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2010.08.08 (Sun)

つか、つかこうへいについて

http://www.tobunken.com/news/news20100803143859.html

イベント
2010年8月3日投稿
常識を怒った男 【訃報 つかこうへい】
高田馬場の小さな劇場で見た『飛竜伝』。
紀伊国屋ホールで見た『熱海殺人事件』。
それまで見ていた唐や寺山はすでに“教養”であり、時代はいま、
つかこうへいのものなのだな、とはっきり感じさせた舞台だった。

井上ひさしと好子夫人の離婚騒動のとき、山藤章二氏はじめほとんどの
文壇人が井上氏の側についたとき、つか氏は好子夫人についた。
好子夫人の不倫の相手であるこまつ座舞台監督の西館督夫のこともよく
知るつか氏は、相談に来た好子夫人の前で
「ああ~督夫じゃしょうがねえなあ~」
と頭を抱えたという。

井上氏は“世間”のモラルを武器に西館氏を責め、世間またそれにならったが、
(少なくとも私の見た範囲では)つか氏だけが、“演劇界”における人間関係
の特殊性を前提とした考え方やものの言い方をしていたと思う。
演劇人だって世間常識に従わねばならぬ、という考え方もあるだろう。
映画人、芸人、テレビタレント等みなしかり。
彼らとてこの世間に生きて暮している限り、その常識に準拠する義務がある。
しかしまた、舞台(銀幕、高座、ブラウン管)の上に立ち、スポットライト
を浴び、おのれの存在をその世間に誇示することで自らのアイデンティティ
を問うている者はみな、どこかの部分で、世間一般の範を超えた、
アンコントローラブルな部分がなければやっていけない。
私はつか氏のエッセイのファンであり、そのほとんどに目を通してきたが、
およそ他のどんな演劇人よりも、その主張が強烈であった。


×飛竜伝 ○ 飛龍伝

「飛竜伝」だと Google に「もしかして: 飛龍伝」といわれるし。まあ唐沢俊一は、多分
検索すらしていない。また、オフィシャルサイトを見てみようともしていない。

http://www.tsuka.co.jp/stage/hiryu/index.html
>飛龍伝とは
>1973年「初級革命講座飛龍伝」として初演。安保闘争の現場で、学生たちに投げる石
>を売っていたという新聞記事をきっかけに、つかは志を失った元学生と、もう一度国会
>前で闘いたいと願う元機動隊員の物語を書き上げた。
>以来、劇団「つかこうへい事務所」解散まで、幾度となく改稿、再演されるも、1982年
>につかは演劇活動を休止。
>そして活動再開の翌年、1990年、「初級革命講座飛龍伝」は全共闘委員長・神林美
>智子と、機動隊隊長・山崎一平との悲恋の物語として大胆に改稿され、「飛龍伝'90
>殺戮の秋」(出演:富田靖子・筧利夫 他)として蘇る。


http://www.amazon.co.jp/dp/4041422434/
>初級革命講座 飛龍伝 (角川文庫) [文庫]
>つか こうへい (著)


http://www.amazon.co.jp/dp/4087473457
>飛龍伝 神林美智子の生涯 (集英社文庫) [文庫]
>つか こうへい (著)


だから、今年の秋の公演予定はどうなるんだろうとか、つかこうへいのオフィシャルサイト
で台本が自由にダウンロードできることとかにも、唐沢俊一は多分興味も何もない。

http://www.tsuka.co.jp/
>Next Stage「飛龍伝」
>作/つかこうへい
>出演/北区つかこうへい劇団オールスター
>2010年10月28日~11月6日
>北とぴあ つつじホール


http://www.tsuka.co.jp/le_daihon.html
>上演台本について旅で地方などに行きますと、地元の小さな劇団の私の原作公演の
>チラシが風に舞ってるのを見ることがあります。私の作品は劇団員15人ぐらいの貧し
>い小さな劇団で、あまり装置や衣装なんかにお金を使わなくてもやれるように書いて
>あります。徐々に上演台本をアップしていきますので、ダウンロードしておやり下さい。
>高知の劇団でしたら「熱海殺人事件」も桂浜を舞台に「桂浜殺人事件」とされるといい
>と思います。
>営利を目的としない、2000円~3000円でやる小劇場や学生さんの小さな劇団等の方
>の上演料はいりません。自由におやり下さい。お知らせだけ郵送でくだされば結構です。
〈略〉
>・飛龍伝 レットリバーラン
>・飛龍伝 2003
>・飛龍伝 2003 改訂版


自分は台本公開の件はしらなくて、何これスゴくね? と今回思ったのだけど、2007 年
当時、つかこうへいって何て太っ腹なんだと話題になっていたみたい。

http://news.livedoor.com/article/detail/3298499/
> 一般的に、劇団や学校の演劇部などが他人の脚本を使って上演する場合は、脚本
>家に上演許可を取り、使用料を支払う必要がある。使用料の額は、日本演劇協会の
>規定によると、高校演劇や入場料無料の公演の場合、1上演あたり5,000円(脚本家に
>よっては、アマチュア劇団や高校演劇については「無料」とするケースもあり、必ずしも
>一律ではない)。入場料を徴収する場合にも、別途金額が定められている。こんな「業
>界の常識」に対して、つかさんは「非営利なら許可申請も使用料もいらない」と宣言し
>ており、異色ぶりが際だっている、という訳だ。さらに、ウェブサイトには

>> 「高知の劇団でしたら『熱海殺人事件』も桂浜を舞台に『桂浜殺人事件』とされると
>>いいと思います」

> という文言も。脚本家がウェブサイトで台本を公開する際には「無断改作禁止」と
>クギを指していることも多いが、つかさんの場合は、台本の内容のみならずタイトルの
>改変も許容している、という点でも異例だ。
〈略〉
>「はてなブックマーク」では、07年9月4日頃から、何故か、つかさんの台本が公開され
>ているページにブックマークを設定するユーザーが急増し、9月7日18時現在、ブック
>マーク数は300に迫っている。さらに、

>>「太っ腹」
>>「つかさんスゴイ!惚れた」
>> 「すばらしい! 後進を育てる気概をみた!」
>> 「無断リンク禁止論者に爪の垢せんじて飲ませたい」

> といった、つかさんを絶賛するコメントであふれているのだ。


さて、ここで疑問に思う。唐沢俊一のいう「世間一般の範を超えた」にはなるほど該当
するかもしれないが、タイトルの「常識を怒った男」というのは、つかこうへいをあらわす
のに適切なんだろうか。


唐沢俊一がしっているかどうかも怪しい台本の件はおいとくにしても、「ああ~督夫じゃ
しょうがねえなあ~」といいながら、「ほとんどの文壇人が井上氏の側についたとき、つか
氏は好子夫人についた」のは、「常識を怒った男」というにふさわしいものなのだろうか。

そもそも、つかこうへいだけが好子夫人の味方についたという件は、自分も当時何かの
雑誌で目にしたおぼえがあるものの、今回うまく確認できなかった。なので、とりあえず、
そのような報道があったようだという前提で話をすすめさせていただくとして。

ややこしいのは、「井上氏は“世間”のモラルを武器に西館氏を責め」といっても、それは
浮気がどうのこうのという問題でしかなく、そんなことより家庭内暴力の方がずっと問題
ではないかという「“世間”のモラル」というものもまた存在していたことだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/井上ひさし
>離婚後、西舘好子は『修羅の棲む家』(はまの出版)でひさしから受けた家庭内暴力
>を明かした。この本で「肋骨と左の鎖骨にひびが入り、鼓膜は破れ、全身打撲。顔は
>ぶよぶよのゴムまりのよう。耳と鼻から血が吹き出て…」と克明に記している。ひさし
>自身も離婚以前に「家庭口論」等のエッセイで自身のDVについて触れてはいるが、
>こちらはあくまでもユーモラスな筆致である。
>これらのDVがすべて事実であったとすれば、大きな社会的・倫理的非難の高まりは免
>れないところであったが、ひさし側は真偽もふくめて黙殺する対応をとり、公職や公的
>活動も一切控えることをしないまま、追求する声も起こらずに話題としては終息してし
>まう。(むしろペンクラブ会長就任など井上の社会的活動はこのあと活発化している。)
>小谷野も『週刊新潮』追悼記事でのコメントでは、作品への賛辞に園遊会問題(政治発
>言の項参照)への批判を添えながら、この話題には一切触れていない。


当時は現在よりもまだ「法は家庭に立ち入らず」の壁が高かったとはいえ、「骨にひび
が入り」というまでの暴力があってもなお「文壇人が井上氏の側についた」ことの方が、
「“世間”のモラル」とか常識とかとの乖離が目立つともいえるくらいのもんで。

http://www.kitamura-sss.co.jp/rikon/concept09.html
>DV防止法について
>「法は家庭に立ち入らず」と言って今までは夫婦間の暴力事件等については、警察等
>も単なる夫婦喧嘩(痴話喧嘩)としてまともに取り上げてきませんでした。
>しかし現在では、立場の弱い者(経済的に自立していない主に専業主婦)・肉体的に
>弱者である女性や子供等に対する異常な暴力等(肉体的暴力以外にも精神的に追い
>込む、言葉の暴力を含む)に対して社会問題化し人権擁護ならびに男女平等の実現
>に向けて、平成13年10月に「配偶者からの暴力の防止、及び被害者の保護に関する
>法律」として「DV防止法」が施行されました。



というか、唐沢俊一だって……。

唐沢俊一「社会派くんが行く!」でも井上ひさしを追討

もっとも、「ああ~督夫じゃしょうがねえなあ~」のつかこうへいが、家庭内暴力に怒って
いたという記憶もない。かといって、不倫にも、不倫を非難する「“世間”のモラル」にも、
特に怒りを表明していたこともなかったと思うが。


「舞台(銀幕、高座、ブラウン管)の上に立ち、スポットライトを浴び、おのれの存在を
その世間に誇示することで自らのアイデンティティを問うている者はみな、どこかの部分
で、世間一般の範を超えた、アンコントローラブルな部分がなければやっていけない」
と唐沢俊一はいう。

これは、演劇人は特権階級として、不倫や離婚も大目に見られるべきという主張なんだ
ろうか。

しかし、べき論はともかく、今は一般人の不倫や離婚もさほど珍しいことではなく、むしろ
「スポットライトを浴び」る側の人だから、話題にもなりあれこれいわれてしまうのが実際
のところではないかと。一般人並に不倫したり離婚したりする自由を叫ぶ方が早いかも。

いや、2ちゃんねるのスレへの書き込み (Read More 参照) でいう「『演劇界にかかわっ
てるのはセクハラがやりたいからであります』と言わんばかりの発言」――これが今回
唐沢俊一が本当に主張したいことだったとして、だけど。

唐沢俊一セクハラを語る

More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1280528580/343-
-------
343 :342-転載続き:2010/08/04(水) 11:20:16

242 名前: カタログ片手に名無しさん Mail: 投稿日: 10/08/04 11:15 ID: 0RiwkiJE
>別れを告げに来た男 【訃報 佃公彦】
全体的に、故人やその業績に対する視線の冷たいこと冷たいこと、また、とにかく
何でも言えばいいと思っていることにウンザリさせられた。
こんなことしか言えない(また言えることがない)のなら書かなきゃいいのに、と
しか言いようがない。

>『ほのぼの君』がつまらないのは、そもそも“笑わせようとしていない”からであったのだ。
というが、新聞の四コマ漫画は読者を笑わせればそれでいいのか、読者を抱腹絶倒
させるために存在するものなのか、と訊いてみたい。
少年週刊誌のギャグ漫画じゃないんだから。

だいたい、「ほのぼの君」というタイトルに作者のどのような狙いが込められてい
るのか、唐沢には分かっているのだろうか。「社会派くん」と言いつつ、自称鬼畜
以上の鬼畜(および基地外)ッぷりを発揮しているテンテーには、理解を期待する
こと自体がドダイ無理、なのは分かってはいるんだが。



>常識を怒った男 【訃報 つかこうへい】
演劇人は社会常識にとらわれない発想をしなければやっていけない、と言いたいのは
とりあえずいいとしても(本当はあまり良くないが)、それにしても、その理由が
「つかこうへいが西舘好子の不倫を擁護したから」。前に自分が「演劇界にかかわっ
てるのはセクハラがやりたいからであります」と言わんばかりの発言をして2ちゃん
ねらーや藤岡さんから囂々の非難を浴びたので、ここで腹癒せの意趣返しをしてるん
だろうと思った。口先では、「つかのエッセイのファンだった」などと並べてはいる
が、つかこうへいに何の思い入れも共感もないことは、文字通りの雑談(離婚がどう
の、焼き肉がどうの、コマーシャルがどうの)ばかりをしていて、またしても故人の
生前の業績は完全スルーということからも明らかだ。

344 :無名草子さん:2010/08/04(水) 11:40:43
大人物には変人が多いけど変人に大人物が多いわけじゃない

-------
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Comment

●やっぱり

唐沢氏はプロデューサーに下心はあって当たり前、劇団主宰や演出家はセクハラパワハラ上等だと思っていて…、
梶原一騎になりたかったのだろうか、無理だけど。
自分がそうだからって、他人も同じだと思わないで欲しいですな。
NNT |  2010年08月12日(木) 21:02 |  URL |  【コメント編集】

>藤岡真さん
>NNT さん

>ヤリタイ盛りの男の子が、東京で解放されて、助平心を満開

>つかこうへいも井上ひさしも、その業績というより恋愛絡みから羨ましかったのか

あはは……

http://www.tobunken.com/news/news20100803143859.html
を読んで謎だった、何でこんな方向からしか語ろうとしないんだろう――という疑問が、それでだいぶ説明がついてしまうような……。

改めて読み直すと、一昔前のワイドショーや女性週刊誌的でもありますね。そういえば唐沢俊一って、『女性自身ってば!?』という本も出していたんでしたっけ。

恋愛絡みといえば、
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-267.html
てのもあったり。
トンデモない一行知識 |  2010年08月12日(木) 08:43 |  URL |  【コメント編集】

>discussao さん
>それよりも何よりも、「社会派くん」の「ドブス守る会」の際つかのエッセイ
>『あえてブス殺しの汚名をきて』を出してるのだけれど、

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-493.html
を参照のこと――の件ですね。

このエントリーの本文を書いた時点では、「社会派くん」では村崎百郎に、「だけど、この場合はそういうのと全然違うわ」と軽くやっつけられたので、さすがにこの線で何か主張するのはやめたのだろうな、まあよいことだと深く考えていませんでした。

対談のとき唐沢俊一は、あっさりと「弱いものいじめがネット周辺で是とされる風潮」の方に話をシフトさせていますし。たとえば「いや全然違うのはわかるけどさ、俺のいいたかった『社会の通念に反抗する』的なカウンターカルチャーというのはうんぬんかんぬん……」と、そちらの方向に話を続けることもなく。

……と、ここまで書いて怖いことを想像してしまいました。この、つかこうへいの“追討”文章が、「社会派くん」ではできなかった、唐沢俊一なりの「『社会の通念に反抗する』的なカウンターカルチャー」の解説だったりして……だとしたらレベル低過ぎですけど。

>東京ヴォードビルショーとか東京乾電池とかのブームだった。

あー、あったあった (←やめれ)
想像でしかないのですが、夢の遊眠社と同様、唐沢なをきと同年齢以降の者たちが普通にしっていて、生で観ていることも珍しくないため、唐沢俊一の観た観た自慢には使えない→だからあえて言及しないのではないかと。

SF 界隈のコミュニティはなぜか 1962 年前後の生まれが突出して多いというのが話題になったことがあるのです。唐沢俊一はそれ (唐沢なをきあたり) よりやや年長なのをいいことに、先輩ぶりっこ年寄りぶりっこでハッタリかまして売り出した人と、個人的には思っていますので……。
トンデモない一行知識 |  2010年08月12日(木) 08:24 |  URL |  【コメント編集】

●裸!

藤岡さんの説に妙に納得しました。けど、暗黒舞踏とかには行かなかったんですね>唐沢氏。唐沢氏には難解だったのかもしれないけれど。
つかこうへいも井上ひさしも、その業績というより恋愛絡みから羨ましかったのかと邪推してみたりして。
NNT |  2010年08月12日(木) 00:16 |  URL |  【コメント編集】

●裸の19歳

見も蓋もない推論かもしれませんが。
唐沢がハマっていたアングラ芝居、映画、古雑誌って、全部「裸目当て(含む男)」のような気がします。田舎で18歳まで暮らした、ヤリタイ盛りの男の子が、東京で解放されて、助平心を満開にさせたのでは。野田秀樹の芝居では裸は期待できないと思ったのでは。セクハラ願望で舞台に上がる今の唐沢を見ると、ついそんなことを考えてしまいます。
藤岡真 |  2010年08月11日(水) 23:12 |  URL |  【コメント編集】

●ちょうど

こないだまでやってた野田秀樹の芝居のパンフレットが手元にあって、夢の遊眠社からはじまる野田演劇の軌跡を読んでみたのですが、
唐沢氏が大学生?だった頃に遊眠社が要チェックな劇団だったのが分かります。1981年には元キャンディーズのランちゃんが遊眠社の舞台に立っているし。
好き好きがあるのは分かりますけど、全く触れないのも変、『ぴあ』読者だったんだし。
同時代を生きた人で演劇人を自負するのであるなら、夢の遊眠社を見てないなら『センス無い』って感じです。
NNT |  2010年08月11日(水) 22:59 |  URL |  【コメント編集】

やまださん
>また、昔は文庫本の戯曲を出演者・スタッフ全員購入して、そのまま上演台本に使用するというケースもあったそうです

↑学校によっていろいろだったのだろうけれど、自分の知っていた範囲で文庫本の戯曲を台本に使用していた高校ってのは知りません。文庫は、もし台本として使うにしても小さすぎるうえ厚く(ほぼ間違いなく使用作品以外も収録されているから)不便そうですね。さらに言うと、文庫でアマチュアが実演できそうなものって別役実とつかこうへい、安部公房を除くと、いままで出てきた「アングラ系」は敬遠されてしまい、チェーホフとか0・ヘンリーとか大道を演っていました。そういうのを演る場合にも、基本はガリ版切ってました。おそらく、ガリ切りも芝居の一貫とかいう精神論もあったのかも。
それ以外だと、1作品1冊式のB4くらいで薄っぺらなやつが高校演劇用としてあったので、それはそのまま台本代わりに使ってました。いまでも「筑豊の少女」とか上演している学校があるので、まだ存在しているのでは?

唐沢俊一が天井桟敷、状況劇場をつかこうへいの芝居より以前に見ている可能性は、私もたいへん低いと思います。ただし寺山修司の場合は天井桟敷以前から戯曲を書いており、それらのなかにはアマチュア劇団に適した作品(舞台装置が簡便、登場人物が少ない、後のようにクセが強くない、例えば『白夜』)もあるので、そういったものを見ていた可能性は否定できません。

それよりも何よりも、「社会派くん」の「ドブス守る会」の際つかのエッセイ『あえてブス殺しの汚名をきて』を出してるのだけれど、このエッセイのタイトルを口にし、なおかつ今回のように寺山・唐はオールド・スクールでつかがニュー・ウェーヴとかいう了見を持っているのに、『あえてブス殺しの汚名をきて』と『熱海殺人事件』の関係性にまったく触れていないのがかなり奇異な印象です。別にことさら醜女嫌悪を抱いており、つかの自己主張をエッセイのタイトルとした、わけではなく、大ヒットした『熱海殺人事件』がブス殺しの話だったからでしょ。話が「ドブス守る会」だし、自分の「あえてガンダム嫌いの汚名を着て」の元ネタだからとはいえ、『熱海殺人事件』に言及しないのは不自然な気がするんですよね。kensyouhanさんには「松尾スズキもしらないんじゃないか」と演劇素人疑惑を突っ込まれていますが、下種の勘繰りなんだけど、『熱海殺人事件』もちゃんと見てないような気が……、忘れたのか?むつかしすぎてよく理解できなかったのか?
唐沢俊一が上京した当時(時期微妙)ってつかこうへいの旬はちょっと過ぎていて、東京ヴォードビルショーとか東京乾電池とかのブームだった。イッセー尾形を知ったのもTVからなので、このあたりほんとに嘘臭い。
とはいえ、1979年演劇集団円のシェークスピア『から騒ぎ』を見た、とかいう具体的な話もしており、そのころ紀伊國屋ホールなどに通って観劇していたことはあったんだろうけれど。こういうのも捏造の可能性とか考えると、唐沢俊一のパーソナリティーに恐ろしいものも感じてしまいます。

以上長文たいへん失礼しました。
discussao |  2010年08月11日(水) 05:14 |  URL |  【コメント編集】

v>NNT さん
>舞台は生ものの上に体験できる人が限られている
>上手い所に目をつけたかも、物凄く嫌ですけど>唐沢氏。

ああ、そういう意味では、唐沢俊一に向いている話題かもですね。

向いているといえば、沖雅也絡みもそうだったかも。
http://www.geocities.jp/forevermasaya/tsuk
http://yasai.2ch.net/company/kako/970/970921336.html

特に「沖雅也」とかを指定して捜さなくとも、つかこうへい関係で検索していたら目にとまる可能性は高かったはず (阿部寛などについても、そう) ですが、今回はググった形跡すらあまりない“追討”文章ですからねえ。
トンデモない一行知識 |  2010年08月11日(水) 03:27 |  URL |  【コメント編集】

>ertit さん
>当時呉智英氏が書いた、井上氏側についた文章

これ↓ですかしら。

http://www3.ocn.ne.jp/~sitemm/onna4-2.html
>  井上ひさし元夫人の西舘好子は、自らの不倫が原因となった井上との離婚に
>際し、記者会見でこの有名なセリフを吐いた。
>「自分に正直に生きたい」
>  このセリフはちょっとした流行語のようになり、『朝日新聞』の家庭欄で、この
>言葉をめぐって投書者同士の「論争」が巻き起こるなどという余波も生じた。
>   評論家の呉智英は、著書『バカにつける薬』(双葉文庫)の中でこのセリフを
>評して、「(不倫をして社会的規範を破っておきながら)なお自分は、『正直』と
>いう社会的規範と親和関係を保ちたいと思うところに、この女の鈍感さと自堕落
>さがよく表れている」と斬って捨てている。つまり呉は、西舘のセリフに「私は
>『貞操』という道徳にもとる行為をしたが、それは『正直』というもう1つの道徳に
>忠実であったがゆえのことである」という自己正当化を見て取り、それを卑しい
>と言うのだ。
>   が、そこまで言うのも酷だという気がする。女性だけが「姦通罪」に問われた
>明治時代と比べれば隔世の感があるとはいえ、不倫をした場合には女性に
>対する風当たりのほうがいまなお強いのだから、この程度の自己正当化は無理
>からぬところではないか。タレントの石田純一は自らの不倫発覚に際して「不倫
>は文化だ」とのたまったそうだが、それはやはり、男だからこそほざけるセリフで
>あろう。

確かに DV 発覚 (といってしまってよいのか) は少し後になってからなのですよね。
そして本文でもちらとふれましたが、つかこうへいの「ああ~督夫じゃしょうがねえなあ~」は、聞いたことがあるような気がするという程度で、時期はいつごろか、そもそも本当にそんなことをいったのかといわれると自信がなくて @_@

ただ、DV がどうこうという話が出ても、西舘好子に味方しようとする文壇の人はほとんどいなかったという記憶はあるのです。態度を変えた一般人はいても、業界の人はいなかった、みたいな。
トンデモない一行知識 |  2010年08月11日(水) 02:46 |  URL |  【コメント編集】

>やまださん
> 戯曲は売れないので出版社が一番嫌っている

確か筒井康隆もそのようなことをいっていたような……ご本人は『ジーザス・クライスト・トリックスター』とか出していたりしますが。
http://www.amazon.co.jp/dp/4101171203

> コピー機が学校に置かれるようになったのは80年代でしょうか?それでも、
>コピーは印刷費が高くつくからと、学生は自由に使わせてもらえなかったはず
>です。
>  コンピューターどころか、ワープロも無い時代ですから、一人が戯曲を手に
>入れて、全幕手書きで書き写して、ガリ版を切るというのも大変ですし。(プロ
>の劇団でも、手書き文字の簡易印刷の台本でした)

下手すると 1980 年代後半でも、社内文書はなるべく青焼きコピーでとか、パソコンが 1 人 1 台まで行き渡らないので仕様書を手書きでとか (水色の罫の方眼紙とか)。

それはともかく、今ならコンビニにコピー機が当たり前として、1970 年代末頃なら、中規模以上の書店や、学校や予備校の側の店 (ノートのコピーなどの需要をあてこんだタイプ) で、1 ページ 10 ~ 20 円くらいだったかしら、と。

ちなみに『トンデモ創世記 2000』 (P,38) の唐沢俊一によると、札幌のリーブルなにわには十円コピー機があったそうです。カウンター方式だったのを、数字をごまかす「ズルの名人」だったと自慢もしています。


んで、引用が前後しますが (_ _); 予備校つながりでふと思ったのですが、

> テント芝居の上京劇場なら札幌で公演している可能性はあるのですが
>(確認できませんでした)、寺山さんの天井桟敷は札幌での公演はありま
>せん(「太陽」の寺山特集号の上演年譜を確認しました)。

田舎の子が東京にまとまった期間滞在するパターンとして、予備校の夏期講習 (冬期講習とか春休みとか) という線もあるかもしれません。今思えば、昔それで、アングラっぽいチラシを受け取ったりした覚えが。

それか、最初の大学受験で上京したときとか。1977 年頃になるのかしら。
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-182.html


> また、唐沢氏は世代が近い野田秀樹の芝居は観なかったのでしょうか?
>  当時、演劇に興味のある大学生で、毎週「ぴあ」を買っていれば、知らない
>はずは無いくらいの人気だったはずです。

これは確かに解せないですね。ああ、でも、微妙に年代が新しいというか、唐沢なをきと同年代以降を相手に年寄り顔で蘊蓄たれにくいせいなのかもしれません。
トンデモない一行知識 |  2010年08月11日(水) 02:23 |  URL |  【コメント編集】

●様々なバージョン

それは存じています>熱海殺人事件。
唐沢氏が見たであろうバージョンがゲイの伝兵衛ではもちろん無いのも。
唐沢氏は自称『ゲイに詳しいライター』なのにやっぱり詳しくないのかって事で。
NNT |  2010年08月10日(火) 23:39 |  URL |  【コメント編集】

NNT様

 熱海殺人事件は、色々なバージョンがあります。

>1990年代から『熱海殺人事件』は様々なバージョンが作られ、変化している。基本となる設定や構図を残しつつ、役者を替えたり、台詞を変えたり、関係性や結末を変えたりしたもの、さらにバージョンによっては基本の物語すら異なるものもある。主役の木村伝兵衛の設定も、バージョンによって同性愛者だったり精神異常者だったり女性だったりする。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%B1%E6%B5%B7%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 ですので、唐沢氏が観たと主張している「紀伊國屋劇場での上演(1978年)」は、主役がゲイではありません。
やまだ |  2010年08月10日(火) 20:39 |  URL |  【コメント編集】

●舞台は生ものの上に体験できる人が限られている

上手い所に目をつけたかも、物凄く嫌ですけど>唐沢氏。
つかこうへいさんを語るなら、古い話ではありますが、『ゲイに詳しい』人ならばどうして沖雅也に触れないんですかね?
触れられていたら触れられていたで、物凄く嫌ですけど。
つか作品に『ゲイ』は扱われていて、追悼でNHKBSで阿部寛の『熱海殺人事件』をやっていたのに。
舞台作品は全く見てないんでしょうね。
映画化されたのも見て無いのでしょうけど。
NNT |  2010年08月10日(火) 15:32 |  URL |  【コメント編集】

お言葉に甘えて失礼致します。

>唐沢俊一の「それまで見ていた唐や寺山は」というのは少し微妙かなと思っていたのでした。

私もそう思います。
 テント芝居の上京劇場なら札幌で公演している可能性はあるのですが(確認できませんでした)、寺山さんの天井桟敷は札幌での公演はありません(「太陽」の寺山特集号の上演年譜を確認しました)。

 つかさんの登場が、それまでのアングラ四天王(状況劇場の唐十郎、天井桟敷の寺山修司、早稲田小劇場の鈴木忠志、黒テントの佐藤信)の芝居とは違う、新しい波であったのは事実なので、
 またしても、唐沢氏の「私は最初期から注目していた」と言いたい病が出たのだと思います。

 当時、高校の演劇部が作品を上演していたというので思い出したのですが、、つかさんの作品は文庫で出版されていました。
 これは現在でもそうなのですが、戯曲を手に入れるというのは結構大変です。
 戯曲は売れないので出版社が一番嫌っているそう出版物なんだそうです。
 ハードカバーだと、印刷数も少ないですし。
 それが、大手出版社の文庫になったなんていうのは、井上ひさし、唐さん、寺山さん、つかさん、野田秀樹さんくらいじゃないでしょうか。
 いずれも破格の劇作家だと思います。
 また、昔は文庫本の戯曲を出演者・スタッフ全員購入して、そのまま上演台本に使用するというケースもあったそうです。
 コピー機が学校に置かれるようになったのは80年代でしょうか?それでも、コピーは印刷費が高くつくからと、学生は自由に使わせてもらえなかったはずです。
 コンピューターどころか、ワープロも無い時代ですから、一人が戯曲を手に入れて、全幕手書きで書き写して、ガリ版を切るというのも大変ですし。(プロの劇団でも、手書き文字の簡易印刷の台本でした)
 だから、文庫本をそのまま稽古用台本に使うということは、簡便で安くて、間違いがない(書き写しだと誤植が起こる)というメリットがあったそうです。
 私の父は、昭和30年代に早稲田の演劇部でしたが、台本に使って書き込みの入った文庫本がうちに残っています。
(というか、私が大学生だった1989年でさえ、大学でシェイクスピア上演することになった時も、やっぱり新潮社の文庫本を全員買って来るように教授に言われました。)

 もしかすると、唐、寺山は、札幌時代に、戯曲を読んでいたので、観たような気になっていたのかもしれません。
 二人とも、マスコミの寵児でしたし。
 唐沢氏の文からは、アングラ四天王の残りの二人、早稲田小劇場の鈴木忠志、黒テントの佐藤信の名前が出てこないのも何か気に掛かりますし。
 また、唐沢氏は世代が近い野田秀樹の芝居は観なかったのでしょうか?
 当時、演劇に興味のある大学生で、毎週「ぴあ」を買っていれば、知らないはずは無いくらいの人気だったはずです。
 80年代演劇ブームの勃興期の一番面白い時期に、東京で学生生活を送っていたわけですから、私などからすればとても羨ましい
環境なのですが。
 唐沢氏の文を見る限りでは、そんなに観ていない(興味がなかった)ような印象があります。

 まあ、藤岡先生のブログの方に書きましたが、唐沢氏は1975年に解散している「劇団雲」の公演を東京で観ているそうですから……。

>「台本には単に流れが書いてあるだけ。主要なセリフは稽古を しながらどんどん即興でつけていき、それが決まれば台本に書き込む。」
 私も新劇団で修行したので、そんなに詳しくはないのですが、
ワークショップ形式で、役者に自由に演技をさせて、その中で生まれたものをまとめて一本の作品にするという作劇法はあります。
 鴻上さんの第三舞台とかはそうだったと聞いたことがあります。
 ただ、少なくとも、つかさんの演出法ではないです。
 世代的にも少し後ですし。
 唐沢氏は、そういう稽古と、つかさんの「口立て」とがゴッチャになっているんだと思います。

長々と失礼致しました。
やまだ |  2010年08月10日(火) 05:10 |  URL |  【コメント編集】

西館氏と井上氏の件ですが…
当時リアルタイムでなかったので勘違いだったら申し訳ないですが、離婚当時はDVの存在が明らかでなく
不倫のみが論点だったのではないかと思います。
当時呉智英氏が書いた、井上氏側についた文章を読んだ覚えがありましたが、DVについての記述は
なされておらず、不倫を"正当化"する西館氏の言葉のみを引いていましたし。
はまの出版の暴露本もかなりのちのものですし、文壇内の噂レベルならともかく
大っぴらに言われる事実ではまだなかったのでは?
ertit |  2010年08月10日(火) 04:09 |  URL |  【コメント編集】

>やまださん
あ、うちはどちらかというと長文歓迎ですので何かありましたらガンガンどうぞ、です。興味深いお話、本当にありがとうございます。(_ _)

私は演劇には全然詳しくないのでアレなのですが、つかこうへいといえば『熱海殺人事件』が真っ先に思い浮かびます。高二か高三 (1979 or 1980 年) のときに、学校の演劇部が学園祭か何かで演ったため。

しかも、私は見ていませんでしたが、その前の市か県の大会で別の学校も『熱海殺人事件』を演って、向こうの方が大ウケだったとかいう話で。それにショックと刺激を受けてだいぶ練り直したとも聞きました。

んで何がいいたいかというと、本文には書きませんでしたが、唐沢俊一の「それまで見ていた唐や寺山は」というのは少し微妙かなと思っていたのでした。唐沢俊一が東京に出てきたのは 1978 年で、下でいう「1978年の紀伊国屋公演」あたりを見たんだぞーと主張したいのなら、唐十郎や寺山修司とほぼ同時期に見て回っていたのではないかとも思えるため。

http://ja.wikipedia.org/wiki/熱海殺人事件
>『熱海殺人事件』(あたみさつじんじけん)は、つかこうへいの初期の代表的
>戯曲。1974年に岸田國士戯曲賞を受賞した。また、1976年につかこうへい
>自身により小説化され、角川文庫で出版された。1986年には同タイトルで
>映画化もされた。
〈略〉
>初演は1973年、文学座アトリエにて。そのときは藤原新平が演出を務めた。
>1975年にA班・B班・C班のトリプルキャストで上演され、1978年の紀伊国屋
>公演からはC班のキャスティングが採用された。

遅くともその 1、2 年後には、地方都市の高校の演劇部にもかなり浸透していたともいえる (?) わけですし。

高田馬場の『初級革命講座 飛龍伝』もまあ 1979 年前後ですかしら。
http://blogs.dion.ne.jp/hisa50sky/archives/9560303.html


>つまり唐沢氏の「台本には単に流れが書いてあるだけ。主要なセリフは稽古を
>しながらどんどん即興でつけていき、それが決まれば台本に書き込む。」は
>ガセです。

そうでしょうね。これは別エントリーでやろうかとも思います。

そもそも「単に流れが書いてあるだけ」の台本ではないことは、
http://www.tsuka.co.jp/le_daihon.html
からダウンロードできる台本に、セリフがびっしり――ということからも明らかといってよいかと思います。
トンデモない一行知識 |  2010年08月10日(火) 02:51 |  URL |  【コメント編集】

 元演劇人としては許せない追討です。
 本当に、演劇について語るのは辞めて欲しいです。

>それまで見ていた唐や寺山はすでに“教養”であり、時代はいま、
>つかこうへいのものなのだな、とはっきり感じさせた舞台だった。

 つかさんの何が革新的だったのか、具体的に書けないのが、あいかわらず唐沢氏の酷いところだと思います。
 黒幕で覆われただけの舞台。音楽やダンスの使い方。戯曲そのもの(とくに登場人物同士の関係と会話)。
 私が大学生の頃、80年代の終わりから90年代前半は、学生演劇や若手小劇団のほとんどは、何かしら「つか」の影響を受けていたと思います。
 唐沢氏はこの頃の芝居は全然観ていないのでしょうね。

>この人の舞台は基本的に“口立て”である。台本には単に流れが書いて
>あるだけ。主要なセリフは稽古をしながらどんどん即興でつけていき、
>それが決まれば台本に書き込む。役者が芝居に合わせるのでなく、
>芝居の方で役者の個性に合わせていく。だから、舞台は出演俳優の
>個性ひとつで成功もし、失敗もする。

 私は20年近く前、演劇の裏方の仕事をしていました。
 その時につかさんの舞台に何度かメインの役で出られた女優さんがいらして、稽古後にベテランの俳優さんから「つかさんの演出ってどんな風なの」と質問された席にたまたま同席したことがあります。

 女優さん曰く「まず、開幕などの場面は、最初から何パターンも違う演出を練習してあります。
 それを、幕の間からつかさんが客席を見て、『今日は若い女性客が多いから、最初はCパターンだ』とか、『今日は観客席がいつもよりおとなしいから、Bパターンでいく』とか指示をします。
 開幕した後でも、観客の反応や、役者の状態を見て、『今日はあの台詞はお前が言え』とか、『あのシーンの台詞はカットして、代わりにこの台詞を言え』など、次々に指示を出されます。
 その日ごとの観客の反応もありますが、ちょっとでも役者が体調悪そうにしていると、どんどん見せ場が切られるので、私たちも一瞬たりとも気を緩ませないで、必死に、つかさんの指示通り演じます。」

 つまり、全盛期のつかさんは、稽古どころか、本番中でさえ、舞台の構成・演出を、その日のベストを目指して組み替えていたということです。
 そりゃ、毎回観る度に変化があり、しかもいつ観に行っても面白いはずです。
 しかし、それをやりきる演劇集団を創り出すというのは、並大抵のエネルギーの持ち主では不可能だったと思います。

 唐沢氏が簡単に書いている「役者が芝居に合わせるのでなく、芝居の方で役者の個性に合わせていく。だから、舞台は出演俳優の個性ひとつで成功もし、失敗もする。」というようなレベルの作業ではありません。
 演出家に対して、俳優・スタッフたちからの心からの信頼がなければできない仕事です。

 また私はその時にお仕事をいただいた劇団の会議室に保管されていた、つか作・演出の「今日子」の稽古に使った上演台本を見ています。
 多くの差し込み(後から付け足した頁)や、大幅なカット、書き込まれた新しい台詞はありましたが、最初にきちんとした台本が存在したことは間違いありません。ラストシーンへ向かう流れなどに、大きな変化はありませんでした。
 つまり唐沢氏の「台本には単に流れが書いてあるだけ。主要なセリフは稽古をしながらどんどん即興でつけていき、それが決まれば台本に書き込む。」はガセです。

 つかさんのwikiにも、『つかこうへいの「口立て」という独特の演出法。基本的には稽古初日前までに戯曲(台本)を役者に渡し、役者は全て暗記して来るが、「作家が机の上で書く台詞は4割。あとの6割は稽古場で役者が自分に書かせてくれるもの」と言っている通り、稽古を重ねる毎に台詞が大幅に変わっていく。』

 と、あります。
 つまり、「流れが書いてあるだけ」どころじゃないきちんとした台本がまずあって、役者全員、稽古初日にその台詞を完全に暗記しているのが前提の稽古場なのです。
 だから、稽古場でつかさんが、その場でどんどん新しい台詞を付け加えたり、削ったり、変更しても、役者が対応できるわけです。
 wikiの続きには「稽古場で役者を鋭く観察し、芝居の流れを見ながら頭に浮かんだ台詞を口頭で伝え、役者はその台詞を瞬時に暗記して復唱し芝居を続ける。」とあります。
 前述の女優さんの言では、「台詞の中の『てにをは』の一字だけ変更されても、もう次にその台詞を言う場面では、変更された通りに言えなくてはいけない」ということでした。(一度でも、できなければ台詞がカットされ、出番を失う)

 能力(魅力)の無い役者は見せ場を減らされる。能力(魅力)のある役者の見せ場は増やされる。
 それを自由自在に(本番中でさえ!)行ってなお、破綻せずに、新鮮で面白い舞台を構成・演出するというのが、つかこうへいという演劇人の恐るべき才能だったんだろうと思います。

 唐沢氏の追討では、あんまりだと思いましたので書き込みました。
 長文で申し訳ありません。
やまだ |  2010年08月09日(月) 05:45 |  URL |  【コメント編集】

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