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2010.03.02 (Tue)

「多忙のため、日記更新をお休み」で唐沢俊一の裏モノ日記が停止 (2)

裏モノ日記 2010年 02月 27日(土曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20100227151001.html

当分の間
多忙のため、日記更新をお休みさせていただきます。

書き下ろしの締切に火がついてきたというのが喫緊の理由
ですが、ちょっと新しいプロジェクトの話があり、
日記に書けぬことがいろいろ出てきたのも理由のひとつです。

公開日記をつけることは私の日常になっているので
残念ですが、必ず再開させますので(空白期間の日記も
再開時にはアップします)少々、お待ちください。

訃報記事や舞台関係、新刊等のインフォメーションは別ワクで
アップしますので、よろしくお願いします。

http://megalodon.jp/2010-0301-2053-22/www.tobunken.com/diary/diary20100227151001.html

『多忙のため、日記更新をお休み』で唐沢俊一の裏モノ日記が停止 (1)」の続き。

2ちゃんねるのスレで盛り上がった様子については、前のエントリーの Read More
参照のこと。

さて、唐沢俊一は、「ちょっと新しいプロジェクトの話があり、日記に書けぬことがいろいろ
出てきたのも理由のひとつ」と書いているが、普通に考えれば Web 上で公開されている
日記に「書けぬことがいろいろ」あるのは、「新しいプロジェクトの話」の有無とは関係なく
通常の状態ではないかと。

実は、唐沢俊一の裏モノ日記というのは、2003 年にアスペクトから単行本が出版されて
いる ( http://www.amazon.co.jp/dp/4757209894 )。そして、その「『裏モノ日記』単行本
化記念」ということで開催された『裏モノ日記大(?)座談会』というのが唐沢俊一のサイト
に残っている。そこでの話と今回の日記断筆宣言 (?) とを見比べてみると、いろいろと
感慨深い。

http://www.tobunken.com/news/nikkizadankai-1.html

唐沢 15年もモノカキやっていると、ある種イロがついちゃうんですよ。
例えば私が何か映画を観て感動しても、それをストレートに書いたら、
パブリックなカラサワシュンイチのイメージに合わないからダメなんです
ね。ちょっとひねったマニアの視線で書かないといかん。『クレヨンしん
ちゃん』観て泣いた、てのは没なんです。でも、私も人の子で(笑)、泣き
もするし感動もする。そのことも書きたい。『日記』はその格好の捌け口
にはなっているような気がしますね。「あんなに毎日、書きまくっていて、
よくネタがなくなりませんね」って声もしばしば聞くんだけど、よく読めば
おわかりの通り、仕事で使うネタと『日記』で書くネタは滅多に重ならな
い。ネタを垂れ流しているわけじゃない。仕事で書くときのネタは探して
手に入れるし、日記のネタはただぶらりとしていて拾うものだしね。『近く
へ行きたい』はかなりカブりますが、まあ、あれは原稿のメモを日記で
やっているんだと。あと、例えば、買った古本の値段とか露骨に書くと、
それが掘り出し物だった場合古書市場に影響を及ぼしちゃったりとか、
買った本のタイトルを全部書くと「何の情報を集めようとして、それで何を
書こうとしているのか」同業者にバレちゃったりとか(笑)、そういうことが
ままあるんです。だから、毎日好き放題書いているように見えて、実は
けっこう気を使ってるんですよ。


http://www.tobunken.com/news/nikkizadankai-2.html

唐沢 ヒガミばっかり書きゃいいんなら、どんなに楽だろうとは思いますよ
(笑)。でも、そうはいかない。これは売文やっている人間の職業病なんだ
ろうけど、やはり読者を意識しちゃう。

浅野 僕も日記は書いてたんだけど、会社の上司から苦言が来て「会社
の仕事で見聞きしたことは一切書くな」って日記禁止令が出ちゃった。

唐沢 ああ、知り合いでも同僚にチクられて社内問題にされちゃった人は
いますね。サラリーマンはつらいよね。植木不等式さんも一応、会社員なん
だけど、あの人、けっこうなんでも書いてるよな(笑)。いいのかな。


「『クレヨンしんちゃん』観て泣いた」というのは、「『伊藤剛くんがかつて、“エヴァはボク
が作るべき作品だったんです”と言っ』てはいない、と
」のエントリーで引用した日記の
ことと思われるけど、「私も人の子で(笑)、泣きもするし感動もする」とかいえる内容では
なく、恨みドロドロでデマを書き散らかしていただけですね、というのはおいといて。

上に引用した座談会の中の唐沢俊一は、「仕事で使うネタと『日記』で書くネタは滅多に
重ならない」と主張し、「古本の値段とか露骨に書く」と「古書市場に影響を及ぼしちゃっ
たりとか」することを考慮し、「買った本のタイトルを全部書く」と次に何を書こうとしている
のか同業者にバレてしまうことが「ままあるんです」とも語る。

「会社の上司」に「日記禁止令」を言い渡されたという話への返答では、「サラリーマンは
つらいよね」とフリーならではの余裕をみせているかのようでもある。

座談会の中でのこのような唐沢俊一の姿と、つい数日前の日記で「多忙のため、日記
更新をお休みさせていただきます」、「ちょっと新しいプロジェクトの話があり、日記に書け
ぬことがいろいろ出てきたのも理由のひとつ」と書く唐沢俊一の姿は、7 年も経つとこうも
違ってきてしまうものかと、しみじみさせる。

自分は、唐沢俊一は別に最近ダメになったのではなく昔から――と思っている。その証拠
に、たとえば 1998 年刊の『トンデモ一行知識の世界』には、1 ページに 1 箇所以上の
ガセビアが混じっているではないかと主張したい。しかし、そういう自分から見ても、昔と
比べて今は……と思うことは多々あり、裏モノ日記というのはそれが如実にあらわれて
いるもののひとつかと思う。

唐沢俊一自身、「公開日記をつけることは私の日常になっている」と書いている。その
日常の反映が、ついに現在のような状況になってしまった――ともいえるのだ。

そして、「訃報記事や舞台関係、新刊等のインフォメーションは別ワクでアップ」ともいう。

ここで省かれているのは、かつて唐沢俊一が、「日常にこだわり、生の中で何かをなそう
としているものの記録」には「不可欠」であると断言した「食い物の記載」である。

少し前に「『ハルシオンを手放せなかった二十代前半』じゃあないでしょう?」で引用した
裏モノ日記 2000年 12月 14日の文章を、こちらにも引用したい。

http://www.tobunken.com/diary/diary20001214000000.html

 私が食い物の記録をつけることに執着するようになったのは、かつて
“死”を隣り合わせに感じていた青年期からの脱却のためではないか。
常に死を近くに感じ、その不安から逃れるために、ホリゾンやハルシオン
を手放せなかった二十代前半。塚原氏の死ぬ前の状況を見ると、まるで
自分と同類項である。これを続けていたら、私もまた、生よりも死の方を
近しく感じるようになってしまっていただろう。人の“生”、その積み重ねで
ある“日常”、そういったものと自分をつなぎとめておくために、私は日記
をつけはじめた。日に三度々々、ものを食うということは、その生のいと
なみの、最低限のシルシである。食い物のことを記さない日記に、私は
生を、日常を感じない。日常にこだわり、生の中で何かをなそうとしている
ものの記録に、食い物の記載は不可欠である。食事が記録されていない
日記を、私は日記と認めないのである。


27 歳の若さで亡くなった「塚原氏」の死をダシにしてまで語った、「人の“生”、その積み
重ねである“日常”、そういったものと自分をつなぎとめておくため」の日記を、10 年近く
経った今、唐沢俊一は捨てようとしている。「食い物のことを記さない日記に、私は生を、
日常を感じない」とまでいっていたはずが、「別ワクでアップ」するといっているその中に
食べ物のことは含まれない。

「ちょっと新しいプロジェクトの話」がどのようなものであれ、「食い物のこと」は「日記に
書けぬこと」には一番なりにくそうなものなのに……。

日記停止の主な理由が多忙というならしょうがないと考えようにも、「別ワクでアップ」の
中に「訃報記事」はしっかりと入れていたりする。唐沢俊一の死者に対する「追討」への
執念は、“生”や“日常”に「自分をつなぎとめておく」ことに優先するというのなら、恐れ
入るしかないのかもしれないが。

(唐沢俊一の訃報日記は、http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-333.html
の「失礼な訃報たち 唐沢俊一本人も『追討』と書いているくらいで……」の項のリンクや
藤岡真blog を「徹底検証 唐沢俊一追討日記」で検索した結果などを参照のこと)。

しかし、ここで改めて、先に引用した座談会を読み返すと、日記に含まれる「訃報」の話
など、特に誰も話題にしていないようなのに驚く。「訃報」の文字も「追悼」の文字もない
のだ。唐沢俊一本人も、裏モノ日記のことを「読書日記、映画日記、グルメ日記」と総括
しているみたいだし。

http://www.tobunken.com/news/nikkizadankai-2.html

唐沢 さっきも浅野さんが“何に絞って語ったらいいか迷う”おっしゃった
けど、読んでる人たちからよく言われるのが、「内容を分けて書いてくれ」
ってことなんですね。読書日記、映画日記、グルメ日記、全部内容ごとに
お皿を分けてくれないかと。でも、こういう風に分けると、自分で書いて
いてつまんないんで、日記として続かなくなっちゃうんですよ。


対談のあった 2003 年の時点で唐沢俊一が他人の訃報を日記につけていなかったわけ
ではない。ただ、本の販促のためのヨイショ座談会の場でさえ、それに着目して褒める
人がいなくて、唐沢俊一本人でさえ話題にしてなかったということなのだ。グルメ日記だ
鬱病が治る日記だという話や、唐沢俊一自身による「実家からこっそり持ち出した睡眠
薬を常に身近に置いておいて、“いつでも死ねる”って状況を作っておいて、それで逆に
神経を落ち着けていた時代があった」との告白などは含まれているのだけれども。

http://www.tobunken.com/news/nikkizadankai-1.html

美好 それと、毎日なにを食べたのか、献立から味まで詳しく書かれる
じゃないですか。あれがすごく美味しそうで。

唐沢 もっと簡単な覚え書きでいいんですけどね。ウチの女房から「旨そう
に書いて、人を羨ましがらせなさい」という指示があって(笑)。グルメ日記
としてこれを読んでる人も多いみたいね。『日記』を読んで六本木の「トツ
ゲキラーメン」というものを食してみたいと思ってたらいきなり閉店になった
と書かれていて、ショックでしたってメール寄越してきた人もいた。


http://www.tobunken.com/news/nikkizadankai-2.html

浅野 要は鬱病って、一つのことを思いつめて他のものを一切遮断し
ちゃってる状態なわけなんで、唐沢さんの「なんでも一緒くたにして
楽しんじゃえ」ってスタンスに救われたようなところはありますね。

唐沢 なるほど、僕も若い頃に鬱は経験してるし、実家からこっそり持ち出
した睡眠薬を常に身近に置いておいて、“いつでも死ねる”って状況を作っ
ておいて、それで逆に神経を落ち着けていた時代があったんですけど、
考えてみればあの当時の自分ってストイックでしたわ(笑)。当時の僕と
同い年くらいの若い人たちに「ムリしなくても、普通に生きてたって楽しい
ことはたくさんあるんだよ」ってことを伝える役割をはたしているのが、
『裏モノ日記』なのかな、という気はしないではないよね。



(次に続く)
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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

14:08  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>浜田健次郎さん
リンクさせていただきました。

Amazon の中古本は、品切れの本を買うのに便利ですね。これを使う前は、古本は店頭で目についたものを買うのみで、先に目当ての本があってそれを探して買うということは、あまりしないで過ごしていました。
トンデモない一行知識 |  2010年03月04日(木) 00:58 |  URL |  【コメント編集】

アマゾンの中古の本の売買ガイド!
運営者の浜田健次郎と申します。

内容の深みがあるサイト運営をなさっていることに素晴らしいと思いました。
そこでと言ってはなんなのですが、そのようなサイト様とぜひとも
相互リンクをしていただきたいと思い、連絡させていただきました。
なお、貴サイトは既にリンク済みとなっております。

サイト名・・・アマゾンの中古の本の解説!
サイトURl・・・http://used-book.tongari-pocket.net/
連絡先・・・manabukurosawa@infoseek.jp
貴サイト様リンク掲載URL・・・http://used-book.tongari-pocket.net/links2.php
アマゾンで中古の本を売買して、有効利用するためのアドバイスを行います。

よろしくお願い致します。
浜田健次郎 |  2010年03月03日(水) 20:16 |  URL |  【コメント編集】

>一札幌市民さん
額田氏からの突っ込み、それをブログやツイッターで公開されたこと、そして「カラシュンの食卓」さん
http://tableofkarashun.blog119.fc2.com/
の存在あたりが大きいのかなとは想像できるのですが、圧力のかかり方なら訃報日記も負けていないと思うのですけどねえ。

>噂される糖尿病の不安や飲酒を止められない自己管理を恥と感じたのでしょうか。

それに加えて、昔ほどはグルメ日記として評価されなくなった (出てくる食事がおいしそうとか思われなくなった) という可能性もあるかなあ、と。


それにしても、食事の記録はあきらめ、訃報記事にだけ執着というのは、やはり解せないなあ、と思います。

唐沢俊一が目指しているのが山田風太郎『人間臨終図鑑』のようなものだとすると、別に日々訃報を記録しておく必要はない と思います。ごく最近亡くなった人でなくても情報は拾えるし、後から出てくるこぼれ話とかを考慮にいれると、あまりリアルタイムでない方がよいくらいで。

一方、食事の方は、日々小マメに記録しておかないとまったくわからなくなる消えモノでしょう。なので、

>そして故人の追討に固執するのは、唐沢氏の中で己の生の確認が食から
>他人の死へ移行したのでしょうか

というのは、的を射ているのかもしれません。しかし、その固執があるとしても、マニアックな情報収集に向かわないで、トンデモ妄想発表になってしまうのが唐沢俊一という人の悲しいところかな、とも思いますが。
トンデモない一行知識 |  2010年03月02日(火) 22:18 |  URL |  【コメント編集】

なるほど、唐沢氏はあれだけ自慢してきた食の記録を切っても尚訃報への執着は捨てなかったのですね。
噂される糖尿病の不安や飲酒を止められない自己管理を恥と感じたのでしょうか。
そして故人の追討に固執するのは、唐沢氏の中で己の生の確認が食から他人の死へ移行したのでしょうか。

いずれにせよ今回の件でこの方が標榜する信条はこうも脆いのだ、と確認させられましたね。
一札幌市民 |  2010年03月02日(火) 17:15 |  URL |  【コメント編集】

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