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2010.11.06 (Sat)

「依って件のごとし」という小説もありましたね

『裏モノの神様』 P.212

 某パティオで『新耳袋』の中の「くだんのはは」についての話題が出る
(本編参照)。『新耳袋』の著者たち(木原浩勝・中山市朗)は基礎教養が
なくていけない。だから呉智英なんかに罵倒される。


『裏モノの神様』の P.195 以降に収録されている「【付録】裏者修行日記」より。

「『新耳袋』の著者たち(木原浩勝・中山市朗)は基礎教養がなくていけない」に、「呉
智英なんか」、である。

それでいて「本編参照」してみると、どうも唐沢俊一は、小松左京の『くだんのはは』に
登場するのは人面牛身ではなく牛面人身の少女であると理解していないらしい――という
驚愕のオチがまっているのだから、基礎教養も自称「古いSF者」もあったもんじゃない
(「くだん、牛魔王、覚えてますか?」を参照)。

『裏モノの神様』 P.213 ~ P.214

9 月18日
 くだんばなし、まだ続いている。私が「くだんの言うことに間違いはない
ところから『よってくだんのごとし』という言葉ができたと言われているほど」
と書いたら、ある作家さんからその信憑性を追及された。
「よってくだんのごとし」が件から来ている、というのはもちろん俗説であり
ましょう。ただ、件のことを伝えた古文献には必ずこの由来が載っている。
あまりに面白い語源説だからだろうか。
 もともと、「件」て名前自体、当て字なのである。人と牛の合成だから
字も「件」。八犬伝の伏姫が「人にして犬に添う」から伏という名前、という
のと同じようなもの。
 件の漢字の本来の字義は「はっきりしていること」であり、それに何ゆえ
こんな字をあてるかというと、牛と人は並んでいてもはっきりと見分けられる
からだ、と辞書にある。なんか、わかったようなわからんような説明であるな。
牛と区別のつかんような人物もたまにはいるけど。
 これに比べると、件の言うことに間違いはないから「よって件の如し」、
てえのはまことにわかりやすく面白い。面白すぎる説は大抵、俗説である。

今日の狂訓 一般には俗説こそ真実。つまらぬ真実など、どこかに一行、
記録がありゃそれでいい。


「件の漢字の本来の字義は『はっきりしていること』であり」というのは、ガセの疑いが
濃厚であり……。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/06259805075300/
>くだん【▽件】
>《「くだり(件)」の音変化。ふつう「くだんの」の形で用いる》
>1 前に述べたこと。例の。くだり。「―の用件で話したい」
>2 いつものこと。例のもの。
>    「―の売卜者(うらない)の行灯が」〈鏡花・婦系図〉


http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0ss/105425200000/
>くだん1 【▽件】
>〔補説〕
>「くだり(件)」の転。普通、「くだんの」の形で用いる
>[1] 前に述べたこと。くだり。
>    ―の用件で参上します
>[2] いつものこと。例のこと。
>    ―の大矢を打ちくはせ〔出典: 保元(中)〕
>→(句)件(くだん)の如(ごと)し


http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0ss/105425200010/
>件(くだん)の如(ごと)し
>以上述べたとおりである。文書・証文の終わりなどに用いる。
>    よって―


上に引用したのは大辞泉と大辞林からだけど、「はっきりしていること」という意味は
載っていない。ついでに、「くだんの言うことに間違いはないところから『よってくだんの
ごとし』という言葉ができたと言われているほど」などという記述もない。Wiktionary の
記述でも、その点については同じ。

http://ja.wiktionary.org/wiki/件
>名詞
> 1. (くだり) 文章や話の中の一定の部分。章。条。
> 2. (くだり) 前に述べた文の箇所。前に述べた事柄。くだん。
> 3. (くだん) 前に述べたこと。くだり。
> 4. (くだん) いつものこと。例のこと。(けん) 事柄。
> 5. ある事に関する事項。
>接尾辞
> 1. (けん) 事柄の数を数えるのに用いる。


その他、infoseek の漢和、Weblio を見ても載っていない。
- http://dictionary.infoseek.co.jp/?sc=1&se=on&lp=0&gr=kj&sv=KJ&qt=%B7%EF&qty=&qtb=&qtk=0
- http://ejje.weblio.jp/content/件

で、「蜚蠊、蜚蝱、蜚鴻、そして蜚語」のエントリーでも使用した角川『字源』の XML 版
http://wagang.econ.hc.keio.ac.jp/zigen/ では、以下の通り。

>件
>ケン [銑]
>○わかつ(分)區別する。○物事を數ふに用ふ。康熙字典「俗號物數曰若干─「」物
>─「」事─」舊唐書「所斷罪、二十─以上爲大、十─以上爲中」○ 國 くだり、くだん、
>前に記したる事物、證書の結尾に用ふ「仍而如─」


唐沢俊一は「牛と人は並んでいてもはっきりと見分けられるからだ、と辞書にある」とも
書いている。どの辞書かというのは例によってどこにも書かれていないので推測でしか
ないが、『字源』でいう「わかつ(分)區別する」の意味の説明のところに、「はっきりと
区別できる」とか「区別がはっきりしていること」とか書かれていたのが、唐沢俊一の
フィルタを通すことによって、ただの「はっきりしていること」に変形された……とか?



さて、唐沢俊一のいうように「件のことを伝えた古文献には必ずこの由来が載っている」
とまでいえるかどうかは別にして、「くだんの言うことに間違いはないところから『よって
くだんのごとし』という言葉ができたと言われているほど」という話は、しばしば紹介され
るようだ。

ただし、多くの場合は、俗説であるという断りつきのようでもあるのだけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/件
>西日本各地に伝わる多くの伝承では、証文の末尾に記される「件の如し」という慣用
>句は「件の予言が外れない様に、嘘偽りがないと言う意味である」と説明されることも
>ある。
>しかし怪物「件」の記述がみられるようになるのは江戸時代後期であるが、「件の如
>し」という決まり文句は既に『枕草子』などにも見え、これは民間語源の一種と考えら
>れる。
〈略〉
>「くだん」としての最古の例は天保7年(1836年)の日付のある瓦版に報道されたも
>の。これによれば、「天保7年の12月丹波国・倉橋山で人面牛身の怪物『件』が現れ
>た」と言う。またこの瓦版には、「宝永2年12月にも件が現れ、その後豊作が続いた。
>この件の絵を貼っておけば、家内繁昌し疫病から逃れ、一切の災いを逃れて大豊年と
>なる。じつにめでたい獣である」ともある。また、ここには「件は正直な獣であるから、
>証文の末尾にも『件の如し』と書くのだ」ともあり、この説が天保の頃すでに流布してい
>たことを示す。


(上でいう瓦版の図が http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Mt_Kurahashi_Kudan.jpg)。

http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/memb/hayashi/kudan.html
>千葉幹夫(編)「全国妖怪語辞典」
〈略〉
>p.491[福岡県]:
>「クダン  動物の怪。九州・中国地方でいう。牛の子で人語を解する。そのいうこと一
>言は正しい。「よって件のごとし」という俗説を生じている。多くは流行病や戦争の予言
>をする。生まれて四、五日しか生きない」

>cf. 柳田國男(監修), 民俗学研究所(編)『綜合日本民俗語彙』第2巻, p.490: 「クダン 
>... 牛の子で人語を解するもの。そのいうこと一言は正しい。よって件の如しという俗説
>を生じている。いまも九州・中國地方では時折り聞く。生れて四、五日しか生きていな
>い。多くは流行病や戰争の豫言をする。」


で、まあ、パティオでの実際のやり取りはわからないものの、唐沢俊一が最初から俗説
だと紹介していたとするならば、「ある作家さんからその信憑性を追及された」などという
ことが起こるとも考えにくく、後付けで唐沢俊一が「『よってくだんのごとし』が件から来て
いる、というのはもちろん俗説でありましょう」と、くどくど説明する必要もなかっただろう。

あげく、「面白すぎる説は大抵、俗説である」に、「一般には俗説こそ真実。つまらぬ真実
など、どこかに一行、記録がありゃそれでいい」などと、しつこく言い募る様子は、

唐沢俊一に語られるヒクイドリ。薄いというより低いレベルで。

のエントリーに書いた件を思い出させる。「カシオ計算機の社名は創始者の樫尾俊雄氏
に由来しているが、『CASIO』 はラテン語で『計算する』という意味である。」をガセだと
指摘されたことを惜しむあまり、「事実、などというのは世界中の人間のうちの数パーセ
ントが知っていればいいことではないか?」とか言い出したアレ。

関連ガセビア
駄ボラのいかがわしさの混入率高過ぎ<『トンデモ一行知識の世界』
ほとんど全ての意味で正反対 ―― アイザック・アシモフと唐沢俊一

むしろ、「面白すぎる」のは、「俗説」なんかよりも、「ある作家さんからその信憑性を追及
された」のが、唐沢俊一は余程悔しかったのだろうなあと想像しながら、上に引用した
ような文章たちを読むことだと、個人的には思うのだが。

特に、Wikipedia の「しかし怪物『件』の記述がみられるようになるのは江戸時代後期で
あるが、『件の如し』という決まり文句は既に『枕草子』などにも見え」という記述には、
何だか笑えたもの。そりゃ古さでは『枕草子』には勝てないよなとか、グッドスリープで
ぐっすりみたいなものかとか。

「世界一受けたい授業」の「ぐっすりは Good Sleep から」はガセ

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