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2010.11.07 (Sun)

大阪で生まれた小松左京やけど

『裏モノの神様』 P.142 ~ P.143

唐●神様、神様は「くだん」を知ってますか?
神●神様を馬鹿にしてはいかん、人面牛身のばけものじゃろう。
生まれてすぐ死ぬが、死ぬ前に必ず当たる予言をするというやつじゃな。
〈略〉
唐● 〈略〉小松左京の『くだんのはは』という怪奇小説、あれが実話をもと
にしている、という噂がひろまっているんです。
神● それはまた馬鹿な話じゃな。あれは日本の怪奇小説の中でも抜群に
怖い傑作のひとつじゃが、極めて緻密に構成された話で、ラストにいたる
まできっちり計算されている。読めばプロの作り話だということなどすぐ
わかると思うがな。
唐● それが、今の若い子のあいだでは、あれは実話で、神戸で実際に
くだんを見た人間がいた、という話になってます。
神● 誰がそんなことを言っておる。
唐● 聞いてみたら、どうもメディアファクトリーから出た『新耳袋』という
本に、そう書いてあるらしいんですね。
神● ああ、スタジオジブリにいたという著者たちの書いた本じゃな。あれは
今の怪談好きの若者のバイブルになっておるという話じゃが、あの本に
そんなことが書いてあるのか。
唐● ええ、で、その根拠というのが、あの話はリアルすぎる、小松左京の
作品にしてはギャグもナンセンスもないのがおかしい、実話を書き写した
ものに違いない、というもんで、別の意味で呆れました。
神● 小松左京ファンが聞いたら怒りだしそうな話であるな。SF界の大御所
をギャグ作家みたいに言って。怪談を書くときにギャグなど入れるわけない
ではないか。小松作品には他にも『保護鳥』などという傑作怪談があるが、
あれにもギャグやナンセンスはないぞ。


「スタジオジブリにいたという著者たち」について唐沢俊一は、「『新耳袋』の著者たち
(木原浩勝・中山市朗)は基礎教養がなくていけない。だから呉智英なんかに罵倒され
る」などと書いている (「『依って件のごとし』という小説もありましたね」を参照のこと)。

で、その唐沢俊一の基礎教養については、小松左京の『くだんのはは』を主な話題に
しながら、それに登場する牛面人身の少女はなかったことにして (?)、くだんとは「人面
牛身のばけもの」とのみ書くあたりでだいたい見当がつくともいえるわけだが (「くだん、
牛魔王、覚えてますか?
」を参照のこと)。

それに、「小松左京の『くだんのはは』という怪奇小説、あれが実話をもとにしている、と
いう噂」を「それはまた馬鹿な話じゃな」と否定するのはまあよいとしても、その理由が
「極めて緻密に構成された話で、ラストにいたるまできっちり計算されている」からで、
「読めばプロの作り話だということなどすぐわかる」というのは無茶な話で、「実話をもと」
にした「極めて緻密に構成された話」を発表することも小松左京なら可能だっただろうと
いう考えも、こちらのコメント欄に書いた時点から変わっていない。

そのときに「怪談を書くときにギャグなど入れるわけない」についても違和感を表明させ
ていただいたが、これについては唐沢俊一の意見は今も変わらないのだろうか。「ホラー
と笑いは紙一重…。そんな想いから端を発した『ホラリオン』」には、唐沢俊一も「大会委
員長・総指揮」として参加しているようなのだが。

http://www.aalunatic.com/stage/090902horrorion/main.html
>昔から芝居の世界では、“ネタにつまったらお化けに頼れ”と言われているそうです。
>技巧に頼りすぎたり、テーマを考え過ぎたりして煮詰まってしまったとき、観客を驚か
>せるという芝居の原点に戻れ、ということなんだと思います。わがルナティック・シア
>ターもまた、この『ホラリオン』で一年に一回、原点に戻って劇団をリフレッシュさせよ
>う、と考えているわけであります。何にも考えずにたっぷり怖がり、楽しんでいってくだ
>さい。演じる方も見る方も、公演後はきっと、かなりスッキリした顔になっている筈で
>す……。
> 「ホラリオン2」大会委員長・総指揮 唐沢俊一

>ホラーと笑いは紙一重…。そんな想いから端を発した「ホラリオン」が、はや2年目を
>迎えました。今年も新しい角度からホラーを探求しています。もちろん笑いの中で。
>昨年よりパワーアップした「ホラリオン2009」。数々の演目たちを、ごゆっくりとお楽し
>み下さいませ。
>「ホラリオン」実行委員長 橋沢進一



で、「実話をもとにしている、という噂がひろまっているんです」、「それはまた馬鹿な話
じゃな」とかやっていた唐沢俊一だが、その次のページでは、「あの話は事実を描いた
ものである』という噂も、まんざら根も葉もないものではないのだが」と書いている件など
について。

『裏モノの神様』 P.144

「くだん」というのは「件」と書く。人と牛の合体した姿という意味なんだろう。
江戸時代、地震や豊作の予言をする「くだん」(または「くたべ」)という妖怪
の話がたびたび瓦版でひろまり、その予言は決して外れない、ということ
から、右の文章に間違いはありません、の意味で「よってくだんの如し」と
いう成句までできたという俗説まである。
 それが太平洋戦争末期、神戸近辺で「件が生まれ、戦争の終結を予言
したそうだ」というデマが生まれ、大騒ぎになった。大阪に住んでいた小松
左京にとって、神戸でのこの噂はポピュラーなものだったろう。あの作品は、
そういう噂が戦時中にあった、という記憶を下敷きにして書かれたに違い
ない。そう考えると「あの話は事実を描いたものである」という噂も、まんざら
根も葉もないものではないのだが。
 くだんの話はマス・ヒステリー研究では有名な話で、それについての研究
書もいくつもあるようだ。手近なところでは『読書空間の近代』の著書でも
ある佐藤健二氏が、有信堂から刊行した『流言蜚語』という本が、近代に
おけるくだん伝説の成立について、くわしい分析を行なっていて興味深い。
もう少し簡便にすませたい、という人は小松左京ファンでもあるとり・みき
先生の著書『事件の地平線』(筑摩書房)に、佐藤先生の研究が引用して
ある。この本は内田百鬼園の小説から、くだんの目撃談まで、現代のくだん
状況(?)がよくわかるいい本だ。
 ちなみに佐藤先生の本によると、戦争末期にはなんとブラジルでまで
くだんが生まれ「枢軸国の勝利でこの戦争は終わる」と予言したんだとか。
外れたじゃないの。


×内田百鬼園 ○内田百﨤
×大阪に住んでいた ○神戸 (近辺) に住んでいた
×有信堂 ○有信堂高文社

いや『百鬼園随筆』、『百鬼園写真帖』などの本も出ているというのはわかるけど、小説
特に「件」の作者としての名前は、やはり「内田百﨤」でないと……。

http://yanma.in/u.htm
>・【内田百鬼園】(うちだ・ひゃっきえん)〔本名、栄造〕1889(明治22)・5・29-
>1971(昭和46)・4・20(81歳)《木蓮忌》・小説家、随筆家、俳人・小説家では百﨤
>*〔門の中に月〕(ひゃっけん)。・志田素琴(義秀)を囲んで俳諧一夜会を開いた。
>後年漱石の門人となる。・『百鬼園俳句』(1943・10)、随筆『百鬼園随筆』(1933・
>6)・<麗らかや長居の客の膝頭><風光る入江のぽんぽん蒸気かな><春霜や箒
>ににたる庵の主><龍天に昇りしあとの田螺かな><声の人語に似たる暑さ哉>
><欠伸して鳴る頬骨や秋の風><夕闇に馬光居る野分哉><少年の頃のこほろぎ
>>今宵も鳴ける><こほろぎの夜鳴いて朝鳴いて昼鳴ける><冬籠り猫が聾になり
>しよな><滾々と水湧き出でぬ海鼠切る>


http://www.amazon.co.jp/dp/4003112717
>冥途・旅順入城式 (岩波文庫) [文庫]
>内田 百けん (著)


また唐沢俊一は「大阪に住んでいた小松左京にとって、神戸でのこの噂はポピュラーな
ものだったろう」と書いているが、あれ小松左京って神戸が地元ではなかったっけ――と
思って確認してみたら、生まれは大阪市だが 4 歳のときに兵庫県西宮市に転居。中学
は神戸一中とのことだから、まあ進学して京都にいくまでは神戸で育ったといってよいの
ではないかと。

http://ja.wikipedia.org/wiki/小松左京
>小松 左京(こまつ さきょう、1931年1月28日 - )は、大阪市西区生まれ、兵庫県神戸
>市育ちの小説家。
〈略〉
>1943年、第一神戸中学校入学。小松は、関西でいう「イチビリ」な性格で、笑芸や
>ユーモア歌謡が好きであったため「うかれ」のアダナをつけられ、戦中は教師からにら
>まれていた。一方で、体が丈夫でなかったのにもかかわらず、柔道部に入った(戦後
>は柔道が禁止されたので、ラグビー部に転部した)[6]。終戦時は14才だったが、当時
>は徴兵年齢がどんどん下がっており、「このまま戦争が続いて、自分も死ぬのだろう」
>と考えていたが、思いもよらず生き残った。そして、沖縄戦で自分と同年齢の中学生
>の少年たちが、銃を持たされて多数死んでいるのを知り、「生き残ってしまったものの
>責任」を考え、文学をそして、将来SFを書く契機となったという[7]。(小松に限らず、
>日本のSF作家第一世代の多くは、「敗戦体験」が創作の基盤となっている。)


http://www.iocorp.co.jp/chronicle/sktable.htm
>1931年(昭和六年)
>一月、大阪市西区京町堀、すなわち西船場に生まれる。本名・実。父は理化学機械
>商を営む。五男一女の次男。

>1935年(昭和十年) 四歳
>兵庫県西宮市夙川に転居。

>1936年(昭和十一年) 五歳
>阪急夙川駅東側の若松町に転居。

>1937年(昭和十二年) 六歳
>四月、西宮市立安井小学校入学。時局がら、卒業する時には「小学校」が「国民学
>校」に変わっていた。

>1943年(昭和十八年) 十二歳
>四月、兵庫県立神戸一中に入学。“空腹と暴力”の中学校生活をおくる。


「有信堂高文社」が「高文社」抜きの「有信堂」となっているのは、多分単なる誤記なん
だろう。

http://www.amazon.co.jp/dp/4842065419
>流言蜚語―うわさ話を読みとく作法 [単行本]
>佐藤 健二 (著)
〈略〉
>出版社: 有信堂高文社 (1995/03)



さて、唐沢俊一が (不完全な点はあるものの) 書名をあげている『流言蜚語』および
『事件の地平線』。これらは実は、以下のページに、くだんについての記述が引用されて
いる。

http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/memb/hayashi/kudan.html
>内田百﨤(1921)「件」:
>「 ... 。件(くだん)の話は子供の折に聞いた事はあるけれども、自分がその件にならうと
>は思ひもよらなかつた。からだが牛で顔丈人間の浅間しい化物に生まれて、こんな所
>にぼんやり立つてゐる。 ... 。
>... 。件は生まれて三日にして死し、その間に人間の言葉で、未来の凶福を予言する
>ものだと云ふ話を聞いてゐる。 ... 。」

>小松左京(1968)「くだんのはは」:
>「 ... 。くだんは件と書く。人牛を一つにしてくだんと読ませるのだ。くだんは時々生まれ
>る事がある。 ... 。くだんは歴史上の大凶事が始まる前兆として生まれ、凶事が終ると
>死ぬと言う。そしてその間、異変についての一切を予言すると言うのだ。 ... 。」

>cf. とり・みき『事件の地平線』, p.135-136:
>「小説『くだんのはは』には神戸で生まれたクダンが終戦を予言するくだりがある
>小松左京さん御本人に直接うかがったところ ... そのエピソードは、当時神戸地方に
>実際に広まっていた噂話が元になっているとのことでした(※) ...
>※小松氏によると「内田百間の『件』を知ったのはだいぶあと」のことだそうです。」

>佐藤健二『流言蜚語』p.166:
>「神戸地方では『件』が生まれ、自分の話を聞いた者は、これを信じて三日以内に
>小豆飯か『オハギ』を喰えば空襲の被害を免れるといったそうだ」
>cf. 南博(責任編集)『近代庶民生活誌』4「流言」, p.227:
> 「[昭和二十年三月二六日]
> [流布者] 松山市本町三丁目 職工 井出時行 (二七)
> [造言ノ内容] 神戸地方テハ「件」(ママ)カ生レ自分ノ話ヲ聞イタ者ハ之ヲ信シテ三日
> 以内ニ小豆飯カ「オハギ」ヲ喰ヘハ空襲ノ被害ヲ免レルト言ツタ相タ」
> [出所、原因、動機 伝播経路] 市内ニ於テ氏名不詳ノ通行人ノ雑談ヲ聞知シ自宅
> ニ於テ知人二名ニ洩シタルモノ
> [反響処置] 憲兵説諭」

>佐藤健二『流言蜚語』p.167:
>「人間の頭をした牛の子が百年の間には必ず一頭は生まれるものじゃという伝説が
>ある。これは要するに人間と牛との混血児らしいが、生後一週間しか生きていない
>ものであって、その生きているうちに様々の予言をするが、その予言がまた恐ろしい
>ほど的中するのであるから、何事によらず間違いのないことを件の如しといい、昔から
>の証文の末尾には必ずこの語句をつけて『証書仍而如件』と書いたものである。... 」
〈略〉
>三浦秀宥『岡山の民間信仰』:
>「人の頭で身体は牛の形のものが生まれ、数日すれば死ぬけれどもその言葉には絶
>対に間違いがないという言い伝えは古く、どこそこにクダンが生まれてこういったという
>話は戦争前までは県北ではしきりにあった。そしてこのクダンの話の発生地は中国山
>地らしいというのであるが、今のところどうして件信仰が生まれたかわからない。」
> (とり・みき『事件の地平線』p.160より再引用)


『依って件のごとし』という小説もありましたね」のエントリーでは、「くだんの言うことに
間違いはないところから『よって くだんのごとし』という言葉ができた」という話は、「多く
の場合は、俗説であるという断りつき」――と書いたのだが、佐藤健二『流言蜚語』にも、
とり・みき『事件の地平線』にも、「俗説」とは明記されていなかったかも。まあ少なくとも
前者は「流言蜚語」の紹介部分の記述なのだから、察しろよという話になりそうだが。

それはともかく気になるのが、唐沢俊一が「あの作品は、そういう噂が戦時中にあった、
という記憶を下敷きにして書かれたに違いない」との記述にとどめていること。せっかく、
とり・みきが「小松左京さん御本人に直接うかがったところ ... そのエピソードは、当時
神戸地方に実際に広まっていた噂話が元になっているとのことでした」とまで調べている
みたいなのに……。

また、唐沢俊一の書いている「太平洋戦争末期、神戸近辺で『件が生まれ、戦争の終結
を予言したそうだ』というデマが生まれ、大騒ぎになった」は、どこまで本当のことと解釈
してよいかはちょっと迷う。佐藤健二『流言蜚語』に収録の話は、「戦争の終結を予言」
というより、「神戸地方では『件』が生まれ、自分の話を聞いた者は、これを信じて三日
以内に小豆飯か『オハギ』を喰えば空襲の被害を免れるといったそうだ」とのことなので。

小松左京の小説『くだんのはは』のもととなった噂話の方は、Wikipedia には「これを仮に
牛女と呼称」しての説明が存在する。そしてこの「牛女も件の一種とする」べきかどうか
は結構難しいなあと思う。とり・みきは件の一種としているのだろうけど、『流言蜚語』の
佐藤健二の見解は不明。

http://ja.wikipedia.org/wiki/件
>第二次世界大戦末期から戦後復興期にかけては、それまでの人面牛身の件に代
>わって、牛面人身で和服を着た女の噂も流れ始めた。以下、これを仮に牛女と呼称
>する。牛女の伝承は、ほぼ西宮市、甲山近辺に集中している。例えば空襲の焼け跡
>で牛女が動物の死骸を貪っていたとする噂があった。
>また、芦屋市・西宮市間が空襲で壊滅した時、ある肉牛商の家の焼け跡に牛女が
>いた、おそらくその家の娘で生まれてから座敷牢に閉じ込められていたのだろうと
>いう噂などが残されている。
>小説家小松左京はこれらの噂に取材して小説『くだんのはは』を執筆したため、この
>牛女も件の一種とする説もある。 が、幕末期の件伝承と比較すると、
>・件は牛から生まれるが、牛女は人間から生まれる。
>・件は人面牛身、牛女は牛面人身。
>・件は人語を話すなど知性が認められるが、牛女にはそれが認め難い。
>といった対立点があり、あくまでも件と牛女は区別すべきと言う主張もある。


http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ango/1496/haruka/diary/0309diary.html
>●事件の地平線 とりみき著
>  この本は、大体全体の四分の一くらいの分量が、妖怪クダンについての調査コー
>ナーみたいになっていてびっくりした本なのですけれど、その中に、その昔「牛面人
>身」のクダン(件)のミイラや、頭が二つある件のミイラなんてものが存在したらしいと
>いうことが書いてあったんです。
>  しかも、牛の件の他にも、蛇のクダン、猿のクダン、うさぎのクダンなんてのがいたら
>しいということも書いてある…  どうやら、ひろく人間と他の動物とのアイノコが生まれ
>ることを「クダン」と言っていたらしいのです。



なお、「佐藤先生の本によると、戦争末期にはなんとブラジルでまでくだんが生まれ」に
ついては、以下のように紹介しているページがあった。

http://yoshizokitan.blog.shinobi.jp/Entry/149/
> 憲兵隊の資料によると、第二次世界大戦時において「どこそこに件が生まれたらし
>い」という噂が日本各地で発生していたようだ。同資料を研究した佐藤健二氏の著書
>「流言蜚語(1995年、有信堂高文社)」によると、「件」の噂はブラジル・サンパウロ市
>の日本人街にまで広がっていたらしい。
> 日本各地に次々と誕生した件たちは、皆口々に戦争の終結を予言して死んでいっ
>た。当時の世間の空気の中では“終戦”を語ることはタブーである。戦争の終結を望
>みながら、それを口に出すこともかなわない多くの人たち。その人々の願いが「件」と
>いう幻獣に託され、「件の予言」という形で語られていたのではないだろうか。


「枢軸国の勝利でこの戦争は終わる」との終戦予想であっても件に仮託しないと語り
にくいご時勢だったのか、とにかく憲兵隊に聞かれたら「枢軸国の勝利」と答えないと
自分の身が危ないという話だったのか……。


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19:45  |  その他の雑学本 間違い探し編 (324) +  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>『新耳袋・第一夜』第12章

>そして、これはいわゆる「くだん」の話ではなく「牛女」の話です。

をを、ありがとうございます。(_ _)(_ _)
後で入手しようと思います。<『新耳袋・第一夜』

この牛女の話は、何だか『超怖い話』系統というか、不気味な迫力がありますね。
これならば、「あれが実話をもとにしている、という噂」のひとつもしたくなりそうだ……と思います。

>『新耳袋・第一夜』を見ながら書いたのがバレバレで、どうして
>「新耳袋』という本に、そう書いてあるらしいんですね」などと
>伝聞形式にするのか、不思議でなりません。

唐沢俊一の、いつもの“韜晦趣味”というものなのでしょう。いや、マジで。

パクリとガセの P&G が有名になるずっと前にも、唐沢俊一の書いていることに突っ込みを入れる人は存在していて (松沢呉一氏など)、いざ突っ込まれたときに逃げたりトボけたりしやすいように、唐沢俊一なりに工夫しているのではないかというフシがあります。

「そう書いてあるらしいんですね」は、「書いてあります」よりも、『新耳袋』を実際にチェックしてみようという気を起こさせやすくいと思います (今回私は『新耳袋』で確認するのをサボってしまいましたが、「書いてあるらしいんですね」ではなく「書いてあります」だとサボらなかったかも)。

また、いざ突っ込まれたとき、ニュアンスが違うとか正確な引用ではないことを指摘されたときに、伝聞だからしょうがない、ちゃんと「書いてあるらしいんですね」と断っているではないか――とか開き直ることも一応可能です。今回の件のように、悪意でパラフレーズしている (そして本人にも多分その自覚がちょっとはある) ときには特に、「書いてあるらしいんですね」としたくなるのではないでしょうか。いやもちろん推測に過ぎないのですが。
トンデモない一行知識 |  2010年11月08日(月) 01:16 |  URL |  【コメント編集】

●『新耳袋』について

 唐沢氏が言及している『新耳袋』掲載「くだん」の話とは『新耳袋・第一夜』第12章「〝くだん〟に関する四つの話」のことでしょう。そして、これはいわゆる「くだん」の話ではなく「牛女」の話です。
 以下に第94話「牛の顔をした女」を引用します。

《ずいぶん前のことだが、西宮市内の中学に通っている友人から、こんな話を聞いたことがある。

 その中学校の理科の授業の時である。
 教壇に立った理科担当の先生が、いきなり、かなり興奮した口調でこんなことを言ったのだ。
 その先生は昨日、近くにある甲山というところに、植物採集に出かけた。
 目当ての植物が見当たらず、気がついたら夕暮れ近くなっていたので、もう帰ろうかと思った時、山の斜面の下の方に向こう向きにしゃがんでいる人影を見た。ところが一目見て、その人影が異様なことに気づいたのだ。
 なにが変なのか?
 あたりは暗くなりかけているので、よくは見えない。だが、その赤い着物を着た女のようにも見える人影の頭の部分が肩幅より大きいのだ。
 じっと、目をこらして見てみると、やがてその異様な人影がすっと立って、こちらを振り返った。
「あっ!」
 その時先生は、信じがたいものを見てしまったのだという。
 それは、赤い着物を着た〝牛〟だったのだ。
 そしてその〝牛〟は、口から血をしたたらせていたのである。
 そのまま先生は、生きた心地もせず急いで山を下り、町に入ると近くの交番に駆け込んだ。最初は取りあってくれなかった巡査も、あとでそのあたりを捜査してくれたが、別に怪しいものはなかったという報告をもらった。
「先生の話、みんなは信じられるか。でも、本当に先生は見たんだ!」
 いつもはクールな理科の先生が、珍しく取り乱したように生徒に訴えかけたという。

 私が「くだんのはは」という小説を読んだのは友人からその話を間いたあとのことである。
 その小説に、私は大きなショックを受けた。
 顔が牛。身体は人間で身に着けた赤い着物。小松氏が書いた「くだん」と理科の先生が見たという「牛女」。これはまさしく同じものではないか。
 しかも、小説に出てくる「芦屋市」と、先生が植物採集に出かけた「甲山」とは、目と鼻ほどの距離なのである。
「くだんのはは」を読まれるといい。
 その小説は、小松左京氏の短編小説群の中にあって、かなり地名や厳密な描写にこだわっているように思える。そして小松氏独特のユーモアもナンセンスもない。この小説の前半に描かれる芦屋市の説明、リアルな風俗、生活感。なぜ、この話が芦屋でなければならないのだろう。東京でも、横浜でも成り立つ話である。
 そして、主人公の少年が「くだん」を見た時のその「くだん」の詳細な描写はなんだろう。

 その小説には、なにか、不気味な、タブーとも言える〝モチーフ〟があったと、私には思えてならないのだ。》


 さて、興味深いのは以下の部分

『裏モノの神様』
「で、その根拠というのが、あの話はリアルすぎる、小松左京の作品にしてはギャグもナンセンスもないのがおかしい、実話を書き写したものに違いない、というもんで…」

『新耳袋・第一夜』
「小松左京氏の短編小説群の中にあって、かなり地名や厳密な描写にこだわっているように思える。そして小松氏独特のユーモアもナンセンスもない」

『新耳袋・第一夜』を見ながら書いたのがバレバレで、どうして「新耳袋』という本に、そう書いてあるらしいんですね」などと伝聞形式にするのか、不思議でなりません。
岸田裁月 |  2010年11月07日(日) 22:44 |  URL |  【コメント編集】

>「すいません、あの取り上げた作品、以前に一回、もう取り上げています」

といわれて、あわてて 1 時間程で原稿を書き上げ、その中に、

>今回のようなミスは怪我の功名であった……

とか書いて、
( 以上 http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-334.html 参照)

次の号では、

>小豆を洗うような音が夜中に聞こえるという現象を、“小豆洗いの
>しわざ”とするような

とやらかし、さらに水木しげるは、

>怪しげなるものたち を、いささかミステリアスなところに欠ける存在に
>貶めてしまった

だと貶め、
( 以上 http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-500.html 参照)

昔の漫画を評論させれば、

>主人公はあきらかに水木作品のメガネ出っ歯男である(メガネこそ
>かけてはいないが)。
( 以上 http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-501.html 参照)

という唐沢俊一を起用し続ける『幽』ですもの、昔の本 (2000 年の刊) に唐沢俊一が、「『新耳袋』の著者たち (木原浩勝・中山市朗)は基礎教養がなくていけない」と書いていようが、そういう本人の基礎教養が少々 (だいぶ?) 怪しかろうが、意に介さないのではないかと思います。
トンデモない一行知識 |  2010年11月07日(日) 22:03 |  URL |  【コメント編集】

「幽」で確か数少ない仕事をしているのに、いいのかなあ、からさわどん
とりとり |  2010年11月07日(日) 20:53 |  URL |  【コメント編集】

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