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2010.04.11 (Sun)

「私の活動を指示してくださっていた書店の店長」「私が出していたアニメ研究同人誌」

「あぁルナ本公演『悪役照会』稽古場日誌!」のコメント欄より

http://keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html#comment1340

ケンショーN子さま
>>唐沢さんの大ファンです
なんか、HNとこの発言の間に温度差が
感じられますね(笑)。
以前発表した文章をよくご調査ください。
研究の醍醐味ですよ。
2010/04/07 11:37 | 唐沢俊一 #-  URL [ 編集 ]

http://megalodon.jp/2010-0409-2333-22/keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html

ここのコメント欄でもちらりとふれさせてもらったけれど、「私の『唐沢俊一研究』には
欠かせない内容なんです」の「研究」に刺激されたか、いうもいったり「研究の醍醐味
ですよ」である。

「醍醐」絡みではガセビアを量産している唐沢俊一の発言なので、いっそ微笑ましいと
いうべきだろうか。以下は「以前発表した文章をよくご調査」した、その結果でもある。

発売は七夕、水玉は天の川だぞのカルピス
ちなみにゴダイゴは Go Die Go または God I Ego だそうだ
残念ながら再現は困難な「醍醐」

それと、「本当は怖くなかった『日本売春史』?」のエントリーも参照のこと――なんだけど、
朝日の書評には、「学問の醍醐味(だいごみ)である“驚き”」とか書いていたりもする。
まあ、『日本売春史―遊行女婦からソープランドまで』の作者である小谷野敦には、その
出来の悪さを批判され、「天下の朝日新聞の書評に嘘が書いてあるとは普通思わない
からなあ」と嘆かせてもいる、非常に残念な書評ではあるのだけれど。

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20091214
>私が『日本売春史』を出した時に、唐沢俊一が朝日新聞で書評して「著者の言うことを
>鵜呑みにせず」などと書いた。これは不思議な言だと思ったもので、たとえばある宗教
>の信徒が教祖の言葉に対する時以外、いかなる書物でも「鵜呑み」になどすべきもの
>ではない。
〈略〉
> なぜなら、aの言うことに反対であれば、それに対してはかくかくの反論批判がある、
>だからかくかくの書物を読みなさい、と言うべきだからである。たとえば『遊女の文化
>史』に感動したという人には、もちろん私は『江戸幻想批判』や『日本売春史』を読めと
>言うし、田中克彦『チョムスキー』を本気にしている人には、酒井邦嘉『言語の脳科学』
>や郡司隆男『自然言語』を勧めるだろう。
> だから「鵜呑みにするな」と言う人が本当に言いたいのは、唐沢であれば「俺はこい
>つの言い分に賛同したくないけれど、反論ができない。こいつに批判されている奴も反
>論していない。しょうがない」ということなのである。


http://twitter.com/tonton1965/status/9095105341
>『日本売春史』については、唐沢俊一の書評が悪かったんだっけ。
8:33 PM Feb 14th webから


http://twitter.com/tonton1965/status/9095112284
>天下の朝日新聞の書評に嘘が書いてあるとは普通思わないからなあ。
8:34 PM Feb 14th webから


http://twitter.com/tonton1965/status/9095338323
>@kdxn それは前にリンクしたんだが
>http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-365.html
8:45 PM Feb 14th webから kdxn宛


中間的な結論: 唐沢俊一が「醍醐味」とかいったときには、その文章自体が「大ゴミ」
ではないかということを、まず疑うこと。


http://keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html#comment1366

>ケンショーN子さん
公演に関係ない書き込みはお控えくださいね。

しかしどうも書き込みから判断するに、検証をやって
いらっしゃる方々の調査もずさんなようです(笑)。
あの時代の札幌で私が出していたアニメ研究同人誌くらい
探せばまだ持っている人も大勢いると思いますし、
あの当時、私の活動を指示してくださっていた
書店の店長さんもまだご健在な筈です(名前とか、
昔の裏モノ日記に記してありますよ)。
第一“あの時代モンティ・パイソンが放映されてなかった”って
(しばらくの間、笑)。
こんな人たちに経歴詐称だと言われてもマジに反論する
のもアホらしいでしょう。

繰り返します。
ここは私の掲示板ではありません。
公演に関係ある書き込みをお願いしますね。
ファンなら言うことを聞いてもらえますよね?
2010/04/07 14:04 | 唐沢俊一 #- URL [ 編集 ]

http://megalodon.jp/2010-0409-2333-22/keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html

×活動を指示してくださっていた ○活動を支持してくださっていた
×名前とか、  ○イニシャルとか、

思えば、唐沢俊一の「ファンなら言うことを聞いてもらえますよね?」というこの一言が、
「唐沢先生は漫棚通信さんのファンだそうですね (http://www.tobunken.com/news/
news20070801103444.html
)漫棚通信さんの『言うことを聞いて』あげました?」との
コメントを引き出し、ヒドい削除の話となったわけだが、これについては、「『悪いのは君
の方さ僕じゃない』のあぁルナ本公演『悪役照会』稽古場日誌!
」、および、「錯誤に
よる削除だったんですかの、あぁルナティックシアターさん
」のエントリーを参照のこと。

で、「書店の店長さん」が、ファン活動を「指示」して、唐沢俊一はそれに従っていた――
というのならば話は別だけど、まあ唐沢俊一の著作や日記を見るかぎり、そんな話は
どこにも書いていないわけで。

また、この「書店の店長さん」の「書店」というのは、唐沢俊一の本にたびたび登場する
「リーブルなにわ」のことと思われるけど、その「店長さん」は、本の中でも裏モノ日記の
中でも、名前ではなく「Hさん」とイニシャル表記のようなんだけど。

以下は、「本当はサークルの代表者ではなかった唐沢俊一」にも引用したことのある
『トンデモ創世記2000』の一節である。

『トンデモ創世記2000』 P.32 ~ P.33
>●唐沢 〈略〉それは札幌にアニメ、SFオタクのメッカとなった「リーブルなにわ」という
>書店がありまして、この書店の店長だったHさんという人が元々は詩のファンだった
>り、同時にファンタジー文学のファンでもあったんです。国書刊行会の本とか月刊ペン
>社の「妖精文庫」だとか、他の本屋さんには置いてないような本も売ってましたね。
>専門のコーナーまであって札幌では一番売れている書店だったんだけど、我々はそこ
>を溜まり場にしていた。〈略〉で、ドアの部分には物が置けないので、空いたスペース
>に模造紙の「伝言板」を貼って、お客さんの意見交換の場にしてた。


そして、以下は、「site:www.tobunken.com "リーブルなにわ"」の検索結果である。

http://www.tobunken.com/diary/diary20000707000000.html
>元・青土社のSくんから、札幌で古書店をやっていたHさんとこないだ偶然出会ったの
>で、飲みに行きましょうというお誘い。このHさん、文庫で今度出る『古本マニア雑学
>ノート』に記述のある、リーブルなにわの店長さんであったHさんである。西手新九郎、
>トバすトバす。お盆進行か。


http://www.tobunken.com/diary/diary20010712000000.html
>1時、時間割にて編集者Sくんにインタビュー受ける。彼とは以前、ブックオフの店長に
>なっていた元リーブルなにわの店長・Hさんを囲んで一緒に飲んだが、その後また、H
>さん音信不通になってしまったらしい。居所定まらぬ人というのはいるものである。


http://www.tobunken.com/diary/diary20030122000000.html
>あと、もとリーブルなにわ店長のHさんの今の状況などについて。

推測するに、唐沢俊一は、自分が裏モノ日記に何を書いたか、そして何を書いていない
のか、しっかりと記憶していないのではないだろうか。

参考
潮さんの彼女、メフィストの帽子

では、「『古本マニア雑学ノート』に記述のある」と書いてあるのだから、『古本マニア
雑学ノート』を参照すればよいのではないか――と思ったのだが、この本にも「H氏」、
「Hさん」とイニシャルでしか書かれていない。ついでに書店の名前も、「札幌のそういう
ファンダム(ファンたちの団体)のメッカは、そのN書店だった」――とイニシャルである。

そして、この本には、すでに以下のエントリーで紹介したこと以上の情報は含まれて
いない。(……「大学は理系を受験した」という怖い記述は発見したが、これについては
まあ、後で「『青山学院大文学部英文科卒』という韜晦大自信」に追記させていただくと
して。)

宇宙戦艦ヤマトのビッグネームファンになりたかった唐沢俊一?
本当はヤマトのファンでも何でもなかった唐沢俊一
角川歴彦さんにも感心してもらったんだぞという夢または妄想
本当はサークルの代表者ではなかった唐沢俊一



http://keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html#comment1364 の質問に対応
づけるとすると、以下のような感じになるだろうか (モンティ・パイソン問題については
別エントリーで……)。

http://keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html#comment1364
>「アニメファンじゃなかった」という記述があったとか何とか

本当はヤマトのファンでも何でもなかった唐沢俊一」のエントリーを参照のこと。
『トンデモ美少年の世界』 (1997 年) に、「僕自身は、アニメソングへの興味はあったが
ヤマトのファンでも何でもなく」と唐沢俊一自身が書いている。まあ、他のアニメのファン
だったという可能性は残るが、少なくともヤマトというアニメのファンではなかった。

また、「アニメソングへの興味はあった」との記述は、「本当はサークルの代表者では
なかった唐沢俊一
」のエントリーに登場の、当時のサークル代表者だという人の記述と
一致する。


http://keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html#comment1364
>そうなら、先生のヤマトファン活動を根拠に、先生のことを「オタク第一世代の論客」
>だと信じてきた私や、切通さんや、編集者や、テレビ局の人は、全員バカみたいです。


「ヤマトファン活動を根拠」にするには、「ヤマトファン活動」というのが、言っては悪いが
大したことをやっていないのではないかという疑問は、唐沢俊一の著作の記述を読む
かぎりでは、確かに消えない。

http://tondemonai2.web.fc2.com/666.html
>・唐沢俊一が高校二年生の 1975 年は、かつて志水一夫との共著『トンデモ創世記
> 2000』で、『ペリーローダン』ファンクラブを結成して、「SFマガジン」にファンクラブ
> 結成の広告を出したのといっていた (「SFマガジン」をチェックした人によると、該当
> する広告など存在しないとのこと) 年。その後で、スター・ウォーズのファンクラブを
> 作ろうとしたが他の人に先を越されたのでヤマトにしたとしているが、だとしたら、
> 唐沢俊一のヤマトファンクラブは、スター・ウォーズの 1977 年より前ということは
> あり得ない。

> この 1975 年には、『宇宙戦艦ヤマト』は、1975 年の星雲賞を受賞。兵庫県などで
> 「ヤマト再放送運動」のサークルが、すでに立ち上がっていた。

>・唐沢俊一が高校三年生の 1976 年は、唐沢俊一がかつての自著で、ヤマトに
> 出会った年としていた年であり、おそらく Zipper のインタビューでいっていた
> 「で、最初にやったのが、仲間たちと全員で『ヤマト』のレコードを1軒の店だけで
> 買うんです。そうすると、全国でもその店でだけバーンと売り上げが上がる。」を
> 実行していた年。(これより前だと、ヤマトのレコードが発売されていない)。

> しかし、この時代、人気がないアニメのレコードが製作されて地方のレコード店に
> 入荷していたとは考えにくいし、実際この年にはもうヤマトはブームになっていた
> からこそ、アニメとしては異例のアルバム『交響組曲宇宙戦艦ヤマト』が発売され、
> 翌年TV版の再編集映画が公開されることが決定していた。


「書店の店長さんもまだご健在な筈」と唐沢俊一はコメント欄に書いているが、「居所
定まらぬ人」である「Hさん」にお会いできる運びとなったとして、何を聞けというのか。

角川歴彦さんにも感心してもらったんだぞという夢または妄想」で取り上げた、店に
貼られていたという模造紙と、そこに書かれていたアニメファンたちの伝言を見て、
「これは 若者たちの新しいコミュニケーションの形態です。これを集めてそのまんま
縮小して絵本みたいにするんです。これは売れますよ!」と語った「角川歴彦さん」の
話だろうか。

これが、こちらのエントリーでの推測とは異なり、本当に当時角川書店の「専務」だった
「角川歴彦さん」が「売れますよ!」と語ったのだとしても、それが単なる社交辞令では
ないこと、彼を感心させたのが、唐沢俊一の書いたものだというのは果てしなく立証困難
としか思えないのだが。その伝言板には、唐沢俊一以外の、文才のある人、絵心のある
人が参加していた可能性が高いのだし。

いやそんなことはない、彼を感心させたのは唐沢俊一の書いたものだ――とするとして
も、それって「オタク第一世代の論客」の若い日の活動としてはどうなの、って問題も
依然残る。

「で、最初にやったのが、仲間たちと全員で『ヤマト』のレコードを1軒の店だけで買うん
です。そうすると、全国でもその店でだけバーンと売り上げが上がる。」を実行していた、
店に貼られていた模造紙 (誰でも書き込める) が「角川歴彦さん」に、これをそのまま
本にすることができるといわれた (でも実際に本は出なかった)――ただそれだけのことで
立派な「オタク第一世代」を名乗っていたのかということである。


――ということで、唐沢俊一自身もコメント欄で「あの時代の札幌で私が出していたアニメ
研究同人誌」がどうのこうのと書いていることだし、やはり同人誌について調べるのが
正しい道ではないかと思えてきた。

「あの時代の札幌で私が出していた」ものではないが、「唐沢俊一検証blog」の 「バカ
とアニドウとちゃーがんじゅう。
」で紹介されていた、「アニドウの同人誌『FILM1/24』
第32号(1984年7月発行)」というのがある。投稿者が「世田谷区・唐沢俊一」となって
いるそうで。

まあ、これのおかげで、「そして百バカは百を超える」というエントリーを当ブログにアップ
できたのは喜ばしいことではあった (?) が、アニドウの同人誌に一投稿者として寄稿した
ものだけというのも寂しい気がする。

しかし、以前に「ほんとうは SF 作家になりたかった唐沢俊一?」に抜き出したことがある
唐沢俊一の創作活動は、「札幌で私が出していたアニメ研究同人誌くらい探せばまだ
持っている人も大勢いる」なんてものとも思いにくいものばかりだし……。

http://netcity.or.jp/otakuweekly/BW1.0/column1-1.html
>中学一年のとき読んだ星氏の『妄想銀行』から、僕の“もの書きになりたい”という
>夢が始まったのだった。僕はさっそくこの本を学校に持っていき、友人知人中にショー
>ト・ショートを疫病のように蔓延させた。そして友人と語らって同人誌をガリ版刷りで作
>り、もちろんそこに自作のショート・ショートを山ほど載せた。


http://www.tobunken.com/diary/diary20081106155713.html
>ああ、あの後いくつか書きかけたSF小説習作の中に、必ずメンバー集結のシーンを
>入れていたのはこの作品の影響だったのか?


『トンデモ一行知識の逆襲』 P.170
>高校のとき、お決まりでみんなが古代進と森雪のセックス話をてんでに作って夜の
>作業に供していたとき、私の作ったストーリィの巧みさに全 クラスが驚嘆(カトリックの
>男子校だった)し、ひとりが、 「カラサワ、お前、作家になれや」 と薦めた


http://www.tobunken.com/diary/diary20090125101912.html
>ガッチャマンのパロディ漫画を、札幌・狸小路のはずれにあった民芸喫茶で仲間たち
>と創作していたのが、私のやさぐれ青春だった。昭和は遠くなりにけり。


中学一年のときにつくったガリ版刷りの同人誌や、「書きかけたSF小説習作」、高校の
ときの「古代進と森雪のセックス話」や「ガッチャマンのパロディ漫画」を入手しろという
のかと……。

そもそも唐沢俊一本人が、自著に紹介や引用もしていない程度のものを、何でわざわざ
という気もするし。


しかし、「あの時代の札幌」での同人誌活動について唐沢俊一が述べている資料は、
あることはある。少し長くなるけど、『トンデモ創世記2000』から引用してみる。

『トンデモ創世記2000』 P.69 ~ P.70

唐沢● コミック・マーケット、略して“コミケ”ですが札幌ではコミック・フェス
ティバルって、「コミフェス」って言ってたんですよ。さっき名前が出た四丁目
プラザというオタクビルの上の階の狭い所に、二十いくつかの札幌市中心の
同人サークルが集まって売ってたんですよ、同人誌。そこで、島本和彦、
あさりよしとお、唐沢なをきって三人が並んで売ってたんですよ。
志水● すごい取り合わせだね(笑)。
唐沢● ね、すごいでしょ? あの頃、島本和彦は本名、手塚秀彦っていって、
マンガ界で“手塚”じゃ恐れ多いというんで、島本和彦に名前を変えたそう
なんですが、あの当時から女の子のファンがすごく多かった。SFもの描いて
たんですけどね、面白かったですよ。独特な絵で。メガネをかけた主人公が
出てくるんだけども、そのメガネが片方しかないの。描き忘れたのかなと思っ
たら、片方を省略するという変な技法を使っていたらしい。いまだにその
同人誌もってますけどね。
志水● へぇー、不自然じゃないんですか?
唐沢● うん、これが不自然じゃない。
志水● それはすごいね。
唐沢● 僕も何で片方省略するのかわからなかったんだけども。ただ女の子
のファンがあの頃から付いていて、よく訪ねてくる。あの頃から、島本和彦、
あさりよしとお、唐沢なをき、その三人が有名な三羽烏だったんですけど、女性
にモテるのは島本さんだけだった。〈略〉で、あさりよしとおが本を売るときに
入れる袋に、カリカリカリってメカみたいなイラストを描いてる。抜群のセンス
だったなあ、やっぱり。あの袋を持ってたら今、お宝ですね。うちの弟は、もう
その頃からパロディー専門。『MANGAカルピス』という同人誌を作ったんで
すよ。その中で僕も書いてたんだけど。何年か前、サイン会でそれを持って
きた人がいたんですよ。「札幌で手に入れたの?」って聞いたら、「いや、
まんだらけで見つけました」って。こんな昔の恥みたいなものが今流通してる
のかって思うと、嫌になっちゃった。


……「島本和彦、あさりよしとお、唐沢なをきって三人」が、オタク第一世代というのに
ふさわしく、札幌にいた当時もバリバリと活躍していたことはうかがえる。それに対して
唐沢俊一の影はとことん薄いのだが。

本当はサークルの代表者ではなかった唐沢俊一」のエントリーでもふれたのだが、
当時のサークル代表者にも「北星高校の唐沢直樹・俊一兄弟」と、まず弟ありきの
表記をされている唐沢俊一である。さらに自分の本の中でも、弟のオマケみたいな形
でのみ登場というのが涙を誘わないでもない。

それはともかく、『MANGAカルピス』という同人誌には「僕も書いてた」と唐沢俊一は
いう。イラストや漫画は「描く」の表記なので、文章を寄稿していたのだろうか。そして、
それは『トンデモ創世記2000』の出た「何年か前」、1990 年代中頃には、まんだらけ
で入手可能だったという話なのだ。

問題は、2010 年の今現在、「MANGAカルピス」でググっても、2ちゃんねるのスレ
くらいしかヒットしないこと。

http://www.unkar.org/read/love6.2ch.net/books/1236258849
>350 :無名草子さん[]:2009/03/07(土) 14:54:06
>なみきたかしは、唐沢なをきの『MANGAカルピス』が面白いので
>描いてもらいたいといっていたともあるなあ。
>こいつ本当に弟がいなかったら、誰にも相手にされなかったのでは。


また、『トンデモ創世記2000』によると、『MANGAカルピス』 Vol.5 は 1985 年に発行
とか書いてあり、本当に唐沢俊一が札幌にいたときの同人誌かどうか疑わしいこと。
年に一冊出していたのだとしたら 1981 年が Vol.1 で、1958 年生まれの唐沢俊一は
もちろん、1961 年生まれの唐沢なをきも東京に出てきていたんじゃないかと思われる
時期で……。

何しろ、「時空も歪ますトンデモ 80 年代で論破したんだと」の唐沢俊一だから、油断も
隙もあったものではないのだ。



MANGA カルピス



さらに、上の画像 (P.80 のもの) に「企画、編集、発行 唐沢なをき」とあるように、これ
はあくまで唐沢なをきの本であって、唐沢俊一の関与は「お金を出してくれた人」という
のと、文章が少し載っているくらいではないかという疑問もある。そして Vol.1 から Vol.5
のそれに、唐沢俊一の文章が載っているのかもわからないという……。

ただ、興味をひくのは、上で引用した漫画に、「by S KARA」と描かれていること。
この「S」とは俊一の「S」だろうか、それとも唐沢商会を示す「S」だろうか。前者にしては
絵が上手過ぎる気もするのだが。

そして、どうしたってこれは、唐沢俊一のいう「札幌で私が出していたアニメ研究同人誌」
ではないという問題もある。「『FILM1/24』第32号(1984年7月発行)」がアニドウの出し
ていた同人誌であるのと同じように、『MANGAカルピス』というのは、唐沢俊一ではなく
唐沢なをきの出していた同人誌なのだから。いやまあ「お金を出してくれた」唐沢俊一が
「私が出していた」と主張するのはありとするならば別だけど。


おまけ (親戚にカルピス社員はいたけれど)
発売は七夕、水玉は天の川だぞのカルピス
もちろんマジンガーZについての蘊蓄もない
唐沢俊一は古書マニアではなく時空歪ませマニアではないかという疑惑

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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

22:40  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>NNT さん
>また『同じ人』が『何回も』傷つけ『続け』られかねないので、

そういえば、唐沢俊一の場合、同じ人を何回もしつこく攻撃することが多いですね。
粘着タイプというのもあるでしょうし、引き出しが少ない (だから同じネタを何度も使い回しする) というのもあるのでしょう。

それと、何をどう書くと人の感情を傷つけるのか――といったあたりも苦手科目なのかなと思ったりしています。もともと想像力や感情移入能力に多少難があったとしても、他人からの批判にさらされたら、その都度学習すればよいようなものですが、相手の方が野暮で洒落がわからないせいだ、アンチだからだ等々、自己防衛の壁だけどんどん厚くして今日まできているみたいですし。また、と学会のメンバーとか、その理屈で唐沢俊一をかばう「おともだち」もまだまだいるという感じもしています。


トラバの件は、正直いって、あれ表示されちゃった、承認制にしていないんだなあと思っていましたw 消されたことが意外というより、土日も過ぎて月曜日も過ぎてで、まだ表示されていた方が意外でした。

で、削除後の魚拓の方もとってみたり。

削除前
http://megalodon.jp/2010-0411-2307-18/keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html

削除後
http://megalodon.jp/2010-0414-0038-21/keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html

「魚拓」といえば、これ↓は消えていないですね。

http://keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html#comment1410
>魚拓
>唐沢俊一さま。ごぶさたしています。交渉ごとは幻冬舎にまかせたらしいが
>それは本当か、というメールをさしあげて以来ですね。あのときはなぜかお
>返事を頂けませんでした。唐沢さまは前エントリのコメント欄で、漫棚通信が
>「人を間に立てての意見交換をシャットアウトされてしまった」と書かれてい
>ますが、幻冬舎からの最終メールは以下のようなものでした。「この点につき
>ご同意いただけない場合には、弊社と致しましては、これ以上漫棚通信様
>との交渉を継続することは困難となりますので、当初弊社がご提案させて
>いただいた以下の解決案のみを履行させていただくことと致します」 これは
>わたしからのシャットアウトになるのでしょうか。
>唐沢さまや幻冬舎は、かつて漫棚通信が交渉経過を公開すれば法的に訴え
>ると通告されていました。それなのに唐沢さま自身が現在、交渉経過について
>このように言及されているわけですが、これは不公平ではないでしょうか。
>わたしとしては検証のため双方のメール交渉を公開していただいてかまいま
>せんし、わたしもいつでも公開する用意があります。
>漫棚通信
>2010/04/09 17:52 | 通りがかり #.ciQz8fI URL [ 編集 ]

いや消えてないのは喜ばしいことですが、何を考えているのやら、です。
それなら漫棚通信さんのコメントを消さなければよかったのに。
トンデモない一行知識 |  2010年04月14日(水) 00:45 |  URL |  【コメント編集】

>コバイアさん
さすがに星新一と唐沢俊一を同格にあつかうような人は、唐沢俊一の熱心なファンの中にさえ、めったにいないのではないかと思います。……ただ、怖いのは、唐沢俊一の脳内では、どのような位置づけになっているのか、わかったもんじゃないということですが。

>劇団のブログで半ば嬉々としてコメントを返し続けていたし。

Twitter でもつぶやいたのですが、「僕が長文で書くのは、バトルを終息させたいって場合に多いですね。」『トンデモ創世記2000』P.163 という素敵なお言葉もありまして。

『ジャパニーズ・フィギュア・アート・シーン』のときの夢よもう一度、だったのかもしれないなとも思っています。
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-51.html

それらと「研究スイッチ」を考慮に入れても、今回のはいったい何だったのだろうかと。


ついでに、

http://keikoba.blog48.fc2.com/blog-entry-862.html#comment1355
>ちなみに、今、「こんなことはいいかげんにして原稿
>書いてください」と催促メールが(笑)。

の忙しぶりっこや「(笑)」の多用を見て、以下を思い出したり。

http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-192.html
>和解決着 (1990/1998)
>>哭きの竜さま、バトルウォッチャー会議室の皆様
〈略〉
> 謝罪文の内容に関して、伊藤氏サイドからの要求により一部手を入れ
>ました。また、それを一定期間HP等で公表いたしますが、公表時期等
>に関しましては週明けにでも、当方サイドの弁護士と打ち合わせて決定
>する予定でございますので、お楽しみに(笑)お待ちください。
〈略〉
> 了解しました。貴兄に関して愛情を抱くことは中止させていただきま
>す。その他の件に関しての当方の貴兄への意見表明は、後日改めて行わ
せていただきます。ただいまお盆進行突入で、多忙を極めている次第な
>もので。

「議長」時代から変わっていないともいえそうですね。
トンデモない一行知識 |  2010年04月13日(火) 23:59 |  URL |  【コメント編集】

●やっぱり

トラバ消された。みっともないな>ルナ。
NNT |  2010年04月13日(火) 21:20 |  URL |  【コメント編集】

珍獣ですね、確かに…。
でも、その珍獣は色んな人を傷つけていて、
気をつけて研究しないと、
また『同じ人』が『何回も』傷つけ『続け』られかねないので、
細心の注意が必要かと思われます。

ルナのブログ、こちらのトラバ消してませんね。
何かあったのかな?♪
NNT |  2010年04月12日(月) 23:34 |  URL |  【コメント編集】

> 「私の『唐沢俊一研究』には欠かせない内容なんです」の「研究」に刺激されたか、いうもいったり「研究の醍醐味ですよ」である。

研究と言っても唐沢の場合は、「1001話をつくった人」と違って、珍獣の生態とかフロイトの集めた症例に近い興味を持たれているのだと思うんですが、本人は自覚していないんでしょうか。
ちょっと突っつかれたらおもしろ反応を返してくるのも「研究」される理由なのに、劇団のブログで半ば嬉々としてコメントを返し続けていたし。
コバイア |  2010年04月12日(月) 22:54 |  URL |  【コメント編集】

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