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2010.09.18 (Sat)

時々でいいからお公家さんのことも思い出してください

2010 年 9 月 5 日 11:45 からの日テレ『スクール革命』

「光宇宙 (ピカチュウ)」は非実在?
オードリー踊るなら
一という名字だったら一という名前をつけたくなるかな人情として

の続きみたいなもので、これはかゆいところに手が届かないどころか、かゆくも何とも
なかったところが、むずがゆくなってくるなあと個人的に思ったところなど。


http://www.ntv.co.jp/s-kakumei/onair/100905.html
>Q.天皇家に名字がない「○」
>天皇家は日本の象徴であり、戸籍には掲載されていない 

>Q.江戸時代には武士にしか名字が無かった「×」
>公式の場で名乗る事が出来なかっただけで少数ではあるが名字を持っている者もいた。
>例:井原西鶴、小林一茶 など


「戸籍には掲載されていない」のは本当だとして、それの前になぜ、「天皇家は日本の
象徴であり」という説明をつけているのかが、ちょっとわからない。

「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存す
る日本国民の総意に基く。」という日本国憲法の条文は第二次世界大戦後のものである
のに対し、「天皇及び皇族は一般国民のような戸籍を持た」ないこと、「皇室の身分関係
(家族関係)を公証」する皇統譜というものが存在していることは、何も戦後にはじまった
ことではなく、明治時代からずっと続いていたことではないかと。

http://ja.wikipedia.org/wiki/戸籍
>天皇及び皇族は一般国民のような戸籍を持たず、個人情報は「皇統譜」に記載され
>る。非皇族から婚姻して皇族になった者は戸籍から離脱する。


http://ja.wikipedia.org/wiki/皇統譜
>皇統譜は、皇室の身分関係(家族関係)を公証し、皇位継承の順位を定める基礎と
>なる。1889年(明治22年)に定められた旧皇室典範には、「皇統譜…ハ図書寮ニ於テ
>尚藏ス」(34条)と規定されるのみで、明治初年から宮中で行われた皇室系図の取調
>べにおける内規によって運用された。1926年(大正15年)に至り、皇統譜令(大正15
>年皇室令第6号、旧皇統譜令)を定めた。第二次世界大戦の後、日本国憲法の施行
>にあたり、法律たる皇室典範(昭和22年法律第3号)、そして、政令たる皇統譜令(昭
>和22年5月3日政令第1号)が、新たに制定された。
〈略〉
>以上の通り、天皇および皇族の身分関係に関する事項は、皇統譜令に基づく皇統譜
>に記載される。よって、天皇及び皇族は、戸籍法の適用を受けない。


「天皇は日本の象徴」ではなく「天皇家は日本の象徴」と、「家」がくっついているのは、
地味に気になる……とはいえ、まあしょうがないのかなあ。天皇本人だけではなく、家族
の他のメンバーも、戸籍はないし「象徴的な立場にある」しで、「選挙権・被選挙権」など
を行使できない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/皇統譜
>なお、公職選挙法附則2項に、「戸籍法…の適用を受けない者の選挙権及び被選挙
>権は、当分の間、停止する。」と定められているため、天皇及び皇族の選挙権及び被
>選挙権は、同法の規定によって「当分の間、停止」されている、とする学説・見解があ
>る。
>一方、同法に言う「戸籍法…の適用を受けない者」とは、本島人ノ戸籍ニ関スル件
>(昭和8年1月20日台湾総督府令第8号)、又は、朝鮮戸籍令(大正11年12月18日朝
>鮮総督府令第154号)の適用を受ける者、つまり、同法の施行時に日本国籍を有して
>いた台湾籍や朝鮮籍の人々のみを指すのであって、天皇や皇族を指さない、とする見
>解もある[1]。1992年(平成4年)4月7日、宮尾盤・宮内庁次長は、参議院内閣委員会
>において、天皇及び皇族の選挙権・被選挙権は、象徴的な立場にある天皇とその一
>家として「政治的な立場も中立でなければならない」という要請や、天皇は「国政に関
>する権能を有しない」(憲法4条1項)という規定の趣旨などを根拠として、有していない
>とされているのであり、公職選挙法の規定が根拠になるわけではない、とする旨を答
>弁した。


その他参考 URL:
- http://q.hatena.ne.jp/1119233278
- http://www.norio-de.com/kenpou/chapter-1/
- http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=2656994
- http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-216.html (?)

で、天皇家が「戸籍には掲載されていない」のは、「天皇家は日本の象徴」だからどうの
こうのというより、そもそも戸籍というのは、「国家が個別個人支配」をするためのもの、
「元来は徴税・徴兵のために設けられ」たものだから――と考えた方がすっきりするのでは
ないかと思ったりもする。

http://ja.wikipedia.org/wiki/戸籍
>戸籍(こせき)とは、戸と呼ばれる家族集団単位で国民を登録する目的で作成される
>公文書である。日本国では、戸籍法に定められている。以下に述べるように、東アジ
>ア諸国特有の制度である。
〈略〉
>全国的な安定統治が達成された徳川時代の幕藩体制下でも、住民把握の基礎となっ
>た人別帳は、血縁家族以外に遠縁の者や使用人なども包括した「家」単位に編纂され
>た。帝国時代になると、中央集権的国民国家体制を目指すため、「家」間の主従関
>係、支配被支配関係の解体は急務であった。戸籍を復活させて「家」単位ではなく
>「戸」単位の国民把握体制を確立し、「家」共同体は封建的体制下の公的存在から
>国家体制とは関係のない私的共同体とされ、「家」を通さずに国家が個別個人支配を
>行うことが可能となった。
〈略〉
>戸籍は元来は徴税・徴兵のために設けられ、家制度の根幹であった、第二次世界大
>戦後の民法改正に伴う戸籍法改正により、現在の目的は大きく変わった。国民健康
>保険や国民年金などの行政サービスに用いるデータは住民票を基にしており戸籍の
>果たす役割は低下している。[1]


支配する側は戸籍に登録される必要はなかったということか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/明治天皇
>明治15年(1882年)、軍隊を「天皇の軍隊」と規定した軍人勅諭を発し、大元帥として
>軍隊の統率にあたり、軍備の増強に努めた。
>明治17年(1884年)以降は、間近に控えた議会創設に備えて、立憲制に対応する諸
>制度を創設した。内閣制度、市町村制、府県制、郡制の制定など、津々浦々に至る
>官僚制支配体系の整備と並行して、莫大な皇室財産の設定を行なった。
>明治22年(1889年)2月11日、大日本帝国憲法を公布した。


でも、冷静に考えてみれば、日テレ『スクール革命』が○×式の問題にした「天皇家に
名字がない」。これを「戸籍には掲載されていない」と解説するのは、半分しか説明して
いないような気もしてくる。戸籍に掲載するためには名字が必要というのはわかるけど、
「戸籍には掲載されていない」けど実は名字をもっているというのもありではないかと思う
ので。まあ、戸籍に名字として載っていないものは、それは名字ではないという定義を
とってしまえば別だけど。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/171328.html
> これは、聖徳太子などの飛鳥時代からそうで、大和の大王家には、最初から姓や
>氏族名がなかったようです。(だから大王家とか、大王一族と呼びます)。
> 理由として、蘇我とか物部などの豪族は、一族の総称で姓名としていたのですが、
>姓というのは、例えば、藤原とか橘などは、天皇家が、豪族に与えたもので、天皇家
>は、姓を与える側であったので、天皇家自身には、姓はなかったのです。
> 姓の後で出てきた「氏」とか「名字」なども、天皇家は名乗らなかったので、姓名に当
>たるものがないのです。
> これは、天皇一族、つまり、天皇も含めて、皇族も同様です。


http://oshiete.goo.ne.jp/qa/630890.html
>現在はありません.
>3世紀の卑弥呼の時代から4世紀の頃には確実にあったと思います.まだ,天皇では
>なく,大王といっていました.大和の苗字を持った豪族の中から大王が選出されたと
>思われますから,当然苗字がありました.
>5世紀になって,大王になれる家が一つに固定されると,苗字は残っていても,多分
>徐々に苗字が必要なくなっていったと思われます.
>6世紀の継体大王は別の氏から大王になりましたので,ここで苗字が変わった可能性
>があります.
>8世紀の天武天皇あたりから天皇と呼ぶようになりましたが,この頃には,苗字の必要
>がなくなり,多分この頃天皇家の苗字が消滅したのだろうと思います.この頃の日本
>の状況を書いた中国の「唐書」という歴史の本に天皇の苗字は「アメ」であると書いて
>あるそうです.
>以上,手元に本がないので,細かい点の間違いはあるかも知れませんが,大筋は
>あっていると思います.


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311796318
>今も昔も、天皇の一族に「名字(なあざな,みょうじ,苗字)」はありません。「姓(かば
>ね)」もありません。
>しかし、元々「あめ,あま(阿毎,天)」を名乗っていた、ということを聞きはします。血族
>集団を統括する呼称「氏(うじ)」として、その名を用いていたのではないか、ということ
>です。


ざっとググってみたかぎりでは、「教えて!goo」や「Yahoo!知恵袋」系では、上に引用の
通り、「天皇家は、姓を与える側であったので、天皇家自身には、姓はなかった」とか、
大昔は豪族の名字 (氏?) をもっていたかもしれないが「大王になれる家が一つに固定
されると」必要のなくなった名字は消滅したらしいとか、昔の唐の歴史書などに「あめ,
あま(阿毎,天)」と名乗っていた話が伝えられているとかいう話にとどまっている模様。

これが2ちゃんねるの過去ログになると、「あめ,あま(阿毎,天)」も有力で繰り返し登場
するのは似たようなものとして、もっとカオスに (?) いろんな話が出てきているのが何か
面白い。支那朝鮮発祥説が出てくるのは予想通りとはいえ、それだけではないぞという
感じで。

http://logsoku.com/thread/kamome.2ch.net/min/1043561550/
>>2 :天之御名無主 :03/01/26 15:43
>「天(あめ・あま)」と言う説を聞いたことがあるが

>3 :あらいぐま :03/01/26 15:44
>「姓」は上位にある者が下位の者に下賜するものであり、天皇の上はない。
>ようするに天皇に「姓」はない。

>5 :天之御名無主 :03/01/26 15:48
>阿毎だって隋書になかったかよ。

>6 :山野野衾 :03/01/26 15:51
>支那の史書には2や5で述べられている通り天と書かれています。
>おそらく 易姓革命防止のためでは。「五雑俎」などには「日本に孟子を運ぼうとする
>と船が沈んでしまう」と書いてあります。

>23 :天之御名無主 :03/02/17 22:27
>まず、姓と苗字の違いを認識すべき。
>たとえば、鎌倉幕府を開いた源頼朝も苗字はない。
>源というのは姓であり、苗字ではない。
>平清盛も同じ。平は姓であり、苗字ではない。
>苗字が武家において普及するのは鎌倉時代から。
>つまり自分の領地の地名を苗字にして、その土地が自家の領地であることを示した。

>天皇家は、源家や平家のルーツであるから当然、苗字はない。
>一般には姓もないといわれている。
>姓は、天皇が臣下に与えるものであったから。
>しかし、現皇室の先祖の継体天皇は、息長という姓だったから、
>天皇の姓として可能なのは、息長(おきなが)だろう。

> 61 :天之御名無主 :03/09/19 00:32
> >>23 源も平も姓ではなく氏ですよ。
>源氏の姓は朝臣です

> 62 :天之御名無主 :03/10/10 01:43
>中国で生まれた『姓』の本来の意味と
>日本の『姓』も意味が違うしなぁ・・・。難しいね。

>『姓』の最も古い意味は、一人の女性を祖とする一族(血縁)をあらわす。
>古代中国の『姓』に女偏が多いのはそのため。姫、姜、?、?など。
>中国では皇帝どころか、三皇五帝にもそれぞれ姓がある。

> 206 :天之御名無主 :2005/07/27(水) 20:32:42
>今まで出たのを軽くまとめると・・・
>1.天 阿毎 神様系
>2.伏見宮 閑院宮 旧宮系
>3.金 朴 シナチョン系
>4.山田 田中 普通にある苗字系

>実際に苗字付けてみると
>天明仁 伏見明仁 閑院明仁 金明仁 朴明仁 山田明仁 田中明仁・・・
>山田が一番なじむかも

> 288 :天之御名無主 :2006/06/25(日) 22:16:38
>あめ は九州の王朝の名前 ご本家の苗字ですね
>そっから分家した天皇のもとの職分は、「うがやふき」だろ

>うがやふき が天皇家のもとの姓だよ

> 336 :天之御名無主 :2007/01/12(金) 16:02:50
>今の天皇家の名字なら
>東久慈(ひがしくじ) だよ。

> 337 :336 :2007/01/12(金) 16:05:45
>学習院出身のオイラが書いたんだから間違いなし。
>学習院大学のOB会の会長は東久慈和爾侍従(天皇陛下)。

>401 :天之御名無主 :2009/01/12(月) 09:28:04
>そういえば学習院に行ってた友人が天皇家の○子と同じクラスで、苗字が無いから
>名簿一番最初で、出席取るときもいきなり「○子」で面白かった、って言ってたな~。
>ふと思い出したw


まあ真偽はともかく、ここまで出揃うと、今後聞くことになるたいていの話について、ああ
聞いたことがあると対応できそうで、ある意味心強い。


ええと、そして、日テレ『スクール革命』の方に話を戻すと、「Q.江戸時代には武士に
しか名字が無かった」という○×式の問題。これは設問自体が変というか不自然という
か……「公式の場で名乗る事が出来なかっただけで少数ではあるが名字を持っている
者もいた」という解説をくわえたかったのならば、「武士や公家にしか名字がなかった」
という問題を出すべきだったのでは。

http://ja.wikipedia.org/wiki/名字
>古代の氏族制度が律令制に移行した後に、氏族格式そのものよりもその本人が属す
>る家系や家族の方が重要になってきており、従来の氏(うじ)の中でもその家を区別
>する必要が現れた。例えば、同じ藤原氏でも藤原北家と藤原式家、藤原北家の中で
>も道長・頼通流とそれ以外といった様に同じ氏の中でも格の違いが現れている。
>そのため、その家を現すためにその出身地を付けたのが名字の始まりと言われてい
>る。平安時代の貴族は母親の邸宅で育つため、その母方の邸宅のある地名などを
>名字につけた。貴族の初期の名字は一代限りのもので、号といい家名を現すもので
>はなかったが、平安時代後期から家名となりその家系を示す様になってくる(近衛家、
>九条家、西園寺家など)。
〈略〉
>名字(苗字)は、姓(本姓)と違って天皇から下賜される公的なものではなく、近代まで
>誰でも自由に名乗る事が出来た。家人も自分の住む土地を名字として名乗ったり、あ
>る者は恩賞として主人から名字を賜ったりもした。
>江戸時代には幕府の政策で、武士、公家以外では、平民の中で、庄屋や名主など特
>に許された旧家の者だけが名字(苗字)を名乗ることを許されるようになった。これを
>もって「江戸時代の庶民には名字が無かった」という具合に語られることがある。だが
>庶民といえども血縁共同体としての家があり、それを表す名もある。また先祖が武家
>で後に平民になった場合に先祖伝来の名字が受け継がれる場合もあった。ただそれ
>を名字として公的な場で名乗ることはできなかった。


「庄屋や名主など特に許された旧家の者だけが名字(苗字)を名乗ることを許されるよう
になった」という話はよく聞くところではあるが、番組ではいっさいふれられていなかった
ような……。

まあ、Wikipedia でいう「名乗ることを許されるようになった」を認めてしまうと、番組の
サイトに書いてある「公式の場で名乗る事が出来なかった」と矛盾するのだけど。番組
では、「公的な場で名乗ることはできなかった」名字と、「名乗ることを許され」ていた
「庄屋や名主」などの名字の両方が存在していたことを、断固として認めない方針なの
だろうか。

http://aries.hp.infoseek.co.jp/myouji/kiso/edo.html
>亨和元年(1801年) お触書の発布
> 領主により苗字・帯刀を許可された庶民
> 1.郷士のように由緒あって以前から許されていたもの
> 2.奇特の行為によって褒賞として新たに許されたもの
> 3.町年寄・庄屋・名主・御用商人・本陣などの役柄によるもの


http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa3057989.html
>江戸時代に武士以外で苗字帯刀を許される人について伺いたいのですが、
>自分でも調べてみたところ、
>「豪農」、「藩に多額のお金を納めた」等いくつかの例を知りました。
>また、苗字帯刀に加えて「裃着用」、「麻上下着用」等プラスアルファが許されている
>家があることも分かりました。


そして、『スクール革命』のサイトでは、「公式の場で名乗る事が出来なかっただけで
少数ではあるが名字を持っている者」の「例:井原西鶴、小林一茶 など」となっている
のも首をひねりたくなる。その流れで本名ではない筆名の方を出すのかと。

http://ja.wikipedia.org/wiki/井原西鶴
>井原 西鶴(いはら さいかく、本名:平山藤五(ひらやま とうご)、1642年(寛永19年)
>- 1693年9月9日(元禄6年8月10日))は、江戸時代の浮世草子・人形浄瑠璃作者、
>俳人。


http://ja.wikipedia.org/wiki/小林一茶
>小林 一茶(こばやし いっさ、宝暦13年5月5日(1763年6月15日)- 文政10年11月19
>日(1828年1月5日))は、江戸時代を代表する俳諧師の一人。本名を小林弥太郎。
〈略〉
>25歳のとき二六庵小林竹阿に師事して俳諧を学ぶ(論拠不詳であるが、藤沢周平著
>『一茶』では小林竹阿には実際あったこともなく弟子というのは一茶の詐称との記述が
>ある)。



うーん、前のエントリーにも書いたけど、あまり頭がよさそうにはみえないネタの料理の
しかたとかが、いかにも唐沢俊一的だなあという気がする。一から十までスタッフが用意
したものだとするなら、もっとソツのない無難なネタの切り出し方、そして解説になっても
よいような気がするのだけど……。


追記: 本文の編集をしくじっていて、一部の表示がごっそり抜けていた件を修正。


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Comment

>今でも将棋、囲碁、麻雀などは雑誌などにもまず取り上げられませんが

なるほど、何十パーセントとかいっても、雑誌に取り上げられるような分のみをカウントしていれば、あてにならないかも……。

「公称で四〇パーセント」とかいうのが、ゲームを発売する側から出された数値ならば、また別かという気もしますが、そこら辺はどこをどう調べればよいか、結局よくわかりないのが残念 (?) です。

四〇パーセントでもかなり多いと思う一方、昔のある時期の個人向け PC ユーザー対象だと、18 歳未満とか枯れた年寄りとか女性の存在とかをあまり考慮しなくてよくて、実写ならまだしも絵だったら割とヤリ放題ということで、すごい数値が出てもおかしくないかも……などと、つい思ったり。こういう面白い偏り方をしている何かって、今はあるのかな、とも。
トンデモない一行知識 |  2010年10月02日(土) 00:39 |  URL |  【コメント編集】

>麻雀ゲームでも油断できないかもしれません。↓

このあたりは織り込み済みです。

一般ゲームとして
イース、ハイドライド、テグザーのような前年例向けソフトの数と
アダルト色、萌え美少女系ソフトの数を比較する場合
時代によってその比率は変わりますが、基本的に

「まあじゃん」「四人打ちマージャン」「役満麻雀」などの
有名でないメーカーから出ている定番品のソフトは数に入れられないと言うことです。
実際には各ジャンルでかなりの数のソフトが売られています。

私は「最強のアルゴリズム」「進化したAI」などのうたい文句に踊らされ
悩みに悩みぬいて何十本とこれらのゲームを買い
ぜんぜん強くねぇじゃんとのたうちまわってました。
なかには詐欺まがいのソフトも多く、これらはゲーム雑誌などでも
取り上げられることもなく、買うかどうかの判断も難しかったのです。
もちろん中には何年も遊べる優秀なものもありましたが

今でも将棋、囲碁、麻雀などは雑誌などにもまず取り上げられませんが
十数種類は販売されてます。
結局のところ雑誌に取り上げられるようなソフトの本数での比較でしかないわけです。
店頭でも売れるものに棚がさかれますので
有名どころ以外は注目されにくいわけです。
定番ソフトの棚の囲碁のソフトが入れ替わっていても
興味のない人は一生気がつきません。
金平糖 |  2010年09月30日(木) 04:21 |  URL |  【コメント編集】

>ラーオさん
引用した部分のうち、最後の 2 行が特にキツく感じました。中年オヤジの繰り出すキモポエムって感じで。救い (?) は、唐沢俊一はもともとポエム力 (←勝手に命名) が高くない人ということでしょうか。

>金平糖さん
>将棋、囲碁、チェス、花札、ポーカー、ブリッジ、麻雀、競馬

麻雀ゲームでも油断できないかもしれません。↓

http://acimon.cocolog-nifty.com/acimon/2003/03/pc98_ff42.html
>アーケード版で好評だったニチブツの麻雀ゲーム「バニラシンドローム」の
>パッケージです。これはパソコン版(PC-9801版)のパッケージイラストです。

実は、そういえば 1980 年代後半から 1990 年代前半にかけて個人ユースで PC98 が強かった (他社がなかなかシェアを切り崩せなかった) のは、アダルトゲームのおかげという噂もあったなあ――とふと思い出して、試しに「PC98」であちこちググってみたりしました。

Wikipedia の「PC-9800シリーズ」の項によると:
>ホビーユースにおいても多数のゲームソフトが発売され、日本独自のパソコン
>ゲーム文化の形成に大きく影響した。

「PC98」で画像検索すると、「七〇パーセントを越える」というのも実感してはアリかもしれないと思えてくるのが怖いです。^^;

http://hisabilly.seesaa.net/article/47657751.html
http://hisabilly.seesaa.net/article/48547876.html (トップをねらえ!)
http://elman-online.com/MT/2007/03/post-240.html

ただし、婦警さんとか女教師とかも出てくるので、「美少女」のくくりで押し通すのは無理と思われます。唐沢俊一の引用している『メディアで欲情する本』は 1994 年に出ているので、立川談之助の話の対象も、これらの今でいうレトロゲームではないかと思うのですけど。「顔は小学生か幼稚園児にしか見えない」って、ではたとえば響子さんは何歳に見えると思っているのか聞きたくなるといいますか、「ロリコンなやつがロリコン眼で作品を見る」とそうなるのかな……としか。


>藤岡真さん
>「公称で四〇パーセント、実数ではなんと六〇パーセントを越える」なんて
>話しかできない(具体的なことが何もかかれない)。

その話をしているのは立川談之助の方であり、唐沢俊一自身は、何の話もできないといえるかもしれません。

ロリコンロリコンといっていても、立川談之助や志水 (?) などの知り合いにおんぶでだっこでイベント等を開催、文章として発表するのも彼らからの聞きかじりでしかないのかも……。
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-415.html
トンデモない一行知識 |  2010年09月23日(木) 06:12 |  URL |  【コメント編集】

●オタクの条件

 ふと思ったのですが、唐沢が自称する「カルト物件評論家」とは別の言い方だと「オタク物件評論家」なんでしょうね。ゲームを語らせりゃ、わたしだって一晩じゃ語りつくせないくらいネタがある。唐沢にはそれがない。「公称で四〇パーセント、実数ではなんと六〇パーセントを越える」なんて話しかできない(具体的なことが何もかかれない)。でも、自分は、あくまでも「評論家」であってマニア(=オタクそのもの)ではないんだというスタンスです。ホント、これほどオタクっぽくない人も珍しい。
藤岡真 |  2010年09月21日(火) 09:29 |  URL |  【コメント編集】

まあPCゲームにアダルトや美少女ゲームが多いのは確かですが
コンシューマでは出せない、美麗なグラフィックで出す価値がある
というだけの話でPCで出す理由がなければコンシューマで出すほうが広く売り出せるわけで
結局PCゲームにはスペックが要求される戦略、歴史、その他シミュレーション
美麗なグラフィック、3D処理を前面に押したものが多くなるわけです
しかし60%はさすがに無茶な話で
将棋、囲碁、チェス、花札、ポーカー、ブリッジ、麻雀、競馬と
このあたりを計算に入れてないとしか思えないですね。

そしてロリコンについては、ロリコンなやつがロリコン眼で作品を見るから
自分好みのものしか目に入らないだけでしょう。
まあ、毛が生えてない件については事情があって
今はどうかわからないが昔は、毛が生えてたらモザイクかけなきゃいけない
性器の表現がスジ1本ならモザイク不要、ただしアンチエイリアスがかかっても駄目と
とかそんな話があったため不自然に無毛というのはありました。
それにしても毛があってモザイクのほうが主流だったとは思うんだが、、、

まあ、どちらにせよろくに知らんのに又聞きで適当なこと書いてるのは間違いないですね。
金平糖 |  2010年09月21日(火) 01:56 |  URL |  【コメント編集】

あいやー。ご苦労様です……
なんかもう、何も言いたくない…ひどい。
ラーオ |  2010年09月21日(火) 00:25 |  URL |  【コメント編集】

……私は vi はいまだに現役でちらちら使用していたりします。昔から、普通のテキストエディタ (?) の方が好きなのに。

ちなみに UNIX を開発した人らはゲームを動かしたいがために頑張ったんだよねといって、ガセを真に受けるものではないぞと怒られたことも昔あります。

それはおいといて、詳しい人がたくさんいて、下手なことをいうとおっかないからと避けていたら、たとえば海外SFについても語れない、エヴァについても語れないではないか→あ、だからめったに語らないのかと思ったりもしました。


で、唐沢俊一がゲームに関して語っている文章には、以下のようなものもありました。

『キッチュワールド案内』 P.32 ~ P.33
>ゲーム業界におけるロリコンの猖獗を極めていることは、今はなきゲーム雑誌
>『ポプコム』で美少女ゼミナールを開講していたロリコン落語家、立川談之助
>教授の言を借りると、
>「どの表現ジャンルにもエロ、下ネタの部分は存在する。しかしそれは、あくま
>でも“部分”である。
> ところが、現在流通しているパソコンゲームのうち、美少女ゲームの占める
>割合は公称で四〇パーセント、実数ではなんと六〇パーセントを越えるという
>(一説には七〇パーセントを越えるとも)」(別冊宝島『メディアで欲情する本』
>所載『電脳少女たちの秘密の花園』より)
> というありさまらしい。そこに登場する美少女たちは、年齢こそ高校生という
>設定が多いが顔は小学生か幼稚園児にしか見えないキャラが多く、しかし
>身体は十二分に発達して胸は巨乳、そして性器に毛が生えていないことが
>特徴であり、絶対条件なのだそうだ。
> これこそまさに、人造美少女。この世のどこにもいない幻の存在である。実際
>の少女との愛は、決してむくわれることがない。

……書き写すだけで、疲れました (泣)。
トンデモない一行知識 |  2010年09月20日(月) 20:37 |  URL |  【コメント編集】

viとかrougeとか懐かしいですね。

でも唐沢はこの辺全然わかんないと思います。Macですらまともに使えていないようですし、それ意外のパソコンなんて触ったこともないのでは。
金平糖さんのおっしゃるように、パソコンおたくやゲームおたくとアニメおたくはかぶりますけど、「第一世代」のものではない気もします。
それから、TRPGについては山本会長の手前、下手に知ったかぶりできないのでしょう。詳しい方はたくさんいるし。
ゲームには疎いようなので、ボードゲームというジャンルを知らないと思います。
しかし唐沢という人は、3万冊の蔵書を自慢しておきながら興味の範囲は狭いし、知識の深度も浅いのにはいつもびっくりさせられます。
ラーオ |  2010年09月20日(月) 01:22 |  URL |  【コメント編集】

おたくと言えばパソコンおたくがひとつの大勢力で
コンシューマーの普及でゲームおたくはアニメおたくと同じように増えて
かなりの部分がかぶってるわけですが
ゲームの話題が出ないってのはかなり違和感がありますよね。

ガイナックスだってゲームいっぱい出してるんだからもう少し話題にしてもいいのに。

viはまた懐かしいですね。
私、今でもたまに文章の区切りにEsc押したりしちゃいますよ。
さすがにjとかkとか打たなくはなりましたが。

rougeについてはテキストのRPGと言うのをどうしても理解できない友人がいたため
PC9801で動くrougeもどきを作ったのを思い出します。
かたくななまでに「ちゃちなもの」と信じどんなに説明しても
「文章表示して選択とかさせるだけなんだろ?」と譲らないので
必死で作って見せたところ、「こんなすごいのがそんな昔からあるわけがない」と
rougeのほうがすごいんだよ、オレの作ったのはずっとちゃちなんだよと言っても
じゃあ、現物を見せろよ見せられないのはそんなものないからだと
結局信じてもらえなかったという苦い思い出があります。
金平糖 |  2010年09月19日(日) 23:35 |  URL |  【コメント編集】

かなり昔から2ちゃんねるで目撃していたので、私の方 (?) は「イース2」からの流れなのだと思います多分。

唐沢俊一がゲームに言及することってほとんどなくて、
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-512.html
に引用した:

>インベーダーゲームが大流行してゲーム時代の扉を開き

という『B級裏モノ探偵団』の記述は、数少ない例外ではないかと。

ゲームにうとい自分がいうのはアレですが、第一世代のオタクだという触れ込みで年寄りぶりっこするなら、TRPG (山本弘先生の縄張り?) とか、いっそ
http://ja.wikipedia.org/wiki/ローグ
あたりを出してみるのが、それらしいのではないでしょうか。(←素人考え)

# 自分がいじった UNIX の rouge コマンド (vi 練習用w) がすでに日本語化されて
# いたのはアスキーネットのおかげ? 「こけもも」とか出てきたのは覚えています。
トンデモない一行知識 |  2010年09月19日(日) 12:10 |  URL |  【コメント編集】

FFは買ってるけどやらない私としてはやはりイース2を思い出しますね。

「時々でいいから、思い出してください。レアという名の女の子がいたってことを…」

2人の女神の姉のほう、あまりにも扱いがひどいので

一応出だしが「アドルさん」なので
「○○さん」「皆さん」で始まるものと「思い出してください。○○のことを」
となってるのはイース2をイメージしてるのではないかと思います。
金平糖 |  2010年09月19日(日) 10:40 |  URL |  【コメント編集】

>実際プレイしたら涙腺が刺激されてしまいそうな。
 そんなもんじゃありません。クリア後の喪失感は半端じゃありません。FF10-2が出るまでの2年間毎日泣いて過ごしたものです(嘘)。
 オタク第一世代の唐沢君がゲームに言及したことってありましたかしら。
藤岡真 |  2010年09月18日(土) 22:57 |  URL |  【コメント編集】

感動的なのだろうなと思うものの、実際プレイしたら涙腺が刺激されてしまいそうな。
http://marienette.blog57.fc2.com/blog-entry-229.html
http://matinezumibg.jugem.jp/?eid=669
トンデモない一行知識 |  2010年09月18日(土) 22:49 |  URL |  【コメント編集】

●訂正

FF10-2じゃなくてFF10。
で、ユウナの台詞は
「いなくなってしまった人たちのことを、時々でいいから思い出してください」
でした。すみません。
藤岡真 |  2010年09月18日(土) 22:35 |  URL |  【コメント編集】

●FF10-2

あ、わたしはFF10です。因みに
「時々でいいからいなくなった人たちのことも思い出してください」
です。
藤岡真 |  2010年09月18日(土) 22:17 |  URL |  【コメント編集】

●ゲームやらないので……

タイトルをつけてアップする直前まで、2ちゃん用語としてしか認識していませんでした。
http://www40.atwiki.jp/rpg_dictionary_4/pages/2485.html
トンデモない一行知識 |  2010年09月18日(土) 22:09 |  URL |  【コメント編集】

FF10-2ですか?
藤岡真 |  2010年09月18日(土) 21:59 |  URL |  【コメント編集】

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