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2010.09.25 (Sat)

佐藤さんといえば大ムカデ退治と西行法師

2010 年 9 月 5 日 11:45 からの日テレ『スクール革命』

「光宇宙 (ピカチュウ)」は非実在?
オードリー踊るなら
一という名字だったら一という名前をつけたくなるかな人情として
時々でいいからお公家さんのことも思い出してください
実在しない名字をカウントするのは止めましょうということで 10 万種類
元データ不明の「知念」は「約20倍いる」
唐沢俊一に“スミス”を扱わせたのがいけなかったんじゃなかったかという話も
ほにょ、ほんにょ、ほにお、すずきの木

の続きみたいなもので、「鈴木」さんの次は「佐藤」さんかなやっぱり、ということで。

日テレ『スクール革命』の唐沢俊一担当部分では、佐藤の由来は以下のようになって
いる。

http://www.ntv.co.jp/s-kakumei/onair/100905.html
>第1位 「佐藤」
>由来:日本で一番繁栄した貴族が「藤原氏」。「佐(すけ)」という職位を務めた藤原氏
>が「佐藤」という名字を付けたことから
>⇒「佐藤」姓が生まれたと言われている。


これについては、既に「唐沢俊一検証blog」が言及している。

http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20100912/1284293800
> さて、番組内で唐沢が「オードリー」には「貴族が持つ精神の強さ」という意味がある
>という雑学を披露したところ、「諸説あります」というテロップが出たので、「ああ、『給与
明細』再びか…」と思ったものだが、他にも「佐藤」という苗字の由来についても番組で
>紹介された以外の説(藤原秀郷が佐野に住んでいたことに由来する説など)がある。
>どうもこの番組は「諸説」の扱い方がズサン。


給与明細』関連 (使い回しを含む)
ガセビアを 一度数えて あきれ果て
まだまだいそうな人間以外の「正常位をやる動物」
イモリの黒焼きよりもゴールド、これ最強
カン違いじゃない「恋愛による興奮」ってのも難しいかも

「貴族が持つ精神の強さ」については、「オードリー踊るなら」のエントリーの方でやった
けど、こういうガセレベルのものに「諸説あります」の方を使って、本当に「諸説あります」
の「佐藤」姓の由来に関しては、そのままスルーというのが、唐沢俊一を起用する番組
らしいクオリティと思えなくもない。


さて、佐藤という名の由来の「諸説」をコンパクトにまとめたものに、以下のようなページ
がある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/佐藤
>佐藤の名の由来は諸説ある。
>1. 藤原秀郷をその源流とし、左衛門尉の藤原氏が略されて姓となる。「左藤」でない
> のは、佐の字が吉祥を表す字だったため[1]。
>2. 佐野の藤原氏が略されて姓となる。
>3. 佐渡の藤原氏が略されて姓となる。
>4. 東北地方が深い関連がある。
〈略〉
>1. ^ 「珍姓奇名」佐久間英 ISBN4-15-050072-X


http://www.otona-magic.net/history/190001.html
>佐藤さんの名前の由来は諸説あります。

>藤原を名乗れない人達が、藤原にあやかりたいという気持ちで「藤原家の補佐(家
>来)」=補佐の(佐)と藤原氏の(藤)をとった説。

>平安時代の武将である藤原秀郷の子孫にあたる藤原公清が左衛門尉(さいもんの
>じょう)という役職に就きました。この、左衛門尉の「左」と藤原の「藤」を重ねて佐藤と
>名乗った説。

>さらに、藤原公清が下野国の佐野(現在の栃木県佐野市)で働くよう命じられたため、
>佐野の「佐」と藤原の「藤」を重ねて佐藤と名乗った説などが有力です。


http://blog.livedoor.jp/hiroharu825/archives/462938.html
>佐藤氏の由来には諸説ありますが、鎮守府将軍藤原秀郷の末裔公清が「左衛門尉」
>であったことから「佐藤」となったとの説が広く知られています。
>その他には、藤原秀郷の居住地下野国佐野(栃木県佐野市)に由来するという説、藤
>原秀郷の孫文脩が「佐渡守」に任じられたことに由来する説、公清の父公光が豊後国
>の住人佐伯大神惟基の婿養子となり「佐伯藤大夫」を称したことに由来する説などが
>あります。


テレビ番組で、時間も限られて、という場合でも、Wikipedia でいう 1. と 2.、「左衛門尉の
藤原氏が略されて」と、下野国 (現在の栃木県) の「佐野の藤原氏が略されて」という
代表的な説にふれる時間くらいはあると思うのだけど……。他を見ても、この 2 つの説
のどちらにもまったく言及しない日テレ『スクール革命』は、悪い意味で珍しいパターンに
分類されると思う。

ちなみに、Wikipedia の 1. の出典にある「佐久間英」は、ここで少し紹介した「いわゆる
佐久間ランキング」をつくった姓氏研究家の人。

日テレ『スクール革命』の方は、この Wikipedia の 1. の「左衛門尉」ではなく、また、
2 番目に引用したサイトでいう「藤原にあやかりたいという気持ちで「藤原家の補佐
(家来)」=補佐の(佐)」でもなく、「『佐(すけ)』という職位」という方をとっている。
これは、3 番目に引用したページでは、下の方で紹介されている説なのだけど……。

http://blog.livedoor.jp/hiroharu825/archives/462938.html
>また「佐藤」は「佐(すけ)」という朝廷の職位(次官)を代々務めたことに由来するとの説
>があります。佐藤氏はトップに立つより補佐役として活躍したようです。
>鎌倉期から江戸期まで大名に佐藤氏はなく、主要な公家や神官にも佐藤氏はありま
>せん。領主や主君と同じ名字を家臣は名乗ることはできません。領主層でなかったた
>め、佐藤氏は広がったともいえます。(参照『名字の地図』森岡 浩著)


「『佐(すけ)』という朝廷の職位(次官)を代々務めたことに由来するとの説」を紹介するに
あたり、「『名字の地図』森岡 浩著」と出典を明記しているのは賢明な判断ではないかと
思う――とか書くと何か偉そうだけど、この説は正直いって、「森岡 浩」という名前抜きで
ポンと出されても違和感がないほど、定説みたくはなっていないんじゃないかと。

ちなみに、前述の佐久間英以外の有名な姓氏研究家としては、丹羽基二 (日本人の
名字は「読みの違い」をいれて約 30 万種類を提唱、ここを参照のこと) という人もいる
けど、この人のいっている佐藤の由来も、「佐野の藤原氏」からと、「『左衛門尉』という
役職」からという話。

http://www.athome-academy.jp/archive/culture/0000000147_01.htm
>順位  姓氏  姓氏の型
>1    佐藤  地名・氏名・職名
>2    鈴木  信仰・物象
〈略〉
>丹羽基二氏調べ。苗字は地名姓、氏名姓、建造物姓、信仰姓、物象姓、職名など、
>由来はさまざまであるが、多くは地名に関係する。ちなみに第一位である佐藤さんの
>「佐」は藤原秀郷の居住地、下野国佐野庄(栃木県佐野市)を示し、藤は藤原姓の故
>地、大和国高市郡藤原里を表すという。姓氏の型に「氏名(うじな)」とあるのは「藤」
>が藤原氏の氏名であるため。また、「職名」とあるのは秀郷の後裔公清が「左衛門尉」
>という役職についており、佐藤氏はここから発祥という説もあるため


http://www.houbunkan.jp/shopping/10202/index.shtml
>◆第一章:大姓・珍姓いろいろある(代表的な131の苗字を取り上げて解説)たとえ
>ば、佐藤さん=佐野の藤原氏、加藤さん=加賀の藤原氏、斎藤さん=斎宮頭の藤原
>氏。金持さん=平家が滅んで陰栖、伯耆国の豪族・・・など。


また、森岡浩本人でさえ、「左衛門尉という役職の藤原さん」、「栃木県佐野の藤原氏」、
「佐渡に住んだ藤原氏」というのを全部すっとばして、「『佐(すけ)』という位にあった藤原
さん」一本でいっているわけではないのは、下に引用する通り。

http://home.r01.itscom.net/morioka/myoji/ranking.html
> さて、「佐藤」のルーツは藤原氏です。平安時代、藤原姓の人はものすごくたくさん
>いました。それでは不便なため、区別用に地名や職業と「藤原」を組み合わせて、新
>しい名字をつくったのです。つまり、「佐藤」とは「佐」+「藤原」ということになります。
> では、「佐」とは何かというと、いくつかの種類があります。まず、「佐(すけ)」という位
>です。朝廷の役職には、上から順に「かみ」「すけ」「じょう」「さかん」という四つの位
>(四等官)があり、役所によって色々な漢字をあてました。その一つが、「佐」という漢字
>です。つまり、「佐(すけ)」という位にあった藤原さん、という意味です。また、左衛門尉
>という役職の藤原さんも、「佐藤」を名乗っています。
> 地名由来の「佐藤」もあります。有名なのが、栃木県佐野の藤原氏です。ここは百足
>退治で有名な藤原秀郷が住んだところです。この他にも、佐渡に住んだ藤原氏も「佐
>藤」と名乗っているなど、「佐藤」姓の「佐」にはいろいろなルーツがあります。
> これらの中では、藤原秀郷の末裔で、左衛門尉となった佐藤公清が、佐藤さんの本
>家とされています。この子孫は、代々朝廷に仕えていたのですが、平安時代の末期に
>佐藤義清(のりきよ)が23歳で突如家を捨てて出家したことで没落してしまいます。
>一応、佐藤本家は弟が継いだものの、子孫は歴史の闇の中に埋もれてしまいました。
>この佐藤本家を没落させた張本人は、漂白の歌人として有名な西行法師です。


http://www.ebookbank.jp/murauchi/ep/item/1-131653/
>タイトル : 発見!日本一楽しい名字の地図帳
>監修/森岡浩 著/知的発見!探検隊
〈略〉
>名字ランキング
>☆1位 佐藤(さとう)
>★全国で200万人以上! 皆さん藤原氏の末裔です
> 名字ランキング第1位に輝く「佐藤」。ルーツは、平安時代、朝廷の要職を独占した
>貴族・藤原氏だ。藤原氏の中でも、平将門を討ち東国一帯を支配下に置いた武将・
>藤原秀郷(ひでさと)、その子孫である公清(きみきよ)が「佐(すけ)」という朝廷職位
>についたのが始まりとされている。「佐」の職位に就いた「藤」原さんというわけだ。
>また、下野国佐野(栃木県佐野市)に住んだ藤原氏、佐渡守(さどのかみ)になった
>藤原氏も「佐藤」のルーツといわれている。


ただまあ、上に引用した 2 つのどちらかか、それと似たような文章を流し読みして、後半
を無視し前半部分だけをコピペすれば、日テレ『スクール革命』のサイトにあるようなそれ
になるのだろうなあ、とも思う。

「百足退治で有名な藤原秀郷が住んだところ」とか、「佐藤本家を没落させた張本人は、
漂白の歌人として有名な西行法師」とか、他所でも目にするような面白そうな話は断固
としてスルーというのも、いかにも唐沢俊一らしいというか……。

http://www.harimaya.com/o_kamon1/seisi/best10/satou.html
> 武士に転身した藤原氏のうち、最も活躍したのは、藤原北家藤原房前の子・魚名を
>祖とする「秀郷」の流れと「利仁」の流れだ。

> 秀郷は平安前期に関東の任に赴き、下野掾となり、押領使も兼ねた。天慶三年
>(940)に平将門の乱を鎮圧。その功により、武蔵・下野の国司兼鎮守府将軍に任ぜ
>られた。若い頃、「俵藤太」として、近江の三上山に棲む大ムカデを退治した伝説は
>有名。佐藤氏は、この鎮守府将軍「藤原秀郷」六世の孫・公清に始まるとされる。
>公清の官名が左衛門尉で、その子季清、孫の康清も左衛門尉に任ぜられたため、
>その左をとって佐藤と称したという。北面の武士から出家して、歌人「西行法師」と
>なった佐藤義清は康清の子である。
> 秀郷の一族は、下野国安蘇郡佐野庄を中心に広がった。現在、佐野市郊外の唐沢
>山神社に、居館跡が伝えられている。一説には、佐野の藤原であったことから佐藤を
>名乗ったともいう。
> 秀郷の流れの佐藤氏は、相模・伊豆・常陸・甲斐・尾張・伊勢などに土着して勢力を
>伸ばしたが、最も発展したのは本拠の下野から陸奥の信夫郡に進出した奥州佐藤氏
>だ。この一族は奥州藤原氏に属して栄えた。源頼朝の奥州征討のとき、佐藤元治は
>藤原氏に従って戦死。その子継信・忠信兄弟は、源義経の忠臣として源平合戦に活
>躍、最期まで義経に従った。その後一族は、本領を安堵され、信夫庄に根づいて勢力
>を築いた。南北朝の動乱を経て、奥州全域から甲斐・尾張にも移って、その周辺各地
>に分布していった。関東・東北地方に佐藤氏が多いのは、このような歴史背景によっ
>ている。


いや、日テレ『スクール革命』で、唐沢俊一担当部分のネタを集めたのはスタッフだと
いう線が消えたとは思っていないのだけど。でも、唐沢俊一はなくスタッフが収集したの
だとしたら、なぜ番組では森岡浩ではなく唐沢俊一を起用したか、番組のサイトの出典
などに森岡浩の名前がいっさいないのかが、ますますわからなくなる。

こちらのエントリーに書いたように、番組では名字の順位づけに村山ランキングを使用
しているが、この村山ランキングの人は名字の由来とかは語っていない模様。「静岡
大学 城岡研究室
」では、名字によく使用される漢字の考察等はおこなっているものの、
十大姓の由来については、やはり言及はない。

前述の佐久間英、丹羽基二の両氏は既に亡くなっていて、専用のサイトなどが存在して
いるわけではない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/佐久間英
>佐久間 英(さくま えい、1913年2月1日 - 1975年12月16日)は新潟県出身の人名研
>究家、歯学博士。日本歯科大学講師。


http://ja.wikipedia.org/wiki/丹羽基二
>丹羽基二(にわ もとじ、1919年9月5日 - 2006年8月7日)は、苗字研究家。オリエンタ
>ル大学名誉教授、文学博士。


これで、ネット上からも気軽に参照できる最新情報が欲しい、でも肩書きもなく著書も
出版していない一個人の書いていることを使うのは不安――とか思ったなら (あくまで
想像)、姓氏研究家の森岡浩という人が書いたものから引っ張ってこようという発想に
なってもおかしくはないと思う。

しかし、その場合、森岡浩という名前をふせるのは変な話で、むしろ専門家によれば
こういう話のようですよと、信憑性の確保のため積極的に前面に出してよいくらいでは
ないかと思うのは、素人考えでしかないんだろうか。

森岡浩という研究家の存在に気がつかないままネタを収集したという可能性についても
一応考えてみたが、今回の「『佐(すけ)』という職位」の件と、「ほにょ、ほんにょ、ほにお、
すずきの木
」のエントリーで書いた「刈り取った後の稲藁」その他のかぶり方を考えると、
気づかないでいるのは難しいのではないかと思えてくる。

ただし、気づいていたとしたらしたで首をひねるのが、「高橋」という名字の由来の説明
は一致していないという件。これについては別エントリーでやろうかなと。

その他参考 URL:
- http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1214766787
- http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1998707.html

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Comment

>aka さん
http://pub.ne.jp/yasu/?entry_id=3025110

のコメント欄に書かれているようなお話でしょうか。

ええと、申し訳ありませんが、姓と名字、ついでにいえば氏とかの違いについては、難しくて私にはよくわかりません。@_@

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-523.html
の真ん中あたりで、2ちゃんねるのスレでの書き込みを抜き出しながら、今回の件では、ここら辺は関係なさそうでよかったと思っていたのでした……。

もう少し噛み砕いて説明していただくか、または、直接森岡浩氏に twitter 等で尋ねていただくのがよいのではないかと。お役に立てずすみません。(_ _)
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2010年10月16日(土) 11:01 |  URL |  【コメント編集】

以下にある森岡浩の検証もお願いします。

307 名前: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/11(水) 20:35:19 0
どこが適切な場所かわからないので、燃料投下も兼ねてここで。

種類の多さは世界トップクラス!?“名字大国”日本のルーツとは?

>日本と中国文化圏では名前の成り立ちが異なります。日本が“名字”を使用しているのに対し、
>中国文化圏で使われているのは“姓”です。
>日本では名字と姓がごちゃ混ぜになっていますが、本来は別々の意味を有するもの。
>たとえば姓は、その一族の先祖を指し示すもので、古代の中国では皇帝から授けられました。
>自分たちの先祖を敬う中国文化圏では、代々その姓を名乗り続けているため、種類が少ない。

中国で使われてるのが「姓」だとか、古代では皇帝が授けていたとか酷すぎ。
森岡浩って人、これでよく姓氏研究家なんて名乗れるな。
aka |  2010年10月12日(火) 06:04 |  URL |  【コメント編集】

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