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2010.08.08 (Sun)

「それはギャグでやっているのか」の『ほのぼの君』“追討”

http://www.tobunken.com/news/news20100803144646.html

イベント
2010年8月3日投稿
別れを告げに来た男 【訃報 佃公彦】

6月28日死去。80歳。

私は札幌育ちなので、『ほのぼの君』は北海道新聞で読んでいた。
1970年から連載開始だそうで(当初のタイトルは『ちびっこ
紳士』)、私が札幌を離れたのが78年だから、8年間読み続けて
いたことになる。

その8年間、このマンガを面白いと思ったことは“一回も”なかった。
新聞のマンガは面白いことよりも、毎日同じ場所に“ある”ことが
大事とか言われるが、それにしても限度があるのではないかと
思った。そもそも、キャラクター設定がシュルツの『ピーナッツ』
を露骨に模倣した感じがした。出てくる犬のキャラは最初は
片目という設定でアイパッチをしていたが、そのうちなくなって
普通の犬になってしまったと記憶している。

同じくとっていた毎日新聞(うちは店が毎日新聞札幌支社のビル内
にあるのでとらされていた)に1974年、東海林さだおの
『アサッテ君』が連載開始されたときには、比較して読んで、その
あまりの面白さに、いや、四コマというのはこれだろう、と思った
ほどである。現在、『アサッテ君』が若い人の間で“つまらない”
マンガの代名詞になっているが、連載開始当時はあれはひさびさに
見た“面白い新聞四コマ”だったのだ。

当時、面白くない新聞四コマの代表が読売新聞夕刊の『サンワリ君』
だったが、『ほのぼの君』に比べればマシ、というのが私の考えで
あった。なぜなら、『サンワリ君』がつまらないのは“笑わせよう
としてすべっている”からであり、『ほのぼの君』がつまらないのは、
そもそも“笑わせようとしていない”からであったのだ。

で、いつの間にか『ほのぼの君』は見ても意識の端にまったく留めなく
なっていた。“ああ、あるな”という感じであったのだ。で。しばらくして
ふと、久しぶりに『ほのぼの君』を読んでみると、何か感じが違った。
面白くないことはまったく同じ。だが、どこかが違う。何だろう、と
思って気がついたのは、四コマでなくなっていたことだ。三コマの
マンガになっていた。もはやストーリィやギャグという世界にあるもの
ですらなく、ポエムマンガ、として、独自の境地を開いたのだな、と
感じた。亡くなった記事についたコメントには、“ずっとそこにあった”
この作品を惜しむ声が続々と寄せられていた。
〈略〉
で、私にとり、佃公彦の代表作は何と言ってもNHK『みんなのうた』
の中の、『小犬のプルー』のアニメーションの人。
本田路津子の歌声がいいのだが、残念ながらオリジナルはYouTube
上にはもう残されていないようだ。

……別れを体験するたびに、私はこの歌を口ずさむ。
もう歌いたくないと思いながら、また、歌うことになる。
そして、そのたびに脳裏には、佃公彦の絵が浮かぶのである。
佃公彦は自分にとり、“別れの作家”なのだ。

そう言えば2007年3月8日、『ほのぼの君』の最終回の
セリフは“さよならだけが人生さ……ナンチャッテ”であった。


דさよならだけが人生さ……ナンチャッテ” 
○“さよならだけが人生さ……” “ナーンチャッテ……”

「佃公彦の代表作は」なら、「の人」を削除し「『小犬のプルー』のアニメーション。」と
するべきで、「『小犬のプルー』のアニメーションの人。」にしたいなら、「の代表作」は
とって「佃公彦は」にするべきかとも思う。

http://blog.livedoor.jp/ei26/archives/50860410.html
>2007年03月08日
>超長期連載マンガの「ほのぼの君」が今日で最終回!ありがとう、佃公彦先生中日
>新聞の朝刊に長期にわたって連載されていた漫画「ほのぼの君」(作者:佃公彦)が、
>本日3月8日の中日新聞朝刊をもって連載終了となった。
〈略〉
>本紙連載12997回 佃公彦さん降板」の記事がトップ記事となっていたのを
>見て全てが分かった。

>2007年2月8日の連載を最後に社会面からほのぼの君が消えたのは、作者の病気療
>養だったようで、この枠に別の作品を入れなかったのは「まだ、ほのぼの君は終わっ
>てないですよ」という中日新聞からのメッセージだったのではないかと思う。

>そして休載からちょうど1ヶ月経った今日、中日新聞朝刊の社会面に帰ってきた
>ほのぼの君は最終回だった…

>相変わらずの3コマ構成の漫画、おなじみの雷親子やカエルが出ているのに主人公
>ほのぼの君が登場しない、そして最後のコマをりきまるの後姿で締めた。

>りきまるが好きだったんだろうなぁ…。
>お疲れ様でした、佃先生。


そして「最終回のセリフ」は、上に引用したブログについていた写真:
http://image.blog.livedoor.jp/ei26/imgs/6/b/6b3be66a.jpg
を見ると、1 コマ目が「月にむら雲」で、2 コマ目が「花に風」と続き、そして 3 コマ目が
「さよならだけが人生さ……」に「ナーンチャッテ……」。

まあ細かいことなんだけど、「ナンチャッテ」と「ナーンチャッテ……」では、雰囲気とか
印象とかが違ってしまうような気がする。

さらに細かいことをいえば、唐沢俊一の書いている「私は札幌育ちなので、『ほのぼの
君』は北海道新聞で読んでいた」というのは厳密にいえば間違いで、「1970年から連載
開始だそうで、私が札幌を離れたのが78年だから、8年間読み続けていたことになる」
という話ならば、「『ほのぼの君』にタイトルを変更」する前で、題名は『ちびっこ紳士』と
しての連載。

http://ja.wikipedia.org/wiki/佃公彦
>1970年から中日新聞、東京新聞、北陸中日新聞、北海道新聞、西日本新聞に
>『ちびっこ紳士』を連載開始。1984年2月、連載5,000回突破を機に『ほのぼの君』
>にタイトルを変更。


唐沢俊一も「(当初のタイトルは『ちびっこ紳士』)」と書いてはいるからわかってはいる
のだろうけど、“追討”文の書き方だとまるで、1978 年までの唐沢俊一札幌時代の間に
『ほのぼの君』になっていたかのようにも読めるので。


しかし、一番の問題は、「追討記事、追いつけるものにあらず」の唐沢俊一の“追討”
(ここを参照) の中でも、死者をボロクソに貶すのみ、まさに“追討”としかいいようのない
内容の酷さである。今回のこれこれと比べても特に酷い。

2ちゃんねるのスレでは、「こんなことしか言えない(また言えることがない)のなら書かな
きゃいいのに」、「新聞の四コマ漫画は読者を笑わせればそれでいいのか、読者を抱腹
絶倒させるために存在するものなのか」、「少年週刊誌のギャグ漫画じゃないんだから」
とか書き込んでいた人がいるけど (Read More 参照)、もうひたすら同意、としか。

そもそも唐沢俊一って、笑えるもの、抱腹絶倒するようなものしか「面白い」と認識しない
のかなという怖い疑問もわいてくる。

で、その唐沢俊一本人が書いた今回の文章はどうかというと、佃公彦の漫画を「面白い
と思ったことは“一回も”なかった」、「久しぶりに『ほのぼの君』を読んでみると、何か感じ
が違った。面白くないことはまったく同じ」とさんざん書いただけでは足りなくて、なぜか
「面白くない新聞四コマの代表が読売新聞夕刊の『サンワリ君』」と、『サンワリ君』まで
巻き添えに……。

おや、唐沢俊一の得意なパターンの、何かを貶すために他の何かを持ち上げるという
技は今回使わないのかなと思ったら、「『アサッテ君』が若い人の間で“つまらない”
マンガの代名詞になっているが、連載開始当時はあれはひさびさに見た“面白い新聞
四コマ”だったのだ」――と『アサッテ君』を上に持ってきたみたいな。その『アサッテ君』
のことも、あんまり褒めていない気がするけど。

そもそも唐沢俊一って、以前、「『アサッテ君』くらいしか知らない世代にとってはこの人
はただのつまらぬロートル漫画家であろう」とか、東海林さだおのこともしっかり貶して
いたくらいだし。

『B級学』にも『とても変なまんが』にも東海林さだおは出てこないみたいだけど

それに加えて、「だが、どこかが違う。何だろう、と思って気がついたのは、四コマでなく
なっていたことだ。三コマのマンガになっていた」、である。

「三コマのマンガになっていた」ことって、「どこかが違う。何だろう、と思って気が」つく
ようなことなんだろうか。一目でわかりそうなものだけどなあ。それも一般人がそのように
書くのならともかく、唐沢俊一は一応、漫画評論みたいなこともやっている人のはずで
あって……。

これ、「“笑わせようとしてすべっている”」のか、「そもそも“笑わせようとしていない”」
(のでつまらない) のか、本気でわからない。


だいたい、「4コマ分のスペースを3コマに割る手法を編み出した」なんて、漫画評論を
やっている人にとっては、興味深いテーマではないのかなあ。「もはやストーリィやギャグ
という世界にあるものですらなく、ポエムマンガ、として、独自の境地を開いたのだな」と
いうだけで唐沢俊一が終わりにしてしまっているのが、何か意外だった。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2010/07/18/11.html
> 4コマ分のスペースを3コマに割る手法を編み出したほか、趣味の俳句を生かして
>歳時記から着想のヒントを得ていた。2004年、日本漫画家協会賞大賞を受賞した。


http://geinouhima.blog18.fc2.com/blog-entry-1278.html
>8 :名無しさん@恐縮です:2010/07/17(土) 18:40:38 ID:kUvqmS9r0
>最後の方は3コマになってなかったか?

>56 :名無しさん@恐縮です:2010/07/17(土) 19:56:43 ID:CImRrdoe0
>>>8
>3コマ漫画になってから、1コマのスペースがすごく広く感じたw
>普通4コマ漫画ってゴチャゴチャして見えるのに
>ある意味ほのぼの感が出てたのかもw


http://www.amazon.co.jp/dp/4808308142
>ありがとうほのぼの君 [コミック]
>佃 公彦 (著)
〈略〉
>『東京新聞』『中日新聞』等で読者を「じんわり温かい世界」に誘い続けてくれた「ほの
>ぼの君」。第33回日本漫画家協会大賞を受賞を記念して平成3年からの3コマ漫画を
>中心に秀作300点を四季別に収録した一冊です。


http://blog.livedoor.jp/ei26/archives/50860410.html
>時流に合わせた内容を織り交ぜながらも、淡々と綴られていくほのぼの君は
>普遍にして不変の存在だった。

>その中で唯一大きく変わったポイントは、当初4コママンガだった構成が
>いつの間にか3コマになった事だ。かなり奇抜な手法だが、この3コマ内に
>マンガの基本である「起承転結」を埋め込むテクニックはなかなかマネする
>作家がいない。

>自分も小学生の頃マンガを書くのが好きで、4コマものを書いたことが
>あった(絵はヘタだったが…)。しかし、4コマという少ない枠に最小限の台詞を入れ
>さらに起承転結を纏めるというのは意外と難しく、まるでパズルのようだった。

>このように4コマでも説明不足に陥りがちだというのに、さらにコマ数を減らして3コマに
>挑戦した「ほのぼの君」は偉大なる挑戦だと思う。
>さらに、それを40年近く毎日毎日続ける事が出来たのは、素直に凄いとしか
>言いようがない。


http://ja.wikipedia.org/wiki/序破急
>本来は雅楽の演奏についての言葉である。雅楽の唐楽などで、曲を構成する三つの
>部分をいい、ほぼ西洋音楽の楽章に相当する。「序」が無拍子かつ低速度で展開さ
>れ、太鼓の拍数のみを定めて自由に奏され、「破」から拍子が加わり、「急」で加速が
>入り一曲三部構成を成す。序破急一組で楽式とも考えることができる。ただし、序破急
>すべてを備えていない(失われたか、始めから存在しない)曲も多い。
〈略〉
>現代日本では、物語などにおける四段構成(“起承転結”)に対する三段構成を指す
>概念として用いられ、舞台の“三幕構成”などの類似語として使われることがある。
>また、起承転結とともに小中学校の作文技法として使われる。



追記: コメント欄で話題に出た「唐沢氏の文では『ちびっこ紳士』が最初のように見える
けど実際は、『ほのぼの君』連載、7年休載」などの件、本文にも一応追記。

http://ja.wikipedia.org/wiki/佃公彦
>1955年、文春漫画読本に掲載された「ほのぼの君日記」で漫画家デビュー。
>1956年、東京新聞に『ほのぼの君』の連載を開始。スタート当初は、台詞のない
>「サイレント漫画」形式だった(これと同じパターンとして、朝日新聞夕刊で 連載され
>ていた根本進の『クリちゃん』がある)。1970年から中日新聞、東京新聞、北陸中日
>新聞、北海道新聞、西日本新聞に『ちびっこ紳士』を連載開始。1984年2月、連載
>5,000回突破を機に『ほのぼの君』にタイトルを変更。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ほのぼの君
>『ほのぼの君』は連載当初は4コマ漫画が主体だったが、次第にコマ割りが1~3コマ
>に変遷し、末期は3コマ漫画が主体となっていた。すなわち、(起・承)(転)(結)、
>(起)(承・転)(結)若しくは(序)(破)(急)のスタイルである。
>なお元日紙面はほぼ毎年、4コマ分をつなぎ合わせた縦長1コマ漫画だった。




More...

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/books/1280528580/343-
-------
343 :342-転載続き:2010/08/04(水) 11:20:16

242 名前: カタログ片手に名無しさん Mail: 投稿日: 10/08/04 11:15 ID: 0RiwkiJE
>別れを告げに来た男 【訃報 佃公彦】
全体的に、故人やその業績に対する視線の冷たいこと冷たいこと、また、とにかく
何でも言えばいいと思っていることにウンザリさせられた。
こんなことしか言えない(また言えることがない)のなら書かなきゃいいのに、と
しか言いようがない。

>『ほのぼの君』がつまらないのは、そもそも“笑わせようとしていない”からであったのだ。
というが、新聞の四コマ漫画は読者を笑わせればそれでいいのか、読者を抱腹絶倒
させるために存在するものなのか、と訊いてみたい。
少年週刊誌のギャグ漫画じゃないんだから。

だいたい、「ほのぼの君」というタイトルに作者のどのような狙いが込められてい
るのか、唐沢には分かっているのだろうか。「社会派くん」と言いつつ、自称鬼畜
以上の鬼畜(および基地外)ッぷりを発揮しているテンテーには、理解を期待する
こと自体がドダイ無理、なのは分かってはいるんだが。



>常識を怒った男 【訃報 つかこうへい】
演劇人は社会常識にとらわれない発想をしなければやっていけない、と言いたいのは
とりあえずいいとしても(本当はあまり良くないが)、それにしても、その理由が
「つかこうへいが西舘好子の不倫を擁護したから」。前に自分が「演劇界にかかわっ
てるのはセクハラがやりたいからであります」と言わんばかりの発言をして2ちゃん
ねらーや藤岡さんから囂々の非難を浴びたので、ここで腹癒せの意趣返しをしてるん
だろうと思った。口先では、「つかのエッセイのファンだった」などと並べてはいる
が、つかこうへいに何の思い入れも共感もないことは、文字通りの雑談(離婚がどう
の、焼き肉がどうの、コマーシャルがどうの)ばかりをしていて、またしても故人の
生前の業績は完全スルーということからも明らかだ。

348 :無名草子さん:2010/08/04(水) 12:32:34
>アイドル使ってリメイクすりゃいいと思っている日本、爪の垢でも煎じて飲んでほしい。
ここ“だけ”は同意します

>別れを告げに来た男 【訃報 佃公彦】
なぜ『サンワリ君』を貶す必要があるのか

……いしいひさいち,植田まさし などには、是非とも唐沢氏よりも
長生きして欲しいものです。何を言われるかわからん。

349 :無名草子さん:2010/08/04(水) 13:42:06
子どもの頃、親父が読んでいた週刊朝日の
「ほのぼの親子」が好きだった。
新聞連載は読んでいなかったので、「ほのぼの君」との
関係は知らない。

印象深いギャグやひねりがあったわけではないが、
タイトルの通りのほのぼのとした会話や画風は、
子ども心にも何か癒されるものがあった。

唐沢先生、この追悼文はあんまりですぜ。


350 :無名草子さん:2010/08/04(水) 14:12:57
「ほのぼの君」wikipedia
>1956年3月23日、東京新聞朝刊発行開始と同時に『ほのぼの君』の連載を開始する。
>(中略)1962年12月31日をもって連載はいったん終了し、充電期間を経て7年後の
>1970年1月1日から『ちびっこ紳士』のタイトルで、セリフつきの漫画として連載を
>再開する。このときから東京新聞の総本家である中日新聞、中日新聞とともに
>ブロック紙3社連合を形成していた北海道新聞、西日本新聞でも連載されるように
>なった。1984年2月6日、連載5000回突破を機に『ほのぼの君』にタイトルを変更。

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Comment

>金平糖さん
>というか四コマまんがにはギャグしかないと思ってるのか、
>いあ、漫画そのものにギャグしかないと思ってるのか

いえ下手をすると映画にも (ry。

>あと気になるのは唐沢氏の文では「ちびっこ紳士」が最初のように見えるけど
>実際は、「ほのぼの君」連載、7年休載

ああ、これは、うちのブログの本文もちょっとマズいかもなので、後で追記しておこうかと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/佃公彦
>1955年、文春漫画読本に掲載された「ほのぼの君日記」で漫画家デビュー。
>1956年、東京新聞に『ほのぼの君』の連載を開始。スタート当初は、台詞の
>ない「サイレント漫画」形式だった(これと同じパターンとして、朝日新聞夕刊で
>連載されていた根本進の『クリちゃん』がある)。1970年から中日新聞、東京
>新聞、北陸中日新聞、北海道新聞、西日本新聞に『ちびっこ紳士』を連載開始。
>1984年2月、連載5,000回突破を機に『ほのぼの君』にタイトルを変更。

元日などの 1 コマ構成についても言及しておいた方がよさげですね。「1~3コマに変遷」ということは 2 コマもあった、と。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ほのぼの君
>『ほのぼの君』は連載当初は4コマ漫画が主体だったが、次第にコマ割りが
>1~3コマに変遷し、末期は3コマ漫画が主体となっていた。すなわち、(起・承)
>(転)(結)、(起)(承・転)(結)若しくは(序)(破)(急)のスタイルである。
>なお元日紙面はほぼ毎年、4コマ分をつなぎ合わせた縦長1コマ漫画だった。

その他参考(?)
http://plaza.rakuten.co.jp/komamaiku/diary/201007170000/
トンデモない一行知識 |  2010年08月10日(火) 01:47 |  URL |  【コメント編集】

ほのぼの君の面白さがわからないのはかわいそうだなと思う。

というか四コマまんがにはギャグしかないと思ってるのか、
いあ、漫画そのものにギャグしかないと思ってるのか

あと気になるのは唐沢氏の文では「ちびっこ紳士」が最初のように見えるけど
実際は、「ほのぼの君」連載、7年休載、「ちびっこ紳士」で連載再開、5000回記念でタイトルを「ほのぼの君」に変更
あと、3コマ漫画になってたと言うてますが、1コマとかもやってて
変則的にコマ数を変えてた感じで最後の方は3コマで安定していたかなと。

まあ、北海道新聞は「ちびっこ紳士」からなんだが
いいかげんな紹介だなぁと思ってしまう。

人生経験の少ない先生には難しすぎたのかな。
金平糖 |  2010年08月09日(月) 01:07 |  URL |  【コメント編集】

>altnk さん
どうもです (_ _)

>"Peanuts"に酷似している

1970 年代の田舎の子どもの感想として「キャラクター設定がシュルツの『ピーナッツ』 を露骨に模倣した感じがした」というのがアリかどうかは少し疑問に思ったのですが、まあスヌーピーの日本進出が 1967 年なので、『ちびっこ紳士』時代からキャラがああいう感じなら一応アリかな、です。

ラジオ体操の画像をみると、ピーナッツよりも何かに似ている……そうか顔の部分がスマイルマークなんだ、と思ったりもしました。
http://25.media.tumblr.com/tumblr_l5pailtyN51qz55f0o1_400.jpg
http://showa-kapibara.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_53b/showa-kapibara/E382B9E3839EE382A4E383ABw.jpg

>なんだろうこれは。酔ってるの?

いわれてみれば、そうですね。『小犬のプルー』が別れの歌、『ほのぼの君』の最終回も「さよならだけが人生さ……」で終わるというので、テキトーに話をつなげて「別れを告げに来た男」とかタイトルをつけたとしか思わずスルーしていました。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0901/260128.htm?o=0
http://www.geocities.jp/marucyann1/koinunopuru.html

唐沢俊一はここでポエムをかましていたつもり、って可能性が高いですが、自分にとって唐沢俊一は、とことんポエム力の不足している人なので……気がつくのが遅れました。w
トンデモない一行知識@レス遅延気味すみません |  2010年08月08日(日) 15:28 |  URL |  【コメント編集】

●まさに"追討"

佃公彦の"ほのぼの君"が"Peanuts"に酷似していることに異論はありません。だからといって

>その8年間、このマンガを面白いと思ったことは“一回も”なかった。

だったら、何も書かなきゃいいじゃないか。本当に無礼だな。

>佃公彦は自分にとり“別れの作家”なのだ。

なんだろうこれは。酔ってるの?
altnk |  2010年08月08日(日) 01:01 |  URL |  【コメント編集】

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