宗教は、オウムの 1995 年のそれ以前にもいくつか存在する。

エホバの証人の信者である両親による輸血拒否のために、小学生男子が死亡して
しまった件が社会問題となったのが 1985 年。幸福の科学が写真週刊誌「フライデー」
とバトルをくりひろげたのが 1991 年で、このときには、「小指の想い出」などを歌って
いた、あの小川知子が……などと、週刊誌でワイドショーで大騒ぎしていた。

「合同結婚式」の統一協会――『マインド・コントロールの恐怖』のスティーヴン・ハッサン
も元統一協会の会員である――が、桜田淳子や山崎浩子を広告塔にして、派手に話題
になっていたのが 1992 年から 1994 年頃にかけて。

http://ja.wikipedia.org/wiki/輸血拒否
>輸血拒否には、信教の自由や子供の人権といった「法的見地」からだけではなく、
>「宗教的見地」、「医学的見地」などの面から議論や各立場からの主張があり、その
>議論はマスコミでも頻繁に取り上げられている。
>エホバの証人の信者が成人であるケースは大きく取り上げられることはまれだが、
>信者が子供であるケース[1]により日本でも注目され始めた。
〈略〉
>1 ^ a b 1985年6月6日、神奈川県川崎市で宣教学校の準備に向かう途中の男児(当
>時小学校5年生)が交通事故に遭い、搬送先病院における輸血を伴う手術をエホバ
>の証人の信者である両親が拒否。当病院は、無輸血手術も無輸血手術を行う病院
>への転院も拒否し、男児が死亡。


http://ja.wikipedia.org/wiki/幸福の科学
>幸福の科学(こうふくのかがく)は、大川隆法が1986年10月6日に仏法真理の流布
>のために設立した宗教法人で、関連会社に幸福の科学出版株式会社(代表取締役
>・本地川瑞祥)がある。
〈略〉
>1991年に写真週刊誌フライデーに掲載された教祖および教団に関する記事の内容
>について、1991年9月に幸福の科学会員の有志らは講談社に対する抗議としてデモ
>行進などを全国で行った。9月6日には「講談社フライデー全国被害者の会」(会長・
>景山民夫、副会長・小川知子)を結成し、9月25日には「精神的公害訴訟」として
>東京地裁に提訴、以後、司法の場において名誉毀損などの民事訴訟で講談社との
>抗争を続けた。


http://ja.wikipedia.org/wiki/世界基督教統一神霊協会
>教祖が何代も前の先祖の因縁などを見抜いてカップルを決める「合同結婚式」はこ
>の教団独自のものであり、世界平和の基礎となる理想家庭を創るということで、国際
>カップルを含む多くの男女を結びつけてきた。特に、1992年の「3万組国際合同結婚
>式」に、歌手で女優の桜田淳子を始め、3人の有名人が参加することが公になり、マ
>スメディアで大きく取り上げられ、統一教会(統一協会)の名前が広く知られることと
>なった。また、これを機に、教団が批判報道が多くなされた。翌1993年には前年の合
>同結婚式に参加した山崎浩子が婚約破棄と脱会宣言した。 この1993年から1994年
>にかけ、信者の士気と結束を高めるため、韓国の「修練所」に信者を集め、文鮮明
>自ら積極的に「修練会」を行った。


推測するに、エホバの証人、幸福の科学、統一協会に関しては、「必死でパソコン通信
のニュースサービスから検索」などをしていなかったため、唐沢俊一の記憶にはあまり
残っていないのかもしれない。

『トンデモ一行知識の逆襲』 P.108 ~ P.109

 日本では、平成五年、横浜の三十歳の会社員がマムシ酒を造ろうと
岩手の農協から生きたマムシを取り寄せ、うっかりそのマムシに咬ま
れて死んでしまうという事件がおこった。亡くなった会社員の方には
気の毒だが、平成五年といえば例の松本サリン事件で世間が騒いで
いる最中であり、そのあたりの毒物死のデータを私も仲間の物書きも
みんな、必死でパソコン通信のニュースサービスから検索していた。
そこにひっかかってきたのがこの事件だったものだから、あっという間
に仲間うちにこんなマイナーな事件がひろまり、電話で、
「なんだこの会社員は。こういう事件のさなかに人騒がせな」
「だいた、まだ三十でマムシ酒のお世話になろうというのが情けない。
イ×ポではないのか」
 などと、みんな文句をたれたものだ。
 死んでからも悪口を言われたのでは割に合わない話だが、何でも
物事はタイミングが大事、という教訓である。


上に引用した文章は、初出が「UtaN」1996年10月号とのこと。『笑うクスリ指』にも
収録 (こちらの初出は『愛生会月報』) している、ひどい使い回しの例のひとつでもある
(ここここを参照)。

# それにしても、イ×ポが好きだなあ、唐沢俊一。

ちなみに、『村崎百郎の本』には、「村崎百郎の文」として「ゲスメディアとゲス人間――
ワイドショーへの提言」(1995 年 4 月の「ユリイカ」が初出とのこと) というコラムが再録
されていて、そこで村崎百郎は、「ワイドショーが持つ暴力性や下品さはいつも最低で
新鮮だ」、「ゲスな俺にはワイドショーは最大の娯楽であり、俺はこれに対して最大級の
どんな賛辞も惜しまない」、「悲惨な事件も娯楽番組のネタに成り下がるんだから、この
国の下品さもまだまだ捨てたもんじゃないってとこか」、「こいつらの汚れ切ったドス黒い
オーラの色もいいねえ」等々の賛美を寄せている。並のワイドショーが裸足で逃げ出す
ような唐沢俊一という存在と離れ難いと思ってコンビを 10 年続けたとしても、なるほど
無理はないと、何だか納得できるような気がした次第である。



ついでに、「少年犯罪」について。「法律で守ってくれるんだから、未成年のうちに事件を
起こした方がいい」というのは、今は昔の 1970 年代に梶原一騎が、『愛と誠』に未成年
は死刑にならないのをいいことに無茶をやる不良グループ (砂土谷が率いる) なんての
を登場させたりしているんだけど、まあ「愛と誠の変態講座」を読むかぎり、唐沢俊一が
『愛と誠』を本当に読んでいるのかどうか疑わしくも思えるのだが――というのは、おいと
いて。

『愛と誠』はともかく、ここで気になるのは、「少年犯罪」について問いかけられたのに、
唐沢俊一によっていっさい言及されていない物事について。

何で、この流れで、1997 年の「酒鬼薔薇事件」、1998 年頃の「なぜ人を殺してはいけ
ないのか?」あたりを完全スルーするんだろうと不思議に思った。

http://ja.wikipedia.org/wiki/神戸連続児童殺傷事件
>神戸連続児童殺傷事件(こうべれんぞくじどうさっしょうじけん)は、1997年(平成9年)
>に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生(以下「少年」と称す)による連
>続殺傷事件。別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。この事件で、
>2名が死亡し、3名が重軽傷を負った。


http://www.amazon.co.jp/dp/4309242103
>レビュー対象商品: なぜ人を殺してはいけないのか? (シリーズ 道徳の系譜)
> (単行本)
>この本が出版された当時、TV番組で10代の男の子が「なぜ人を殺してはいけない
>の?」という素朴な問いを発したことで、この問いに答えることが一時的に流行り、
>そこで、企画された本。


唐沢俊一は酒鬼薔薇について以前に何か書いていたっけかと「酒鬼薔薇 唐沢俊一」で
ググってみたら、うちの「サイコさんまたはエキセントリック中年ミドルエイジからの手紙
がトップにきたりするし……もともとあまり酒鬼薔薇については語っていなかったのか、
語ったけれどボツにされまくったのか。

http://mimizun.com/log/2ch/books/1240709076/
>242 :無名草子さん:2009/04/28(火) 21:16:38
>裏亭さんの日記

>>私は人間の弱さを愛したい    2009年04月28日02:56
>>
>>酒鬼薔薇事件が起ったとき、某大手新聞社(朝日)の発行する雑誌からコメントを
>求められた。
>>私はそのとき、
>>「自分を含め、全ての人間が酒鬼薔薇事件を起す可能性があったのだ」
>>と書いて、ボツを食らった。
>>そのときの“副”編集長の言はいまだに覚えているが、
>>「そのような文章を掲載しては、読者が不安を覚える」
>>というものだった。
>>「不安を覚えようと何だろうと、私たちの心に、闇の部分があるということをいま、
>>このような事件が起こったことを機会に言っておかないと、後々禍根を残すのでは
>ありませんか」
>>と私は電話口で言ったが、向うは”酒鬼薔薇はわれわれ一般社会人とは
>>全く異ったモンスターなのだ、という見解を広め、家庭人たちの
>>「怖い人たちが世の中にはいるものねえ。私たちはそうでなくてよかったわ」
>という、線引きをして“彼らは異物なのだ”と認識し、自分はどんなことが
>>あろうと決して酒鬼薔薇のような犯罪を犯すことのない、“正常な”人間ナノダ、
>>と決めつけて心の安寧を得る、といった構成を望んでいたようで、
>>その姿勢に、違和感を感じざるを得なかった。
>>
>>人間の心は弱い。景山民夫という、おそらく戦後の放送作家中、一二を
>>争う才能の持ち主(しかも放送禁止芸的なブラックなギャグの分野での
>>才能の持ち主)が、自分の娘の障害といった理由で、およそ理性とは
>>ほど遠い新興宗教にハマり、その教祖のプライバシーを暴露した某大手
>>出版社(講談社)に糾弾デモを行うという、理性と真逆の行動に出る。


それとも、「二〇〇〇年あたり以降、新聞の論説欄みたいな旧来のメディアが、少年
犯罪などにまったく効力を持たなくなってしまった」との主張に不都合をきたす可能性
があるからなんだろうか。

でも、そういうのとは無関係であろう NEVADA についてもスルーだし、なあ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/佐世保小6女児同級生殺害事件
>なお、小学生による凶悪犯罪は、これまでにもしばしば発生している(外部リンクを参
>照)。また、女子少年による凶悪犯罪も珍しいことではない。ただ、近年は集団での
>校内暴力など、あからさまな傷害行為は減少していた。以前と同様に、1990年代後
>半~2000年代前半も、神戸殺人事件、附属池田小事件を代表とする小中学校にお
>ける凶悪事件が発生し、児童保護の観点から教育現場では部外者の進入を予防す
>るための方策を取るべきであると教育者・保護者らは主張するようになった。


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06:37  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>ertit さん
書き込んでくださった内容には、本当にその通りですよねえと思います。

深刻になりがちな話題を笑いの方にもっていくという点では、と学会のことも村崎百郎のことも、ある意味同じように好きでした私。

>左翼系メディアはオカルト批判に熱心なとこが多い気が

おっしゃる通り『噂の眞相』というのはオウム以前からオカルト批判していたと記憶していましたし、それこそ『宝島30』のムックなんかも、そっち系だったかと思います。それに唐沢俊一とかもデバッガー気取りで寄稿していたりしたのが、今思えば何の冗談だったんだろうという感が拭えませんが……。

それと、思い出したのは、私が大学生の頃 (1980 年代前半) には、勧誘に来たどのサークルの人も、どこのサークルに入ってもよいけど、原理研だけはダメだよヤバいよといっていました。統一協会叩きに左翼の方が熱心なのは、そういう流れも影響しているのかもしれません。

それにしても、右翼の人が学生運動をツブそうとしたというのはわかる (?) としても、何でよりによって、韓国発祥の、(変形しまくりとはいえ) キリスト教系のカルトを導入したのか、本当にわかりません。宗教系カルトをぶつけるにしたって、神道系や仏教系なものとかもありそうなものなのに。
トンデモない一行知識 |  2010年12月11日(土) 22:13 |  URL |  【コメント編集】

当時リアルタイムで追っていたわけではないですが…
当時の資料を見ると、「トンデモ本の世界」は、散発的に出現していた
擬似科学やオカルト批判への供給をまとめて面白く紹介した、という感が
あるんですけどね。
93年頃には「相対論は間違っていた」本への批判が池内了氏や松田卓也氏を
中心に多くなされてたし、「噂の真相」や左寄りの雑誌でも統一批判はむろん
オカルトやニューサイエンス批判、血液型信仰批判は積極的にされてた
ようです。
(なぜか左翼系メディアはオカルト批判に熱心なとこが多い気がします。
オカルト批判で有名な安斎育郎氏もわりとそんなだし)
と学会が特に需要に応えたという意味では、一番大きいのは「面白がって
紹介」という部分に限られるような。
ertit |  2010年12月10日(金) 19:20 |  URL |  【コメント編集】

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