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2010.11.21 (Sun)

人によっては現在バブル崩壊真っ最中ともいえますよね唐沢俊一先生

『唐沢俊一のカルト王』 P.129

 90年代に入ってから、男どもがバブル崩壊で意気消沈しているのと対照
的に、女性たちが肩で風切る時代になった。オヤジギャルなどという言葉
がはやり、女子大生はそれまで男の腕にビニール傘みたいにブラ下がって
いたのが、いきなりミツグ君、アッシー君などと男共をペット扱いにしだし、
ボディコンに身を包んで夜のディスコで乱舞し始めた。そして、セックスの
面でも男性と同等となることを目指し、それまではトウのたった少女マンガ
的な、日陰の存在だったレディースコミックがバカスカ売れ出したのである。


まあバブルがはじけたのは何年頃だと思うかというと、後述するように、後年データをもと
に振り返って思うのと、リアルタイムでの実感とは多少ズレがあり、また各人のおかれた
状況にも依存するかと思う。

しかし、「オヤジギャルなどという言葉がはやり」のそのとき、世間では「男どもがバブル
崩壊で意気消沈」していたかというと……ちょっと違うのではないかと。

「オヤジギャル」が流行語大賞を受賞したのは 1990 年。今にして思えばバブルの崩壊
は始まっていたかもしれないし、この頃不景気ではないかという不安の影はチラつきだし
ていたかもしれないが、当時はまだ、ああバブルがはじけてしまったと思っていた人は
そんなにいなかったと思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/中尊寺ゆつこ
>1990年(平成2年)、OLを題材にした漫画『スイートスポット』で描かれた「オヤジギャ
>ル」が流行語大賞を受賞した。


その『スイートスポット』に「オヤジギャル」とは、以下のような感じだった。

http://zokugo-dict.com/05o/oyajigal.htm
>オヤジギャルとは週刊誌SPAに連載されていた中尊寺ゆつ子のマンガ『スイート・
>スポット』からきた言葉で、年は若いがオヤジのような行動をする女性(ギャル)のこと
>である
〈略〉
>【オヤジギャルの具体例】
>・駅の立ち喰いソバを平気で食べる
>・電車の中でスポーツ誌を読む
>・疲れたらユンケル皇帝液を一気飲みするなど


http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/2917.html
>大手物産の問題OL小山田ノンは、泣く子も黙るOLゴルファー。ワンレン、ボディコンに
>ゴルフバッグを抱えて出社し、昼休みは競馬新聞、5時きっかりに退社した後はデパ
>ートでゴルフの打ちっぱなし。おしゃれなトレンドなんてもうアキアキ、ダサいものを取り
>入れることこそがカッコイイOLの姿。「オヤジギャル」の流行語を生み出し、社会現象
>にまでなった問題作!


上の引用に「ワンレン、ボディコンにゴルフバッグを抱えて」とかあるが、1980 年代後半
には、上でいう「おしゃれなトレンド」にフツーにのっかっていた「ワンレン、ボディコン」の
ギャルが先行してわんさか存在していて、夜のディスコで踊ったりもしていた。中尊寺
ゆつこの描くオヤジギャルは、見かけはそういう流行りのギャル、だけど中身はオヤジ
――というコンセプトだったのだ (多分)。

それが唐沢俊一の文章だと、まるで「90年代に入ってから」、「ボディコンに身を包んで
夜のディスコで」踊る女性が登場してきたかのように読めてしまうので、ちょっとどうかと
思う。遅くとも 1980 年代の中頃には、ボディコンは立派に流行っていたのだから。ただ、
唐沢俊一が「乱舞」と表現したそれが、もっぱら「ジュリアナ東京」でのことをさすと解釈
するなら、確かに「90年代に入ってから」なのだけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ボディコン
>1981年のミラノ・コレクションでアズディン・アライアが、身体に添ったデザインのドレス
>を発表した。これをボディ・コンシャススタイルという。日本では略して、ボディコンと呼
>ばれ浸透した。〈略〉元々は女性の自己主張、解放を目指すファッションの動きの一つ
>でもあったが、日本では主に遊び着として広まり、特に1980年代のバブル期以降に
>ブームとなった。
>1990年代前半に一世を風靡した東京・芝浦のディスコ、ジュリアナ東京 (1991年-
>1994年)にはワンレン・ボディコン・爪長・トサカ前髪、といったファッションの女性が
>多く集まり、マスコミでも話題になった。荒木師匠こと荒木久美子に代表される、ジュリ
>アナ扇子(通称「ジュリ扇」)を合わせたファッションのタレントもこの時期のメディアに
>しばしば登場した。


また、流行語大賞は 1990 年であっても、山口美江の「しばづけ食べたい」 (1989 年)
の CM からの流れや、『スイートスポット』は『SPA!』に連載の 1989 年からそれなりの
人気を博していたことを考慮に入れると、1980 年代末から 1990 年代はじめにかけての
流行といってよいだろう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/山口美江
>その後フジッコ・漬物百選のCMにおける「しばづけ食べたい」の名台詞で一躍脚光を
>浴びる。


- http://www.youtube.com/watch?v=ge9LtszyCW4
- http://www.youtube.com/watch?v=R_RV_nk7qvE

http://homepage3.nifty.com/p_swkt/sw_comi/chusonji/chusonji.htm
>1989年11月 『スイートスポット』1巻(扶桑社)発行
>1990年 「オヤジギャル」が流行語大賞入賞


1980 年代末から 1990 年代はじめというのは「ミツグ君、アッシー君」についても同様。
そもそもこれらについては、言葉がマスコミにのったのはその頃でも、実体はそれより
ずっと前からあったものなのだから、唐沢俊一が「いきなり」と書いているのにも違和感
があるのだけど、まあそれはおいといて。

http://zokugo-dict.com/01a/assi.htm
>アッシーとは、女性が移動手段としている男性のこと。
>【年代】 1989年
>【種類】 若者言葉
>〈略〉アッシーとは女性が足(移動手段)として考えている男性を意味する。アッシーと
>女性の間には恋愛関係はおろか、友情関係すらなく、仮に友達としての付き合いがあ
>る場合でも、足代わりという意識のほうが強い場合にしかアッシーとは呼ばない。主に
>バブル期の女性が使っていた言葉でアッシー君ともいう。


http://ja.wikipedia.org/wiki/アッシーくん
>バブル景気後期の1990年から1991年にかけて、移動手段としての男性をアッシーと
>呼ぶことが定着した。
〈略〉
>同時期には、アッシーくんと類似の男性として、ミツグくん、メッシーくんなどがあった。
>「キープ男」と総称される。
>・ミツグくん - 物品等を女性に贈らされる男性のこと。贈答行為を「貢ぐ」ということに
> 由来する。
〈略〉
>バブル期以降、女性がワガママになり、それに対して世論形成に対して大きな影響力
>を持つ各種マスコミや広告代理店、ひいては日本社会全般が寛容な態度を取った事
>が流行語になった背景である。また、バブル期には男性の稼ぎが一時的に増大し、
>意中の女性に高額なものを貢いだり、良い車で送り迎えすることが容易になったことも
>ある。


オヤジギャルもそうだが、「アッシー君」なども、唐沢俊一のいう「男どもがバブル崩壊で
意気消沈している」時期ではなく、「バブル期」「バブル景気後期」の流行語として認識
されていることに注意、かも。

それを抜きにしても、唐沢俊一の書いている「ビニール傘みたいにブラ下がっていたの
が、いきなりミツグ君、アッシー君などと男共をペット扱いにしだし」というのは、ちょっと
ヒドい。「ビニール傘みたいにブラ下がっていた」とかいうのは単に意味不明だし、ペット
に「ミツグ君、アッシー君」をやらせるなんて、そんな動物虐待まがいのことをする女性が
巷にあふれていたというのだろうか (←ではバター犬はどうか、という突っ込みは不可。
まあ「ペット扱い」にするというのなら、たとえば、〈以下 1000 文字略〉のようなところまで
いかなければいけないのではないかと)。

で、このようなズレが発生しているのは、1980 年代が終わったと同時にバブルも終焉
したという思い込みが、唐沢俊一にあるせいではないかと思う。以前ここなどに引用した
ことのある『奇人怪人偏愛記』の文章では、1988 年は「バブル末期」だとしているのだ。

『奇人怪人偏愛記』 P.44 ~ P.45

さすがにそのあたりになってくると、自分の意識が変調を来していること
が自分でもわかるようになった。都落ちして落魄となっている自分の自意
識を、どこか別の部分で補填しようとする気持ちがわれ知らず働いて、
ガラにもない肉体鍛錬に自分を走らせたのだろうか。気味が悪くなり、
あわてて再度上京し、以前からつきあいのあった出版社に行って、なにか
仕事をくれるように頼んだ。一九八八年頃のことである。幸い、出版社は
まだバブル末期の景気のよさを残しており、すぐに週刊誌連載の仕事が
とれて、再び元の惰弱なモノカキ生活に戻れたのは幸運であった。


で、長くなるけど、以下、Wikipedia から引用。

http://ja.wikipedia.org/wiki/バブル景気
>1990年にはロールス・ロイスの全生産台数の約3分の1強が日本で販売された。その
>後バブル景気が崩壊し、これらのロールス・ロイスが持ち主の手から離れたために、
>日本におけるロールス・ロイスやベントレーの中古車市場が大暴落し、その結果、これ
>らの多くが1990年代中盤に海外に買い取られていった。
〈略〉
>なお、バブル景気の象徴として取り上げられる事の多い「ジュリアナ東京」であるが、
>実際はバブル崩壊間際の1991年5月に開店している。
〈略〉
>有効求人倍率は、1991年に1.40倍を記録。リクルートの調査では、最高値の1991年
>卒の大卒求人倍率が2.86倍になった。この時代に大量に採用された社員を指してバ
>ブル就職世代とも言われる。社内では同世代の人数が多く、社内での競争が激しくな
>り、一方で、就職直後にバブル崩壊を受けて業務が削減され、それぞれの社員が切
>磋琢磨する機会も減った。
〈略〉
>バブル崩壊という現象は単に景気循環における景気後退という面だけでなく、急激な
>信用収縮、土地や株の高値を維持してきた投機意欲の急激な減退、そして、政策の
>錯誤が絡んでいる。
〈略〉
>1990年3月に大蔵省銀行局長土田正顕から通達された「土地関連融資の抑制につい
>て」(総量規制)日銀による金融引き締めは完全に後手に回った上に、信用崩壊のさ
>なかにおいても金融引き締めは続けられ、経済状況を極度に悪化させた。前年に導
>入された消費税も経済実態に鑑みると導入が遅すぎたと言え、結果的に景気に悪影
>響を及ぼした遠因と考えられている。(社会的なバブル経済崩壊を意味する。)
〈略〉
>日経平均株価については、1989年の大納会(12月29日)に最高値38,915円87銭を
>付けたのをピークに暴落に転じ、イラクのクウェート侵攻に伴ういわゆる湾岸戦争と原
>油高や公定歩合の急激な引き上げが起こった後の1990年10月1日には一時20,000
>円割れと、わずか9ヶ月あまりの間に半値近い水準にまで暴落した。(経済的なバブル
>経済崩壊を意味する。)
〈略〉
>数値的に確認できる「バブルの崩壊」と、体感的な「バブルの崩壊」にも最大で数年程
>度のずれがある。データ上、バブルの崩壊は1990年11月頃始まったが、必ずしも誰も
>が直ちにそれを体感したわけではない。バブルの崩壊を経済学的現象ではなく深刻
>な社会問題ととらえるとき目安となる時期は、全国的に地価の下落が明確となり、有
>効求人倍率や新卒の求人倍率が大きく低下し、企業の業績悪化により学生の内定取
>り消しも相次いだ(就職氷河期も参照)1993年頃から、不良債権問題や株価低迷に
>よって大手金融機関が次々と破綻に追い込まれた1997年頃にかけての間であり、そ
>れまでは(事実としてバブル崩壊が始まっていたにもかかわらず)それを認識できず
>に楽観的でいたり、そうでなくても、まだ持ち直すかもしれないと期待していた人々が
>ほとんどだったと見られる。また、経済政策の失敗によって1997年以降の景気が極端
>に悪化し、リストラや採用抑制が一層激しくなっているため、本格的に実害をこうむっ
>た1990年代後半~2000年代前半を特にバブル崩壊による景気悪化と振り返って捉
>えている人も多い。


「データ上、バブルの崩壊は1990年11月頃始まったが、必ずしも誰もが直ちにそれを
体感したわけではない」というのは、なるほどその通りと思う。「ロールス・ロイスの全
生産台数の約3分の1強が日本で販売」なんていっていた 1990 年には、まだ「バブル
崩壊で意気消沈」ではなかったので、オヤジギャルだアッシーだミツグくんだと、好景気
を背景にしたイケイケが成立していたといえるのだ。

では、唐沢俊一にとってのバブルの終わりはいつかというのを、『唐沢俊一のカルト王』
という本の記述 (本は 1997 年刊、該当のコーナーは『別冊宝島240』 1995 年が初出)
から推測してみると……。

・「バブル経済の末期、伯父がご多聞にもれず事業を失敗させて、会社を倒産させた」
 (P.128)

・「ちょっと冷静に考えれば、このバカ景気だってバブルの余波をかぶる前のロウソク
 の輝きに過ぎず、その先に長い冬がくることは見えていたはずなのであるが、人間、
 一寸先のことには盲目となる。」 (P.130)

・「レディコミバブルがハジけるまでの正味二年のあいだに、会社関係の借金はその
 ほとんどを返済し終えたのである」 (P.130)

・「最盛期(といってもホンの三年前だ)八十誌も出ていたレディース誌の数は、今では
 半数に減ってしまった」 (P.131)

P.130 の「バブルの余波」とは多分「バブル崩壊の余波」のことで、同じような間違いは、
『トンデモ創世記2000』にも見られる ( P.116 「うちの叔父がバブルで破産したときに」、
詳細はこちらを参照のこと)。

1997 年から見て「最盛期(といってもホンの三年前だ)」なら、「レディコミバブル」は
1992 年から 1994 年。初出の 1995 年からだと 1990 年から 1992 年となる。

そして、「レディースコミック最盛期」については、裏モノ日記に以下のような記述がある。

http://www.tobunken.com/diary/diary20030306000000.html
> もうひとつ訃報。レディースコミック作家の伊万里すみ子氏が亡くなったと、漫画新聞
>で知った。もっとも、伊万里すみ子というのは原作担当の夫と、作画担当の妻とのコン
>ビのペンネームで、亡くなったのは夫の方。1月27日、心筋梗塞、55歳。ホームペー
>ジにも“とても仲睦まじい夫婦の漫画家です”“一卵性夫婦と呼ばれていまーす”など
>と自己紹介しているだけに胸が痛む。しかし、彼女といい花小路小町といい、レディー
>ス作家には夫婦共作が多いな。一応、うちもであったが。レディースコミック最盛期に
>は月間平均執筆枚数300枚だった、とサイトで自慢していたが、これはうちのK子も
>そのくらいであった。レディースコミックという業界自体が、多作を前提とした業界だっ
>たのである。ただし、向こうはそれで一年に出た単行本の数が(特集増刊含め)36冊
>という記録を持っているという。私たちはケにもハレにも『ギロチン女』一冊だけ。ここら
>が本道・王道を行く作風の人と、変なものばかり描 いている作風の作家との差であろう。


これと、http://ja.wikipedia.org/wiki/プロジェクト:漫画家/日本の漫画家_あ行 にある
「伊万里すみ子」の作品の発表年から推測すると、「レディースコミック最盛期」とは
1990 年から 1992 年ということになるようだ。つまり、唐沢俊一にとって、レディコミの
バブルではない普通の (?) バブルの終焉は 1990 年ということになる模様。

どうもバブル崩壊にかぎっては、唐沢俊一の時計は一般の人より 2 年程早く進んでいた
というオチらしい。

http://palau-japan.com/entry3.html
>レディースコミックはバブル全盛期にはブームとなり、一ヶ月に80誌以上も販売されて
>いました。しかし、バブルの崩壊と共にレディコミブームも去ってしまい、休刊・廃刊さ
>れるものも相次ぎました。



ちなみに、『ギロチン女』 http://www.amazon.co.jp/dp/4796286225 は 1992 年。
http://book.geocities.jp/inudahajime/girochinonna.html とか褒めているページも
あるけど、ゲットして検証するべきかどうかは、正直迷ってしまうなあ、と。

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Comment

>金平糖さん
>すくなくとも当時勤めていた会社の役員たちにその認識はなかったですね。

>接待だなんだと会社の金で飲み歩き

うーむ、何だか他人事とは思えないです。^^; まあ私の場合は、そういう飲み会に参加させてもらうことのない職種でしたが。

私のいた会社の場合、1991 年、1992 年と景気が悪くなっていっても、そこら辺はなかなか改まらなかったですね。社内接待みたいなことやめろと他の部門から批判されても、役員の誰それさんがお客さんを接待するときにかける金に比べたらずっと少額だからそんなの節約してもあまり意味がないとか、妙な言い訳しながら抵抗したり。だから大量リストラが発生するはめになるんだぞ、と。

で、その手のバブリーな「会社の金で飲み歩き」をしながら唐沢俊一がつくった本が『ジャパニーズ・フィギュア・アート・シーン』ではないかと思います。バブル景気は完全に過ぎ去った 1998 年頃になってから。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-57.html
>3.  確かに確かに、監修費用とかで前払いされた金、飲んでだいぶ使ったよお。
>  ただし、飲んだ相手がほとんど当の編プロとスタッフと、だったが。まったく
>  大阪でも東京でも、打ち合わせと称して、よく飲んだ本ではあった。あのとき
>  海洋堂取材の帰り、心斎橋で入ったしゃぶしゃぶ屋はあまりのうまさに、いま
>  でも時々行ってるぞ。 (ニフ 00/04/01: 唐沢)


>学生や社会人なり立てでも自分の車持ってたり
>それなりに小金を持ってて貢げるからこそのアッシー君、ミツグ君でしょうに

それを唐沢俊一に理解しろというのは、もしかしたら酷な話なのかも。
バブルの時期に、「それなりに小金を持ってて貢げる」立場にいなかったはずなので……。


>とりとりさん
>よくバブルの頃を知っている世代、なんぞ言いますが、地方にずっと居たせいかと
>どうも違うんでないかいと思うこともありますね。

そう言えば、唐沢俊一は 1988 年が「バブル末期の景気のよさを残しており」と書いていますが、その定義だとバブル最盛期にあたりそうなのが 1986 年から 1988 年。唐沢俊一は北海道の実家で:

>白壁に囲まれた部屋にパソコンの端末と資料保管用のキャビネット、それに
>ロッカーがあるきりの寒々しい部屋で、朝八時から夕方六時までここに一人で
>詰め、せっせと事務仕事をしていたのだが、このとき、どういうもの か無性に
>肉体を鍛錬したい、という欲望が湧いた。その部屋にダンベル、エキスパン
>ダー、グリップなどを運び入れ、空き時間を作ってはせっせと 鍛錬にはげんで
>いた。

とかやっていたという話で (『奇人怪人偏愛記』より)。

さらにその前は東北で大学に通っていたのですから、唐沢俊一の定義と自己申告にそって考えていくと、彼自身はバブル景気を体感していない人、ということになりそうです。
トンデモない一行知識 |  2010年11月23日(火) 15:13 |  URL |  【コメント編集】

>SY1698 さん
>バブル崩壊の時期ですが、一概に定義することは難しいところがあります。

これは本当にそう思います……。書いてくださったものを読んで、都会にそれなりの面積の土地を持っていた人などにとっては、1988 年がバブル末期という認識になるかもと思いました。ただまあ、唐沢俊一の伯父の芸能プロの事業が 1990 年頃にコケたのは、地価とは多分関係ないと思います。土地持ちだったという話も聞かないですし。

http://2chnull.info/r/books/1233585180/601-700
>638:無名草子さん:2009/02/11(水) 16:33:51
>日外アソシエイツ現代人物情報

>調査時点 2005年9月
>氏 名 唐沢 俊一(カラサワ シュンイチ)
>別名・グループ名 ユニット名=唐沢商会
>職業・肩書 作家;B級カルト文化評論家
>生年月日 昭和33年5月22日
〈略〉
>プロフィール 大学在学中より演芸のプロデュースに携わり、平成2年「ようこそ、
>カラサワ薬局へ」で 著述業に入る。3年伯父の事業を引き継ぎ芸能プロダク
>ションを経営。古書、漫画、薬から落語、映画まで幅広い分野で執筆活動を
>行う。傍ら、弟である唐沢なをきとユニット“唐沢商会”や妻のソルボンヌK子
>などの漫画原作も手がける。また山本弘、志水一夫などと共に“と学会”を
>創設、中心メンバーとして活躍。フジテレビ「トリビアの泉」スーパーバイザーを
>つとめる。他の著書に「古本マニア雑学ノート」 「B級学」「トンデモ一行知識の
>世界」、監修書に「少女小説コレクション」など
>専門分野 古書;演芸(落語);昭和文化全般;映画;漫画

>639:無名草子さん:2009/02/11(水) 16:47:19
〈略〉
>って事は、オノプロを引き継いだのが、平成3年(1991年)で、

http://www.tobunken.com/diary/diary20020505000000.html

>1993年に閉じてるんだから。長くても2年強、下手すりゃ1年ちょっと
>しか、経営してないんだね。もう残務整理というか、何にも出来ない
>よね、そんな期間じゃ。

本文で取り上げた唐沢俊一による記述は、もともとバブルといえば 80 年代――とざっくりした語られ方をされることもままある上に、伯父の事業が傾いたのが 1990 年か 1991 年、唐沢兄弟が連載をもっていた「NEWパンチザウルス」が「わずか4ヶ月で再度休刊した」のが 1989 年だという事情が影響していると思っています。どちらもバブル崩壊の余波を受けてのことではないような気がしますが……。

http://ekizo.mandarake.co.jp/shop/ja/item_s-192501.html
>NEWパンチ ザウルス 1989年6月6日号
〈略〉
>唐沢兄弟 「東方見物録」

http://ja.wikipedia.org/wiki/平凡パンチ
>1989年2月9日文字通り全面新装版として「NEWパンチザウルス」が創刊。
>他誌に流れてしまった情報関連をコミックで補完する形式での一新を目指した。
>かっての読者コーナーを杉作J太郎が担当したり、プロアマ問わずの漫画家
>対抗戦などの企画も始まっている(『ガロ』に入選経験のある休石ひろふみが
>参加)。だが、従来の平凡パンチの読者を呼び戻すことも、新たな購読者層の
>開拓もいずれも失敗に終わり、わずか4ヶ月で再度休刊した。


>1993年には本格的にバブルは崩壊し、就職活動氷河期が始まった

2001 年の頃、当時 27 歳だから 1996 年卒の子に、新卒派遣のまま正社員になれないで働いている同級生が結構多いというのを聞いて、就職氷河期って本当に厳しいのだなと、しみじみ思ったことがあります。その年代の社員が会社に少ない→接する機会も少ないので、直に話をすることがそれまであまりなかったのでした。
トンデモない一行知識 |  2010年11月23日(火) 14:00 |  URL |  【コメント編集】

●バブル・・・

 バブル崩壊、ちょうど大学にいた頃でしたが、1992年卒業生はまだ就職は良かったですが、その後、真っ逆さまに景気が悪くなっていったような気がします。
 バブルというと、89年頃から92年位までかなあと思いますが、実際学生の頃はバイト代が良かったので単発バイトだけでも寮生活をのんびり暮らせたくらいでしょうか。
 よくバブルの頃を知っている世代、なんぞ言いますが、地方にずっと居たせいかとどうも違うんでないかいと思うこともありますね。
とりとり |  2010年11月22日(月) 21:13 |  URL |  【コメント編集】

私の認識ではバブル崩壊は1990年ですが
すくなくとも当時勤めていた会社の役員たちにその認識はなかったですね。

接待だなんだと会社の金で飲み歩き
私のような若いのも連れて馬鹿みたいに高い店で馬鹿みたいに金を使ってました。

景気の悪化も一時的なものとたかをくくりなんの対策もせず
結局95年に倒産しました。
状況を把握していたのは問題なく新しい職場を確保しましたが
役員の楽観的な言動にだまされた連中は再就職のあてもなく
大変な目にあってました。

まあ、1990年以前にバブル崩壊と感じてたのは極少数でしょうね。
一般社会とかかわりのなかった唐沢さんにはわからないんでしょうけどね。

ワンレンボディコンもアッシー君ミツグ君も
バブルの時代だからこそ生まれたものであって
バブル崩壊後に生まれるわけがない

学生や社会人なり立てでも自分の車持ってたり
それなりに小金を持ってて貢げるからこそのアッシー君、ミツグ君でしょうに
金平糖 |  2010年11月22日(月) 06:23 |  URL |  【コメント編集】

●「バブル崩壊の時期」

こちらでははじめまして。

バブル崩壊の時期ですが、一概に定義することは難しいところがあります。不動産の方は 1985~1988年(これは横田濱夫氏や、宮崎学氏が著書で取り上げていました)、株価は1989年(1987年に一度大きく落ちたあと、一本槍で上昇、これは日経平均株価のピーク)、その後は じわじわと高値掴みの資産が押し付け合い(あるいは損切り)という形になって、本格的に崩壊したのは1992年ころだと思います。

1992年がいわゆる「バブル期」最後の就職活動時期ですが、実はこの段階で 大手企業の中には内定切りを開始していたところもあると聞いています(ただし、これは聞き取りでしかないので詳細は不明)。 1993年には本格的にバブルは崩壊し、就職活動氷河期が始まったのは、小生の就職活動体験ならびに周辺報道から言い切れます。この時期に「就職戦線異状なし」という映画が公開されたのは何かのブラックジョークだと思うのですが。

また、本格的にバブル崩壊が表面化したのは、不動産会社の倒産と、住専各社の処理(このうち農中系だけが支持基盤の関係で政治問題化した)以後です。

ただし、一般的に景況悪化を感じだしたのは、1992~1993年ころだと思います。このころになると、急激に飲み屋街も客が減り始めたのは事実です。このあたりは色々と書きだせばきりはないのですが、1988年をバブルの末期と認識していたのは「不動産屋」(特に地上げ関係)くらいではないでしょうか。それ以外の一般業種では、まだバブルの恩恵は受けてないはずです。
SY1698 |  2010年11月21日(日) 23:50 |  URL |  【コメント編集】

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