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2010.09.26 (Sun)

天国への梯子だったり天皇の料理人だったりの高橋さん

2010 年 9 月 5 日 11:45 からの日テレ『スクール革命』

「光宇宙 (ピカチュウ)」は非実在?
オードリー踊るなら
一という名字だったら一という名前をつけたくなるかな人情として
時々でいいからお公家さんのことも思い出してください
実在しない名字をカウントするのは止めましょうということで 10 万種類
元データ不明の「知念」は「約20倍いる」
唐沢俊一に“スミス”を扱わせたのがいけなかったんじゃなかったかという話も
ほにょ、ほんにょ、ほにお、すずきの木
佐藤さんといえば大ムカデ退治と西行法師

佐藤さんといえば、狐忠信に平将門討伐ってのもあるよというのは、おいといて、今回は
「高橋」さんについて。

日テレ『スクール革命』の唐沢俊一担当部分より。

http://www.ntv.co.jp/s-kakumei/onair/100905.html
>第3位 「高橋」
>由来:日本の国土の約7割が“山間部”。
>「山」があるという事は「谷」がある。⇒橋を架ける
>高い橋の近くに住んでいるから。高い橋の近くで生まれたから。という事で「高橋」姓
>が生まれたと言われている。


実際に唐沢俊一のしゃべったのは:

山のつく字っていうのが、日本にはすごく名字ってのが多いというじゃない
ですか。山があるからには谷がある。谷があるということは、そこからそこへ
渡るには橋をかけなくちゃいけない。そこでその下の道を通ると、高いところ
に橋がかかっているな、という。それがたくさん多いってんで、その高い橋の
近くに住んでいるから、高い橋の近くで生まれたから、ということで高橋さん。


サイトに書かれているのは、あれでもかなり整理された文章だった、と。

このときテレビに映し出されたのは、何もここまで高い所にある橋の画像を使わなくても
……と思わせる画像で、もう周囲には山しかなく、下を流れている川も細く狭く、付近に
家など一軒も見あたらないような。

これが谷瀬の吊り橋 http://www.mapple.net/spots/G02900080501/photolist.htm
ようなものならまだ、川の幅も広いし、写真によっては人家があるのも確認できるけど、
番組の方で使われていた画像は、五家荘の吊り橋などに近い感じだった。
- http://ssakura812.exblog.jp/6575642/
- https://gazoo.com/g-blog/mizpuri/234473/Article.aspx

これで、「高い橋の近くに住んでいるから。高い橋の近くで生まれたから。」――の「高橋」
さんが、日本で 3 番目になるほど多数誕生したといわれても、ああなるほどと膝を打つ
気には、あまりなれない。

ちなみに、Wikipedia での「高橋」「高橋氏」の説明は以下の通り。

http://ja.wikipedia.org/wiki/高橋
>河川に架かる橋に由来する名称(人名・地名など)

http://ja.wikipedia.org/wiki/高橋氏
>高橋の名の由来については諸説ある。
>1. 筑後国北部の御原郡の国人一族が高橋氏を名乗る。初め大蔵党の一派。のちに
>  豊後大友氏の一族出身の高橋鑑種や高橋鎮種(紹運)が家督を継いだ。筑後十五
>  城の一つ。前段で詳述。
>2. 安芸国・石見国に勢力を張った国人一族が高橋氏を名乗る。高橋興光の代で毛利
>  元就に滅ぼされる。後段で詳述。
>3. 磐鹿六雁命(後世、日本料理の神として尊崇を集めた)を祖とする古代氏族の一
>  で、膳部(かしわで)氏とも称した。代々内膳司を勤めており、同僚の安曇(あずみ)
>  氏との衝突の果てに家記『高橋氏文』(789年奏上。逸文のみ残る)を奏上したこと


3. の「膳部(かしわで)氏」のことを「天皇の料理番」と表現している本 (『よくわかる!名字
と家紋』 著者: 武光誠) もある。
- http://books.google.co.jp/books?id=-JV4pjoJiHAC&q=天皇の料理番

高橋姓の由来を説明する際に、この膳部氏の話や『高橋氏文』のエピソードに、まったく
言及しないのも割と珍しい部類に入るのではないかと思うが、これはまあ佐藤の由来の
とき
と同様、唐沢俊一を起用する番組らしいクオリティということで。


では、鈴木の件と、佐藤の件で、有力ネタ元かなと思った (いや自分が勝手に思った
だけだけど) 森岡浩による説明はどうかというと……。

http://www.nhk.or.jp/r1-night/quiz/archive/kako/091027.html (「2ページ」)
>※高橋さんは、全国的に広く分布。橋は古代においては土地を象徴する建築物。
> 秋田県のある地域を調べたところ、○丁目世帯の全員が高橋さん


http://home.r01.itscom.net/morioka/myoji/ranking.html
> 「高橋」という名字はたいへん古く、古代からあります。万葉歌人の高橋虫麻呂が
>有名ですし、文学史で「高橋氏文」という書名を見たことがあるかもしれません。この
>高橋氏は古代豪族で、天皇家の料理を担当した一族です。同僚の安曇氏と席次で
>もめた際、高橋氏の方が由緒正しく正統である、と書いて提出したのが「高橋氏文」
>なのです。いってみれば家系自慢ですね。系図上では、高橋氏は第8代孝元天皇の
>皇子、大彦命の子孫となっています。ルーツは奈良県天理市の高橋というところです。
> しかし、高橋姓は基本的には「橋」に由来する名字です。でも「橋なんて珍しくもなん
>ともないだろう」と思いませんか? 実はそれは現代人の感覚なのです。江戸時代で
>すら、都市部を除いては、川は渡し舟で渡るものでした。江戸では隅田川にいくつか
>の橋がかかっていましたが、その大半は有料で、結構な通行料がかかったようです。
>つまり、橋とは、そんなに庶民的で一般的なものではなかったのです。名字ができた
>のは、江戸時代よりもずっと前ですから、さらに貴重で目立つ建造物だったことはあき
>らかです。
> では、「高橋」の「高」とはなんでしょう。現在の橋はコンクリートで造りますから、どん
>なに長くても横からみれば一直線です。しかし、昔の橋は木造ですから、大きな橋は
>アーチ状につくりました。そのため、中央部は高くなっています。つまり、「高橋」とは、
>「大橋」という意味なのです。読み方も、今では「たかはし」ですが、古くは「たかばし」
>と読んでいた可能性があるとみています。
> ただ、現在の高橋さんのルーツは、地名由来の方が多そうです。高い橋に由来する
>地名が各地にあり、そこに住んだ一族が「高橋」を名字としたという例がたくさんありま
>す。古代における「高橋」は「姓」で「名字」ではありません。現在では「姓」を名乗って
>いる家はあまりありませんから、現在の高橋さんは別姓で、地名由来の名字の「高
>橋」さんが主流だと思います。(難しくてゴメンナサイ)


さて、日テレ『スクール革命』での説明は、どう解釈するべきか。

すぐ上に引用の文章の最後の段落にある「高い橋に由来する地名が各地にあり、そこ
に住んだ一族」、「現在の高橋さんは別姓で、地名由来の名字の『高橋』さんが主流」、
Wikipedia でいう「河川に架かる橋に由来する名称(人名・地名など)」に重点を置いて
「高橋」さんの由来を説明するのは、よいとして。

「名字の由来の説明は一致していない」のは、前エントリーにも書いた通り。

唐沢俊一「その下の道を通ると、高いところに橋がかかっているな、という。それがたくさん
多いってんで」

森岡浩「でも『橋なんて珍しくもなんともないだろう』と思いませんか? 実はそれは現代
人の感覚なのです。〈略〉橋とは、そんなに庶民的で一般的なものではなかったのです。」

唐沢俊一「山があるからには谷がある。谷があるということは、そこからそこへ渡るには
橋をかけなくちゃいけない。そこでその下の道を通ると、高いところに橋がかかっている
な、という。」

森岡浩「では、『高橋』の『高』とはなんでしょう。〈略〉昔の橋は木造ですから、大きな橋
はアーチ状につくりました。そのため、中央部は高くなっています。つまり、『高橋』とは、
『大橋』という意味なのです。」


さらに、由来説明の他のページを探してみると、今度は「天と地を結ぶ高い柱(ハシ)」
からきている――という話が浮上してくる。

http://harimaya.com/o_kamon1/seisi/best10/takahasi.html
> 佐藤・鈴木についで広く全国に分布する。これは高橋という地名が全国各地に多
>かったからだ。ちなみに奈良県では 約四十もの高橋という地名がある。
> 高橋氏には二つの系統がある。まず孝元天皇の皇孫大稲輿命の子磐鹿六雁命の
>流れ。この命(ミコト)は景行天皇に 新鮮な蛤のナマス料理を差し上げた。天皇はい
>たく喜ばれ、膳(カシワデ)の姓を賜った。この子孫膳臣の支流が高橋氏を名乗った。
>その後、朝廷の食膳を司る家柄として、本家の膳臣をしのぐ勢力となり、高橋朝臣を
>賜姓された。
>  もう一つが大和国添上郡「高橋神社」の所在地高橋邑から出た物部氏の流れで、
>これは地名からきている。 高橋の地名は神社に関係が深い。それは、丸木橋を立て
>れば柱になる。天と地を結ぶ高い柱(ハシ)は神の降臨を願う聖域の目印となる。
>神殿の階(キザハシ)も同じだ。信濃国の一宮である諏訪神社や生島足島神社の境
>内には「御柱」が立てられているが、 これも高い柱に通じるもので、神の降臨を願うも
>のにほかならない。
> また、神の訪れるハシのたもとは、それが柱であろうと橋であろうと、そこは聖なる場
>所である。多くの氏子は、ここで神を待ち、 神を迎えた。そこは神を呼ぶ場所であり、
>かつ神を招く人(神主)の居所であった。こうして、 高橋は氏子たちにとって神聖な宮
>代となり、意義深いことばとなった。そして、名字に転じた。 高橋氏には社家が多い
>が、越後の弥彦大宮司家をはじめ、各地の八幡社や山王社などの神職に就いてお
>り、 とくに北関東・東北に多い。
>  武家の高橋氏は、駿河の紀姓大宅氏族、遠江の藤原南家狩野氏族、近江の佐々
>木氏族、伊予の越智氏族、 筑前の利仁流斎藤氏族や桓武平氏の系統などもある。
>その他、各地の高橋姓をながめてみると、 諸国に多数の氏が出ている。筑後三原郡
>発祥の高橋氏は、渡来系の大蔵氏の流れで、高橋招運の養子となった 立花宗茂は
>柳川藩主となり、高橋元種は延岡藩主となった。


「天と地を結ぶ高い柱(ハシ)」や「神殿の階(キザハシ)」は、「神の降臨を願う聖域の
目印」であり、それが地名となり、「名字に転じた」ので、「高橋氏には社家が多い」と
いう話。つまり、名字の元となったのが「高橋」という地名として、地名としての「高橋」
は、高いところに「橋」があるからつけられたものというより、「神社に関係が深い」と
いうのだ。

「天(神)と地を結ぶ高い柱・階(たかはし)が原義」というのは、『なるほど日本知図帳
04-05』 (昭文社) でも採用しているようで、この本ではさらに「『橋』とは、『川を渡る橋』
では無く『梯子』のことで、天(神)と地を結ぶ高い柱・階(たかはし)が原義」――として
いる模様。

http://office-maeta.jp/office/contents/060828.htm
>* 高橋: 天(神)と地を結ぶ高い柱・階(たかはし)が原義。古代からの大姓。
〈略〉
>(昭文社 なるほど日本知図帳04-05 より)


http://office-maeta.jp/office/contents/060828.htm
># 順位はなるほど日本知図帳 04-05(昭文社)から → これも第一生命資料から
>のようだ
〈略〉
>高橋
># 全国に約145万人で名字ランキング3位。
># そものも「橋」とは、「川を渡る橋」では無く「梯子」のことで、天(神)と地を結ぶ
>  高い柱・階(たかはし)が原義で、古代からの大姓の一つ。
># 高橋姓の中で有名なのは古代豪族の高橋氏で、第八代孝元天皇の皇子である
>  大彦命(おおひこのみこと)の子孫の膳(かしわで)氏の一族で、大和国高橋
>  (奈良県天理市)の地名から高橋姓を名乗った。
># 高橋姓は東西を問わず全国に分布し、岩手県湯田町では人口の1/3が高橋姓
>  と言われている。
># 代表家紋は竹笹。



で、まあ、先に紹介した『よくわかる!名字と家紋』 (著者: 武光誠) では、「高橋の名字」
について、以下のようにまとめている。こちらは、高いところにかけられた橋からきている
高橋さんもいることを、一応肯定している。

http://books.google.co.jp/books?id=-JV4pjoJiHAC&q=高橋の名字
> 現在、高橋の名字が非常に多く、全国各地に分布している背景には、高橋という
>地名が全国にあり、その地名から名字を名乗った人が住んでいた地域、高い橋が
>あるところ、高橋神社があるところなどに、高橋という地名がつけられています。

>   高橋の起源①

> 天まで届く高い梯子→高橋
>       ↓
> 神事を行う人を高橋と呼ぶ
>       ↓
> 全国に高橋神社ができる
>       |   周辺の「村」や「氏子」なども
>       ↓   高橋と呼ばれるようになる
>     高橋氏に


>   高橋の起源②

> 高橋という氏を与える            朝廷の料理人
>天皇―――――――――――――――――――――→ 膳氏
>   膳氏という氏は福井県の膳部山    |
>   が由来とも、逆に支配地にその     |
>   名がついたともいわれている       ↓
>                         高橋氏に


>   高橋の起源③

>   高橋という人が
>   住む村の住人が         「高橋です」
>    高橋と名乗る           高橋村

>  高い橋があるところに住む人


ただし、「高い橋の近くに住んでいるから。高い橋の近くで生まれたから。」しか挙げて
いない日テレ『スクール革命』のサイトの説明には、かなり問題があると思われるし、
谷にかけられた橋が「たくさん多い」からとかいう番組内での唐沢俊一の説明は、ガセと
認定してしまってよいだろう。

それと、鈴木さんの件のときも少し思ったけど、鈴木や高橋といった名字の成り立ち、
および、それが広まった経緯には、神社が密接にからんでいるような気もするのだけど、
番組では、神社の「じ」の字も出さないこととかいうルールでもあったんだろうか。

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Comment

非公開コメントということもあり、あまり直接のレスではないですが……。

対象地域によっては、デリケートな話題になるかもですね。まあ、本文で言及した五家荘のように、落武者伝説を観光の売りにしているっぽいところは大丈夫ということでよいのでしょうか。豆腐のみそ漬けは機会があったら、ぜひ食べてみたいと思いました。

http://www.nenrinpic2011.jp/gorin-chi-ichiran/95-2010-03-02-08-22-49.html
>落武者(おちむしゃ)伝説が残る地区
>五家荘は九州山地のとっても山奥にある、八代市泉町の「仁田尾(にたお)」
>「椎原(しいばる)」「樅木(もみき)」「久連子(くれこ)」坂本町の「葉木(はき)」
>という五つの小さな地区を合わせた呼び方だよ。
> 源義経(みなもとのよしつね)と平清盛(たいらのきよもり)が戦った「源平合戦」
>※で負けた平家(へいけ)の生き残りの人たちが逃げてきた場所なんだ。
> 隠れ住んだ平家の武士たちは「落武者」と呼ばれ、じっと息をひそめて生活
>していたんだって。

http://arinco11.exblog.jp/5205199/
>これは 熊本県の特産品 豆腐のみそ漬けです
>今を遡る800年ほど前 肥後連山の麓=五家荘に逃れた 平家の落武者が
> 伝えたものだとか
>豆腐の水気を絞り 火に炙り乾かし 一年以上味噌に漬けたもの...だそうです
>麦の入った味噌と 渾然一体の 塩辛~い滋味 うなるほど...ドえらく旨い
>チーズのような香味も感じます 「山うに」と呼ばれることもあるようです う~ん
>納得


橋については、以前
http://tondemonai2.web.fc2.com/801.html
でやったことがあるだけですが、昔の日本の橋には、吊り橋の他に、
http://ja.wikipedia.org/wiki/流れ橋
http://ja.wikipedia.org/wiki/沈下橋
といったタイプが結構あったのかなとも思ったり、です。
トンデモない一行知識 |  2010年09月28日(火) 07:22 |  URL |  【コメント編集】

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2010年09月27日(月) 00:21 |   |  【コメント編集】

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