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2010.12.02 (Thu)

なみきたかしと唐沢俊一の奇妙な関係

『唐沢俊一のB級裏モノ探偵団』 P.94

 そこにまた登場するのが、パート1では「アニメーション80」代表世話人
小出正志、「ぐるーぷえびせん」代表片山雅博といった、いわば実験アニメ
製作の面々である。彼らにしろ、ガンダムをどう思いますかと訊かれるのは
迷惑な話だったろう。片山雅博はいまだにこの件を持ち出しては私をから
かうし、アニドウ代表のなみきたかしは、『ぴあ』からの電話に唐沢という
名前が出た途端に、
「ああ、あの男はうるさいですから相手にしないほうがいいです」
 と電話を切ったという。


×ぐるーぷえびせん ○グループえびせん

「そこにまた登場」というのは、1980 年末から続いた雑誌『ぴあ』での「ガンダム論争」を
総括するために、編集部が「プロのアニメ関係者に話を聞いて、『ガンダムは是か非か』
という回答をあおぐ、という」特集に登場ということ。

http://www13.atwiki.jp/tondemo/pages/21.html
>雑誌『ぴあ』1981年8月28日号 (8/14 発売)9月11日号 (8/28 発売)『ぴあ』に、論争
>総括のコーナーが組まれる。“特集「YOUとPIA」”という題名で、2号連続で見開き
>ページを取っていた。「どういう特集かと言うと、プロのアニメ関係者に話を聞いて、
>『ガンダムは是か非か』という回答をあおぐ、というものである。」


投稿欄で一素人として大暴れ (?) していた唐沢俊一に対し、以下の 3 人は、「プロの
アニメ関係者」として話を聞かれる側。6 つ上のなみきたかし、3 つ上の片山雅博は
ともかくとして、1958 年生まれの唐沢俊一とは 1 つしか違わない小出正志も、プロの
ひとりとして編集部から話を聞かれる立場であったのだなあというのが少し感慨深い。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%AE%BD%D0%C0%B5%BB%D6
>小出正志 こいでまさし (アニメ)
>アニメーション作家、アニメーション研究家。1957年名古屋市生まれ。東京造形大学
>教授。


http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%D2%BB%B3%B2%ED%C7%EE
>片山雅博 かたやままさひろ (アニメ)
>アニメーション作家、アニメーション研究家。
>1955年2月7日生まれ。多摩美術大学・グラフィックデザイン学科助教授、創形美術
>学校グラフィック・デザイン科非常勤講師、日本アニメーション協会事務局長。


http://ja.wikipedia.org/wiki/なみきたかし
>なみきたかし(並木孝、1952年-)はアニメーションの研究家である。アニメーション
>同好会アニドウ会長、アニメーション研究家、フィルムコレクター、アニメーション史家、
>有限会社オープロダクション代表取締役。日本アニメーター・演出協会 (JAniCA)
>会員。


唐沢俊一は「ぐるーぷえびせん」とか書いているが、これは「グループえびせん」の誤記
だろう。

http://www.nurs.or.jp/~sug/exp/ani8hist/ani8-3.htm
>グループえびせん
>はらひろし、片山雅博、石田卓也らが中心。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ふくやまけいこ
>かつてアニメ自主制作グループ「グループえびせん」に所属していたことがあり、短篇
>『錆びた館』(1982年、原作・角銅博之、総時間2分30秒程度)ではキャラクターデザイ
>ンを担当した。



んで、本題の、ここコメント欄に、「てゆうか、なみきたかし関連は別エントリーで整理
しておくのがよいかも」とか書いた件。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-567.html#comment1912
-------
唐沢俊一の方は、著書に何度も何度も「なみきたかし (並木孝)」という名前を出し、
裏モノ日記でも仲の良さをアピールしていますが、逆はあまりないみたいなんですよね。
-------

まあ、実際に「唐沢俊一」を「site:anido.com」と「site:anido.jp」でググってみたら、
「日本漫画映画の全貌」の著者として 2 ヵ所、リンク集に 1 ヵ所、anido.com 時代の
会長日記、ブログに移行してからの blog.anido.jp で 2 ヵ所ずつ見つかったのだから、
合計 7 ヵ所、「あまりない」は言い過ぎだったかも……。

http://www.anido.com/html-j/books-j.html
>「日本漫画映画の全貌 」図録
>2004 (平成16年6月)

>執筆:大塚康生、高畑勲、叶精二、五味洋子、唐沢俊一、氷川竜介、
>金田益実、松野本和弘、星まこと、グエン・イラン
>監修 大塚 康生/編集監修 なみきたかし
>編集 松野本 和弘/協力 菅沢 悦子
>デザイン 彦根 大助/撮影 金子 由郎


「日本漫画映画の全貌」は http://www.anido.com/html-j/zenbo-book.html にも。

http://www.anido.com/html-j/links-j.html
>唐沢俊一「一行知識」ホームページ

いまだに「『一行知識』ホームページ」か……と思わないでもないが、まあよいとして。

www.anido.com にアーカイブされている、なみきたかしの会長日記に「唐沢俊一」の
文字が登場するのは 2004年 と 2005 年に 1 回ずつ。

http://www.anido.com/blog-old/archives/2004_10.html
>2004年10月12日
>浦和もの日記
>唐沢俊一氏の日記に上映会のことが出るのが楽しみな主催者としては、最近アップ
>が遅れているのが残念でした。やっとのことで今日、10月1日分が公開されていたの
>で、よろこんだところ、なんとしたこと!「アニメーションの宝箱」予約者に当日本を売ら
>なかったとのこと。どうもショッピングページからので注文者と勘違いしたらしいのだ
>が、会場で持っていってもらわなければ送料が別途かかるのでこちらもこまるわけで
>す。当日、バタバタと出来た本だし、打ち合わせもなかったのでしかたないとはいえ、
>へんな、ミスをしたものだ。定例上映会での予約者全員に確認しなくてはならないな
>あ。手間ですね。


上に引用の日記は、http://www.tobunken.com/diary/diary20041001193451.html
の裏モノ日記に書かれた内容を受けたものらしい。

下に引用の会長日記は、コメント欄の方では「『ぜ~んぶ嘘なんだ』は実は冗談めかした
本音なのかと思わせたり」とか書かせていただいたけど、唐沢俊一の裏モノ日記の文体
模写を試みているフシもあり――それにしては本家裏モノ日記よりもはるかに読みやすい
文章のような気がするけど――なみきたかしの「僕ファンです。」とは、なるほどまったくの
嘘や冗談ではなさそうだとも思わせる。どっち方向のファンかは別の問題として。

http://www.anido.com/blog-old/archives/2005_07.html
>さて、開場時間前に来る観客一番乗りは常連のOさんではなく、なんと「世界一ウケた
>い雑文書き」唐沢俊一センセであった。(ここからは氏のmixi日記に対抗して書く)
>こんな台風の日に一番乗りとは、はてさて真のアニメーション好きだなあ、とまず感心
>したものの、彼の日記に記されていた忙しさとは違和感がある。あんなに忙しくて、こ
>んな(失礼)マンガエイガなんぞの会に来るものだろうか?
>ハタと手をついた。あれは全部「ウソ」だったのだ。テレビに出ているという話、あちこち
>に書いているという話、打ち合わせを其処此処で繰り返している話も、ぜ~んぶ嘘な
>んだ。さすが!希代の話術師、現代の無声、すこぶる非常。
>これには長年付き合いのある僕も今日までだまされたなあ。その証拠こそ、彼の日記
>そのものにあるじゃないか。あんな詳細な日記を書くには、誰でも「それだけで」丸一
>日はかかる。書いたことを実行している時間がないのはあきらかだ。いや、まいったま
>いった。(後日にはフィルムセンターで「鉄扇公主」を見ているし、一週間に2回アニメを
>見るような奴は無職のヒマ人だけである)ということで、有名人と称する化けの皮が論
>理的にはがれたわけだが、そんなことは顔には出さずに、
>「唐沢先生、どうぞお持ちください。僕ファンです。」と上映順番を書いた紙をさし出し、
>開場時間前にご案内する。


会長日記がブログになってからは blog.anido.jp に移動で、そこに「唐沢俊一」の名前が
出てくるのは 2 回。そのうち 1 回は、金田伊功の訃報 (「唐沢エフェクトとか唐沢パース
とか唐沢時空ゆがみとか、あってもよいかも
」を参照) から 2 ヵ月経った頃の日記。

http://blog.anido.jp/2009/09/post-57.html
>なかよく献花しな 会長 (2009年9月27日 03:35)
>と、いっても一ヶ月ほど前に献花の件で喧嘩したばかりだなあ。
>そう、「金田伊功を送る会」から早くも一ヶ月が経つことになりますが、まだ後片付けを
>やっていて、僕の「送る会」は継続中です。
>そんななかに、またアニドウ上映会を開催しました。
>「三大シリーズ 中野総進撃!」と出して、ベティ、ミッキーマウス、トムとジェリーの
>名作を5本ずつ特選しておくる、まあアイデアとしては手抜き、作品は上出来の構成
>です。ころがっていたコマーシャルフィルムを4本あたまに付けた他に、珍しいトムと
>ジェリーの遊園地での着ぐるみショーの映像を上映。都合上、トムとジェリーがほとん
>ど同じ大きさになっていてシュールです。
>狙い通り笑いを穫れたのでうれしいことですが、唐沢俊一氏が欠席なのが残念。哀悼
>の言葉として、「彼の血筋は舞台好きの芸能一家で呪われているので、映画会より生
>の舞台が好きなのはしかたありません」とアニドウ会長は理解を申し述べたのであり
>ます。


そして、以下が「唐沢俊一」の名前が出てくる最新の日記なのだけど、題名に出てくる
のみで、本文 (神奈川県立近代美術館 葉山分館の「話の話 ロシア・アニメーションの
巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ」の話) との関連は、自分にはわからなかった。

http://blog.anido.jp/2010/06/post-123.html
>海はきれいだな~♪恋してる唐沢俊一会長
> (2010年6月27日 17:15) | コメント(0) | トラックバック(0)


今年の 6 月ともなると、唐沢俊一は「多忙のため、日記更新をお休み」 (ここここ
ここを参照) してから 4 ヵ月だけど、何か「恋してる」ネタが mixi にでもアップされたの
だろうか。

さて、逆に唐沢俊一が、なみきたかしに言及する頻度は、こんなものではない。
以下、可能なかぎりあげてみるテスト。

http://www.tobunken.com/diary/diary20000222000000.html

鏡花は上京して尾崎紅葉の門番から始めたというところで、あやさんが
“やっぱり弟子はこれくらいきびしく育てなきゃダメよ!”と言う(笑)。紅葉
は最初、鏡花に“畠芋之介”というペンネームで書かせた。(バカ)と同じで
ある。芸ごとってみんなそんなもんだ。私の師匠の杉本五郎は人を叱った
りする人物ではなかったが、いわば総領弟子にあたる並木孝(現・なみき
たかし)という男が、それはそれは徹底して人の人格を否定しまくる、すさ
まじい言葉いじめ人間であった。神経症になって田舎に帰ったり、病院に
通ったりした奴が何人もいた。私は落語家の修行を知っているからさほど
苦にはならなかったが、それでも何度もクヤシナミダで枕を濡らしたもの。
あれを体験したからと言って人生に何かプラスになるわけでは全くないが、
人格を全否定され、プライドを泥まみれにする経験を若いうちにするのは、
決して無駄ではないと思う。とにかく、そんな経験して立ち直れるのは
若いうちだけなのだから。もっとも、全ての芋之介が鏡花になれるわけ
ではない。


上の日記は「芸ごとだかゲイごろだか洗脳セミナーだかわかったもんじゃないが……
にも引用したもの。芋之助というペンネームは師匠の紅葉が嫌がらせのためにつけた
というガセビア (妄想) をベースに書いている。

「私は落語家の修行を知っているから」って、いつ知ったんだろうという問題も……ここ
を参照のこと。

http://www.tobunken.com/diary/diary20000919000000.html

井上くんと、なみきたかしの写真集が売れてないという話など。


http://www.tobunken.com/diary/diary20011219000000.html

 昨日の日記でつけ忘れたこと。テレコムから書影用の本が帰ってくる。
届けてくれた女性、前夜はなみきたかしのところへ行っていたそうだ。
今回ネタにする本が昭和11年発行なので、その当時の資料フィルムを
借り出すため(なみきは杉本五郎氏の大日本フィルムの所蔵フィルムを
受け継いでいる)だったのだが、カラサワさんの本のコーナーなんです、
と言ったら、ナンダ、カラサワくんとボクとは親友ナンダヨ、と大いにフいた
そうな。アイツが自分のホームページに“世田谷一家惨殺事件の犯人は
なみきたかしだ”と書いたんで、警察につけねらわれて困ってるんだ、とも
言っていたとか。フくフく。で、“アイツの顔が画面に映ったら、下に「なみき
たかし」ってテロップ入れといてよ”で〆たそうな。相変わらずのテンション
である。


コメント欄に書き込まれた、「なみき氏に『今日、唐沢俊一さんも来てましたね!』と話し
かけたら 『ああ、まあ、ね…』と、まったく盛り上がらなかったことが印象に残っています」
とは大違いである。上に引用した裏モノ日記は 2001 年のことなので、何年かを経て、
なみきたかしの反応も変化していったのだろうか。

ていうか、唐沢俊一は本当に「自分のホームページに“世田谷一家惨殺事件の犯人は
なみきたかしだ”と書いた」のかどうかも、ちょっと気になったりする。

http://www.tobunken.com/diary/diary20030304000000.html

 なみきたかしには“やっぱりカツカレーは食いたいよねえ!”とカマされた。
しかし、細かく日記をチェックしているな。しばしカツカレー論議となる。と学会
で、あれはコロモを外せばかなりカロリー的には落とせるという知識が出た
という話から、私は浅草の快楽亭ひいきの店のポークソテーカレーの話、
なみきは町田で食べた有名カツカレー店の、うるさい親父の話。……いい
年をしてナニ馬鹿々々しい話で盛り上がって、とお思いかも知れないが、
われわれくらいの年齢になると、カツカレーなんて脂ぎった食い物は、もう、
あと一生で何回食えるかという、貴重なものになってくるのである。
 作品名は書くなというのが原則なので書かないが、書いてしまうとこの間
から一本づつ日本のTVアニメを上映している。今回は『ベルサイユのばら』
総集編。いやあやっぱり今のアニメは違和感あるなあ、と思って、考えてみ
ればこれだって1980年、もう23年も前の作品なのであった。今どころでは
ない。なにせ他の上映作品が1914年の『恐竜ガーティ』だとか、24年の
スタレービッチ『二人のキューピッド』だとかなので、調子が狂う。48年の
テックス・アヴェリー『眠いウサギ狩り』など、新しいこ新しいこと。『ビン坊の
結社加盟』(31)は、初見が確か83年の10月31日。なんで覚えているか
というとちょうどハロウィンの日だったからで、会場に来ていた森卓也氏と
“あれ、『トワイライト・ゾーン』のジョー・ダンテのやつの中で出てきた作品
ですよね”とか話したのを覚えている。もうあれからもすでに20年。


×新しいこ新しいこと ○新しいこと新しいこと

……ここで、このエントリーを資料編に入れるのをやめて、間違い探し編の方に入れる
ことに決める。

「作品名は書くなというのが原則なので書かないが」が意味不明……めいっぱい書き
まくっているような気が。

http://www.tobunken.com/diary/diary20030414000000.html

 5時半、書き上げてメール。さてそれから急いで支度をして(せわしない
一日であることよ)、中野へ。月例アニドウ上映会。加藤礼次朗氏を誘って
おいたので、やや早めに出かける。原稿執筆中に、“いま、八王子で、これ
から行くから”と電話あった。会場行くと、私の顔を見つけたなみきたかしが、
“イヨ、やはり今日は壇上でナマしゃべりだからネ、カラサワセンセイのご
高評をあおがなくっちゃ……”といきなりきた。今日はメイン上映がカナダの
NFBの『ピンスクリーンの技法』であり、それをなみき氏が“同時アテレコ”
するのだそうである。
「やはりネ、紙芝居を追いかけてる人にはかないませんからナ」
「何をおっしゃる。しかし、杉本さんが怒ってるだろうな、と思ってねえ。
マツダ映画社の企画なんぞに行って」
「そうだよオ。……けしからんです、だいたいあの松田春翠って男は本当に
弁士の舞台に立った経験なんかないんです、門前の小僧ってのがあれの
ことで……とか、始まるよオ」
「よく聞かされたねえ、それ。電車の中でえんえん、聞かされた。しかし、
自分が弁士なわけでもないんだから、杉本さんもそんなに言わんでも、と
思ったな」
「まったく、困らされたもんだったねえ、ああいう変人たちには」
 ……とは言い条、なみきはもとより、たぶん私も、今の世の中ではもはや
立派に変人の部類に入るのである。


……「今の世の中では」って、ではいつの世の中では (以下省略)。


http://www.tobunken.com/diary/diary20040901000000.html

最初の古い日本作品上映でフィルムが切れ、ノッケからいきなり上映中断。
Kさんと“懐かしいですね、この感覚”“むかしはよく、フィルムが引っかかっ
て、途中でジワーと焼けきれるのを体験しましたけどね”と、おじさんの昔話。
例によって間をつなぐなみきたかしの話術に感心。話術というよりはキャラ
クターだろう。実際につきあうとどうかという感じだが、壇上に上げるには実に
適した人物である。まあ、私も似たようなものか。


つまり、唐沢俊一は自分のことを、「壇上に上げるには実に適した人物である」と思って
いるのだな、と。


http://www.tobunken.com/diary/diary20041228000000.html

並木孝は25日のクリスマス上映会に私が行かなかったので
「唐沢くんの日記に書いてもらいたくていろいろ面白いことも言おうと考えて
いたんだが、今日は来てないので何も言わない。裏切り者!」
 などとトバしていたらしい。まあ、こんなのはどうでもいいが、最近忙しくて、
実相寺昭雄監督の飲み会や撮影見学のお誘いも数度にわたりスッポかして
いたら、こっちもかなりおカンムリらしい。


かつての兄弟子 (?) を「こんなの」呼ばわりである。まあ親しさのアピールなんだろう
けれど、6 歳も上の人を目下扱いしているっぽいのには少々違和感が……。


http://www.tobunken.com/diary/diary20060317000000.html

新中野に一旦帰り、家で仕事。なみきたかしから、ブジオのサイトの自分の
写真(ぎじんさん撮影)、気に入らないので差し替え要求があったとか。いか
にもなみきらしい、と苦笑。


なみきたかし相手にかぎって、一貫して敬称略だしなあ。


http://www.tobunken.com/diary/diary20081215115737.html

以上の夢を見て、目が覚めたら4時。
携帯でミクシィを確認していたら、なみきたかしの日記で、
角川弘明氏の死去を知る。
ちょっとさまざまな思い出が交錯してまとまらず。
〈略〉
角川氏ことツノちゃんは、私のアニドウの先輩であり、
アニドウの雑務を一時仕切っていた人間だった。
なみきたかしは(今もそうだろうが当時は比べ物にならないくらい)
癇性な男であり、周囲を怒鳴りつけ、わめきちらしていたが
その脇で角ちゃんがいつもニコニコしながら立っており、われわれ
若造は
「あ、大したことないんだ」
と思ってホッと胸をなでおろしていた。彼がいなかったら、
すぐに私などは飛び出していたかもしれない。
荻窪のアニドウ事務所で角ちゃんの指揮のもと、『三国志百態』
の郵送用梱包作業をしたのも今となっては懐かしい思い出だ。
〈略〉
体長を崩していたとも聞いたが、それにしても早すぎる。
年の瀬の侘びしさが身にしみる。


×体長 ○体調

プータローだった男」、「ロックンロール・アニドウ、いい加減にして」を、あわせて参照の
こと。


http://www.tobunken.com/diary/diary20090527033059.html

「いま、SF業界で一番才能のある書き手が中島梓(評論家としての栗本薫
のPN)
と編集者のK氏が言い切り、私はそれを聞いて反射的に
「あんなのが一番の才能なら、僕はSF業界には行きたくない」
と吐き捨て、それをわきで聞いていたなみきたかし(当時並木孝)に
「自分より売れているからだろう」
とズバリ言われた。売れているも何も、私は当時まだ大学生で
デビューもしていなかった筈だが、しかし、自分の中の中島梓へ
の嫌悪感の由って来るところがジェラシーであること、それは
確実であった。


唐沢俊一は栗本薫の夢をみるか」を、あわせて参照のこと。

……と、さすがにメゲてきたので、今日はここまで。これでも、ごく一部でしかないという
のが、なかなかすごい。

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Comment

>nam(30代・アニドウ幽霊会員) さん

>唐沢は編集作業にいそしむ五味さんや なみきさんに対し、ゴチャゴチャと
>口だけは出すけど一切手伝わない、

どうでしょうか、本当に口だけだったのか、それとも口出しするなどいっさい許してもらえなかったとかw

で、想像するに、なみきたかし氏は、お客様とか外部の人には威張ったりしない愛想のよい人で、唐沢俊一相手にも、もう完全にヨソの人だという認識のもと、あたりやわらかく接しているのでは。

>(今週の水曜まではPodcastで聞けます。)
http://www.tbsradio.jp/dig/sample.html

既にお馴染みの話も結構出てきますが、面白いですね。
しかし、ファンの人には怒られるかもしれませんが、小惑星バージョンの方を見たかったな……という気が少々。
トンデモない一行知識 |  2010年12月14日(火) 23:59 |  URL |  【コメント編集】

●なみきさんが弟分???

なみきさん、たしかに個性的な方ですが
少なくとも、膨大な量のフィルムを収集・保管したり
展覧会を企画したりと、アニメーション界に対して大変な貢献を
していると思うのです。

唐沢はアニメーションに対して何をしたというのでしょう?
作ったこともなければ、まともな評論をしたわけでもない。
上から目線の無内容な駄文を書いているだけです。
後の言動からの勝手な想像ですが、唐沢は編集作業にいそしむ五味さんや
なみきさんに対し、ゴチャゴチャと口だけは出すけど一切手伝わない、
そんな奴だったのではないでしょうか。

唐沢がなみきさんを弟分と見なしている!?!
アニメーションで飯を食っている者としては、冗談にしても笑えないです。

TBSラジオの「Dig」という番組があるのですが、12/8は氷川竜介氏をゲストに
迎えての「宇宙戦艦ヤマト特集」でした。
実写版にからめて、「ヤマトブームとはなんだったのか」という放送だったの
ですが、東京の高校生だった氷川氏の実体験は語られても、「札幌からブームが
起こった」なんて話は一切無し。当然、唐沢のかの字も出てきませんでした。
(今週の水曜まではPodcastで聞けます。)
http://www.tbsradio.jp/dig/sample.html

nam(30代・アニドウ幽霊会員) |  2010年12月14日(火) 01:48 |  URL |  【コメント編集】

直接のお返事にならないかもですが、WEB アニメスタイルの「アニメーション思い出がたり[五味洋子]」からの抜粋。

http://www.style.fm/as/05_column/gomi/gomi68.shtml
>第18号(4月30日)では4月23日の上映会「見よ!日本まんぐわえいぐわの
>伝統を!」で会場費が未納だったために当日の上映会直前に会場使用を断られ、
>並木会長の直談判でなんとか開会できたという顛末を報告。とにかくお金も時間
>の余裕もない中での運営でしたからこうしたアクシデントはつきもので、こんな
>イザという時に弁舌巧みで迫力のある並木さんの口調は見事に役立ち、会長とし
>ての面目を果たしたのでした。

http://www.style.fm/as/05_column/gomi/gomi73.shtml
> ただ、ベティーの上映会の日程を情報誌『ぴあ』に19日と誤って伝えて
>しまった結果、並木会長は当日の高円寺会館で75人もの来場者に謝り続けた
>という悲しい裏事態もあったのでした。

http://www.style.fm/as/05_column/gomi/gomi89.shtml
>私も並木さんもこの一連の編集作業に没頭していました。後に編集部としての
>事務所を構える前のこの時期、並木さんと2人で遥かな目標を見定め同じ方向を
>向いて頑張っていた日々が一番幸せな頃だったのだと思います。並木さんの中に
>は「FANTOCHE」を失った経緯への反省もあったのか、とても作業に熱心で、
>私のことも「姫」と呼んで大事にしてくれました。ある時など、赤信号に変わり
>そうな横断歩道を走って渡っている途中で足を捻挫して動けなくなってしまった
>私をおぶってくれたこともあります。そこまでの親切を受けたのは後にも先にも
>並木さんだけで、今も感謝しています。

当然というか比較するだけ失礼というか、裏モノ日記の記述とは、かなり印象が違いますね。
トンデモない一行知識 |  2010年12月14日(火) 00:44 |  URL |  【コメント編集】

●いろいろと考察

>トンデモない一行知識さん

>なみきたかし氏は、怒りっぽい怖い人というような評判をよく聞きますが、

「クセの強い反面、繊細な感覚も持ちあわせている男。好き嫌いの激しいぼくが、ここまでつきあってきたのもその故である。」

『世界アニメーション映画史』(1986年刊)序文での、映画評論家森卓也氏のなみきたかし評です。

私がアニドウ会員だった頃、上映会場に行くと入り口にたいていなみき氏が立っていました。
私の様なヒラ会員にも「(来場して頂いて)どうもありがとうございました」と、頭を下げてくれましたね。

例のWEBアニメスタイルでも「お金にルーズ」(その25)なんて、なみき氏は書かれています。
欠点ももちろんあるのでしょう。

しかし、2002年に『小松原一男アニメーション画集』(東急エージェンシー刊)をなみき氏の編集で刊行した時、小松原氏を追悼する『FILM1/24』別冊もなみき氏は出しました。
金田伊巧氏をはじめアニメーターの方々が、追悼の色紙を寄せていますが、ノーギャラだとなみき氏は編集後記に記してます。
ギャラ無しでたくさんのアニメーターに協力してもらえるということは、なみき氏にはそれなりの人望があることの証明ではないでしょうか?

>その昔は正会員ですら無かったようですが

会員でなかったら『1/24』に投稿を載せてもらえないと思いますが・・・・・

アニドウの会費は、半年分か1年分を定額小為替で郵送するやり方だったと思います。
忘れても督促状が送りつけられるわけでは無いです。
検証班さんも検証本に書いてる通り、79年、80年と唐沢の投稿は2年以上もブランクがありました。
この間唐沢は、会費を納めてなかったのかも知れません。
その事を言ってるのでは?と思います。

>唐沢さんはなみきさんを弟分だと思っているらしい

78年に唐沢が入会した当時、全く相手にされなかったコンプレックスの意趣返しでしょう。

唐沢レベルの人間がアニドウで相手にされるわけが無いですよ。
北海道と東京の情報格差の違いで、アニメにしろ特撮にしろ知識の面で全く歯が立たないことを、入会時の唐沢は思い知らされたはずです。
“以前のオレは兎も角、今のオレはTVにも出てる有名な評論家だぞ”
コンプレックスの裏返しでいばりたいのでしょうね。

今思い出しましたが、なみき氏はシャツでもズボンでも黒を好みました。
真っ黒い服にゲタばき、というのが当時のなみき氏のスタイルでした。
真っ黒な服に帽子って・・・・これの変形ではないでしょうか?

50代(元アニドウ会員) |  2010年12月13日(月) 21:13 |  URL |  【コメント編集】

ええと、書き込んでくださった内容のうち、差し支えのなさそうな部分を抜き
出させていただくと:

《なみきたかしさんに直接聞いてみたら》 唐沢さんについては「覚えていない」
とのことでした。

《しかし、別の人に聞いた噂によると》
・現在でもプライベートでなみきさんと唐沢さんはたいへんに親しくしている。
・どうも、唐沢さんはなみきさんを弟分だと思っているらしい。(だから今だに勝手に
アニドウの上映会を使用したりする)
その昔は正会員ですら無かったようですが、現在は親しくしているようです。

ということになりますでしょうか (《》の中は私の勝手な補足です)。

うーむ、「なみきさんと唐沢さんはたいへんに親しくしている」というだけなら、まあそんなこともあるかもしれない、気が合う 2 人なのかな、ということでよいとして。

なぜ、6 歳も上でアニドウの会長でもある人が、唐沢俊一の兄貴分ではなく弟分にならなければいけないのかと。^^; いえ、それは信用できないと言いたいのではなく、日記などに見られる唐沢俊一の態度って、まさに「唐沢さんはなみきさんを弟分だと思っているらしい」なんですよねえ実際。


なみきたかし氏は、怒りっぽい怖い人というような評判をよく聞きますが、実は滅茶苦茶腰の低い穏やかな性格の人だから問題がおきずにすんでいる――という仮説を立ててみるテスト。
トンデモない一行知識 |  2010年12月11日(土) 22:35 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2010年12月11日(土) 07:04 |   |  【コメント編集】

>discussao さん
>宮崎の中にあるオタク性というのは俺にもあって、まったく差はないんだ

唐沢俊一のことですから、これもどれだけ正確な要約か、いやそもそも元となる発言が存在していたかさえ疑わしいですが……。

当時の報道に対しては、ビデオをたくさん所有していること自体は、別に異常なことでも後ろ指さされることでもないだろうに――と、多少の違和感がありました。

実際に多数のビデオをもっていた人などは、その点だけを見れば俺の部屋にそっくりで区別がつかないぞとか嘆いていたような記憶があります。「差はない」といった発言が本当にあったとすれば、その程度の意味ではないかと推測したりします。

>>良心的作品の発掘や、地道なアートアニメの普及などに努めてきた功績は大きいが、独断専行的な性格で敵も多い。

>まぁいちいち棘がありますな。

一般論としては、褒め言葉の後に貶し言葉で締めるのは、貶している印象の方が強くなるので避けた方がよいとされているはずですけどねえ。


>ザ・リガニーズ『海は恋してる』の「恋~してる~からさ~~♪」の地口って以上の意味はないのでは?

うわあああ、全然「ご承知」ではなかったです。「からさ~~♪」と「唐沢俊一」を、なぜか全然結びつけることができなかったという不覚……。「唐沢俊一会長」ってどこの会の? とか真面目に考え込んだりしていたのでした。


うーん、しかし、「からさー」で「唐沢俊一」をもってくるなんて、「カラサー」が連発される2ちゃんねるの唐沢俊一スレの実は愛読者なのか、単に唐沢俊一が好きで、思い出す頻度が高いためなのか。(←八つ当たりの言いがかり)
トンデモない一行知識 |  2010年12月03日(金) 00:24 |  URL |  【コメント編集】

岡田斗司夫について別件で調べていて、つい今開いた『オタクの迷い道』の唐沢サンとの対談にて

>唐沢  宮崎事件が起きたとき、アニドウのなみきたかしに、宮崎ってどう思うって聞いたら、「あれは俺と同じだ。宮崎の中にあるオタク性というのは俺にもあって、まったく差はないんだ」と言った。なみきっていうのもいろいろ困った男だけど(笑)、あの時はちょっと泣きたいような感動がありましたね。

さらに「なみきたかし」脚注(文責・唐沢)

>良心的作品の発掘や、地道なアートアニメの普及などに努めてきた功績は大きいが、独断専行的な性格で敵も多い。

と、まぁいちいち棘がありますな。


>そして、以下が「唐沢俊一」の名前が出てくる最新の日記なのだけど、題名に出てくるのみで、本文 (神奈川県立近代美術館 葉山分館の「話の話 ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ」の話) との関連は、自分にはわからなかった。

ご承知のことと思い蛇足となるのが恐縮なのですが、ザ・リガニーズ『海は恋してる』の「恋~してる~からさ~~♪」の地口って以上の意味はないのでは?場所が葉山だし。
discussao |  2010年12月02日(木) 07:54 |  URL |  【コメント編集】

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