2017年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2010.05.09 (Sun)

見よ韜晦の今日泊亜蘭 (?)

裏モノ日記 2008年 05月 20日(火曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20080520115639.html

新聞で、今日泊亜蘭氏死去を知る。97歳。
〈略〉
父親がビアズレータッチで谷崎潤一郎の挿絵などを描いていた
水島爾保布、というのも驚く出自だが、幼い頃から東京の
(父子共に根岸生まれ)、多くの文人・画人に囲まれて育った
ところから、自然、観察力と表現力を研ぎ澄まされていったの
であろう。江戸っ子の口の悪さに言語学者としての語彙の豊富さ
が加わり、かなりのものであったらしい。
〈略〉
今、書き写していて気づいたのだが、この『縹渺譚』の奥付にある
著者略歴には“大正十年生れ”とある。享年97歳(7月生)ということは
正しくは明治43年生まれ。10才以上年齢をごまかしている。
現在だったらネットで年齢詐称、などと叩かれるかもしれない。
この当時の文人には、こういう韜晦趣味というのがあったのである。
本来は死んだのか生きているのかも定かでないままに溶暗して
いきたかったのかもしれないが、野暮な現代はそれを許さない。
ご冥福をお祈りする。


ד大正十年生れ” ○“大正10年生”

「それって完全に韜晦趣味を勘違いしてるってことの証拠だよね」 (Read More 参照) と
いうのは、この日記にかぎったことではないのだけれども……。

「青山学院大文学部英文科卒」という韜晦大自信
たまに違うことが書いてある Wikipedia、しょっちゅう違うことが書いてある唐沢俊一の本

「10才以上年齢をごまかしている。現在だったらネットで年齢詐称、などと叩かれるかも
しれない。」とか唐沢俊一は書いているが、彼の指摘している『縹渺譚』の奥付の記述
のみについていえば、「大正10年生」となっているのはこの本のみのようなので、もし
叩かれるとしたら、早川書房の方になるのではないかと。

・ハヤカワ文庫JA 『光の塔』
  「著者略歴 1912年生、作家」 - 奥付の記載
   (一九七五年十二月三十一日印刷 二〇〇四年三月十五日五刷」)

・ハヤカワ文庫JA 『縹渺譚』
  「著者略歴 大正10年生 上智大学外国語学部 作家」 - 奥付の記載
   (「昭和五十二年一月二十日印刷 昭和五十二年一月三十一日発行」)

・ソノラマ文庫 『アンドロボット '99』
  「1912年東京・下谷根岸に生まれる。上智大学外国部学部、あてねふらんせ等で
   諸国語を学び、翻訳を中心に文筆業。戦後は米軍通訳6ヵ年を経て帰京後、今日
   まで文筆業にいそしむ」 - 表紙カバー折り返しの記載
   (「昭和52年4月30日初版発行」)

・ハヤカワ文庫JA 『宇宙兵物語』
  「著者略歴 明治45年生、上智大学外国語学部卒、作家」 - 奥付の記載
   (「昭和六十三年四月十日印刷 昭和六十三年四月十五日発行」)

・ハヤカワ文庫JA 『我が月は緑 (上)』
  「1912年に生まれ」 - 表紙カバー折り返しの記載
   (「一九九一年十二月十日印刷 一九九一年十二月十五日発行」)

・ハヤカワ文庫JA 『我が月は緑 (下)』
  「著者略歴 1912年生、作家」 - 奥付の記載
   (「一九九五年十月十日印刷 一九九五年十月十五日発行」)

これで今回入手した本に、1910 年、または、明治 43 年の生まれと記述されていたの
ならば、以下の2ちゃんねるへの書き込みが正解のようだ――ということですんだのだが、
どれも 1912 年か明治 45 年になっているのが気になる。

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1269507905/799
>799 :無名草子さん:2010/04/11(日) 07:45:10
〈略〉
>そのハヤカワ文庫の『縹渺譚(へをべをたむ)』にそう書いてあったのかもしれないが
>自分の持っているいくつかの本には明治43年生まれとか、西暦でちゃんと書いてある。

>>この当時の文人には、こういう韜晦趣味というのがあったのである。
>そもそもハヤカワ文庫の『縹渺譚』が発行されたのが1977年。
>当時のとか言われてもねえ、唐沢もその時代に生きていたので、当時の人なんですか?

>で、おそらくという推測の域を出ないのですが、
>なぜハヤカワ文庫で「大正十年」と書いてしまったか、というのが
>西暦で1910年生まれだったんじゃないかと。
>1970年を70年と書くように、どこぞの本に10年生まれと書かれていて
>1977年の段階で昭和10年だと67歳って事ないよな、で大正10年になってしまったの
>では
>とか考えてしまった。
>他の本にちゃんと正しい誕生年が記されているのに、その一冊だけで韜晦趣味とはね。


復刊ドットコムのページにも、「1912年生とされてきたが実際は1910年生である模様」と
記載されていたりするし、SF辞典では 1912 年生まれになっているそうだ。

http://www.fukkan.com/fk/GroupList?gno=2197
>1912年生とされてきたが実際は1910年生である模様。
>画家・小説家の水島爾保布を父に持って東京に生まれる。
>上智大学などで諸外国語を学び、翻訳を中心に文筆に
>携わる。戦後創作活動を開始。1958年水島多樓名義に
>て発表した『河太郎帰化』で直木賞候補に。
>61年SF同人誌『宇宙塵』(創立時より参加)に「苅得ざる種」
>(「光の塔」原題)を連載。翌年「光の塔」に改題刊行され
>話題を呼んだ。現在に至るもなお日本SF回の長老として
>慕う人は多いと聞く。


http://d.hatena.ne.jp/mkomiya/20080521/1211371310
>横田さんがSF辞典から引用されていて
>>1912年 東京生まれ。上智大学外国語学部中退後、同人雑誌に作品を発表した
>>り、翻訳の仕事をしたが、戦後「文芸首都」誌、 「歴程」同人となり作家活動に入
>>る。終戦直後は翻訳に手を染め、「探偵倶楽部」誌などにSF,推理小説を翻訳、一
>>方でSF短編を次々と発表。1959年度上半期直木賞候補に「河太郎帰化」。同人誌
>>「宇宙塵」連載の時間テーマの名作「刈り得ざる種」が、 62年度東京書房のミステ
>>リ・シリーズに「光の塔」のタイトルで収録され反響を呼ぶ


一方、2008 年 5 月の訃報の「97歳」から逆算すると、唐沢俊一のいうとおり 1910 年
生まれで、Wikipdia でも「1910年(明治43年)」の生まれと記載されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/今日泊亜蘭
>今日泊 亜蘭(きょうどまり あらん、1910年(明治43年)7月28日 - 2008年(平成20
>年)5月12日)は、日本の小説家、SF作家。本名は水島 行衛(みずしま ゆきえ)。
>別名義に水島多樓(みずしま たろう)、水島太郎、璃昴(りぼう)、紀尾泊世央(きお
>どまり ぜお)、今日泊蘭二、宇良島多浪(うらしま たろう)、園兒(えんじ)、志摩滄浪
>(しま そうろう)など。日本SF界の最長老として知られた。代表作は、日本SFの古典
>としても知られる『光の塔』。
>父親は画家、小説家、漫画家の水島爾保布。母親は読売新聞の記者で、女性記者
>のはしりといわれる。
>経歴
>東京府下谷区下谷上根岸町(現・東京都台東区根岸)出身。府立第五中学校(現・
>東京都立小石川高等学校)を中退後、上智大学付属の外国語学校に入るもこれも
>中退。いわゆる「高等遊民」的な生活を送った後、通訳などの職に就く。


Wikipedia は、今日泊亜蘭の項目が新規作成された当初から「1910年」だけど、元号は
「明治45年」となっていたり。

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=今日泊亜蘭&oldid=87140
>1910年(明治45年)7月28日、東京都下谷根岸生まれ。本名=水島行衛(みずしま・
>ゆきえ)、上智大学外国語学部卒。同人誌「宇宙塵」にその設立時より参加。1962
>年、戦後初のSF長編小説「光の塔」を発表。


Wikipedia の参考文献は峯島正行著『評伝・SFの先駆者 今日泊亜蘭』(青蛙房 2001
年)であり、この項の多くの記述のベースとなっている。生年もこの本の記述からきて
いると思われるのだが、本に「1910年(明治43年)」とか明記されているわけではない
のが少しややこしいところ。

『評伝・SFの先駆者 今日泊亜蘭』 P.63 ~ P.64
> その如是閑から、大正四年、爾保布に大阪朝日に画家として入社の誘いがかかっ
>た。如是閑の方でも、リベラルで、反権力的な思想をもつ、多才なマルチ人間である
>爾保布を敬愛していたようである。
〈略〉
> かくして、水島一家は関西に移り住んだ。長男の太郎(今日泊)が五歳のときで
>ある。住居は新聞社が用意した家で、箕面電鉄(現在の阪急宝塚線) 岡町駅の近く
>にあった。


大正 4 年 (1916 年) に父の爾保布が大阪朝日に入社し、大阪に引っ越したのが「五歳
のとき」であるなら、明治 43 年 (1910 年) 生まれの計算となり、2008 年に 97 歳で没と
いうのとも合致する。……ただ、享年とか数え年とか考えると、正直ちょっとわからなく
なるのだけど。さらに、今日泊亜蘭が 7 歳のときに一家は東京に戻るのだが、その際に
小学校 2 年のところを学業優秀のため飛び級で 3 年生に編入とかという話なので、
ややこしさが増しているような気が……。

ついでにいえば、この大阪時代があるので、唐沢俊一の書いている「幼い頃から東京の
(父子共に根岸生まれ)、多くの文人・画人に囲まれて育った」というのは、間違いでは
ないものの、少し言葉足らずだなとも思う。今日泊亜蘭は大阪時代、5 歳の頃から、父
にフランス語を教わりはじめていたりしていた。


で、まあ、『評伝・SFの先駆者 今日泊亜蘭』という本――副題は「“韜晦して現さず”の
生涯」――という本が出たのが 2001 年、亡くなる 7 年前ということを考えると、唐沢俊一
のいう「現在だったらネットで年齢詐称、などと叩かれるかもしれない」も、「10才以上
年齢をごまかしている」も、かなり外した言葉ではある。叩くとしたら 2 年のズレの方だ
ろうし、実際は誰も叩いた様子はないのだから。

この 2 年のズレを叩こうにも、出てもいない大学を卒業したと詐称するのとは異なり、
本人にどういうメリットがあるのかわからないという問題もあるし。その点で危うい (?)
かもしれないのは、ハヤカワ文庫JA 『宇宙兵物語』の奥付にある「上智大学外国語学
部卒」との記述 (実際は中退らしい) なのだが、これも一冊のみのことみたいで、他の
本では「卒」とは書いていないし……。

ちなみに、『評伝・SFの先駆者 今日泊亜蘭』の副題が「“韜晦して現さず”の生涯」と
なっている理由は、以下に引用する通り。

『評伝・SFの先駆者 今日泊亜蘭』 P.21 ~ P.22
> 杉浦の漫画は女性風俗漫画で、エロチックな表現があるのは否めない。
> それが純粋な水島の逆鱗にふれたのだ。
>「芸術を志すものがあんなものを描いてなんだ」
> と水島は怒った。
>「だって、漫画を職業とする以上、注文に応じて描くのは当然だろう。食うためにはしよ
>うがないだろう」
>「食うためなら何でもやっていいのか。あんな漫画を描くことを止めないなら、今日限り
>絶交だ」
>「じゃ君は何で食うんだ」
>「女で食うよ。俺は韜晦して世に現さず、だ」
> そういうやりとりがあって、二人の交遊は途切れた。「女で食う」というのは、激論の
>やりとりから思わず飛び出した言葉にすぎないだろうが、「韜晦して世に現さず」という
>のは、日頃から腹の底に蓄えていた思いが出たといってよかろう。


唐沢俊一のいう「わざと自分の履歴をぼやかして、あちこち食い違いを残しておく」という
意味の「韜晦趣味」でないことだけは確かである――ということで。


More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1269507905/799-
-------
799 :無名草子さん:2010/04/11(日) 07:45:10
2008年05月20日(火曜日)
>新聞で、今日泊亜蘭氏死去を知る。97歳。
>今、書き写していて気づいたのだが、この『縹渺譚』の奥付にある
>著者略歴には“大正十年生れ”とある。享年97歳(7月生)ということは
>正しくは明治43年生まれ。10才以上年齢をごまかしている。
>現在だったらネットで年齢詐称、などと叩かれるかもしれない。
>この当時の文人には、こういう韜晦趣味というのがあったのである。
>本来は死んだのか生きているのかも定かでないままに溶暗して
>いきたかったのかもしれないが、野暮な現代はそれを許さない。
>ご冥福をお祈りする。

今だから、唐沢の経歴が詐称として叩かれているんですよ。
そのハヤカワ文庫の『縹渺譚(へをべをたむ)』にそう書いてあったのかもしれないが
自分の持っているいくつかの本には明治43年生まれとか、西暦でちゃんと書いてある。

>この当時の文人には、こういう韜晦趣味というのがあったのである。
そもそもハヤカワ文庫の『縹渺譚』が発行されたのが1977年。
当時のとか言われてもねえ、唐沢もその時代に生きていたので、当時の人なんですか?

で、おそらくという推測の域を出ないのですが、
なぜハヤカワ文庫で「大正十年」と書いてしまったか、というのが
西暦で1910年生まれだったんじゃないかと。
1970年を70年と書くように、どこぞの本に10年生まれと書かれていて
1977年の段階で昭和10年だと67歳って事ないよな、で大正10年になってしまったのでは
とか考えてしまった。
他の本にちゃんと正しい誕生年が記されているのに、その一冊だけで韜晦趣味とはね。

つまり、本に正しい略歴の載っていない唐沢俊一も韜晦趣味なんだね。
あとバーバラの本を書いた青山智樹は東海大学出身だが(韜晦大学ではない)
バーバラ編集の近著では東京大学出身となっていたので韜晦趣味という事になる。


800 :無名草子さん:2010/04/11(日) 07:59:45
つうか、それって完全に韜晦趣味を勘違いしてるってことの証拠だよね
テンテー本気だったんだ…

801 :無名草子さん:2010/04/11(日) 08:11:59
東○大学と書くのが韜晦趣味

802 :無名草子さん:2010/04/11(日) 08:15:49
言葉を間違って使ってるだけで
言いたいことはわかるじゃん

要は経歴の実態を掴ませないような振る舞いをするってことだろ?
一応、当たってんじゃないの?

803 :無名草子さん:2010/04/11(日) 08:23:39
青学を出たとも出てないとも思わせないなら韜晦の範疇だろうが、どうやら出たと思わせたがってるからな
それは韜晦じゃなく単に嘘だ
そもそも韜晦の粋ってのは、東大出をおくびにも出さないとかそういう振る舞いだろ
青学程度出ていようがいまいが、それをぼかそうがぼかすまいが韜晦の面白みは欠片もねえぞ

804 :無名草子さん:2010/04/11(日) 08:29:40
学歴詐称するなら青山とかハンパなとこにしなきゃ良かったのに。
バレたらバレたで「青山すら満足に入れなかったのか」って余計に馬鹿にされるだけ。
どうせならMIT卒業とかフカしときゃ良かったんだよ。

806 :無名草子さん:2010/04/11(日) 08:44:50
>>802
当たってはいないだろ
唐沢俊一語の韜晦趣味は単なる経歴詐称ってやつだろ
それもセコいの

807 :無名草子さん:2010/04/11(日) 08:55:08
実際は高学歴なのに中卒とか自分の経歴を落とすのは趣味だろうけど
良く見せようとするのは実益というか詐称だろ。

808 :無名草子さん:2010/04/11(日) 09:00:32
そうそう。韜晦趣味の基本は同じ詐称でもへりくだるもの。

809 :無名草子さん:2010/04/11(日) 09:29:40
韜晦趣味は、「知っているのに知らないふり」
唐沢趣味は、「知らないクセに知ったかぶり」

810 :無名草子さん:2010/04/11(日) 10:10:56
カラサーの学歴なんか

バカ田大学目指して現在浪人中

がイイ所だ。
バカボンパパに飛び蹴りくらってしまえ。

811 :無名草子さん:2010/04/11(日) 10:17:34
>>810
バカ田大学は小池徹平も通うくらいの名門校だから唐沢なんて無理。

-------

スポンサーサイト

テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

23:32  |  その他の雑学本 間違い探し編 (324) +  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://tondemonai2.blog114.fc2.com/tb.php/447-170fad86

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。