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2009.03.08 (Sun)

駄ボラのいかがわしさの混入率高過ぎ<『トンデモ一行知識の世界』

『トンデモ一行知識の世界』 P.23

虚実の皮膜一枚のところでの勝負。知的おもしろさと駄ボラのいかがわしさ
のあいだに、僕ら子供は限りない好奇心をかきたてられていた。見せ物の
看板の大イタチが、杉の木の大板に血を塗ったものでも、江戸っ子は怒り
出しはしなかった。
「うめえこと考えやがった」
と、そのシャレっ気に手を打ったのである。一行知識で得た情報がウソで
あることが後でわかることがあっても、まだ、いや、なおさら僕が一行知識
にこだわり続けたのは、クジを引くような、そのハラハラ感のとりこになって
いたせいだと思う。


「クジを引くような、そのハラハラ感」って……それは、たまに外れくじが混じっている
ような場合のことでは。この『トンデモ一行知識の世界』なんて、間違い探し編だけで、
もう 221 個
。ハラハラするより、「ああ、また外れか」と無感動になるしかないレベル。

だいたい、雑誌のおまけなどではなく、一行知識の本の中の一行知識の真偽をクジに
たとえるのなら、外れでもともと当たれば得というタイプのクジではなく、外れだととても
損したと感じるようなクジになるだろう。なのに当たりクジの率がこんなに低くてよいもの
かと。

さらに、唐沢俊一は、「大イタチが、杉の木の大板に血を塗ったもの」であった場合、
「『うめえこと考えやがった』と、そのシャレっ気に手を打」てと、読者に要求している
ように読めるのだが……無理だから、それ。「江戸っ子は怒り出しはしなかった」って、
それは北海道出身の唐沢俊一の脳内江戸 (しばしば下記にあげるようなガセ発生の
温床になる) だけの話だから。

イワシに手を噛まれる
個人的には、たい焼きのしっぽに餡はいらない派
「羽田沖の寿司屋なのである」以外はよくわからないグルメガイド
額縁、行水、全裸、花びら、残酷、金粉、変態、実験ショー

いや大イタチの看板を出しておいて、「杉の木の大板に血を塗ったもの」を見せる小屋
の話も、他人事として聞くだけならおもしろい話で済むんだけど、金を払った客の立場に
なるとまた違うし。雑学本を金を出して買った客が、嘘の一行知識だらけでも怒るのは
野暮とかいわれて、納得しなければいけない義理もないのと同じ。

そこら辺は、2ちゃんねるのスレ (Read More 参照) での、「カラサーって見世物小屋に
関する見識が皆無だな~香具師と客がケンカになるのは今も昔もよくあるのに。」という
指摘の通りでもあると思う。

江戸時代、珍しい動物を看板に出す見世物小屋が、どれも大イタチで客を呼び込んで
大板血を見せるようなものだったなら、文句もあまり出なかったと考えることもできるが、
ゾウやラクダやヒョウを実際に見せていた小屋の存在が記録に残っている。

雑学本でいえば、唐沢俊一の書くものほどガセも多くなく、唐沢俊一の文章とは違い
マトモな日本語で書かれている本が数多く出版されている今の状況と対比可能かも。

http://www.rakugo.com/library/intro-h.html
> 江戸時代には、ゾウ、ヤマアラシ、ヒクイドリ、ラクダ、ロバ、ヒョウなどが渡来し、
>見世物になりました。
> 注目すべきことは、動物の見世物を見ることによって、開帳の神仏を拝むのとおなじ
>ように、厄払いになるとか、疱瘡や疫病などの悪病がさけられると考えられていたこと
>です。動物見世物を描いた錦絵や引札に記される文言は、一様に珍しい動物を「見
>る」 ことで得られる「ご利益」をうたっています。この「ご利益」への期待から、動物の
>尿や糞が薬として売られたこともあったようです。図3の歌川国安が描く「駱駝之図」
>には、ラクダの尿を薬にすると、瀕死の病気から人を救う霊薬になるなど、さまざまな
>ご利益が記されています。海のむこうからやってきた動物は神仏にも等しく、霊験あら
>たかなものだとする信仰が、江戸時代のフォークロアとしてあったことがわかります。


「海のむこうからやってきた動物は神仏にも等しく、霊験あらたかなもの」と期待して
見にきた客が、大板血で怒らなかったと主張するのは自由でも、説得力はない。

で、まあ、「見せ物の看板の大イタチが、杉の木の大板に血を塗ったもの」については、
よく耳にする話ではあるものの、本当にそんな見世物小屋が実在したかどうか、今ひとつ
はっきりしないという問題も。落語のネタの話かと思えば、下の方に引用した人のように
実際に引っかかった (?) という人もいる。

http://k-yatyou.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_0821.html
>イタチと言えば落語のネタに出てくるインチキ見世物小屋の口上を思い出す。「六尺
>の大イタチ、今山で取れたばかり、近づくと危ないよ!」イタチはせいぜい30cmくら
>いであるが六尺とは180cm、こんなに大きなイタチがいれば見物客大入り間違いな
>し、木戸銭を払って中に入って見ると、壁に六尺の板が立てかけてあり、真ん中にニ
>ワトリの血が塗ってある。立てかけてある板に近づくと倒れるので危ない!、これ即ち
>「六尺の大板血」。


http://rarweb.dip.jp/M_column_29.htm
> しっかり覚えているのはお寺の境内で縁日の時だけやっていた木下大サーカスと
>見世物小屋です。中でも忘れられないのは「見たことも無い、六尺五寸の大イタチ」と
>いう見世物です。小遣いはたいて薄暗い中に入ってみると、ろうそくの明かりにボンヤ
>リと見えたのは、立て掛けられた2mくらいの木の板の表面に真っ赤な血糊がだら~
>~っと垂れている風景でしたっけ。<木戸銭けえせ~~っ!>
> え?オチが判らないって?大板血ですよ。こういう時に江戸っ子は(?)「木戸銭けえ
>せ~~っ」って、ひとわめきして、ひっかかった自分に腹をたてながら、笑い話をひとつ
>仕込んだと思って諦めるのですが、いつか冗談に引っかけられた時に「木戸銭けえ
>せ~~っ」って言ったら、「きどせんて何?」でオシマイでした。あのねえ。これじゃあ腹
>の虫も収まるところへ収まりゃあしません。
> ひっかけられた先客が、ネタを教えてあげてしまったら、この商売も冗談も成り立た
>ないのですが、誰も教えようとはしません。やっぱり自分が騙されたのが悔しくて、他
>人も巻き添えにしたいのですね。


「こういう時に江戸っ子は(?)『木戸銭けえせ~~っ』って、ひとわめきして、ひっかかっ
た自分に腹をたてながら、笑い話をひとつ仕込んだと思って諦める」とは、唐沢俊一の
「『うめえこと考えやがった』と、そのシャレっ気に手を打った」に比べて、ずっともっとも
らしいし、納得できるなあ。

「誰も教えようとはしません。やっぱり自分が騙されたのが悔しくて、他人も巻き添えに
したいのですね」にも、ちょっと考えさせられたり。唐沢俊一が曲がりなりにも、雑学王
とか名のっていられるのは、これが理由?

その他参考 URL:
- http://www.geocities.jp/hasu58/zetumetu/misemono/mosemono.html
- http://members.jcom.home.ne.jp/contax2/g3/misemono01.html
- http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/6771/yoshio32.htm


More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1236258849/468-
-------
468 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:10:18
過ちは認めないけど、繰り返しません。
もう唐沢俊一を大きな舞台には起用しません。
by 朝日新聞

だったら、よいんだけど。
唐沢俊一先生の舞台としては、あぁルナだっけ、ああいうお客を大切にしない小劇団がお似合い。

470 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:17:49
劇団?
花園神社か川崎大師の見世物小屋で充分
お代は見てのお帰り!

472 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:22:03
見世物小屋といえば、『トンデモ一行知識の世界』で唐沢俊一が、
昔の見世物小屋では、大きな板に血を塗ったものを大イタチと称して客を集めたりしてたけど、
客は文句をいうなんて野暮なことはしなかった、洒落がきいていると褒めたもんだとか
書いていたのに、ちょっと驚いた記憶が。
大イタチのネタは、子どもの頃の歴史の読み物(マンガ日本の歴史かも)で読んで知ってたけど、
見世物小屋側をこんな肯定的w に書いたものは見たことなかったので。

473 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:25:50
>>472
大イタチは漫画のネタだよねみなもと太郎の風雲児たちとか、
実際にあったとしても江戸末期から明治時代でしょ。

474 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:27:31
魔夜峯央が好んで使うよね6尺の大イタチってw

あれ?少女まんが誌じゃね。

475 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:28:32
っていうか、>472さんには加太こうじ、とかも読んで欲しいな。


476 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:29:51
カラサーって見世物小屋に関する見識が皆無だな~香具師と客がケンカになるのは今も昔もよくあるのに。


477 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:31:20
>>475
あいにく三億円事件の犯人が元高校教師の仕業だと信じられないのでw

480 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:44:12
>>473
あ、読んだことのあるのはノンフィクションものの方で。
実際にあった話かどうかは確かに微妙な気がするけど。

481 :無名草子さん:2009/03/07(土) 19:48:50
http://www.kanshin.com/keyword/799703
>CLASH 華は七尺の大イタチですよやっぱり(笑)

そこからリンクをたどると
http://www.geocities.jp/hasu58/zetumetu/misemono/mosemono.html
とか
http://members.jcom.home.ne.jp/contax2/g3/misemono01.html
とか。

こういうの期待して見に行って大板血とかやられたら、
野暮といわれようが怒るような気がしてたまらないが。

482 :無名草子さん:2009/03/07(土) 20:09:38
http://www.rakugo.com/library/intro-h.html
> 江戸時代には、ゾウ、ヤマアラシ、ヒクイドリ、ラクダ、ロバ、ヒョウなどが渡来し、
>見世物になりました。
> 注目すべきことは、動物の見世物を見ることによって、開帳の神仏を拝むのとおなじ
>ように、厄払いになるとか、疱瘡や疫病などの悪病がさけられると考えられていたこと
>です。動物見世物を描いた錦絵や引札に記される文言は、一様に珍しい動物を「見る」
>ことで得られる「ご利益」をうたっています。この「ご利益」への期待から、動物の
>尿や糞が薬として売られたこともあったようです。図3の歌川国安が描く「駱駝之図」
>には、ラクダの尿を薬にすると、瀕死の病気から人を救う霊薬になるなど、さまざまな
>ご利益が記されています。海のむこうからやってきた動物は神仏にも等しく、霊験あら
>たかなものだとする信仰が、江戸時代のフォークロアとしてあったことがわかります。

でも、あくまで大板血で怒る野暮な奴はいなかったと主張するんだな唐沢俊一は。

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