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2010.10.24 (Sun)

1972 年カラサワシュンイチ 14 歳

『ウラグラ! ベスト・オブ・裏モノの神様』 P.40

唐● そう言えば、武蔵野という広大な荒野をバックに背負っている、
というのも、当時の東京の潜在的なパワーじゃなかったですかね。
神● アーティフィシャル(人為的)の極致の都会と、原始の息吹を
そのまま伝える原野の取り合わせだな。30年ほど前に武蔵野の野っ原
を歩いたことがあるが、本当に見渡す限り真っ暗な草むらがどこまでも
続いていて……それだけに、はるか遠くに見える東京の灯りが目に
しみた。


小ネタ。『ウラグラ! ベスト・オブ・裏モノの神様』の奥付けには「2002年4月23日 
第1版第1刷発行」の文字がある。同書 P.286 には:

>◎初出
>「週刊アスキー」(アスキー)連載
>「唐沢俊一の裏モノの神様」
>(1997年12月4日号~2001年 7月17日号)


そして、表紙カバーの折り返しには「唐沢俊一 Shun-ichi Karasawa 1958年、北海道
生まれ」とある。

つまり、この本でいう「30年ほど前」は 1972 年頃のことという話になってしまうわけで。
1958 年生まれの唐沢俊一は 14 歳で、北海道の中学に通っていたはずで。

家族に連れられて東京に遊びにくるくらいのことはあったとしても、「本当に見渡す限り
真っ暗な草むらがどこまでも続いて」いるような、夜の「武蔵野の野っ原を歩いたことが
ある」とは、いったいどんな経緯でそういうことになったか見当がつきにくい。少なくとも、
余程の事情がない限り、中学生を一人でそんな夜道を歩かせたりしないのではないかと
思うのだが、同行者についての記述もない。

多分、「20年ほど前」とかの間違いだと思うけど……。

おまけ:
http://www.phoenix.to/53/atom5.html
>鉄腕アトム 第5話「赤いネコ」
〈略〉
>『作品内容』
>赤いネコに導かれて武蔵野に集められた5人の少年達。 彼らの父親はいずれも武蔵
>野の開発に携わっていた。 ヒゲオヤジはアトムを連れて赤いネコの正体を突き止めよ
>うとしてY教授の白骨死体を発見する。
〈略〉
>そこでは教授が超短波催眠装置を使って動物達を操っていた。 彼は自分の用意した
>爆弾の爆発に巻き込まれて瀕死の重傷を負ってしま う。 武蔵野の開発は中止にな
>り、教授は自分の骨は武蔵野に埋めてもらいたいと言い残し息を引き取る。


http://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/329_15886.html
>武蔵野 国木田独歩
〈略〉
> 武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも足の向く
>ほうへゆけばかならずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。武蔵野の美は
>ただその縦横に通ずる数千条の路を当あてもなく歩くことによって始めて獲えられる。
>春、夏、秋、冬、朝、昼、夕、夜、月にも、雪にも、風にも、霧にも、霜にも、雨にも、時
>雨にも、ただこの路をぶらぶら歩いて思いつきしだいに右し左すれば随処ずいしょに吾
>らを満足さするものがある。これがじつにまた、武蔵野第一の特色だろうと自分はしみ
>じみ感じている。武蔵野を除いて日本にこのような処がどこにあるか。北海道の原野
>にはむろんのこと、奈須野にもない、そのほかどこにあるか。林と野とがかくもよく入り
>乱れて、生活と自然とがこのように密接している処がどこにあるか。じつに武蔵野にか
>かる特殊の路のあるのはこのゆえである。


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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

12:10  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>1899年から1961年までは、日本での著作権保護期間は著作者の
>死後30年でした。

これは私のうっかりでした、ご指摘ありがとうございました。(_ _)(_ _);

となると、残る問題は、「生存しているならば著作者人格権の侵害となるような利用行為」になるのかも。

http://ja.wikipedia.org/wiki/著作権の保護期間
>また、その後著作者が死亡し、著作者人格権が消滅しても、著作者が
>生存しているならば著作者人格権の侵害となるような利用行為、著作者の
>声望名誉を害する方法による著作物の利用行為は引き続き禁止される
>(60条、113条6項)。
トンデモない一行知識 |  2010年11月13日(土) 20:15 |  URL |  【コメント編集】

●著作権保護期間について

>国木田独歩は明治41年(1908年)没とのことなので、1958 年以降だったら、そんなに厳しくいわれなかったとか……? 「赤いネコ」の初出は 1953 年だそうなのがアレですけど。

1899年から1961年までは、日本での著作権保護期間は著作者の死後30年でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E3%81%AE%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%9C%9F%E9%96%93#.E8.91.97.E4.BD.9C.E6.A8.A9.E3.81.AE.E6.B6.88.E6.BB.85.EF.BC.88.E7.B5.82.E6.9C.9F.EF.BC.89

よって国木田作品の著作権は(日本では)1938年に消滅しています。
割也 |  2010年11月13日(土) 01:04 |  URL |  【コメント編集】

●自然公園あり立ち入り禁止区域あり

>NNT さん
独歩の『武蔵野』でさえ、「ここに自然あり、ここに生活あり、北海道のような自然そのままの大原野大森林とは異なっていて、その趣も特異である。」なので、「広大な荒野」でくくってしまうのはどうかなあと思っていたのでした。

http://homepage2.nifty.com/kabutokuwagata-yh/zoukibayashi.htm
>武蔵野(現在の東京、埼玉、神奈川の一部)に限って言うと、中世から
>江戸時代の初めまでは一面のススキ原であった。江戸に幕府が開かれ、
>人口が増えてきて薪や炭などの燃料が大量に必要となった。そこで、
>ススキ原を刈ったり焼いたりしてクヌギやコナラを植えていったのである。
〈略〉
>江戸時代の武蔵野の風景は雑木林が多くなったにもかかわらず、江戸中心部
>に暮らす武士や商人、文人などの武蔵野に対するイメージは違ったものだった。
>武蔵野といえば中世からススキ・露・月というキーワードで歌われつづけてきた。
>絵画にしても桜や松は多く描かれてきたが、雑木林の絵で有名なものはない。
>雑木林は農民の生活道具のひとつに過ぎず、歌や絵などの芸術の対象にはな
>らなかったのであろう。
>長い間のイメージや風習はなかなか変わるものではなく、国木田独歩の「武蔵
>野」以前に雑木林の美しさを紹介し、世に広まったものはほとんどない。
>国木田独歩はロシアの詩人ツルゲーネフのシラカバ林の美しさを描いた作品に
>感銘を受け、落葉広葉樹林の四季の美しさを武蔵野のなかに発見した。

一方、開発が進んだ今でも、保護されている地域が結構存在しているようなので (以前の職場は世田谷区でしたが立ち入り禁止のエリアが近くにあったような)、唐沢俊一のような体験も一応可能なのかも。林も森も人家もなくひたすら野原という地域があるかどうかまでは不明ですが……。

http://sun.ap.teacup.com/vibstation/1338.html
>武蔵野の原生林の名残りがあちこちに。東京とは思えない光景。でも木立の
>両脇はしっかりと住宅地。
〈略〉
>この辺りのような地形を「崖線緑地」と呼ぶのだそうだ。
>当然の事ながら行政によって保護地区に指定されている。

http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/nature/natural_environment/tokyo/area/index.html
トンデモない一行知識 |  2010年10月25日(月) 00:09 |  URL |  【コメント編集】

●うーん

70年代には
>武蔵野という広大な荒野
ってのはどうなんだろ?その頃すでに結構開発がすすんでますよ。
たとえば多摩ニュータウンが1971年に入居が始まっているわけで。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E6%91%A9%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3
NNT |  2010年10月24日(日) 13:35 |  URL |  【コメント編集】

>藤岡真さん
http://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/329_15886.html
を見ても、記憶にあるそのものズバリのフレーズは出てこないけど、これはもしかして……と思っていたのでした。(←後出しジャンケン) ^^;

道玄坂、白金といった地名が、今と全然違う意味で出てくるのが面白いというか、子どもの頃にアトムを読んで思い浮かべていた武蔵野ともかなりギャップが……。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0655.html
> 独歩が国木田独歩になったとき、独歩は渋谷に住んだ。渋谷区渋谷村こそ
>は、独歩が最後の理想を捧げた武蔵野の半径が閉じるところだった。


> 手塚先生てば。

国木田独歩は明治41年(1908年)没とのことなので、1958 年以降だったら、そんなに厳しくいわれなかったとか……? 「赤いネコ」の初出は 1953 年だそうなのがアレですけど。
トンデモない一行知識 |  2010年10月24日(日) 13:22 |  URL |  【コメント編集】

●赤いネコ

 実はこの作品の中で引用されている国木田独歩の「武蔵野」という詩、オリジナルと大分違います。つまり、引用になっていないわけで、それは独歩にも失礼だし、著作権法にも抵触します。
 手塚先生てば。
藤岡真 |  2010年10月24日(日) 12:19 |  URL |  【コメント編集】

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