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2010.04.27 (Tue)

儒教にしてね、と唐沢は言った

「社会派くん」の Web 連載より
http://www.shakaihakun.com/vol099/06.html

唐沢 これも前から言っているように、「母であることより女であることを
優先してしまう」最近の若い母親の傾向なのだな。いや、傾向というより
教育の成果だよ。子供のために自分を犠牲にするなんて、古い家庭制度
の被害者だ!と、婦人解放論者は戦後一貫して叫んでいたからな。
〈略〉
村崎 だから昔から何度も言ってるけど、オレはもう一度提言したいんだよ、
「子供を虐待で殺すくらいなら、最初から子供なんか作るな!そういう親ど
もは膣でハメ合わないでアナルセックスだけやってろよ!」って。後で後悔
するくらいなら、初めからやめとけって。そりゃ虐待でわが子を殺す親たち
だって、産まれた当初は可愛くて仕方なかったと思うんだよ。でも、育てて
いるうちに生活に疲れたりだんだん面倒くさくなったりってパターンなんだろ。
だったら、そんな奴らはもう金輪際、膣でセックスするんじゃねえっ!ガキの
虐待死ニュースなんか面白くも何ともねえからこれ以上聞きたくねえんだよ!
〈略〉
唐沢 子供を作り、子育ての奴隷になって家族を守っていく封建制度が
いいのか、それとも個人個人がストレスなしに生きられる自由社会がいい
のか、その判断を怠ってきた結果が今月の虐待死ニュースの多さなんじゃ
ないかとオレは思うがね。

村崎 要するに子供を育てる喜び以上の娯楽が世の中に溢れすぎてるん
だよ。本当はそうじゃないにしても。

唐沢 そういうこと。脳が他の快楽を覚えすぎちゃったんだな。子供のため
に自分の楽しみを犠牲にすることにも、実は麻薬的快楽があるっていうん
だけど。

村崎 それは種族保存本能の快楽だよね。本能に直結した快楽のほうが、
より気持ちがいいはずなんだけど。

唐沢 誰の言ったことが忘れたけど、「昔は子供の青っ洟を母親が口で吸っ
た」っていうんだよね。オレはそのときの母親には、しびれるような快感が
あっただろうと思うんだ。もうちょっと今の日本人は、儒教的な縛りから得ら
れる快感に目覚めるような意識を持ったほうがいいと思う。そう考えると、
非実在青少年条例に反対している人たち、みんなやる気満々で楽しそうだ
しね(笑)。あれでいいとは思わないが、あれも思想信条の自由として、ああ
いうことを言う奴らの自由も守らないといけないわけ。俺がいまいち、気軽に、
というか積極的に表現の自由を口に出来ないのは、その覚悟果たして己に
ありや?という部分でいまいち自信がないからなんだが、軽々しく表現の
自由、表現の自由と言ってる連中って、要するに自分の表現の自由のこと
しか考えてないんじゃねえの?そこらへんを問いたい奴らが、少なくとも身の
回りに十数人はいるんだよ。


封建時代、児童虐待は実に動物虐待であった」のエントリーと引用箇所は一部重複。
「封建制度」や「婦人解放論者は戦後一貫して」についての突っ込みは、前エントリー
を参照のこと。なお、いつもより多めに主観が入っているのも前回と同じ。

「『母であることより女であることを優先してしまう』最近の若い母親の傾向なのだな」
と「前から言っている」という唐沢俊一、「昔から何度も言ってるけど、オレはもう一度
提言したいんだよ、『子供を虐待で殺すくらいなら、最初から子供なんか作るな!そう
いう親どもは膣でハメ合わないでアナルセックスだけやってろよ!』」という村崎百郎。
同じ穴のムジナという言葉が脳裏に浮かぶ、お似合いの二人である。

村崎は「子供を育てる喜び以上の娯楽が世の中に溢れすぎてるんだよ」ともいっている
が、その前段階の性行為以外の娯楽が「世の中に溢れ」てくれているおかげで、「わが
子を殺す親たち」も昔よりずっと減っているはずなんだけど……。高校の歴史の先生に
昔聞いた、「いいか、間引きとか子どもを殺すくらいなら子どもをつくらなけりゃいいと思う
かもしれないけど、そうもいかないんだからな。いくら避妊の知識のない昔の人だって、
やらなければ子どもはできないのはわかっていたけど、他に何も楽しいことなかったんで
しょうがなかったんだからな」――というのを信用すると、そういう話になる。


で、「『表現の自由』という言葉を発するそのことを抑圧する側にだけは回りたくない
方にも少し、聞いたことがないけどなあと書かせてもらった「しびれるような快感」。

とにかく子どもが可愛くてしかたがないとか、何かと大変でも幸せの方が勝るから平気
とかいうのだったらよく聞く話だけど、そういうのを「しびれるような快感」と表現するのは
違和感があるし……。考え過ぎかもしれないが唐沢俊一は、「子育ての奴隷」、「儒教的
な縛り」、そして「しびれるような快感」とかやってくれているので、奴隷に縛りってSMと
勘違いしているのではないかと思えてきたりする。

それはおいておくにしても、「子育ての奴隷」 (って、しかしヒドい言い方だなあ……) で
「儒教的な縛りから得られる快感」というのは変。「儒教的」というのなら、妻は子どもを
さしおいても夫につくさなければいけないし、子どもは親を含む年長者を徹底的に敬い
従わなければいけないはずなのだから。

http://ja.wikipedia.org/wiki/儒教
>儒教は、五常(仁、義、礼、智、信)という徳性を拡充することにより五倫(父子、君
>臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持することを教える。儒教の考えには本来、男尊女
>卑と言う考えは存在していなかった。しかし、唐代以降、儒教に於ける男尊女卑の
>傾向がかなり強く見られるのも事実である。これは「夫に妻は身を以って尽くす義務が
>ある」と言う思想(五倫関係の維持)を強調し続けた結果、と現在ではみなされてお
>り、儒教を男女同権思想と見るか男尊女卑思想と見るかの論争も度々行われるよう
>になっている。


http://www48.tok2.com/home/sawakon/1-02Asia1/korea4.htm
>かつてイギリスに留学していた頃、クラスの韓国人の男の子が言った。「もうすぐ俺は
>韓国に帰らなきゃならないんだ。親父が結婚しろっていうから、帰って2人の女性と見
>合いをして、どっちかを選ばなきゃいけないんだ。本当は帰りたくないけど、親父が言
>うんだからしょうがない」
>こんなことを言われて信じる人がいるだろうか?ところが私は簡単に信じてしまった。
>韓国人のいろいろな考え方に照らして、まったくないとはいいきれないことだと思った
>からだ。そして韓国人であるがためにそんな運命を持った、かわいそうな彼のために
>悲しんだものだった。
>結局それはウソで(ハラ立つ)、さすがに今はそこまではないらしいが、現代日本人の
>考え方と違う部分は厳然として存在する。それはいわゆる中国から伝わった儒教の
>教えに基づいた生活態度で、いまも根強く生きている。
〈略〉
>儒教はとにかく「孝」を大切にする。「子」が「老」を背負ったつくりになっているこの文
>字に象徴されるように、年配者、とくに親を敬わなくてはならないというもので、儒教で
>はもっとも重要な考え方だ。かつて私が、「うちの親は怒りっぽい」と言っただけでも、
>韓国人に「そんなこと言うもんじゃない」とたしなめられた。別に悪口を言ったわけでは
>なく、事実を述べただけなのに。立ち居振る舞いによってだけでなく、心の底から親を
>敬っているのだ。


……というか、唐沢俊一の場合、親の希望通りに刻苦勉励して「薬学の大学」を卒業
し、薬剤師の資格もちゃんととって、実家の薬局の跡取りになる道を選んだならば、
「儒教的な縛りから得られる快感」を自分のものにできたのでは。他人に厳しく、自分
には滅茶苦茶甘いばかりでは、いっていることに説得力がなくなるぞ、と。

受験資格もないようじゃあ……
一生懸命、唐沢俊一先生も拝んでたんですよね、龍神様
結局何歳のときに白衣に黒のブリーフでボディビルしてたんですか唐沢俊一先生


それから、このやり取りで、村崎百郎の「種族保存本能の快楽」に特に何も突っ込みを
いれていないのが少し気になった。2002 年に出した本には、以下のようなことを書いて
いた唐沢俊一なのに……。

『ウラグラ! ベスト・オブ・裏モノの神様』 P.283 ~ P.284

唐●実際、ブリジッド・バルドーなどは妊娠したとき、自分の赤ん坊のことを
“私から養分を吸い取って大きくなった腫瘍”などと呼んでいますね。出産
の喜びというのは、お腹の中の異物を厄介払いできることの喜びだって
言ってましたっけ。
神●母と子と言っても、文化的な自分への言い聞かせがなければ、しょせん
はそのような関係に過ぎん。バルドーの言っていることは決して間違っては
いないのでな。生物学的には、自分が出産した子どもをいきなり食ってしま
う親の方がはるかに多い。カニとか魚の類いじゃな。
唐●しかし、魚でも親が実にこまやかに子どもの世話をする種類がいます
し、哺乳類など、高等になればなるほど、子と親のつながりは強くなるん
じゃないですか。
神●それは大いなるカン違いじゃ。高等動物が子を大事にするのは、子の
数が少ないために、大切に育てないと種族が絶滅する恐れがあるからに
過ぎん。逆に考えれば、子育てに時間がかかるようになったのは、高等動物
に進化した代償みたいなもんじゃ。その手間を母親が放り出したりしないよう
に、天は母に子どもは何より可愛いという錯覚を与えた、という見方もできる。
唐●なるほど、母性愛というのは種族保存のための機能の1つに過ぎないと
いうわけですな。
神●海鳥が卵を守る姿は涙ぐましいが、あれは白くツヤツヤしたものを守る
というシステムが本能の中に組み込まれているためで、卵を産んだばかり
の海鳥のわきに、もっと大きくて白い、プラスチックの卵を置くと、母鳥は自分
が産んだ卵を放り出して、そのプラスチックの卵を温めようとする。また産ん
だばかりの子どもを亡くした母ザルが、すでにミイラ化したその子をずっと
抱きっぱなしにしているのは見るものを感動させるが、同じくらいのケバケバ
のタオルとこっそりスリ変えてみても、母ザルが気がつくことは希だと言う。


まあ、後半部分のネタ元は多分、『古本マニア雑学ノート 2冊目』 P.137 にも登場の
『ナンセンスの博物誌』と思われる。

『ナンセンスの博物誌』 P.38 ~ P.39
> 鳥が自分の卵に特別の愛着を持っていないことは、田舎の子ならだれでも知って
>いる。巣ごもりをしている雌鳥を満足させるには、瀬戸物の卵でもいいし、ドアの把手
>ですら間に合う。


『ナンセンスの博物誌』 P.34
> 多くの脊椎動物の母親が子どもに情熱的な愛情を持つということは疑問の余地は
>ない。しかし問題になるのはその愛情が「本能的」だとか不変なものだという考え、
>そして特にそれは人間の母親が子に対して感じるのと同じ感情だという考えである。
> それについては胸の張り裂けるような悲痛な物語がたくさんある。ダグリッシュは
>雌のヒヒが死んだ赤ん坊を抱きしめる話を語る。母親は幼児をしっかりと抱いてはな
>そうとせず、生気がまったくなくなってからも長らく抱きまわり、「食事をさせたり遊ば
>せようとしたりして実に見るに忍びない試みをするのである」。これはよくある光景ら
>しくヤークスも同様のことに気づき感動している。しかしズッカーマンは、ヒヒは毛が
>ふさふさとしたものなら何にでも同じ愛着を示すことを発見した。死んだネズミでも
>マフでも羽毛のはたきでも。そしてこの著しい母性愛の表現は多分、幼いときに毛皮
>にしがみついて生命を保つという本然の衝動の表われだろうと彼は言っている。


自分の本に書きはしたけど、身につかなかった知識ということだろうか。


追記: コメント欄で指摘していただいた、『ナンセンスの博物誌』からの引用ミスを訂正。(_ _);


More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1269507905/970-
-------
970: 無名草子さん 2010/04/15(木) 22:53:50  
>これも前から言っているように、「母であることより女であることを優先してしまう」
>最近の若い母親の傾向なのだな。いや、傾向というより教育の成果だよ。
>子供のために自分を犠牲にするなんて、古い家庭制度の被害者だ!と、
>婦人解放論者は戦後一貫して叫んでいたからな。

>子供のために自分を犠牲にするなんて、古い家庭制度の被害者だ!
婦人解放論者が?そんな事言ってる?
古い家制度と、古い家庭制度と違うし。
子供の為に自分を犠牲にするんじゃなくて、
『家』の維持に自分を犠牲にするのは酷いって事だと。
戦前だって、児童虐待が無かったわけじゃないし。
子供産みっぱなしは現代よりも多いと思うんだが。
子沢山家族なんてザラだったんだし。
>教育の成果
って、女子大生亡国論を思い出させる。
カラサーには教育の成果がないからね、縄文人が古墳を作ったって言ってるようじゃ。

971: 無名草子さん 2010/04/15(木) 23:04:31  
>>970
お前、とにかく先生にケチ付けたいだけだろ?
もういいよw

972: 無名草子さん 2010/04/15(木) 23:06:26  
>子供を作り、子育ての奴隷になって家族を守っていく封建制度がいいのか、
>それとも個人個人がストレスなしに生きられる自由社会がいいのか、
>その判断を怠ってきた結果が今月の虐待死ニュースの多さなんじゃないかとオレは思うがね。

子供が家制度の基本と思っているあたり古い家制度を分かってないな。
その『家』の階級によって『家制度』が内包する問題ってかなり違うんだけど。
小作農と華族様とじゃ違うように。
金持ちは自身で子育てしないし。
虐待ニュースが多く報道されるから、『最近多い』と思われがちだけど、違うし。

973: 無名草子さん 2010/04/15(木) 23:12:11  
>>971
>先生

ねぇ。
どういう先生なんだかw。先に生きてるから?

>脳が他の快楽を覚えすぎちゃったんだな。
>子供のために自分の楽しみを犠牲にすることにも、
>実は麻薬的快楽があるっていうんだけど。

へぇ、何かといえば、麻薬的快楽とか言っちゃう、
結論がいつものパターンで考察が浅い先生ねぇ。

974: 無名草子さん 2010/04/15(木) 23:16:37  
「脳内アドレナリン放出」連呼が恥ずかしくなったけど
麻薬的快楽と書かずにいられないテンテー。

975: 無名草子さん 2010/04/15(木) 23:17:05  
>>971
他人の権利を侵害する事も自由だと履き違えてる人は、
反面教師にしかなりえないから、先生とはトテモトテモ。

-------
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Comment

>Meitei,S さん
http://www.scribd.com/doc/2080939/The-Natural-History-of-Nonsense

こういう↑ページがあったとはしらなかったです。ありがとうございます。(_ _)(_ _)

> このページで該当部分(p44)を確認してみると、たしかに
>『Zuckerman The Social Life of Monkeys, pp.298, 301』となってますね

これを見て、あれ? と思ったのですが、日本語訳の『ナンセンスの博物誌』の P.204 訳者後書きには、「原書にはそれぞれの所説にたいしてすべて出典を明らかにする脚注が付けられているが、本訳では繁雑さを避けるためと、日本ではこれらの原典の入手が困難であるために省略をした。」と書かれているのに気がつきました。

日本で出版された当時 (最初の訳書は 1960 年、毎日エコー・ブックスが 1963 年) の状況を考えるとしかたなかったのかもしれませんが、「繁雑さを避けるため」とか、まるで唐沢俊一みたいなことを書かなくても……と少々残念に思います。


で、Google books で参照できる The Social Life of Monkeys and Apes の方は、これは子ザルのミイラの写真が 299 ページになっていて、298 は別の写真 (子ザルが立ち上がっている?) であることから判断して、「pp.298, 301」というのは Google books 上では 299 ページと 298 ページと考えるのがよいのでしょうか。(そうでないとすると肝心の 301 ページが参照できないのが痛いですね……)。


でも、まあ、302 ページが pp.301 だったとして、『ナンセンスの博物誌』に好意的に補完するならば、子ザルが死んで、2. の母親の毛皮に強くしがみつく力、3. の吸引反射がなくなってしばらくしても母ザルが子ザルを離さないことがあるのは 1. の母ザルの attraction to a small furry object によるものであり、そのようなものへの執着が母ザルにのみ見られるものではないかとから推測すると、子育てのための本能というより、子ザルの頃の 2. の名残りみたいなもので、毛皮に執着し断固として離れようとしないような嗜好 (といっていいのか?) をもつ個体がより多く生き残る機会をえたためだという解釈も可能ではないかとも思ったりしました。

ただ、そうとしても、

>『ナンセンスの博物誌』の言及は少し不正確かな、と。

そういうきらいは確かにありますね……。
トンデモない一行知識 |  2010年05月01日(土) 19:56 |  URL |  【コメント編集】

http://www.scribd.com/doc/2080939/The-Natural-History-of-Nonsense
このページで該当部分(p44)を確認してみると、たしかに『Zuckerman The Social Life of Monkeys, pp.298, 301』となってますね(書名はおそらく誤植でしょう)。

1p抜けてしまいますが、以下のリンクから該当部分が読めます。
http://books.google.co.jp/books?id=uehqycHO7hYC&pg=PA303&lpg=PA303&dq=zuckerman+baboon+furry&source=bl&ots=H5kDdLutTc&sig=YBP2AZv63aMdlZ5SF4qmdGHsjCs&hl=ja&ei=7xzbS6DXMJKekQWb5LV8&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=2&ved=0CAgQ6AEwAQ#v=onepage&q&f=false

全体を読まずにものを言うのはホントはいけないんですけど、とりあえずp297~304を読んだ限りでは。

・sub-human primatesは性別、年齢に関係なくフワフワしたものに執着する。
・母性行動には以下の3つの因子が寄与している。
 (1)母親の小さくてフワフワしたもの(子供)への執着
 (2)子供のフワフワしたもの(母親の毛皮)への執着
 (3)子供の吸引反射による母性の刺激
・子供が死んだ後も数日は生理的には授乳期にあるので、(1)、(3)によって母親は
 子供を抱き続ける。しかし、時間が経ち乳腺の機能が低下するに従って、母親の
 行動は(1)のみに由来するものとなる。

と、主張しているように思いました。
『ナンセンスの博物誌』の言及は少し不正確かな、と。

唐沢せんせーの話からはだいぶ離れてしまったようで、恐縮です。
Meitei,S. |  2010年05月01日(土) 05:17 |  URL |  【コメント編集】

>物事を行う理由は、全て快楽があるからだとでも思ってるんでしょうね。

まあ個人的には快楽追求ならそれはそれでアリかと思っているのですが、苦労の向こうにはスゴい快楽がまっている (かもしれない) ぞとホザくことに歪んだ快楽を感じる図には、ちょっと勘弁してくれと思ったりします。

2 人とも「しびれるような快感」のために自分から苦労を買ってでようとは思わないタイプみたいです。面倒なことをすすんでやってくれるべきであるのは、常に自分以外の他人、ってことで。
トンデモない一行知識 |  2010年04月29日(木) 09:27 |  URL |  【コメント編集】

>猫遊軒猫八さん
でも「怪力乱神」についての話は“楽しい”というのはあると思うのですよねー。
そういった大衆の嗜好 (?) がなければ、唐沢俊一が曲がりなりにもライターとして活動できる余地はなかったといえるかもしれません。

>NNT さん
「自称鬼畜の人々」は、面倒なことは全部他人に押しつけたうえで、ダラダラと偉そうなことを語りたいだけではないかと。

http://www.shakaihakun.com/vol099/06.html で唐沢俊一は「われわれの感覚の古いところ」といっていますが、確かに 2 人とも実年齢以上に「感覚の古いところ」はあるかなあと思いました。もちろん悪い意味で。
トンデモない一行知識 |  2010年04月29日(木) 09:03 |  URL |  【コメント編集】

●最近寝落ちばっかり……

>藤岡真さん
>Meitei,S. さん

京都大学霊長類センターの報告は興味深いですね。さすがサルは人間に近いだけあると思うべきか、人間に近いサルでもその程度だから動物を擬人化して行動を判断するのも程々にと思うべきか。

私は『ナンセンスの博物誌』の、「多くの脊椎動物の母親が子どもに情熱的な愛情を持つということは疑問の余地はない」としつつ、「しかし問題になるのはその愛情が『本能的』だとか不変なものだという考え」というスタンスは、大筋で正しいのではないかなと思っています。

で、『ナンセンスの博物誌』の「ヒヒは毛がふさふさとしたものなら何にでも同じ愛着を示すことを発見」は、サボっていて裏をとっていません。(_ _); ズッカーマン (Zuckerman, Sir Solly) という人が The Social Life of Monkeys and Apes という本の中で、ヒヒ (baboons) について述べているらしいというところまではいったのですが……。

http://en.wikipedia.org/wiki/Solly_Zuckerman,_Baron_Zuckerman
http://books.google.co.jp/books?id=yk_qkzvyGy8C&pg=PA260&lpg=PA260&dq=Zuckerman+baboons+mother&source=bl&ots=O9OKQJycs3&sig=SHDVnx5otD1ULXV4Qn2wEQ8q0EY&hl=ja&ei=2VrYS_fGAoGOkQXYrb3DBg&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=1&ved=0CAYQ6AEwAA#v=onepage&q&f=false

気になっているのは唐沢俊一の書いている「同じくらいのケバケバのタオルとこっそりスリ変えてみても、母ザルが気がつくことは希だと言う」のネタ元ですが……『ナンセンスの博物誌』の方には、鳥の卵をすり替える話は出てきますが、サルの死んだ赤ん坊をすり替えた実験の話はありません。
トンデモない一行知識 |  2010年04月29日(木) 08:30 |  URL |  【コメント編集】

>幻灯機さん
訂正しました (_ _); ご指摘ありがとうございました。
追記とお礼が遅くなって申し訳ありません。昨日は本文のみを訂正した後、寝落ちしてしまったのでした……。(←言い訳)
トンデモない一行知識 |  2010年04月29日(木) 00:48 |  URL |  【コメント編集】

物事を行う理由は、全て快楽があるからだとでも思ってるんでしょうね。
虐待は、子供を人間ではなく所有物と考えるせいがなのではと、私は思うんですけれど。
 |  2010年04月28日(水) 05:20 |  URL |  【コメント編集】

●今更ですが

母性『本能』を信じていて、母性が無い女は不良品とかいう感じなんだろうか>自称鬼畜の人々。
自分が学校で教わった話じゃ、母性というものは女に限ったものでなく、子供の頃から芽生える感性だと。
感性だから環境次第で伸びるし、か弱く誰かの保護を必要とするものに対して何をするのが適切であるとか、学習していくものだとも。
自称鬼畜の人々は学習する機会が無かったんでしょうね。
NNT |  2010年04月27日(火) 23:48 |  URL |  【コメント編集】

●唐沢俊一に捧ぐ

「子不語怪力乱神」と申します。
猫遊軒猫八 |  2010年04月27日(火) 23:14 |  URL |  【コメント編集】

>藤岡真さん
横から失礼します。

毎日新聞:野生チンパンジー:母、子の死骸と生活 ギニアで確認
http://mainichi.jp/select/today/news/20100427k0000m040150000c.html
>ボッソウ以外の群れでは通常、死んだ赤ちゃんは仲間に食べられたり、捨てられたりする。松沢教授は死骸の毛づくろいやミイラ化はボッソウの群れで受け継が れている独特の「文化」で「愛情や弔いの表れ」と推測している。

中日新聞:弔うチンパンジー 母、死んだ子と離れず
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2010042702000034.html
>長谷川寿一東京大教授(動物行動学)の話 同じ集団の中で3例続けて、チンパンジーの母親が死後の子どもをミイラ化するまで運んだという報告はこれまでない。ただし、ミイラ化した子どもの運搬は、 ニホンザルなどでも報告されており、これが文化的な行動か、あるいは人間の弔いに通じるのかについては、他の霊長類との比較も含めて、データの蓄積が待た れる。

ということで、どう解釈するかはなかなか難しいみたいですね。

ただ、「種族保存」とか平気で言ってる時点で、唐沢せんせーも村崎さんもダメダメだと思います。
Meitei,S. |  2010年04月27日(火) 22:25 |  URL |  【コメント編集】

『ナンセンスの博物誌』からの引用文にタイプミスと思われる箇所があります。

>母親は楊枝をしっかりと抱いてはなそうとせず、
×:楊枝
○:幼児

>幼いときに毛皮にしがみちて生命を保つという本然の衝動の表われだろうと彼は言っている。
×:しがみちて
○:しがみついて
幻灯機 |  2010年04月27日(火) 12:29 |  URL |  【コメント編集】

●弔う?

連投失礼。
今、TVを見ていたら、京都大学霊長類センターが、アフリカのチンパンジーの“弔いの行為”として、亡くなってミイラ化した子供を背中に乗せたり、毛繕いをしたりすると発表したとか。となると、またガセをパクッたことに。
藤岡真 |  2010年04月27日(火) 07:54 |  URL |  【コメント編集】

●コピペでしょうね

>自分の本に書きはしたけど、身につかなかった知識

 コピペしただけですから、内容なんて理解もしていないし、覚えてもいないと。
藤岡真 |  2010年04月27日(火) 07:23 |  URL |  【コメント編集】

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