2017年07月 / 06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2010.08.30 (Mon)

「『エロジェニカ』編集部の流山児祥」と唐沢俊一は言った

『B級裏モノ探偵団』 P.74 ~ P.77

「超三流腐敗挑発分子=板坂剛を血の海K・O! 下北沢ストリート・デス
マッチで30秒でコテンパン! 断末魔の悲鳴を上げ命乞いする板坂弱を
病院送り――必殺のアリ・キック三連発、右顔面に裂傷、血みどろの鉄槌
を浴びせ理不尽の魔=流山児祥、遂にあの板坂剛(バカサカヨワシ)を完全
殲滅!」
 ……東京スポーツだって最近はこんな過激な見出しをつけないが、これは
一九七九年、『漫画エロジェニカ』の読者のページ「コーヒータイム」欄に
報告された、編集部の論争結果報告である。当時、三流劇画の御三家と
言われていたのは『漫画大快楽』『劇画アリス』そして『漫画エロジェニカ』
の三誌だったが、その『大快楽』においてライターの板坂剛が、
「流山児祥殲滅エロジェニカ撃破」
 を叫んだことに腹を立てた『エロジェニカ』編集部の流山児祥が、当人の
板坂剛を下北沢に呼び出し、鉄拳制裁を加えた次第を報告した文章であ
る。論争どころか実際の流血騒ぎを巻き起こすような乱暴さがこの当時の
雑誌の編集者にはまだ残っていたらしい。文筆にかかわる者としてペンより
剣を優先させるとはなにごとか、と憤る良心的読者もおいでと思うが、文筆
者の中にはペンより剣(拳)の使い手としての方が面白い人物も、ままいる
のである。

●“オタク論争時代”の始まり
 まあ、編集者がここまで熱くなるというのは珍しいことに属するのかもしれ
ないが(それでも最近にもないわけではなく、洋泉社の『映画秘宝』編集部
が『キネマ旬報』編集部に突撃パイ攻撃をかけた事件は話題になったもの
である)、実際、この当時の三流劇画誌の読者投稿欄はアツかった。
 さきほどの鉄拳制裁であるが、その報告中のアジ文句がまた、凄いという
か時代錯誤というか、
「が、諸君、本当の斗いは現在始まったのだ、敵はいる! 確実に、現在、
現前に存るニセモノのウジャウジャケさを粉砕せよ! “下北沢”板坂剛
完全セン滅から更なる“エロ劇画最終戦争”へ突入せよ! 知は立ったまま
疾走し続けねばならない!」
 というもので、六〇年安保時の極左の機関誌もかくやという文体である。
実際、当の『エロジェニカ』読者からも、編集部一派は(板坂らライバル誌の
人間も含めて)六〇年バカ、と揶揄されていた。ただし、揶揄しながらも読者
はこの編集部のアツさに拍手を送っていたわけで、「(『エロジェニカ』のほか
に)読んでいるのはアクションヤンコミ朝日ジャーナル」
 などと書いてあった投稿があった。まだ、若者は日本を改革しなければ
ならない、という夢を(夢とうすうす感じながらも)持ち、自分たちを突き動か
すアジテーターを求めていたのである。
 この騒ぎの起こったのが一九七九年、というところが筆者には興味深い。
筆者は当時、大学生生活の真っ最中であったが、政治には泡沫候補政見
放送聞き比べくらいしか興味がなく、海外アニメーション研究団体「アニドウ」
に所属し(同じ頃、ここにはかの宅八郎も所属していた)、オタクへの道を
突っ走っていたのであった。
〈略〉
 流山児の言うような“エロ劇画最終戦争”はついに勃発せず、六〇年全共
闘世代は完全に過去の世界へと忘れられた。そして、世は争いを好まない
オタクたちの、不完全燃焼型あてこすり合い文章を中心とした論争時代へと
移行していたのであった。
 ……この時代の論争の典型例を作った人物がひとり、いる。それが、自分
であるところが情けないが。年代的に言うと、この『エロジェニカ』の文章から
さらに三年経った、一九八一年。


×『エロジェニカ』編集部の流山児祥が ○『エロジェニカ』執筆者の流山児祥が
×この当時の雑誌の編集者 ○この当時の雑誌の執筆者

「文筆にかかわる者としてペンより剣を優先させるとはなにごとか、と憤る良心的読者も
おいでと思うが、文筆者の中にはペンより剣(拳)の使い手としての方が面白い人物も、
ままいるのである」というのも興味深い。

『B級裏モノ探偵団』は、1999 年の本。それから 9 年後、2008 年の唐沢俊一は、実力
公使どころか「暴力をにおわせるメールよこして人を脅かそうとする」だけでもダメ、「連れ
てくる人間の空手の段数まで書き込む」なんてトンデモない、という「メンタリティ」の持ち
主に変わってしまったようなのだから。

http://nuremusume.blog20.fc2.com/blog-entry-701.html
> 裏亭 2008年08月28日 19:57
> すいません、私、暴力をにおわせるメールよこして人を脅かそうとする
> ようなメンタリティの人間のところに書き込んだりする主義は持たないのです。
> ここを見つけたのはたまたま、別のキーワードで検索したら見つけたという
> だけのことであります。
〈略〉
> 裏亭 2008年08月28日 20:42
> ああ、すいませんw
> パソコン通信時代の人間なのでどうしても、ネットに全体公開で
> 書き込むということは他者からのコメントを求めていること、という
> 認識がありますので。
> あと、暴力は恐れません。連れてくる人間の空手の段数まで書き込むような
> 幼稚な方とは席を同じうはできないなと考えるまでです。
> 書き込み、足跡はこれを最後にします。
> お騒がせいたしました。


その他参考:
「こんなこと言われたら殴るね」「暴力は恐れません」

まあ、それから 2 ヵ月もしないうちに、「オレ、知り合いからフランクにこんなこと言われ
たら殴るね(笑)」などと社会派くんでいったりするようになったのは、上記リンクでも紹介
した通り。「暴力をにおわせる」だの「連れてくる人間の空手の段数まで」だのと騒いだ
のは、一時の気の迷いだったのだろう。きっと。

http://www.shakaihakun.com/vol081/01.html
>唐沢 あまりに面白い反応だったんで、ネットでも「あなたとは違うんです」ってキー
>ワードが大流行していたじゃない。記事になりにくい、つまんねえ首相だと思っていた
>けど、最後になってようやく一発、かましてくれたねえ(笑)。実はこの質問してきた
>記者と福田が知り合いなんで、福田としてはフランクに冗談のつもりで言ったそうなん
>だけど、オレ、知り合いからフランクにこんなこと言われたら殴るね(笑)。



それはさておき、「で、『完全に過去の世界へと忘れられた』って誰のこと?」のエントリー
で、「材料が集められたら」やろうかなと書いた、「『エロジェニカ』編集部の流山児祥」と
いうのはガセだろうという件 (こちらコメント欄も参照のこと)。

流山児祥は『エロジェニカ』の執筆者だったとのことだが、では編集者であった時期は
いっさいなかったと証明するのは難しいかも……と思っていたが、当時『エロジェニカ』
の編集長だった方が、「流山児さんは執筆者で、編集部ではないんだが」とツイートして
くれたので、これは間違いなく、唐沢俊一が間違っているのだろう、と。

http://twitter.com/kureichi/status/22372564981
>「エロジェニカ」の編集長は高取英 @takatoriei さんで間違いないです。 RT
>@baudrateRA 「完全に過去の世界へと忘れられた」って誰のこと?
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-512.html
>約24時間前 webから


http://twitter.com/takatoriei/status/22389363178
>流山児さんは執筆者で、編集部ではないんだが、めちゃくちゃですね。RT @kureichi
>「エロジェニカ」の編集長は高取英 @takatoriei さんで間違いないです。 RT
>@baudrateRA
>約18時間前 Twittelatorから
>----
>takatoriei
高取英(月蝕歌劇団)



そして、ツイートでもふれた通り (Read More 参照)、気になるのは吾妻ひでおの扱いで、
唐沢俊一によると、「吾妻ひでおなどのロリコン作家にカルト的人気が集まり〈略〉三流
劇画ブームは退潮し、入れ替わるようにしてロリコン漫画ブームがノシ上がって」とかいう
ことになる。

ここで唐沢俊一のいう「三流劇画ブーム」とは、『漫画大快楽』、『劇画アリス』、『漫画
エロジェニカ』といった「三流劇画の御三家」によるもののはずだが、「入れ替わるように
してロリコン漫画ブームが」といったって、その吾妻ひでおは『劇画アリス』にロリコン漫画
を連載したりしていたという話。

http://ja.wikipedia.org/wiki/吾妻ひでお
>1969年に『まんが王』(秋田書店)でデビュー。ナンセンス色とSF色の強い作風で一定
>の支持を得るが、当時人気だった永井豪の『ハレンチ学園』のようなハレンチコメディ
>路線を編集者に押しつけられ、嫌々描いた『ふたりと5人』(1972年~1976年)が広い
>人気を得る。
>1970年代後半にマイナー誌に活躍の場を移し、SF・ロリコン(美少女趣味)・ナンセン
>スを組み合わせたマニアックな作品を続々と発表、吾妻ブームをまきおこした。 1978
>年から『別冊奇想天外』などで散発的に発表した『不条理日記』は、1979年に単行本
>にまとめられ、のちの「不条理ギャグ」「不条理漫画」と呼ばれるジャンルのさきがけと
>なった[1]。
>同年、日本初のロリコン同人誌『シベール』をアシスタントとともに制作出版、また自販
>機本(ビニール本・エロ本)の『少女アリス』誌などにロリコンマンガを発表した。
>メジャー誌出身の漫画家が同人誌やポルノ雑誌に描くことは当時きわめて異例であっ
>た。


http://blog.livedoor.jp/planet_knsd/archives/2005-03.html
>吾妻ひでおの漫画は、いつも池袋の友だちの所で読んでいた。「みだれモコ」(1976)
>だったか「チョッキン」(1977)だったか「やけくそ天使」(1980)だったか。当時はエロ劇画
>全盛の頃で、漫画を描いていた友だちの薦めで「劇画アリス」「エロジェニカ」「大快
>楽」など三流エロ劇画誌を読んでいた。ダーティー・松本、宮西計三、平口広美、ひさ
>うちみちお、羽中ルイ、あがた有為らがガンガン傑作を発表していた頃だ。確か桜沢
>エリカもこの辺りでデビューしたと思う


http://twitter.com/takatoriei/status/22403250311
>@baudrateRA 誰がかいてるんですか、劇画アリスは吾妻ひでおさん連載。エロジェニ
>カは美少女路線といわれ、レモンピープルの創刊にも執筆者重なってました。流山児
>さんは元全共闘、板坂、亀和田武も。だから一部は正しいが。
>約15時間前 Keitai Webから baudrateRA宛


個人的には、ひさうちみちおも気になったり。吾妻ひでおや内山亜紀とは違う路線だけど
可愛い絵柄で、セーラー服着た登場人物にエロいことさせてる漫画をみた覚えがある。

http://hccweb1.bai.ne.jp/~hda25701/hisauchi-ue.htm
>(3) 「三流劇画ブーム」は、「劇画アリス」「漫画エロジェニカ」「漫画大快楽」などを
>中心に1978-80年にかけて起こったもの。「劇画アリス」の編集者でありながら「夜、
>家に帰ってから「ガロ」と大島弓子を抱いて寝る」という生活を送っていた亀和田武は、
>「闘争的三流劇画論」(「マンガは世界三段跳び」・本の雑誌社・1980)で、当時の三流
>劇画誌は実話誌からエロ漫画誌という路線転換の中で作家が不足し、貸本、
>「COM」、「ガロ」、少年誌、アシスタントなど雑多な経歴の作家がふきだまるように
>集まり、いつとはなく「エロを描かされる」雑誌から「エロさえ描いていれば」何を描い
>てもよい雑誌に変化していったと書いている。(同書、p101-103)しかし、私のような
>少女まんが読みが「三流劇画ブーム」という言葉を聞くようになるころには、個々の
>作家や編集者はよりメジャーな場所で活躍を始めるようになり、ブームはすぐに去って
>しまった。



More...

-------
http://twitter.com/baudrateRA/status/22358674997
>で、「完全に過去の世界へと忘れられた」って誰のこと?
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-512.html
>#tondemo #唐沢俊一
>11:54 PM Aug 28th TweetDeckから


http://twitter.com/kureichi/status/22372564981
>「エロジェニカ」の編集長は高取英 @takatoriei さんで間違いないです。 RT
>@baudrateRA 「完全に過去の世界へと忘れられた」って誰のこと?
> http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-512.html
>約24時間前 webから


http://twitter.com/takatoriei/status/22389363178
>流山児さんは執筆者で、編集部ではないんだが、めちゃくちゃですね。RT @kureichi
>「エロジェニカ」の編集長は高取英 @takatoriei さんで間違いないです。 RT
>@baudrateRA
>約19時間前 Twittelatorから


http://twitter.com/baudrateRA/status/22399487527
>.@kureichi @takatoriei あ裏が取れた、ありがとうございます<流山児さんは執筆者
>で、編集部ではない。それ以外にも「六〇年バカ」って唐沢俊一の造語ではないかと
>か、吾妻ひでおの扱い(『劇画アリス』で活躍中だったはず)とかが気になっています。
>約16時間前 TweetDeckから


http://twitter.com/takatoriei/status/22403250311
>@baudrateRA 誰がかいてるんですか、劇画アリスは吾妻ひでおさん連載。エロジェニ
>カは美少女路線といわれ、レモンピープルの創刊にも執筆者重なってました。流山児
>さんは元全共闘、板坂、亀和田武も。だから一部は正しいが。
>約15時間前 Keitai Webから baudrateRA宛


http://twitter.com/baudrateRA/status/22404721378
>.@takatoriei 「実際、当の『エロジェニカ』読者からも、編集部一派は(板坂らライバル
>誌の人間も含めて)六〇年バカ、と揶揄されていた。」(唐沢俊一『B級裏モノ探偵団』
>P.75~P.76) 「六〇年バカ」に「代」がつかないあたり唐沢俊一の造語ではないかと
>疑っています。
>約12時間前 TweetDeckから


http://twitter.com/baudrateRA/status/22405187957
>.@takatoriei 唐沢俊一によると、「吾妻ひでおなどのロリコン作家にカルト的人気が集
>まり〈略〉三流劇画ブームは退潮し、入れ替わるようにしてロリコン漫画ブームがノシ
>上がって」。そして彼のいう三流劇画ブームとは『エロジェニカ』『アリス』『大快楽』によ
>るそれ。そこに違和感が。
>約14時間前 TweetDeckから


http://twitter.com/takatoriei/status/22407995470
>感想は自由ですが 笑RT @baudrateRA .@takatoriei 唐沢俊一によると、「吾妻ひでお
>などのロリコン作家にカルト的人気が集まり〈略〉三流劇画ブームは退潮し、入れ替わ
>るようにしてロリコン漫画ブームがノシ上がっ
>約14時間前 Twittelatorから


http://twitter.com/takatoriei/status/22408598422
>読者はむしろ喜ぶハガキをくれたし、ノンセクト学生も何人かいましたね、三バカの一
>人平岡正明はアリスに連載、バカって当時はワルイいみではなく、わたしもバカだった
>と当時を書いてますRT @baudrateRA .@takatoriei 「実際、当の『エロジェニカ』
>約13時間前 Twittelatorから


http://twitter.com/baudrateRA/status/22409786560
>.@takatoriei ああ唐沢俊一も一応そのつもりで書いていると思います。<バカって当
>時はワルイいみではなく。ただ、彼の場合、「流山児の言うような“エロ劇画最終戦
>争”はついに勃発せず、六〇年全共闘世代は完全に過去の世界へと忘れられた」とも
>書いているので、ちょっとどうかと……。
>約13時間前 TweetDeckから


http://twitter.com/takatoriei/status/22448243887
>流山児さんを編集部とまちがえて書いたわけだから、それに最終戦争なんてギャグで
>せう、本気にして論じるのが驚き!RT @baudrateRA .@takatoriei
>約3時間前 Twittelatorから


http://twitter.com/baudrateRA/status/22454450532
>.@takatoriei ギャグを本気にして…というのもよくやる人ですが、それ以上に、特に恨
>みもないはずの相手を貶すのがデフォルトな人でもあるのです<唐沢俊一。「六〇年
>全共闘世代は完全に過去の世界へと」とかも青学卒を自称するにしては変で、学内
>の立て看板は目に入らなかったのかと。
>約1時間前 TweetDeckから


-------

スポンサーサイト

テーマ : 読書メモ - ジャンル : 本・雑誌

03:55  |  その他の雑学本 間違い探し編 (324) +  |  TB(0)  |  CM(13)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>discussao さん
>1965年米アラバマ州の方じゃなくて1972年北アイルランドの
>血の日曜日事件を指すと思われます。

私もそう思います。その旨ちゃんとフォローをいれていなかったのは、単に私の性格が雑だからなだけです……すみません。(_ _);


1970 年代はじめの頃の、最終戦争とかハルマゲドンの認知度とかは、私より年長の人だと違うかもしれないですね……。私の場合、漫画版『幻魔大戦』はリアルタイムでは全然記憶になく、平井和正の小説版を文庫で買った (多分 1978 年頃) あたりで後追いで読んだくらいで。

『デビルマン』は考えてみれば (みなくとも?) 黙示録で最終戦争もののはずなのですが、読んでいて、人類どうでもいいと思わせる作品でもあり、漫画の中では人類の滅亡も、デビルマンとデーモンの決戦にあたり、人類はとっくに地球上からいなくなっていたとか何とかナレーションで一行で説明して終わりだったような。だいたい、前身の『魔王ダンテ』からして、「よしっ、頑張れ悪魔!……あれっ?」と、つい思わせるもので。

これが流山児祥氏の年代だと、漫画版『幻魔大戦』の連載時の記憶もしっかりしているでしょうし、エホバの証人のようなところが配る、裁きの日も近いとか書かれているパンフレットとか (私が子どもの頃に住んでいたところには進出していなかった) にふれる機会も多々あったかと思います。


それはともかく、

>うがった見方をすれば、当時、講談社や光文社、祥伝社あたりのライターや
>トップ屋連中は、早稲田の活動家崩れが多く、そのつながりでライターをやって
>いた五島勉がネタを仕入れ、単行本として書き上げたのが、たまたま騒然と
>した社会不安や世紀末とあいまって、ベストセラーになったのではないか。

実際はどうだったかはともかく、いいですね、これ。
トンデモない一行知識 |  2010年09月28日(火) 08:07 |  URL |  【コメント編集】

あいだが開いて間が抜けたコメントですみませんが、

『血の日曜日』を忘れるな!」は時代的に、1965年米アラバマ州の方じゃなくて1972年北アイルランドの血の日曜日事件を指すと思われます。ま、それは分かってて盛り込んだのだったらすみません。


「のたれ死にへの幻視行―演劇最終戦争へッ!」の「最終戦争」って、ノストラダムスのそれのことなのかなぁ?ノストラダムス限定ではなく、「ハルマゲドン」だとか「最終戦争」だとかの発想は当時キリスト教などで流布していて、より一般的には『幻魔大戦』や『デビルマン』などによって受容されていた、といった気でいたので、そんなにウケるとは・・・。あとエホバの証人とか、あ、だからジーエルエーかの新宗教ブームとかもあったしね。それと私がノストラダムスに関心薄いせいもあるのでしょうね。
あとこんなのもありますが、

中野正夫『ゲバルト時代―since1967~1973あるヘタレ過激派活動家の青春』<ノストラダムスと正月の酒>
>私が高村(引用者注:セクトのアジト暮らしで知り合ったインテリ)の博識(?)に驚いたのは、どこで仕入れたのかノストラダムスの予言の虚実を知っていたことだ。おそらく早稲田の反戦連合あたりの物好きが、趣味で研究していたのだろうが、あの五島勉が世紀のトンデモ虚言書『ノストラダムスの大予言』の初版を出したのが1973年であり、その3年前にほとんど本と同じ内容のことを知っていたことになる。うがった見方をすれば、当時、講談社や光文社、祥伝社あたりのライターやトップ屋連中は、早稲田の活動家崩れが多く、そのつながりでライターをやっていた五島勉がネタを仕入れ、単行本として書き上げたのが、たまたま騒然とした社会不安や世紀末とあいまって、ベストセラーになったのではないか。(中略)私はそれまで、ノストラダムスのことなど聞いたこともなかったが、高村と飲んで話をしている時、ナチスのゲッペルスが16世紀のフランスのノストラダムスの四行詩集『諸世紀』を使って、どうにでも解釈できる四行詩を利用し、ナチスの侵略政策、ホロコースト政策に利用したことなどを教えてもらった。また、ヒトラーの出現や、ナチスがヨーロッパを征服する予言、1999年7月にアンゴルモアの大王が下る予言など、面白おかしく話してくれた。
discussao |  2010年09月27日(月) 02:32 |  URL |  【コメント編集】

>藤岡真さん
どうもです。(_ _)

http://ja.wikipedia.org/wiki/唐十郎
>唐十郎の喧嘩武勇伝については枚挙の暇がない。1969年12月5日、寺山修司
>は状況劇場のテント興業の初日に祝儀の花輪を「冗談のつもり」で葬式用の
>花輪にした(これは寺山の天井桟敷の旗揚げ公演の際に中古の花輪を送られ
>た事への意趣返しだった)。一週間後の12月12日、唐は劇団員を引き連れて
>天井桟敷を襲撃、大立ち回りを演じて、乱闘事件を起こしたかどで唐と寺山を
>含む双方の劇団員9人が暴力行為の現行犯で逮捕される。寺山曰く「ユーモア
>のつもりだったが分かってもらえなかった」、唐曰く「ユーモアのつもりなら自分で
>持って来い、そもそも話を聞こうと思って行っただけ。これは殴り込みではない」
>[4]。また、野坂昭如とも新宿ゴールデン街の飲み屋で大喧嘩し、包丁をまな板
>に突き立ててしまったこともある。

このエピソードは、
http://ja.wikipedia.org/wiki/天井桟敷_(劇団)
の方にも載っていて、出典はどちらも「1969年12月13日朝日新聞夕刊から、趣旨のみ」となっているのですが、「唐十郎の喧嘩武勇伝については枚挙の暇がない」となっているのに対し、天井桟敷や寺山修司の方には、そこまでは書かれていないみたいですね。^^;

>天井桟敷の某女優によれば「喧嘩じゃなくて、うちの劇団員が一方的に
>殴られてた。しっかりしろよ!」

つまり、相手が悪かったということでは……。
トンデモない一行知識 |  2010年09月12日(日) 21:29 |  URL |  【コメント編集】

●花輪事件

>で、殴打事件というのはたぶん、唐十郎の状況劇場と寺山修司の天井桟敷の
>乱闘事件(そーゆーのがあったのだ)を
>意識したパロディのような気がする。どっちも本気でケンカしたというより、酔っ
>ぱらいの小競り合い程度だよ。

 これねえ、状況劇場の芝居の初日に、天井桟敷が(洒落で)葬式の花輪を贈ったのが原因なんですね。片や洒落、片や舐めやがっての喧嘩で、天井桟敷の某女優によれば「喧嘩じゃなくて、うちの劇団員が一方的に殴られてた。しっかりしろよ!」という状況だったらしい。
藤岡真 |  2010年09月08日(水) 08:45 |  URL |  【コメント編集】

>粗忽亭主人さん
どうもです。(_ _)

>「少女アリス」の編集長

何かこの人の文章、面白くてついつい読んでしまいます。

http://www2.alice-novell.cc/pict/gal2/gallery2.html
>人気の売れっ娘セーラー服モデルが実は二十八歳の女教師だったなんて、
>笑えない話もある。

笑えない、って、笑えると思うのですけど。

http://www2.alice-novell.cc/pict/64/index.html
> 今でも一部ではエロ本の自販機というものが残っているようだが、絶対的な
>台数が違う。それに当時はまだ銀色フィルムのマジックミラーによる規制もなく、
>こんなゲスな表紙のエロ本が堂々と、道ばたで展示されていたのだ。しかも、
>少年マガジンとかビッグコミックと並んで機械に収まっているんだから、買う方に
>してみれば親切というか、PTAの神経を逆撫でするというか、案の定、数年で
>その会社そのものが潰れてしまうのだが、その短い期間に自販機ポルノの成し
>遂げた仕事は大きかった。

本の自販機には、「少年マガジンとかビッグコミックと並んで」というのは確かに、昔あったなあと懐かしくなりました。^^;
トンデモない一行知識 |  2010年09月08日(水) 00:56 |  URL |  【コメント編集】

●少女アリス

>トンデモない一行知識さん

わたしは当時、吾妻先生のファンクラブ活動をやっていた者ですが、我々の認識では「不条理日記」はSFパロディ(+不条理)漫画に、「るなてっく」は実験(+不条理)漫画に分類される、という感じでした。
というのは前置きで、トンデモない一行知識さんのコメントにある2ちゃんねるからの引用文の筆者の川本耕次さんが、さきのわたしのコメントにある「少女アリス」の編集長でした。まあある意味、吾妻先生にロリコン漫画を描かせた張本人と言っていいかもしれません。
粗忽亭主人 |  2010年09月06日(月) 16:30 |  URL |  【コメント編集】

>NNT さん
>藤岡真さん

個人的には、以下の2ちゃんねるの過去ログにある、「殴打事件といわれてもどれのことだか、わかんない」がツボでした。

http://mimizun.com/log/2ch/natuero/1092717367/
>110 :川本耕次:04/11/03 22:56:53 ID:LaYvQ+ZB
>>>108 劇画家やめたと思ったら劇団に入って役者になっていた>トモロヲ。
>本人もTV番組で認めていたなあ。別に秘密でも何でもない。

>>>109 流山児はコワモテで毎晩ゴールデン街で喧嘩とかしてたんで、
>殴打事件といわれてもどれのことだか、わかんない。

>全共闘運動に敗れた…というより、乗り遅れた世代だな。
>漫画エロジェニカの編集長・高取英は当時も今も本業は劇団主宰者。
>劇画アリスの初代編集長・亀和田武はご存じのとおり文化人。
>劇画アリスの二代目編集長はコミケットの主催者をやっている。

122 :川本耕次:04/11/07 11:33:42 ID:wXSHko5R
>で、殴打事件というのはたぶん、唐十郎の状況劇場と寺山修司の天井桟敷の
>乱闘事件(そーゆーのがあったのだ)を
>意識したパロディのような気がする。どっちも本気でケンカしたというより、酔っ
>ぱらいの小競り合い程度だよ。


で、プロレスについては、『唐沢俊一 お怪物図鑑×唐沢なをき 物々冒険記』をパラパラ見てみたら 3 本ばかりプロレスネタをやっていて、唐沢なをきの漫画の方は、ああ普通に (?) プロレスファンの人が書いているんだなという感じに思えました。

唐沢俊一の文章の方は、ガセがどうとかという問題以前に、プロレスファンっぽくないというか、好きでたまらないとか楽しいとかいう気分が伝わってこないといいますか……。弟のオマケ人生やっているっぽい人ですので、プロレスについても弟の影響で語っているだけかもしれないと想像 (妄想?) してます。この本にも演劇ネタはないのですが、もし弟が演劇ファンだったら、唐沢俊一の文章にも演劇ネタが多くなっていたかもしれません。
トンデモない一行知識 |  2010年09月04日(土) 14:13 |  URL |  【コメント編集】

>discussao さん
>このときも「『血の日曜日』を忘れるな!」「のたれ死にへの幻視行―演劇
>最終戦争へッ!」などと大仰で

血の日曜日w
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-469.html
――というのはおいといて、「最終戦争へッ!」という表現を 1973 年時点で使っていたのなら、割と早い時期に使っていた……とか? 『ノストラダムスの大予言』が 1973 年 11 月で。ついでにいえば、つのだじろうの『メギドの火』は 1976 年だったそうで。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ノストラダムスの大予言
>1973年11月25日に初版が発行されると、3ヶ月ほどで公称100万部を突破した。

>唐沢俊一がそれを知らないとも考えにくいように思います。

いえ、そのぉ……、私は栗本薫の件以来、こと唐沢俊一に関しては、「それを知らないとも考えにくい」という範囲を、恐ろしく狭く見積もらないといけないのではないかと疑っています。使い回しの多さ、薄ぼんやりした一般論もどきの多さ (2ちゃんのスレの用語でいえば「フワッフワ」?) も、それである程度説明がつきますし。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-140.html
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-141.html


それはともかく、今さらながら、流山児祥さんには興味津々といいますか……残念ながら、いしかわじゅんの漫画の方は入手困難ぽいのですが。

ブログとか見ていると、彼もまた、唐沢俊一がなりたかった (でも、なれなかった) パターンなのかという気もしてきます。
http://ryuzanji.eplus2.jp/article/146251065.html#comment
トンデモない一行知識 |  2010年09月04日(土) 13:21 |  URL |  【コメント編集】

>粗忽亭主人さん
>どちらもロリコン漫画ではありません

一瞬、「……え、違うの?」と素で思ったあと、「あ、まずい、『ロリコン漫画』の定義を頭の中でちゃんと固めてから書いていなかった」と青くなりました。今もまとまっていません、すみません……。(_ _);

私は「少女アリス」の分は未読で (そこからして問題ですね)、Wikipedia でいう「SF・ロリコン(美少女趣味)・ナンセンスを組み合わせたマニアックな作品」を念頭において、ロリコン漫画の吾妻ひでおというイメージをもっていたのでした。当エントリーを書きながら、『ふたりと5人』もロリコン漫画ってことでいいよね、みたいに思っていたり。でも、いくら吾妻ひでおでも『失踪日記』はロリコン漫画とはいえないよなあ、とか。

そんな、可愛い美少女が出てきて何かエロっぽいなー程度の意味で使う「ロリコン漫画」というのもアリだと思ってはいるのですが、このエントリーのようにエロ劇画がどうこうという話題のときに、特に断りもなくライトな定義で「ロリコン漫画」と書くのは不適切だったかなと反省しています。あまり唐沢俊一のことをいえないな、といいますか……。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-175.html
トンデモない一行知識 |  2010年09月04日(土) 11:17 |  URL |  【コメント編集】

●板坂弱

やられている方の板坂弱(剛)は、『アントニオ猪木最後の真実』でプロレスの八百長を告発した人ですね。この本、うわしんの岡留編集長も推薦してます。
藤岡真 |  2010年09月01日(水) 09:49 |  URL |  【コメント編集】

●プロレス心

流山児さんって、プロレス心溢れる人なんですね。
洒落の範囲ギリギリで落とす技量があるというか、生き生きとしたホラ話がつけるというか、戯作者ってそういうものなんですね。
自分、麿赤兒の所も観に行くので、そこでもらう大駱駄艦のお知らせもアングラの文法が溢れているというか、
そういうものなんだと今更思いました。

洒落の分からない田舎者の青二才がそのまんまオヤジになってしまった…

のかなぁ…。

しかも、演劇ジャンルの後輩になろうとしてるって…、

ツルカメツルカメ
NNT |  2010年08月31日(火) 20:28 |  URL |  【コメント編集】

●連投および長文失礼します

流山寺祥は板坂剛殴打事件以前から何かとアクティヴな人という印象があって、
’73年6月の演劇センター68/71『さよならマックス』(山元清多作・津野海太郎演出)に乱入したときの報告書で「(乱入した流山寺は)丸太で左顔面を潰され、左眼を失い、鼻をへし折られた」と記されていて(というか流山寺自身が書いていて)、オーバー・アクションというかビッグ・マウスというか、ま、大げさですよね。ロマンチストというか。
このときも「『血の日曜日』を忘れるな!」「のたれ死にへの幻視行―演劇最終戦争へッ!」などと大仰で、「エロ劇画最終戦争」もこういったアクションのバリエーションでしょう。状況劇場の天井桟敷乱入のような、アングラ界の伝統と見る意見もあるようですが。

上條恒彦『出発の歌』作詞や『面影橋』で知られるフォーク・シンガーの及川恒平は、若い頃から草食系というか、おだやかなイメージの人ですが、上記のように何かあれば拳で解決する傾向の見られる流山寺祥の劇団結成に、パートナーの北村魚とともに参加している(『ヘテロ』『演劇団』)。というか『面影橋』は流山寺祥の芝居の劇中歌らしいです。
以前のコメントでも言及したいしかわじゅんのマンガにおいても、押し出しは強いけれど愛嬌があって憎めないキャラクターとして描かれており、愛される粗暴者とは言わないまでも、ガチガチなイデオロギーだけの人ではない認識は、いしかわファンならずともあったように思います。マンガでは高取英とともに演劇人としてのエピソードもあり(たしか『フロムK』)、唐沢俊一がそれを知らないとも考えにくいように思います。そうなると、またもややまださんの説に反対するような按配ですが、唐沢俊一の無知な面というより、たとえ読んでいても失念する粗忽さと、嘘をつくにしてもその場しのぎで手際が悪いことの症例といったカンジでしょうかね。
discussao |  2010年08月31日(火) 05:39 |  URL |  【コメント編集】

●吾妻先生のロリコン漫画

> その吾妻ひでおは『劇画アリス』にロリコン漫画
> を連載したりしていたという話。

吾妻先生が「劇画アリス」に連載していたのは「不条理日記」と「るなてっく」でして、どちらもロリコン漫画ではありません。ロリコン漫画なら、おなじアリス出版の「少女アリス」(沢渡朔さんの写真集と同名ですが、直接の関係はありません)への連載でしょう。「陽射し」をはじめとする一連の、いわゆる「純文学シリーズ」です。
なお、「不条理日記」は「別冊奇想天外」に一度書いたあと、「劇画アリス」で連載、星雲賞受賞後に「奇想天外」本誌にそれをネタに「不条理日記・SF大会篇」を発表という流れです。
粗忽亭主人 |  2010年08月30日(月) 14:14 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://tondemonai2.blog114.fc2.com/tb.php/514-1ef159e2

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。